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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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動いた祭壇

「他人に与えられるグルトリスハイトを手にしているならば、其方が真のツェントではないか!」

 アナスタージウスが声を上げ、彼の護衛騎士達が戸惑ったような声を上げる。ざわりとした雰囲気に、わたしは王族の情報伝達がどうなっているのか問い詰めたい気分になった。

「違います。わたくしはアーレンスバッハの礎を染めてしまった今、アウブ・アーレンスバッハなのです。ユルゲンシュミットの礎を染められないのでツェントにはなれません。わたくしが……」

 アーレンスバッハで何をしたのか報告はなかったのか、と質問しようとしたけれど、アナスタージウスは厳しく光るグレイの目でわたしの言葉を遮った。

「ならば、今すぐ父上にグルトリスハイトを譲り、真のツェントに任命せよ。そうすれば、あのように思い詰めて自分の無力を嘆く投げやりな言葉を口にするはずがない。父上は少しでもツェントの立場に相応しくあろうと日々の業務の間でも回復薬を多用し、できる限り祠で祈りを捧げていたのだぞ」

 ……わたしもツェントがフェルディナンド様みたいに回復薬臭くて、必死に国を支えようとしてるって感じたことはあるよ。でも、すでに心を折られてるっぽい人にグルトリスハイトを渡して解決する? 余計に追い詰めることにならない?

 トラオクヴァールが自分の周囲まで含めて死を受け入れているくらいに心が病んでいるならば、余計にグルトリスハイトを渡さない方が良いと思う。フェルディナンドが作ったグルトリスハイトは一代限りだ。ついさっきフェルディナンドが失格の烙印を押した上に、何かの拍子で自ら死を選びそうなトラオクヴァールに、フェルディナンドが作ったグルトリスハイトを渡すなんて約束はできない。

「わたくしはトラオクヴァール王がどのような生活をしていたか存じません。耳にしたのは先程のオルドナンツだけですし……」
「ずいぶんと突き放した冷たい物言いだが、其方は友人であるエグランティーヌのこの先について何も思わぬのか?」

 アナスタージウスに目をすがめながらそう言われて、わたしは「何も思わないわけではないのですけれど、不思議ですね」と首を傾げる。わたしは祠参りを強要された時にエグランティーヌと「わたしが考える」普通の友人関係を築くのは無理だと悟ったのだ。これが彼等の普通の友人関係のはずなのにおかしい。

「交渉相手にとって大事な者を人質にして選択を迫るのが王族のやり方だと、わたくし、アナスタージウス王子とエグランティーヌ様から学んだのですけれど、どこかおかしかったでしょうか?」

 ……養父様を追い落としてアウブ・エーレンフェストになるか、ディートリンデ様と結婚するか選択を迫ったのも王族だったから間違ってないと思うんだけどな。

 相変わらず貴族の常識は難しいと思っていると、アナスタージウスが愕然とした顔になった。苦い表情になって一度目を伏せる。

「……そうか。だが、ユルゲンシュミットのことを最優先に考えれば、其方はすぐにでもグルトリスハイトを与えて真のツェントを任じるべきではないか」
「では、個人の都合よりユルゲンシュミットのことを最優先に考えるとおっしゃったはずの王族は、外国から攻め込まれて何をしていらっしゃるのですか? 現状として先頭に立って敵を排除しようとしてくれない方を真のツェントにせよ、とおっしゃられても困ります」

 ユルゲンシュミットを維持するためにはエーレンフェストよりアーレンスバッハを優先するとか、王の養女になってグルトリスハイトを手に入れろとか要求していたのだから、非常時にはそれらしい動きを見せてほしいものだ。

「わかった。父上が動けぬならば、代わりに私が動く」

 武器を構えたアナスタージウスが自分の護衛騎士達を見回した。王族なので先頭に立ってくれるのは助かるし、王族の行動としては間違ってはいない。けれど、トラオクヴァールが動けないならば、代わりに動くのはジギスヴァルトの役目ではないのだろうか。

