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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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倒れた理由

 カツカツと大股で足早にベンノが歩くと、お姫様抱っこをされて仰け反った状態のわたしの頭がガックンガックンと揺れる。脳味噌が掻き回される感じがするので、もうちょっと揺れないように歩いて欲しい。
 そんなことを考えていると、後ろの方から慌てた様子で駆けてくる足音が追いかけてきた。

「ベンノ様、お待ちください!」

 フランの声だ。ガクンと仰け反った視界にフランの胸元から顎が映った。フランがベンノの半歩後ろについて歩きながらもう一度呼びかける。

「ベンノ様」
「何だ? 見ての通り、俺は急いでいる」

 足を止めようともせずに、ベンノは丁寧さの欠片もない素の状態で言葉を返した。そのぶっきらぼうな態度に一瞬怯んだフランだったが、グッと息を吸い込んで食い下がる。

「マイン様を運ばせてください」
「急いでいる。却下だ」
「お客様に運ばせるわけにはまいりません。私がマイン様の側仕えです」

 ベンノ相手に引こうとしないフランの言葉に、わたしは内心ハラハラしていたが、ベンノは突然足を止めた。

「力が入っていないヤツは小さくても重いぞ。絶対に落とすな」
「存じております」

 その場にゆっくりと膝をついたベンノがわたしをフランに渡す。
 フランはわたしの頭の位置や腕の位置を微調整して、立ち上がった。頭の位置がフランの肩にもたれかかるようになったので、頭がガクンガクンと揺れることはなくなった。

「フランは抱き上げるのが上手だね」

 わたしが感心してそう言うと、フランは少しだけ怒ったように声を尖らせる。

「マイン様、無理して喋る必要はございません」
「身体に力は入らないけど、頭は冷えてる感じだから、別に無理はしてないよ」
「……お言葉遣いに気が回せていらっしゃらないようなので」

 フランの言葉に心配の色がにじんでいて、わたしは小さく笑う。フランの心遣いがわかって、ちょっと気恥ずかしいけれど、ちょっと嬉しい。

「あのね、フラン。デリアやギルがいると、二人で話せる機会が次にいつあるかわからないから、言っておきたいの。いい?」

 廊下には他の神官がいるかもしれないので、フランの耳元で内緒話をするように囁きかけると、視線だけは真っ直ぐ前に向いたまま、フランは小さく頷いた。

「お伺いします」
「わたし、まだ全然貴族のことわからなくて、フランをすごく困らせると思うけど、なるべく早く覚えるように努力するから、協力して欲しい。神官長の役に立てるように頑張るから、目的は同じってことで協力し合えないかな?」

 グッとフランの腕に力が籠り、フランの喉仏が上下して、息を呑むのが見えた。

「それが私の仕事ですから。……私の方こそ、神官長のお心を推し量れず、マイン様に不満をぶつけるような結果になったこと、お許し頂けたらと……」
「え? 推し量れず、って何? 神官長はちゃんと説明しなかったの?」

 ポカーンとしてしまう。説明も無しに、わたしに付けられたら、それは不満だろう。神官長付きの側仕えから一介の青色巫女見習い――それも、貴族でもない平民の小娘――の側仕えに変えられるというのは、左遷だとしか思えなくても仕方ない。

「周りに一体どれだけ敵に通じている者がいるかわかりませんから、言質を取られぬよう、神官長は普段から多くを語られません。人払いをしたとはいえ、今日のお言葉の多さには驚きました」
「いやいや、部下に意図が通じてないのは、問題だよ。フランは意図がわからないまま、わたしに付けられて辛かったんでしょ?」

 神官長の立場が一体どういうものなのか、わたしには全くわからないが、こんな忠義者に悲しい思いをさせていたら、味方は減るばかりに違いない。

「そうですね。神官長には必要ないと、デリアやギルと同程度の者だと、言われた心地がいたしました」
「それはないよ。神官長はね、フランをわたしに付けておきながら、フランを手放したつもりなんて欠片もない人なんだよ」

 神官長への忠誠心を更に強くし、ついでに、わたしにも優しくしてくれるといいなぁ、という下心満載のフォローのために、わたしはこっそりと囁いた。

「そうでございましょうか?」

 疑問の形をとっているけれど、フランの声音には明らかに否定の色が強い。

「わたしに貸してるだけの気分だから、ベンノさんって客人がいる前で、一応新しい主であるはずのわたしに何の断りもなく、フランに命令しちゃえるんだよ。秋までに体調管理できるようになれって、言ってたけど、普通の貴族に置き換えたら、かなり失礼じゃない?」
「……マイン様のおっしゃるとおりですね」

