八章:どこだここ?
どこか遠くから、誰かの泣く声が聞こえた。
幻ではない。
確かに泣いている。
はっきりとは聞こえないが、そうであると確信がある。
そして、自分はその理由を知っている。
いつまでも泣き続ける、その理由を。
悲しい。
悲しい。
悲しい。
どうしようもない悲しみが胸を埋め尽くす。
こんな悲しい思いはしたくないのに、目の前の現実はそれを許さない。
現実とは、残酷なのだ。
ならば―――――――――
ん?
自分…………?
自分って何だ………?
俺は唐突に思い出す。
そう、さっき確かに俺は闇に飲み込まれたはずだ。
意識さえも消えてしまったというのに、なぜ俺はこうして考えることができているのか。
ふと気付くと、闇に飲み込まれ溶けだしてしまったはずの自分の体を、確かに感じる。
手も足もあり、自由に動かすことができる…
だが、目を開けてもそこにあるのは暗闇だった。
体がどうなってるかを見ることはできないが、確かに五体満足なようだ。
今は、まるで海を漂っているような感じだ。
ふわりと体が浮いているような感じ。
母親の胎内にいる子供も、こんな感じだろうか。
いったい、これはどうしたことだろう?
アレに飲み込まれたが最後、生きていることなんてありえないと思っていたのに。
まあなんにせよ、俺は生きている。
視界は依然として真っ暗でどうすることもできないが、今は生きているだけでありがたい。
しかし、ここはいったいどこなのだろうか。
あの闇の中………なのだろうか。
いや、今俺がいるこの場所にそんなものは感じられない。
だがしかし、論理的にいくとそういうことになるよな…
うーむ………
ええい、もうどうでもいいや。
生きているだけで良しとしよう。
しばらく、このまま漂うのに身を任せていよう。
「つっ!?」
何分、いや何時間漂っていたかはわからない。
もしかしたらもっと長かったかもしれないし、もっと早かったかもしれない。
だが、その時間も、急に体に走った激痛によって終わりを迎えた。
「ああああああああああああああ!!!!」
何だこの痛みは!
体を外側から刺激されているのでは無い。
そう、内側を直接刺激されているような感じだ。
あまりの痛みに、思わず悲鳴を上げてしまう。
細胞一つ一つが痛みを与えられている。
それが体の至る所に起こっている。
気が変になりそうだ―――!
意識が飛びそうな激痛なのに、気絶しそうになると、その痛みでまた覚醒する。
これじゃあ堂々巡りだ!
いっそ気絶してしまえたらどんなに楽だろうか。
激しい痛みはやむこともなく、気絶することも許さない。
痛みが引く気配はなく、一定の痛みが常に走り続けている。
「ぐっ……!!!」
さっきからずっと叫びっぱなしで、喉も枯れてきてしまった。
こんな痛み、今までに味わったことが無い……
やはり、ここはあの闇の中なのだろうか?
思考を中断させるかのように、先ほどよりも一層強い痛みが走る。
「!!う……あ…………」
俺の意識は、そこで途切れてしまった。
眩い光を瞼に感じ、途切れていた意識がゆっくりと覚醒していく。
ゆっくりと目をあけると、そこにあったのは暗黒ではなく――――――青空だった。
何処までも広く、深い青色をしている。
昔、田舎で見たような空の色だ。
都会の汚れた空気の中では絶対に見られないような。
少しぼやけた視界が、だんだんと鮮明になっていくにつれ、意識も取り戻していく。
どうやら、地面に横たわっているようだが…
手足を少し動かして、異常がないか確認する。
手足は動く……どうやら、ちゃんと体はあるようだ。
確かにあのときは、体が無くなった気がしたのだが……
体のことは、あったからまあ良しとしよう。
それよりも………
一体、ここはどこだろうか。
少し、周りを見てみない限りはわからないな。
辺りを見渡そうとして、体を起こす、が…
「痛っ!!」
起き上がろうとしたところで、体中に激痛が走る。
「いったい、どうなってるんだ……」
身体の欠落は無いが、起き上がろうとするとまだ痛みが走る。
何かしらがあったのは事実だが、何が起こったのかはさっぱりわからない。
あの闇はいったい何だったのか。
そして、それに飲まれた自分がなぜ生きているのか。
ここは、どこなのだろうか。
………駄目だ、頭が混乱してきた。
不可解なことが多すぎる。
さっき目覚めたばかりで、うまく物事を考えられないせいもある。
「なんにせよ、しばらくはこうしているしかない、か………」
寝転がった状態のまま、空を見上げる。
光る太陽に照らされると、それだけで癒されているような気分だ。
雲ひとつない大空。
自分にもっと語彙力があったら、この空の美しさを現せるかもしれないが、それはできない相談だ。
ただ、綺麗という言葉しか出てこない。
日本の原風景とはこういうものじゃないか?
雄大な自然に充ち溢れた世界。
その自然それぞれに神様がいて――――
俺たちは、神と共に生きてきたのだ。
そういった考えが、自然に生まれてくる。
そんな美しさが、そこにはあった。
首だけを少し動かして、周りの景色を何とか把握してみる。
とはいっても、予測通り。
周りはうっそうとした木々に覆われてるだけで、ここがどこなのか見当もつかない。
ただ、周りを囲んでいるこの木は、どうやら桜のようだ。
花は咲いてないが、桜の木が辺り一面に広がっている。
だがしかし、桜の木があるだけではここがどこかなんてわかるはずもなく。
結局、体の痛みが治まるのを待つしか無いのであった。
気温は高くないが……あの時着ていた服はどうやらそのままのようで、そこまで寒くはない。
むしろ、陽の光が降り注いでいて、ちょうどいい感じに暖かい。
なんだか少し、眠くなってきた……
少し寝たら、体の痛みもきっと無くなってるだろう。
こんなところで寝るのはどうかと思うが、もしかしたら道行く人が現れるかもしれない。
そうしたら、ここがどこか聞くこともできるだろう。
とにかく今は……すこし…………寝よ……う……
暖かな日差しの中、意識は眠りの中に落ちていった。
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