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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕 が含まれています。

見上げるそこにあるもの

作者:溝口智子
 ナオトは作業の手を止める。
 雨がそぼふる瓦礫の中に、オトコノコが落ちていた。

「ボス、ニンゲンが落ちています」

「ニンゲンだあ?」

 ナオトより二回りほど大きな躯体をきしませながら、ボス、工業用ロボット正式型式HK−390が振り返る。ぎしぎしと油の切れたキャタピラで瓦礫を踏み砕きながら近づいてくる。
一眼式のモニタカメラをぐいん、と一瞥し、ナオトが抱き抱えたオトコノコをとらえた。

「……ふん。ニンゲン、オトコ、年令19以下、いや、もっと若いか? 東洋人、黒髪。お前と同じような仕様だな、ナオト。だがニンゲンなんか手がかかるスクラップだ。棄てておけ」

「ですが、ボス。このオトコノコは生きています」

 ボスはモニタカメラを冷たく光らせ、ナオトを見た。

「生きている? どうしてそう言える?」

「このオトコノコは息をしていて脈もあります。バイタルサインは正常です」

 ボスのモニタカメラがナオトと反対の方角に向けられた。

「呼吸、心拍、それがなんだ? 脳死なんだろうよ。遺棄されるなんてな」

 ナオトは腕の中の少年を観察するように見下ろした。少年は何も知らず、すうすうとやすらかな寝息をたてている。優しい面差しをしたナオトの、柔らかな疑似腕にすべてをあずけて。

「私は、このオトコノコを保護します」

 ボスは駆体をぎしりと揺さぶり雨滴を落とした。

「さっさと帰るぞ。錆びついちまわぁ」

 ボスは荒っぽくそう言うと、キャタピラをごぅんごぅんとうならせながら、ホームに向かった。


 ナオトたちのホームは巨大な岩山をくりぬいた洞穴だ。
 工作ロボット達が掘りあげたこの洞穴は湿気が多く、鉄鋼がむき出しのボスや、その子分の作業用ロボット達には住みにくいところだった。
 けれど強い酸性の雨が降り続ける外よりは、よっぽど快適な住処と言えた。

「おい、お前ら、油が手に入った。錆止めに塗っておけ」

 ボスが運搬してきた工業用油の缶を地面に下ろす。洞穴の奥から3体のロボットが出てきて、その缶を器用に開けた。それぞれに躯体に油を塗布していく。ボスはそれを眺めるだけで自機に使用する気配はない。

「ボス、ボスも油を使わないと、錆が来ますよ」

 ぎしぎしとキャタピラを軋ませながらボスが振り返る。

「なに生意気言ってやがんだ。他機のことなんか気にしてる場合じゃないだろ。お前、それどうする気だ」

 それ、と言われたのは、ニンゲンのオトコノコのこと。ナオトは自分の腕の中で眠る少年を冷静に見下ろす。

「起きるまで世話をします。きっと目覚めるでしょう」

「ふん! 看護アンドロイドなんて因果なもんだな。ニンゲンに捨てられたってのに、まだニンゲンの世話を焼きたがるんだからな」

 ナオトはその滑らかな指で、少年の頬をそっと撫でた。

 それから二週間、ナオトは少年につきっきりになった。唯一、少年のそばを離れるのは瓦礫の山で真水や人間の食料を探すときだけだ。しかし、工業産廃物廃棄場であるこの瓦礫の山では有機物を探すことは恐ろしく困難だった。

 今日もなにも見つけられず手ぶらで塒に帰らねばならないかと俯いたナオトに、ボスが呼び掛けた。

「おい、これを持っていけ」

 ヒョイと投げ渡されたタンクを、ナオトはかろうじて受け止める。看護アンドロイドのナオトと、工業用ロボットのボスでは力の差が有りすぎる。
 ナオトが抱えるのに難渋するほどに、そのタンクには、たっぷりと真水が入っていた。

