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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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記憶 その3

 一度に繋がった記憶のせいで頭がぐらんぐらんしているし、フェルディナンドと同調していたせいか、ひどく下町の家族が恋しくてならない。一体フェルディナンドに何が起こっているのかよくわからないけれど、ぎゅーしてくれるのは非常に珍しいことなので、便乗してわたしも背中に手を回す。その途端、フェルディナンドがビクッとしてバッと離れた。

「何をするつもりだ?」

 そんな嫌そうな顔で言わないでほしい。だいたい、それはこちらのセリフだと思う。わたしの目覚めと同時に抱きしめてきたのは一体誰なのか、と問いただしてもいいのだろうか。一瞬そう思ったけれど、余計なことを言ったらどうでもいい言い争いが始まるだけだし、頭が動かない今のわたしでは全く勝ち目がない。

「フェルディナンド様だけぎゅーして落ち着くのはずるいと思うので、わたくしが落ち着くまでぎゅーの延長を要求します」
「……延長だと?」
「同調した上に記憶が一気に繋がったので、頭の中も感情的にもぐちゃぐちゃなのです」

 問いただすのを止めて自分の要望を述べた結果、わたしはものすごく嫌そうな顔をしたフェルディナンドからぎゅーの延長を獲得した。ここでようやく周囲を見回す余裕ができて、未だに礎の間にいることと、片膝を立てて座るフェルディナンドに抱え込まれていることがわかった。道理で体が冷たくないわけだ。

「よいしょっと……」

 ぎゅーしやすいように少し体を捻って、フェルディナンドの背中に手を回した。慣れた匂いと人の温もりが心地良いけれど、フェルディナンドの鼓動がとても速くて、心なしか呼吸も浅い気がする。

「……こうしている内に落ち着きますよね」
「私は全く落ち着かぬ」

 溜息混じりの声と共に引き剥がされそうな気配を察知したわたしは、背中に回した手に急いで力を入れてしがみついた。

「落ち着かないのはフェルディナンド様にもまだまだぎゅーが足りないせいです、きっと。いっぱいぎゅーしていいですよ」
「そういう意味ではない」

 フェルディナンドは疲れ切った声で面倒くさそうに言うくせに、わたしの背中にまわされた片方の腕に力を込め、もう片方の手でわたしの髪をいじり始めた。絶対にぎゅーが足りないくせに相変わらず素直ではない。

「じゃあ、どういう意味があってフェルディナンド様からぎゅーしてきたのですか?」
「……あれは……突然同調を切った上に、いくら呼びかけても全く目覚めなかった君が悪い」

 本当に嫌そうな声でそう言われた。今度こそはるか高みに続く階段を上がっていたのではないか、とフェルディナンドは気が気ではなかったらしい。

「……わたくし、それほど危険な状態だったのですか?」
「ここ数日間ずっと生死の際を歩いていた君がどうしてそこまで呑気なことを口にできるのか、私には本気で理解できぬ」

 神々の御力の影響で魔力が通常状態になった時点で死んでいた。魔力を減らさなければならないが、回復薬を使うこともできないわたしは、体力と魔力のどちらが先に尽きるかという危険が常に付きまとっていた。それに加えて、枯渇と同時にわたしの魔力を染めてできるだけ迅速に魔力を回復させなければ今度は魔力枯渇で死ぬ可能性が高かった。この数日間はいつどこで死んでもおかしくない。

「それは知っています。眠るのも、魔力が回復するのも怖かったですから。でも、フェルディナンド様が何とかしてくれると思っていたので、わたくしはそれほど悲観的でもなかったのですけれど……」

 魔力さえ枯渇させたら何とかなるだろうと、わたしは比較的楽観的に考えていたが、後を任されたフェルディナンドは大変だったようだ。

「君の魔力が枯渇するや否や同調薬を飲ませ、私の魔力を液状化させた薬を飲ませ、更に記憶を覗く魔術具を使って魔力を流し込んで意識に呼びかけたにもかかわらず、君はなかなか反応を示さなかった。おまけに、記憶はなかなか戻らず、やっと糸口がつかめてきたと思えば、全属性の祝福が降り注ぐと同時に突然同調が切れたのだぞ」

