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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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ランツェナーヴェの船 前編

 わたし達は騎獣で城を飛び出した。エーレンフェストに比べるとずいぶんと暖かく、祈念式の時期だというのにすでに初夏を思わせる気温だ。
 わたし達がアーレンスバッハへやって来た時は暗闇に沈んでいたけれど、夜が白んで薄紫から淡い黄色へグラデーションを描く空がアーレンスバッハの街並みの姿を浮かび上がらせていた。貴族街を囲む壁や門はあるけれど、平民の街には壁も門もないように見える。
 空よりも一段暗い海の上に港を出発したばかりでまだあまりスピードの上がっていない銀色の船が三隻、境界門へ向かって動いている。もう一隻港に銀色の船が見えた。未だに出港準備が終わっていないようだ。

 ランツェナーヴェの館の見張りをしていたダンケルフェルガーの騎士と境界門上のアーレンスバッハの騎士はそのまま見張りを続けるように、とフェルディナンドがオルドナンツを飛ばす。他にも次々とオルドナンツを飛ばしている。

 城に残した騎士達によって連絡がされたようで、貴族街のあちらこちらで救助活動に励んでいたアーレンスバッハの騎士達が少しずつ集まってきた。集まってくる騎士達がわたしのレッサーバスを見て、一様に驚いた顔になる。中には「グリュンか!」とシュタープを出した者がいて「魔獣ではない! 新しいアウブの騎獣だ」と周囲の騎士に止められていた。

 ……グリュンじゃないもん。

「ハイスヒッツェ、エックハルト。十人単位で行動班を作り、班長を任じよ。以後、命令は班単位で行う。班長以上の指揮官及びその側近は外壁の門柱へ一度降下する。それ以外は上空で待機だ」
「はっ!」

 騎獣を駆りながら出された命令にハイスヒッツェとエックハルト兄様が従い、空中で移動しながらそれぞれの領地の騎士達の班分けと班長が決められていく。

「ローゼマイン、あれが外壁の門柱だ。あそこに着いたら班ごとに魔術具を配布せよ」
「では、マティアス、ラウレンツ、レオノーレ、コルネリウス兄様、手伝ってくださいませ。アンゲリカはわたくしの護衛です」
「はっ!」

 貴族街をぐるりと囲む外壁の門柱の屋上に班長や指揮官達が高度を下げていく。荷物を載せている乗り込み型の騎獣以外は一度騎獣が消される。
 第一班と第六班には閃光弾、第二班と第七班には広域魔術の補助魔術具、というようにフェルディナンドの指示通りにわたしの護衛騎士達が班長に配っていく。

「ハンネローレ様は御自分の騎士達を連れて、城で休んでくださっても良かったのですが……」

 フェルディナンドがシュミルの乗り込み型騎獣を見ながら、城へ戻るように言ったけれど、ハンネローレは困ったような微笑みで首を横に振った。

「わたくし、ディッターの恥を雪ぐために参りました。ここで再び逃げることは許されません。こちらの貴族街で手に入れたヴォルヘニールをランツェナーヴェの船に入れることができないか、考えています」

 ハンネローレが自分の騎獣を手で示しながらそう言った。騎獣の荷物置き場にヴォルヘニールが三匹も載せられ、伏せの状態で並んでいるのが見える。ヴォルヘニールは犬っぽい見た目で、シュミルのように貴族間で比較的人気のあるペット系の魔獣だと誰かに聞いたことがある。

 ……ペットを船に入れる?

 ハンネローレがヴォルヘニールで何をするつもりなのか、わたしにはさっぱりわからないけれど、フェルディナンドはすぐに察したようだ。

「……なるほど。ランツェナーヴェの兵士達相手には良い手段だと存じます」

 やはりダンケルフェルガーの女だな、と聞こえた気がするのだけれど、これは褒め言葉なのだろうか。ハンネローレは照れたように微笑んでいるので、きっと褒め言葉なのだろう。褒め言葉ということにしておこう。