「さっさと帰るぞ。体が錆びついちまわぁ」

 ボスのいつもの決まり文句にうなずいて、ナオトは洞穴に帰った。

 ナオトは少しの水と、拾ってきたわずかな粉ミルク、それだけを少年に与え続けた。少年の顔色は少しずつ赤みを取り戻し、ある日、薄く目を開いた。

「気がつきましたか? 目は見えますか?」

 少年はゆるゆると首を回し、ナオトの方へ顔を向けた。

「よかった。聞こえていますね」

 少年はうつろな目のまま、ゆっくりと頷いた。少年は口を開けようとしたが、かさかさと乾いた唇は容易には動かなかった。

「待って。水をあげますから」

 ナオトは少年の動きを制すると、口移しに水を飲ませた。少年は目を瞑り、こくりこくりと飲み干していく。ナオトが唇を離したとき、少年は口の端から声を漏らした。

「あなたは、だれ?」

 ナオトはにっこりと少年に笑いかけた。


 それからすぐ、少年はまた眠ってしまい、ナオトは彼を寝床に横たえた。寝床と言っても飯場で監督者が使っていたのであろう堅いパイプベッドで、寝心地は悪いだろうと思われた。
 感情を持たないナオトには想像することしかできない。そういったことは医療知識として知っているだけだった。少年の目にかかる前髪をサラサラと避けてやって、ナオトはその場を後にした。


「生きてたからって、どうすることもできねえぞ。ここにはニンゲンの食べ物も飲み物もねぇんだ。残りの真水もわずかだろ? あと数日でヤツは死んじまって、本当のスクラップになっちまわぁ」

 ボスが駆体をぐるぐると高速でふり、雨滴を弾きながら言う。ナオトはその投げやりな口調の中に隠された、ボスの優しさを見つけた。

「まだ数日は余裕があります。その間に彼を街へ返します」

 ボスはピタリと動きを止めた。

「おい、冗談言うな。廃棄されたもんは、もう戻れない。ゴミはここから出たら潰されちまうんだぜ。やつはニンゲンだから、まさかもあるかも知れねぇが……」

「私はどうなるか、わかりません。けれどこのままでは彼は確実に渇いて死んでしまう。黙って見ているわけにはいきません」

 ボスはカメラモニタをナオトの上にピタリと据えた。

「そうだな。それがお前の存在意義だもんな。わかった」

 ウィンウィンとキャタピラが方向転換し、塒に向かう。

「ニンゲンが起きねぇうちにとっとと帰るぞ」

 いつもとは少し違う優しい声音にナオトは首をかしげる。

「目が覚めてお前がいなかったら、鳥の雛みたいにビービー泣くかもしれんからな、ニンゲンのコドモはよ」

 ナオトは小さく笑みを形作るとボスの後を追って走り出した。



「セツナ。それが貴方の名前ですね」

 確認すると少年はコクリと頷く。

「年令は16歳、血液型はO型」

 また少年はコクリと頷いた。

「セツナ、貴方はスクラップ廃棄場に間違って落ちてきました。私は貴方を地上に戻す義務があります」

 セツナはナオトの目を見つめるとフルフルと首を横に振った。

「ちがうんだ……」

「何か間違いがありましたか?」

「僕は間違いで棄てられたんじゃない。殺されたんだ」

 ナオトは口をつぐんだ。無いことではない。年に数体、ニンゲンの死体がこの地下の廃棄場に投げ込まれることがある。しかし、それらはすべて生体反応を示さなかった。ナオトの義務の範疇ではなく、それらの死体は腐るに任せていた。
 けれど。

「貴方は生きています。私には貴方を生かす義務がある」

 セツナの瞳に暗い蔭が宿る。

「義務……」

「そうです。だから、私は貴方を地上へ、安全に生存できる環境に連れていきます」

「地上に出ても、どうせまたすぐに殺されるだけだよ」

 ナオトはセツナの肩に手を置き、正面から彼の目を見つめた。

「私が、貴方を殺させません。絶対に」

 セツナは眉をひそめ顔を背ける。

「地上へ行きましょう」

 しばらく黙っていたが、セツナはナオトと目を会わせないようにしながら、小さく頷いた。


 地上から廃棄物が落とされる「穴」は、地面から10メートルの高さがある。けれど堆積した廃棄物が山となり、残りの高さは3メートルほどしかなかった。堆積した山を均すための工業用ロボットたちが片端から山を崩していくため、どんなに廃棄物が降ってきても3メートルの差は埋まらないのだが。

