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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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フェルディナンドからの手紙

「養父様にも言われましたし、早めにお手紙を読んで返事を書かなければならないのです。でも、わたくし、お手紙の入った荷物を図書館へ送ってしまったので、明日は図書館へ行きますね」

 夕食を終えて自室に戻ると、わたしは自分の側近達に明日の予定を伝える。オティーリエは「こちらの仕分けはどうされますか?」と心配そうに布がたくさん詰まった箱を見つめた。

「側仕え達でわたくしに合う各季節の貴色を選んでもらった後、養母様、シャルロッテ、お母様、アウレーリアの布を選びましょうか」
「布をお渡しするためにはお茶会を開催しなければなりませんけれど、どうしますか?」
「え? お茶会、ですか?」

 なんとこんなふうに配る時は他の人と比べたり、あっちが良かったみたいな感想を持たせたりしないように、できるだけ個別に贈るのが良いとされているそうだ。

 ……うあぁ、面倒くさい。お土産を配るためだけに何度もお茶会なんてやってられないよ!

「オティーリエ、わたくしが選んで、それぞれにお茶会を開いてご招待して、その方に渡すには時間が足りません。他に何か方法がないか考えてくださいませ」

 わたしが引継ぎで忙しくて何度もお茶会の時間を取れないことは側近達が一番よくわかっている。側仕え達は、どうしましょう、と考え込んだ。

「お腹の大きな養母様にお願いするのは気が引けるのですけれど、わたくしの分を選んだ後は、全て養母様にお贈りして、そこから皆に配っていただくのはいかがでしょう?」
「それはあまり良くありません。ローゼマイン様からの贈り物ではなく、フロレンツィア様からの贈り物になってしまいます」

 派閥や力関係を考えると、わたしからの贈り物という形は崩さない方が良い、とオティーリエが言った。

「……でも、わたくしは一年後には去るのですから、その後の派閥形成のためにも養母様に預ける方が良いと思います。今、一番立場が不安定なのは養母様でしょうから」

 わたしはハルトムートとのお茶会で聞くまで全く気付いていなかったけれど、実は、わたし達の婚約解消で一番問題があるのは養母様なのだ。

 ヴィルフリートはわたしとの婚約を解消したがっていた。次期アウブになどなりたくないと言っていた。婚約解消をして立場が不安定になったところで自分の希望が叶ったのだから納得できるだろう。シャルロッテやメルヒオールも自分の将来に選択肢が増えたことを喜んでいたので問題ない。

 けれど、養母様は今までライゼガングの後ろ盾を持つわたしがヴィルフリートの第一夫人になる予定だったから、どっしりと構えていられたのである。実子がアウブになり、養女を通じてライゼガング系の貴族を味方につけられるとわかっていたから、ブリュンヒルデを第二夫人に迎え入れても全く問題がなかったのだ。

 わたしとブリュンヒルデの年も近いので、たとえブリュンヒルデに子供ができても、わたしとヴィルフリートの子供がいれば、ライゼガングがどちらを優先するのかは目に見えている。養父様の第二夫人として迎え入れることを歓迎できた。

 けれど、わたしとヴィルフリートの婚約が解消になると、全ての前提がひっくり返ってしまう。ライゼガング系の貴族はこぞってブリュンヒルデにつくだろうし、そこに子が生まれれば養母様の血を引く子がアウブになれる可能性は著しく下がる。

「……ローゼマイン様はライゼガングの貴族であり、御自分の側近であるブリュンヒルデを優先なさいませんの? ヴィルフリート様との婚約を解消し、アウブとの養子縁組を解消するのであれば、エーレンフェストに残る関係はご実家だけ……即ち、ライゼガングとの繋がりになります」

 オティーリエが静かにわたしを見つめながら問いかける。側近達がわたしの答えをじっと待っているのが視線でわかった。わたしの答えがエーレンフェストに残る者達の動きに大きな影響を与えるのがわかる。

「わたくし、養母様やシャルロッテの立場を強化しておきたいのです」

 どちらかというとライゼガング系の貴族が多い自分の側近達を見回しながら、ハッキリと言った。わたしは養母様の立場が不安定になることも、調整役としてエーレンフェストに残ることを選択したシャルロッテが不遇の立場になることも望んでいない。

「ブリュンヒルデはライゼガングをまとめ、エーレンフェストを安定させるために第二夫人を望んだのです。養母様の立場を脅かすことを望んだわけではありません。わたくしはブリュンヒルデではなく、第一夫人である養母様を支持します」

