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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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エントヴィッケルンとエグランティーヌの訪れ

 
 窓がなくて真っ白な壁で四方を囲まれた礎の間には大神の貴色に輝く魔石が七つ浮かんでいる。それぞれの貴色の魔石が光を放ち、キラキラとした光の粉のような物が零れ始めた。供給の間で流され始めたフェルディナンドの魔力が礎に届いたのを合図に、わたしは金粉の詰まった革袋を手元に引き寄せる。

「さて、始めましょうか」

 今回のエントヴィッケルンは先日話し合われていた通り、城と貴族街、それから、神殿と平民達のいる下町の一部を新しくすることになっている。

 荷物をまとめて運び出さなければならないにもかかわらず、エントヴィッケルンまでにたった五日の猶予しか与えられていないため、貴族達は大変なことになっていたらしい。わたしの部屋はまだ荷物が少ないので問題ないけれど、執務室周辺は荷物の整理に大忙しだったそうだ。

 あまり使わないところから装飾品や家具が運び出され、カーペットやタペストリーが剥がされていく。ここの土地では夏場にカーペットを使う習慣がないようで、「少し早い模様替えだと思えば……」と側仕え達が言い合っていたらしい。

 わたしがうろうろすると大規模な片付けの邪魔になるので、エントヴィッケルンが問題なくできるようにフェルディナンドから復習を命じられたり、取り繕った顔で魔石に触れられるようになるための練習をさせられたり、大きくなった体に合わせて大人用のフェシュピールを扱う練習をさせられたりしていた。読書の時間を取ってくれなかったのはひどいと思う。

 でも、フェルディナンドに文句を言ったら、エントヴィッケルンの後で新しくできた図書館に本を運び込む前に文官達へローゼマイン十進分類法を教え込み、わたしの好みや考えに基づいて図書館を整えても構わないと言われたので、おとなしく読書以外のことをしていた。常に図書館をどうするのか考えていたので、フェシュピールの練習に身が入っていなくてロジーナに怒られたけれど、仕方がない。

 ……建物自体は大英博物館閲覧室をモデルにしてるんだよね。うふふん、ふふん。

 城の敷地内に建てる新しい図書館は、巨大な円形の図書館だ。1852年にアントニオ・パニッツィが計画し、1857年に完成した大英博物館閲覧室を基に設計してもらった。実は、図書館内にわたしの部屋もある。アウブを引退したら、わたしはソランジュのように図書館で暮らすのだ。老後がとても楽しみになった。

 渡り廊下で繋がる研究所はフェルディナンドの好みで設計されているらしいが、詳しいことは知らない。フェルディナンドが文官達と話し合っていたようなので、自分好みにしたのだろう。わたしは設計図のままに作るだけだ。

 わたしは設計図が手の届く場所にあることを確認し、革袋に片手を突っ込んで金粉をつかんだ。礎の上に腕をまっすぐに伸ばして手を開けば金粉がサラサラと零れていく。その様子を見ながらもう片方の手にシュタープを握った。シュタープを「スティロ」で変化させ、最初に最高神の記号を空中に描いていく。

「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げ、創られた世界に変化を願う者なり」

 手にあった金粉が勝手に浮かび上がり、スティロのペン先に集まり、わたしが描く魔法陣を金色に彩っていく。光を帯びている魔法陣がわたしの手の動きに合わせて複雑さを増し、どんどんと大きくなってきた。くるくると回る魔法陣が礎の上に完成し、眩く光る。

「全てを吸収する力を我が闇の神 シックザントラハトの名の下に」

 わたしがシュタープを振り下ろすと、魔法陣がゆっくりと礎に向かって下りていく。魔法陣が礎に触れた。礎が光る。わたしは設計図をつかんだ。

「新たに創造する力を我が光の女神 フェアシュプレーディの名の下に」

 手を開けばバサバサと風に煽られるように設計図が魔法陣に向かって飛んでいき、その中心で金色に燃え上がった。

「御身に捧ぐは命の欠片 祈りと感謝を捧げて 大いなる夫婦の御加護を賜わらん 新たな憩いの場をこの地に」

 魔法陣が欠けないように、消えないように、わたしは魔力を注いで金粉を継ぎ足していく。魔法陣が眩く光って完全に消えるまで、ただ魔力を注ぐのがアウブとしてのエントヴィッケルンだった。