「俺たちで梯子を作り、工業用ロボットの足留めをする。お前らはその間に地上へ出ろ」

 ボスがキャタピラを軋ませながら言う。

「そんなことをしたら、義務を阻害されたロボット達がボスを襲撃します」

「俺達はそろそろ寿命だ。義務から解放されて好きな事して過ごせたんだ。潰れる事なんざ何でもないぜ」

 ナオトは無表情に頷いた。ナオトの隣に立っていたセツナは、ボスを見つめて唇を震わせていた。

「どうしたのですか、セツナ。」

「……なんとも思わないの?」

「なんともとは?」

「あなたのボスでしょう!? 死んでしまったら悲しいでしょう!?」

 ナオトはセツナに笑いかける。

「私たちはツクリモノです。死んだりしません、壊れるだけです」

 セツナはナオトを睨み付けると、寝床に駆けて行った。後を追おうとしたナオトをボスが止める。

「ニンゲンにはな、一人きりでいなきゃいけない時間てのがあるんだとさ。放っといてやりな」

 ニンゲンを保護し養護しなければならない義務感に突き上げられながらも、ナオトはその場に立ち尽くした。



 地上へ登るための梯子は、すぐに完成した。ボスの手にかかれば児戯のようなものだった。

「俺がこの梯子を支えておく。子分達に山均しどもを押さえさせる」

 ナオトが頷くと、ボスは梯子を抱え、ごぅんごぅんとキャタピラを鳴らし、坂を登りだした。子分達、三体も後に続き、ナオトはセツナの手を引いてその後に続いた。

 山均し、とボスが呼んだロボット達は、しばらくは山を登るナオト達を静観していた。ナオトは穴を見上げる。何度も何度も見上げつづけた、もう戻ることはないと思っていた明るい場所を。
 地上に続く穴から大量の廃棄物が落ちてくると山均し達は動きだし、ボスの進路を阻もうとした。子分達がすかさず阻止する。
 山均しは廃棄物を運ぶためのクレーンを振り上げて子分達に叩きつける。
 工場でライン作業をするためだけに作られた三体のロボットたちに太刀打ちできる術はない。

「おい、今だ、早く登れ!!」

 ボスの声にナオトは走り出す。ロボット達の争いを茫然と見ていたセツナも手を引かれて走り出した。
 梯子に辿り着くと、ナオトはセツナを押し上げて先に登らせようとした。セツナは一度だけ後ろを振り返り無言で梯子を登り始めた。
 セツナの手が穴の端を捉えたとき、山均したちが子分達を突破した。
 ナオトの手が穴の端を捉えたとき、山均しのうちの一体がボスに体当たりをして、梯子がぐらりと揺らいだ。

「!!」

 地上に立っていたセツナが声にならない悲鳴を上げる。穴のふちに手をついて底を覗きこむ。そこにナオトの顔を見つけ、セツナはほっと息をついた。ナオトは穴をよじ登って来て、それから深い穴の底を覗いたが、そこには山均しの姿だけしか確認できなかった。

 廃棄場の穴の周囲も地下と同じスクラップの山だった。山均しに似たロボット達が瓦礫を穴に向けて押しやっている様子も地下と同じだった。ただ、地上には鉄鋼を溶かすための強酸性の雨は降っていない。どんよりと曇ってはいるが、風は乾いている。

