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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第一部 兵士の娘

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決着

 身体は沸騰するほど熱いのに、頭の芯は冷え切っているようで、いつもよりずっと身体が軽くなっているような気がする。
 わたしがじっと見据えているだけで、ドアの近くでふんぞり返って立っていた神殿長の顔から血の気が引いたように真っ青になっていくのがわかった。

 そんな顔をするくらいなら、最初からひどいことしなきゃいいのに。バカじゃないの。

「マイン、魔力が漏れている。感情を抑えるんだ!」

 どんどん顔色の変っていく神殿長を見たのだろう、神官長が血相を変えて、ガタッと立ち上がって叫んだ。
 思わぬところから声がかかって、わたしが神殿長から神官長へと視線を向ける。
 わたしの視界から神殿長の姿が消えた瞬間、神殿長がその場にドサリと重い荷物が落ちたように崩れて座りこんだ音が耳に届いた。
 わたしの視界から外れると動けるようになるようで、縫いとめられたように動かなかった神官達が神殿長に駆け寄り、声をかける様子が耳に届き始める。神殿長の無事を問う声を遠くに聞きながら、わたしは神官長に問いかけた。

「どうやって抑えるの?」

 わたしが怒りを込めて神官長を見据えながら首を傾げると、胸元を押さえて神官長が低く呻いた。

「ぐっ……、いつも、しているだろう?」
「話し合いをしたいと言って呼び出しておきながら、いきなりの命令口調で、強硬手段に出た上に、反撃したら極刑なんて言う相手に、どうやってこの怒りを抑えればいいの? わからないよ」

 ふいっと神官長から視線を外して、再び神殿長を視界に収める。床にへたりと座り込んでいた神殿長は、先程と違って見上げなくてもわたしと視線が合う位置に顔があった。
 ひっと声を引きつらせ、顔を恐怖に染めた神殿長が滑稽なほどに全身を震わせながら、少しでもわたしから距離を置こうとする。

 変な顔。

 好々爺の顔とも、傲岸不遜な顔とも違う。わたしのような虚弱幼女を相手に、まるで怪物とか化物でも見たような顔だ。
 次から次へと顔を変える神殿長に何とも言えない苛立ちを感じて、一歩、足を踏み出した。

「く、来るな! 来るな! こっちに来るな!」

 ぜいぜいと息苦しそうに呼吸をしながら、神殿長は恐慌状態に陥ったように、何度も何度も同じ言葉を繰り返している。
 わたしの右肩の後ろ辺りから神官長の焦ったような声が響いてきた。

「待ちなさい! このまま感情に任せて魔力を放たれたら、神殿長の心臓が持たない!」

 ふぅん、と相槌を打ちながら、わたしは一歩、また一歩と神殿長に向かって足を進めていく。

「死ねばいいのに。このまま生きていたら、わたしの父さんと母さんを殺すんでしょう? だったら、先に死んで。人を殺そうとするんだから、当然殺される覚悟だってあるでしょう? 貴方が死ねば、後釜を狙う人はきっと喜んでくれると思うよ?」

 4歩、足を進めたところで、神殿長が泡を吹いて目を剥いて、卒倒した。
 次の瞬間、神官長が神殿長をわたしの視界から隠すように立ち塞がって、わたしの前に膝をついた。そのまま苦しげに眉を寄せ、脂汗を垂らしながら、真剣な目で言い募る。

「話し合いをしよう」
「オハナシアイ? 肉体言語で? それとも、魔力で?」

 わたしの質問に目を見開いた神官長がコフッと咳き込んで、口の端から血を滴らせた。つつっと伝っていく赤い滴に、目を奪われる。

「殺しては、ならない。君が神殿長を殺せば、家族は貴族殺しの身内になる。それは君の望むところではないはずだ」

 神官長の言葉に、ハッとする。家族を守りたいと思ったわたしの暴走で、家族を犯罪者の身内にするわけにはいかない。
 わたしが何度か瞬きすると、ハァ、と疲れ切ったような溜息が神官長の口から漏れた。

「理性が戻ったようだな?」
「……多分」

 安堵したように神官長が身体の力を抜き、懐から取り出したハンカチで、自分の口元を拭って、乱れていた前髪を整える。それだけで、神官長は何事もなかったように冷静な顔に戻ってしまった。

「話し合いをしよう。君が望んだとおりに」
「こっちの条件を全部呑んでくれるってこと?」

 一瞬苦い顔をした神官長が、軽く頭を振った後、わたしの肩に手を置いた。

「……そのためには暴れる魔力を抑えるんだ。できるか?」

 ゆっくりと深呼吸しながら、わたしは全身に広がってしまった熱を集中して、中心に押し込んでいく。いつもの慣れた作業だが、自分で思っていたよりも身食いの熱が増えているよう気がする。

 身食いの熱じゃなくて、魔力だっけ?

