挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

582/677

初週の講義 後編

 わたしがヒルシュールの前から退いて自分のテーブルに戻ると、そこはとても微妙な雰囲気になっていた。

「魔力の反発を経験済みとはどういうことだ、ローゼマイン? 一体誰と経験しているのだ?」
「あぁ、ハンネローレ様と経験したのです」
「ハンネローレ様だと!?」

 予想外というような反応で周囲がざわっとなってハンネローレに視線が集中する。視線を受けたハンネローレがビクッとして、恐る恐るわたしを見た。

「ローゼマイン様、わたくし、全く覚えがないのですけれど……」
「去年、ダンケルフェルガーとの儀式の研究中に二人で神具の継承方法について話をしていたではありませんか。あの時にハンネローレ様の神具にわたくしが魔力を流してしまったでしょう? ハンネローレ様の魔力と反発したので……」

 わたしが魔力の反発を感じた時のことを説明すると、ハンネローレは「あぁ、あの時ですか」と納得の顔を見せた。

「ローゼマイン様から流された魔力は少しでしたし、驚いただけで全く影響ありません。ヒルシュール先生もおっしゃったように他人の魔力の影響はすぐに消えますから、ご安心くださいませ」

 ハンネローレがニコリと微笑むと、周囲が「何だ……」と安堵したような、つまらなそうな息を吐いた。

「ローゼマイン、其方の言い方は色々と紛らわしすぎるぞ。まるで其方がこの薬を飲んで私に染められたように周囲に受け取られたではないか」

 ヴィルフリートの言葉に「そうか。周囲からはヴィルフリート兄様に染められたように見られるのか」と理解して、わたしは必死に頭を回転させる。婚約解消が決まっているのに、そんな誤解が流れたらヴィルフリートもわたしも困る。

 ……でも、なんでヴィルフリート兄様は自分の心配してないの!? 養父様に記憶を覗かれる時にヴィルフリート兄様だって飲んだよね!?

 そこでわたしはハッとした。そう、エーレンフェストにはこの薬を飲まされた者は何人もいる。わたしやヴィルフリートだけではないのだ。

「……ヴィルフリート兄様が周囲に誤解されそうになったことは本当に悪いと思っています、でも、わたくしの周囲にはこのお薬の使用者が何人もいるのですもの。薬を飲んだ後の魔力がどうなるのか、心配になるのは当然ではありませんか」
「何人も、だと?」
「えぇ、固有名詞は避けますが、去年の冬から春にかけて旧ヴェローニカ派の子供達は何人か使われているでしょう? たとえ無実を証明するためでも、将来に影響があれば困ると思いませんか?」

 わたしが捻り出した言葉にヴィルフリートが「確かに何人かいるな」と考え込んだ。

「あとは、お仕事とはいえ、犯罪者と同調せざるを得ない騎士の方々も大変だな、と思ったのです」

 うっ、と嫌そうな顔をしたのは上級騎士の人達だと思う。記憶を覗く魔術具では相手に自分の魔力を流し込むだけだけれど、それでも楽しいことではないだろう。

「ローゼマイン、そのような心配は無用だ。この薬の効果はさほど長く続かぬ。完全に影響が消えるまで、長くても一月くらいであろう」
「そうなのですか。皆の魔力は大丈夫なのですね」

 ……一月くらいか。なぁんだ。心配して損したよ。

 フェルディナンドに染められたのかと思って慌てたけれど、どうやら特に問題になるようなことではないようだ。尋問の騎士達に染められただろうマティアス達も問題はなさそうで何よりである。



 少々やらかしてしまった調合を終えた次の日は、午前中に座学があり、午後からは領主候補生の講義になる。今年もわたしの机の前には踏み台があり、お隣はハンネローレだ。

「よろしくお願いしますね、ハンネローレ様」
「ローゼマイン様のお隣ですと、色々と助言いただけるので助かります」

 フフッと笑い合っていると、エグランティーヌが教師として教室である小広間に入ってきた。

 ……あれ?