 一体何があったのか、とフェルディナンドも意識を戻したけれど、先に同調を切ったわたしは意識が戻らないまま無反応だったらしい。全属性の祝福の記憶から、わたしの中にわずかに残る神々の御力に何か反応があったのではないかと絶望的な気分になっていたそうだ。

 そんなフェルディナンド側の話を聞くと、「全属性の祈りと一緒に記憶が一気に繋がり始めて、気が付くと同時に抱きしめられたのでフェルディナンド様が壊れたのかと思いました」とはちょっと言いにくい。

「フェルディナンド様のおかげで記憶は戻りました。もう心配しなくても大丈夫ですよ」

 トントンと背中を軽く叩きながらそう言っているのに、フェルディナンドの鼓動は少しも落ち着かない。わたしの髪で遊ぶように動いていた指が止まり、抱きしめる腕には更に力が籠る。心地良いから痛いくらいになってきた。何だか様子がおかしいことが心配になってわたしはフェルディナンドを見上げる。

「フェルディナンド様、どうかしましたか?
「ローゼマイン、君は……」

 掠れた声が途切れて、その後が聞こえない。わたしが「何ですか?」を聞き返すと、しばらく躊躇いの色を滲ませていたフェルディナンドが腕を緩めて少し体を離した。

「君は平民に戻りたいか?」
「はい?」

 フェルディナンドが突然何を言い出したのかわからなくて、わたしは目を瞬いて首を傾げる。

「今ならば神々の魔力が枯渇したために、君がはるか高みへ上がったように見せかけて平民に戻すことができるかもしれぬ」

 ドキリとした。同調して、平民時代の記憶が色濃く蘇っている今のわたしにはものすごく魅力的な提案で飛びつきたくなった。けれど、わたしが平民に戻ることが不可能なこともわたしはよく知っている。

「……あの、フェルディナンド様。もしかして、それって余命宣告ですか? 死ぬまであとわずかな時間しかないので、その間だけでも家族とって感じの……」
「そうではない。同調したことで理解したが、君にとって最重要な存在はルッツであろう? 君を平民に戻すことができれば、大事に思う者と添い遂げることができるのではないかと思ったのだ」

 ……フェルディナンド様、本気?

 喉がひりひりとしてきて、鼓動が速くなる。わたしの呼吸まで浅くなってきた。

「平民に戻すって具体的にどうするおつもりですか? わたくし、マインとしてはすでに死んだことになっているのですよ!? アレキサンドリアの礎や図書館都市計画だって……」
「君が領主会議で一度アウブ・アレキサンドリアとなり、私が正式な婚約者となる。対外的に私がアウブ・アレキサンドリアになれるように形式を整え、その上で、ここしばらくの無理がたたって君が亡くなったことにすれば比較的すんなりと平民に戻せるのではないかと思われる。礎も図書館都市計画も私が実行すればよかろう」

 グーテンベルク達の移動に合わせてアレキサンドリアの平民として戻れば、基本的には事情を知っている者達だ。口を噤ませるのもそれほど難しくはなく、協力的にしてくれるだろう、とフェルディナンドは言った。

「エーレンフェストでは不可能でも、私がアウブ・アレキサンドリアとなれば君達家族を守ることが可能になるかもしれぬ」

 家族の元に戻れるかもしれないという期待と共に脳裏に浮かぶのは、わたしの家族を守るためにたった一人でアウブとして戦い続けるフェルディナンドの姿だ。誰にも弱味を見せずに全部の責任を自分だけで抱え込むこの人がどうなるのか、すぐに見当がつく。
 胸が痛い。わたしは自分の胸元を押さえる。何に対して胸が痛いのかわからない。

「フェルディナンド様はわたくしに対して罪悪感とか責任感を背負い込む必要はないのですよ? 十分にお返ししていただいていますから」
「……君の幸せは、あの家族と共にあるではないか。先程同調して思いついただけなので、詳細については色々と考えなければならぬが、一考の価値はあろう」

