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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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聖典の鍵

「わたくし、これから急いで神殿に戻ります。養父様の要望でもあるので、ギルベルタ商会は神殿に来てもらえるように変更してほしいのですけれど……」

 わたしが自室に戻ってそう言うと、リーゼレータが難色を示した。

「ローゼマイン様が明日城へお戻りになることが可能であれば、城で採寸をお願いできませんか? フロレンツィア様、シャルロッテ様、エルヴィーラ様の専属針子も呼んで、衣装の依頼をする予定なのです」

 側近であるブリュンヒルデから譲られた衣装をいつまでも主に着せておくわけにはいかない、と側仕え達が色々なところに声をかけて調整してくれたようだ。付け加えるならば、領主会議までに準備しなければ中央へ移動するのに衣装がないという最悪の状況になるのだ。リーゼレータとオティーリエのお膳立てを無駄にするわけにはいかない。

「わかりました。明日はこちらに戻りましょう」
「明日の採寸や衣装選びはわたくしも同行させてくださいませ。ローゼマイン様の役に立ちたいです」

 貴族院では全く役に立てなかったとベルティルデが悲しそうに言いながらわたしを見た。せっかく側仕えになったのに、側仕えらしいことができなかったと嘆いているベルティルデに合わせて、わたしは少し体を屈める。

「わたくしがリーゼレータやグレーティアから聞いた限りでは、メルヒオールの側近に負けないように張り切ってシャルロッテのお茶会のお手伝いをしていたのでしょう? とても優秀で、わたくしがいない間もエーレンフェストの流行を広げるために頑張っていたと聞いていますよ」
「でも、わたくしがローゼマイン様にお仕えできるのはお姉様がアウブと星結びをするまでですから……」

 ブリュンヒルデが正式に第二夫人になれば、ベルティルデはブリュンヒルデの側仕え見習いになることが決まっている。その前に少しでも側仕えらしいことをしたいと望むベルティルデの一生懸命さがとても可愛い。

「では、明日注文する衣装の一つはベルティルデに任せましょう。わたくしの夏の衣装を一つ、注文してくださいませ。自分で見ても雰囲気がずいぶんと変わっているのです。その辺りをよく考えてくださいね」
「ありがとう存じます」

 嬉しそうに微笑むベルティルデにわたしは明日ブリュンヒルデも呼んでもらえるようにお願いしておく。

「結婚準備で忙しいでしょうけれど、ブリュンヒルデの結婚と退職のお祝いに髪飾りを贈りたいのです。ベルティルデ、急なことになりますけれど、今からブリュンヒルデに伝えてもらえますか?」
「もちろんです、ローゼマイン様。お姉様はきっと喜びます」

 ベルティルデがブリュンヒルデへの連絡のために一度席を外すと、わたしはすぐに神殿への帰り支度を始める。

「養父様に言われて、神殿で確認しなければならないことがあるだけですから、明日にはこちらへ戻ります。専属楽師のロジーナは城で待機させておいてくださいませ。専属料理人のフーゴは寮で長々と拘束してしまったので、神殿へ連れ帰ります。明日、代わりの者を連れてきますね」

 グレーティアが神殿や専属に連絡するために動き出す。それを横目で見ながら、わたしは自分の文官達に視線を向けた。

「ハルトムートとフィリーネは神殿に同行してください。ローデリヒとクラリッサは城でハンネローレ様が貸してくださった本の写本をお願いします。それから、護衛騎士ですけれど、ダームエル、アンゲリカ、マティアス、ラウレンツはわたくしと神殿へ、それ以外は城で待機です。おそらく養父様やおじい様からの呼び出しがあると思うのです」

 防衛計画の練り直しなどで騎士団に呼び出される可能性はある。上級騎士であるコルネリウス兄様とレオノーレは残しておきたいけれど、アンゲリカは残しておいても意味がない。

 わたしが指示を出している間にリーゼレータとオティーリエの二人は手早く荷造りを始めた。今回は体のサイズが大きく変わっているので、神殿にある衣装では寝ることにも困るため、着替えが必要になるのだ。