 エグランティーヌの舞うように優雅な動きも、豪奢にまとめられた金髪も、穏やかな微笑みを絶やさない橙の瞳も記憶の通りだ。でも、何だか違う。前よりずっと綺麗になっているような気がした。内面からの華やぎが増しているというか、肩の力が抜けた自然体になっているというか、言葉で表すのは難しいのだが、何だか綺麗なのだ。妙に目を引く雰囲気がある。

「お久し振りですね、皆様。今、模型が運ばれます」

 補助をする者達が模型をテーブルに置いていく。わたしの前にも置かれた。真っ白な砂で埋められた箱の中に礎の魔術を模した魔術具が入っている領地の模型だ。

 全員に模型が配られて、補助の者達が退室した後、エグランティーヌはこの模型を染めるように指示を出した。去年の講義で箱庭を染めることに時間がかかっていた学生が、「また一から染めるのですか?」と少し嫌そうな声を出す。

「えぇ、そうです。さすがに一年間箱庭の魔力を維持することもできませんから、毎年一から染め直しですよ」

 確かに維持するより一から染め直す方が魔力的なコストがかからない。わたしは納得したけれど、領主候補生としては魔力がギリギリくらいの学生には何度も染め直すのが大変なようだ。憂鬱そうに模型を見つめる学生をエグランティーヌが見つめる。

「でも、これくらいの大きさの魔術具を染めることに躊躇していてはアウブにはなれません。本物の礎はこのように小さくありません。アウブとして染めたり、維持したりするのはもっと大変ですもの」

 エグランティーヌはニコリと微笑みながらそう言って、箱庭の模型を指差す。領主を目指すのが領主候補生だ。領主候補生ならばこのくらいの模型は簡単に染められるはず、というのは間違いではない。

 ただ、今の魔力不足の現状において、負け組領地や小領地では礎の魔術に少しでも多くの魔力を供給するために、上級貴族に落とした方が良いくらいに領主候補生としてはギリギリの魔力の者が残されている。次期アウブではなく、礎の魔術への供給者を維持するための領主候補生には大変な課題だと思う。

「では、始めてくださいませ」

 わたしはエグランティーヌの号令と共にシュタープを出して、箱庭の礎の魔術に触れながら魔力を流し込んでいった。魔術具が染まり、魔力が流れて白の砂が黒い土に変わっていき、ちょこちょこと緑が生え始める。

「ローゼマイン様は相変わらず早いですね。この模型を自分の魔力で染められたら、今年は礎の魔術に他者が供給するための供給の間と登録の魔石を作りましょう」
「はい」

 供給の間に登録するための魔石はアウブでなければ作れない。そして、供給の間に入れる人数は七人と決まっている。魔力を供給するための場所が最高神と五柱の大神の印の付いた分しかないので、それ以上は入れないのだ。

 もちろん、登録の魔石だけならばいくつでも作れる。ドレヴァンヒェルは成人している領主候補生が多いので、未成年は魔力供給を頻繁にするわけではないけれど、登録だけはしているとお茶会でアドルフィーネから聞いたこともある。

 ……いっぱい領主候補生がいるっていいなぁ。

「どうされました、ローゼマイン様? 難しいお顔をされていらっしゃいますけれど……」
「いえ、礎の魔術に供給できる者について考えていたのです。ドレヴァンヒェルのように人数が多いところを羨ましく思っていました。エーレンフェストは未成年を除くと三人だけなので……」

 わたしの言葉にハンネローレが「それは大変ですね」と少し表情を曇らせた。

「ダンケルフェルガーはおじい様やおばあ様も健在ですし、叔父様方もいらっしゃいます。お父様の第二夫人や第三夫人を含めると、成人だけでも簡単に七人を超えますもの」

 お兄様も成人されましたし、とハンネローレが呟く。来年には第二夫人の子が貴族院へ入学するらしく、未成年の領主候補生も数人いるようだ。

「それだけ人材が豊富であることが羨ましいです、本当に」
「でも、中領地のエーレンフェストがその人数で大変なのでしたら、アーレンスバッハは本当に大変でしょうね」

 ハンネローレにそう言われてハッとした。アーレンスバッハで礎の魔術に魔力供給できる成人は、成人したばかりのディートリンデとゲオルギーネだけだ。そして、未成年の領主候補生も貴族院入学前のレティーツィアしかいない。

 ……フェルディナンド様をこき使うなんてひどい! って、やっぱり今でも思うけど、誰かの手を借りたい気持ちはものすごくわかるかも。

 うぅ、と唸りたくなった時、箱庭の中に魔力が完全に行き渡った。感覚的なものだけれど、ずっと流れていた魔力が一瞬押し戻されてくるのでわかるのだ。

「エグランティーヌ先生、できました」
「では、供給の間を作りましょう。魔石の準備はできていますか?」
「はい。すでに魔力を飽和させてあるので、これから金粉にしていきます。設計図を描くための魔紙はこれでよろしいですか?」

 フェルディナンドの予習を受けているので、何をすれば良いのかはわかる。わたしは講義のために準備するように言われている道具を出して、手順の確認をしていく。

「はい、大丈夫です。こちらの魔法陣を見ながら、スティロで描いてくださいませ」

 わたしは持参している魔石を金粉に変えて、供給の間を作るために必要な魔法陣を睨む。全ての神々の記号が詰まった魔法陣はとても複雑で描くのが大変なのだ。

 ……コピペできないかな?

