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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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魔王の暗躍

 コピペした転移陣を使って、わたしは国境門に到着した。国境門の内側はどこも大して変わらないので、魔法陣に描かれた大神の記号で判断するしかない。土の女神 ゲドゥルリーヒの記号があるので、間違いなくクラッセンブルクの国境門のようだ。

「ここに魔力を注げばいいだけだよね?……グルトリスハイト!」

 わたしはメスティオノーラの書を出すと、壁際まで移動してベシッと国境門に押し付ける。エーレンフェスト、ダンケルフェルガー、アーレンスバッハの国境門でも同じことをしたので、魔力供給は簡単だ。

 ……楽勝、楽勝。うふふん。

 メスティオノーラの書を通し、国境門に向かって自分の魔力が流れていくのを感じていると、不意に転移陣が光った。魔力供給をしながら、わたしは思わず振り返る。

 ……え? 何?

 この転移陣が使えるのは、メスティオノーラの書か図書館の地下書庫の奥にあるグルトリスハイトを持つ者だけだ。地下書庫に入れる王族がいない以上、転移してくるのはフェルディナンドかジェルヴァージオのどちらかしかいない。

 ……まさか妨害する気じゃ……?

 そう思った瞬間、来訪者が特定できた。

「フェルディナンド様ですね!?」
「よくわかったな」

 転移陣から現れたのは、わたしが予想したようにフェルディナンドだった。

「間違えてここにやって来た……なんて可愛らしい失敗をフェルディナンド様がするはずありません。これまでの経験から考えた結果、女神様やエアヴェルミーン様が決めた競争の妨害を行うつもりだと判断しました。わたくしにはお見通しですよ!」

 わたしがビシッと決めたら、フェルディナンドには当然の顔で「そこまでわかっているならば話は早い」と肯定されてしまった。わたしの予想通りなのは、ちょっとどうかと思う。あり得ないけれど、できれば否定してほしかった。

「何を企んでいるのですか? わたくしをどのように妨害するおつもりですか?」
「私が君を妨害してどうする? 私が阻止するのはジェルヴァージオだ」

 国境門を染める速さを競う勝負は、ツェントになる者の魔力量を量るという意味でとてもわかりやすい勝負だ。転移陣を自分で描くというスタートも、メスティオノーラの英知をどれだけ得ているのか、魔術の扱いにどれだけ長けているのか計ることができると思う。

「わたくしはコピペで済ませましたが、転移陣を描くスピードにはかなりの差があったではありませんか。戦いで消費した魔力の回復をどれだけできているのか存じませんが、効力の高い回復薬を持っているフェルディナンド様の方がかなり有利だと思います。礎を染めるツェントを決めるのですから、正々堂々と勝負してはいかがでしょうか?」

 妙な妨害や暗躍など必要ないと思う、とわたしが言うと、フェルディナンドは皮肉そうな笑みを浮かべて唇の端を上げた。

「正々堂々と? ジェルヴァージオ妨害における最大の貢献者である君が今更何を言っている?」
「……わたくし、何かしましたか? 身に覚えがないのですけれど」
「まだ記憶が繋がっていないのか? それとも、ただ自覚がないだけか?」

 フェルディナンドがこめかみをトントンと軽く叩きながら説明してくれたことのだが、なんと勝者に対してエアヴェルミーンが礎への道を示すことに決まった原因がわたしだった。

「ここまで自覚が薄いとは思わなかったが、ジェルヴァージオが英知を授かる瞬間を遮り、邪魔したであろう? 君が妨害したためにジェルヴァージオが得たメスティオノーラの書はかなり不完全なようだ。おまけに、君がすでに吸収しているため、再度始まりの庭を訪れても知識が増えることはないらしい」

 魔法陣に突撃して始まりの庭へ直接入ろうとしたところを邪魔された腹いせに、闇の神のマントを広げて魔力を吸収、回復した自分の行動を思い出してポンと手を打った。

「あれですか。……自覚がなかったようです」
「さもありなん。ジェルヴァージオの聖典では礎に向かうルートが途切れ途切れにしか載っていないそうだ。エアヴェルミーン様の中で、我々は不完全なメスティオノーラの書しか持ってない難ありのツェント候補だそうだ」

 エアヴェルミーンから見れば、メスティオノーラが英知を授けている最中に突然途切れて、それ以上知識を得ることができなくなったジェルヴァージオ、二人で一つの聖典を分けているために穴だらけ確定のフェルディナンドとわたししかツェント候補がいないのである。

