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アウエル・バッハ 無明のリングイネ
作者:悠 奏多
 昼下がりの体育館には、体操服を着た子供達の活気で満ち溢れていた。あちこちから湧き上がる大声、笑い声、そしてざわめきなどが温かみのある響きに聞こえる。
 今日は身体能力測定の日だ。クラスメイト達は皆、二人一組なって代わりばんこに測定し、パートナーの記録を所定の用紙に書き込む作業を繰り返していた。上体反らし、反復横飛び、踏み台昇降運動、握力測定など、測定器具の空き具合を見ながらランダムに測定していく。そして、早く終わった組から自由時間になる。
 男女のペアになると冷やかしの対象になる、と言う光彦の提案で、少年探偵団は男子グループと女子グループに分かれた。つまり、コナン、光彦、元太で一グループ、そして哀と歩美で一グループと言うことに。授業が始まってすぐに、担任の小林が、
「男子は奇数だから、どこかのグループが三人になるけどいいかしら」
 と言った。案の定、元太、光彦が一斉に挙手をしてその役を買って出たわけだ。彼らは、グループ分けをすることにより、発生しかねない揉め事を未然に防げたとか言って、満足感に浸っていた。良いんじゃねぇの、アイツらがそれで満足したならな。

 測定項目があと少しになった時、突然歩美がコナン達のグループに駆け寄ってきた。
 歩美は確か、哀と組んで回っていたはずだ。早速理由を訊くと、あと一種目だからコナン達に測って貰って、と理由も言わずに突っぱねられたと言う。
 何、理不尽プラス唯我独尊女になってるんだアイツは。ただでさえ友達少ねぇのに、そんな態度取ったら、少年探偵団あいつらも離れてくぞ。
 両手で記録カードを持ち、しゅんとする歩美を宥める元太と光彦。コナンは、体育館の隅々まで目を光らせた。すると、体育館の隅っこで、人知れず立位体前屈をしている哀を発見した。今、哀は、懸命に両手の爪先を床に付けようとしているが、床まで届くには二十センチ以上足りない。
 そうか。アイツ、めっちゃくちゃ固ぇんだ。いっつもあんな、かび臭い研究室に篭ってるからだよ。若い身空で、マイナス二十センチ越えはまずいだろ。
 コナンは緩む口元を左手で隠し、哀に気付かれないよう遠回りをして近付いた。

「よ、哀ちゃん! なぁ〜にしてるのカナ? そーんな隅っこでよ」
 哀の両肩が一瞬跳ね上がったのを見取り、コナンは下から覗き込んだ。
「何って……。練習よ、見て分からない?」
 コナンはぷっと吹き出した。自分から視線を逸らすへそ曲がりが、何だか今だけかわいらしく思えた。
「今から練習したって無理だろ。一朝一夕で出来るもんじゃねーぜ。これからは、ちょっとずつでも良いから運動することだな。俺なんかさ、しょっ中犯人を的にしてサッカーボール蹴ってるし、運動量豊富だしな。俺の爪の垢でも飲ませてやりーぜ」
「指が地面に付かなくて良いのよ。付かないように練習してたの。まだ死にたくないしね」
 コナンの勝ち誇った口調に、哀が水を差した。そして哀は、横髪を耳にかけ、顎を突き上げた。
 前言撤回。かっわいくねー奴。
「ああァ? 何言ってんだよ。オメーなァ、自分の非を素直に認めろよな。そんなんじゃ、いつまで経ってもまともな恋愛出来ねーぞ。素直じゃねぇ女って、ホント不細工だぜ?」
「分かってないのは貴方の方よ。自分の姿、鏡で見たことある? 頭でっかちで、足が異様に細いでしょ」 
 コナンは、今朝鏡で見た自分の姿を思い出した。
 確かに、頭が大きい割には下半身が異様に細い。改めて考えてみれば、よく普通に生活出来るものだ。

