挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

85/677

古着購入

 魔力が体内に満ちて動けるようになった後、マルクが準備してくれたパン粥を食べて、ようやく普通に動けるようになった。

「マイン、側仕えの普段着はこちらで準備した方が良いか? それとも、お前が準備するか? どうする?」
「普段着って、どこで買えばいいんでしょうか? ウチが使ってる古着屋じゃダメですよね?」

 貧しくて新しい服を作るのが難しい平民でも、わたしみたいな例外を除いて、子供はどんどん成長する。次々と大きい服が必要になるし、小さい服は必要なくなる。

 ただでさえ狭い家の中に不用品を溜めておくことはできないので、晴れ着のような高価な服を除いた普段着は、着られなくなった時点で古着屋に売りに行く。そして、その古着屋で次の普段着を買ってくるのだ。そうすれば、引き取り価格分だけ安く、次の服が手に入る。
 とりあえず着られれば良いという感じなので、汚れていて当たり前。継ぎ接ぎは飾りと思え。デザイン? そんなものは存在しない。大事なのは生地の厚みと丈夫さである。
 全体的に生地が薄くなりすぎると引き取ってもらえなくて、赤子のおむつや雑巾となる。

「阿呆。そんな服で北をうろつかせるな」

 わたしと一緒にギルベルタ商会と神殿に出入りする側仕えは、基本的に高級地である街の北側をうろつくことになる。わたし達の普段着のようにあまりに貧しい恰好をさせるわけにはいかないらしい。

「わたし、上質な古着屋なんて知りませんし、側仕えに相応しい服が全くわからないので、全面的にベンノさんにお任せします」
「明日、熱が出なかったら連れて行ってやる。ついでに、レストランの進歩状況も確認に行かなきゃならんからな。お前も来い」
「わかりました」

 わたしが頷くと、ベンノはルッツに視線を向ける。

「ルッツ、本来なら休みの日だが、お前も一緒だ」
「わかってます」
「ごめんね、ルッツ。付き合わせて」
「いや、オレも仕事着以外の服が安く手に入ればいいと思っていたから、丁度いいんだ」

 神殿に入ってからも、わたしに付き合ってくれるらしいルッツは、仕事が休みの日に北を歩ける服が欲しいらしい。
 普段着と違って、ギルベルタ商会の見習い服は毎回洗濯しなければならない。客商売のため、清潔な身なりをするためだ。しかし、洗濯回数が多くなると、当然、服が傷むのも早くなる。あまり傷めたくないけれど、ルッツには北を歩ける服が見習い服しかない。

「仕事以外の時に着られる服がないと、また見習い服を作らなきゃいけなくなるだろ?」

 ルッツの言葉を聞いて、わたしも自分の服が欲しくなった。わたしもルッツと同様に、北を歩き回れるような服は、見習い服しかないのだ。

「ベンノさん、わたしにも一着見立ててください」

 自分の服を探すために買い物をするなんて、ここではまずない。明日はお買い物だ、とうきうきしながら、わたしはルッツと一緒に家に帰った。

「じゃあ、また明日ね」
「まだだ、マイン。今日の報告が済んでない」
「……え?」

 満面の笑顔で別れようとしたら、ルッツに睨まれた。うっ、と怯んだけれど、もちろん、ルッツの報告を止められるわけがない。

「どうしてマインは自分を大事にしないのっ!」
「トゥーリ、泣かないで!」
「泣いてないっ! 怒ってるんだよっ!」

 本当に神殿に行ったら身食いが大丈夫になるのか、いきなりいなくなっちゃうんじゃないか、トゥーリがずっと心配しているのを知っているので、トゥーリに泣きながら怒られるのが一番罪悪感を覚える。