「セツナ、歩けますか?」

 穴のふちに座り込んでしまったセツナにナオトが語りかける。セツナは小さく首を横にふる。

「わかりました。補助します」

 そう言うとナオトはセツナを抱き上げ歩き出した。

「なっ……! なにするんだよ!!」

「歩行できないということですから、私が運びます」

「……どこへだよ」

「貴方が安全に生活できるところへ、ですよ」

「そんなところ、世界のどこにもないんだよ」

 目をそらし口をつぐんだセツナを抱いてナオトは瓦礫の山を登った。山の頂きに辿り着いたナオトはピタリと足を止めた。
 そこは。地上は。一面、砂に覆われていた。

「これは?」

「あんたさ、200年以上前の遺物だろ? 奴隷市で売り買いされてるのを見たことあるよ。今じゃ、あんた達は骨董品なんだよ」

「骨董品?」

「今は誰も医療用アンドロイドなんか必要じゃないんだ。……いや違う」

 セツナは口の端を歪めて笑った。

「今は誰も安全に生きることなんか出来ないんだ」



 ナオトはセツナを抱いたまま砂の上を黙々と歩いていく。
 初めは赤子がむずかるように身を捩っていたセツナも、今は大人しくナオトの首に手を回し、その身を委ねていた。
 照りつける太陽は皮膚に突き刺さるようで、ナオトはできる限り自分の影でセツナを包もうとした。セツナがポツリと口を開く。

「どうしてそんなに優しくするの」

「優しいわけではありません。私は義務を果たしているだけです」

「義務……」

「はい。私たちには作られた時から役割が決められています。それを忠実に守るのが私たちの使命です」

「与えられた役割なんか捨ててしまえばいいんだ。どうせ捨てられたスクラップじゃないか」

 セツナは吐き捨てるように言う。ナオトは優しくセツナの耳元で囁く。

「あなたはスクラップなんかじゃありません。役割に縛り付けられる必要はありません」

 セツナはまじまじとナオトの顔を見つめた。

「僕のことがわかるの?」

「治療するときにわかりました。性的虐待と暴行の痕がある。貴方は奴隷だったのですね」

 セツナはナオトを睨み付けた。

「奴隷とわかって地上に帰したの? 僕はまた奴隷になるしかないのに?」

「貴方はもう奴隷ではありません。義務に縛り付けられる必要はありません。貴方は私が守ります」

「どうして!? 僕の怪我はもう治ったのに!!」

「心の傷はまだ癒えていません。……私には」

 ナオトは言葉を切ると、セツナの瞳を覗き込む。セツナはその瞳を直視することができず顔をそらした。

「貴方を救う義務があります、か。いいよ。好きなだけ義務を果たしてよ。その方が僕にとって便利なんだから」

「はい。一生懸命お世話します」

 セツナは苦い表情で、はるか砂漠の果てを見つめた。



 どこまで歩いても砂しかないと思ったが、よくよく見ると砂に埋もれた建物がちらほらと見えた。
 ナオトはそのうちの一つを覗いてみた。レンガ造りのその建物は何かの倉庫だったらしい。空のコンテナが散乱している。赤レンガの壁はひんやりと外の熱を遮断していた。
 ナオトはセツナを床に下ろすと、腰に括りつけていた水の袋を手渡そうとした。しかしセツナはナオトの手を押しやった。

「口移しで飲ませて」

 潤んだ瞳で懇願する。ナオトはセツナの望みを叶える。口に水を含み、セツナの唇に触れる。そっと舌で唇を割り、少しずつ水を注ぎ込む。
 ツクリモノのナオトの滑らかな唇の感触に、セツナはうっとりと目を閉じた。
 水を飲ませ終えて唇を離そうとしたナオトの首にセツナが抱きつく。唇を強く押し付け軽く噛む。ナオトはセツナのしたいようにさせたまま、背中をそっと撫でてやった。
 しばらく抱きついていたセツナがやっと身を離すとナオトは静かに質問した。