 エントヴィッケルンが終わると、新ツェントの来訪と婚約式がある。図書館に入れる本は箱詰めにされたまま書庫に積み上げられ、わたしによって本棚に並べられる瞬間を今や遅しと待っているというのに後回しにされている。せっかく新しい図書館ができたのいうのに、エグランティーヌの来訪を控えたアウブの仕事と婚約式の準備で大忙しだ。

 ……ああぁぁ、わたしの図書館! ハァ、しょんぼりへにょんだよ。

 エグランティーヌがやって来た時のタイムスケジュールの確認や騎士達の配備など、ほとんどのことをフェルディナンドが決めてくれているが、わたしは全てに目を通して全体の流れを把握しておかなければならない。

 エグランティーヌ達が国境門から来るので、境界門へ出迎えに行って、城へ転移させる。その後、一緒に昼食を摂ることでツェントをもてなし、婚約関係のお話合いをする。婚約の承認が終わってから中央に捕らえられている罪人達のメダル破棄をする貴族院の実技試験を行う。アーレンスバッハ街とアレキサンドリアの街の設計図を見比べながらランツェナーヴェの館が完全に潰れていることを確認しつつ境界門まで騎獣で向かう。

 ……結構忙しいな。

「ツェント来訪時の予定は把握いたしましたが、ローゼマイン様の婚約式の衣装は決まっていらっしゃいますか? エーレンフェストに連絡を入れて、送ってもらわなければならない荷物などはございませんか?」

 レオノーレに尋ねられて、わたしはリーゼレータ達に視線を向けた。これから婚約式までに新しく衣装を誂える時間はないので、手持ちの衣装を使うしかない。

「わたくしは王族とのお話し合いで着た、エーレンフェストの染め布にアーレンスバッハの布を重ねた衣装が一番相応しいと思うのですけれど、リーゼレータ達はどう思って?」

「エーレンフェストとアレキサンドリアの結びつきを願うローゼマイン様のお心がよく表れていると思います。それに、こちらの衣装は王族と会うことを考慮して作られていますから、婚約式でまとっても場違いになることはございません」
「そうですね。布地も最高品質の物が使われていますし、揃いの髪飾りもございます。それで決定するのでしたら、ユストクスに衣装を伝えて、フェルディナンド様の衣装を合わせていただかなくてはなりませんね」

 グレーティアがハッとしたようにそう言って、部屋を出ていく。

 ……あの衣装で婚約式だって。

 王族との話し合いの時とは違って、トゥーリが作ってくれた髪飾りや、母さんが染めてくれた布とフェルディナンドに贈られた布で作られた衣装をまとうのがとても嬉しくて、自然と笑みが浮かんでくる。

「フェルディナンド様とのご婚約が決まり、ローゼマイン様がお幸せそうで何よりです」

 クラリッサの言葉に、「え、ちょっと違う」と言いかけて口を噤む。ここでそれを言ったらダメだ。

「婚約式でローゼマイン様の魔石を持って控えるのはリーゼレータでよろしいですか?」

 クラリッサの問いかけに頷き、リーゼレータに付き添いをお願いしていると、ローデリヒが「あの、ローゼマイン様」と会話に入ってきた。

「魔石の準備は終わったようですが、婚約式で述べる求婚のお言葉は決められたのですか? 事前に必ず確認するように、とフェルディナンド様から言われていますが……」

 作家をしているローデリヒが添削を命じられたらしい。わたしは当日の髪型や装飾品について話をしている側仕え達から視線を外し、ローデリヒを見た。

「困ったことに、実はまだ決まっていないのです。フェルディナンド様を婿として迎えるので、わたくしから求婚するのでしょう? 女性からの求婚の言葉は前例がすくないではありませんか。歴史上の女王の言葉を参考にするか、聖典やエーレンフェストの恋物語からそれらしい言葉を抜き出すか……とても悩んでいるのです。どちらにせよ、決めるためには読書をしなければなりませんね」

 ……婚約式における求婚の言葉は領地にとっても大事なことだからね。いやっふぅ!