 そんなどうでもいいことを考えながら、ギュッと綺麗に押し込んで、きっちりと蓋を締めた。その途端、身体中の力が抜けて、糸が切れた操り人形のようにガクンと身体が崩れる。

「おっと」

 倒れ込んだわたしの身体は目の前の神官長が抱き止めてくれて、床に放り出されることはなかった。

「マイン!」
「大丈夫か!?」

 駆け寄ってきた両親に神官長がわたしの身体を抱き上げて差し出した。
 母が軽く膝を曲げて、わたしを受け取り、ギュッと抱きしめてくれた。父が心配そうにぐったりとして身体に力の入らないわたしをおろおろと見下ろしている。

「大丈夫だよ。身食いの熱が暴走する時の体温の急上昇と急降下に身体がついてこないだけ。いつものことだし、意識ははっきりしてるから」
「いつものことなのか? あれが?」

 父の不安そうな言葉にわたしは軽く笑いを漏らした。

「あんなに感情的になって暴走することは滅多にないけど、食われそうになってた半年前は結構頻繁に熱が暴走してたから」
「そうだったのか……」

 わたしが両親とそんな話をしているうちに、神官長は立ち上がり、この場を収拾するべく神官達に指示を出していた。神殿長の世話を頼み、話をするための部屋を整えさせる。

「君達、神殿長をベッドに放り込んだら、自室に帰って休みなさい。あれだけの魔力の威圧を正面から受けたら、相当疲弊しているはずだ」
「ですが、神官長の方が……」

 心配そうに声をかけた神官の言うとおり、多分、この場で一番疲弊しているのは、周囲の神官より、神官長の方だ。神殿長とわたしの間に割り込んで、真正面の間近でわたしと目を合わせて話をしていたのだから。

「神官長は……大丈夫なの?」

 唇の端から伝っていた赤を今更ながら思い出し、わたしは思わず声をかけた。驚いたようにこちらを見た神官長が苦い笑みを浮かべる。

「これは私に与えられた罰だ。洗礼式まで生きていた身食いにどれだけの魔力があるかわからなかったのに、君を怒らせる神殿長を静観していたのだから当然のことだ」

 指示を出し終えた神官長がこちらにゆっくりと歩いてくる。近くで見ると、荒い息と疲れ切った表情から、無理していることがよく感じ取れた。

「神官長は、なんで静観していたんですか?」
「何の条件もなく、君を神殿に入れることができれば、それに越したことはないと思っていたからだ。手間を惜しんで、少しでも利益を得ようと欲張った。まさか、平民である君の両親が貴族の命令を強硬に断るとは思わなかったし、子供を守るために極刑さえ覚悟しているとは思わなかった」

 計算外だと呟く神官長に、父はわずかに目を細める。

「マインは大事な娘だ。何度もそう言ったはずですが?」

 父の言葉に神官長がわたしを見る。自分自身を嘲笑しているような、ひどく眩しい物を見たような、複雑な笑みを浮かべて、母の腕の中にいるわたしの頭を軽く撫でた。

「……マイン、私は正直、ここまで親に大事にされ、愛されている君が羨ましいと思う。神殿にいるのは、孤児であれ、貴族であれ、親に必要とされなかった者ばかりだからな」

 きらびやかで豪華な部屋に住める神官長の言葉は、とても悲しいもので、これから先、神殿に係わる間、ずっと胸に残る言葉になった。


 神殿長がベッドに入れられたため、わたし達は神官長の部屋へと、場所を変えて話し合いをすることになり、移動した。
 基本的な配置や使われている家具の高級さは神殿長の部屋と同じだが、飾り棚がなく、執務机が木札や紙に埋もれている。どうやら、神殿の実務的なあれこれを一手に担っているのは、神官長のようだ。

 今度はきちんと席を勧められて、でろんと力が入らないわたしのために長椅子まで準備してくれて、話し合いは始まった。

「先程の、威圧と言ったかな? あれは一体何だったのか、伺っても良いでしょうか? マインの目が虹色のように光って、身体から薄い黄色のもやもやとしたものが出てきていたが……」

 何それ!? そんな怪奇現象が起こっていたなんて知らなかったよ! 目が虹色とか、身体から何か出るって、何それ!?

