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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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転移陣

「ローゼマイン様、起きてくださいませ。そろそろ準備いたしましょう」

 仮眠を取っていたらリーゼレータに起こされた。少し眠っただけでもかなりすっきりしている。わたしはリーゼレータとグレーティアの二人に騎獣服へ着替えさせてもらい、忘れずにフェルディナンドの名捧げ石を革袋に入れると部屋を出た。すでに階下には魔石の鎧を身につけた護衛騎士達が揃っている。

「リーゼレータ、グレーティア、ラザファム。図書館の留守を頼みます。防御の魔術具の使い方は……」
「大丈夫です、ローゼマイン様。こちらのことはご心配なく。フェルディナンド様をお救いすることだけを考えてくださいませ。アウブがお待ちですよ」

 リーゼレータが微笑んでわたしの言葉を遮り、養父様に連絡するように促す。わたしは養父様にオルドナンツを飛ばした。

「養父様、ローゼマインです。今から出発します。準備はいいですか?」
「できている。第一訓練場だ。早く来い」

 コルネリウス兄様とレオノーレを先頭に、城にある騎士団の第一訓練場へ騎獣が飛び立っていく。わたしは第一訓練場と言われてもよくわからない。前について行くだけだ。わたしのレッサーバスは魔術具や回復薬がいっぱい積まれていて、その管理のためにハルトムートとユストクスが同乗している。

「ユストクスは乗る必要がないと思うのですけれど……」
「フェルディナンド様に投与するお薬の種類や手順の復習をしなければなりません。下ろすとすればハルトムートですよ」

 ハルトムートがそんなことを了承するわけがないので、結局二人とも乗せることになった。ハルトムートはこの救出劇でわたしが何をするのかわくわくしていて、ユストクスは「相変わらず面白い騎獣だ」とレッサーバスを触りまくっている。

 ……今回はこの二人とずっと一緒に行動するのか。



「ローゼマイン様だ!」
「おい、場所を空けろ。騎獣が降りてくるぞ!」

 真夜中だというのに第一訓練場には普段よりも沢山の騎士達がいた。夜勤の騎士が増やされていて、いつ呼ばれても良いように待機しているようだ。皆の顔つきが厳しく、ゲオルギーネに備えていることがわかる緊迫した雰囲気になっているのがわかる。

「ここだ」

 第一訓練場に設置された巨大な転移陣の上で、養父様とその側近達が待っていた。アウブにしか設置できない人を転移するための転移陣だ。これで一気にキルンベルガへ移動するのである。

「わざわざありがとう存じます、養父様」
「アーレンスバッハの襲来に向けて、大人数の移動ができるかどうか確認するための予行演習だ。気にするな。上手く使えることがわかれば、こちらにも大きな利がある」

 わたしと養父様が話をしているうちに、たくさんの荷物が積まれたわたしの騎獣以外は片付けられ、皆が転移陣の上に乗っていく。その短い間にお父様がエックハルト兄様とコルネリウス兄様の肩を軽く叩いた。

「エックハルト、コルネリウス。護衛騎士としてフェルディナンド様とローゼマイン様を守り、無事に戻れ」
「お任せください」

 全員が転移陣に乗ると、養父様が手を挙げた。養父様の背後に並んでいた護衛騎士達がざっと動き始め、跪いて転移陣に手を付ける。数人分の魔力が流し込まれていき、転移陣に闇と光が渦巻いた。ぶわりとエーレンフェストカラーのマントが風を受けて舞う。そんな中、養父様がシュタープを掲げた。

「ネンリュッセル キルンベルガ」

 貴族院へ転移する時と同じようにぐにゃりと視界が歪む。気持ちが悪くなるので、目を閉じて少しの浮遊感をやり過ごしていると、「ようこそおいでくださいました、アウブ・エーレンフェスト」という声が聞こえた。目を開けると、ギーベ・キルンベルガが数人の騎士達を伴って出迎えてくれている。