 ……まぁ、誰が動いても解決すればそれでいいよね。

「アナスタージウス王子、口元は必ず布で覆っておいてくださいませ。相手はランツェナーヴェの即死毒を持っている可能性が高いです」



 アナスタージウス達が参戦した後、わたしはオルドナンツが出入りする講堂の扉を見つめる。扉が開いて、騎士が数人飛び出してきた。アーレンスバッハのマントを着ていて怪我をしている。回復のために一旦戦線離脱した者だろう。わたしはすぐに癒しをかけた。

「大変恐縮です、ローゼマイン様」
「中の様子はどうですか?」
「予想以上に講堂にいた中央騎士団の数が多いです」

 講堂から飛び出してきた騎士達が盾の中で回復薬を飲みながら中の状況を教えてくれる。
 高い窓から魔術具を投げ込んだ奇襲はかなり効果があったそうだ。けれど、銀色のマントをつけている者が多く、今は魔力による攻撃は防がれることが多いそうだ。

「我々は念のためにシュタープ以外の武器も持っていますが、アナスタージウス王子達はお持ちではなかったようです。けれど、アナスタージウスの護衛騎士達は倒した相手から武器を取り上げて戦っていらっしゃいます。何より、王族が参戦したことで敵側に迷いの生じているように見える者もいます」

 彼等は「王の敵を倒せ」と言われて、フェルディナンド達を攻撃しているけれど、アナスタージウスには武器を向けないらしい。そのため、こちらがずいぶんと有利になったそうだ。

「トルークを使われている可能性はありませんか?」
「……我々には見ただけではわかりません」
「ただ、ツェントを裏切った騎士団長にアナスタージウス王子が非常にお怒りで、戦いながらも問い詰めていらっしゃいます」

 騎士団長であるラオブルートが何故ツェントを裏切ったのか、いつから何を企んでいたのか問い詰めているらしい。

「魔術具や回復薬の補充が必要なので、フェルディナンド様が応援を呼んでいらっしゃいました。そろそろ到着すると思われます」

 回復した騎士達はシュツェーリアの盾を飛び出していく。わたしが戦いの中に突っ込んでいっても、怖がるだけで大して役に立たない。だから、扉の前で回復所として待機させられている。わたしが中へ入れるのは中の戦闘が終わった時と、即死毒などを使われて大きな魔力を使う洗浄や癒しが必要になった時だと言われているのだ。わかっているけれど、中の状況が気になって仕方がない。

「ここで待っているのもやきもきするのですけれど……」

 わたしが講堂中を満たせるくらいの水を簡単に呼べるように、広域魔術の補助の魔法陣が描かれた魔紙と講堂の扉を見比べながら呟くと、アンゲリカも「お気持ちはよくわかります」と焦れた表情で扉を見つめて頷いた。

「ローゼマイン様、魔術具や回復薬をお持ちいたしました」
「ハルトムート、クラリッサ、ユストクスまで……。離宮を離れても良いのですか?」
「フェルディナンド様からのご命令です。魔術具の管理は文官の仕事ですから」

 クラリッサが得意そうに胸を張ると、ハルトムートもニコリと笑った。回復薬を使った騎士へ渡せるように三人が持ってきた箱の中を確認していると、講堂の中からものすごい爆発音がして心臓が飛び跳ねる。

 ……な、何が……?