 全く実現できないことをフェルディナンドが口にするはずがない。躊躇いを見せていたことから考えても、難しいが全く実現不可能ではないということだろう。

 頭の中で「フェルディナンド様が戻せるって言うんだから戻ればいいじゃない!」と家族の元に戻りたいわたしが叫び、「フェルディナンド様に全部背負わせるつもり!? そんな無責任なことしたくないよ!」と今まで貴族として生きてきたわたしが心の中でぶつかり合う。

「フェルディナンド様のおっしゃる通りですよ。わたくしは家族と少しでも一緒にいたかったし、今でも一緒にいられればいいと思っています。……でも、同じくらい、フェルディナンド様にも幸せになってほしいのです。わたくしを平民に戻すために、フェルディナンド様を犠牲にするつもりはありませんから」

 わたしがキッとフェルディナンドを睨むと、フェルディナンドが表情を消して緩く首を横に振った。

「記憶が全て繋がったのならば、君の魔石恐怖症も戻っているかもしれぬ。魔石を扱うことができなければ貴族として生きることさえ難しい。アウブならば尚更だ。おそらく魔力がほぼ同じの私がアウブとしての調合を行うことになる。君にできるのはお飾りのアウブだ。君がいてもいなくても変わらぬ」

 フェルディナンドの言葉は大半が正しいけれど、一部は正しくない。女神の化身がアウブとなり清めることになったからこそ、アーレンスバッハは反逆の領地から新しい領地として生まれ変わることが許された。わたしがアウブでなければ、アレキサンドリアが他領の貴族達からどのように思われるか、どう扱われるのか。フェルディナンドにそれがわからないはずがない。

「どんなに役立たずなお飾りアウブでも、女神の化身の肩書は必要でしょう? わたくしを平民に戻すためにどこまでの負担を背負い込むつもりなのですか? わたくしがそれに気付かないほど愚かで無責任だとお考えなのですか?」
「……愚かで無責任だとは思わぬが、君は家族といるべきだ。今しかないのだぞ?」

 だからといって、フェルディナンドを犠牲するつもりはないのだ。フェルディナンドがツェントやアウブの地位や権力が欲しくて堪らない野心家で、アレキサンドリアを安定させるために第一夫人どころか、第三夫人まで得ることに何の躊躇いもなく、果ては愛人まで囲い込みたいような男だったら、わたしだって何の心配もなく家族の元に帰っただろう。

「フェルディナンド様が心配すぎて戻れるわけがないでしょう! 他人に頼るのが下手で、全部自分で仕事を抱え込んで薬漬けの毎日なんて、あっという間に過労死確実ですよ」
「だが、今ここで決意して平民に戻らねば、君がルッツと添い遂げる芽はなくなり、私と結婚することになるぞ」

 顔をしかめてそう言うフェルディナンドに、わたしはそれまでの勢いを削がれてしまった。家族の元に帰りたいという話が何故ルッツと添い遂げるという話になっているのだろうか。

 ……あれ? 何かずれてない?

「あの、フェルディナンド様。一体いつの間に結婚話になったのですか? わたくしが平民に戻ったところでルッツがと結婚できるわけがありませんよ。わたくし、貴族の間では魔力も地位もあるのでそれなりの嫁候補になるかもしれませんけれど、平民から見れば不健康で子供が望めない時点で嫁候補から完全に外れますから」

 貴族と平民では妻に求めるものが全く違う。家族の元に帰りたいとは思うけれど、別にルッツと結婚したいと思ったことはない。ルッツはわたしをここに繋ぎとめてくれた大事な人だが、結婚相手としてはもっと他の女の子が相応しいと思う。わたしが相手じゃ可哀想だ。

