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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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フェルディナンドの救出

「フェルディナンド様!」

 稼働している魔法陣に魔力を吸われ続けて衰弱しているようで、伏せた状態のフェルディナンドが見える。魔法陣の上から退けて魔力供給を終わらせなければならない。わたしは駆け寄って薬箱を置くと、身体強化をしてフェルディナンドの体をうつ伏せから仰向けにひっくり返し、脇の部分に手を入れてずるずると引っ張って魔法陣のない壁際へ移動させる。

「これは成長してて助かったかも……。子供の体格じゃいくら身体強化をしても限度があるよ」

 育成の神 アーンヴァックスに感謝して、「もうちょっと大きくなりますように」とお願いしてから呼吸の確認を行った。呼吸はひとまず普通に行われているようなので、横向きに寝かせる回復体位をとらせてから薬箱を手に取る。

「えーと、意識がない場合は最初にユレーヴェを……」

 ユストクスに説明された通り、意識のない者に飲ませるための吸い口のような器具を使ってユレーヴェを流し込んでいく。わたしが二年間浸かって魔力の塊を解かしていたことからもわかるように、即死で魔石化させるような毒を食らっているならば、最も効果的なのはユレーヴェである。
 自分は何度も意識がない時に薬を飲まされたことがあるけれど、他人にするのは初めてだ。緊張しながら口の中にユレーヴェを流し込む。

 ……塊ができてすぐなら解けやすいはず。頑張れ、ユレーヴェ。

 そんなことを考えながらフリュートレーネとルングシュメールの癒しを重ねてかける。少しは毒状態の緩和や回復に役立てばよいと願って。

「次は解毒薬だね」

 自分がフェルディナンドにされたことがあるのと同じように口の中へ解毒薬を含ませた布を突っ込んだ。舌の麻痺が少しでも緩和されれば、呼吸が楽になり、薬が飲みやすくなるらしい。

 ……あ。ちょっとだけ口元が動いたんじゃない?

 じっと観察していると、微妙な動きが見えた。一度布を引っこ抜き、もう一度解毒薬を含ませて口に突っ込んで様子を見る。口元が微妙に動き、呼吸が少し浅くなっている気がした。

 もう一度布を引き抜くと、今度はスポイトのような物で激マズ回復薬を少しずつ口の中に垂らすようにして流し込んでいく。起きた時に口の中がひどい味でいっぱいになるけれど、これで魔力と体力の両方をぐぐんと回復させることができるのだ。これでよし、と思った直後、フェルディナンドが激しく咽せ始めた。

 ……な、なんで!? なんか失敗した!?

 起きたら口の中がものすごくまずい味だったことは、わたしも今まで何度も経験があるけれど、意識がない時に飲まされて咽てのたうったことはない。わたしのやり方がまずかったようだ。

「ごごごご、ごめんなさいっ! こんなはずではっ!」

 苦しそうに咳き込むフェルディナンドの様子を覗き込むようにして背中をさすっていると、突然腕をつかまれた。

「へ?」

 意識が戻ったのか、と思う余裕もないくらいの速さで腕を引かれ、くるりと位置が逆転する。何が起こったのかわからなくて瞬きをしているうちに、今まで意識がなかったはずのフェルディナンドに押し倒されて、両方の手首をつかまれて、体重をかけてのしかかられていた。フェルディナンドの両手首を繋ぐ手枷の鎖が首元に食い込んでくる。

「誰だ?」

 苦しそうな呼吸の合間に発せられた警戒心たっぷりの声と理解できない者を見るように険しく細められた眼差しからフェルディナンドがわたしをローゼマインだと認識できていないことがわかった。鎖で息苦しく感じる中、わたしは「ローゼマインです!」と叫ぶように必死に名乗る。

 ……突然大きくなったけど、わかって! ついでに、ちょっと手に力を入れるの止めて! 鎖が当たって痛いから!