「では、あの出港できていない船はハンネローレ様にお任せしましょう。人質救出と護衛のために第一班と第二班を同行させてください」
「恐れ入ります」

 フェルディナンドが海を指差す。少しずつスピードを上げ始めた銀色の船が見える。

「あの銀色の船には魔力が通らぬ。それは知っているであろう? だが、魔力が通らねば転移できぬ。故に、門に近付いたらあの船は黒に変わるのだ。その瞬間を狙う」

 そのためにも帰れると思わせることが肝心らしい。騎獣の方が断然速いので追いつきすぎないように気を付けなければならないそうだ。つかず離れず、攻撃しやすい態勢と距離で境界門へ向かって追いやらなければならないとフェルディナンドは言う。

「黒に変わったらローゼマインは人質を守るため、船に向かってアウブの守護を。守護がかかったら、船を粉砕するつもりで総攻撃を行う。黒は魔力を吸収する。生半可な魔力では粉砕できぬ。全力で当たれ」
「船を粉砕って……人質はどうするのですか!?」
「アウブの守護によって守られるのだ。海に投げ出されてから回収すればよかろう」

 ……相変わらず結果しか見てないね!

 でも、ランツェナーヴェに戻られてしまうとどうしようもなくなる。未知の場所で戦うよりは、フェルディナンドが知っている場所で戦う方が有利だ。

「このような魔力任せの手段は、ダンケルフェルガーの騎士が大量にいて、君がアウブでなければ採れなかった。礼を言う」

 何班がどの船を攻撃するのかという指示が次々と出され、わたしには回復薬をここに置いておくように指示が出された。

「君が回復薬を抱えていても、戦いが起こった時に全員に配って回れるわけではない。回復薬及び魔術具の管理は見習いに任せる。君の護衛騎士を一人出せ」
「ローゼマイン様、私が管理しましょう。視力の強化ができるようになったので、必要な回復薬を見習い達に持たせて向かわせることができます。それに、私も見習いですから」

 ラウレンツが名乗り出てくれた。アーレンスバッハの見習い騎士と共にここで魔術具や回復薬の補給をしてくれるらしい。

「ローゼマイン、君は騎獣を片付けろ。私の騎獣に同乗するのだ」
「え? 何故ですか?」

 確かに荷物は全部運び出したけれど、どうしてフェルディナンドの騎獣に同乗しなければならないのか。意味がわからない。

「君の騎獣はアーレンスバッハの者には間抜けなグリュンにしか見えぬため、事情を知らぬ騎士から攻撃されかけたではないか。アウブに攻撃するのは反逆だ。余計な処分者を増やしたいのか?」

 接点の少ないアーレンスバッハの騎士にはわたしの騎獣が全く受け入れられていないことを指摘された。いくらレッサーバスが可愛くてもダメらしい。

「それに、乗り込み型では境界門が閉めにくいし、私も指示が出しにくい。何より、乗り込み型では新しいアウブである君の姿が他の者から見えず、披露目にならぬ」

 フェルディナンドはどうやらこの機会にわたしを新しいアウブだと徹底的に周知させるつもりのようだ。何となく領主の養女になった時に祝福をたくさんさせられた時のことを思い出した。ハルトムートとクラリッサが城で活動中なのだから、あの時よりひどい結果になるだろう。

「フェルディナンド様のご意見は理解できますが、フェルディナンド様が同乗させるのは外聞が良くありません。ローゼマイン様はわたくしの騎獣に……」
「そうです。ローゼマイン様は女性騎士に同乗させるべきです。ここではフェルディナンド様がローゼマイン様の保護者だと認識する者は限られています。ローゼマイン様の名誉のためにも女性騎士と同乗させてください」

 レオノーレとコルネリウス兄様がわたしを守るようにフェルディナンドの前に立ちふさがった。

「ローゼマインに使わせる魔術によっては、領主候補生ではないレオノーレでは不都合がある。他にローゼマインを乗せられる女性の領主候補生がいるか?」
「女性の領主候補生ならば、ハンネローレ様がいらっしゃいます」

 焦ったようにコルネリウス兄様が周囲を見回し、ハンネローレ様を手で示した。ハンネローレがものすごく気まずそうな顔になった。

「あの、大変申し訳ございません。わたくしの騎獣も乗り込み型なのです。それに指揮官として船に突入することになっていますから、ローゼマイン様とご一緒は……」

 ……ですよね? 他領の、大領地の領主候補生に何をさせるのかって感じですよね?