 ハルトムート製の少々えげつない魔術具は混戦状態では危険なので、奇襲の時にしか使わないはずだ。ならば、何かしたのは敵側ではないだろうか。わたしが胸元を押さえて扉の方を振り返るのと、ユストクスが「姫様、大規模な癒しが必要な場合はお呼びします」と叫びながら扉に飛びつくのは同時だった。わたしはユストクスに頷き、自分の側近達に命じる。

「突入準備を。ハルトムート達がいるならば魔紙を使います」

 焦りと不安で鼓動が早くなるのを感じながら、腰につけられた革袋から魔法陣の描かれた魔紙を取り出す。魔石が目に入らないように、目を閉じて癒しを行うのは効率が悪い。わたしは緑で縁取りがされている魔紙からルングシュメールとフリュートレーネの魔法陣を取り出してシュタープを握る。

 その間にハルトムートとクラリッサはそれぞれ広域魔術の補助魔法陣が描かれた魔紙を手にしてシュタープで魔力を籠め始めた。魔紙に描かれた魔法陣は事前準備をしていれば魔石も詠唱も必要ない優れ物だが、魔紙の生産コストが高く、起動させるにも魔力をかなり使うのだ。

 レオノーレとマティアスが盾を張ってわたしの前に立った。アンゲリカとコルネリウス兄様は武器を構えて警戒の体勢を取り、ラウレンツは扉の前でいつでも開けられるように待機する。
 準備が整うまでにかかったのは、ほんの数秒間。けれど、その数秒間がとても長く感じられた。

「姫様! 癒しを!」
「行きます、クラリッサ!」
「はいっ!」

 ラウレンツが開けた扉の中にアンゲリカとコルネリウス兄様が安全確保のために飛び込む。ほぼ同時に、文官とは思えない機敏な動きでクラリッサが講堂へ突っ込んで行き、補助の魔法陣を起動し始める。

 レオノーレとマティアスとラウレンツの盾に守られながらわたしもクラリッサと同じように講堂へ駆け込んだ。脳内では敏捷に駆け込んだけれど、実際は可能な限りの早歩きだったかもしれない。その辺りについては言及しないでほしい。

 窓の多い廊下より講堂の中の方が暗い。そのせいか、クラリッサが起動させた補助魔法陣が金色に光るのがよく見えた。

「ローゼマイン様!」

 わたしはシュタープで魔紙に描かれたフリュートレーネの魔法陣に魔力を流し込み、クラリッサの起動した魔法陣を目がけてシュタープで打ち出す。わたしが魔力で打ち出した緑に光る魔法陣が金色の補助魔法陣にぶつかった。次の瞬間、緑の光を放つ魔法陣が複数に分裂したように出現し、講堂全体を清めの緑の光で染め上げていく。

「ハルトムート!」

 わたしはルングシュメールの魔法陣にも魔力を注ぎながら、次に補助魔法陣を起動させるハルトムートに声をかけた。

「どうぞ、ローゼマイン様」

 準備が整っていたハルトムートは即座に補助の魔法陣を起動させる。天井近くに浮かび上がった補助魔法陣を目がけ、わたしはルングシュメールの魔法陣を打ち出した。金色の補助の魔法陣に当たったルングシュメールの魔法陣が複数出現して、癒しの光を放つ。

「何だ、これは……?」

 騎士達が戸惑いの声を上げながら複数の魔法陣を見上げて声を上げた。何の爆発音だったのか知らないが、立ち上がる人影がたくさんあることからもひどい状態になったことはよくわかる。そうして講堂を見回したことで、中の状態が普通ではないことに気が付いた。

「……え? 講堂が……?」

 講堂はまるで卒業式の時のように変形していて、奉納舞で使われる舞台が出現し、最奥の間にある祭壇が正面に見えるようになっている。何のためにこのように変えてあるのかわからない。

 緑の光に照らされた講堂を見回し、わたしはフェルディナンド、エックハルト兄様、ハイスヒッツェ、アナスタージウスなどの知っている顔を咄嗟に探した。講堂内の祭壇に近い側から出入り口に向かって魔術具を使われたようで、癒しの光を受けている者はほぼ同心円状に倒れている。アナスタージウスとその護衛騎士達がまとまって倒れているところがあり、エックハルト兄様は右側の壁にもたれかかるように座り込んでいる。エックハルト兄様が庇ったのか、フェルディナンドが即座に立ち上がるのが見えた。

