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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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ローゼマインの選択肢

 氷に包まれた銀色の船の上にはレティーツィアと彼女の側近らしい女性の姿が四人分見えている。フェルディナンドの騎獣がそこに向かって降下していった。

「レティーツィア様、ご無事で何よりです。お怪我はございませんか?」

 フェルディナンドに騎獣から降ろしてもらい、わたしはレティーツィアのところへ近付こうとした。わたしの護衛として降り立ったアンゲリカとレオノーレが少し手を出して、これ以上は近付くなと言わんばかりにわたしの動きを止める。

「……ローゼマイン様でしょうか?」

 レティーツィアは目を瞬きながらわたしを見た。どうやら成長したせいでわからなかったようだ。

「救出してくださったダンケルフェルガーの方から伺いました。フェルディナンド様を救うためにローゼマイン様がアーレンスバッハの礎を奪い、ランツェナーヴェの掃討を行っている、と……。わたくし、何と言えば良いのでしょうか? 元はと言えば、わたくしが……」
「レティーツィア様」

 レティーツィアの言葉を遮るようにフェルディナンドが呼びかける。レティーツィアはフェルディナンドを見て信じられない物を見たような顔になった。その驚愕の中には深い安堵もあったようで、レティーツィアの体から緊張が抜けていくのがわかる。

「ご無事だったのですね、フェルディナンド様。わたくし、ディートリンデ様からフェルディナンド様が亡くなったと聞かされて……」
「レティーツィア様がユストクス達に届けてくれたおかげです」

 フェルディナンドはレティーツィアの言葉を遮って微笑む。その笑顔には凄みがあり、横で見ていても「黙れ」と言外に言われているのがわかるほどだ。レティーツィアにも通じたのだろう。口元を押さえたレティーツィアが黙り込む。

「礎を得てアウブ・アーレンスバッハとなったローゼマインは、全てを知った上で其方を救いたいと言いました」

 レティーツィアが驚いたようにわたしの顔を見た。側近達も同じような顔をしている。フェルディナンドを救いに来たわたしが加害者であるレティーツィアを救うとは考えなかっただろうし、武力によって礎を奪った者が前の領主一族を救うとも思わなかっただろう。

「でも、フェルディナンド様。わたくしは……」
「我々が話を聞く場を設けるまで余計なことを言わぬように、何事もなかった態度を崩さずに過ごしなさい。今度は私の言葉を聴けますね?」

 レティーツィアは青ざめた顔でフェルディナンドを見上げ、ぎゅっと自分の胸元を握りしめてコクリと頷いた。

「……かしこまりました。ローゼマイン様とフェルディナンド様の温情に心から感謝いたします」
「私達はこれ以上ランツェナーヴェの船が入ってくることがないように門を閉めてきます。レティーツィア様はダンケルフェルガーの騎士達に同乗させてもらって先に城へ戻り、ダンケルフェルガーの騎士達が休めるよう大広間の準備と客間を側仕え達に整えさせてください」

 救い出されたばかりのレティーツィアに指示を出し始めたフェルディナンドにビックリして、わたしは思わず止めた。

「フェルディナンド様、今まで捕らえられていたレティーツィア様には少しでも早く休息が必要ですよ。そのような指示は……」
「ディートリンデに毒を盛られた私や、エーレンフェストからやってきて礎を染めた上にランツェナーヴェを排した君より、船の中でじっとしていたレティーツィア様の方が体力も魔力も残っているであろう」
「それはそうかもしれませんけれど、精神的な面もご考慮くださいませ」

 効率だけを考えているフェルディナンドにわたしが小さく文句を言うと、フンと鼻を鳴らしながらフェルディナンドはレティーツィアを見降ろしながら、説明を始めた。

 貴族達が混乱している今の状況でアーレンスバッハの貴族であるレティーツィアの口から、ダンケルフェルガーや新しくアウブとなったわたしに救われたことやランツェナーヴェの危険が去ったことが述べられることには大きな意味があるらしい。