 父の言葉にわたしがぎょっとした。
 知らないというか、見えないのは自分だけなので、わたしの驚きなど誰も気付かないらしく、話はさっさと進められていく。

「激しい感情が抑えきれなくなった時に出る現象だ。魔力が全身を巡り、活性化し、自分の敵だと認識した対象を魔力で威圧する。感情を抑えることが下手な子供ならば起きやすいが、今まではなかったのか?」

 両親は顔を見合わせて、記憶を探り始めた。

「目の色が変わるのは何度か見たことがあるわ。我儘を言う時になるのよ。けれど、威圧と言うほどでもなかったわね。無理な理由を言えば、大体は収まったから」
「そういえば、森でマインが何か作って、フェイ達に壊されたと大騒ぎした時に、俺は初めて見たな。あれは、かなり威圧感があったぞ」

 両親は思い出話に花を咲かせているが、第三者として話を聞くと、自分の奇妙さが浮き彫りになっていく。我儘を言うと目の色が変わったり、威圧感を出したりするような子供は正直薄気味悪いと思う。

 捨てられててもおかしくないじゃん。よくここまで大事に育ててくれたなぁ……。

「魔力の差によって影響も差が出るので、以前より威力が上がっているということは、少しずつマインの魔力が増えているのだろう。これから先は暴走させないように気を付けなさい」
「よっぽどのことがないと、感情が振りきれることなんてないですよ」

 切れさせた神殿長が悪い、と遠回しに非難すると、神官長はわたしをじっと観察しながら、目を細めた。

「身食いは魔力が比較的高いとは聞いていたが、まさか神殿長を卒倒させるほどの威圧を放つほど魔力があるとは思わなかった。……こう言っては何だが、何故、君は生きている?」
「え?」

 何故と言われても困る。よく理解できなくて首を傾げると、神官長が説明してくれた。

「魔力が強いほど、抑え込むのに精神力がいる。感情的で抑えることを知らない子供のもろい精神力で耐えられる魔力は正直それほど強くない。強い魔力を持って生まれるほど、すぐに死ぬ。成長に合わせて魔力も増えるので、洗礼式まで生き延びた身食いの魔力は本来ならばさほど脅威でもない。君ほどの魔力の持ち主が生きていることがおかしい」
「もう死んでるはずでした。親切な人が壊れかけの魔術具を譲ってくれたので、延命できたんです」

 元のマインは2年近く前に。そして、フリーダに助けられていなかったら、わたしも半年前に死んでいるはずだった。神官長が言うとおり、身食いが洗礼式まで生き延びるのは簡単ではない。

「そうか。だが、君はその親切な人を通して、貴族と契約することを望まなかったのか? 契約しなければ生きられない。君が契約しなかったおかげで、こうして神殿に迎えることができるのだが、私には不思議で仕方ないんだ」

 本当に不思議そうに問われて、わたしも同じように首を傾げる。

「契約して貴族に飼い殺されるなんて、生きている意味がないでしょう? わたしは家族と一緒にいたかった。本を作りたかった。自分の生きたいように生きられないのでは意味がないんです」
「……自分が生きたいように生きる、か。とても理解できない考え方だな」

 軽く頭を振った神官長は、ゆっくりと呼吸を整えて、わたしを、母を、父を順番に見て、口を開いた。

「マイン、君には神殿に入って欲しい。これは命令ではなく、お願いだ」
「商人さんから聞きました。貴族が減って、魔力が足りないんですよね? 魔力によって収穫に影響が出るのは本当ですか?」
「……ずいぶんと物知りな商人だな。まぁ、いい」

