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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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アレキサンドリアの始まり

「婚約式の終了に伴い、領主会議への出席者が確定しました。貴族院へ向かう者にアウブよりブローチの授与を行います」

 実際にはハルトムート達が下準備をしてフェルディナンドが作ったブローチだが、渡すのはわたしだ。最初にわたしとフェルディナンドの側近達へ授与する。

「皆の助力がなければ、わたくしもフェルディナンド様も今この場にはいなかったでしょう」

 ユストクスとエックハルト兄様がいなければフェルディナンドは一年半アーレンスバッハで過ごすことができなかっただろう。アーレンスバッハで付けられた側近達がいなければ、この短期間で領地内をまとめることはできなかったはずだ。

 わたしの側近達が躊躇なく動いてくれなければフェルディナンドを助けることができなかった。すぐにはこの地の貴族を登用できないため、人手不足の中で頑張ってくれている側近達を労う。

「まだしばらく忙しい日が続きますが、よろしくお願いします」

 側近達への授与が終わると、領主会議へ向かうためにシュトラールが選別した騎士団の者達、フェルディナンドが選別した文官達、ゼルギウスとフェアゼーレが選別した側仕え達の番だ。フェルディナンドがアーレンスバッハに滞在していた期間に信用できると判断した者が中心になっている。アレキサンドリアにおけるわたしの側近も彼等の中から選ぶように言われている。

「側仕え達は先に寮へ出入りして中を整えなければならないでしょう? 下働きの者達の選出もお任せしますね。アウブ、領地名、色など変更が多いため、今年の領主会議は大変でしょうけれど、大領地の文官としての実力に期待しています。騎士達の強さと粘り強さは戦いで共に行動してきたわたくしがよく知っていますもの。領主会議の期間中、よろしくお願いいたします」

 ブローチを渡されると、領主会議が間近に迫った実感が湧いてきたようだ。どの顔も真剣そのものになっている。

 わたしが貴族達へブローチを渡している間に、ハルトムートからランツェナーヴェの騒動によって生まれた孤児達の扱いについて説明がされた。基本的にはエーレンフェストの粛清で生まれた孤児達と同じだ。
 アウブであるわたしが孤児達の後見人となること。すでに洗礼式を終えている子供は神殿で青色見習いとして過ごすこと。洗礼前の子供は孤児院に入ること。魔力があって自分の魔術具を持っている子供は貴族として洗礼式を受けることが可能であること。持っていない子供もやる気と能力によっては魔術具が与えられ、孤児院から貴族に取り立てることもあり得ること。

「レティーツィア様もランツェナーヴェの騒動によって寄る辺を失くした者として、他の孤児達と共に神殿で過ごしていただきます。王命によって星結び後に養子縁組を予定していますが、その、わたくしが星結びの儀式を迎えるのはどれだけ早くても二年後ですから」

 ざわりと貴族達が声を上げる。「レティーツィア様を領主候補生のままにしておくのか」という声と「領主候補生を神殿へ入れるなど……」という声が耳に届く。

「幼い者が神殿に出入りし、神々にお祈りを捧げることは御加護を増やすためにも必要なことです。神殿で生活し、日常的に祈りを捧げることで将来的には貴族として振るえる力は大きくなります」

 領地対抗戦での研究発表や貴族院で行われる奉納式で周知されていることだ。けれど、ディートリンデの意向によって碌に奉納式に参加していないアーレンスバッハの貴族達の中には神殿や神事の見方が変わりつつあることを知らない者もいる。

「わたくしはアレキサンドリアの子供達が神々から少しでも多くの御加護を賜るために神殿への出入りと神事への参加を推奨します。同時に、身分にかかわらず均等な教育が受けられるように神殿教室を開く予定です。わたくしの目標は平民も含めてアレキサンドリアの識字率を100%にすることですから!」

 は? という声が聞こえたような気がするし、心なしか貴族達がポカーンとしている。フェルディナンドが少し呆れた顔でコホンと咳払いした。ちょっと飛ばしすぎたらしい。わたしもコホンと咳払いをして気を取り直すと、アレキサンドリアの現状について説明することにした。

「皆様もご存じのように、アーレンスバッハはランツェナーヴェとの交易によって他領より優位に立ってきましたが、今回の騒動のため国境門を閉じることになりました。けれど、新ツェントがグルトリスハイトを得たことのですから、他の国境門は近いうちに開くことになるでしょう」