 ……崩壊しかけのユルゲンシュミットを支えるツェント候補としては、何というか絶望的だね。

「フェルディナンド様はすでにコピペで必要分は補完しているのに、それは口にしなかったのですか?」
「あぁ。私の聖典も穴だらけということになっている。実際の業務に使わぬ部分は穴も多いのだから嘘は吐いておらぬ」
「嘘とか、誇張とかはどうでもいいのです。コピペで補完したことを隠す理由を伺いたいのですよ」
「……後々のためにはその方が良いと判断したが、君はその理由を知らなくても良い」

 コピペについて口外しなかった理由は教えてくれなかったけれど、フェルディナンドが平然とした顔で「自分の知識も穴あきだ」と告げたため、エアヴェルミーンは今回の勝者に礎へ向かう道を示すことにしたそうだ。

「わたくし、そのような説明は受けていませんよ」
「余計なことを言いそうだったので、君に対する説明は最低限にしてある」
「ひどいですっ!」

 わたしはジトッとした目でフェルディナンドを睨んだ。秘密主義で、隠したまま行動されることには慣れているけれど、文句くらいは言っても罰は当たらないと思う。

「それで、わたくしに何をさせるおつもりですか? ジェルヴァージオを攻撃するような妨害はお手伝いできませんからね」

 警戒しつつ問いかけると、フェルディナンドは「私が君にそのようなことを頼むわけがなかろう。成功率が低すぎる」と呆れた口調で言った。たとえ事実でも、そこで成功率の低さについて言及されるとちょっと悔しい。

「君は供給を終えて中央棟へ戻ったら、転移の間から出る前にハルトムートかコルネリウスに連絡を入れるようにしなさい。エーレンフェストに連絡を入れて、休息が取れるように部屋を準備しておいてもらうつもりだ」
「休息ですか?」
「君にはそろそろ休息が必要であろう? ブローチを作る時間がなくてアーレンスバッハの寮は使えぬが、まだ君達はエーレンフェストの寮に入れるはずだ」

 わたしは自分のマントを留めているブローチに視線を移した。アーレンスバッハへ移動する前に返そうとしたら、「正式にアウブとして承認されるまで持っておけ」と言われた物だ。

「あの、フェルディナンド様。わたくしの側仕えはアーレンスバッハへ連れていきましたよ?」
「エーレンフェストにはリヒャルダ、オティーリエ、ブリュンヒルデ達、君の側仕えも残っているではないか」
「リヒャルダは養父様のところへ戻りましたし、ブリュンヒルデも結婚準備で忙しいと思います。わたくしの側仕えとして動かすのは……」

 わたしが迷惑をかけるわけにはいかないと言ったところ、フェルディナンドは「迷惑ではなく、エーレンフェストに対する助力だ」と嫌な顔をした。

「エーレンフェストが後援していることを示すのが重要だからな。国境門に魔力を注げば、派手に国境門が光る。日が上がっているのでわかりにくいだろうが、境界門に騎士を置こうとしなかったアーレンスバッハでもない限り、騎士が異変に気付かぬはずがない。国境門を擁するアウブには非常事態が目に見えてわかる。おそらく中央へ急いでやって来るであろう。そこにアウブ・エーレンフェストの姿がないのは、今後を考えると良いとは言えぬ」

 先の政変でも勝ち組と負け組には明確な差があった。これから先のユルゲンシュミットについて発言権を得られるかどうかは大きな差になる。

「他領から見える形で後方支援をしてもらわなければ、いくら事前に情報提供をしたと言ってもダンケルフェルガー以外には受け入れられにくいし、この先エーレンフェストを庇いにくい。ゲオルギーネとの戦いがあった以上、ダンケルフェルガーと違って前線で戦うことは無理でも、後方支援ならばできるはずだ」

 とっくに夜が明けている。動こうと思えば動けない時間ではない、とフェルディナンドが言った。

「エーレンフェストもこの戦いを支えたということを内外に示すためだ。遠慮する必要はないので、しっかり体を休めなさい。君はその後が大変だからな」
「え!? フェルディナンド様、わたくしに何をさせるおつもりですか!?」
「ハウフレッツェの国境門も魔力供給をしてくれれば助かるとは思っているが、無理に、とは言わぬ」

 質問の答えをはぐらかし、フェルディナンドは細々とした注意を始めた。

「ローゼマイン、私がここから移動したら魔力供給の間は他の者が入れぬように一度転移陣を封じておくように。今の君には護衛騎士もいないのだ。いくら用心してもしすぎということはない。戻ったらハルトムート達側近の言うことをよく聞いて、休息を必ず取るように。わかったな?」