「コルネリウス、ハンネローレ様に失礼ですよ。ハンネローレ様、大変申し訳ございません。お詫びいたします」
「いいえ。護衛騎士達の懸念はもっともですもの。……でも、フェルディナンド様のご心配も理解できます。アウブが自領の騎士に攻撃されるような原因を作るわけにはいかないでしょう。ローゼマイン様は礎を染めただけでまだアーレンスバッハを掌握したわけではありませんから」

 ハンネローレはどちらにも理解を示した。どちらにせよ、わたしのレッサーバスはこの場では良くないらしい。

「ローゼマイン、今は兄として忠告する。いくら何でもフェルディナンド様との同乗は……」
「黙れ、コルネリウス」

 エックハルト兄様がジロリとコルネリウス兄様を睨んで黙らせる。

「フェルディナンド様を救うためにアウブ・アーレンスバッハになったローゼマインが今更何の外聞を気にするというのだ? 船は動き始めている。時間がないのだ。……兄として命じる。さっさとフェルディナンド様の指示に従え、ローゼマイン!」
「はいっ! よろしくお願いします、フェルディナンド様」

 言い分がひどすぎるけれど、エックハルト兄様の気迫に逆らうことなんて考えられない。わたしは急いでフェルディナンドに駆け寄って手を差し出した。

「手間をかけさせるな」

 フェルディナンドが手を引いて騎獣に乗せてくれる。けれど、レッサーバスと違ってフェルディナンドのライオンは硬いし、安定が悪い。フェルディナンドも鎧を着ているので背中に当たるのは硬い感触だし、油断するとガンゴンと頭を打ちそうだ。

「こっちの騎獣は乗り心地が悪いですし、落ちそうで怖いのですけれど……」
「我儘を言うのではない。君が普通の騎獣を作っていればよかったのだ。……それにしても、成長しすぎだ。前が見えにくい」

 ……え? ちょっと待って。わたしが我儘なの? フェルディナンド様の方が我儘じゃなくて?



 ものすごく納得がいかないまま、騎獣は空中へ駆け上がり、スピードを上げて港を目指す。港から国境門に向かって動いている銀色の船は二隻。港を少し離れたところで何故か立ち往生しているように見える船が一隻。そして、港を出ることができていない出港準備中の船が一隻ある。

「フェルディナンド様、海上で止まった船はダンケルフェルガーの騎士達が乗り込んだ物かもしれません。中を制圧中の可能性があります」

 海上で立ち往生している船を指差して、ハイスヒッツェが叫ぶ。潜入さえできれば、ダンケルフェルガーの騎士がランツェナーヴェの兵士達に負けるとは思えない。確かに中で乱闘が起こっているせいで船が立ち往生している可能性は高い。

「あの船がいつまでたっても出港しないのも変ですよね?」

 港の船が不自然に揺れているのを見て、わたしは視力を強化してじっと見つめた。銀色のランツェナーヴェの兵士だけではなく、ボロ服をまとった普通の平民らしき姿も見えた。日に焼けている腕っぷしの強そうな漁師らしき人達が、怒りの形相で木箱や網を振り回してあちらこちらへ力任せに叩きつけている。その度に小さな爆発が起こった。もしかしたら、叩きつけられているのは、爆発する魚のシュプレッシュだろうか。
 銀色の服を着たランツェナーヴェの兵士達が暴れる漁師達に剣や盾で応戦しているようだ。平民と兵士が入り乱れて大変な有様になっている。

「フェルディナンド様、あの港の船、漁師達と乱戦になっているようです。今、船から銀色の者がつかみ出されました」
「平民によって足止めを食らっているのか。ヴォルヘニールが使いにくいな。……作戦変更! ハンネローレ様、あの船の付近には平民が多数います。ローゼマインがアウブの守護をかけるのを確認してから船へ潜入してください!」
「はい!」

 港に向かって降下しようとしていたハンネローレを止めて、フェルディナンドはわたしに指示を出す。

「ローゼマイン、ランツェナーヴェの攻撃に傷つくアーレンスバッハの領民にルングシュメールの癒しを。その後でアウブの守護をこの港の範囲一帯にかけよ」
「はいっ!」

 わたしはシュタープを出してフリュートレーネの杖を出すと、ルングシュメールの癒しをかけた。フリュートレーネの杖から緑の光が溢れて、船の周辺の乱闘地帯へ降り注ぐ。

 何だ、何だと争っていた者達から声が上がり、緑の光の源を求めて顔が一斉に上を向いた。怪我の消えた漁師達が「奇跡だ」と驚きの声を上げるのが聞こえる中、わたしはすぐに杖をシュタープに戻す。