「ごめん。ごめんなさい。もうしません」
「……ちゃんとお昼ご飯を食べる?」
「もちろん!」

 わたしが大きく頷くと、トゥーリの眉が少し下がった。

「魔力のこと、偉い人にちゃんと相談できる?」
「うん」
「本を読んでも、約束忘れない?」
「……う……」
「マイン?」

 トゥーリはじっとりとした目でわたしを睨んだけれど、自分で守れないとわかっている約束はできない。本を前にすれば、理性なんて簡単に飛んでいってしまう自信がある。

「……わ、忘れないように、側仕えに教えてもらう。真面目な人だから大丈夫!」
「ハァ、自分で守る約束はできないんだね?」

 やれやれ、とトゥーリは肩を竦めたけれど、約束を守れる自信はない。家族は呆れているようだけれど、怒りはある程度消えたようなので、話題を変える。

「ねぇ、トゥーリ。明日、お仕事がお休みなら、トゥーリも一緒にお出かけしない?」
「え? マインはどこに行くの?」
「わたしの側仕えのために服を買いに行くの。北の方に住む人達の服選びだから、古着屋でも勉強になるでしょ?」

 それに、服を見立ててくれるのはベンノだ。貴族向けの服飾を扱う店の旦那様なので、トゥーリにはとても良い経験になると思う。

「……いいの?」
「明日は色々行くところがあるから、そっちにも付き合ってもらうことになっちゃうけど、それでよかったら」
「うん、楽しみにしてる」

 トゥーリがへにゃっと嬉しそうに笑った。わたしはいつものふわりとした笑顔にそっと胸を撫で下ろす。
 よかった。お怒りは溶けたらしい。


「何だ、トゥーリも今日は森へ行かないのか?」

 トゥーリとルッツと手を繋いで、井戸の広場から大通りに向かって出ていこうとした時、背後から少し咎めるような響きを持った声が聞こえてきた。

「あ、ラルフ」
「ラルフ兄」

 くるりと振り返ると、ルッツの兄であるラルフが普段着に籠を背負って追いかけてきていた。ラルフは森に行く恰好だ。
 北に向かうために一番綺麗な服を着たトゥーリと、見習い服を着ているルッツとわたしを見て、ラルフはほんの少しだけ顔をしかめた。

「どこに行くんだ?」
「今日は服の勉強なの。ラルフは森でしょ?」

 トゥーリは仕事を始めたお友達との情報交換を兼ねて、仕事が休みの日に森へ行くことが多いけれど、前と違って家計の面で考えると、絶対に森へ行かねばならない状況ではなくなった。
 わたしが寝込む回数が数年前に比べて格段に減ったことと、わたしとトゥーリが働き始めたことで、ウチの家計はぐっと楽になったからだ。

 しかし、ルッツの家は食費がかかる食べ盛りの男の子4人兄弟の家庭で、子供たち全員が働きに出ても、それほど家計に違いはない。見習いの給料は安いので、下手したら森での収穫が減って、以前より食生活は苦しくなっている。
 そのため、休みの日は森で収穫してくるのが当然で、見習いであるはずのルッツが休みの日でも店へ行くことを、家族はよく思っていないらしい。「働いた分として、見習いの給料の倍、お金を渡すより、森で収穫してきて欲しいんだってさ」とルッツが零していた。

 大通りに出るまで、トゥーリはラルフと並んで歩き、気まずそうな顔をしたルッツが少し後ろを歩く。わたしはルッツと手を繋いで歩きながら、時折こちらに向けられるラルフの視線にルッツが軽く溜息を吐くのを見ていた。

「じゃあ、ラルフ。頑張ってね」
「あぁ」

 大通りに出たところでラルフは南へ、わたし達は北へと向かうことになる。トゥーリがラルフに大きく手を振りながら、わたしの空いている手をつかんで、手を繋いだ。
 わたし達は大通りを街の北へ向かい始める。服の勉強をするんだ、と意気込んでいるトゥーリが話の中心で、ルッツはマルクに言われているように、聞き上手を目指して、トゥーリの話を聞いている。

 ふと視線を感じてわたしが振り返ると、ラルフが物言いたげな顔をして、別れた地点に立ったまま、こちらを見ていた。わたしと視線が合った瞬間、ラルフはやましいことが見つかったような顔になり、慌てたように踵を返して南へと駆けていく。
 どんどん開いて行く距離が、ルッツと兄弟間の心の距離に思えて、わたしはそっと目を伏せた。