「フェル……」

 わたしが呼びかけようとした瞬間、フェルディナンドが目を見開いたのがわかった。「其方は死ね!」という大音声の怒鳴り声と同時に虹色の光がわたしを目がけて飛んでくる。

「ローゼマイン様っ!」
「ゲッティルト!」

 アンゲリカやコルネリウス兄様、そして、少し遠いところから響いたフェルディナンドの声と共に、いくつもの盾がわたしと護衛騎士達の前に出現した。かなり強力な攻撃だったようで、フェルディナンドが作った盾が二つ消し飛ぶ。

「ラオブルート……」

 祭壇の近くにいた男がこちらを見ていた。手にしている剣には再び魔力が流し込まれているようで虹色に光り始めているのがわかる。暗がりの中に光る剣が浮かび上がっているようだ。魔力を籠めていくラオブルートの目には背筋がぞっとするような明確な殺意があった。

「せっかく最も邪魔な者を始末できたと思ったのに、あのような癒しを行うとは……。其方は邪魔だ。消えろ」

 淡々とした口調で出てくる言葉はわたしの排除を望んだものだ。静かだけれど、逃れようのない殺意に捕らえられ、恐怖で足が震えて動かない。わたしは思わずつばを飲み込んだ。

「グルトリスハイトを手にするのはジェルヴァージオ様だ。あの方以外にグルトリスハイトを手にする者は必要ない。ジェルヴァージオ様の敵である其方等はいらぬ」

 ラオブルートがそう言って剣を構えた瞬間、祭壇が光った。正確には祭壇に置かれている神の像と神具が光り、ゴゴッと音を立てて神の像が動き始める。まるで奉納舞でも舞っているように、ゆっくりと回転しながら壇の上で左右に分かれ始めた。

「え?」
「何だ?」

 癒しの光を受けて立ち上がった騎士達が驚きの声を上げながら祭壇へ注目しているが、わたしはあの動きを知っている。加護を得る儀式を行った時にも動いていたし、エアヴェルミーンからメスティオノーラの書を得た時にも祭壇の上に出た時には真ん中を通れるように神の像が道を空けてくれたように動いた後の状態だった。ならば、この後はモザイク模様の壁にぽっかりと出入り口の穴が開くはずだ。

 ……ジェルヴァージオが出てくる。

 同じことを考えたのだろう。フェルディナンドが険しい顔つきになった時、わたしの記憶通り、出入り口の穴が開いた。騎士達が無言で祭壇の上を見ている。

「神々に選ばれた真のツェントだ! ジェルヴァージオ様がお戻りになる!」

 ラオブルートの声に一部で熱狂的な喝采が上がり、一部が絶望的な表情になった。そのくらいインパクトがあるのだ。神々が出迎えるように動き、祭壇の最上部から登場するというのは。

 ……神に選ばれたと言われれば、納得の光景だよね。

 神々しくも見える登場を少しでも落としておこうと、わたしは口を開いた。

「今出現したのは始まりの庭へ繋がる出入り口です。わたくしもメスティオノーラの英知を授かり、あそこから出てきました。始まりの庭はシュタープを得る時や御加護を得た時などに行くところですけれど、祭壇が動くのはそれほど珍しいことではありませんよ」
「ローゼマイン様!?」
「わたくしだけではなく、エグランティーヌ様もシュタープを取得する時は始まりの庭で得たそうですし……」

 全属性を持っているならば普通だ、と言うと、熱狂的だった周囲の騎士達の反応に動揺が見られるようになった。熱狂さは減少したけれど、ジェルヴァージオを神々に選ばれたツェントして迎えたいらしいラオブルートの怒りは買ったようだ。

「ジェルヴァージオ様のお戻り前に其方を処分する!」

 怒りに震えるラオブルートが剣を振りかぶった。
講堂内で戦いが怒っている間も基本的にお留守番状態だったローゼマイン。
非常事態に癒しを行うために突入しました。
新しい魔紙のお披露目。
祭壇が動きました。

次の更新は、19日か、帰省した26日以降のどこかでします。
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