「義務を果たすのはやめたのではないのですか?」

「こわいんだ」

「何が怖いのですか?」

「あんたが僕を捨てるのがこわいんだ」

「私は貴方を捨てたりしません」

「あの人もそう言った。だけど飽きたら僕を捨てた。ねえお願い、僕一生懸命尽くすから、捨てないで」

 ナオトはセツナを抱き寄せると優しく口付けを落とした。

「大丈夫ですよ、大丈夫」

「うそだ」

「うそじゃありません」

「信じない」

 ナオトは困ったような笑顔を浮かべセツナの顔を見つめた。

「どうしたら信じてくれますか?」

「僕を抱いて。僕をあなたのモノにして」

 ナオトはまたセツナに口付けると、ゆっくりとセツナを床に組み敷いた。



 情事が終わり身を起こし、ナオトはセツナに服を着せてやった。セツナはとろんと夢見るような眼差しでナオトを見つめる。

「……どうしてそんなに優しくするの」

 ナオトはセツナの額にかかる髪をサラサラと避けてやって答えた。

「どうしてでしょう。私は貴方を守りたいと思うのです」

「……義務だから?」

「私の義務は貴方を安全に生活できるところへ運ぶことでした。この建物ならば風雨をしのげる。探せば水も食糧もあるでしょう」

「じゃあ、なんで? なんで帰らないの?」

「わかりません。貴方の魂の傷を癒したいからかもしれません」

 ナオトはセツナの背中に手を回すと、ぎゅっと抱き締めた。

「それは、義務?」

「わかりません」

「でも、そばにいてくれる?」

「ええ。貴方のそばにいますよ」

 セツナは安心したように微笑むと、静かに目を瞑り眠りに落ちた。


 その建物には、豊富な食糧と水が蓄えられていた。セツナが大人になるまで、十分暮らしていけるほどに大量に。
 けれどナオトはセツナの側から離れなかった。セツナを見つめ、セツナを守り、セツナのためだけに存在した。
 夜ごと二人は肌を合わせ、その熱に体を委ねるようにセツナは眠りにつく。ナオトはそれを、優しいまなざしで見守り、そっと唇を落とすのだった。


 そんな日が二月も過ぎた頃、建物の外から、大きな音が聞こえてきた。それはボスのキャタピラの音にそっくりだった。
 様子を見に外へ出たナオトはセツナ以外のニンゲンを発見した。そのニンゲンは大きなキャタピラがついた軽式戦車に乗り、こちらへ向かって来ている。
 ふいに戦車の砲搭がナオトの方へ向けられ、と思った瞬間、砲弾が発射された。

 爆音が轟き、砂煙が上がる。
 驚いたセツナが建物の入り口へ駆けてきた。

「危ないです!! 下がって!!」

 叫んだナオトの外郭、人工皮膚はほとんど剥がれ、その下の人工筋肉が剥き出しになっていた。その恐ろしい姿にセツナの足が止まる。
 ナオトは口を開こうとして、しかしセツナの怯えたような表情に躊躇した。
 建物から外へ向かいながら、ナオトはやっと声を絞り出す。

