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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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協力者

 オルドナンツが三回アウブ・ダンケルフェルガーの言葉を繰り返しているうちに、あちらの建物からは騎獣が次々と飛び出し始める。素早い動きや統率力は素晴らしいが、こちらは完全に放置である。ひくっと頬を引きつらせたフェルディナンドはまだ喋っているオルドナンツを放置して、急いで新しいオルドナンツを形作った。

「アウブ・ダンケルフェルガー、王宮へ向かう前にそちらの状況の報告をお願いします。お急ぎでしたら報告と連絡のために一班分の騎士を残してください」

 途中で放り出していくな、とフェルディナンドが文句を言いつつオルドナンツを飛ばすと、離宮から駆け出していた騎獣の団体からほんの一部が空中で止まり、舞い戻るようにして再び離宮へ入っていった。

「ユストクスと二班、三班の者はアーレンスバッハの者達の尋問を、ハルトムートと四班、五班の者はランツェナーヴェの者達の尋問を行え。アーレンスバッハから貴族院へ移動してからの行動と、今現在ここにいないジェルヴァージオについてできるだけ多くの情報が欲しい。時間がないことを念頭に置き、手早く行うように」
「はっ!」

 軽く手を振ると、騎士達が捕虜達を動かし始めた。そこに背を向けて、フェルディナンドは残りの騎士達に視線を向ける。

「六班はアルステーデを連れて、あちらの建物に移動だ。七班、八班はダンケルフェルガーが残した探索の続きを行う。ローゼマインとその護衛騎士はこちらへ同行せよ」

 尋問と探索についての分担を指示すると、フェルディナンドはわたしを騎獣に同乗させてダンケルフェルガーの騎士達のところへ向かい始めた。六班の騎士の一人に宙吊りにされながら一人だけ運ばれるアルステーデが悲鳴を上げている。宙吊りは怖い。わたしはちょっとだけアルステーデに同情しつつ、フェルディナンドに尋ねた。

「フェルディナンド様、どうしてアルステーデだけを連れていくのですか? 可哀想になるくらい怖がってますけれど……」
「強者に従うことに慣れているため捕虜の中で最も情報を得やすいと判断したこと、人知れずアウブになっていたことから考えてもディートリンデと同程度の情報を持っていることから私が事情を聴くのに最も適していると判断したからだ」

 ディートリンデではまともな情報が得られないし、ブラージウスはのらりくらりと言い逃れをしそうだが、アルステーデは他者に従うことに慣れているので扱いやすいらしい。

 ……何それ、怖い。

「そこで宙吊りになっている愚か者が境界門を開けなければランツェナーヴェの船が入れなかったことを考えると、彼女こそが全ての元凶と言える。ランツェナーヴェの者達を引き入れ、何人もの貴族が死に、レティーツィアが心に深い傷を負った。宙吊りなど何の罰にもならぬ。アルステーデはどれほど危険で愚かなことかわかっていながら抗えずにディートリンデやゲオルギーネの無茶な要求に従うのだ。知っている情報を全て吐き出せという私の要望に従うくらいは簡単であろう。」



 バルコニーに放り出されたアルステーデは恐怖で歯の根も合わない状態になっていた。アルステーデが口を利けるようになるまでの間に、フェルディナンドはダンケルフェルガーの報告を聞くことにしたようだ。この離宮に残されたのはハイスヒッツェと他九名の騎士が集まってくる。

「一斉に全員が飛び立つとはダンケルフェルガーは一体何を考えているのだ?」
「ダンケルフェルガーの第一目的は王族の救助と貴族院の守り。ツェントからの救援要請ですから仕方がありません」

 ハイスヒッツェはキリッとした顔で言っているが、いきなり完全に手を離されるのは困る。フェルディナンドはハイスヒッツェからどの辺りまで探索が住んでいるのか尋ねながら離宮の中へ入り、連れてきたアーレンスバッハの騎士達に地階を中心に探索を行うように命じた。

「そういえば、彼等の部屋にはよくわからぬ道具がたくさんありました。こちらに集めています」

 ハイスヒッツェに案内された部屋には、見たことがない道具がたくさん持ち込まれていた。即死毒などが入っているはずなので不用意に触るな、と注意されつつわたしはぐるりと見回す。