 困ったわ、とポーズを取りながらも口元が緩むのを止められない。わたしが心の中で拳を握っていると、ローデリヒが「ご安心ください」と微笑んだ。

「どのような意味合いの言葉で求婚するのか、ローゼマイン様から大まかな方向性を聞き出し、私が聖典などから抜き出すようにフェルディナンド様から命じられています。ローゼマイン様の予定は詰まっているので、読書の時間は取れないそうですよ」

 ……ふんぬぅ! フェルディナンド様めっ!

 先回りで手を打たれていた。悔しすぎる。わたしは読書時間がないまま、次々と積み上げられていく木札に目を通していった。



 エグランティーヌがやってくる日、わたしとフェルディナンドはそれぞれの護衛騎士を連れて境界門で待機していた。国境門が光り、門柱の扉から騎獣に乗ったツェントの側近達が次々と飛び出してくる。最終的にアナスタージウスとエグランティーヌが出てきて、エグランティーヌはグルトリスハイトを掲げて国境門を一度閉めた。

 わたし達がいる境界門の屋上へ新ツェントが降り立つと、エグランティーヌとわたしを除いた皆がザッと一斉に跪く。わたしも跪こうとしたけれど、エグランティーヌが軽く手を挙げて止めた。

「時の女神 ドレッファングーアの糸は交わり、こうしてお目見えすることが叶いましたね、ローゼマイン様」
「領主会議前のお忙しい時にご足労いただき、まことに恐れ入ります、エグランティーヌ様」

 エグランティーヌの面差しが少し変わっていた。穏やかそうな微笑みはあまり変化がないように見えるけれど、ふわふわとしたお姫様らしい雰囲気が消えた。

 ……短時間でこれだけ雰囲気が変わるなんて、本当に大変なんだろうな。

「ツェント・エグランティーヌ、本日の予定はすでにお伝えしている通りです。転移陣で城へ向かいましょう」

 フェルディナンドの声に思考が途切れた。わたしは境界門の屋上にコピペしておいた転移陣に手を触れる。魔法陣が浮かび上がったことに驚きの声を上げた中央の騎士達に転移陣へ上がってもらい、城へ移動した。



 アレキサンドリアらしいお魚をたくさん使った昼食を終え、アウブの執務室へ入る。
 範囲指定の盗聴防止の魔術具。範囲内にいるのは、エグランティーヌ、アナスタージウス、フェルディナンド、わたしの四人だけだ。

「大変素晴らしいお食事でした。何度かアーレンスバッハの食事をいただいたことがあるのですけれど、ずいぶんと風味が違うので驚きました」
「アーレンスバッハの者達には悪いのですけれど、香辛料が強すぎると、わたくしが食べられないのです。エーレンフェストの料理方法に香辛料を少しずつ加えて新しい味を探しているところなのですよ」

 エグランティーヌだけではなく、アナスタージウスも満足してくれたようで、雰囲気が穏やかだ。そんなにおいしいと思ってくれたのか、とちょっと感動していると、「ここ数日間、エグランティーヌの食欲が落ちていたが、今日は食が進んだようだ」と言ってエグランティーヌを見つめる。

 ……相変わらずエグランティーヌ様のことしか見てないね。

 ちょっと呆れるところもあるけれど、面差しの変わったエグランティーヌをアナスタージウスが心配するのもわかる。

「ツェントのお仕事は大変でしょうからね」
「……えぇ。今まで見えなかったもの、見ずに済ませてきたものを短期間にたくさん見ました。わたくし、フェルディナンド様やローゼマイン様に謝らなければならないことがたくさんあることに気付いたのですよ」

