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  東方夢月録 作者:ふるべ
十九章:少女のこと
幻想郷での一夜、いや正確に言えば二夜が明け、朝。
それだけ寝ていたにもかかわらず、昨夜は布団に入ったらすぐに寝てしまった。
なんとも不思議なものだと思う。
どんなことがあっても、食欲と睡魔には勝てないのだ・・・。
居間には霊夢と、まだ眠り足りなそうな顔をした魔理沙がいた。
テーブルには朝食の準備ができていて、おいしそうな香りを立てている。
「お早う。ちゃんと眠れたかしら?」
「もう大丈夫。しっかり眠れたし、本当になんとお礼を言ったらいいか」
霊夢がいなければ、まず間違いなく死んでいただろう。
そう考えると、いくら感謝をしても足りないほどだ。
「あー、もう気にしない!そういう仕事なんだし」
「それがなきゃ……人気のない神社のただの貧乏巫女」
もそもそと飯を食べながら、魔理沙が言う。
ものすごく眠そうだが、一応意識はあるようだ。
「あんたねぇ…。と、まぁそんなこんなだから気にしない。あ、でもお賽銭は入れてくれてってもいいのよ」
「勿論入れさせていただきます。はい」
断る理由もないし、何よりお賽銭という単語に対する彼女の執着のようなものが感じられて、断れない。
しかし、現代の通貨が役に立つのだろうか・・。


「さて、あなたが帰る日は明日で大丈夫?」
食後のお茶をすすっていると、霊夢が言う。
「え? そんなに早く帰れるの?」
「ええ、時間もかからないし、準備も要らないし」
これは願ってもないことだ。
この世界と現世の間には、複雑な結界が張られているという話を聞いた。
だから、てっきりいろいろ準備が必要で、最低でも一週間くらいはかかるのかと思っていた。
なんにせよ、早く帰れるのはうれしい。
「じゃあその日取りでお願いします。なるべく早く帰りたいし」
「そうねぇ。向こうでも同じように時間は流れているから、あなたちょっとした失踪者ね」
そうなのだ。
ここにいることはつまり、向こうにいる人ではこっちを絶対に見つけられないということ。
実家暮らしではないから、三日やそこらいなくたってまだ問題はないだろう。
しかし、一週間以上になってくると話は別だ。
いくらなんでもおかしいと思った友人あたりが家に乗り込んで来る可能性がある。
「本当は今日でもよかったんだけど。結界を越えるのに何もないとは限らないし、それに今日は少し用事があるのよね」
「用事?」
「あー、あれか」
魔理沙は知っているようだが、何のことだろうか。
というか、悪態をつく以外で今日初めてまともに喋ったな。
「あなたと一緒に襲われていた人がいたでしょ? その子のところでやることがあるの」
「まさか、まだ何か危険な目にあってるとか?」
「違うわ、そんなに焦らなくても大丈夫。事後処理みたいなもんだから。それに、本当に危険があれば、ここに連れて来たわよ」
「そ、そっか」
でも、事後処理とは何だろうか。
もしや、倒した妖怪が幽霊にでもなって取り付いているとか――!?
いやそもそも、妖怪って幽霊になるのか?
ああ違う、普通に幽霊が取り付いてるとかか?
