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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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健康診断と聖典作り

「レオンツィオ以外にもランツェナーヴェの王族がいるならば急いだ方が良さそうだ。工房へ向かうぞ、ローゼマイン」
「え? 今日はこれから皆の報告を聞くのでは……?」
「後回しに決まっている。我々への報告はユストクスとハルトムートにするように皆へ伝えてくれ」

 夕食の準備ができるまでの時間、わたしはフェルディナンドに与えられている工房へ籠ることになった。西の離れに与えられたフェルディナンドの部屋はランツェナーヴェに荒らされてめちゃくちゃのままだ。あちらこちらに傷がついていて、破壊された物が散らばっている。部屋の中を見回して、わたしは顔をしかめた。

「ひどい有様ですね」
「残っている荷物を客室に運び出させただけだからな」
「フェルディナンド様が別室で休めるように無事だった荷物はゼルギウスによってすでに移動させられていますし、エーレンフェストから持ち込んだ荷物もそちらの部屋に入れて整えています。これほど急ぎで工房を使うとは思っていませんでした」

 エーレンフェストから転移で届いた荷物の内、図書室の工房から持ち出した素材の入った木箱をワゴンに載せて運びながらユストクスが仕方なさそうに肩を竦める。わたしの後ろを歩いていたコルネリウス兄様が声を上げる。

「お待ちください、フェルディナンド様! ローゼマイン様とお二人で隠し部屋に籠られるおつもりですか? いくら何でも二人というのは賛同できません。せめて、護衛騎士か調合を手伝う文官を同席させてください」
「入りたい者は好きに入れば良かろう。時間がなく、急いでいるのだ。邪魔はするな」

 フェルディナンドはユストクスからワゴンを受け取り、さっさと隠し部屋に入っていく。エックハルト兄様は隠し部屋の前で足を止めて、その場で護衛をするように立ち、「さっさと入れ」と言わんばかりに顎をしゃくった。わたしはコクリと頷きながら隠し部屋へ入る。

 ……フェルディナンド様の隠し部屋って、魔力量で制限があったと思うんだけど。

 神殿の隠し部屋がそうだったのだ。警戒することが多いアーレンスバッハの隠し部屋に同じような制限を設けていないとは思えない。わたしは隠し部屋に入った後、コルネリウス兄様達護衛騎士が入ってくるのを待った。やはり、誰も入ってこない。

「……フェルディナンド様、コルネリウス兄様が弾かれたようですけれど?」
「さもありなん」

 そう言っているうちにも隠し部屋の外から連絡を入れるための魔術具がピカピカと光って、コルネリウス兄様の声が響いた。

「フェルディナンド様、すぐに制限解除してください!」
「断る。ここに入れるように其方等が魔力を上げろ。エックハルト、あまり騒ぐならば縛り上げておけ。夕食まで呼ぶな」

 フェルディナンドは外の声を伝える魔術具に向かってそう言って会話を打ち切ると、わたしに向き直った。

「ローゼマイン、こちらに来なさい。うるさい者がいない内に診察しておきたい。君の現状を把握することは何よりも重要だ」

 結構ひどいことをあっさりと言いながら、フェルディナンドはわたしの額や手首に触れていつも通りの健康診断を始めた。色々と確認しながらフェルディナンドは「ずいぶんと取り繕うのが上手くなっているではないか」と不満そうに呟く。

「あら、とても貴族らしくなった、と褒められるところではございませんか?」

 取り繕うのが上手くなって文句を言われるのは心外だと唇を尖らせると、フェルディナンドに軽く頬をつねられ「上出来だ」と睨まれた。

「全く褒められている気がしないのですけれど……」
「私の予想以上に魔力が不安定だ。祈りの際の魔力の奔流もこの不安定さが原因ではないのか? 死者の弔いや兵士の癒しに街から飛び出すような規模の祈りは必要なかろう」
「敵も味方も含めて死者を悼む祈りを捧げただけですし、兵士達への癒しは目を閉じていたので適量がわからなかっただけなのです」