 わたしはトントンと指で始点と終点を指定してみる。全く魔力が出てこない。どうやらダメなようだ。せっかくのコピペ魔術だが、かなり限定的にしか使えない。残念すぎる。わたしは諦めてスティロで魔紙に魔法陣を描き始めた。

 ……ちぇ、楽がしたかったのに。



 わたしが魔法陣を描き終わる頃には、ハンネローレも箱庭を染め終えていて、金粉作りに励んでいる姿が見えた。魔石をぎゅっと握って魔力を込めている。

「ローゼマイン様はもう描き終わったのですか?」
「もう、ではありませんよ。かなり時間がかかって疲れました」
「とても速くて綺麗に描かれていると思いますけれど……」

 ハンネローレがそう言いながら、わたしの描いた魔法陣を覗き込む。わたしも自分の魔法陣を見下ろした。あまり綺麗ではないと思う。こうして少し離れて見ると、いくつか記号が歪んでいるところがある。

「そうでしょうか? フェルディナンド様には遅い上に記号が均等ではなく、美しさが足りないとよく叱られていました。これもおそらく合格するかどうか、微妙なところだと思いますよ」

 複雑で難しい魔術を使う時は魔法陣の記号の配置が少しずれただけでも効率が落ちるらしい。スティロで描いているので、フェルディナンドが納得するまで何度も描き直しをさせられたものだ。

「わたくしのお母様よりも厳しいですね」

 ハンネローレが少し驚いたように言った。どうやらダンケルフェルガーの第一夫人も厳しいようだ。わたしは思わず小さく笑ってしまった。

「ハンネローレ様、とても厳しいフェルディナンド様のご指導ですけれど、何度も受けていれば、だんだんとわかってくる合格ラインがあるのです。それさえ見つければ、何とか合格できるくらいを狙って速さを上げることも可能になります。ハンネローレ様も合格ラインを探すと良いですよ」

 やりすぎたら合格ラインを上げられるので要注意だけれど、とわたしがお勧めすると、ハンネローレはポカンとした顔になった後、そっと息を吐いた。

「……ローゼマイン様は厳しいご指導でも意外と余裕がおありなのですね」

 ……え? そんなことないよ? 早く次の本が読みたくて、いつもいっぱいいっぱいだったもん。

 今は読書時間さえ満足に取れないほど余裕がないのに、周囲からは余裕があるように見えるのだろうか。

「ローゼマイン様、準備ができたら供給の間を作ってくださいませ」
「はい」

 わたしはエントヴィッケルンと同じような要領で供給用の魔術具を作って、礎の魔術に繋げていく。そして、供給用の魔石を七つ作った。一度予習で作った経験があるので、特に失敗もしていないはずだ。

 ……こんなものかな?

 わたしがエグランティーヌに見せると、「素晴らしいですね」とエグランティーヌが目を見張った。予想外の速さと出来らしい。フェルディナンドのおかげだけれど、予習していて余裕に見えるからこそ奉納式のような面倒を押し付けられるのだろうとも思う。

「この後は領民の登録メダルの作り方を学び、登録と廃棄を行いますね。今日はもう時間がないので、次にしましょう」

 エグランティーヌの説明を聞きながら、わたしはちょっと陰鬱な気分になってきた。登録メダルの廃棄はあれだ。ハッセでフェルディナンドが行っていた処刑である。前ギーベ・ゲルラッハのような逃亡した犯罪者を処刑するためには知らなければならないことなのだろうけれど、気持ちの良いものではない。

 ……ハッセの処刑風景が蘇って気持ち悪くなるんだよ!