「それがどーしたんだよ?」
 不満げに返すコナンに一笑みかまし、哀は立位体前屈のコーナーを指差した。高さ五十センチほどの台上で、悪戦苦闘する者もいれば、すんなり足の位置より下まで行く者などで賑わっていた。
「だから? ホラ、無駄な悪あがきしねーで、さっさと測りに行こうぜ。俺が記録付けてやっから。目算でマイナス二十六・四センチくらいか? 合ってたら褒めてくれよっ」 
 そうあからさまに語尾を弾ませ、コナンは強引に哀の腕を掴んだ。だが、それを全力で振り払う彼女に、コナンは感情的にならず『やれやれ』と、ため息と共に吐き出した。
「オメーなぁ。もたついてっとチャイム鳴っちまうぞ?」
「この身体になってから、立位体前屈あれをやるの初めてなの?」
「? ……そうだけど」
 哀は、やっぱりね、と首を横に振りながらため息を付いた。
 何だこいつ? 意味分かんねぇ。良い言い訳でも思い付いたのかよ。
「棄権することね。じゃないと、貴方、間違いなく頚椎痛めるわよ。下手したら死ぬかもね。そんな頭でっかちの体型で、あんなモノやるもんじゃないわ」
「じゃあよ。オメーの言い分だと、あれやった奴はみーんなバランス崩して、頭から落っこちることになるぜ? んな馬鹿な! もっと上手い言い訳考えろよな……ったく」
「普通の子達は良いのよ。でも、私達は違うわ。成長が止まった身体から、いきなり小さくなったのよ? しかも、たまに蒸気も吹き出すじゃない。自分の身体をコントロール出来てない証拠だわ。そんな人間が、あんなモノやったら……確実に頚椎損傷ね」
 コナンは、突き出した右足を引っ込めた。揉み上げの辺りが、嫌な汗で滲んでいる。あの薬の開発者だからなのか、真に迫る感じがした。
「じ、じゃあよ。あれやったら、オメーの言う通り……」
「首から下の自由がなくなるわね。それか、首の骨を折ってあの世行き」
 珍しく即答したその言葉は、いつもより数段歯切れが良かった。哀が断言した。オブラートに包み込むことが多い、あの哀が。

「じゃあ、記録カード出して。体育係に持っていくから」
「あ、あぁ……」
 直立不動になったまま動かないコナンから、哀は記録カードをすっと取り上げた。まるで、スリのように鮮やかな手捌きだった。
 コナンは、首の付け根を指先で追った。そして、ははは、と口元をひくつかせながら笑った。
 これで良かったんだよな。確かに、見た目は普通の小学生だが、一度百七十五センチまで成長した。そこから逆戻りした過程がある。
 でも!
 このまま棄権して良いのか。スポーツ万能の江戸川コナンが、立位体前屈の記録なしで終わって良いのか? その事実を知ったクラスの連中が、
「記録なし? 江戸川くんて、身体固かったんだ」
 とか、
「えー、意外意外、超意外!」
 とか、
「身体固いなんてジジ臭いねー」
 とか思われそうだ。子供なら、口に出して言うかもしれない。
 立派な名誉毀損だ。プライドもズタズタ。そう思われるくらいなら、ちょっと頭から落っこちてちょっと大怪我するくらい……、どうってことないんじゃねーか? うん、そうだ。どーってこと……、ねぇ。
 何よりも、ババア並みに身体が固い哀と同レベルなのが気に食わない。確か、去年測った時は三十センチを越えていた。ぶっちぎりでクラスで一番だった。

「よし。やっぱ」
 やるぞ、とコナンは大きく頷いた。とりあえずゆっくり腰を曲げていこう、と決めた。
 指先が徐々に床へ近付く動作が、蝿が何匹も止まるほどゆっくりだった。次の瞬間頭から墜落するかも、と思うと流れる汗が止まらない。周りの音も、全く聞こえなくなっていた。

 ところが。
 床に吸い付くように、十本の指が付いた。
 何も起こらなかった。

「は、は、は、は」
「どうしたんですかコナン君? さっきから見てますけど、妙な動きで面白かったですよ。新しい一人遊びですか?」
 いつの間にか至近距離まで近付いていた光彦に真横から話しかけられ、コナンは弓で弾かれたように上半身を起こした。
「は、は、は、って……くしゃみが出ないんですか?」
「灰原テメー! 騙したなああぁぁあああっ」
 いきなり叫び出したコナンのせいで、光彦は体勢を崩し尻餅を付いた。ただ目を大きく見開く光彦を置き去りにして、コナンは、電光石火のように走り出した。その様に気付いた哀は、
「押しが弱かったかしら。もっと考えて騙さなきゃね」
 と呟き、こめかみ付近を軽く掻いた。


 管区のサイトを開いてみました。早く専門用語の単語を覚えないと……と思いながら、フォトグラファーをクイック。
 よく撮れてました。すごい。バグザールがバックに写ってるヤツはどこか分かるけど、並木道とかは特定不可能。グリーンランドのような原色バリバリの建物はうんざりだけど、控えめな色の建物は本当に和む。クソ寒いのに外へ行きたくなります。
 哀って身体固そうだな、って妄想から話が膨らみました。今回は、意外とスラスラ書けました。
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