 お母様も大きな権力の後押しがある第二夫人のトルデリーデのために立場が不安定になり、世代交代のことで頭を悩ませていた。わたしの選択を責めはしないだろう。

「……かしこまりました。これらの布は半分ほどローゼマイン様のために取り置いて、もう半分はフロレンツィア様に委ねましょう」
「半分も取り置くのですか?」

 わたしは各季節の貴色を取り分ければそれで良かった。半分と言われて目を瞬くと、オティーリエはクスッと悪戯っぽく笑った。

「あら、わたくし達、側近への下げ渡しはございませんの?」

 それは完全に頭になかった。確かに、養母様より先にいつも頑張ってくれている側近達を労うべきだろう。わたしは自分の分を選んでもらった後、側近達に自分の好きな布を取るように言う。そして、残りの布は「この人にはお裾分けしてください」というお願いのお手紙と一緒に全て養母様に贈ることにした。



 次の日、側仕えはグレーティア一人を、文官と護衛騎士は全員を連れて図書館へ行った。調味料や香辛料の仕分けもあるし、昼食や夕食準備のため、フーゴ達専属料理人も一緒だ。事前にオルドナンツで連絡を入れておいたので、ラザファムが出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「ただいま戻りました、ラザファム。こちらに届いている荷物の仕分けをします。素材は工房に運ばれていますか? それから、オルドナンツで頼んだように隠し部屋でお手紙を読んだり、返事を書いたりできるように机や文房具を入れたいのですけれど……」
「どちらも準備はできています。ローゼマイン様が隠し部屋を開けてくだされば、すぐに整います」

 料理人達が下働きの案内で厨房へ向かうのを確認し、わたしはラザファムを先頭に工房へ行った。指示した通り、工房に荷物が運び込まれている。

「この箱の素材を文官達で手分けして片付けてください。ハルトムートの指示に従うように。男性の護衛騎士もこちらのお手伝いをお願いします。クラリッサやフィリーネでは運べない物もあるかもしれませんから」

 文官全員が動員される時はダームエルもついつい文官に数えてしまう。それを正直に口にするとダームエルが可哀想なので、男性の護衛騎士は全員まとめてお手伝いである。高いところに収納したり、重い素材があったりするので、男手があると便利なのだ。

「わたくしは隠し部屋でお手紙を読んで、お返事を書きますから、素材の分類と片付けはお願いしますね。素材の分類や収納方法はわかるでしょう?」
「もちろんです。お任せください」

 神殿も図書館も、わたしの工房はフェルディナンドが整えていたので、どちらも配置は同じである。工房の配置は完璧に把握している、とハルトムートとクラリッサが張り切っているので、二人に任せておけば問題ないだろう。

 わたしはグレーティアに頼んでレティーツィアから送られた物が入っている箱からお手紙を取り出してもらい、ラザファムに声をかけて三階にある自室へ向かった。

「急なことですから、ひとまずこちらのテーブルと文具を入れる予定ですが、よろしいでしょうか?」
「えぇ。新しい家具を準備する必要はありません」

 わたしはラザファムに頷きながら隠し部屋を開けた。ここの隠し部屋には椅子とフェルディナンドの「大変結構」が入った魔術具がある。他の人に触られるのが何となく嫌で、わたしは魔術具の入った革の袋を手に持って、一度隠し部屋から出た。そして、隠し部屋にテーブルや文具を準備してもらうのを待つ。

 テーブルが入ったら、グレーティアに城から持ってきたインクや紙を入れてもらい、テーブルの上にお手紙を置いてもらった。消えるインクも準備済みである。

 ……わたし、完璧。

「では、読んできますね。護衛騎士はアンゲリカだけ残してくれれば十分です。必要になれば呼びますから、後の皆は荷物の仕分けのお手伝いをしてください」

 一人で隠し部屋の中に入ると、わたしは早速レティーツィアのお手紙から読み始めた。養父様から早く返事を書くように、と言われたからである。別にフェルディナンドのお手紙はお説教が並んでいそうだから後回しにしたというわけではない。

 両親の声が入った可愛いシュミルの魔術具がとても嬉しかったこと、最初はフェルディナンドに対してどのタイミングでどのように使えば良いのかわからなかったが、ユストクスが実演して教えてくれたことが書かれている。