「……ローゼ、マイン?」

 しばらくの間沈黙して、間近でじっとわたしを見下ろしていたフェルディナンドがジャラリと鎖の音を響かせ、片手を少しだけ持ち上げた。

「……あり得ぬ。ローゼマインはこのくらいの大きさだ」
「あり得ぬってどういうことですか!? そんなぬいぐるみみたいな大きさだったこと、出会ってから今まで一度も……げふぅっ!?」

 異議ありと力いっぱい食ってかかったら、ピンと張られた鎖に自ら突っ込む結果になった。ちょっと勢いが良すぎたようで、死にそうなくらいに苦しい。ゲホゴホと咳き込んでいると、フェルディナンドがゆっくりと体を起こして、どさりと横に倒れるようにしてわたしの上から退いた。先程の機敏な動きは完全に虚勢だったようで、ぐったりと体を横たえた状態になり、じとっとした目でわたしを見る。

「……君は本当に馬鹿ではないか?」
「うぅっ……。さすがに今はちょっとだけそう思っています。ちゃんと自覚はあるので、そんなにしみじみとした口調で言わないでくださいませ」

 回復して最初の会話がこれだなんてあんまりだ。もうちょっとこう、感動的な感謝の言葉とか、頑張ったわたしに対する褒め言葉とか、久し振りの再会に相応しい言葉があると思う。

「ちょっとだけではないが……。なるほど。確かに君はローゼマインで間違いないようだ。私に鎖で首を絞められている状態で、そんなに呑気で馬鹿な反応をするのは君くらいしか知らぬ」

 わたしは「わかってくださって嬉しいです」と言いながらのっそりと起き上がった。これだけ意識があるならば自分で薬を飲めるだろう、と薬箱に向かう。

「どんな薬が要りますか? ん? ちょっと待ってください。……えぇ!? 手枷していたから鎖が引っかかったのではなく、首を絞められていたのですか!?」

 わたしが薬箱に手をかけた状態で振り返ると、フェルディナンドが本当に嫌そうな顔になった。

「……まさか本気で気付いていなかったのか?」
「いえ、わたくしだってフェルディナンド様に警戒されてることはわかりましたよ。成長しちゃったからわからないかな? とは思いましたけれど、少なくともユレーヴェや解毒薬などを与えていたのに、敵認定をされるとは思いませんでした」

 わたしが「いくら何でもひどいですよ」と頬を膨らませると、「ひどいのは君だ」と面倒くさそうに言い返された。

「どこの誰とは敢えて言わぬが、勝手に人の名を奪った挙句に手段を選ばずに生きろと命じた馬鹿者がいるからな。瀕死状態ならば尚更敵を排除せねばならぬと体が半ば勝手に動いたようだ」
「えぇ? 生きるために手段を選ぶなって命じられた瀕死の人の行動が敵の排除っておかしいでしょう? お薬を飲んでいる途中だったのですから、最後まで飲むのが正しい行動だと思います」

 わたしがそう言うと、フェルディナンドは少しだけ視線をさまよわせて「毒を与えられたかと思ったのだ」と言った。

 ……あぁ、わかる。わかる。激マズ回復薬ってマジ毒でもおかしくないくらい殺人的な味だもんね。

 だがしかし、激マズ回復薬を飲まされて毒と誤認したならば、悪いのはわたしではなく作った人ではないだろうか。

「つまり、完全にフェルディナンド様の自業自得じゃないですか!」
「それを言うならば、命令解除もせずに、止めろとも命じなかったのだから、首を絞められて殺されかけたのは君の自業自得としか言えぬ。……ハァ。このような問答はどうでも良いからさっさと薬を渡しなさい」
「誤魔化しましたね?」
「誤魔化してなどいない。今君がすべきことを述べているにすぎぬ」

 ……意識が戻った途端にこれだよ!!

「まだ体が自由に動かぬ。まずは解毒薬だ。薬を飲ませ終わったら、次はこの手枷を何とかしなさい。シュタープが使えぬのは不便で仕方がない」

 ぐてっと力なく横になった状態でフェルディナンドが次々と指示を出す。
 今はわたしがフェルディナンドの名を奪っていて主のはずなのに、と唇を尖らせながら言われるままに薬を準備して、様子を見ながら少しずつ飲ませていく。

「フェルディナンド様は全然動けないくせに、口だけはいつも通りにふてぶてしいですよね」
「口だけ動くのは君が解毒薬を含ませたからではないか。……それから、私に文句を言っているつもりならば、少しはその緩んだ顔を何とかしてからにしなさい。文句を言っているのか、喜んでいるのかわからぬ顔になっているぞ」

 フェルディナンドに指摘された顔を押さえてみたら、確かにすごくにやけた顔になっているのが自分でもわかった。ペチペチと叩いて引き締めようと努力してみるが、全然直りそうにない。

「憎まれ口を叩けるくらいまでフェルディナンド様が回復してよかったと思っているから、顔を何とかするのは無理そうです」

 感情に任せてへらっと笑うと、フェルディナンドが何度か瞬きをした後、目を閉じて口をへの字にした。

「……まったく、君は」
「あ、もしかして照れました?」
「照れてなどいない」

 ツンツンと頬を突くと、フェルディナンドの腕が途中まで上がったところで止まり、最後まで上がらずに下ろされた。仕方がなさそうに息を吐いたフェルディナンドがじろりとわたしを睨む。