 唯一国境門が開いている領地というアドバンテージはなくなる。逆に、唯一国境門が開かない領地になる可能性が高い。その立場だったエーレンフェストを嘲笑ってきたアーレンスバッハの貴族にそれがどういうことなのかわからない者はいないはずだ。

「以上のことから、他領から尊重される大領地としてアレキサンドリアを育んでいくためには新しい産業が必要であることはご理解いただけるでしょう」

 わたしの言葉に貴族達は納得の顔を見せた。ちらりとフェルディナンドの様子を窺えば、そのまま続けても構わないというように小さく頷く。わたしは視線を前に向けた。

「エントヴィッケルンで城の敷地内に新たに建てた研究所では、有志の文官達が行っていたランツェナーヴェの香辛料や砂糖をこの地で栽培するための研究が全てまとめられました。砂糖に代わる甘味を探す研究も行われる予定で、これから研究が進むことが期待されています。砂糖の栽培ができるようになればアレキサンドリアの優位性は上がるでしょう。けれど、これらの研究はすぐに結果がわかるものではありません」

 安定した供給ができるようになるまでにはかなり時間がかかる。その間、アレキサンドリアはどうしなければならないのか。

「今までわたくしはエーレンフェストで新しい産業を起こしてきました。それらをこちらでも行いたいと考え、アウブ・エーレンフェストより自分の専属達を移動させる許可をいただきました。製紙業、印刷業をアレキサンドリアでも行う予定ですし、新たな食事処も作るつもりです」

 貴族達がざわめき、養父様達へ視線が向けられる。他領に流すようなことではない、と貴族達が考えていることが丸わかりだ。養父様は全く動じていない顔でコクリと頷く。

「エーレンフェストから産業を奪うのではありません。共に栄えていくために協力し合うのです。価格を下げるためには市場に多く出回る必要があるため、原材料の調達を考えると製紙業を一つの領地だけで独占するのは不可能です」

 山に木がなくなってしまう。癒しの魔術で成長させることは可能だけれど、伐採の度に何人もの貴族が必要になる。

「印刷業も同じです。エーレンフェスト内にはすでに複数の印刷工房がありますけれど、全てで同じ本を印刷しているわけではございません。それぞれの工房では別の本を印刷しているのです。アレキサンドリアに印刷工房が増えたところで、エーレンフェストの印刷業が潰れるわけではありません」

 この辺りはエーレンフェストからやって来ているアウブ夫妻の側近達に聞かせるためでもある。アレキサンドリアに全ての産業を奪われたとエーレンフェストの貴族達に思われるのは本意ではない。

「印刷工房を増やして新しい本をたくさん作ることが大事なのです。複数の領地で印刷業を行うことができれば、納本制度によりわたくしの図書館はより一層充実するでしょう」
「ローゼマイン、本音が漏れている」

 ……失敗、失敗。ちょっと漏れちゃったね。

 フェルディナンドに軽く睨まれたけれど、笑って誤魔化しながらわたしは続ける。

「それから、食事処についてですけれど、エーレンフェストとアレキサンドリアでは風土が違うため、全く同じ料理を作ることはできません。その土地、その土地に合わせた料理が大事なのです。アレキサンドリアでは海の幸を中心にした新しいレシピを考えるつもりです」

 エーレンフェストと完全にぶつかり合うことはないと主張しつつ、わたしは貴族達を見回す。

「それらの新しい産業を支えるのは平民達です。アレキサンドリアでは平民との連携を取りながら産業を育てていくことになります。領地の発展のためには平民達への教育が必須なのです」

 識字率の上昇の重要性を訴え、神殿教室の大まかな計画を発表した。授業料は安いけれど、平民と共に学ぶことに難色を示す貴族が出た。孤児院の子供達が無料で同じ教育を受けられることに疑問を示す者もいる。わたしが後ろ盾なので、わたしが負担しているのと同じだが、納得できない者もいるのだろう。

「……今はまだ皆様にはご理解いただけないと存じますが、自分達と違う立場の者との交流はとても重要です。もちろん、今まで通りに各家庭で教育を受けさせることを否定するつもりはありません」

 教師達の仕事を奪うつもりはないし、神殿教室で教育できるのは貴族院の中学年くらいまでの範囲で、中級貴族くらいの教育しかできない。領主一族や上級貴族の教育には足りないのである。