 ギルベルタ商会に着くとすでに出かける準備ができた状態で、ベンノが店で仕事をしているのが見えた。マルク他、数人の従業員に指示を出している。

「おや、今日はトゥーリも一緒か? ずいぶん腕が良い針子になりそうだとコリンナが言っていたぞ」
「本当ですか!? 嬉しい」

 外面の良い愛想笑いで、ベンノはトゥーリを褒める。
 今日はマルクではなく、ベンノと一緒に出かけることになっている。午前中はイタリアンレストランの改装工事の見回りに行き、頼んだ通りにできているか、建築材料が勝手に安物に変えられていないか、確認しておかなければならないらしい。

「もう工事、始まってるんですね」
「予想以上に早く場所が決まったからな。今は厨房を拡張してオーブンを作らせているところだ」

 イタリアンレストランは、飲食店協会から北で元々食事処をしていた場所を買い取った。今は改装工事中で、最初に厨房を整え、その後で床板も全部張り変え、貴族の食事を出す店として内装は高価なものを入れる予定らしい。
 まるで貴族になった気分で食事ができる高級食事処というのが、コンセプトだ。貴族に関係する仕事をしている大店の旦那を顧客にするべく試食会もするらしい。

「あぁ、ギルド長を見習って……」
「違う! 試食会はお前の提案だったから、ギルド長を見習うことにはならないんだ」
「……そうですか」

 見たところ、材木や煉瓦、鉄などの材料にも、職人の仕事にも、特に問題はなさそうだ。まだオーブンが仕上がっていないけれど、オーブンができたら料理人を入れて、開店までの期間に練習をさせるらしい。

「順調でよかったですね」

 わたしがベンノに抱き上げられたまま、工事中の店の中をぐるりと見て回ってそう言うと、ベンノは難しい顔になった。わたしくらいにしか聞こえない低い声で、小さく零す。

「いや、問題は山積みだ」
「へ?」
「……いや、お前に言うことではないな。おい、次の店に行くぞ」

 ルッツとトゥーリに声をかけて、その後はギルベルタ商会とも繋がりが深い古着屋に向かって歩き始める。

「貴族のような食事って、どんなのだろうね? 一度くらいは食べてみたいなぁ」

 ちらちらと工事中の店を振り返りながら、トゥーリが三つ編みをぴょこぴょこと跳ねさせる。ルッツと一緒にベンノのやや後ろを歩くトゥーリをベンノの肩越しに見下ろしながら、わたしは構想しているレシピを思い浮かべた。

「うーん、ウチでトゥーリも食べたことがあるレシピが3割。5割はオーブンを使う新作料理やお菓子。後の2割はイルゼさんのレシピを応用した創造料理……かな?」

 わたしの答えにトゥーリは微妙に顔を歪めた。

「……もしかして、あのお店で出す食事って、マインのへんてこ料理?」
「トゥーリ、ひどいっ! いつもおいしそうに食べてるのに!」

 笑顔で食べてくれる姉に「へんてこ料理」だと言われたショックに落ち込むと、トゥーリは慌てた様子で言葉を足した。

「おいしいよ! すごくおいしいんだけどね。マインのレシピ、初めて作る人はビックリすると思うよ? わたしはもう慣れたけど」
「うまければ何でもいいじゃん」

 肩を竦めて「何でもいい」と言うルッツも、トゥーリの「へんてこ料理」という部分を訂正はしてくれない。確かに、ここの調理方法とはちょっと違うことが時々あるので、完全には否定できない。

「……何だ? お前らはマインの料理を食べたことがあるのか?」

 店が工事中で料理人が調理できる状態ではないので、この中ではベンノだけが、まだわたしの料理を食べたことがない。
 ベンノの言葉に、ルッツとトゥーリがものすごく複雑そうに顔を見合わせた。

「うーん、レシピはマインだけど……ねぇ、ルッツ?」
「あぁ、作るのは自分達だからなぁ。マインの料理を食べた気はしねぇよな?」

 ごもっとも。

 どんどん成長していく二人とほとんど成長しないわたしでは、もう体格が全然違う。麗乃時代の記憶で言うならば、幼稚園児と小学生の中学年くらいの差がある。
 それだけ体格が違えば、手が届く位置も違うし、腕力も違う。何に関してもできる範囲が全然違う。わたしにできることはほとんど増えていないのに、二人は親の補助がなくてもできることが増えている。