 フランがくすりと小さな笑いを漏らした時、玄関の扉が開いた。
 ちょうど馬車が前に入ってくるところで、タイミングを合わせていたのだろう御者が、わたし達のあまりに早い登場に目を白黒させているのが見えた。

「フラン、マインを寄こせ」

 先に馬車へと乗ったベンノが腕を広げる。フランが一瞬の躊躇いを見せた後、ベンノにわたしを渡しながら、すがるような声を出した。

「わたしもお伴することはできませんか?」
「駄目だ。その服で神殿から出ると、つまらん問題が起こる」

 わたしを受け取ったベンノからピシャリと却下の言葉が吐かれた。服を理由に断られると思っていなかったのだろう、フランは戸惑ったように自分の服を見下ろす。

「しかし、私達はこれ以外……」
「中古で良ければ、次回までに服を準備してやる。今日は諦めろ」
「恐れ入ります」

 ベンノに礼を述べた後、馬車の前でフランが両手を交差させて、少しかがんだ。

「マイン様、ご無事のお帰りを心よりお待ちしております」

 出かける主に向けられる挨拶だったが、予想外の言葉に狼狽した。どう答えて良いかわからない。
 わたしはフランの主は神官長だと思っていたし、フランにとって良い主ではない。待たれるような存在ではなかったはずだ。
 言葉を返すことができないわたしにベンノが耳元で低く囁く。

「留守を任せる。そう答えてやればいい」

 留守って言われても、神殿はわたしの家じゃないし、部屋もないし、まだ居場所と言えるほど思い入れのある場所でもない。
 そう反論するのは簡単なのに、フランに待っていると言われてしまえば、わたしはフランの主として、ここに戻って来なければならない気がして、むず痒いような気分になった。
 軽く息を吸って、精一杯主らしく答える。

「フラン、留守を任せます」


 馬車の中ではベンノの膝に頭を置いた状態で、座席にゴロンと横にされた。金のブローチを外したベンノのマントで包み込まれると、冷たくなっている身体が少し温まった気がする。
 ホッと安堵の息を吐くと同時に、自分の状況に気がついて、思わず叫び出したくなった。

 何これ!? 膝枕ってやつじゃないですか!

 秘密の手紙交換に加えて、身内以外の異性との膝枕初体験までベンノとこなしてしまうことになるとは、想像もしていなかった。恋心の伴わないイベントはノーカウントでいいだろうか。
 ベンノの膝に全体重を預けた状態を自力で回避できるわけがないので、店に着くまで、この照れくさくて恥ずかしい体勢でいるしかない。
 逃げ出したい気分を少しでも霧散するため、わたしは少しばかり早口になりながらベンノに質問する。

「ベ、ベンノさん、神官って、普段着は持ってないんですか?」
「必要ないからな。持っていなくても不思議はない」

 ベンノの説明によると神官が神殿から出て、下町の方に現れるのは、儀式の時だけらしい。青色神官ほどは目立たないが、基本的に神殿から出ることがない灰色神官が街の中をフラフラすると悪目立ちする。それも、わたしにつき従うように灰色神官が動けば、嫌でも注目されるに違いないと言う。

「あの、じゃあ、えーと……」
「マイン、もう黙ってろ」

 静かに宥めるような口調でそう言ったベンノがゆるりと額を撫でた後、冷たい手に熱を与えるように軽くわたしの手を握る。それは、まるで大事な恋人が倒れたような仕草だった。
 前世においてさえ、こういう経験値は積んでないわたしとしては、気恥しいを通り越して困惑した。どう反応すればいいのか、わからない。

 口調がぶっきらぼうなくせに、ベンノさんは無意識でこういうことをやっちゃうから、周囲から妙な誤解を受けるんだよ!