「ユストクスのおかげで、上手にシュミルの魔術具を使うことができるようになりました……って、想像したらシュールだよね」

 眉間に皴を刻んで教育中のフェルディナンドにユストクスが「今です」とか「こういう時に使いましょう」と言いながら、白いシュミルのぬいぐるみをビシッと出す光景を思い浮かべると、妙な笑いがこみ上げてくる。

 そのシュミルから「たまには褒めてくださいませ」とわたしの声がして、フェルディナンドがきっと嫌そうな苦い顔で褒め言葉を口にするに違いない。近くで見ていると、フェルディナンドから変な八つ当たりをされそうなので、離れたところから見たいものである。

「それにしても、レティーツィア様はお菓子がないと辛いんだ……。フェルディナンド様、もうちょっと手加減してあげようよ」

 春の領主会議を終えると、突然教育が厳しくなったことが書かれている。理由が書かれていないのでわからないけれど、それはどうしてもアーレンスバッハにとって必要なことらしい。わかっていても辛いので、いつもフェルディナンドがご褒美にくれるエーレンフェストのお菓子とシュミルの魔術具が心の支えで、厳しい教育を乗り越えるためには必須だと書かれていた。

「……うーん、これは新しいお菓子が必要かも」

 フェルディナンドが渡しやすいように、クッキーや小さく切り分けたカトルカールを小分けにして袋に入れていたけれど、アイスクリームやティラミスのように時を止める魔術具でなければ運べないような物も準備してあげた方が良いかもしれない。

 とりあえず、レティーツィアはとてもわたしに感謝していると書いてくれていて、今回、フェルディナンドがお礼の品を送り返す時に、一緒にお礼を届けたいと考えてくれたらしい。
 そして、お礼に何を送れば良いのか悩んでいたところ、ユストクスが調味料や香辛料など、お料理に幅の出そうな物はどうかと提案したらしい。何だかずいぶんユストクスと仲が良さそうだ。

 ……いや、フェルディナンド様やエックハルト兄様より聞きやすいのは間違いないけどね。

「エーレンフェストにない物は使い方がわからないかもしれないので、ユストクスの助言通り、料理長から聞き出したアーレンスバッハの料理のレシピも同封しています……だって。レティーツィア様、マジいい子!」

 わたしは同封されていたレシピにさっと目を通す。知らない材料ばかりなので、ひとまず作ってみなければどんな味の物ができるのかわからない。フーゴ達の努力に期待しよう。

 ……せっかくだからもらった調味料や香辛料で何か作って送るのもいいかもね?

 わたしはレティーツィアに少しでも楽しく勉強できるように新しいお菓子を送ること、シュミルの魔術具を喜んでもらえて嬉しいこと、送ってもらった新しい調味料で新しい料理を作るので試食してみてほしいことなどを書く。

 フェルディナンドの教育が厳しくなったことには理由があるようだし、レティーツィアも納得しているようだ。わたしからレティーツィアにもっと優しくしてあげて、と無責任に言うことはできない。せめて、フェルディナンドに褒め言葉のハードルを下げるようにお願いしておくので、いっぱい褒めてもらうように、と助言するのが精々だろう。

 ……レティーツィア様も「大変結構」が入った録音の魔術具が必要かもね。



 レティーツィアのお手紙を全て読み終わったら、フェルディナンドのお手紙を読む番だ。何通もあるので、きっとどれかにはお小言が入っていて、どれかには褒め言葉が入っていると思う。

「……どれから読もう?」

 ドキドキしながらわたしは封を切る。カサリと広げるとお小言がだーっと並んでいた。
 まず、婚約者に対して隠し部屋を与えるように王族に交渉するのはとても非常識なことだとか、連座回避を直接交渉して勝ち取るなど心配しすぎだというお叱りの言葉が並んでいた。

 どうして婚約者には部屋が与えられないのか、与えるとどういうふうに周囲から見られるのかが書かれている。どうやらわたしはディートリンデに結婚前から寝室に男を入れるように、そして、フェルディナンドには結婚もまだなのに、ディートリンデと同室で生活しろ、と王命で強要するような真似をしたことになっているらしい。
 少しでもディートリンデと距離を取りたいのに何ということを、と王命で隠し部屋を与えると聞いた時、フェルディナンドは頭を抱えたそうだ。

 ……のおおおぉぉっ! そんなつもりじゃなかったの!