「これらの道具は後で文官棟にでも運び込むとしよう。ランツェナーヴェの者達が貴族院へ持ち込んだ物を私がアーレンスバッハへ持ち帰り、独占するのは他領からの風当たりが強くなる可能性が高くなるからな」

 見知らぬ道具を手放すなんてマッドサイエンティストが珍しいと思った直後、「これらの道具の研究を餌にいくつの領地が釣れるか……」という悪魔のような呟きが聞こえたような気がした。聞かなかったことにしたいけれど、確かに政治的な取引に使いたいと聞こえた。

 かなりきちんと整えられていたらしい離宮の中を歩く。政変の後、たくさん処刑される者がいた頃に閉鎖されたのであれば、もう十年くらい昔に閉められたはずだ。それなのに、布製品や家具がずいぶんと綺麗だ。ランツェナーヴェの姫は受け入れないとツェントが決めたはずなのに、ここまで整えられているなんて不思議だ。

「この離宮はまるで新しい住人が入るために整えられたように見えますけれど、どなたが準備したのでしょうね?」
「誰が準備した物でもよい。それより、気になることが多々ある。アウブ・ダンケルフェルガーのオルドナンツでは情報が全く足りぬ。王宮で一体何が起こったのだ、ハイスヒッツェ?」

 フェルディナンドは報告に来る騎士達に次々と指示を出しながら、ハイスヒッツェに尋ねる。ハイスヒッツェは騎士らしくビシッと姿勢を整えて報告を始めた。

「王宮に詰めているダンケルフェルガー出身の中央騎士団の者からルーフェンに連絡が入ったそうです。王族の護衛の交代時に突然切りかかってきた騎士が複数人いたようで、完全な不意打ちの上、敵と味方の区別がつかない混戦状態に陥っているそうです」

 ツェントは隠し部屋のように魔力的に切り離された場所に避難していて、王族が守られている部屋の外で中央騎士団が同士討ちをしている状態らしい。

「なるほど。それで確実に見分けのつく青いマントのダンケルフェルガーに救援を依頼したということか。だが、王宮は元々暗殺防止のために許可を得た者しか入れぬようになっているはずだが、ツェントは本気でダンケルフェルガーの騎士を受け入れるつもりか?」

 他領の騎士を受け入れるためには王宮全体の警戒レベルを下げることになる。

「あの、扇動者が誰かを引き入れることを目的にしているならば、うってつけの状況になると思うのですけれど……」
「ダンケルフェルガーがあれだけ騒いでいたのだ。ランツェナーヴェの者達と共にいた中央騎士団長一派に気付かれぬはずがない。自分達が貴族院で思うままに動くのに邪魔なダンケルフェルガーの騎士をまとめて片付けるのが最良だと考えたのではないか? 王宮に引き入れて即死毒を何度か使えば、かなりの数を減らせるぞ」

 いくら対策を練っているとはいえ、口元を布で覆い、ユレーヴェで手当てをするくらいしかできない。個人が持ってきているユレーヴェの量などたかが知れている。何度も使われたら大変な痛手になるだろう。そんなダンケルフェルガーに対して、敵側は中和や解毒の薬を持っている。

「アウブ・ダンケルフェルガーに注意を……」
「もちろん私から注意を促しますが、アウブが止まることはないでしょう」

 わたしがハイスヒッツェを見ると、ハイスヒッツェは少し考え込んで首を横に振った。

「さもありなん。注意しても全員が突っ込んでくるのだ。罠を張る方にとっては実に簡単であろう。おとなしく罠にかかってくれるとは限らぬが」

 ……あぁ、わかる。アウブ・ダンケルフェルガーは真正面から突っ込んで罠にかかっても、力技で罠を破壊して何事もなかった顔で戦ってそうだもん。

「こちらの探索を完全に終えたら合流しましょう。色々な手段を思いつかれるフェルディナンド様がいらっしゃると王族も心強いでしょう」

 ハイスヒッツェは少々暑苦しさの残る爽やかな笑顔でそう言ったけれど、フェルディナンドは「王族が倒れていてくれたら面倒がない」と言っていた人である。王族が心強く思えるとは思えない。フェルディナンドがどさくさ紛れに色々と暗躍しそうに思えて、わたしはどちらかというと不安になる。

「救援要請はダンケルフェルガーに向けてされたことだ。アーレンスバッハに向けて要請がない限り、勝手な真似はできぬ。だから、アウブ・ダンケルフェルガーはローゼマインに号令を出してほしいと言ってきたのではないか」