 わたしの思考を読んだように、正面に座るマルクが悲しげに目を伏せる。

「旦那様、マインはリーゼ様ではありません。大丈夫ですよ」
「……わかっている。わかっているから、大丈夫だと、簡単に言うな」

 ベンノは窓の外を眺めながらそう言ったけれど、わたしの手を離そうとしない。こちらを見ようとしないベンノの表情は全く見えない。
 けれど、何でもできて、完璧に見えるベンノの触れてはいけない場所に触れてしまった気がした。多分、ベンノを安心させようと「大丈夫だよ」と笑いながら、恋人は逝ったに違いない。

 声をかけることもできず、熱を与えてくれる大きな手を握り返すこともできないまま、馬車はギルベルタ商会に着いた。

 御者が外の鍵を開けて扉を開くのと、マルクが馬車を飛び出すのはほぼ同時だった。店の扉を開けて、従業員に指示を出す。慌てているように見えても、素敵執事なマルクは有能なようだ。ベンノのマントに包まれたまま、ベンノに抱きかかえられたわたしが奥の部屋に運び込まれた時には、マルクと従業員によって長椅子が運び込まれていた。

「ルッツ、奥の部屋へ来なさい」

 店でわたしの帰りを待ちながら、仕事をしていたらしいルッツが、珍しいマルクの大声にバタバタと足音を立てて、駆けよってくるのが聞こえる。

 奥の部屋へ運び込まれた長椅子に、ベンノが一度マントを剥ぎ取って、わたしを横たえる。だらんと落ちた腕をお腹の上に置かれて、自分の腕が意外に重たいと感じた。上からふわりと布団代わりにマントがかけられる。

「ルッツ、マインが神殿で倒れた」

 長椅子に転がされたわたしの顔をルッツが心配そうに覗きこむ。額や首筋、手を触りながら、不思議そうに首を傾げた。

「疲れてるみたいで顔色が悪いけど、熱は出てないし、むしろ、手足が冷たいくらいだよな? 力が入らないだけって……今まで見たことがない。なぁ、マイン。今日は一日、何してた?」

 ルッツの質問に、わたしは長かった今日一日を思い返した。

「えーと、神殿に行って、誓いの儀式をして、お祈りと奉納をして、側仕えを紹介されて、神官長からちょっとした説明を受けて、ルッツが迎えに来るまで図書室で聖典を読んでた。その後はルッツとベンノさんが知ってる通りだよ?」
「奉納って何だ?」
「えーと、神具に魔力を込めること。余分な熱が減って、すっきりするんだよ」

 きゅるるるるる~……。
 説明途中でお腹が鳴った。全員の視線がわたしのお腹に集中する。

 そういえば、わたし、お昼食べてなかったっけ。今頃思い出したよ。緊張が続いてすっかり忘れてたや。思い出すと急激に空いてくるよね。

「……なんか、お腹空いたみたい」

 わたしがそう言うと、張りつめていた空気が少し緩んだ。マルクが小さな笑みを浮かべて、上の階へと繋がる奥の扉を開ける。

「熱がなくて、お腹が空くくらいなら、体調が急変することもないでしょう。着替えるついでに何か食べられそうな物を持って来ましょう、旦那様」
「あぁ」

 二人が奥の扉に姿を消すと、ルッツが長椅子の側に椅子を持って移動してきた。椅子に座って、眉を寄せながら、ルッツは聞き足りない様子で口を開く。

「この時間に腹が空くって、昼は何食べたんだよ?」
「食べてない」

 わたしの答えを聞いたルッツが不思議そうに首を傾げる。

「食べてない? なんで?」
「本を読む時間がもったいないから。本を読んでる間は二日くらい食べなくても平気だし」

 その瞬間、ルッツの目が据わった。翡翠のような目が怒りに冷たく光り、声が尖る。

「なぁ、マイン。それって、いつの話だ?」
「え? いつって……」
「マインになってから、本がないから作ろうとしたんだよな? 本を読んでいたら二日食べなくても平気だったのはいつの話だ? マインになる前の話じゃないだろうな?」
「あ……」

 わたしが本当のマインではなく、麗乃の記憶を持っていることを知っているルッツの言葉に、冷や汗が出てきた。
 ルッツの指摘通り、二日食べなくても平気だったのは、麗乃時代の話だ。病弱虚弱なマインになってから、体調不良で食べられないことはあっても、自分から抜いたことはなかった。