 ……本当に着いた。

 ここはギーベ・キルンベルガの夏の館の一角だ。領地内で変事が起こった時に騎士団が駆けつけられるように、ギーベの館にはアウブが設置した転移陣がある。何代にも渡って大人数の騎士団を派遣しなければならないような変事がなかったのでアウブからも存在を忘れられていたらしい。メスティオノーラの書でその存在を知ったわたしが今回の移動に使いたいと提案して、養父様が使えるように復活させてくれたのだ。

「これは便利だな。南で変事が起こっても使えそうだ」
「アウブ、転移陣を使うと戦う前に回復薬と回復するための時間が必要です」
「魔法陣の起動には文官か側仕えを使うのはどうでしょう?」

 到着と同時に転移陣の検証を始めた面々に向かって「養父様、話し合いは後回しにして境界門を開けてください」と声をかけた。

「そうだな。検証は後回しだ。行くぞ」

 この位置からでも月明かりを受けて白く浮かび上がる境界門が見える。一番に飛び出していきたいと思う逸る心を抑え、皆が騎獣を出すのを待った。養父様とその側近が先に、わたし達はその後について騎獣を駆る。

 境界門に到着すると、養父様がシュタープを取り出して「エフネトーア」と唱えながら門を軽く叩いた。真っ白の境界門がゆっくりと開き始める。同時に、螺鈿細工に使われる貝の真珠層のようなきらめきを持つ淡い虹色の国境門が見え始める。月明かりだけではなく、ほんのりと光っているように見えるのは魔力のせいだろうか。

「……ローゼマイン、本当に使えるのか?」
「大丈夫ですよ」

 養父様が国境門を見上げて呟く。国の礎を押さえていなくても、グルトリスハイトを持っていれば国境門を使うことはできるのだ。先代ツェントの第二王子もグルトリスハイトを預かっただけで国境門の開閉に向かったし、ランツェナーヴェを建国したトルキューンハイトも勝手に国境門を開けて出奔している。

 ……わたしのメスティオノーラの書は魔法陣が欠けてるから門の開閉もできなくて、すでに設置されてる転移陣が使えるだけなんだけどね。

 今回はそれで十分だ。わたしは騎獣を下りて国境門に近付き、シュタープを出した。

「グルトリスハイト」

 わたしの手にメスティオノーラの書が現れる。背後にいる者達が息を呑んだのがわかったけれど、それを無視して、わたしはメスティオノーラの書を門にぺたっと押し付けた。

 ……うわ!

 ものすごい勢いで魔力が吸われていくのがわかる。今まで魔力供給をしていなかったせいだろう。魔力を流していくと、淡く虹色に光っていた門が強く光り始めた。同時に、それほど大きくはないが、ズズズズズと何かがずれるような音がし始める。三角の屋根が左右に滑るように動き始めたのが見える。

「ほぅ……。闇の神の寵愛を受けた夜空の髪に光の女神の御加護を得た金の瞳、様々な神から祝福を受けたその美貌、グルトリスハイトを手にして全属性の国境門に再び光を与える姿はまさに英知の女神メスティオノーラではありませんか」

 ……黙って、お願い。キルンベルガの人達がドン引きするから!

「このようなことが……」
「これは……っ!?」
「まさかローゼマイン様が……」

 クラリッサとハルトムートの興奮気味の称賛に、養父様やキルンベルガの騎士達の驚きの声が混じる。キルンベルガの国境門は約二百年動いていないのだ。こうして魔力を与えられ、光を増すだけでも驚きなのだろう。

 だが、周囲の驚きはどうでも良い。早く行かなければならない。わたしは屋根の動きを凝視する。あの中に国境門から国境門へ移動できる転移陣が敷かれているはずなのだ。

「門柱の階段から上がることもできますが、時間が惜しいので騎獣で行きます。アーレンスバッハへ行く者はわたくしの騎獣に乗ってくださいませ」

 この門を開けたわたし以外の騎獣は弾かれるので、アーレンスバッハへ同行する側近達に騎獣を片付けてレッサーバスに乗るように指示を出す。皆が乗り込む間に、わたしは養父様に向き直った。