「とりあえず落ち着きなさい。よからぬ想像が広がってるみたいだけれど」
「へ? あ、ああ」
「気になるなら一緒に行く?」
「え?」
「そうだな、明月も来ればいいじゃないか。そのほうが安心できるだろ?」
魔理沙がこともなげに言った。
「なんであんたはついてくる前提なのよ」
「細かいことは気にするな。それで、どうする?」
「俺は……」
答えを出そうとして、少しためらう。
会って何を話せばいいかわからない。
彼女に対する負い目のようなものを感じているのかもしれない。
しかし、俺は少し逡巡したのち結局「行く」と言った。




先に席を立った魔理沙に続いて、境内に出る。
「あんまり行きたくない、っていう顔だな」
俺の煮え切らない態度に、箒を弄りながら魔理沙が言った。
「まあ、会いづらいというか何というか」
「なんで?」
「…………先に、彼女が襲われていた。俺は助けようとした。でも、いざ化け物と向き合ったら、急に怖くなって、それで」
そこまで言って俺は口をつぐんだ。
言うのが恐ろしかった。
「逃げた、というわけか」
魔理沙の言葉に、無言のまま頷いた。
「それが普通だよ。目の前にいる他人と自分、どちらが大事かと言えば、当然自分だ。ましてや妖怪なんて、得体の知れないもんに挑む人間なんざいないぜ。それでも明月は、助けに行こうとしたじゃないか」
「そう、なのかな」
「そうだぜ! ほら、お前が落ち込んでいたら相手が気を使うだろ? 笑顔だ」
そう言って魔理沙は笑顔を見せた。
「ああ」
俺も笑ってみせた。
取り繕うような笑顔だったかもしれないが、それでも魔理沙は満足してくれた。
先ほどのこと、本当は出会ってすぐの相手に話すようなことではなかった。
それでも話そうと思ったのは、彼女の明るい性格のおかげだろう。
俺は、見知ったばかりの人に助けられてばかりだ。
「準備できたわよ……って、なに笑ってるの?」
「なんでもないぜ」
「……? まあいいわ。さて、ちょっと明月じっとしてて」
「ん?」
霊夢が俺の両肩を掴む。
そのまま少しして「やっぱり駄目ね」と霊夢は手を離した。
何をしようとしたか、さっぱりわからない。
一人で唸っていたようにしか思えなかったが、何か意味のあることだったのだろう。
「じゃあこっちだな」
魔理沙が箒をトントンと叩く。
俺は促されるまま、箒の後ろに跨り、柄の部分を握った。
「箒より、私につかまったほうがいいぜ。慣れないうちは揺れのせいで振り落とされるかもしれないぜ」
「ふ、振り落と? あの、安全運転でお願いしますよ?」
「善処するぜ」
それ、政治家とかがよく使う濁し方だよな。
なんだかとても嫌な予感がする。
「大丈夫、落ちたら拾ってやるから」
「フォローになってないし、落ちるってはっきり言っているよね? 逆に怖いのですが」
「がんばってねー」
先に空中にいる霊夢が、ひらひらと手を振った。
それも、フォローになってません。
それに、頑張ってってどういう「よし行くぜ! 全速前進!」
「やっぱりかぁぁぁぁ!!!」
砂埃と叫び声を神社に残し、二つの影は空に消えていった。




神社を出てしばらく飛行し、とても(・・・)快適な旅を終え、どこかの森の中に着陸した。
地面に立つと、やっと生きた心地が戻ってきた。
「酷い目に遭った……」
「はっはっは。だらしないぜ明月? これでもかなり抑えたほうだ」
「初心者にはちょっときつかったかな………。本当に落ちるかと思った」
予想はしていたが、それをはるかに超える恐怖体験だった。
足がふらついて、普通に立っているのも難しい。
俺の様子を見た魔理沙はさっきからずっと笑っていて、腹立たしい。
何か言おうともしたが、言い合う気力がまったくないのでやめた。
「こっちよ」
霊夢の先導について、鬱蒼と生い茂る木々の中を歩く。
「彼女はこんな森の中に住んでるのか。随分住みにくそうだな」
木々に触れながら、魔理沙理沙が言う。
確かに、お世辞にもここが住むのに適した場所とはいえないだろう。
上空から見ただけでも、周囲は完全に森だったし、今歩いているのも森の中の小さな獣道である。
人一人が通れるくらいの細い道は、背の高い木々のせいで薄暗い。
「本人に聞くのが一番早いわね。ほら、着いたわよ」
そこは、小さな丸太小屋のような家だった。
茅葺の屋根、周りの壁は黒ずみ、ところどころ腐食している。
霊夢が戸を叩くと、中から返事があり少女が戸を開いた。