 ……確かにダンケルフェルガーやエーレンフェストの人から聞くよりは聞き入れやすいだろうね。

 それに、誰が見ても精神的に大変だとわかる中で幼いレティーツィアが健気に頑張れば周囲の同情票を集めやすく、レティーツィア自身を救う一助になること。同時に、領主一族のレティーツィアが救われるのであれば自分達も救われるのではないかと希望を抱かせやすくなること。幼いレティーツィアが頑張っているのだから自分達も動かなければ、と被害を受けた大人の貴族達を奮起させられることが述べられた。

「それに、よほどお気楽で能天気な考えなしでなければ、この緊急事態に何の罰も役目もなく普段通りに過ごす方が精神的に辛いこともあるのではないか?」

 フェルディナンドの言葉にレティーツィアがわたしの前に一歩進み出て跪いた。

「ローゼマイン様、フェルディナンド様のおっしゃる通りです。わたくし、今の自分にできることでしたら何でも行いたいのです。……とてもじっとしていられません」
「わかりました。では、レティーツィア様にお任せいたします。皆が休息できる場所を整えてくださいませ」
「かしこまりました。ロスヴィータ……」

 レティーツィアは立ち上がると、自分の側近達を見上げるようにくるりと振り返って呼びかけ、「あ……」と顔を強張らせた。まだ髪を上げていない見習いらしき少女がそっとレティーツィアの肩に触れる。

「わたくしが側仕え達に呼びかけます、レティーツィア様」
「フェアゼーレ……」

 沈痛な表情とそのやり取りからロスヴィータというレティーツィアの側仕えに何があったのか察せられた。

「レオノーレ、ダンケルフェルガーの騎士にお願いして、レティーツィア様達を丁重に城へ送ってもらえるようにお願いしてくださいませ」

 レオノーレはすぐにダンケルフェルガーの騎士に話をつけに行ってくれる。そんな中、フェアゼーレと呼ばれた少女がフェルディナンドに呼びかけた。

「あの、フェルディナンド様。質問を一つだけよろしいでしょうか?」
「構わぬ」
「……お父様はアーレンスバッハの貴族達を守れましたか?」

 前で握り締められている手が小さく震えている。街や貴族を守ろうとする彼女の父親とエーレンフェストの街を守る父さんが重なってしまい、わたしも思わずフェルディナンドを見上げた。

「軽く話を聞いた範囲だが、シュトラールは被害を最小に抑えたと言えよう。今は境界門付近で他の者を救助している」

 安堵したように目を潤ませて「恐れ入ります」とフェアゼーレは一度跪くと、騎獣を出したダンケルフェルガーの騎士に呼ばれてレティーツィア達と共にそちらへ向かった。
 わたしはレティーツィア達を見送っていたが、フェルディナンドは船から魔石や魔術具を運び出しているダンケルフェルガーの騎士達のところへ向かう。

「ハイスヒッツェ、ダンケルフェルガーの騎士達にランツェナーヴェの兵士が着ている銀色の衣装を剥ぎ取らせろ。これから向かうエーレンフェストの戦いや中央における戦いで使われている可能性が高い」
「はっ!」
「エックハルト、其方もこちらだ。魔石の回収を忘れるな」

 そう言いながら、フェルディナンドはエックハルト兄様に盗聴防止の魔術具を手渡した。何を言ったのかわからない。けれど、何かを命じたようだ。エックハルト兄様は硬い表情で頷いた。



 ダンケルフェルガーの騎士達に一通りの指示を出し、境界門付近で引き揚げ作業をしている騎士達ともオルドナンツのやり取りをすると、フェルディナンドは騎獣を出してわたしを呼んだ。

「ローゼマイン、国境門から閉ざすぞ」
「でも、国境門を閉ざすのは……」
「国境門を使ってアーレンスバッハへやってきた君しかいまい。着替え中にユストクスから聞いたぞ」