 どうやら、ベンノが集めてきた情報は正しかったようだ。だったら、魔力が足りなければ、影響の出る範囲がひどく大きいことになる。

「他の貴族の人には協力してもらえないんですか?」
「それぞれ守り、動かさなくてはならない魔術具がある。街の根幹を守るのは、ほとんど魔術具だからな」

 なんと、お貴族様もちょっとは協力しろよ、と思っていたが、別にやることがあるらしい。

「神殿長はアレだが、実務を担当しているのは私だ。君ほどの魔力の持ち主は身食いでも珍しい。約束した通り、できるだけの便宜を図らせてもらう」
「父さん、あと、よろしく」

 条件はしっかり話し合っている。この先の交渉は家長である父に任せよう。
 母はそっとわたしの頭を撫でながら「疲れてるでしょ? 寝てていいわよ」と言ってくれたが、自分に係わる話をきっちり聞いておかないと、またベンノからチョップを食らう羽目になる。長椅子にもたれかかったまま、わたしは父と神官長の話し合いを見ていることにした。

「では、こちらからの条件です。マインの魔力が必要だというなら、貴族とほぼ同等の扱いを要求します。マインに灰色巫女のような仕事は決してさせないでほしい」

 父の要求に、ほとんど考えることなく神官長が頷いた。

「マインには特別に青の衣を準備する。貴族の子弟と同じように魔術具の手入れが主な仕事となるし、神殿長が暴走しなかったら、本来はそうするつもりだったので、問題ない。魔術具の手入れと、本人が熱望する図書室の仕事を勤めとするので、どうだろうか?」

 条件を付けることなく、図書室への出入りを許可してくれた神官長への好感度がうなぎ登りに上がっていく。

 冷たそうに見えるけれど、わたしの暴走も身体を張って止めてくれるし、実務を一手に引き受ける有能さんだし、聖典も読んでくれたし、図書室に入れてくれるし、図書室に入れてくれるし、図書室に入れてくれるし!

「神官長、とても良い人ですね!」
「ハァ?」

 わたしの感動と歓喜は誰にも通じなかったようだ。ちらりと一瞥しただけで、父も神官長の話し合いに戻ってしまった。

「それから、親の目が届かない神殿に住むのは心配で仕方がないので、通いでお願いしたい。こちらとしてはマインを手放すつもりはないんです」
「……そうだな。マインは孤児ではないので、家から通えばいい。実際、家がある貴族も通いが多いので、問題はないだろう」
「あの、マインは虚弱なので、毎日のお勤めはできませんが、その点については?」

 母に片手で軽く口を押さえられ、発言を禁じられている間に、さくさくと話がわたしを置いて進んでいく。

「体調が悪い時に無理をする必要はない。体調の良い時には森へ行った話もしてくれたのだから、動けないわけではないのだろう?」

 神官長に視線を向けられ、わたしはペラペラ喋ってしまった自分に歯噛みしつつ、首を横に振った。

「体調が良くても、ルッツがいないと無理です」
「ルッツ? 先日迎えに来た少年か?」
「そうです。わたしの体調をずっと管理してくれていたの。ルッツがいなかったら、わたし、いきなり倒れたり、熱出したりするんです。体調を管理してくれる人がいないとダメなんです」

 だから、ルッツの都合が良くて、体調の良いだけ……と言う前に、得心したように神官長が頷いた。何と言うこともないように、手元の木札に何やら書きこむ。

「あぁ、側仕えが必要ということか。青の神官や巫女には必ず数人が付くことになっているので、問題ない」
「え?」

 側仕えって何ですか? そんなん数人も付けられたらこっちが困りますけど?

 戸惑うわたしから視線を外し、神官長は両親を見遣る。

「これでも、まだ反対か? 他に条件は?」

 かなり譲歩されているのは間違いない。何が何でもわたしを神殿に入れたいと言っていたベンノの言葉は正しかったようだ。

「あの、神官長。わたし、商業ギルドに登録してるんです。工房を続けても良いですか?」
「……そんなものは神に仕えるのに必要ない、と神殿長なら言うだろうな」

 神官長が初めて難色を示した。難しそうに眉を寄せて、考え込む。わたしはベンノに教えられた通りに、交渉する。

「……でも、工房の仕事はずっとしているんです。わたしの大事な収入源だし。ここって孤児院があるんですよね? 孤児の子供達にお給料を払って雇うとか、できた商品の利益の一部を神殿に納めるとか、何か落とし所を探せませんか?」