 わたしの言葉にフェルディナンドが「敵を弔う必要があるか?」と嫌そうな顔でわたしを見た。

「……ユルゲンシュミットにそういう常識がなくても、わたくしはそうしたかったのです」
「あちらの習慣か……」

 さすがフェルディナンドだ。話が早い。

「聖女らしい行いが悪いとは言わぬが、魔力の量は気を付けなさい。魔力を持たない平民への癒しは過剰になると、逆に悪い影響を及ぼす。目を閉じての癒しは止めるように」
「……そんなにひどい量でしたか?」
「街全体に広がりそうな量だった」

 エーレンフェストで戦った人全てを癒したいと思ったせいかもしれないが、確かに周囲から見ていれば過剰だったかもしれない。

「今の君は膨れ上がった魔力を魔石で吸い出すこともできぬのだから、祈りで放出した方が安全ではあるが……」

 ユレーヴェによって魔力の塊が消えている上に体が成長しているせいで、魔力が不安定になった時の周囲への危険は増大しているそうだ。フェルディナンドは眉間に皺を刻んだ難しい顔でわたしをじっと覗き込む。

「不眠、食欲不振、魔石に恐怖を覚える……。その他に何か自覚症状はあるか?」
「それ以上の自覚症状は特にありません。魔石が怖いのは何とかできれば、と思っていますけれど……」

 フェルディナンドは厳しい顔をしたまま、どのような魔石が怖いのか、どのような状況で一番恐怖を感じるのか、シュタープは平気そうだが他に使える魔術具はあるのか、など次々と質問をする。

「全く加工されていない原石が一番怖いです。後はオルドナンツですね。生き物の形から魔石になるのを見ると、あの時の戦いの様子が一気に頭に流れる感じになって……」
「ふむ。シュタープは魔石に見えぬから平気なのか。そういえば、フリュートレーネの杖を使った時も目を閉じていたな。シュタープを変化させた物でも、魔石がついているのは嫌か?」
「……頭で思い描く過程でちょっと気持ち悪かったので、見ないようにしました」
「だが、視界に入らなければ魔術具を使うことはできるようだな。こちらはどうだ?」

 木の実を渡され、わたしは首を傾げる。手のひらの上で転がる木の実はシャルラウプではないだろうか。

「素材そのものは問題ないな。これに魔力を込めてみなさい。元の素材がわかっていれば触れることができるのかどうか確認したい」

 自分で魔石を作れと言われたことに手が震え始める。フェルディナンドがわたしの手を取って、長椅子に座るように促した。わたしはシャルラウプの実を握ると、久し振りに硬い座面の長椅子に腰を下ろす。手の中にある実が妙な存在感を主張している気がした。

「あの、フェルディナンド様。わたくし……」

 フェルディナンドがわたしの隣に座って「無理だと思えばシャルラウプの実を放り出すなり、目を閉じるなりしても構わぬ」と言いながら励ますように肩を叩く。成長したせいで以前よりずっと近い位置に顔がある。フェルディナンドの薄い金色の目が心配そうにわたしを見ていた。

「何だかずいぶんと優しいですね。昔だったら、早くしなさいって怒ってるんじゃないですか?」

 わたしが体調を崩したり、不眠が続いたりしても必要なことだと判断すれば、鬼のようにやらせていたフェルディナンドとは思えない。わたしが素直な感想を漏らすと、「厳しい方が好みか?」と睨まれた。滅相もない。

「私は君がただでさえ血や命の喪失に弱いことを知っていながら、中央突破を選択し、ゲルラッハの騎士団を救うことを優先した。その結果がこれだ。魔石に恐怖を覚えるという貴族としては致命的な弱点を背負うことになった。……私が少々対応を甘くしたくらいで君が回復するならば良いが、そう簡単なことではなかろう?」

 フェルディナンドが躊躇いがちにわたしの頭を撫でる。不器用な手つきに少しだけ肩の力が抜けた。

「君が共に行動する決意をしたから、そして、広範囲に癒しの魔術をかけられる君が中央突破して合流できたから、ゲルラッハの騎士団は救われた。それは忘れぬように」
「……はい」

 魔力を込めていくと、シャルラウプの実が黄色の魔石へ変化し始めた。どうしても体が硬くなってくる。

「魔木の実だ、ローゼマイン。これはシャルラウプの実だ。怖い物ではない」

 フェルディナンドがそう声をかけてくれたが、自分の目に映るのは魔石だ。素材を魔石に変化させることはできたけれど、魔石を握っている状況が怖くて、わたしはそのまま魔力を叩きつけるように流した。シャルラウプの実はあっという間に金粉化した。