 ……フェルディナンド様が持っているメスティオノーラの書については、他の人に知らせないのですね。了解です。

 フェルディナンドが国境門を閉めるところを見せないようにするためには確かにわたしの存在が必要だろう。わたしはフェルディナンドの騎獣に乗せられて国境門へ向かう。ライデンシャフトの槍で攻撃された船は一部の氷を残しているだけだが、周囲の海には割れた氷の塊がぷかぷかと浮いている。海の温度が高めなのか、比較的早く溶けそうだ。

「ランツェナーヴェの兵士が国境門へ向かっていますよ」
「好きにさせておけ。転移陣までたどり着いたところで自力で転移するだけの魔力がなかったり、許可証の魔石を持たぬ者は転移できぬ。銀色の衣装で弾かれるか、国境の向こうの白の大地に突っ込むかのどちらかだ」

 到着した時は真夜中だったことと、国境門に背を向けて街に向かって突っ込んでいったので全く見ていなかったが、朝日が上がり、騎獣で国境門へ向かっているため景色がよく見えるようになってしまった。虹色に輝く不思議な国境門の向こうにエーレンフェストの国境門の向こうの景色と同じ白い砂漠が続いている。海が国境門の転移陣で切り取られたように止まり、その向こうには白い世界が続いているのである。だまし絵でも見せられている気分だ。

「ローゼマイン、君は国境門の上を開けっ放しで来たのか?」
「……閉める余裕なんてありませんでしたもの」

 レッサーバスが通れるように国境門の屋根部分は大きく開いたままである。でも、到着時は緊張していたし、アーレンスバッハの騎士団からどのような攻撃があるか警戒していたので、飛び出した後で悠長に閉めるという選択肢は頭に思い浮かばなかった。

「まぁ、いい。開ける手間が減った。ローゼマイン、右手を上に挙げて、周囲から見えるように聖典を出しなさい。このまま入るぞ」
「はい」

 わたしが返事すると、わたしのお腹の前にフェルディナンドの右手が来た。周囲から見れば、まるで安全バーのようにわたしを押さえているように見えるだろう。

「グルトリスハイト!」

 わたしの声に合わせて、フェルディナンドが小さく呟くような声で「グルトリスハイト」と言った。わたしのお腹の前、他の者からは見えない位置にフェルディナンドのメスティオノーラの書が現れる。

 ……フェルディナンド様のメスティオノーラの書って結構大きいな。わたしも読めるかな?

 わたしが掲げるメスティオノーラの書に周囲の視線が集まる中、わたしとフェルディナンドを乗せた騎獣は国境門へ飛び込む。上から国境門へ入れるのは聖典を持つ者だけだ。ついて来ることができずに弾かれたレオノーレの焦ったような声が響いた。

「ローゼマイン様、フェルディナンド様! 一度お戻りくださいませ!」



 フェルディナンドは国境門に入ると、用は済んだとばかりに一度メスティオノーラの書と騎獣を消した。

「ローゼマイン、国境門の屋根を閉ざしてきなさい。このままでは国境門を閉ざせぬ」

 上空を飛び回っているレオノーレとアンゲリカを見上げながらそう言われ、わたしは自分のメスティオノーラの書を国境門に引っ付けて屋根を閉ざす。

「ちょうど良い機会なので聞いておきたい。君はこの後どうしたい?」
「一度休憩してからエーレンフェストに行きたいと思っていますけれど……」
「その後だ」

 閉じつつある屋根を見上げながら問われて、わたしは答えに詰まった。

「君は今夜アーレンスバッハの礎を染め、ランツェナーヴェの脅威を排した。聖典を皆に見せて国境門を閉ざしたことで、これ以上ランツェナーヴェの船が来ないこととツェントになるための有資格者であることを知らしめたことにより選択肢が生まれた」