 勝手に助けに行けるのであれば、不穏な空気が見えた時点でアウブ・ダンケルフェルガーが突っ込んでいただろう。要請があったという建前が大事なのだ。

「それに、アーレンスバッハは外患誘致の罪に問われている領地だ。我々が向かったところで本当に味方なのか、と受け入れる王族の方が困るであろう」
「ローゼマイン様とフェルディナンド様がいらっしゃるのに、受け入れないはずがございません」

 ハイスヒッツェは断言したけれど、王族がアーレンスバッハの騎士達を簡単に受け入れるとは思えない。受け入れたら問題だと思う。「もっと疑え、この馬鹿者!」とフェルディナンドにハリセンで叩かれるくらい馬鹿なことだとわたしでもわかる。

「救援要請がないままダンケルフェルガーに合流するよりは、姿の見えないジェルヴァージオを探す方が先だと思います」

 暴走したディートリンデやランツェナーヴェを捕らえるのはアウブ・アーレンスバッハの仕事の内だと思うけれど、中央騎士団の同士討ちはわたしが手を出さなければならないことではない。エーレンフェストの騎士団が同士討ちを始めたところで王族が助けてくれるとは思えないので、こういう時はお互い様とも思えないからだ。エーレンフェストのことはエーレンフェストで何とかしろと言われたこともあるし、中央騎士団のことは中央が何とかすれば良い。

「ハイスヒッツェ、わたくしはダンケルフェルガーの強さを信じております。頼りになるダンケルフェルガーの騎士達が助けに向かった王族よりも、連絡が取れないソランジュ先生の方がよほど気になります。わたくしは少し明るくなったら図書館の様子を見に行きたいです」
「わかった。こちらの処理が終わったら図書館へ向かおう。先にアルステーデの話を聞かねばならぬ」

 フェルディナンドが軽く手を振ると、部屋の隅に転がされていたアルステーデが騎士達によって引きずってこられた。

「ローゼマイン、君は文官として書き留めろ。いくらでも書き込める便利な道具を持っているであろう?」

 紙はもったいないので、グルトリスハイトにスティロで書き込めとフェルディナンドは言った。何だかフェルディナンドはずいぶんと便利にメスティオノーラの書を使っている気がする。



 最初はゲオルギーネに命じられていると黙秘していたアルステーデだったが、その死を知らされ、王命に反して礎を染めたところから始まって一つ一つ罪を数え上げられ、洗礼前の幼い娘の救済を取引材料に出され、次々と心を折られていった結果、アルステーデはおとなしく話し始めた。

「この離宮の鍵を持っているのは中央騎士団の騎士団長ラオブルート様で、ランツェナーヴェの館と離宮間の行き来は去年の秋が初めてでした」

 先代のアウブ・アーレンスバッハのお葬式の時にラオブルートは転移陣で行き来できることを告げたらしく、礎を染めたアルステーデは転移陣のある扉を開けるためにランツェナーヴェの館へ行くようにディートリンデやゲオルギーネに言われたことが何度かあったらしい。

「ラオブルートが離宮の鍵を持っているなんておかしくないですか? 離宮の鍵は王族が管理している者だと思うのですけれど……」
「正面玄関の鍵は王族が管理しているであろう。だが、側仕えが持つ裏口の鍵を誰が持っているのかはわからぬ。君の図書館もラザファムが出入りするための鍵を持っているであろう?」

 ゲオルギーネが立てた計画通りにレティーツィアがフェルディナンドへ毒を放ち、ディートリンデが死亡を確認したことで全てが動き始めたそうだ。ゲオルギーネはエーレンフェストへ向かい、ディートリンデがグルトリスハイトを得るため、そして、ランツェナーヴェの王族がシュタープを得るために離宮へ移動した。

「事前にわたくしはお母様とディートリンデに頼まれて、シュタープを得たいと願うランツェナーヴェの王族をアーレンスバッハの貴族として登録していました」

 離宮へ移動するとラオブルートが迎えてくれたらしい。そして、ディートリンデがグルトリスハイトを得るまで、また、ランツェナーヴェの者達がシュタープをきちんと取り込むまでの数日間を過ごすことになる離宮を案内してくれたそうだ。

 結婚前の男女が同じ建物にいることは外聞上よくないと言い張って、ディートリンデはレオンツィオと離れた部屋を希望したけれど、常に一緒にいたので外聞も何もあったものではない状態だったそうだ。