「いってらっしゃいませ、ローゼマイン様。お早いお戻りをお待ちしています」



 神殿に着いて、騎獣を下りると見えたのは神殿の側仕え達の驚き顔だった。一斉に息を呑んで、わたしを凝視している。異端な物を見る拒絶の目でもなく、事情があることを理解していて黙って受けてくれている貴族の側近達とも違う。どちらかといえばハルトムートの言葉を素直に信じていたメルヒオールに近い目だ。

 ……あぅ、絶対に洗脳されてる気がする。

「ただいま戻りました」
「……おかえりなさいませ、ローゼマイン様。ハルトムート様から伺っていましたが、神々の祝福によって本当に大きく美しく成長されたのですね」

 モニカにキラキラとした目で見つめられて、否定することができずに口籠る。ハルトムートが鬱陶しい程に毎日のようにわたしの無事と魔力的な成長について語っていたから、拒絶的な反応が少なく、皆に受け入れられていることはわかっているのだ。語っていた内容と熱の籠りようは気持ち悪いと周囲から思われていたようだけれど、わたしが普通の生活に戻れたのはハルトムートのおかげなのである。

「ずっと幼い姿を見ていましたから驚きましたが、ローゼマイン様の成長はとても喜ばしく存じます」
「私が知る中でローゼマイン様が一番美しいです」

 フランとギルは最初からわたしに仕えてくれていた二人だ。穏やかに微笑んでわたしの成長を喜んでくれるフランと、ちょっと照れた顔で拳を握って褒めてくれるギルに思わず笑みが零れる。

「皆が喜んでくれて、わたくしも嬉しいです」

 ギルやフリッツに城からの荷物を運んでもらい、神殿長室に戻りながらフランとザームに明日の予定や専属達の行動について連絡をする。

「冬の成人式が間近ですが、儀式用の衣装は整えられますか? それとも、メルヒオール様に神事をお願いしますか?」
「成長しても着られるように誂えたので、儀式用の衣装は問題ありません。普段着のお直しが終わるまでは、儀式用の衣装を着る以外どうしようもないのが難点ですね。明日、城で採寸と衣装の注文を行うので、話を通しておきます。ギルベルタ商会にお直しに出しておいてくださいませ」

 城で採寸をするのだから、それに合わせて神殿の普段着も直してくれるはずだ。

「明日にはお城で予定がおありなのですよね? では、今日は一体どのような用件で神殿へ戻られたのですか?」
「聖典の鍵を調べるためです。少し新事実が発覚したので、調べ直す必要が出てきました」

 わたしは神殿長室に戻ると、ニコラの入れてくれたお茶を飲みつつ、フランが聖典の鍵を出してくれるのを待つ。その間にダームエルとアンゲリカに指示を出した。

「ダームエル、アンゲリカ。悪いけれど、下町の門を全て回って、銀の布をまとって街に入ってくる者がいないか、よくよく注意するように兵士達に伝えてくれるかしら? そして、発見した時は決して騒がずに、すぐに騎士団へ連絡するようにしてほしいのです。相手は高位の貴族の可能性が高いので、決してその場で捕らえる必要はありません」
「はっ!」

 ダームエルとアンゲリカはすぐに背を向けて退室していき、銀の布というところに反応したマティアスが「ローゼマイン様、それは……」と呟きながらわたしの方を見た。銀の布が発見されたのは、ギーベ・ゲルラッハの夏の館だ。ならば、銀の布が示す人物を推測するのは簡単だろう。

「魔力持ちの不審人物がこっそりと侵入してくる可能性があるのです。わたくしが戻る前日に春を寿ぐ宴が終わったのでしょう? ならば、そろそろ雪が解けますから、馬車に対する警戒が必要になります」

 マティアスはスタスタとわたしの前に進み出ると跪き、両手を胸の前で交差する。

「ローゼマイン様、私をゲルラッハへ行かせてください。ボニファティウス様と調査に向かった時、領地内にいくつか魔術具を隠してある小屋を発見しました。開けたらわかるようにボニファティウス様が罠を仕掛けています。確認に行かせてください」
「おじい様に尋ねてみましょう。行くとしても、騎士団の者と一緒ですよ」

