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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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フェルディナンドの怒り

「中央棟の転移扉が並ぶ辺りには中央騎士団の姿があった。まずは今すぐに動ける戦力の確保を行う。ハイスヒッツェはダンケルフェルガーに、コルネリウスはエックハルトに連絡を取り、戦力を中央棟付近の木立……。我々が最初に集った場所へ向かうように頼んでほしい」

 フェルディナンドは中央棟の近くの木立へ向かいながらオルドナンツを飛ばすように周囲の騎士達に命じる。わたしにも目を閉じて置くようにと言って、自分自身もシュトラールやツェントにオルドナンツを飛ばした。

 一班を率いて中央騎士団の動きを探るように命令を受けていたシュトラールについては合流を命じる事務的で簡素なものだったが、ツェントへ送ったオルドナンツは貴族らしく非常に遠回しな言葉を使ったものだった。どんなに遠回しでも、内容は「ツェントとしての矜持があり、他国の者に礎と奪われたくないと考えるならば、さっさとその場を片付けて信用できる中央騎士団やダンケルフェルガーを率いてこい」というものなので、あまり穏便ではない。

「あの、フェルディナンド様。ツェントやアナスタージウス王子がいらっしゃらなかった場合はどうするのですか?」
「……時間がかかって遠回りにはなるが、別の手段を使えば良いだけだ。今の危機を王族がどのように捉えて、どのように行動するのか、私は知っておきたい」

 そう言うフェルディナンドの声は不機嫌そのものだ。わたしとしても不機嫌な理由がわからないわけではない。アウブは自領の礎が狙われれば、敵から礎を守るために礎の間に籠る。そこを守れるのはアウブだけなので当然の行動だ。同様に、ツェントも国の礎を守らなければならないというのが大前提としてある。

「……フェルディナンド様はツェントが礎を守っているわけではなくて、どこかに隠れていらっしゃることが気に入らない点だと思うのですけれど、グルトリスハイトを持たないツェントは恐らく礎の場所を知らないのではありませんか?」

 礎の場所を知らないならば、礎の間には籠れない。わたしは少しだけツェントを擁護してみた。でも、全く意味はなかった。フェルディナンドに「それが何だ?」と鼻で笑われただけだった。

「礎の場所を知らないならば、奪われる前に騎士団を率いて敵を討ち取ればよかろう。せめて、討ち取ろうとする姿勢くらいは見せてほしいものだ。未成年の女性である君が苦手な戦地に立って騎士団を率いているのに、ツェントが隠れていてどうする?」
「それは過剰評価ですよ。わたくしがここにいられるのはフェルディナンド様や護衛騎士達が一緒で、わたくしを支えてくれて絶対に守ってくれるという安心感があるからですもの。騎士団長に裏切られたトラオクヴァール様には難しいでしょう」

 フェルディナンドを助けに行く直前でコルネリウス兄様やハルトムートに裏切られていたらアーレンスバッハへは行けなかった。リーゼレータやグレーティアがアーレンスバッハへついて来てくれなかったら、わたしは多分アーレンスバッハへ行くことができなかったと思う。

「側近の裏切りなど然程珍しくもなかろう。敵の息がかかったものが味方面で近付いてくるのは日常的に起こることだ。側近の動向に気を払って裏切りを早期発見したり、忠誠を得られるように努めるたり、側近を信用せず常に警戒したり、自衛するのが当然ではないか」
「わたくし、そのような日常を過ごしていませんけれど……?」

 わたしが知っている日常と違う。そこまで殺伐とした日常は過ごしていない。

「当たり前ではないか。君に近付ける相手はアウブ夫妻、私、カルステッド、エルヴィーラ、リヒャルダが吟味していたからな。秘密が多い割に視野が狭く、迂闊で間が抜けている君に近付く危険は最初から排除してある。それに、私にとってのヴェローニカのように明確な敵がいないというのも大きい」

 ……言い方は相変わらずひどいけど……。

 下町との接触を制限され、面会相手は保護者によって決められ、お仕事がいっぱいで神殿と城を行き来しなければならない窮屈で大変だと思っていた自分の環境が、実は危険から遠ざけるために丁寧に整えられていたものであることを知った。目から鱗がボロボロ落ちたというか、わかっていなかった自分にがっかりする。

「……わたくし、自分で思っていた以上に過保護に守られていたのですね」
「製紙、印刷業を興し、神事によって収穫量を増やし、子供達の成績を上げ、ヴィルフリートやシャルロッテの救済を行った君にそれだけの価値があったというだけの話だ。騎士団に造反されたということは、トラオクヴァール様の価値が認められなかったのであろう。だが、そのような周囲の評価はどうでも良い。ユルゲンシュミットの国民にとって重要なのは、これから先の行動だ」

 中央棟に近い木立の中に降り立ちながらフェルディナンドが言った。

「ここで逃げ出すような者を、私は上に立つ者とは認めぬ。その場合はランツェナーヴェにユルゲンシュミットの玉座を明け渡そうとした腑抜けの愚か者で、グルトリスハイトの有無にかかわらずツェント失格だと判断するより他あるまい」

 ……ツェント、頑張って!