「動けるようになったら覚えていなさい」
「はい。動けるようになったら、大変結構って褒めながら頭を撫でてもいいですし、何ならぎゅーしてくれてもいいですし、頬をつねってもいいですよ」

 フェルディナンドを覗き込みながら、自分の希望と回復した途端にされそうなことを並べてみる。

「……だから、早く動けるようになってください」

 ぽたりと涙が落ちた。緊張が緩んだせいもあると思う。フェルディナンドと他愛ないやりとりができた安心感もあると思う。でも、一番大きいのは生きていてくれてよかったという感情だ。勝手に溢れてくる涙を止めることはできない。

「……泣くな」

 そう言ったフェルディナンドの腕が再び上がり、途中で止まってまた下ろされる。顔をしかめたフェルディナンドが腹立たしそうに拳を握った。

「だいたい、君は私を助けに来る必要はなかった。ユストクス達にそう伝えるように言ったはずだが、何故ここにいる? どのようにしてここに来たのだ?」

 その言葉にぴたりと涙が止まった。これがわたしを泣き止ませるために言ったならばすごい効果だと思うけれど、フェルディナンドの場合は間違いなく素で言っている。

「フェルディナンド様の記憶力がそれほど悪いとは思っていませんでした。わたくし、あれほど脅迫したはずなのですけれど……」
「脅迫はされたが、色々と状況は変わったではないか。……何を怒っている?」

 ……本気でわかってないよ、この人。

「怒りますよ! わたくしはフェルディナンド様が幸せにならなかったら、何を敵に回しても助けに行くと言ったではありませんか! わたくしを呼んだのはフェルディナンド様でしょう?」
「呼んだ覚えはない」

 視線を逸らしてそっぽを向こうとするフェルディナンドの顔をガシッとつかんで、わたしは逃げたそうな金の瞳をじっと見据える。

「呼ばれた覚えはあります。わたくしにフェルディナンド様の状況が見えたのですから。ルッツが同じようにわたくしの危機的な状況を見た時は、わたくしが死にそうな恐怖に直面してルッツを必死に呼んだ時でした。ですから、今回フェルディナンド様はわたくしを呼んだのです。呼ばれなかったら準備不足で時間が足りなくて間に合わなかったのですからね」
「わかった。わかったから、少し離れなさい。近すぎる」

 フェルディナンドが呼んだことについて話をしている時に「顔が近い」などと頓珍漢なことを言うフェルディナンドに、わたしは近すぎる距離を利用してゴンと頭突きしておく。グッと痛みに呻いたフェルディナンドが恨めしそうにわたしを睨んだ。

「……来ない方が良い状況を作り出したのは君ではないか」
「はい?」
「こちらの質問には答えることもなく、注意も何も聞かずに暴走してメスティオノーラの書を手に入れ、エアヴェルミーンに私を消すように命じられたであろう?」

 フェルディナンドに睨まれて、わたしもフェルディナンドを睨み返す。

「命じられましたけれど、それが何ですか? わたくしはエアヴェルミーン様御本人に断固としてお断りしましたよ」
「待ちなさい。どちらかが犠牲になってメスティオノーラの書を完成させなければユルゲンシュミットが崩壊するらしいが、断ってどうするつもりだ?」
「え? そんなことを言われても、フェルディナンド様が助からなかったらユルゲンシュミットが助かっても意味がないでしょう?」

 何を言っているのか、とわたしが首を傾げると、フェルディナンドは驚愕の顔でわたしを見た。

「何を言っているのだ、君は? それではまるでユルゲンシュミットより私を選ぶように聞こえるぞ。言葉選びは……」
「大領地、中央、王族、神々……。何を敵に回しても助けに行くって言いませんでした?」
「……最後の神々は初耳だ」

 唖然とした顔でそう言ったフェルディナンドがその場にうつぶせになった。寝転がって姿勢を変えられたのは楽になってきた証拠だろう。回復状態を観察しながらわたしはニコリと微笑んだ。

「あら、初耳でしたか? それは失礼しました。でも、そういうことですから、二人とも無事に済む方法でメスティオノーラの書を完成させる方法を考えましょう」

ひとまず救出です。
じわじわと動けるようになっていますし、魔力も回復中です。
激マズ回復薬を毒と勘違いしたのは自業自得ですね。

次は、わたしのゲドゥルリーヒです。
次の更新は9/20です。
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