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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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深夜のお茶会

 お茶の準備をするためにグレーティアは一足先に温室へ向かった。ハンネローレの着替える時間を考慮して、ゆっくりと行くように言われている。温室はお茶会を行う部屋の方向にあって、雪深い冬の社交界では大活躍しているらしい。

「そろそろ行きましょう、ローゼマイン様。騎獣を使われますか?」

 わたしはダームエルとユーディットの二人を護衛として部屋を出た。いつも通りに騎獣を出そうとして手が止まる。

「ローゼマイン様、どうされましたか?」

 ユーディットから不思議そうに見られて、わたしは戦いの様子や目の前で死んでいった人が思い浮かぶので魔石が怖いことを告げる。ユーディットが目を丸くし、ダームエルが苦い顔になった。

「リーゼレータがオルドナンツの魔石を落としたことを気にしていましたが、そのような状況になっているのでしたら側仕えにはお知らせください。何も知らされないままに翻弄されるリーゼレータが可哀想です」
「ダームエル、それはまだローゼマイン様にはお伝えしない内容ではありませんか? 一晩休まれて、お疲れが取れてから……と」
「だが、遠くの地で戦って疲労した主を労わるのと、戦いによる特殊な不調を起こしている主を気遣うのでは心構えも何も変わってくる。主に知らせてほしいと望むならば、こちらも主に知らせなければならないと思わないか?」

 ダームエルとユーディットが何やら言い合っている。後でわたしに報告する内容だったようだけれど、ダームエルの反応から察するに聞いておいた方が良さそうだ。

「ダームエル、教えてくださいませ」

 魔石が怖くて騎獣を出せないならば、歩いて温室まで向かうしかない。図らずもゆっくりとした到着になりそうだ。温室に向かって歩きながら、わたしはダームエルから話を聞くことにした。

「ローゼマイン様、フェルディナンド様に促されたとはいえ、ボニファティウス様に武勇伝をねだって席に招いたのですから、あの席ではローゼマイン様が主催者だったというご自覚はございますか?」

 ……ありませんでした。

 おじい様の暴走を鎮めるためだったので周囲は助かったわけだけれど、本来ならばアウブへの報告が優先されるべきところだ。おじい様とわたしの側仕え達は苦肉の策として、アウブである養父様を同席させることで報告の順番を有耶無耶にして乗り切ることにしたらしい。

「ボニファティウス様が機嫌良く話をし、口が重かったアウブも自分の戦いの話を始めました。周囲からはひとまず順調に進んでいるように見えていたのです。ところが、ローゼマイン様はアウブの話を急に遮って席を立ち、仮縫いの予定を決めなければ、と言い出しました」

 わたしが急いで席を離れようとしたのは魔石の恐怖に駆られたからだけれど、周囲にはそれがわからなかった。側仕えに何の合図もなく、同席者に退席の挨拶もなく、椅子をガタッと鳴らして立ち上がることでアウブの話を途中で遮り、仮縫いの予定について側仕えに文句をつけ始めたようにしか見えなかったそうだ。

 ……ああぁぁぁ、無作法この上ないよ。

「フェルディナンド様のお言葉でお疲れ以外の要因があるかもしれないということに気付きましたが、遅すぎました。せめて、魔石を見ると不調を感じると事前に知らせがあれば、フェルディナンド様はボニファティウス様から戦いの話を聞き出すように仕向けなかったでしょうし、リーゼレータはもっと別の対応が取れたでしょう。ですが、ローゼマイン様は貴族院におけるディッターを何度も経験した上でダンケルフェルガーを誘って今回の戦いを仕掛けたため、戦いによる不調を特に考慮していなかったのです」

 いっそわたしが気絶した振りでもすれば、そのまま運び出せたけれど、わたしは衣装の仮縫いを理由に養母様やシャルロッテ達のところへ向かい、かなり無理をした状態ではあるが、作り笑いで宴を乗り切った。

「ローゼマイン様の取り繕いが上手になっているため、今回の突然の中座はアウブやボニファティウス様の側近達には非常に無作法な奇行に映ったようです」

 わたしが中座した後、席に残されたおじい様やその側近達のフォローに回っていたリーゼレータは「ローゼマイン様が焦燥感を覚えて、このような宴でアウブに訴え出なければならない程に側仕えの段取りが悪くて衣装が整わないのではないか」と言われていたらしい。