「ダンケルフェルガーは順調に中央騎士団を捕らえているそうです。礎を守ることに関してはグルトリスハイトを持つローゼマイン様に任せるとのことでした」
「礎を守るのは王族の役目で、アウブ・アーレンスバッハの仕事ではないと反論しておけ」

 同士討ちになっているところを収めるのは大変なようで、アウブ・ダンケルフェルガーも苦戦しているようだ。特に、敵と味方が判別するのが難しいそうだ。全員を殺すわけにもいかないので、手当たり次第に捕らえているらしい。

 ……手当たり次第ってところがダンケルフェルガーだな。

 ツェントがいる建物の中はダンケルフェルガーと中央騎士団が入り乱れて大変なことになっていると思う。まだ目途が立たないので、こちらへ応援に来るのは難しいそうだ。フェルディナンドはそれを聞いて、苦い顔をしていた。

「お待たせいたしました、フェルディナンド様」

 図書館前で待機していたエックハルト兄様達や合流したシュトラール達が合流してくる。すぐに報告が行われる。エックハルト兄様によると、図書館が見えるところに二人の監視役を置き、図書館へ来る者がいれば連絡が来るようになっているらしい。中央騎士団の動きを探るように言われていたシュトラールは、中央棟にいる騎士団の様子を探っていたようだ。

「各寮へ繋がる扉がある辺りを守っていた中央騎士団の騎士達は、南方からか飛んできたオルドナンツによって講堂へ入っていきました。我々が確認した人数は八名。しかし、講堂の扉が内側から開いたことからも、中にはそれ以上の人数がいることが予想されます」

 最奥の間へ繋がる扉は講堂にある。そこで待ち構えている者がいるということだ。

「中央騎士団が講堂へ入った後、アウブ・ダンケルフェルガーが率いる騎士団が王族の離宮へ繋がる扉をくぐっていきました。こちらの動きを知ることができていると判断するべきでしょう」

 シュトラールはそう言った。手薄になった途端、捕虜を取り返される恐れもあるため、ランツェナーヴェの者がいる離宮からはあまり人数を減らすべきではないそうだ。フェルディナンドはそれに同意する。

「ランツェナーヴェでシュタープを得た者は、シュタープの扱いに慣れていないだけで、ここへ来た騎士の半数よりも魔力量の多い者が多かった。彼等が作った魔術具や武器を使われると脅威だ。決して解放させるな」
「はっ!」

 シュトラールが離宮へ向けて指示を出すためにオルドナンツを飛ばし始める。その時、暗がりの中、中央棟へ向かって飛んだオルドナンツが見えた。

「エックハルト、其方はこれを付けて、こちらを監視している者を探してくれ。こちらの動きはすでにある程度知られているようだが、突入のタイミングや奇襲まで知らされると面倒だ。騎獣ではなく、身体強化で近付け」
「フェルディナンド様、これはアンゲリカの分もありますか? 時間短縮のためにも身体強化のできる者、何人かで当たった方が良いと思われます」

 何やら魔術具を渡されたエックハルト兄様がそう言って、もう一つ魔術具をもらうとアンゲリカと共に木々の間を駆けだす。

「速っ……」
「あの二人ならば手早く密偵を仕留めて戻ってくるであろう。それまでに君は自分のなすべきことを覚えよ」

 フェルディナンドが次々と指示を出して着々と準備を進めているところへ中央棟からオルドナンツが飛んできた。

「トラオクヴァールだ」

 そう名乗ったオルドナンツは、わたしの応援は空しく、少々回りくどい貴族言葉で「グルトリスハイトを得る者がいれば、その者こそが真のツェントだと思っている。新たなツェントの誕生を望む」と三回繰り返した。途中から何やら魔術具を握っていたフェルディナンドの目が半眼になっている。よくよく見てみればその目の色が揺らいでいた。