「下級貴族では良い教師に巡り合えず、子供達の能力を伸ばせないこともございます。わたくしはエーレンフェストの冬の子供部屋でそれを目の当たりにしてきました。平民の教育に力を入れるのですから、当然貴族の教育にも力を入れていきたいと思っています。貴族にとっての重要な教育にお祈りが加わる以上、神殿への認識は改めていただきたいと存じます」

 平民に負けるわけにはいかないという貴族のプライドがあれば勉強にも身が入るかもしれないし、神殿教室で幼い頃から平民と交流があれば将来的に役立つこともある。神殿に通ってお祈りだけでもするのは、子供にとって重要だ。

「それから、孤児院の子供達ですが、決して無料ではありません。わたくしは孤児達の後ろ盾ですけれど、費用の全てを負担するわけではないのです。彼等が働き始めたら返してもらう予定ですから」

 魔力を奉納する青色神官や青色巫女に与えられる補助金、祈念式や収穫祭への参加による作物の現物支給、自分で稼いだお金などで孤児達は生活しなければならないのだ。決して楽な生活ではない。

「少しでも彼等を応援するために、エーレンフェストで行っていたのと同様、わたくしは各地のお話をアレキサンドリアでも集めるつもりです。孤児達も図書室にある本を写本したり、神殿教室で共に勉強する平民達から聞いたことを書き留めたり、自分達が物語を書いたりして自力でお金を稼いでもらう予定なのです」

 慈悲深いと噂されているわたしだが、皆が勝手にそう思い込んでいるだけで別に慈悲深いわけではないのだ。

「孤児からだけではありません。ギーベの館に残された古い文献を写した者、平民達を含めて口伝で残されているお話をまとめた物、貴族院の蔵書の写し、自分達で書いた物語、研究成果をまとめた文献……。皆様からも相応の金額で買い取りましょう」

 ……どんどん持ち込んでくるといいよ!

 わたしの言葉に貴族達が再び唖然とした顔になったが、その程度で驚かれては困る。この辺りはエーレンフェストですでに通った道だ。アレキサンドリアの貴族達にもさっさと到達してもらいたい。

「フェルディナンド様、よろしいのですか?」

 リーゼレータが貴族達の反応を見て、助けを求めるようにフェルディナンドへ視線を向けた。フェルディナンドがちらりとわたしを見た。

「フェルディナンド様、リーゼレータ。何事も始めが肝心なのです。アウブであるわたくしの目標と進む方向を皆に知ってもらい、わたくしのやり方に慣れてもらう必要があります」

 ハルトムートは「ローゼマイン様のおっしゃる通りですね」と微笑んでいるけれど、フェルディナンドに嫌な顔をされてしまった。でも、止める気はさらさらない。

「フェルディナンド様が以前おっしゃったではありませんか。アーレンスバッハを潰すのも発展させるのもわたくしの好きにすれば良い、と。最初にどのような領地にするのか宣言しておけば、きっと貴族達も早い内に諦めが付くでしょう」

 わたしにはユルゲンシュミット中の書物を自分の図書館に入れるという大きな野望がある。そのためには女神の化身という肩書を利用することも辞さない。エグランティーヌにお願いして王宮図書館に収蔵されていた蔵書を写させてもらう約束もしているくらいだ。手段を選ぶつもりはない。

「わたくし、英知の女神 メスティオノーラの化身として、アレキサンドリアを図書館として栄えさせ、わたくしの図書館をユルゲンシュミットで最も蔵書量が多く、最も幸せな場所にするためにアウブ兼司書として全力を尽くします。共にアレキサンドリアを素晴らしい図書館都市として作り上げていきましょう」

 わたしが声高らかに宣言すると、ハルトムートが進み出た。

「では、皆。アレキサンドリアの発展を願い、高く亭亭たる大空を司る最高神 広く浩浩たる大地を司る五柱の大神 水の女神 フリュートレーネ 火の神 ライデンシャフト 風の女神 シュツェーリア 土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベ、そして、英知の女神の化身であるローゼマイン様に祈りと感謝を捧げましょう」
「神に祈りを!」

 半数以上の貴族達がハルトムートに合わせてビシッと祈りを捧げた。わたしも一緒に祈りを捧げた。図書館への迸る愛が祝福となり、大広間に広がる。

 ハルトムート達と接する機会がなかったギーベ達が驚愕の顔になる中、アレキサンドリアという領地の歴史が幕を上げた。
これで『本好きの下剋上』は完結です。
長いお話にお付き合いくださり、ありがとうございました。

連続で上げますが、次は、エピローグその1。
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