「こんにちは霊夢さん、とりあえず中へどうぞ」
「お邪魔します」
「では、魔理沙さんと、……あっ」
少女と目が合う。
相手は一目で俺と気づいたようだ。
「まあまあ、積もる話は後で。な?」
魔理沙が少女に言った。
「あ、そ、そうですね。中へどうぞ」
「えと、お邪魔します」
俺は魔理沙に続き、小屋の中へ入った。
土間から、簡素な台所、六畳ほどの座敷、全て見渡せる。
家というより、やはり小屋と言ったほうが正しいだろう。
およそ、人が定住するような場所ではない。
小さめの卓袱台が置かれている座敷では、既に霊夢がくつろいでいた。
「今お茶を入れますので、適当に座っていてください」
座敷の座布団に座り、改めて周りを見ると、なるほど一応人が泊まれるようになってはいるらしい。
「よくこんなところに住んでるなぁ。私も人のことは言えないが、とても人が住むような場所じゃないぜ」
魔理沙の言葉に俺も頷く。
「私も、いつもは人里で暮らしていますよ。今は、ちょっとした理由があってここに宿泊しているのです」
お茶を乗せた盆を卓袱台に置きながら、少女が答える。
「今度、人里でお祭りがあるんですけど、いわゆる巫女みたいな仕事があるんです。それで、選ばれた人は一週間ほどここで寝泊まりしなければいけないという慣習があるんです」
なるほど、そういう理由があったわけか。
それにしてもよくこんなところで一週間も過ごしていられるものだ。
もし俺が選ばれたとしたら、二日で怖……嫌になるに違いない。
「そりゃまた難儀な話だな。こんなところにいちゃ、妖怪に襲われるかもしれないじゃないか」
「それは霊夢さんにお願いして、ここの周囲に結界を張ってもらっているんです。今日はその結界の確認に来てもらいました」
「ははぁ、つまり霊夢がサボって適当に結界を張ったせいで、妖怪が入り込んできたってわけだ!」
謎は解けた、と言わんばかりに、魔理沙が霊夢を指さした。
「違うわよ! 襲われた当日にも確認したけど、結界が破られた痕跡はなかったわ」
「じゃあいったいどういうことなんだ……?」
思わず言葉が漏れる。
「それはわからない。でも、確かにあれはここに侵入してきた」
「はい。外が騒がしいので見に行ったら、あの化け物がいて―――」
襲われた、ということか。
まだ、その時の恐怖が消えないのであろう、少女は両手で体を抱く。
「それで、しばらく逃げた後、彼に助けられたんです」
少女が、俺に向き直る。
「いや、俺は」
助けることはできてない、と言おうとして――
「いえ、あなたがいなければ、私は今ここにはいませんでした。ありがとうございます」
その先は、少女の感謝の言葉に遮られた。
深々と頭を下げる少女に、俺はどうしていいか分からなくなる。
「そうねぇ。あなたがいたことに意味があるなら、それでいいんじゃない?」
「結果オーライってことだぜ」
「………ありがとう」
いたことの意味、その言葉が胸に染みる。
俺はまだ、完全に自分を納得させることはできないけれど、あれは確かに意味のあることだったのかもしれない。
そう思うと、少しだけ楽になった気がした。
「……それじゃ、お茶飲み終わったしそろそろ結界見てくるから適当に待ってて」
霊夢はそう言って手に持っていた湯呑を置いて、外へ出て行った。
「なぁなぁ、人里でやる祭りってどんな感じのなんだ?」
残された魔理沙は霊夢の後を追わず、興味深げに祭のことを少女に聞く。
どうやら先ほどから興味津津だったらしい。
「あ、それはですね――」
俺は二人の話を聞き流しながら、お茶を一口飲む。
淹れてから随分たったはずなのに、何故かほんのりと暖かく感じた。
とても久しぶりに小説を投稿させていただきました。
まずは、明けましておめでとうございます。
そして、長い間何の音沙汰もなく待っていた方には大変申し訳ありませんでした。
身の周りが急に慌ただしくなってしまったことにより、長らく投稿ができませんでした。
それもすべて自己責任ですが、年を跨ぎやっと一段落したので、投稿させていただきました。
今後の更新ペースについてはっきりしたことは言えませんが、話の長さを考えると週一ペースで投稿できれば……と思っています。
ごく簡単な近況報告で申し訳ありません。
それでは、本年もどうぞよろしくお願いします。


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