「わたしだって大きくなりたいよ……」

 ポツリと零れてしまった本音が届いたのは、わたしを抱きかかえたまま歩いているベンノだけだったようだ。自分では声に出している自覚がなかったので、慰めるように軽く背中を叩かれて、ぎくりとした。

 わたしが成長しないのは、身食いの症状としてどうしようもないことなのに、わたしの愚痴を聞いてしまったら、トゥーリやルッツはきっとわたしを心配して、気に病むに決まっている。
 そっと後ろを見て、二人に聞こえていなかったか、様子を伺う。二人がわたしのレシピでおいしかったものについて話をしている様子を見て、ホッと安堵の息を吐いた。

 工事中の店も目的地である古着屋も、街の北側にあるので、それほど時間はかからず到着した。
 やはり、街の北側にある古着屋は、ウチが使っている古着屋とは全く違った。籠に大体のサイズで分けられて、薄汚れた灰色や茶色の服が山積みにされているのが、わたしの知っている古着屋。
 ここは品が良いせいか、下着以外は一着ずつ十字のような形のハンガーにかかっているし、色鮮やかだ。それぞれがオーダーメイドで作られているものなので、サイズ違いや色違いはないけれど、店の雰囲気は麗乃時代の小さな町にある店の主人の趣味でやっている洋服屋に似ていた。

 わたし達が店の中に入ると同時に店長らしい女性が目を見開いて、駆け寄ってくる。きっちりとまとめられた髪は焦げ茶色で、同色の目が好奇心でキラキラに輝いていた。

「あら、ベンノ。どうしたの? いつの間にこんなにたくさんの子供……」
「何を言っているんだ、お前は?」
「だって、浮いた噂がないベンノが子供連れでウチに来たのよ? こんなおいしいネタ、勝手に膨らませて、仲間内で楽しまなきゃ」
「いい加減にしろよ、こら」

 ずいぶんと長い付き合いなのか、気安い言葉の応酬が続くのをわたし達がポカーンと見守っていると、ベンノが女性の言葉を遮って用件を述べた。

「今日はこいつらの服を買いに来たんだ。ついでに、ウチの見習いに勉強させようと思ってな」
「見習いって、ルッツに何の勉強をさせるんですか?」
「あのな、マイン。ウチの見習いなら服の一つくらい見立てられなくてどうする?」

 うぐっ、とルッツが言葉に詰まった。服なんて丈夫さ一番という貧民生活で育ってきたルッツやトゥーリには、服を見る目が育ってない。それを自覚させ、勉強させるつもりなのだろう。

「マイン、お前の側仕えにはこの辺りの服がいいだろう。比較的新しいデザインで、袖も短く動きやすそうだ」
「その辺りなら、フランにはあそこの深緑か茶色が良いと思うんですけど、どうですか? 真面目でかっちりした雰囲気だし、髪や目の色ともあまりケンカしないと思うんですけど」
「……いいんじゃないか? あとの二人に関しては、見てないからわからん。フランに見立てた雰囲気から考えても、それほど外れはないだろう。お前が適当に選べ」
「はーい」

 わたしはベンノに下ろされて、子供が着る小さいサイズの服の中、ギルとデリアに合いそうな服を探し始めた。
 選ぶとは言っても、同じようなサイズでそれほど多くの服は無いので、選択肢はかなり限られている。当然、決まるのは早い。あとはルッツに合わせてみて、サイズが本当に大丈夫そうか確認するだけだ。

 あぁ、もうちょっと色んな服があったらなぁ。

 選び甲斐がなくて、わたしはテンションを落とした。麗乃時代は何と贅沢な時代だったことか。周りに服が溢れていた。あの時には大して服に興味がなかったのに、周りになくなると欲しくなるなんて困ったものだ。