「では、いってまいります。絶対にフェルディナンド様を連れ帰りますから」
「待て、ローゼマイン。これを……。ジギスヴァルト王子から預かっている」

 六属性の魔石に金色で王族の紋章が刻まれたお守りらしき魔術具のネックレスを養父様が差し出した。それほど強固なものではないが、守りの魔法陣も刻まれている。

「ジギスヴァルト王子からですか? いつお会いしたのです?」
「ユストクス達の話を聞いた後だ」

 養父様によると、ツェントに緊急の通信を送ったところ、直接話を聞きたいと言われたらしい。ローゼマインが関わると、何が起こるかわからないから事前にできる限りのことを把握するようにアナスタージウス王子から言われているようだ。

「最初は三日後に面会を……とツェントがおっしゃったのだが、三日後にはもう終わっているので事後の報告になります、と伝えたらエーレンフェストのお茶会室にジギスヴァルト王子を遣わしてくれたのだ」

 忙しい上に、今日はたまたま騎士団長が休みなのでツェントは出られなかったそうだ。ジギスヴァルト王子に話をして、養父様は代わりにジギスヴァルト王子からお守りを預かったらしい。

「これが王族の許しを得ている証になるので必ずつけているように、だそうだ。後ろを向け。つけてやろう」

 王族の許しがあるのとないのでは大違いだ。わたしはありがたくジギスヴァルト王子の気遣いを受け取るために養父様にくるりと背を向けて、ネックレスをつけやすいように髪をまとめて退ける。あの時と違って毎日のようにフェルディナンドのお守りを側仕え達につけてもらっているので、慣れた動作になっている。もう「男に装飾品をもらったことがないのか」とは言われないだろう。

 ……わたし、成長したね。装飾品、もらいまくりだよ。

「まるで養父様がくださった黒のお守りのようですね。今度はジギスヴァルト王子のお守りがわたくしをまもってくれるでしょうか?」
「其方の守りたい者ごと守ってくれるはずだ。……行け」

 カチリと留め金のかかる音がして、養父様に軽く背を押された。わたしはコクリと頷いて騎獣に乗ると、国境門の上に駆け上がり、屋根がスライドして見えている内部に降り立った。

 わたしが降り立ったところは虹色のつるりとした床だ。そこに大きな転移陣が敷かれている。毎年ツェントが側近達を連れてやって来ていたからだろう。メスティオノーラの書の古い時代では側近達を連れてツェントが華々しく国境門のある街を騎獣で駆け回ったという記述もあった。時代が下る程、連れている人数が減り、魔力の節約をするようになってきたようだが。

 わたしは騎獣から降りて、転移陣の上に立つ。キルンベルガの境界門の屋上やその上空に騎獣に乗った養父様やお父様達が見えた。わたしは笑顔で手を振ると、シュタープを出す。

「グルトリスハイト」

 夜の暗い空間でも読みやすいようにわたしのメスティオノーラの書の表面は光っている。とても便利で読みやすい。わたしは指を軽く動かして転移陣を動かす方法を検索し、画面に映る魔法陣をトンと選択する。

「ケーシュルッセル ダンケルフェルガー」

 画面から魔法陣が飛び出した。全属性の光を放つ魔法陣が空中に浮き、転移陣の上で光を放ちながら回転する。その光に促されるように、下に描かれている転移陣も動き始めた。上からも下からも魔力を吸われる感覚に驚きながら、わたしは魔力を流していく。
 光の奔流で視界が白くなった。転移する時特有の浮遊感に目を閉じる。「フェルディナンドを頼んだぞ、ローゼマイン!」という養父様の声が最後に聞こえた。