 ちなみに、社交や刺繍が苦手なわたしは多分貴族としての嫁の基準も満たしていないと思う。政略結婚でもなければ、わたしに言い寄ってくるような変わり者はいない。

「それにしても、フェルディナンド様と結婚することになるというのは何ですか? 嫌ならば結婚しなければいいだけではありませんか」

 アウブの結婚はアウブ自身が相手を決めて、ツェントの承認を受けるのだ。フェルディナンドがそんなに嫌そうな顔でわたしと結婚をする必要はない。

「……そうだな。嫌ならば、結婚しなければ良い」

 フェルディナンドが一度目を伏せてゆっくりと息を吐く。それから、指を三本立てた。

「ローゼマイン、今の君には三つの選択肢がある。一つめは平民に戻って自分の望む者と結婚する。二つめは今までの計画通りに事を進め、私と結婚する。三つめはエグランティーヌ様に命じて王命を解消させ、私との婚約を破棄し、アウブ・アレキサンドリアに相応しい他の男と婚約する。……君はどの選択肢を選ぶのだ?」

 ……はい?

 いきなり突きつけられた選択肢にわたしは目を丸くした。

「フェルディナンド様、大変申し訳ないのですが、意味がよくわかりません。フェルディナンド様の言い方ではまるでわたくしとフェルディナンド様がすでに婚約しているようではありませんか。一体いつの間にわたくしは婚約していたのでしょう?」
「君がアーレンスバッハの礎を得た時点だが?」
「へ?」

 ポカンとするわたしにフェルディナンドはトラオクヴァールに下された王命の内容について説明する。わたしがアーレンスバッハの礎を得た時点で、年若く執務になれていない独身の女性アウブになったわたしは王命の婚約者としてフェルディナンドを婿にしなければならないらしい。

「そんなこと、誰も一言も……」
「戦いの最中にわざわざ言うようなことでもないし、一連の戦いが終わった時には女神の御力で君の感情を不用意に揺らさないようにした方が良い状態だったではないか」
「あ……。だから、側近達の態度も変わったのですね」

 近付いたら文句を言われていたのに、側近達が急に何も言わなくなったことが不思議だったのだが、その謎が解けた。ポンと手を打つわたしを見ながら、フェルディナンドがそっと溜息を吐いた。

「エーレンフェストで君が政略結婚の相手として私を理想的だと言ったから、側近達がそのように動き始めたのだ。君の迂闊な言動が全ての原因ではある」
「えぇ!?」

 そんなことになっていたとは知らなかった。

「わたくしが迂闊なせいで大変なことになるところでしたね。フェルディナンド様は責任感が強いですけれど、そこまでわたくしの面倒を見なくていいのですよ。ですから、王命の解消を……」
「ローゼマイン、勘違いするな。私が望んで計画したことだ」

 フェルディナンドが何を言い出したのかわからなくて、わたしはフェルディナンドを見つめる。何の計画があったのだろうか。

「貴族と平民として離れても細い繋がりを大事にする君と、君が伸ばした手を取ろうとしている家族とのやり取りを私はずっと見てきた。そんな君が私を家族同然だと言ったのだ。そして、言葉通り、アーレンスバッハへ離れても、繋がりを途切れさせることなく手を伸ばしてくれていた。私の家族観を作ったのは君だ。同調して嫌でも知ったであろう? 私がどれほど君の家族のような繋がりを渇望していたか」

 わたしはコクリと頷いた。フェルディナンドが見せてくれた記憶は、家族への憧れと羨望。それから、わたし達家族を引き離すことになった後悔と苦渋でいっぱいだった。

「エーレンフェストでいたままならば感じなかったかもしれぬ。君と君の家族の細い繋がりを守っていければ、それで満足できたであろう。だが、エーレンフェストを離れると、君との繋がりは周囲の声で断たれていく。私は君との繋がりを失いたくなかった。……だから、君を得るためには王命の婚約を利用するのが最も効率的で実現性が高かった」

 するりとフェルディナンドの手がわたしの頬を撫でる。ぞわりと背筋が震えた。

「王命を下したトラオクヴァール様をツェントの地位から落としたのだから、すでに王命を下した当人にも私の計画は邪魔できぬ。新ツェントにも君からの命令がない限りは余計なことをするな、と脅してある」
「脅すって……フェルディナンド様」