「それにさ、魔力を使うって、身食いの熱を自分の意思で動かすってことだろ? 身食いに食われそうになった時、体温が急上昇して急下降して辛いって言ってたじゃないか。魔力を使うって同じようなものだろ?」
「一箇所に向かって、一方的に魔力を吸い取られる奉納と、身体中に行き場のない熱がうごめいて暴走する身食いは違うんだよ」
「魔力を動かすってところは一緒じゃないか。そんな大変なことをした後で、虚弱な体力ない身体で、昼飯食べずにこんな時間までうろうろしていたら倒れるに決まってるだろ! マインのバカ!」

 叫んだ後、ルッツが力の抜けたような遣る瀬無い溜息を吐いた。そして、ルッツがわたしの手を握り、自分の額にコツンと当てる。「夏なのに冷てぇ」と呟いて、泣きそうな目でわたしを見つめた。

「また死ぬかもしれないんだぞ。勘弁してくれよ。オレがちょっと目を離しただけで、こんなことになるんなら、心臓いくつあっても足りない」

 ルッツを慰めたくても、瞬きと口を動かせるくらいで、わたしの手足は動かし方を忘れてしまったように全く動かない。

「図書室に浮かれて、すっかり忘れてたんだよ。ごめんね、ルッツ」

 涙がうっすら滲んだ目で、ルッツがわたしの手を握ったまま、激昂する。

「忘れるなよ! 自分の身体だろ!?」
「何を騒いでいるんだ? 一応相手は病人だぞ。もうちょっと声を抑えろ」

 急いで着替えたらしいベンノは奥の扉から出てくると、こちらに向かって歩いて来ながら、顔をしかめてルッツを注意した。
 ルッツはベンノのために、椅子から下りて、わたしの手を離す。場所を空けながら、持っていき場のない感情を吐きだした。

「だって、旦那様。マインが本に夢中になって、昼飯を抜いたせいで倒れたって言うんだ。オレ……」
「こんの大馬鹿者!!」
「ひゃんっ!?」

 病人相手に騒ぐなと言った本人に心臓が止まるかと思うほどの雷を落とされた。
 くわっと目を見開いて、ベンノが怒鳴っても、逃げることも耳を塞ぐこともできず、ビックリ涙の浮かんだ目で仁王立ちのベンノを見ているしかない。

「身食いの成長が遅いのは、魔力に栄養を取られるせいだと言われている。それなのに、魔力を使って、飯を抜くとは何事だ!?」
「そ、そんなこと知らなかったし……」
「自分の身体の事だろう! ちょっと気にかけて情報を集めろ、阿呆!」
「ふぁいっ!」

 言っていることが正しいのはわかるけれど、身食いの情報なんて集め方がわからない。余計な事を口にすれば、ベンノの怒りに油を注ぐ結果になりそうで、口を噤んだ。

「マインが不注意なのは今に始まったことではありませんが、自分の体調をもう少し気にかけてくださいね。旦那様も起き上がれない病人相手に怒鳴るのは、そろそろお止めください」

 優しいけど、甘やかすことはないマルクがカチャリと食器をテーブルに置き、わたしの身体を起こして支える。

「マイン、これくらいなら食べられるのではありませんか?」

 カチカチの固いパンを削って、ミルクに浸した病人食であるパン粥に蜂蜜がかかっているのが見えた。甘みがあっておいしいだろう。

「私が支えているので、ルッツ、食べさせてやれますか?」
「オレ、下手だから、多分、その服を汚すと思います」

 わたしが着ている青の衣を指差して、ルッツが困ったように言った。
 青い衣は貴族が着るものなので、高品質で高価だ。ミルクを零して臭くなったら困る。そして、脱がそうにも、ずっぽりと被るタイプの服なので、全く力が入らないわたしを支えながら脱がせるのは大変だ。

「なるほど、これは困りましたね」
「マルク、蜂蜜の固まった部分を持ってこい。少しくらいは自分で動けるになってもらわなきゃ、脱がすのも大変だ」

 ベンノの言葉に即座に動いたマルクが、蜜が結晶化した小さな固まりを取って来てくれた。
 金平糖のようにガタガタボコボコの形の甘い物が、口の中に転がり込んでくる。じわりと解けて、とろりとした甘みが身体中にじんわりと広がって行くのがわかる。

 お昼ご飯をたった一食抜いただけで、本当に栄養が足りていなかったようだ。蜜の固まりが口の中で溶けてなくなる頃には、ほんのり身体に温もりが戻ってきたような気がした。
 さらに数個、蜜の固まりを口の中に放り込まれ、もごもごと舐めていると、ベンノがガシガシと頭を掻いた。