「おおおおお!!」

 ゆらりと揺れる感覚の中、野太い雄叫びが響いてきた。それだけでダンケルフェルガーに到着したことがわかる。体感温度が五度は上がったと思う。正直、暑い。
 目を開けると、国境門の中だった。転移陣が光り、国境門自体が光を帯びているけれど、屋根が開いていないので、ダンケルフェルガーの騎士達の姿は見えない。

「屋根が開いていなくても、ここまで声が響くのですね。アーレンスバッハへ到着する前に興奮しすぎて体力が減りそうに思えるのですけれど……」
「そんな軟弱な騎士、ダンケルフェルガーには存在しません。ご安心くださいませ」

 クラリッサは笑顔で請け負ってくれるけれど、別の意味で不安になる。こんな興奮している騎士達を本当にわたしが率いるのか、と。

「それに、もう十年以上ツェントの訪れがない国境門に動きがあるのですもの。皆が興奮するのは当然です」

 ……あぁ、そうか。ダンケルフェルガーにとっては十数年なんだ。

 クラリッサの言葉に妙な納得をする。エーレンフェストにおいては歴史書でしか見られない現象も、ダンケルフェルガーでは自分の目で見たことがある現象なのだ。声が出ない程驚くというものではないらしい。

 わたしは一人で騎獣から降りると、メスティオノーラの書を壁にぺたっと押し付けた。魔力を注ぎながら国境門の屋根を開かなければならない。少しずつ屋根が開いていくのに比例して雄叫びが大きくなっていく。

 完全に開いたのを見て、わたしは騎獣に乗り込み、ダンケルフェルガーの境界門へ移動するために上空へ駆け上がった。

 ダンケルフェルガーの境界門の屋上には予想以上にたくさんの騎士達が集まっていた。右側の門柱の屋上には鎧をまとって戦準備の整っている騎士が十人ずつ十列で整列している。その前に二人分の人影が見えるけれど、彼等は指揮官のような存在だろうか。
 左側の門柱の屋上には鎧をまとっていない見送りや見学らしき人達の姿がその数倍ひしめきあっている。左側の境界門の屋上はいっぱいだ。

 わたしは右側の門柱の屋上に向かう。アウブ夫妻とレスティラウトが側近を従えて有志の騎士達の前にいるのが見えた。

「アウブ・ダンケルフェルガー、それから、有志の騎士の皆様。急な要望への対応とご協力に心から感謝します」

 わたしが騎獣から降りると、水鏡の通信で話をしたアウブ・ダンケルフェルガー以外の者が息を呑んでわたしを見つめてくる。特にレスティラウトの驚愕に満ちた視線が痛い。

「アウブより話は伺いましたが、本当にローゼマイン様ですか?」
「はい。間違いありません」

 わたしはハンネローレの声を聞いて反射的にそちらを振り返る。アウブ夫妻やレスティラウトと一緒に並んでいないのは未成年だからだと思っていたが、この場にいたらしい。

 ……ちょっと待って。

 アウブ達以外にこの場にいるのは鎧で全身を固めた騎士達だけのはずだ。軽く目を見張ってわたしを見つめてくるハンネローレの姿に、わたしも息を呑む。

「ハンネローレ様、その恰好はまさか……」

 わたしに声をかけてきたハンネローレは全身を魔石の鎧で固めている。出陣のメンバーに入っているのは明確だ。

「わたくしは貴族院の三年生で行われた嫁盗りディッターで大変な失態を演じました。ダンケルフェルガーではディッターの恥をディッターの勝利で雪がなければなりません。できる限り、ローゼマイン様のお役に立てるように頑張りますから、ぜひご一緒させてくださいませ」

 ハンネローレが恥ずかしそうに微笑みながらそう言った。おっとりほわほわとした雰囲気とセリフが全く合っていない。

 ……ディッターの恥はディッターの勝利で雪ぐって、何それ!?
転移陣でエーレンフェストからキルンベルガへ。
そして、ダンケルフェルガーへ。
ジギスヴァルト王子のお守りももらいました。
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