 わたしの言葉を封じるように、頬を撫でていたフェルディナンドの指先がわたしの唇を押さえた。大して力は入っていない。ほんの少し触れているだけだ。それでも、反論は完全に防がれたし、何だか息をするのも躊躇ってしまう。

「女神の化身となった君の伴侶として周囲に異論を唱えさせないように、私は全力を尽くした。君の本物の家族という立場を他の男に渡したくなかったからだ」

 ゴクリと喉が鳴った。フェルディナンドの目にある熱を感じて怖くなってきた。そんなふうに熱を向けられても、わたしは同じ物を返せない。落ち着かなくて今すぐにここから逃げ出したくなってくる。けれど、わたしの背中にある手がそれを許してくれない。

「私の計画を崩すことができるのは、新ツェントの名を受けている君だけだ、ローゼマイン。平民に戻ることで君が家族と幸せな時間を過ごす姿を見せてくれるのか。このまま私との婚約を受け入れて、私を君の家族にしてくれるのか。それとも、新ツェントに命じて王命を排するのか。……君が選べ」

 じっとわたしの反応を伺っているフェルディナンドの薄い金色の目から目が離せなくて息が詰まる。そんなふうに言われて選択を迫られても困るのだ。この期に及んで、わたしは恋愛感情というものが理解できない。フェルディナンドがわたしを求めているのはわかる。でも、同じだけの感情を返せない。

「……どうする、ローゼマイン?」

 しばらくの沈黙の後、答えを促したフェルディナンドが一度目を伏せた。
 そっと息を吐いて視線を上げる。次に視線が合った時、薄い金色の目にあるのは諦めだった。背中にあった手が下ろされ、唇に触れていた手が離れていく。自分の希望が叶わぬことには慣れている。何よりも雄弁にそれを語る手の動きと、全てを諦めたような目に思わず首を横に振った。

 ……ダメ。

 恋愛感情は理解できないけれど、このまま離れることだけは許容できなかった。滅多に自分の望みを口にすることがないフェルディナンドが諦めるのを見たくなくて、わたしはフェルディナンドに手を伸ばす。自分から抱きついた。

「ローゼマイン、何を……」
「この期に及んで何ですが、わたくし、男女間の恋愛感情なんてわかりません!」
「……男に抱きつきながら言うことではないと思うが、知っている」

 フェルディナンドの声に呆れが交じり、少し体の力が抜けた。

「私の望みは君の家族になることで、今更君に男女間の機微など期待しておらぬ。家族同然だったこれまでと同じであればそれで良い」
「……今までと同じで本当に良いのですか?」
「構わぬ」

 自分が手に入れた家族同然の立場さえ失い、他の男が本物の家族としての情を得る。それが不快で堪らないだけだとフェルディナンドは呟く。フェルディナンドの手がわたしの髪に挿された虹色魔石の髪飾りに触れた。別に恋愛感情を求めているわけではないと言われて、わたしの体からも力が抜けていく。

「わ、わたくし、魔石恐怖症が戻る可能性が高いので、できる限り努力するつもりですけれど、アウブとしても伴侶としてもお荷物になりますよ。それでもいいのですか?」
「君が平民に戻ることを選択すれば、お飾りのアウブさえいなくなるではないか。君こそ、この機会を逃せば平民に戻ることは叶わぬぞ」
「家族の元には帰りたいですけれど、わたくしに平民の生活ができるとは思えないのですよね。水汲み一つできませんでしたから、相当お荷物になりますよ。……フェルディナンド様が家族として振る舞える場を時々準備してくださるのであれば、それでいいのです」

 フェルディナンドの腕が背中に再び回された。そのままきつく抱きしめられる。

「……私を選んでいいのか、ローゼマイン?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします。フェルディナンド様こそ後悔しないでくださいね」
記憶を覗いたことで起こった心情の変化。
フェルディナンドの望みと差し出された選択肢。
計画を立てて外堀を埋めて、逃がさないように捕らえるのは簡単だけれど
ローゼマイン自身に選んでほしかったフェルディナンド。

次は、名捧げ石と婚約の魔石です。
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