 わたしはおじい様に「マティアスがゲルラッハへ罠の確認に行きたいと言っています」とオルドナンツを飛ばした。おじい様は養父様やお父様とエーレンフェストの防衛計画の練り直しに忙しいだろうと思うけれど、騎士団から誰か出してくれるだろう。
 そう思っていたら、すぐにおじい様から返事が届いた。

「私も確認が必要だと思っていたところだ。せっかく仕掛けた罠を荒らされたくないので、私が向かう。マティアス、回復薬は十分に準備しておけ。一日で戻るからな」

 おじい様はどうやら回復薬をガブガブと飲みながら、全速力の騎獣で強行するようだ。わたしは隠し部屋から数種類の回復薬を持ち出すと、悲壮な顔をしているマティアスに手渡した。

「マティアス、これを使ってください。効力は保証します。おじい様の全速力について行くのは大変だと思いますけれど、大丈夫ですか?」
「……この確認は私が望んだのです。行きます。私はもうエーレンフェストを荒らされたくありません。全力で守ります」

 マティアスはお礼を言いながら回復薬を受け取る。ラウレンツ一人ではさすがに護衛騎士が減りすぎた。ユーディットを神殿に呼ぼうかと考えていると、ラウレンツが「心配無用です、ローゼマイン様」と笑った。

「ユーディットには連絡しました。ローゼマイン様の守りをこれ以上薄くするわけにはいかないので、ボニファティウス様と神殿へ来てくれるようです」

 ……わぉ。わたしの側近、マジ優秀。



「こちらが聖典の鍵です、ローゼマイン様」

 バタバタと出入りする護衛騎士達が落ち着くのを待って、フランが聖典の鍵を渡してくれた。わたしは鍵を手に取って、椅子から立ち上がる。

「助かります、フラン。わたくし、少し隠し部屋に籠りますね。中に護衛はいりません。外で待機してくださいませ」

 ユーディットとラウレンツの二人を神殿長室の護衛に残し、わたしは隠し部屋に一人で入る。隠し部屋の中のテーブルにコトリと鍵を置くと、わたしはシュタープを出して「グルトリスハイト」と唱えた。
 タブレット型のメスティオノーラの書を指で押さえながら、聖典の鍵について検索する。

「どれどれ?」

 聖典の鍵は礎と対になるように作られている。魔力登録のための魔石の上に小さい魔石があり、そこの色は領地の色と同じであるため、鍵を見ればどこの領地の鍵なのかわかるらしい。

 へぇ、と思いながら鍵をじっと見つめてみると、領地の色を表す魔石がエーレンフェストの黄土色に近い山吹色でなければならないのに、薄い藤色である。

「これ、エーレンフェストの鍵じゃないよ! アーレンスバッハの鍵!? え? なんで!? わたし、これで何度も聖典を開いているよね!?」

 慌てて鍵の項目を読み進めていくと、なんと聖典と鍵が対になっているのではなく、礎の魔術と対になっていることがわかった。聖典と鍵に登録されている魔力が同じであれば聖典を開けることはできるけれど、礎に繋がる扉はその領地の鍵でなければ開かないようだ。

「え? じゃあ、エーレンフェストの鍵って一体どこにあるの?」

 呆然としたまま呟いてみたけれど、頭の片隅ではとっくに答えが出ていた。鍵のすり替えも聖典の盗難事件で起こったのだから、とっくにゲオルギーネの手に渡っているのだろう。あの時、わたしは他人の魔力に染まっていた鍵を自分の魔力で染め直したはずだ。聖典が開いたので本物の鍵だと認識していたけれど、他領の鍵だとは思わなかった。

「でも、これってわたし達に気付かれたらアーレンスバッハの礎を逆に取られちゃうんだよ? そんなリスクの高いことをなんで……?」

 これがゲオルギーネの計画だとすれば、一体何を考えているのかわからない。アーレンスバッハの礎はいらないのだろうか。それとも、何かこちらを陥れるための罠なのだろうか。わたしにはわからない。

 けれど、アーレンスバッハの鍵とすり替えられていることで、そこにいる娘や民を捨てても問題がないくらいにゲオルギーネがエーレンフェストの礎に執着していることだけは伝わってきた。手に入れて大事にしようという気持ちがあるように思えない。どちらかというと、養父様から取り上げることや自分の手で壊すことを望んでいるように思える。

 ……もし、エーレンフェストを壊すことがゲオルギーネ様の望みなら?