 フッと微笑むエグランティーヌの言葉に胸が痛くなる。今更謝られても過去は変えられないと思う気持ちと、また信用したくなる気持ちが同時に浮かんできた。そんなわたしの心を見透かすように、フェルディナンドがニコリと微笑む。

「最高神にも過去を変えることは不可能ですが、神々の御加護により未来をより良きものに変えることは可能ではございませんか。そのためにもこちらの書類に承認のサインをお願いします」

 謝罪で過去は変わらないからわかりやすい誠意を見せろ、とヤクザのような意味合いのことを言いながらフェルディナンドが婚約と領主会議への同行の承認を求める。
 フェルディナンドの差し出した書類に目を通していたエグランティーヌが頬に手を当ててコテリと首を傾げた。

「ローゼマイン様とフェルディナンド様の婚約は王命によるものですから、廃するのではない限りわたくしの承認は必要ございませんけれど……」
「そちらは王命であることを証明する書類です。ツェントが変わったこと、他領の貴族達への周知を容易にするために一応承認をいただきたく存じます」

 フェルディナンドの言葉にエグランティーヌはまだ納得していないような表情をしつつ、書類にスティロでサインしていく。

「書類にサインするくらいは構いません。でも、わたくし、本日のお招きは星結びの儀式を早める相談だと思っていたのですが……」
「はい!?」

 エグランティーヌが突然何を言い出したのかわからなくて、わたしは目を見開いた。

「ローゼマイン様に宿った神々の御力を消すために冬の到来を早めたのですから、星結びの儀式を早めたいというご相談ではないのですか?」

 ……ぎゃーっ! やっぱり誤解されてる!

「冬なんて到来していませんっ! 違うのです、エグランティーヌ様!」
「ローゼマイン、落ち着きなさい」
「このような誤解をされて落ち着けませんよ。だって、そんな……」

 完全に誤解されている上に、星結びの儀式を早めたいと考えているなんて思われるなんて恥ずかしすぎるではないか。落ち着けと言われても、どうすれば落ち着けるのか。わたしはこういう時にどうすればいいのかわからない。

「エグランティーヌ様、私は冬の到来を早めていません。数種類の薬を使ってローゼマインを染めました。御存じでしょうが、冬の到来ではあれほど短時間に染まりません」
「確かに驚くほど短時間でしたね」

 ……ねぇ、止めて! 冬の到来を話題にするの、ホントに止めて!

 頭を抱えているのはわたしだけではなかったようだ。アナスタージウスが慌てた様子でエグランティーヌを止める。

「誤解だったのであれば、星結びの儀式はローゼマインの成人後でよかろう。この話は終わりだ。染まる早さなどこれ以上話題にするのではない!」

 夫に止められたエグランティーヌが「そうですね」と微笑む。

「お二人は王命による婚約を受け入れるようですけれど、トラオクヴァール様から下された王命はそれだけはございませんよね? レティーツィア様の件はどうなさるおつもりですか?」

 レティーツィアの教育係となり、次期アウブに育て、次期アウブ・アーレンスバッハにするというのがもう一つの王命だった。

「アレキサンドリアがアーレンスバッハの慣習を引き継ぐ必要はないので、我々はローゼマインがアウブ就任後もレティーツィアを領主候補生として遇するつもりです。そして、私は王命通り、レティーツィアの教育係として次期アウブに相応しい教育を受けさせるつもりですし、星結びの儀式の後で養子縁組をしても構わないと考えています」

 貴族として生活するためには後ろ盾が必要になる。レティーツィアが領主候補生としての義務を果たすならば養子縁組をするし、次期アウブに相応しい実力があれば跡継ぎに据えても構わないとフェルディナンドは考えているらしい。