 身の安全のためにディートリンデが西の離れに部屋を準備したことで、お互いに安堵したそうだ。ただ、葬儀が近くなるまで部屋がなかなか与えられなかったことようで、一番忙しい中に部屋を移ることになって引っ越し作業が本当に大変だったらしい。

 フェルディナンドが与えられた部屋は、ゲオルギーネが第三夫人だった頃に使っていた部屋だったので、ユストクスとエックハルト兄様の二人が毒の検出をしなければ、と何種類もの検出薬を振りまいて、アーレンスバッハの側近達をドン引きさせたそうだ。

 ……でも、ユストクスとエックハルト兄様の心配はわたしもわかるよ。何事も念入りに確認はしておかなきゃね。

 毒の形跡がないことを確認して、部屋を丸ごとヴァッシェンした上で引っ越し作業をしたそうだ。その間、フェルディナンドは隠し部屋を工房に改造していたらしい。

「部屋を移ったため、執務室までの距離が遠くなり、ゲオルギーネの離宮からは更に遠くなり、ユストクスが情報を得にくくなったし、隠し部屋などなくても生活はできる。だが、できるだけ早く工房を得たいと思っていたのは事実なので、今回のことは不問とする……って、今まで散々お小言を書いてたじゃないですか! どこが不問ですか!?」

 ふんぬぅ! とひとまずお手紙に向かって怒っておく。フェルディナンドと「不問」という言葉の意味の擦り合わせが必要だ。

「しかも、寝台で寝るより隠し部屋で転寝する方がよく眠れるので、今度は長椅子が欲しいものだ。領地対抗戦の時に使ったのは非常に寝心地が良かった……って、あの長椅子、わたしにくれたやつだよね!? 自分の代わりに残していくとか言ってたくせに、置ける場所があったら寄越せってこと!? それとも、新しいのを注文しておけってこと!?」

 とりあえず、フェルディナンドが隠し部屋ライフを充実させたいと思っていることはよくわかった。でも、本気で隠し部屋から出なくなりそうなので、長椅子の設置に関してはユストクスとエックハルト兄様の意見を聞いてからにしよう。そうしよう。

 隠し部屋について書かれたお手紙の他には、ランツェナーヴェの来訪を中心としたアーレンスバッハの情勢について書かれているお手紙もあった。書かれたのは葬儀の始まる直前くらいだと思われる内容だった。

 ランツェナーヴェの姫の受け入れを拒否する王の決定を伝えたら、ランツェナーヴェの使者が都合よく改竄されたあちらの事情を述べ、ディートリンデがランツェナーヴェに同情して非常に面倒なことになっているそうだ。

 葬儀の期間中に王族とランツェナーヴェの会談の場を設けようとしたり、この魔力不足の時世にランツェナーヴェに輸出している魔石をタダ同然で譲ろうとしたりして、貿易関係がしっちゃかめっちゃかになったらしい。あまりにもそれがひどかったので、フェルディナンドが雷を落としたら、ディートリンデは反省どころか「貴方はわたくしを本当には愛していないのよ!」と意味不明な反論をして、ランツェナーヴェの使者がいる館へ飛び出していったそうだ。

「一体どういう心理からそのような言葉が出たのか、その場にいた誰にも理解できずに困っている。変わった者同士、君には通じるところがないか?……って、えええぇぇぇ? そんなの、わたしにもわかるわけないよ」

 一事が万事そんな調子で、ディートリンデがランツェナーヴェの王の孫を気に入って側に置いているおかげで、仕事に集中できるし、少し気分的な余裕ができたが、仕事量は依然と比べものにならない程に増えたそうだ。

「ディートリンデ様、いくら何でもそれはまずいでしょ……」

 ランツェナーヴェの使者の館に頻繁に出入りするディートリンデを諫めたり、連れ戻したりするためにゲオルギーネが奮闘しているらしい。ゲオルギーネに連れられて、城に戻ってくるディートリンデの姿が何度も目撃されているようだ。

 ディートリンデの行動があまりにもひどいので、レティーツィアの教育は厳しくせざるを得ないけれど、城の中はレティーツィアをなるべく早く次期アウブにするため一つにまとまりつつあるらしい。

 ……うーん、これもディートリンデ様のおかげと言えるのかな?