 魔力供給が容易ではないくらいに妨害したくせに、まだジェルヴァージオがやって来ることを警戒して忠告するフェルディナンドを見ていると、いかに自分が危険に対する警戒心がないのか思い知らされる。

「わたくし、他にしておくことがございますか?」

 わたしが尋ねると、少し考えるように顎に片手を当てたフェルディナンドがもう片方の手でわたしの肩を軽く押した。突然肩を押されてよろめいたわたしを引き寄せて抱き留める。

「……ビックリするではありませんか。一体何の確認ですか?」
「この程度でよろけるならば、練習は必須だな」
「練習? 一体何のでしょう?」

 フェルディナンドは難しい顔で「間に合うか?」と呟きながら転移陣を作動させる。

「ちょっと待ってくださいませ、フェルディナンド様! 説明が足りません!」
「ケーシュルッセル エアストエーデ」

 わたしの言葉は全く聞いていないようで、フェルディナンドは割り当てられていたハウフレッツェの国境門ではなく、貴族院の中央棟へ転移していった。

 ……エーレンフェストで休憩してていいって……わたし、後で一体何をさせられるの?

 きっととんでもないことが待っている。それだけは確実だ。経験上、間違いない。
 こちらの事情は考慮してくれないフェルディナンドに心の中で文句を言いつつ、わたしはフェルディナンドに言われた通り、転移陣を一時封じて、再度魔力供給を始めた。


 クラッセンブルクの国境門への魔力供給を終え、ハウフレッツェの国境門へ移動して魔力を供給する。別にフェルディナンドのためではない。魔力が満ちていないとユルゲンシュミットが困るからだ。自分にそう言い聞かせながら魔力を供給した。

 ……うぅ、ちょっと無理だったっぽい。

 回復薬と魔力の使い過ぎで頭が痛み始めた。首筋から額に向かって痛みに貫かれているような感じだ。

「休憩必須ってお見通されてる。何か悔しい。……っていうか、こっちも魔力供給するってお見通されてる。そっちの方がもっと悔しいんだけど」

 わたしはブツブツと独り言を言いながら、用心のために封じていた転移陣を作動させる。光と闇がで視界がいっぱいになる。ぐらりと揺れた視界に気分が悪くなり、わたしはその場にお行儀悪く座り込んできつく目を閉じた。

「ケーシュルッセル エアストエーデ」



 しばらく経ってから目を開けると、そこは真っ白の壁で囲まれた転移の間だった。頭痛に転移酔いが重なって気分は最悪である。

「うぐぅ、気持ち悪い……」

 しかし、このまま転移の間で寝るわけにはいかない。わたしは気力を振り絞ってコルネリウス兄様に向けて「ただいま戻りました」と連絡用の手紙を飛ばした。すると、「扉の前にいる。寮まで騎獣で戻るから口を押さえて静かに出てきてほしい」という返事が来た。

 ……口を押さえて?

 首を傾げながらもゆっくりと立ち上がり、わたしは声が出ないように口元を押さえてそっと扉を開く。アーレンスバッハの騎士達のマントの色が見え、コルネリウス兄様とアンゲリカの顔が見えたと思った瞬間、アンゲリカにバサリと布をかけられ、抱き上げられた。

 ……何事!?

 頭から布をすっぽりと被っているせいで、事態が全く把握できない。けれど、今の自分に求められていることは声を出さないことだ。わたしは口元をしっかり押さえ、騎獣が駆け出す動きを感じていた。



「申し訳ございません、ローゼマイン様。こうでもしなければ、女神の御力に溢れるローゼマイン様を他領の者に気付かれぬままで寮までお連れすることができなかったのです」

 布が外されたのは、エーレンフェスト寮に入ってからだった。中央棟と繋がる扉ではなく、採集場所へ向かう時に使う方の玄関扉の前だ。呆然とした顔で並んでいる護衛騎士達を見回す。

「これはフェルディナンド様の指示ですか? フェルディナンド様は今どうしているのです?……コルネリウス、レオノーレ、マティアス、ラウレンツ?」

 アンゲリカの名前を呼ばなかったのは、フェルディナンドから大した説明をされていないと判断したからであって、忘れているわけではない。

「あ、いや。その、何と言えば良いのか……。ハルトムートが涙を流して神に祈りを捧げていたが、まさかこれほどとは思わなかったな」
「何ですか、コルネリウス兄様?」
「……女神の御力だよ。ランツェナーヴェから押収した銀色の布を使って隠し、秘密裏に寮へ連れていくようにフェルディナンド様が厳命されるわけだ」