「ただし、レティーツィアをアウブ・アーレンスバッハにせよという命令は、アーレンスバッハが消えるため、私だけの力では実行不可能です」

 少なくとも自分が受けた王命の中に、レティーツィアを次期アウブ・アレキサンドリアにせよというものはなかった、とエグランティーヌを見つめてフェルディナンドがニコリと笑う。
 面倒事を丸投げする時の作り笑いだと思ったので、わたしはそのまま成り行きを見守ることにした。フェルディナンドが抱える面倒事は少ない方が良い。

「トラオクヴァール様の新しい領地をアーレンスバッハと名付けてヒルデブラント様との結婚後にレティーツィアをアウブとするのか、レティーツィアの成人後にアーレンスバッハという名の領地を作って与え、ヒルデブラント様を婿入りさせるのか……。王命を実行する方法はいくつかあります」

 フェルディナンドが口にしたのは、どれもこれも王族に負担がかかる提案ばかりだ。アナスタージウスが少しばかり嫌な顔になった。

「フェルディナンド、実行不可能な王命として廃するという方法が抜けている」

 指摘を受けたフェルディナンドが毒々しい笑みを浮かべ、アナスタージウスとエグランティーヌを見つめる。

「実行不可能な王命として廃することは簡単ですが、安易な王命の廃止は今後の王命が重みを失うことにも繋がります。トラオクヴァール様を始めとした王族の方々には、自分達が下した王命の重さというものをぜひとも背負っていただきたいものです」

 ……面倒事を丸投げする時の作り笑いじゃなかった。報復する時の笑顔だったよ、これ。

 青ざめた二人からわたしは視線を逸らす。王族はフェルディナンドに対して色々としでかしたのだから、少しくらい報いを受けることに関しては特に何も思わない。レティーツィアに不利益がない限りは自業自得と思って王命を実行してほしいものである。

「そういえば、罪人達の取り調べは終わりましたか?」
「えぇ……。エーレンフェストやフェルディナンド様から説明があった通り、トルークが蔓延していたようですね。記憶を探っても肝心なところがわからない者が多くて難儀いたしましたけれど、一通り終了しました」

 ディートリンデを始めとするアーレンスバッハの貴族達の記憶を読むのは大変だったようだ。次期ツェントになるつもりだったディートリンデは「不敬だ」と騒ぎ、エグランティーヌがグルトリスハイトを得たことを聞くと「わたくしの物を盗むなんて!」と憤慨していたらしい。記憶を読む担当者は精神的にひどく大変だったようだ。

「こちらが取り調べを終えたアーレンスバッハの貴族の魔力です。ローゼマイン様、彼等のメダルの破棄をお願いします。メダルの破棄が終わった後は魔力を供給する者として、各領地に引き渡す予定です」

 エグランティーヌの言葉にアナスタージウスが名前の書かれた紙を出した。取り調べを終えた犯罪者の名前が並んでいる。

「貴族院の実技と変わらぬ。気楽にしなさい」
「……メダルの破棄を気楽になんてできませんよ」

 フェルディナンドが準備させていたメダルの入った箱を睨むようにしながらわたしはシュタープを出した。自分以外の者達が盗聴防止の魔術具の範囲から出るのを待って、アナスタージウスの置いて行った紙をトンと押さえる。

「アオスヴァール」

 紙に書かれた名前が光り、箱から次々とメダルが飛んでくる。それを手にして、わたしは一度きつく目を閉じてゆっくりと息を吐いた。

「グルトリスハイト」

 メスティオノーラの書を出して魔法陣をコピペすれば魔法陣はすぐに完成する。盗聴防止の魔術具の範囲の向こうで試験官を兼ねさせられているエグランティーヌがこちらを見ていた。
 ツェントになったエグランティーヌは見たくないものを直視し、ツェントの重責を担っている。アウブになったわたしが罪人の処罰から逃げるわけにはいかない。