「ルッツ、ルッツ、ちょっといい?」
「どうした、マイン?」
「ギルはね、ちょうどルッツくらいの背恰好だから、ルッツに合わせてもらいたいの」

 3つ抱えていた男の子向けの服をパッとルッツに当ててみる。大きさに問題はないようだ。そのうちの一つをルッツに向かって差し出した。

「これくらいのサイズの中では、これが一番ルッツに似合いそうだよ。ギルはこっちかなぁ?」

 手に持っていたギル用の服を見比べていると、ベンノが軽く溜息を吐いた。

「マイン、お前は服の見立てをどこで学んだ?」
「どこって?……学んだことなんてないですよ?」

 カラーコーディネイトに関する本や服飾に関する雑誌なら色々読んだが、改めて学んだことはない。強いて言うなら、学校の美術だろうか。

「お前に関しては考えるだけ無駄か」
「そうですね。そういうものだと納得しておいてください。ルッツ、次はこっちを当ててみて」

 わたしがデリア用に選んだワンピースを見せると、ルッツはぶるぶると首を振った。赤を基調とした比較的可愛い感じのワンピースを前に、大きく手でバツを作る。

「それはトゥーリに頼めばいいだろ!? オレは嫌だ」
「だって、ルッツよりトゥーリの方が大きいじゃない。デリアはルッツより小さいんだよ。トゥーリじゃダメだよ」

 ルッツは嫌がったけど、デリアの分もルッツの背中に当ててサイズを選んだ。だって、トゥーリもわたしもサイズが違うんだもん。

「じゃあ、ルッツ。マインに合う色を探すところから始めろ。例えば、この緑とその緑じゃあ、一口に緑と言っても色が違う。マインに合うのはどっちだ?」

 ルッツに服を当てていたように、今度はわたしに服が当てられる。ルッツとトゥーリが真剣な顔でわたしと服を見比べた後、ビシッと二人が同じ服を指差した。

「こっち!」
「そうだな。マインの肌の色にはこれが合う。これとこれなら?」

 同一色、相似色、補色、中差色、彩度、明度などの色に関するベンノの説明が実際に服をわたしに当てながら始められた。経験によって積み重ねられた知識をまとめると、わたしが読んだカラーコーディネイトの本になるのか、と感慨深く思いながら、わたしは椅子に座ったまま布を当て続けられる。

「客に似合う色をいくつか頭に叩きこんだ上で、次はデザインを選ぶことになる。服は身分や立場を一番よく表すものだ。違う階級の服を着ると厄介事が起こることが多い。一番身近な例は、マインの洗礼式だ」
「あぅ……」
「今回、マインに選ぶ服は神殿に出入りするための服だ。側仕えを持つ者が着る服だが、これは袖の長さが重要になる」

 そういえば、神殿に向かう時、ベンノが袖の長い衣装を着ていたことを思い出した。何をするにも邪魔そうな振り袖くらい長い袖の服だった。

「自分で動かなくても、側仕えが動いてくれるので、服の汚れを気にしなくても良い立場だと示す物だ。実際に働く人は袖をだらだらさせていられない」
「あれ? でも、マルクさんも長い袖でしたよ? ベンノさんの半分もなかったですけど」
「アレは貴族に会いに行く時の側仕えの服だ。向かう先に側仕えや下働きがいるのだから、マルクが働くことはほとんどない。逆に、貴族が来るなら、マルクは袖の短い服で歓待のために立ち回らなければならない。……ウチの店に貴族が来ることはないがな」

 へぇ、とわたしは軽く頷いているが、ルッツとトゥーリは目をギラギラさせてベンノの話に聞き入っている。

「では、そういうことを含めて、マインに合う服を選べ。ルッツとトゥーリ、どちらが上手く選べるかな?」

 キッとお互いに睨みあった直後、二人は店の中を歩き回り、服を選び始めた。その様子を見て、ベンノが楽しそうにクッと笑いを漏らす。

「マイン、お手柄だったな。競争相手がいると成長は驚くくらい早くなる」
「トゥーリにも良い勉強になってるから、良かったです」

 一生懸命に服を見比べている勉強熱心な二人を見ながら、わたしはベンノに貴族社会で気を付けなければならないことを聞いてみたが、ベンノはふるりと頭を振った。

「お前と俺では立場が違う。貴族とやり取りする商人のことなら教えてやれても、貴族の中で立ち回ることに関しては、フランに聞いた方が確実だ。ルッツがやっているように、細かく何でも質問しろ。お前が何をわかっていないのか、相手は全く知らないんだからな」