 講義で行うのは、領民に見立てた魔石の魔力をメダルに登録して、メダルと共に魔石を廃棄するだけだ。多分、ハッセの処刑風景を見ていなければ、わたしは何も考えずに講義を終わらせることができたと思う。
 でも、魔石が崩れていく様子があの日の処刑風景を思い出させてくるのだ。気持ち悪くなるし、しばらく気分が沈む。

 ……大丈夫。魔石だから怖くない。怖くない。



 講義終了を知らせる鐘が鳴った。皆が手早く片付けて教室を出ていく中、エグランティーヌがニコリと微笑んでわたしを呼んだ。

「ローゼマイン様は残ってくださる? 少しお話があるのです」
「かしこまりました、エグランティーヌ先生」

 心配そうに何度か振り返りながら教室を出ていくヴィルフリートとハンネローレに軽く手を振り、わたしはエグランティーヌに言われた通り教室に残る。全員が退室し、補助の者が教材の箱庭を片付け終わると、教室に残ったのはエグランティーヌとわたしの二人だけだ。

「お話とは何でしょう、エグランティーヌ様?」
「奉納式で何か起こるかもしれないとおっしゃったでしょう? 一体何が起こるのかしら? できるだけ詳しく教えてくださいませんか?」

 オルドナンツで交わした内容そのままである。わたしは最初に考えていた通り、「何が起こるか、わたくしにも予想はできません」と答える。

「予想できないのに、何かが起こることはおわかりなのですか?」
「はい。ツェントになるためには祈りが必要ですよね? 神々に祈って光の柱を立て、祠で祈りを捧げなければならないのですから……」

 わたしの言葉にエグランティーヌが頷いた。貴族院の祠をぐるぐる回りながら祈りを捧げなければならないことは、地下書庫の白い石板にも書かれていることだ。

「ですから、最奥の間で奉納式を行って、皆で祈りを捧げれば何かが起こるのではないかと思ったのです。最奥の間は祈りを捧げるための礼拝室ですから、全く何も起こらないということはないと思いますが、何が起こるのかは予想できません」
「去年は奉納式を行っても何も変わりませんでしたよね?」

 エグランティーヌは不思議そうに首を傾げた。赤い光の柱が立ったけれど、貴族院では当たり前の現象だった。あれくらいの規模の変化で何事もなく終わってくれればよいと、わたしも思っている。

「去年は祭壇に向かって祈ったわけではありませんもの。祭壇に魔力を流すこともなく、聖杯に魔力を溜めるだけでした」

 それに、祠を巡ったわけでもないし、空に巨大な魔法陣が浮かび上がっているわけでもないのだ。色々な意味で去年と今年では色々と条件が違う。

「星結びの儀式の時に神具を使用したら不思議な現象が起こったように、祭壇に向かって祈りを捧げれば不思議なことがあるかもしれません。心の準備だけでも必要ではないかと考えてお知らせしたのです」

 わたしがアナスタージウスから「不意に起こるよりは心の準備ができる。其方が関係して何も起こらないはずがないからな」と言われたことを告げると、エグランティーヌがクスクスと笑った。

「わかりました。ツェントにもご報告して心の準備をいたしましょう。それから、クラッセンブルクの領主候補生が新しく入学してきました。ジャンシアーヌ様は魔力圧縮をまだ行っていないので、中級貴族の奉納式に出席させる予定です。中級貴族はヴィルフリート様が担当されるのですよね?」
「そうです。三回も奉納式を行うのは、わたくしに負担だから、と手分けすることを提案してくださいましたから」

 わたしがニコリと微笑むと、エグランティーヌもニコリと微笑んだ。

「ローゼマイン様の側近の二人も、とても主を大事にしていることが伝わってきました。二人ともローゼマイン様の負担にならないように、とそればかり口にするのですもの」

 微笑ましい物を見るようにエグランティーヌがわたしを見つめる。そして、本当は奉納式を行う前にジャンシアーヌとわたしを招待してお茶会をしたかったとか、ジャンシアーヌを庇護してあげてほしいと言う。庇護と共同研究は別物だと思うのだけれど、わたしの認識が違うのだろうか。

 ……奉納式について教えてあげてほしい、って頼まれたなら快諾できるけど、第一位のクラッセンブルクを第八位のエーレンフェストが庇護するの? 反対じゃない?

「わたくしがジャンシアーヌ様より立場が上の王族になる来年からは庇護できますけれど、今年はまだ難しいと思います」
「まぁ、ローゼマイン様。それほど難しく考えなくても、お茶会に招いたり招待を受けたりして仲良くしてくだされば十分ですよ」
「それくらいでよろしいのでしたら……」

 お茶会を一緒にするくらいで良いならば何とかなるだろう。時間を捻出するのが大変なだけだ。

 ……図書館の魔術具の研究、できるかな? 一番欲しいの、それなんだけど。うーん……。

「快く引き受けてくださって嬉しいです。ローゼマイン様、よい共同研究にいたしましょうね」

 そう言われて、わたしは首を傾げた。よい共同研究と言われても困る。クラッセンブルクとの共同研究なのに、エグランティーヌと一緒に研究をするわけではないだろうし、わたしはどちらかというと、クラッセンブルクの共同研究に協力しているだけの気分なのだ。