 そして、養父様が到着して、調合の道具や素材が到着してからのお手紙は魔紙についてのことしか書かれていなかった。

 わたしが送ったサンプルの最高品質の魔紙が想定外の品質になっていること。作成行程で魔力を使い過ぎていて、頭が痛くなるようなレシピであること。ここまで魔力を使われた魔術具では、相応のお礼をするのが難しくなること。レシピに目を通した結果、あまりにも無駄が多すぎて愕然としたことなどがずらずらと書かれている。

「以上の理由から、取り急ぎ改良レシピを作成した。この通りに調合した魔紙を送ってくるように……って、徹夜続きで工房に籠って何をしていたのかと思ったら、レシピの改良してたってこと!? そんなの後でいいでしょ!? フェルディナンド様のバカバカ!」

 最高品質の魔紙三百枚という大変な要求をするのだから、調合するための時間はなるべく長く確保した方が良かろう、ともっともらしい理由が書かれているけれど、葬式の期間中に体を壊しそうな生活をしなければならない理由にならないはずだ。

 新しいレシピに必要な素材も送った、と書かれている。あの箱詰めにされていた素材の大半は新しい魔紙を作るための素材らしい。わたしへのお返しでもお土産でも何でもなかった。

「うぅ、フェルディナンド様め。王族への要求は非常識だけど隠し部屋は嬉しかったし、久し振りの調合が楽しくて止められなかったって正直に言えばいいのに!」

 久し振りの研究に没頭して、それが非常に楽しかったらしいことは、レシピに関係のない調合や素材の蘊蓄がつらつらと書かれたお手紙からも読み取れる。テンションが高い証拠だ。

 裏に書かれた新しい魔紙のレシピは消えるインクで書かれている。わたしが触れていることで光っているので、わたしはそれを別の紙に書き写していく。

「……うん?」

 最後の言葉はレシピではなかった。わたしはペンを置いて、じっとその言葉を見つめる。

「君のゲドゥルリーヒを教えてほしい……?」

 どういう意図で書かれた言葉なのかわからなかった。
 ゲドゥルリーヒが故郷という意味で使われているのか、もっと別の意味を込めて使われているのか。どのように答えればよいのか。どの答えにどんな反応が戻ってくるのか。考えれば考えるほどわからなくなってきた。

 もしかしたら、一年後にエーレンフェストを離れることを知っているのだろうか。それとも、領主会議の他領の動きから中央神殿の神殿長になると予測しているだけかもしれない。そんなことを考えていると、脳裏にフッとフェルディナンドの顔が思い浮かんだ。

 ひどく静かで、感情を完全に排した無表情だった。ひたと真っ直ぐに向けられた薄い金の瞳と、足元から冷気が漂ってくるような底冷えのする声が「君は王となることを望むのか?」とわたしに問いかける。

「そんなことは望みません。わたくしが望むのは本を読むことですから」

 あの時はそう答えた。でも、今は簡単に答えられない。

「フェルディナンド様を助けるためならば、グルトリスハイトを手に入れて王になってもいいですよ」

 今は多分こちらの気持ちの方が強くなっている。そして、わたしはフェルディナンドに何の相談もなく、行動に移してしまった。すでにわたしは次期ツェント候補で、次の領主会議の前に王の養女となってグルトリスハイトを手に入れる予定なのだ。

 ……フェルディナンド様、どう思うんだろう?

 自分の選択をフェルディナンドがどう思うのか考えると怖くて、わたしは自分のゲドゥルリーヒについて答えが出せなくなった。答えを避けてお手紙の返事を書いて隠し部屋を出る。

「フェルディナンド様のレシピ通りに魔紙三百枚、作らなきゃ」

 次期ツェントになってしまえばフェルディナンドの代わりに調合なんてできないし、ジギスヴァルトと婚約すれば手紙のやり取りもできなくなるのは確実だ。多分、この魔紙の作成がフェルディナンドとの最後のやり取りになる。わたしが自由に動ける時間は刻一刻と減っている。今は考えるより、フェルディナンドのお願いを叶えることに時間を使いたい。

 ……答えを出すの、魔紙ができてからにしよう。

 わたしは問題を先送りにした。
ローゼマインが諸々の事情から全てをお手紙に書けなくなったように、
フェルディナンドも全てを知らせてくるわけではありません。元々秘密主義ですし。
謎の質問に対する答えは先送り。
今はフェルディナンドの望みを叶えてあげる方が大事なのです。

次は、星結びとトロンベ狩りです。
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