「マイン、神官長は魔力を使うことについて何か言っていなかったか? 気分が悪くなるとか、後でこういうことになるかもしれないとか……」

 わたしは午前中の神官長の言葉を思い出す。

「えーと、負担にならない程度で奉納するように、とは言われました。身体が軽くなってすっきりしたので、全く負担じゃなかったんです」
「なるほど。だが、お前はずっと身食いで、魔力が身体に満ちているのが常だったわけだろう? 常にあるものが無くなったせいで、変調を来したという可能性は?」
「……あるかもしれません」

 わたしは意識を集中して、魔力を押し込んでいる蓋を開けてみる。ほんの少し、じわじわと広がるくらいの熱をゆっくりと身体中に循環させていく。冷たい指先が温まって行くのがわかった。足りないところへ熱を流し込んだ後、また蓋を閉める。

「ベンノさんが正解みたいです。身体が温もってきたみたい」
「体温を上げすぎて倒れるのは止めてくれよ」

 即座にルッツの注意が飛んでくる。わたしがやりそうなことを完全に把握されているようだ。

「……多分大丈夫と思う」

 温かくなってきた手をゆっくりと握って開いてしてみる。まだ強張った感じはするが、自分の意思でちゃんと動くようになった。
 それを見ていたベンノが胸を撫で下ろして、息を吐く。

「……マイン、俺も身食いに関しては又聞きの情報が多い。魔力に関することは神官長にしっかりと確認しろ。まだ若いが、青色神官の割にはマシな目をしている」
「……え? 神官長って若いんですか?」

 思わぬ言葉に瞬きの回数を増やすと、ベンノは「ガキのお前にとって若いがどれくらいを指すのか知らんが」と前置きしつつ、答えてくれた。

「見たところ22~23だろう? あんまり世間に揉まれてない不慣れな感じだから、もうちょっと若い可能性もあるが……」
「うそ!? 30歳くらいじゃないんですか? ベンノさんとあまり変わらないと思ってました」
「マイン。お前、それ、絶対に本人には言うなよ?」

 怖い顔で釘を刺された。
 でも、落ち着きがあるし、何となく貫禄と言うか、人を使い慣れているところもあるし、「長」なんて位についているんだから、そこそこのお年だと思うんだけど?

 むーん、と考えながら、わたしは身体のあちこちを動かし、起き上がるために寝返りを打ってみる。まだ完全には動けるようになっていなかったわたしは、寝返りどころか、ボテッと長椅子から落ちた。

「マイン!?」
「何をやってるんだ、この阿呆!」
「そろそろ起き上がれるかな、と思ったんだけど……」

 わたしの言い訳に三人が揃って目を釣り上げた。

「全く動けなかったヤツが何を言っている?」
「あぁ、本当に目を離せない方ですね」
「頼むから、おとなしくしててくれよ」

 わたしがちょっと回復したことで安心したらしい三人は、感情が心配から怒りに変わり始めたようだ。落ちたわたしを取り囲む三人の背後に怒りのオーラが見えた。

「ルッツ、マインの側仕えのフランにこれから毎回、その日の行動、魔力行使の有無、昼食の内容、全て細かく報告させろ」
「マインはきっちり管理しなければ、何が起こるのかわからないので、当然のことですね。見ていたつもりで、この有様ですから」

 ベンノがテーブルをトントンと指先で叩きながら、苛立たしげにわたしを睨み、マルクは一見ニコニコしているのに目が全く笑ってない怖い笑顔になっている。
 反論もできずに、ベンノとマルクの言葉をしょぼんとしながら神妙に聞いていると、ルッツがぼそりと言った。

「そんな顔してもオレは誤魔化されないからな」
「ルッツ?」
「本を前にしたマインが、側仕えなんて自分より下の立場のヤツの言うことを聞くはずがない」

 わたしのことを一番よく理解しているルッツはビシッとわたしを指差して宣言した。

「もし、側仕えからの報告に、本を読む邪魔されたって怒ったとか、ちゃんと昼飯食わなかったなんて報告があったら……神殿の偉い人に頼んで、マインを図書室禁止にしてもらうからな!」

 そんな殺生なっ!


 どうやら、わたし、皆様のお陰で、神殿でもきっちり管理された健康ライフが送れそうです。
 これで長い初日が終了です。

 次回は、側仕えの仕事についてです。
+注意+
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