 ……リーゼレータがそんなことを言われていたなんて……

「フェルディナンド様が体調を心配するくらいなのでローゼマイン様にも相応の理由があるのだろうとアウブやカルステッド様がボニファティウス様達を抑えてくださったそうですが、今後は気を付けて、事前に何か異変があった時は一言相談してあげてください」

 自分が魔石の恐怖から逃れることしか考えていなくて、中座した後の養父様やおじい様の様子にまで意識が全く回っていなかった。残された側仕えがどれだけ苦労するのか、思い至らなかった。主失格だ。

「わたくし、リーゼレータに謝らなければなりませんね」
「あの、ローゼマイン様。できれば褒めてあげてくださいませ。わたくしが温室の手配を行う間、リーゼレータは城で仮縫いができない状況ならば図書館で行えないか、フェルディナンド様と交渉し、ギルベルタ商会と連絡を取っていたようですから」

 ユーディットが「これは朝になってから報告されることになっていたのですけれど……」と言いながら教えてくれた。わたしの希望を叶えようとリーゼレータは奔走してくれていたらしい。

「フェルディナンド様が泊まっている館にローゼマイン様が赴くのは良くないと指摘もされたので、ハンネローレ様やハイスヒッツェ様もお誘いして髪飾りをお礼に贈ることができないか考えていました」

 王族に嫁ぐことになるだろう現状を考えると、外聞は気にしておかなければ後で大変なことになる。

「でも、ローゼマイン様。異変に気付けなかったわたくし達も未熟なのですけれど、ハルトムートも悪いのですよ。ローゼマイン様の様子に何かありそうだと察したようですけれど、確証がないからと何も知らせてくれなかったのですもの。フェルディナンド様と二人だけで何か決めていて、わたくし達は仲間外れです」

 ユーディットが不満そうに唇を尖らせた時、温室が見えてきた。



 温室はとても幻想的な空間だった。できるだけたくさんの光を取り入れられるように大きな窓が並んでいる。意外と明るい月光が静かに降り注ぎ、白の建物自体がほのかに光っているように見えた。そんな中に小さな明かりが灯されたランプのような魔術具があちらこちらに飾られている。色とりどりの花がその光に照らされて咲いていた。

「綺麗ですね……」
「こちらへどうぞ、ローゼマイン様」

 先に準備をしていたグレーティアがテーブルへ案内してくれた。冬の社交界で女性の集まりによく使用される温室らしく、テーブルやいすを置くためのスペースがずいぶんと広く取られている。

「ハンネローレ様もお部屋を出られたそうです。客間は本館にあるので、すぐに到着されますよ」

 準備したお茶についてグレーティアが説明し、ハンネローレが到着してからの段取りについて打ち合わせをしていると、ハンネローレが到着した。

「ごきげんよう、ハンネローレ様」
「お誘いくださってありがとう存じます、ローゼマイン様。なかなか寝付けなかったので、とても嬉しいです。……この温室、とても素敵な場所ですね」

 かすかな光に照らされた温室を見回し、ハンネローレが目を細める。少し憔悴しているように見えた。わたしはグレーティアと打ち合わせた通り、ハンネローレを誘って少し温室の中を散策することにした。その間にグレーティアは準備したお茶の中からハンネローレが好む物を側仕えに尋ねて準備をするのだそうだ。

 カツン、コツンとゆっくりとした足取りで花々を見ながら、深呼吸して花の匂いを吸い込んだ。護衛騎士達は少し離れたところをついてくる。

「この温室……実は、わたくしも入るのは初めてなのです。冬の社交界でよく利用されているようですけれど、わたくしは冬を子供部屋と貴族院で過ごすので出入りすることがありませんから。窓の外にどこまでも続く雪の中、色とりどりに咲き誇る花は美しいでしょうね」
「想像するだけでうっとりとした心地になりますね。見られないのが残念です」

 観賞用に育てられている花を見て、ハンネローレは「ダンケルフェルガーでは見ない花が多いですね」と言った。ダンケルフェルガーはエーレンフェストとずいぶん気候が違うようだ。

「宴は楽しんでいただけましたか?」
「はい。貴族院の恋物語を書かれていらっしゃる方がローゼマイン様のお母様だったなんて驚きました。新しい本もいただきましたし、色々なお話ができましたから、本当に楽しく過ごせました」