 そう考えた瞬間、一気に血の気が引いた。アウブ・エーレンフェストになることではなく、エーレンフェストを壊すことをゲオルギーネが望んでいるならば、ゲオルギーネはわたしにとって一番の強敵になる。話し合いも通じなければ、命乞いも通じない。命を消すことに何の躊躇いもなく、平民のことなど歯牙にもかけないだろう。むしろ、守ろうという姿勢を見せれば、そこを重点的に狙ってきそうだ。

「後のことを全く考えずに礎を手に入れるだけなら、そんなに難しくないんだよ……」

 礎の魔術は領地の基礎だ。領主候補生の講義でやった通り、礎を通して魔力を満たすことで土地が豊かになる。逆に、全ての魔力がなくなると、街は崩壊するし、土地は白の砂漠に戻っていくのだ。そのため、普通は時間をかけて前アウブと自分の魔力を少しずつ交換していくか、前アウブを完全に上回る大量の魔力を叩きつけて一気に塗り替えることになる。

 けれど、奪って破壊するだけならば時間もかからないし、染め変えるための大量の魔力など必要がない。空の魔石を大量に準備して持ち込んで礎の魔力を吸わせたり、大魔術を使うことで礎の魔力を大量消費したりすれば良いだけである。エーレンフェストの街だけではなく、農村や森も含めて領地は一度白の砂漠に戻り、領民はほぼ全滅するけれど、礎の魔術を自分の魔力で染めるのはとても簡単になる。

 どれだけの無茶をしても、礎を持った者を罰することさえできないグルトリスハイトを持たないツェントだとわかっているからできる暴挙だ。

 ……ツェントが必要だよ。グルトリスハイトを持ったツェントが。

 メスティオノーラの書を持っているわたしは、ユルゲンシュミットの礎を手に入れることができれば、ゲオルギーネを容易に止められるだろう。礎を持つアウブと領主候補生ではできることに差があるように、礎を手に入れたツェントとグルトリスハイトを持っているだけの次期ツェント候補では違う。

 何より、わたしのメスティオノーラの書は穴あきで、多分、地下書庫の奥にあるツェントのためのグルトリスハイトの写本と違って、大魔術を行うのに必要な魔法陣の類が虫食い状態だ。メスティオノーラの書を完成させるか、グルトリスハイトの写本を手に入れる必要がある。

 ……どうやってエーレンフェストを守ればいい? シュツェーリアの盾で街ごと囲む?

 いつゲオルギーネがやってくるかもわからないのに魔力の無駄だろう。そして、銀の布が魔力の盾を通り抜ければ意味がない。礎にゲオルギーネを近付けさせずに捕らえるのが一番だ。少なくとも、礎を得ようと思えば、本人が来なければならない。

 焦ったわたしが一人で考えていても碌な考えが浮かばない。考え込むより先に養父様へ知らせた方が良いだろう。わたしは聖典の鍵を握って隠し部屋を出た。

「大変なことがわかったので城へ戻ります。この鍵は安全のため、わたくしが保管しておきますね。フラン、ダームエルとアンゲリカが戻ったら、神殿の裏門と正面玄関でそれぞれ待機しておくように言ってください。それから、神官長室にいるハルトムートにメルヒオールを神殿に呼ぶように、と伝えてください」
神殿に戻って鍵の確認です。
鍵がアーレンスバッハの物にすり替えられていました。
エーレンフェストの鍵は聖典盗難事件の時にすり替えられ、ダールドルフ子爵夫人から前ギーベ・ゲルラッハに転移陣で送られ、ベティーナの実家経由でゲオルギーネの手に渡っています。

次は、採寸と焦燥です。
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