「ほぅ? つまり、自分はグルトリスハイトを持たぬ偽物のツェントだから礎を守るために戦うつもりはない。ジェルヴァージオでも構わぬ、と……そういう答えか、これは? どう思う、ハイスヒッツェ?」
「は、はっ!……そうですね。私にもそのように聞こえました。グルトリスハイトを手に入れた者がいれば、その者にツェントを譲る、と。それがどのような者であっても……」
「私の解釈に間違いはないようだな……」

 ……怖い。怖いよ、フェルディナンド様。目がヤバいから。何かほんのりと体の周りに靄っぽい物が見えるから。

 フェルディナンドからほんのりと魔力が漏れている。暗い中にいるせいで、フェルディナンドが光っているようにも見えた。周囲の騎士達がゴクリと唾を呑んだのがわかる。ごく軽い物だが、無意識の威圧を受けているのだ。空気が圧力を増していて少し息苦しい。

「フェルディナンド様、落ち着きましょう。ね? 微妙に魔力が漏れて、ちょっぴり威圧状態になっています。フェルディナンド様のお気持ちはわかりますが、グルトリスハイトを持つ者こそがツェントというお言葉は間違っていないと思いますよ。ほとんどの仕事ができないわけですから」

 フェルディナンドがじろりとわたしを睨んだ。目の変化は収まっているが、その内には抑えがたい怒りが渦巻いているのがわかる。

「トラオクヴァール様はグルトリスハイトを手に入れられるならばディートリンデ様でもツェントを譲ろうとしていらっしゃった方ですよ。トラオクヴァール様は御自分とその一族がその後どんなふうに扱われるのか覚悟の上でツェントを譲ろうとしていらっしゃるのですから、一応筋は通っているではありませんか」
「君は馬鹿か? どこまでおめでたい頭をしているのだ?」

 フェルディナンドの怒りの矛先がわたしに向かってきた。どうしよう。失敗したらしい。余計なことを言わずにツェントに対して怒らせておけばよかった。わたし、マジ迂闊。

「自分一人の犠牲で済むことならばまだしも、グルトリスハイトも持たぬ偽物の愚かなツェントの決断によってユルゲンシュミット全体がランツェナーヴェの支配下に置かれるのだぞ。筋が通っているかいないかは全く関係がない。明確なのは、ユルゲンシュミットのツェントとして失格の返事だということだ」

 フェルディナンドはそう言いながら周囲の騎士を見回した。

「自分達に従わぬ者には即死毒を与え、魔石や若い女性貴族をランツェナーヴェに送ろうとした彼等の所業は報告したはずだ。ジェルヴァージオに礎を奪われたらどうなるか、アーレンスバッハにおける行いを聞いても未だわからぬとは言わせぬ。同じことがアーレンスバッハだけではなくユルゲンシュミット全体で行われる可能性が高いというのに、ユルゲンシュミットを守る気がないトラオクヴァール様はツェント失格だ。違うか?」

 この場にいるのはランツェナーヴェの行いを実際にその目で見たアーレンスバッハの騎士達と、騒動を収めるために奔走したわたしの護衛騎士達やダンケルフェルガーの騎士達だ。フェルディナンドの言葉にコクリと頷く。

「グルトリスハイトを授け、ツェントを任命するメスティオノーラの化身はこちらにいる。ジェルヴァージオを排したところで、新しいツェントは誕生するのだ。それにもかかわらず、其方等はユルゲンシュミット全体でアーレンスバッハの悲劇を繰り返すことを望むのか?」
「否!」
「ジェルヴァージオはユルゲンシュミットのツェントに相応しいと思うか?」
「否!」
「トラオクヴァールの判断を尊び、ユルゲンシュミットに危険と混乱をもたらすことを望むのか?」
「否!」
「ならば、トラオクヴァール様の返答は無視し、グルトリスハイトの有無に構わずジェルヴァージオは排除する」
「応!」



 こちらを見張っていた中央騎士団の騎士を仕留めた、とエックハルト兄様が戻ってくると同時に、講堂へ向かう。斥候も立てたが、シュトラールから報告があったように各寮へ繋がっている扉が並ぶ辺りには人影もない。

 そう思っていたら、少し向こうから足音が近付いてきた。武器を構えて警戒している護衛騎士達に周囲を守られたアナスタージウスがやってくる。予想以上に早くて驚いているわたしと違って、フェルディナンドは「音を立てるな」と騎士には通じる合図を送った。