 ハンネローレはお母様とどんな話をしたのか、楽しそうに教えてくれる。その笑顔につられて、わたしも思わず笑ってしまう。

「わたくしがお話しした内容が今度は本になるのです。ローゼマイン様とフェルディナンド様をモデルにした恋物語です」
「それは必要ないと思います。お母様に書かないでほしいとお願いしなければ……」

 わたしが手を振ると、ハンネローレは少し肩を落として「……物語の中だけでも幸せに、とエルヴィーラ様はおっしゃいました」と呟く。

「儘ならない現実を前にした荒ぶる感情は全て物語を昇華するそうです。強いお母様ですね」

 ……あ、それ、わたしが言ったような気がする。フェルディナンド様のアーレンスバッハ行きが決まった時。

 グレーティアとハンネローレの側仕え達からお茶が入ったと声をかけられるまで、わたし達はそんな話をしながら温室をゆっくりと歩いていた。

「まだ夜は寒いですから、こちらをどうぞ。温まりますよ」

 グレーティアが淹れてくれたお茶を飲む。よく眠れるように、と考えられたハーブティで飲みやすくするために少し蜂蜜が入っていた。コクリと飲めば、温かい飲み物が口から胃に向かって落ちていくのがわかる。自分で思っていたよりも体が冷えていたようだ。

「ハンネローレ様、こちらを……」

 わたしはハンネローレに盗聴防止の魔術具を渡した。これから先の話はあまり側近達に聞かれたくないのだ。ハンネローレが手の中に魔術具を握り込んだのを確認してから、わたしは口を開いた。

「今回は本当に申し訳ございませんでした」
「ローゼマイン様?」

 わたしが謝罪すると、ハンネローレは不可解そうに目を瞬いた。

「わたくし、アウブ・ダンケルフェルガーには鐘二つ分と言ったのです。それなのに、もう三日もたっているではありませんか。それに、当初の予定ではフェルディナンド様を救出するだけのつもりでした。ランツェナーヴェの掃討や今日のような激しい戦いにダンケルフェルガーの有志を参加させる予定ではなかったのです。その上でハンネローレ様を眠れない程に悩ませることになってしまって、本当に申し訳ございませんでした」
「あの、でも、ローゼマイン様。騎士達を煽ったのはフェルディナンド様ですし、本物のディッターとは言っても全く手応えがなくて騎士達が不満だから、という理由で残ることを決めたのはわたくしですよ? ローゼマイン様が御自分を責める必要はございません」

 ハンネローレがおろおろとしたようにわたしを見ながら、そう言ってくれる。

「善意で協力してくださって勝利したのですもの。公の場でダンケルフェルガーの協力に感謝はできても、謝罪はすべきではありません。だから、せめて私的な場では謝りたいと思ったのです」

 ハンネローレはダンケルフェルガーの騎士と共にエーレンフェストの礎の防衛までしてくれたのだ。それで眠れない夜を過ごしているならば、わたしは謝罪しなければならないだろう。

「ダンケルフェルガーの騎士達がいてくれたおかげで、ゲルラッハの戦いは勝利できました。死亡者はなかったようですけれど、重症だった方はいるのでしょう? 他領の方をあのような危険に巻き込むなんて、わたくし……」
「ローゼマイン様。何度も言いますけれど、それはわたくし達ダンケルフェルガーが選択した結果です。そのような後悔は止めてくださいませ。何の覚悟もなくディッターに臨む騎士はいません。むしろ、わたくしこそローゼマイン様やエーレンフェストの方々に謝りたいと思っていました」

 ハンネローレは泣きそうな顔になってそう言うと、ゆっくりと息を吐いた。わたしはハンネローレに謝られるようなことが思い浮かばず、さっきのハンネローレと同じように目を瞬く。

「わたくし、ゲルラッハの戦いではずいぶんと皆様の足を引っ張ったでしょう? 不意打ちをしたつもりが相手の強化をしてしまって……。その結果、亡くなったエーレンフェストの騎士が何人もいます。わたくし、ディッターの恥を雪ぐために参加させてもらったのに、お役に立てなかったのです。それが本当に心苦しくて……。亡くなった騎士達に申し訳なくて……」