 フェルディナンドはそんな態度を微塵も感じさせなかったので全くわからなかったが、コルネリウス兄様によると、眩しくて直視しがたいくらい今のわたしは女神の力を感じるらしい。

「ローゼマイン様、フェルディナンド様からは休息を取らせるように、と命じられています。その、周囲を混乱させないようにこちらの布を再び被せ、お部屋までアンゲリカに運ばせてもよろしいでしょうか?」

 レオノーレがひどく申し訳なさそうに、しかし、やや視線を逸らしてそう言った。これっぽっちも自覚がないけれど、今のわたしは大変な状態らしい。周囲を混乱させる気はないし、気分がよくないので一刻も早く休みたい。

「構いません」

 わたしは再び布を被せられ、アンゲリカに運ばれた状態で寮の自室に入った。銀色の布を取り外されたところには、わたしの女性側近が忙しそうに動いている様子が見えた。クラリッサだけはわたしの姿を見た途端、胸の前で手を交差させ、涙を流しながら跪いたけれど。

「ローゼマイン様、何と神々しいのでしょう! まさに女神の化身ではございませんか。ローゼマイン様の魔力が一気に塗り替わる瞬間をこの身で感じましたが、これほど女神の御力をまとっているとは思いませんでした。闇の神の祝福を受けた髪がより一層艶を増し、光の女神の祝福を受けた瞳は女神の御力に溢れ、その佇まいには……」
「クラリッサ、何の役にも立たないことを口にするのは後回しにして、姫様が休めるようにお薬の準備をなさい。そのように職務を投げ出すような有様で姫様の側近を名乗れると思うのですか?」

 リヒャルダがクラリッサを叱り飛ばしながら、オティーリエとベルティルデに寝台の準備を進めるようにテキパキと指示を出している。クラリッサが急いで薬の準備を始めると、リヒャルダはふぅと一つ息を吐いた。

「顔色があまりにも悪いですよ、姫様。湯浴みが負担でしたら、お食事の後、ヴァッシェンで軽く汚れを落としますけれど?」
「湯浴みだけではなく、お食事も負担なのですけれど……」
「お薬を飲む前に軽くお食事を摂るようにフェルディナンド様からお言葉がありました」

 仕事ができる文官の顔でクラリッサがこれから飲む薬について説明してくれる。短時間で回復するように少し強めのお薬らしい。湯浴みからは逃れられたけれど、食事からは逃れられないようだ。ブリュンヒルデが食事を運んできたのを見て、わたしは諦めて椅子に座った。

「寮にいる騎士達から後方支援のお話が届いてすぐにジルヴェスター様からわたくし達に命令が下ったのですよ。姫様が休める環境を最優先にするということで、わたくし達と料理人が一番に移動いたしました。他の者は移動の真っ最中だと思われます」

 リヒャルダは簡単にエーレンフェストの状況を説明しながら食事の給仕をしてくれる。リヒャルダの給仕を受けるのは久し振りだ。エーレンフェストの現状を聞いた後、わたしは椅子の後ろに護衛騎士として控えているレオノーレへ視線を向けた。

「レオノーレ、わたくしが祭壇から移動した後、どのような状態だったのか教えてください」
「神像が持つ神具から七つの貴色の柱が立ち、祭壇の上にいらっしゃった三人の姿が一斉に消えました。わたくし達が驚愕に目を見張る中、ダンケルフェルガーの騎士達は黙々と中央の者達を捕らえていました」

 わたし達がいるいないに関係なく、反乱を起こした者は捕らえなければならないということだったようだ。ラオブルートはマグダレーナやアウブ・ダンケルフェルガーと対峙し、戦い、敗れたらしい。

「わたくし達もダンケルフェルガーの騎士達と共に中央騎士団の者達を捕らえていました。すると、突然ハルトムートが、ローゼマイン様の魔力が女神によって塗り替えられたと涙を流し始めたのです」

 ……何それ? どんなふうに想像しても変な人だよ。

「他の名捧げをした側近達は魔力が変わったのはわかるが、女神かどうかはわからないと言っていました。ですが、何故わからないのかとハルトムートが怒り、そこからいかに神々しい力に溢れているのか、ローゼマイン様を称え始めました。あまりにも場違いで気持ちが悪かったので、中央騎士団が片付いた後もしばらくの間……フェルディナンド様が講堂へ入ってくるまではハルトムートを縛っておきました」

 ……わぉ、レオノーレったら容赦ないね。

「ところが、フェルディナンド様が一人だけ講堂へお戻りになりました。そして、ローゼマイン様にメスティオノーラが降臨し、新たなツェントが選出されることになったとおっしゃったのです。ハルトムートはどうやら嘘を吐いていなかったようですね。今、フェルディナンド様は女神に申し付けられた通りに準備を整えていらっしゃいますよ」