「よい共同研究とおっしゃられても、クラッセンブルクは一体どのような共同研究を行うのですか?」
「え?」
「わたくし、何も聞かされていませんし、エーレンフェストとしては奉納式で研究することなど特にありません。王族と上位領地に協力を要請されたので、神事を行うだけです。クラッセンブルクのジャンシアーヌ様は一体何を研究されるのですか?」

 エグランティーヌが驚いて口元を押さえている姿を不思議な気分で見つめる。研究テーマさえ決まっていないし、奉納式の準備以外で何の打ち合わせもしていないのによい研究にしましょう、と言われても何と返事をすればよいのかわからない。

「わたくし、共同研究は学生の領分なのでアウブの許可は特に必要ない、と去年言われていたのです。けれど、クラッセンブルクとの共同研究は、始まりがアウブからの申し出で、エグランティーヌ様の後押しがあって決定し、打ち合わせや話し合いは学生抜きで行われています」

 ハッとしたようにエグランティーヌがわたしを見た。でも、本当に学生が全く介在していないのだ。わたしは親睦会で挨拶をしたジャンシアーヌ以外、クラッセンブルクの学生の顔が全く思い浮かばない。

「こちらの意見を聞くこともなく、日時や順番が決められていて、研究テーマさえ決まっていないような物をどのように研究すれば良いのでしょう?」

 学生達の加護を増やすため、神事について広く知らしめるため、王族が多くの魔力を得られるためという理由があるので奉納式に協力するのは構わないけれど、共同研究と言われてもピンとこない。

「利点は多いですから、奉納式を行うのは良いと思います。クラッセンブルクには頑張っていただきたいと思いますし、今年は上位領地の要請に従います。けれど、わたくしが王の養女になったら、エーレンフェストにとっては特に得られるものがないクラッセンブルクとの共同研究は止めます。正直なところ、余裕が全くない講義の前半に休日を潰して奉納式を行うのは非常に迷惑なのです」

 エグランティーヌが介入してきたように、わたしも介入して共同研究を止めさせる。ヴィルフリートやシャルロッテに負担をかけ、優秀な成績を取ろうと努力している学生達を巻き込んでまでエーレンフェストが行うことではない。

「王族への貢献がエーレンフェストの利益ではありませんか」

 クラッセンブルクが引き立てて奉納式を行うことで王族へ貢献ができる、とエグランティーヌは言った。確かにエーレンフェストが勝ち組領地として王族へ貢献するのは必要だろう。
 でも、クラッセンブルクと一緒に行わなければならないことではないし、わたしが王族入りすることがエーレンフェストの貢献に数えられることになっているはずだ。これ以上の負担はいらない。

「ローゼマイン様、エーレンフェストの協力がなければ奉納式はできません。神事を行える者がいないのです。それほど迷惑でしたら、もっと早く教えてくだされば……」

 困ったわ、と頬に手を当ててそう言ったエグランティーヌを真っ直ぐ見つめながら、わたしは首を横に振る。

「わたくし、冬の初めにすでに決まったこととして伝えられただけで、意見を求められませんでしたから伝えることができなかったのです。エグランティーヌ様が介入した時点で王族の命令ですから、エーレンフェストには断れません」

 王族であるエグランティーヌが介入している時点で、もうエーレンフェストにとってはただの学生の共同研究ではない。アウブ同士の話し合いで決まる共同研究など、普通はないのだ。そして、そんな普通ではない研究を続ける気はない。

「クラッセンブルクが来年も同じように奉納式を行う予定なのでしたら、今年の奉納式をよく研究し、クラッセンブルクの学生が神事を行えるようになれば良いと思いますよ。あぁ、それを今年の研究テーマにすればいかがですか?」

 ヴィルフリートやシャルロッテもできるようになっているし、メルヒオールや青色見習い達も収穫祭で立派に儀式を行ったと聞いている。一年も準備期間があるのだから、やる気さえあれば大丈夫だろう。わたしが春から秋にかけて頑張った青色見習い達の努力について話をすると、エグランティーヌは何と言ってよいのかわからないという顔になった。

「半年、真剣に努力すれば神事を行うことは可能です。そう、アウブ・クラッセンブルクにお伝えくださいませ、エグランティーヌ様」
領主候補生の講義を行い、エグランティーヌとの話し合いです。
クラッセンブルクとの共同研究って言われてもねぇ、というローゼマイン。
自分の調整で上手くいっているつもりだったエグランティーヌはビックリです。

次は、奉納式です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