 ……アウブの守護。

 一度大きく息を吸って、わたしは魔力をどんどん注いでいく。アウブにしか使えない自分の領民を守るための守護魔術だ。時間の制限があるけれど、その間は魔術、物理どんな攻撃からも民を守ることができる。わたしが初めて見たのは、それがアウブの守護だと知らない頃のことだ。

「フォルコヴェーゼン」

 ブンとシュタープを振ると、黄色の大きな鳥が飛び出した。光の粉を振り撒きながら港一帯を飛び回り、形を崩して消えていく。これで自領の民だけはどのような攻撃からも守られるのだ。

「アウブの守護……」
「本当にローゼマイン様がアーレンスバッハのアウブなのか」

 アーレンスバッハの騎士達が自分達に降りかかった光の粉を見つめる。アウブの守護で守れるのは領民として登録されている者だけだ。アーレンスバッハの騎士達は淡い黄色の光に包まれているけれど、ダンケルフェルガーの騎士達やわたしの側近達、フェルディナンド達、そして、洗礼前の子供には全く効果がない。

「第六班、閃光弾! 第七班は広域魔術でヴァッシェンを一帯に! ランツェナーヴェの兵士を押し流せ!」

 ルングシュメールの癒しに加えて、アウブの守護が降り注いだため、上を見上げていた者達の上にいくつもの閃光弾が炸裂した。目を押さえてのたうつ者達に容赦なくヴァッシェンが降り注ぎ、ランツェナーヴェの兵士達が水流に押し流されて海に放り出される。港に繋がれていた船が揺れてぶつかり合い、艫綱ともづなが外れた船がいくつか港から押し出されていく。全てから守られている領民達はポカンと上を見上げたままだ。

「第三班、第四班、第五班。作戦変更! アウブの守護があるうちに平民を帰宅させ、ランツェナーヴェの捕縛を行え! 人質の救助、魔石の回収についてはハンネローレ様の指示に従え!」
「はっ!」

 フェルディナンドの指示を受けた藤色マントの団体が港の中でも漁師達が多いところへ向かって降下する。

「第一班、第二班! 行きます!」

 ハンネローレの声に合わせて、シュミルの乗り込み型騎獣を中心にしたハンネローレの周囲を囲んでいた護衛騎士達が青いマントをはためかせて銀色の船へ向かって降下する。皆が大声を上げてその場を退き、騎獣が降りるスペースができた。

 ハンネローレが自分の騎獣からヴォルヘニールを出す。その途端、中型犬サイズだったヴォルヘニールがぐわっと大型犬のような大きさになって、周囲の平民に食らいつこうと飛びかかった。

「ダメですよ」

 ヴォルヘニールが平民に飛びつく寸前、ハンネローレがシュタープの光の帯でリードを作って、クイッと引っ張った。それだけでヴォルヘニールはぴたりとおとなしくなる。恐怖に目を見開いている平民に何か言って、ハンネローレは騎士達に号令をかけると荷物の出し入れをしていたところから騎士達と共に船の中へ駆け込んでいった。



 再び境界門へ向かって海上を駆け始めた騎獣の上で、わたしは尋ねる。

「……フェルディナンド様、ヴォルヘニールはどういう魔獣なのですか?」
「ヴォルヘニールは己よりも魔力の強い者には絶対服従する魔獣だ。その反面、自分より魔力が低く、動く物には見境なく食らいつく性質を持っている。側仕えが家具の移動をする時にはヴォルヘニールを外へ出しておかねば家具に食らいつくと言われているくらいだ」
「……ヴォルヘニール、本当に見境なしですね」

 わたしがそう言った時、海上で立ち往生していた船が内部から爆発を起こし、船の一部が派手に吹き飛んだ。騎獣の手綱を握っていない方のフェルディナンドの腕がわたしの腹部に回って引き寄せられる。

「警戒せよ!」
ランツェナーヴェの船を巡る戦いの開始。
アウブの守護は第二部でジルヴェスターが一度使っています。
ハンネローレはダンケルフェルガーの女。

次は、後編です。
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