 わたしはマティアスと一緒にギーベの館に潜入したので知らなかったけれど、ハンネローレ達が攻撃した魔力を自分の攻撃力に変換したグラオザムが大暴れして、亡くなった騎士が何人もいたらしい。それを思うと、眠れなくなったそうだ。その気持ちはよくわかる。

「ダンケルフェルガーの騎士達は運が良かったのです。中央突破でエーレンフェストの騎士と合流した直後にローゼマイン様の大規模な癒しがありました。怪我人がいましたが、回復薬を飲む必要がなくなったので口元の布を外すことがありませんでした」

 優先すべきはすでにボロボロになっているギーベ騎士団の回復だった。ダンケルフェルガーの騎士達の回復は後回しで、ルングシュメールの癒しだけではどうしようもない魔力回復をするためにギーベ騎士団が後ろに下がって回復を始めた。だからこそ、回復薬を飲んでいたギーベ騎士団には即死毒による死者が何人も出たそうだ。

「本来ならば、エーレンフェストの領主候補生であるローゼマイン様に守られるべきなのはエーレンフェストの騎士でしょう? それなのに、ダンケルフェルガーの騎士達は全員無事で、被害を受けたのはエーレンフェストの者ばかりです。わたくし、とても申し訳なくて……」

 ハンネローレの言葉に、わたしは首を横に振った。誰も死なないのが一番だが、もちろん、そんなことはあり得ない。ならば、本来は戦う必要のなかったダンケルフェルガーの騎士に被害が少なくてよかったとわたしは思う。

「ダンケルフェルガーの騎士達がいなければ、ランツェナーヴェとの戦いもゲルラッハの戦いも勝利は苦しかったでしょう。ハンネローレ様こそ、ご自分を責めないでくださいませ。わたくしもエーレンフェストもとても助けていただきました。心から感謝しています」

 ハンネローレがテーブルの上で指を組んで祈るように静かに涙を流すのを見つめながら、わたしはハンネローレの手に自分の手を重ねた。

「ハンネローレ様、一緒に死者を悼みましょう。夜明けと共に最高神のいらっしゃるはるか高みへ上がっていく方々へわたくしと共に祈りを捧げてくださいませ」

 ハンネローレが驚いたように顔を上げてわたしを見た。

「一緒にお祈りを……? わたくし、騎士の死は悲しむ必要がないと言われて育ちました。土地を守り、主を守り、自分達の家族や友人を守り、信念を守るために戦って散った彼等の死を悲しむのは家族の役目であり、領主候補生の役目ではない、と。残された遺族がその騎士の死を誇れるように勇敢さや素晴らしさを伝えて褒め、手厚く補償をするのが領主一族の役目だ、と。……それなのに、家族でも知り合いでもないわたくしがお祈りを捧げても良いのですか?」
「ダンケルフェルガーではどうなのか存じませんが、ここはエーレンフェストです。死者を悼む気持ちがあれば十分だと思います」

 わたしは護衛騎士達に頼んで本館の二階にあるバルコニーへ向かった。少し白んできた夜明け前の冷たい空気の中でシュタープを出すと、ハンネローレに死者を送る祝詞を教える。

「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神よ」

 ハンネローレを始め、同行していた側近達も同じようにシュタープを出して祈り始めた。

「我等の祈りを聞き届け はるか高みに向かう者達へ 御身の祝福を与え給え 御身に捧ぐは弔いの歌 最上の御加護を 不帰の客へ」

 わたしのシュタープから光と闇が飛び出し、空へ向かって上がっていく。ハンネローレのシュタープから、側近達のシュタープからも祝福の光が飛んで行った。

「ローゼマイン様、わたくしの祈りはゲルラッハの地まで届いたでしょうか?」
「届いたと思いますよ」
「……わたくしが彼等のためにお祈りをしたのに、わたくしが祝福を受けたような気がします」

 心の靄が晴れたような清々しい顔でハンネローレが微笑む。カラーン、カラーンとエーレンフェストに一の鐘が鳴り響いた。
ちょっと側近への言葉が足りてないよ、とダームエルに注意されながら温室へ。
ハンネローレも戦いのあれこれに悩んで眠れませんでした。
二人で死者を悼み、一歩前進。
何が変わるわけでもありませんが、心の整理をつけるのに必要だったことです。

次は、図書館で仮縫いです。
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