「建物の奥に隠れて。決して出てこないで」

 セツナは踵をかえすと壁の向こうへ走り去った。ナオトはその背中を見つめると、近づいてきた戦車と対峙した。

「なんだ、アンドロイドか。弾が無駄になったな、もったいない」

 ナオトは動かずに、じっとその男の言葉を聞いている。

「おい、その建物に食糧はあるか?」

 ナオトは答えず、ただ黙って男を見ていた。

「おい、答えろよ、それともイカれちまったか?」

 男は戦車から下りるとナオトの肩に手をあて、ぐいっと押した。ナオトはビクとも動かない。

「ちっ。やっぱりこいつスクラップだな。まあ、電脳チップくらいは金になるだろ」

 男はナオトの脇をすり抜けると建物に入ろうとする。ナオトは身を翻し、男に飛びかかり、引き倒した。

「なっ!! てめぇ、狂ってやがるのか!?」

 男は必死にもがきナオトの下から這い出そうとするが、ナオトは全身を押し付けて男を逃がさない。

「やめろ! どけ!!」

 ナオトの人工筋肉の高熱に直接触れ、男が身をよじる。

「お前! アンドロイドのくせに人間を殺す気か!!」

 ナオトはゆっくりと口を開いた。

「私はもう、ニンゲンには従えないのです」

 ナオトは男が熱傷で動けなくなるまで、押さえ続けた。


 ナオトが立ち上がると、そこにセツナがいた。潤んだ瞳で立っていた。

「セツナ……」

「ナオト、ニンゲンを殺すの?」

「セツナ」

 表皮がなく表情もないはずなのに、セツナはナオトの顔に苦渋を見出した。

「僕のことも殺すの? それは新しい義務なの?」

 セツナはナオトに駆け寄ると、手を伸ばしその頬に触れた。

「ナオト、僕を殺すなら、抱き締めて殺して」

 ナオトは躊躇ったが、できるだけ身に触れないようにそっとセツナの背中に手を回した。

「熱い……。まるでナオトがほんとうに生きているみたいだ」

「セツナ……」

「ねえ、どうして僕を抱いてくれるの? 義務だから?」

 ナオトはセツナから体を離すと、その瞳をまっすぐに見つめた。

「私は義務よりも大切なものを見つけたのです」

「大切なもの?」

「貴方ですよ、セツナ。私は貴方が幸せになるためだったら人間でさえ殺せます」

「ナオト、ナオト!!」

 セツナはナオトにすがりつく。ナオトはセツナから身を離そうともがいた。

「だめです、セツナ!! 貴方が火傷してしまう!!」

「そんなこといいんだ! ナオト、ずっとそばにいて!」

 ナオトは胸に顔を埋めるセツナの頬を、優しく包み上向かせ、唇を落とそうとした。その時、ナオトの背に堅いものが射し込まれた。

「ナ、ナオト……」

苦しげなセツナの声に身を離すと、ナオトの体を貫通した鉄の棒が、その尖った切っ先でセツナの体を貫いていた。

「セツナ!!」

 セツナの側に膝まずこうとして、しかしナオトの体は動かなかった。背後から男の声がする。

「中枢神経ぶったぎってやったぜ。もう動けないだろ?」

 男はナオトの背に足をかけると鉄の棒を引き抜いた。ナオトの体はぐらりと崩れセツナの体の上に倒れこんだ。男はすでに二人に興味をなくしたようで、建物の奥に消え去った。

「ナオト、ナオト……」

「セツナ……」

 セツナのかすれた声にナオトは囁くように答える。

「ナオト、君と抱きあって死ねて、僕は……」

「死なないで!! 私が守るから!!」

 ナオトはかろうじて動く左手を使い、切り裂かれたセツナの腹部を圧迫した。しかし血液はどんどん流れだし、セツナの顔色は真っ白になっていく。

「いいんだ、ナオト……。僕は今、とても幸せなんだ。君と……君と……」

 ナオトは血だらけの手でセツナの頬を撫でる。セツナの顔が朱に染まる。

「セツナ、セツナ、死なないで」

 セツナはうっすらと目を開いた。

「それは義務だから? ナオト……」

「違う! 義務なんかじゃない! 貴方を愛しているんだ!!」

 ナオトを見つめてセツナはにっこりと笑った。それは太陽のような笑顔。長い間、ナオトが夢見ていた地上のすべて。
 手に入れた。

「セツナ……、一緒に逝こう。二人で幸せになれるところへ」

 セツナの返事はない。ナオトはセツナの胸に耳を寄せる。ぬくもりを持った皮膚はナオトの身を優しく受け止め、けれど、そこにはもう鼓動はなかった。
 ナオトはセツナの心臓にキスを送り、目を閉じた。
 集積回路を操作して内燃機関を暴走させる。ナオトの体はたちまち高熱を発し、燃えだした。その炎はセツナにうつり、二人は同じ火に焼かれていく。
 いつしかその火は雑然とした倉庫内に燃え広がり、数刻もしない間に建物は完全に焼け落ちた。




 朝日が上り、陽射しが砂を温める。
 ラクダで旅する一行が焼け焦げた建物の残骸を見つけた。そこに倒れた一体の白骨とその骨に溶け込んだ人工筋肉の組織を一つの墓に埋葬した。
 義務ではない。
 それはどこまでも優しい、優しい気持ちだった。
SF=少年、ふたり

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