 ベンノ言葉に頷いていると、ルッツとトゥーリが服を抱えて、駆けてきた。

「どっちを選ぶの、マイン?」
「……え? えーと……」

 ルッツとトゥーリに迫られて、たじたじしながら、二人が選んだ服を見る。トゥーリが選んだ服は可愛いピンク色のワンピースで、ルッツが選んだのは青を基調としたワンピースだった。

「外をうろうろするだけなら、トゥーリの服の方が可愛いけれど、神殿に行くことを考えるなら、ルッツの服の方がしっくりくるんだよね。難しいなぁ……」
「一度着てみろ」

 ベンノに言われて、わたしはトゥーリとルッツが選んできた服を持った店長と一緒に試着室へと向かった。トゥーリの選んだ服を店長さんに着せてもらった後、よく磨きこまれた金属鏡の前に立たされる。

「……ぅわ」

 初めて自分の顔を見た。卵型の輪郭に抜けるような白い肌というよりは、病的で血色悪い白い肌をしていて、暗い紺色のストレートな髪が肌の青白さに一役買っているように見えた。
 鏡には、大きくてパッチリとした金色のような黄土色のような黄色っぽい目が映っていて、驚いたように大きく見開かれていた。鼻筋が通った形良い鼻と下唇がぽってりとしているところは母に似ていて、トゥーリとは目元以外あまり似ていない。

 これで、子供らしい闊達さがあれば、麗乃時代なら文句なく可愛い幼女だ。ただ、この世界では、どう評されるかわからない。ルッツは可愛いと言っていたから、それほど美的感覚に違いはないのだろうか。
うぬぅ、と悩みながら、着た服を見せに行く。

「わぁ! マイン、可愛いよ! すごく良く似合う」

 トゥーリは自分が選んだ服を着たわたしを大絶賛するが、ルッツはうーんと首を捻った。でも、表情は悔しそうなので、文句を付けるのが難しい程度には似合うのだろう。
 ベンノが苦笑しながら、次に行けと言わんばかりに手を振った。

「やっぱり、こっちの方が似合うって!」

 ルッツの選んだ服に着替えて、見せに行くと、今度はルッツが満面の笑顔で褒めてくれた。トゥーリがちょっと悔しそうに「わたしが選んだ服の方が似合うもん」と唇を尖らせて、どっちが似合うか言い争い始めた。
 次第に白熱していく言い争いにわたしが助けを求めてベンノを振り返ると、ベンノは顎を撫でながら店内をぐるりと見回した。

「鏡で自分の容姿は確認したんだろう? お前は、どれが一番自分に合うと思う?」
「えーと……用途も考えたら、これとこれとこれ、かなぁ?」

 最初にわたしが手に取ったのは白のブラウスだ。袖が長くて、襟元と袖にレース飾りがついているので、シンプルなのに貴族向きに見える。それから、神殿に履いて行くにはちょうど良い青のスカート。花の刺繍がされているが、青の巫女服を着れば、見えなくなる。最後に、花の刺繍やレースのついた赤いボディスのような胴衣だ。

「これなら、どれか一つ買い足したり、買い変えたりするだけで、かなり雰囲気が変えられるし、今持っている見習い服とも合わせられると思うんですけど、どうでしょう?」

 わたしがベンノを見上げると、ベンノは小さく笑いながら、ルッツとトゥーリを見ていた。二人は虚を突かれたような顔で、わたしが選んだ服を見つめる。

「ルッツ、トゥーリ。ここにある服はワンピースだけではない。女の服はワンピースだという常識は捨てろ」

 貧民の女の子の服はワンピースしか存在しない。上下に分けて縫えば、それだけ布が必要になるからだ。防寒のために重ね着することはあっても、オシャレのためにすることはない。ブラウスの襟だけ付け替えができたり、袖口のレースが付け替えできたりするような服が周りに存在しないのだ。

「次までにしっかり勉強しておけよ」
「はい!」

 しょんぼりと落ち込んでいた二人が揃って顔を上げて、ライバル意識丸出しのやる気に満ちた顔で、何故かわたしを見た。

 トゥーリが可愛かったので、神殿まで行きつけませんでした。
 中古服が買えたので、神殿に行きます。

 次回は、ルッツの怒りとギルの怒りです。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