 頭ごなしにダメだと言いそうな神殿長と違って、実務を一手に担っている神官長ならば、帳簿のこともわかっているはずだ。貴族が減って、寄付が減っている神殿は収入が欲しいはずだとベンノが言っていた。
 じっと神官長の答えを待っていると、「どこまで知っているんだ」と忌々しそうに呟きながら、こめかみを押さえた。

「……よろしい。利益や神殿に納める割合は後日ゆっくり話し合ったうえで、認めるかどうか決定することにしよう。今日は全く情報がないので、話にならない」
「わかりました。じゃあ、寄付も含めて、お金に関するお話はまた後日にしましょう」

 寄付金の話はあまり両親の前で言いたい話ではない。神官長は何を察したのか、軽く片方の眉を上げたけれど、何も言わずに両親へと視線を向けた。

「他に条件は?」
「いえ、青の衣を頂いて、体調を見ながら家から通うのであれば、親として反対はできません。よろしくお願いします」


 話が終わると、昼食に招かれた。けれど、わたし達はすぐに神殿を出た。神官長を早く休ませてあげた方が良い、と母が言ったからだ。
 高い門に囲まれた神殿を出ると、よく晴れたお昼前の青い空が広がっていて清々しく、全部終わった解放感をさらに助長してくれる。

 父に抱き上げられて帰宅する。しばらく無言で歩いていたが、中央広場が見えて、自分達の生活圏内へと帰ってきた時に父がぼそっと呟いた。

「終わったな……」
「うん」
「勝ったんだよな?」

 まるで実感がないように言う父にわたしは満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。

「大勝利だね。父さんも母さんも、わたしを守ってくれてありがとう」

 やっと力が入り始めた拳を緩く握って、わたしが肘を折ると、父はいつもの笑みを浮かべて、片手でわたしを抱き直し、もう片手で拳を作った。

「父さん達を守ってくれたのはマインだろう? 威圧ってヤツで」
「うーん、怒りに熱が暴走しただけで、正直よく覚えてないの」

 クスクス笑いながら、わたしは父と軽く拳を合わせる。
 並べた条件は全部呑んでもらえたし、お金に関してはわたしの交渉次第だ。ベンノに相談して、対策を練りながら、絶対に勝ちとってやればいい。

「わたしはちょっと安心したわ。神官長がいれば、大丈夫そうだもの」

 母の言葉にわたしは首を傾げた。確かに、神官長は有能だとは思うけれど、母が何を見て安心したのかわからない。

「神官長はちゃんとマインを止めてくれたでしょう? マインは勝手に突っ走るから、誰も止められないのは困るもの。何かがあって魔力が暴走しても、きちんと止めて叱ってくれる相手は貴重よ」

 わたしをよく知る母親らしい理由だ。
 神殿に入ったら、母のお墨付きで神官長に叱られる日々になることが今から予想できる。

「……いっぱい怒られそう」

 わたしの予想に父も母も笑った。
 神殿長を止められなかったら、この光景をわたしは見ることができなかったのだと思って、息を吐く。

 よかった。暴走したけど、わたし、間違ってなかった。

 みんな揃って帰って来られたことに安堵しながら、大通りを曲がり、家に向かう細い路地へと入ると、井戸の広場にトゥーリがいた。
 うろうろと歩きまわり、わたし達の帰りを待ってくれているのがすぐにわかる姿に、頬が緩んでいく。

「トゥーリ!」
「マイン! よかった! ちゃんと帰ってきた!」

 わたし達の姿を見つけたトゥーリが少し伸びている雑草を踏みしめながら、駆け寄ってくる。
 父がわたしを下ろしてくれ、わたしの背中を自分にもたれさせるようにして、支えてくれた。飛びついてくるトゥーリごとわたしを支えてくれる。

「おかえり、マイン! 待ってたよ」

 よかった、と涙さえ浮かべたトゥーリの笑顔に、わたしも笑って応えた。

「ただいま、トゥーリ」

 これで、第一部 兵士の娘 完 です。
 以後の予定は、活動報告で。

 次回は、第二部 神殿の巫女見習い です。
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