 同じように荒唐無稽なことを言っても、フェルディナンドの言葉ならば信用されるらしい。ちょっとだけハルトムートが可哀想になった。

「レオノーレ、具体的にフェルディナンド様は何をしていらっしゃるのかしら?」

 女神に申し付けられたことがあるなんてわたしは全く聞いていない。恐る恐る尋ねると、レオノーレは講堂に戻ってきてすぐにフェルディナンドが次々と色々な者達に脅迫混じりの指示を出していたことを教えてくれた。

「まず、エーレンフェストに休息場所や食事を作るように指示を出していました。わたくし達も指示を出されました。女神からの命を奪ってはならぬ、と命じられたおっしゃって、ジェルヴァージオが戻った時には必ず捕らえるようにと各場所に騎士達を配置していらっしゃいました」

 それから、交代で休憩や食事を摂るようにも指示があったそうだ。アーレンスバッハの騎士達は糧食で済ませたけれど、ダンケルフェルガーの騎士達は交代で寮へ戻っているらしい。戦闘時に騎士達へ食事を送るのは、後方支援の大事な役目だそうだ。

「ローゼマイン様やわたくし達のお食事はエーレンフェストから出ています。フェルディナンド様のご命令で離宮に準備されていた食材がエーレンフェストの寮へ運ばれました。昼食はアーレンスバッハの騎士達の分も準備されるそうです」

 ランツェナーヴェの館から運び込まれた物だからアーレンスバッハの食材だ、とフェルディナンドが言ったそうだ。確かにその通りだと思う。エーレンフェストには料理人を貸し出してもらったらしい。

「後は、そうですね……。コルネリウスが耳にした分ですが、図書委員をしているヒルデブラント王子に図書館へ鍵を返させろ、とおっしゃっていたようです」

 まだどこに中央騎士団の裏切者が潜んでいるのかわからないのに、今すぐに行わなければならないことか、とマグダレーナは渋ったらしい。命じている相手がフェルディナンドである。子供を心配する母親の気持ちはよくわかる。
 フェルディナンドは、ヒルデブラント王子がラオブルートに唆されてシュタープを得たこと、そのための道を開いたことでランツェナーヴェの者達もシュタープを得ていることを伝えたらしい。息子が行ったことを知って青ざめたところに、「新しいツェントが選出される今、多少なりとも罰を軽くするための口添えは必要であろう?」と微笑んだそうだ。

 ……今、貴族院へ来られる図書委員で暇そうなのってヒルデブラント王子だし、たったそれだけのためにハンネローレ様をダンケルフェルガーから呼び出すことはできないと思うよ。でも、親子の情を使っても完全に逃げ道を塞ぐ魔王、怖い!

 決して食が進むとは言えないレオノーレの話を聞きながら軽い食事を終えると、クラリッサが準備している薬を飲んだ。ブリュンヒルデが食器を下げて、ベルティルデによって髪飾りを外される。リヒャルダがわたしにヴァッシェンをかけると、オティーリエがすぐに着替えさせてくれて、寝台へ入るように言われた。

「レオノーレ、今はフェルディナンド様もお休みしているのですか?」
「いいえ、フェルディナンド様はアナスタージウス王子と共に中央神殿へ向かわれました。神殿長であるイマヌエルを探すため、ハルトムートはそちらへ同行しています」

 ……中央神殿? あ、聖典の鍵!?

 領地の神殿長に渡される聖典の鍵が次期アウブの保険であるように、中央神殿の聖典の鍵はユルゲンシュミットの礎に繋がる。どうやらフェルディナンドはジェルヴァージオがツェントになるための手段を全て潰してしまうつもりのようだ。

 ……フェルディナンド様、国境門に魔力供給しないで何やってるの!?

 国境門に魔力供給する速さを競うディッターで勝負しているはずなのに、フェルディナンド一人だけ宝盗りディッターをしているようだ。

「起きたら奉納舞の練習をするように、とフェルディナンド様がおっしゃいました。王族とのお話し合いも行うようです。今のうちにゆっくりお休みくださいませ」

 ……奉納舞!? 王族とのお話し合い!? 聞いてないけど!?

 薬が効いてきたわたしは反論することもできず、眠りに落ちた。
国境門に魔力供給せずに暗躍しまくりの魔王。
文句を言いつつ、ハウフレッツェの国境門まで魔力供給をして協力しているローゼマイン。
久し振りに懐かしい面々の登場です。

次は、顔色の悪い王族です。
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