「き、金粉は作れるみたいなので、ゲルラッハの館の修理用に養父様へ渡すことができそうですね」
「隠し部屋の中でそのような下手くそな作り笑いをする必要はない。怖い思いをさせて悪かったが、ひとまず確認したいことは確認できた。君は私の準備が終わるまで薬を飲んで休んでいなさい」

 立ち上がったフェルディナンドは戸棚にあった薬を量ってわたしに渡すと、ごそごそと何やら取り出したり、並べたり、調合の準備を始めた。時間がないとコルネリウス兄様に言っていたのは間違いないようで、その手には全く躊躇いがない。
 紙の束を取り出すフェルディナンドを見ながら、わたしは手渡された薬の匂いを嗅ぐ。普段飲んでいる回復薬とはまた違う匂いがした。

「何の薬ですか、これ?」
「食べたくなくても食べなければならぬ時に重宝する薬だ。この後、アーレンスバッハの食事には手をつけないわけにはいかぬであろう? 飲んでおきなさい」

 香辛料がふんだんに使われているアーレンスバッハの料理を今の体調で食べるのは辛そうだ。二日間寝込んだ後に出された「体に良い料理」を思い出し、わたしは素直に薬を飲むことにした。

「ディートリンデ様は今どこにいらっしゃるのでしょう? 寮にも入れないし、ランツェナーヴェの館へ戻ることもできないのですよね?」
「……ランツェナーヴェの館には離宮へ向かう姫と、王となる子供が使う転移陣がある。ランツェナーヴェの館で転移陣を使ったならば、アダルジーザの離宮に滞在しているのではないか? あの離宮は貴族院にある。グルトリスハイトを手に入れるにはうってつけだ」

 アダルジーザを受け入れた当時のツェントが、自分達の住居がある中央の土地に住まいを準備したがらなかったらしい。

「どうしてフェルディナンド様はそんなことをご存じなのですか?」
「勝手に流れ込んできたのだ。君の聖典にそれらの記述がないならば良い。知る必要などないからな」

 どうやらメスティオノーラの書を得る時に流れ込んできた知識らしい。わたしは自分のメスティオノーラの書を確認してみる。アダルジーザ関係の記述は全くと言っても過言ではないくらい見当たらなかった。

「ここに君の知識を書き込んでいきたいと思っている」

 フェルディナンドが長椅子の前に低いテーブルを移動させ、大量の紙をドサドサと置いた。わたしが送った魔紙にはたくさんのことが書きこまれている。これから本を作るということを考えると、少し心が浮き立ってきた。

「グルトリスハイト」

 フェルディナンドはわたしの隣に座って自分のメスティオノーラの書を出すと、バッと開いた。大きな本が開かれたので、わたしは隣に身を乗り出すようにして覗き込む。文字が浮かんできた。けれど、あちらこちらが穴あき状態だ。

「ローゼマイン、君のメスティオノーラの書からこの部分の記述を探してくれ」

 フェルディナンドに穴あき部分を指差して「国境門についての記述」を探せと言われた。わたしは自分のメスティオノーラの書を出して検索する。その間にフェルディナンドはテーブルに手を伸ばして数枚の紙に目を通し、穴あきの記述がある一枚を手に取る。

「これですね」

 わたしのメスティオノーラの書に出てきた記述とフェルディナンドの開いたメスティオノーラの書を見比べながら、間違いがないことを確認した。フェルディナンドがわたしのメスティオノーラの書を見ながら、手に取った魔紙にある記述の穴を埋めるように書き写していく。書き写す手は早いけれど、これを全て書くのは大変だろう。

「フェルディナンド様、コピペでこの魔紙に写すのはいかがでしょう? 全部書き写すのは大変でしょう?」
「……時間短縮ができるのは助かるが、できるのか?」
「ふふん、見ていてくださいませ」