 フェルディナンドはゆっくりと指を一本ずつ立てながら選択肢を示す。
 一つ、アーレンスバッハの礎を他の者に譲り、今までの予定通りに王族へ嫁いで不愉快を呑み込んで生きる。
 二つ、アーレンスバッハの礎を他の者に譲り、王族の養女となった後、わたしがツェントとしてユルゲンシュミットに君臨する。
 三つ、王族にグルトリスハイトを渡したうえで、アウブ・アーレンスバッハとしてこの地で過ごす。
 四つ、王族にグルトリスハイトを渡し、アーレンスバッハの礎を他の者に譲ってエーレンフェストに戻る。

「大きく分けて四つある。国境門を閉ざし終わるまでにどれを選びたいのか教えてくれ。それによってどのように動くのかが変わる」

 そう言いながら完全に屋根が閉まったことを確認したフェルディナンドがわたしを見下ろしながら毒のある笑みを浮かべた。

「アーレンスバッハへ向かう私に幸せにならなければ許さないと言ったのは君だったな?」
「は、はい」
「ならば、他に選択肢があるにもかかわらず生活水準が下がる悪夢のような結婚をする将来を選ぶことはない。そうだな?」

 以前の自分の言葉でゴンゴンと大きな釘を刺され、目が笑ってない笑顔で答えを迫られれば返事なんて一つしかないだろう。

「フェルディナンド様のおっしゃる通りです」
「よろしい。では、二つ目はどうか? メスティオノーラの書を完成させるには、私を死なせるか、王族登録をして地下書庫にあるグルトリスハイトを手に入れる必要がある。……だが、感情的で自分の大事な者のためならば国を切り捨てる覚悟を簡単にしてしまう君にはツェントになる資質が全くない。君をツェントにするのはどうかと思う。君がツェントになる道を選ぶならば、私は全力で抗う。私の命と引き換えにする覚悟で選びなさい」
「わたくしにそんな怖い選択肢を選べるわけがないでしょう!」
「さもありなん」

 フェルディナンドを助けた今、ユルゲンシュミットが無事であることは大事だけれど、ツェントになることには思い入れなどない。けれど、ユルゲンシュミットにメスティオノーラの書かグルトリスハイトを持つツェントは絶対に必要だ。

「うぅ……。フェルディナンド様がツェントになるという選択肢はないのですか? メスティオノーラの書も持っているのはわたくしだけではありませんよね?」
「私に君を殺せ、と?」

 ジロリと睨まれて、わたしは慌てて首を振った。フェルディナンドに決意されてしまうと、私の命が危険だ。敵対するようには全く見せないままにわたしを殺すくらいのこと、フェルディナンドならば可能だろう。

「そうではなく、わたくしが王族の養女になって、グルトリスハイトをフェルディナンド様に差し上げることはできると思うのですけれど……」
「可能かもしれぬが、君は私をツェントに望むのか?」

 じっと見つめながら問われて、わたしはフェルディナンドがツェントになることを考える。似合わないわけではないけれど、フェルディナンドはなりたくないと言っていたはずだ。

「いいえ。フェルディナンド様はさっさと隠居してエーレンフェストで平穏にのんびりと余生を暮らしてほしいと思っています」
「老人扱いするのではない」
「いらいれふっ!」

 研究三昧のハッピーライフを提案したら、かなり本気で頬をつねられた。マジ痛い。
 涙目で頬を押さえながら、わたしはフェルディナンドを見上げた。

「あの、フェルディナンド様。わたくし、アウブ・エーレンフェストになれない以上、エーレンフェストには戻れないと言いましたよね? そうしたら、選択肢は最初から一つではありませんか?」

 フェルディナンドは「さて……」と言いながらメスティオノーラの書を出した。

「別に他の選択肢を選んでも構わぬ。だが、残りも悪い選択肢ではなかろう? アーレンスバッハは元々滅ぼしても良いと思っていた土地だ。君の遊び場にはちょうど良い」

 ……遊び場!?
レティーツィアが救われました。
そして、国境門へ。
二人だけになったので今後の方針についてお話し合いです。
フェルディナンドから示されたローゼマインの選択肢。

次は、遊び場についてです。
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