 アナスタージウスが講堂とわたし達を見比べて眉をひそめる。

「直ちに最奥の前へ来るように、というオルドナンツを飛ばしておきながら、講堂前でなにをしているのだ?」
「この中の敵を排除しなければ最奥の間へ到達することもできません。攻撃が終わるまでお待ちください」
「フェルディナンド、其方は何をどこまで知って……、誰だ?」

 フェルディナンドの隣に立っていたわたしをまじまじと見て、アナスタージウスが首を傾げる。

「お久し振りですね、アナスタージウス王子。ローゼマインです」
「ロ、……」

 黙れと言われていたことを思い出したのか、アナスタージウスは咄嗟に自分の口を塞いだ。頭を何度か横に振った後、ガクリと項垂れた。

「兄上とヒルデブラントが信じられないくらいに成長したと言っていたが、まさかこれほど成長しているとは……」
「ローゼマインの成長は今の戦いに関係がありません。後にしてください」

 フェルディナンドがそう言いながら武器を構えて、手を挙げた。わたし達からは見えないけれど、シュトラール達が動き出したはずだ。数秒後、講堂の中でいくつもの爆発音がして、奇襲に騎士達が騒ぐ声がし始めた。

「止めろ。何をしている!?」
「別動隊がハルトムートの作成した魔術具を最も高い窓から投げ込んでいるのです」
「貴族院への攻撃はツェントへの攻撃と同意だぞ! 其方等は反逆罪に問われたいのか!?」

 アナスタージウスの激昂に、フェルディナンドは涼しい顔で「問題ありません」と言って、録音の魔術具を出した。

「騎士団を率いて、ユルゲンシュミットの礎を守るために戦えという内容のオルドナンツを飛ばした結果、グルトリスハイトを手に入れた者が真のツェントだと異邦人に譲る覚悟をした返事が来ました。これが証拠です」

 魔術具から先程ツェントが送ってきたオルドナンツの言葉が流れる。新しいツェントを望む、という意味合いの言葉にアナスタージウスが顔色を失った。

「アナスタージウス王子、今のユルゲンシュミットには礎を守るツェントがいないのです。反逆罪や不敬罪になりようがありません」

 フェルディナンドの態度があまりにも悪いので、わたしは急いでフェルディナンドとアナスタージウスの間に立った。

「フェルディナンド様は自分の責任を果たさない怠惰な無能がお嫌いなので、ツェントのお返事にものすごく怒っていらっしゃるのですけれど、わたくしは、トラオクヴァール様のことを筋の通った方だと思っています」

 アナスタージウスが胡散臭いものを見る目でわたしを見た。何を言い出す気かと警戒しているのがわかる。わたしはニコリと微笑んだ。

「御自分とその一族が王族でなくなった後、どのように扱われるのか覚悟の上でツェントを譲ろうとしていらっしゃるのですもの」

 目を剥いてわたしを見るアナスタージウスに向かって更に畳みかける。

「アナスタージウス王子は、礎を守るために行動するわたくし達を反逆罪に問われるとおっしゃいました。つまり、ツェントのお言葉を受け入れるということでしょう? アーレンスバッハで彼等は自分達に従わぬ者には即死毒を与え、魔石や若い女性貴族をランツェナーヴェに送ろうとしたのですけれど、それがユルゲンシュミット全体で行われるのです」

 ツェントの覚悟の結果によってはエグランティーヌ様も大変な目に遭いますよね? と微笑むと、アナスタージウスが顔を引きつらせた。

「ローゼマイン、其方は……」
「ローゼマイン、無駄口を叩く前に盾を張れ」

 アナスタージウスとの会話を無駄口だと言い切ると、フェルディナンドは武器を構える騎士達を見回し、一度挙げた手を素早く下ろした。扉が開け放たれて騎士達が飛び込んでいく。わたしは何か言いたそうなアナスタージウスを無視して、即座にシュツェーリアの盾を張って自分の護衛騎士達と入って安全を確保する。

「あ、アナスタージウス王子はツェントのお言葉を受け入れるのでしたら、反逆罪に問われないように御自分の離宮へ戻った方がよろしいですよ。……それとも、エグランティーヌ様を守るために異国の者を排除し、わたくし達とご一緒します? フェルディナンド様によると、わたくし、新しいツェントを任命できるメスティオノーラの化身なのですって」
グルトリスハイトの重要性を最も知っているトラオクヴァール。
国を守る気もない王の命令で今の状況になっていることにマジ怒りのフェルディナンド。
自分からはメスティオノーラの化身だと名乗りたくはないローゼマイン。

次の更新は、12/16です。
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