 わたしは自分のメスティオノーラの書に指先を当てて、始点と終点を指定する。

「コピーシテペッタン!」
「ローゼマイン、文字の大きさが合っていない」
「あ、あれ?」

 わたしはこれまで、すでに何か書かれているところに空白を埋める形でコピペしたことがない。文字を写すにちょうどよいピッタリな大きさでペッタンすることができなかった。

「ふ、不揃いですけれど読めますよ?」
「美しくない」
「……ですよね? わたくしもさすがにそう思いました」

 いきなり文字の大きさが変わるのだから、見た目は美しくないし、正直なところ読みにくいとわたしも思う。

「非常に美しくないが、この部分は文字のみだから文字の大きさが違っても何とか読める。だが、魔法陣は大きさが合わなければ繋がらずに完成しない。それでは困る。君の新しい魔術は使えぬ」
「ちょ、ちょっと待ってください。拡大とか縮小ができないか、挑戦してみますから」
「時間がないと言ったではないか。自分で書く方が早い」

 フェルディナンドはあっさりとコピペに見切りをつけた。

「結構役に立つはずなのですよ。そんな簡単に切り捨てないでくださいませ」
「別に切り捨ててはいない。後々研究すれば良かろう。今は時間がないと言っているのだ」
「わたくし、時間短縮のために開発したのですよ!」

 ここで役に立たなければ悲しすぎるではないか。いかに役に立つのか主張すると、フェルディナンドが面倒くさそうに自分のメスティオノーラの書をわたしに向けた。

「ならば、君の聖典の内容を私の聖典に写すことができるかどうか、挑戦してみなさい。君に一々見せてもらうのは面倒なので、それができると非常に助かる。だが、できなければ今回は諦めるように」
「わかりました。やってみましょう。コピーシテペッタン!」

 わたしはフェルディナンドの聖典にコピペした。先程の空白が埋まるようにペッタンしてみる。すぅっと魔力が文字と共に吸いこまれていった。

「できた! できましたよ、フェルディナンド様! 文字の大きさも完璧で、完全に知識が埋まった感じですね」

 これで役に立てるんじゃない? とわたしが期待を込めてフェルディナンドを見ると、フェルディナンドが何か考え込むように腕を組んで険しい顔をしていた。

「便利は便利だが……」
「何か問題がありますか?」

 フェルディナンドが少し考え込んだ後、ゆっくりと立ち上がって、試験管のような筒を二本持ってきた。

「非常に便利で時間短縮になって合理的だとは思うが……とりあえずこれとこれを飲んでからにしてくれないか?」
「何ですか、これ?」
「今までに飲んだことがあるのだ。飲めばわかるであろう」

 よくわからないまま飲んでみる。最初に飲んだのは回復薬に比べると甘くて飲みやすかったけれど、今までに飲んだことがない味だった。正直なところ、よくわからない。けれど、二本目はわかった。魔力が枯渇した時に応急手当として飲ませてもらった薬だ。

「一本目はよくわかりませんでしたが、二本目はいつ飲んだ薬かわかりましたよ。でも、わたくし、今は魔力が足りているのですけれど……」
「よくわからなかった? そうか。まぁ、良い。今から示す部分を全て埋めなさい」

 フェルディナンドは軽く頭を振って気合いを入れるように、ふぅと一度大きく息を吐くと、気を取り直したようにページを捲った。わたしはそれを見て、検索して内容をコピペする。その繰り返しだ。

「……フェルディナンド様、何だか体調が悪そうですけれど大丈夫ですか?」

 示されるままにコピペをしつつ、わたしは隣に座っているフェルディナンドの様子を窺う。何だか頭を抱えていたり、二の腕を擦っていたり、フェルディナンドの様子がおかしい。

「私のことは気にしなくてよろしい」
「気になりますよ! どう見ても様子が変ですもの。……あ! あの毒を受けてから碌に休んでいないでしょう? 聖典作りよりも休息を優先した方が……」
「コルネリウスがあの調子だ。次は隠し部屋に入れない可能性もある。業務用に必要な部分だけでも写し終わっていれば、後は私だけで作れる。今はこちらを優先しなさい」

 夕食までしか時間がないぞ、と睨まれてわたしは指示されるままにコピペを続ける。コピーシテペッタン、コピーシテペッタン。

「ひとまずこれだけあれば、後は私一人で何とかなる。魔石を扱う工程もあるからな」

 コピペが終わる頃には、フェルディナンドがぐったりしているように見えた。
外聞よりローゼマインの体調が気になっていたフェルディナンド。
隠し部屋ですぐに診断をしました。
そして、聖典作り。
コピペは一応役に立ちました。

次は、要請です。
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