「各自が部屋を確認した後、シュタープを取るために最奥の間へ向かおうとしました。わたくしはアウブとして扉を開ける役目を負っていました」

 けれど、それはできなかったそうだ。ラオブルートが先行して扉の外の様子を窺ったところ、ジギスヴァルト王子が自分の側近を連れて回廊を歩いていたらしい。彼が祠回りをするのであれば、ランツェナーヴェの者達が見つかる可能性は高い、とその日は取り止めになったらしい。

 ……それって養父様との話し合いでジギスヴァルト王子がエーレンフェストのお茶会室へ行った時の話じゃない?

 その夜、ラオブルートは王族から「緊急事態」だと呼び出された。
 離宮にいるアルステーデ達に詳細が知らされたのは次の日だった。フェルディナンドの側近が貴族院へ移動してアウブ・エーレンフェストにフェルディナンドを助けてほしいと訴えたことやディートリンデやランツェナーヴェの者達が不穏な動きをしていることを告げたそうだ。

 アーレンスバッハからの襲撃があるかもしれない、と中央棟の扉付近とアーレンスバッハの寮の周囲には中央騎士団が大量に待ち構えていたらしい。けれど、全く動きが見えないまま、時間だけが過ぎていく。

「わたくし達は騎士団の警戒が薄れるまで回復薬の作成をしていました。何かに巻き込まれても必要だから、と。ランツェナーヴェの者達は騎士団の鎧の作り方を練習していました」

 魔石の扱いは慣れているようで、ランツェナーヴェの者達が鎧を作るのはそれほど苦労しなかったらしい。他にも魔石でできることや戦うための道具の確認などをしていたそうだ。

 ……深夜の奇襲でほとんど役に立たなかったみたいだけどね。

 王族も隠し部屋のような避難場所に隠れている完全警戒態勢でいつまでも続けられるわけもない。次第に見張りの騎士の数は減り、ラオブルート一派だけが貴族院の警戒に当たるようになり、ようやく動けるようになった。

「シュタープを得るために最奥の間の扉を開けようとしましたが、わたくしでは開けられませんでした。ツェントの承認を得ていなかったからでしょう」

 ……その時にはわたしが礎を染め変えて、アウブの資格を失っていたからじゃないかな?

 同じことを考えたのか、フンとフェルディナンドが馬鹿にするように鼻を鳴らし、先を促した。

「けれど、それほど困りませんでした。わたくしが開けられなかった時のためにラオブルート様は先に手を打っていました。中央神殿から神殿長と青色神官がやってくることになっていたのです」

 祈念式に必要だから最奥の間を開けるように、という要請が中央神殿から毎年あるようで、その時期にランツェナーヴェの者達の来訪を合わせるように予め言われていたそうだ。当日はアナスタージウス王子とヒルデブラント王子が中央神殿の神殿長イマヌエルや青色神官達を連れてやって来たらしい。

「神殿長? 神官長ではなく?」
「最近神殿長に就任したそうです。ブラージウス様は同行しましたが、わたくしは離宮にいたので詳しくは存じません」

 自分は役に立たないのでアルステーデはもう帰りたかったけれど、ランツェナーヴェの者達にシュタープを与えて、これから先のランツェナーヴェと上手く付き合うことはアウブとして必要だから、と我慢していたそうだ。

 中央神殿の者達がやってくる日、ランツェナーヴェの者達は練習した通りに魔石で鎧を作り、ラオブルートが持ち込んだ黒い布をマントにして中央騎士団の振りをしながら最奥の間へ同行したらしい。

「神官達が小聖杯や神具を並べているのをしばらく見ていたアナスタージウス王子は貴族院の他の場所も確認してくると、騎士団の一部を連れて出ていったそうです」

 アナスタージウス王子にはツェントが普段通りの生活に戻しても問題ないのか貴族院を確認する役目もあったそうだ。図書館も見回りの範囲に入っていたらしい。

「アナスタージウス王子が出ていった後、ヒルデブラント王子によってシュタープを得るための扉が開かれた、と聞いています」

飛び去って行ったダンケルフェルガー。
離宮内にはランツェナーヴェの道具がたくさん。
そんな場合ではないので我慢しているが、実は色々と触ってみたいフェルディナンド。
アルステーデから見た数日間のお話。

次は、アルステーデのお話の続きです。
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