「高く亭亭たる大空を司る、最高神たる闇の神よ 世界を作りし、万物の父よ 我が闇の神 シックザントラハトの名の下に 光の女神の定めを破りし者達へ 相応しき罰を」

 黒い靄が出始めた魔法陣にメダルを次々と投げ込んでいく。黒い魔法陣にメダルがピタリと貼りつき、燃え始めた。

「御身が御座す はるか高みへ続く階段を閉ざし給え」



 メダルの破棄が終わったことを確認し、「実技は合格です」とエグランティーヌが宣言したことでアナスタージウスが「これを試験にするなど正気か?」とフェルディナンドを見ていたが、そういうことはもっと前に言ってほしいものである。

「こちらが街の設計図です。境界門までお送りしながら、新しくなったアレキサンドリアの街をご覧にいれましょう」

 フェルディナンドはアーレンスバッハとアレキサンドリアの貴族街の設計図を取り出し、ランツェナーヴェの館の場所がどこなのか、どのように変わったのかをエグランティーヌとアナスタージウスに説明し始める。完全にランツェナーヴェの館がなくなり、離宮と繋がるところがないことを二人は確認しなければならないのだ。



 騎獣に乗り込んで新しい街の上空を駆けた。ランツェナーヴェの館があった場所は貴族街の一部になっているのが一目でわかる。新しくできた城で生活を始めているわたしも、エントヴィッケルンを終えたアレキサンドリアの街をこうして上空から見るのは初めてだ。城、図書館、研究所を中心にした貴族街と、神殿や平民達の中心施設が集まる辺りの上空をぐるりと巡り、境界門へ向かう。

「本当にこの短時間でエントヴィッケルンを終えたのだな。一部とはいえ大変だったであろう」

 境界門へ一度降り立つと、街を見て回ったアナスタージウスが感心したような声を出した。エグランティーヌが「ローゼマイン様の優秀さがよくわかるでしょう?」と微笑んで頷く。

「わたくしではなく、全ての調整を行ってくださったフェルディナンド様が優秀なのですよ。わたくしは言われるままに実行しただけなのです」
「あら。では、図書館が中心の図書館都市をフェルディナンド様が設計されたのですか?」
「そうです。いつもわたくしの望みを実現可能な形にしてくださるのはフェルディナンド様ですから」

 フェルディナンド様はすごいでしょう、とわたしが胸を張ると、エグランティーヌがフェルディナンドを見上げてクスクスと笑う。フェルディナンドが嫌そうに顔をしかめたけれど、お構いなしだ。

「お二人が作っていくアレキサンドリアをまた訪れたいものですね」
「その頃には平民達の過ごすところもエントヴィッケルンが終わって、神殿教室が始まっているかもしれません。納本制度によって図書館には本が溢れるほどになっているかもしれませんし、図書館と繋がっているフェルディナンド様の研究所だけではなく、魔木、魔魚、魔獣の専門研究所もできているかもしれません」

 ランツェナーヴェの館を潰し、乱闘で傷んだ貴族街を整えるために急いでエントヴィッケルンをしたけれど、まだまだやりたいことはいっぱいだ。

「どれもこれも夢物語では済ませません。全部実行するのです。ね、フェルディナンド様?」
「……いずれ、の話だ」

 フェルディナンドの返答にアナスタージウスが何とも言えない表情で、エグランティーヌの肩を叩いた。

「行こう、エグランティーヌ。私はあまり長居したくない」
「あらあら、微笑ましいではありませんか」

 そう言いながらもエグランティーヌは国境門を開くためのグルトリスハイトを出す。

「……では、ローゼマイン様。時の女神 ドレッファングーアの御導きを心待ちにしていますね」
長くなりました。でも、予定していたところまで書けました。
アウブとしてのエントヴィッケルン。
婚約式の準備。家族の作った衣装を嬉しいと思えることが嬉しいローゼマイン。
エグランティーヌの来訪によって決まったあれこれ。

 次は、婚約式です。
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