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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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ライゼガングの古老

 勢いよくシャルロッテの部屋を飛び出したものの、わたしはヴィルフリートのスピードについて行くことができなかった。騎獣に乗って本館を目指す。

「遅いぞ、ローゼマイン」

 そう言いながら先頭を速足で歩くヴィルフリートを見る。あれ? と思わず首を傾げた。ヴィルフリートの周囲を取り囲んでいる側近達の位置に変化があることに気が付いたのだ。いつも一番近くにいたランプレヒト兄様の位置が遠い。名捧げをしたバルトルトの位置がずいぶん近くになっている。名を捧げられると信頼感が違うのだろうか。

 そんなことを考えながらハルトムートの情報から得られた応接室へ向かった。扉を守る養母様の護衛騎士にライゼガング系の貴族が来ているかどうかを確認して、中に入れてもらえるようにお願いする。領主候補生が勢揃いで「中に入れてほしい」と頼む事態に、護衛騎士は非常に困った顔で中の者にお伺いを立ててくれた。

「皆様、お揃いでどうされましたか?」

 部屋の中からスッと出てきたのは、ハルトムートの父親レーベレヒトだ。養母様の文官なので、同席していたらしい。ヴィルフリートが一歩前に出た。

「ライゼガング系の貴族が来ているのであろう? 私達を中に入れてほしい。母上一人に交渉をさせるわけにはいかぬ」
「お願いします、レーベレヒト。わたくしに関するお話なのでしょう?」

 レーベレヒトは渋々という顔をわたし達に見せて、一度部屋に引っ込んだ。養母様に確認を取ってくれた後、わたし達を中に入れてくれる。中には養母様とその側近がいて、対面には宴で顔を見たことがあるけれど、特に交流がなかったライゼガングの古老達が座っていた。

「おぉ、ローゼマイン様!」
「皆様は一体何をしていらっしゃるのですか?」
「エーレンフェストの将来に関わる大事なお話でございます。ローゼマイン様はライゼガングの希望。中央神殿の神殿長にするなど、とんでもないことではございませんか。一体アウブ・エーレンフェストは何を考えていらっしゃるのか?」

 約束もなく押しかけてきたとは思えないくらいに堂々とした態度で古老達がそう言った。養母様が小さく息を吐く。

「先程から申し上げているように、エーレンフェストの将来に関わる大事なお話なのですから、ぜひアウブ・エーレンフェストがお帰りになってからお話しくださいませ」

 養母様の言葉に、ライゼガングの古老達が首を横に振った。

「こちらはフロレンツィア様にもよくご理解いただき、アウブの説得をしていただかなくてはなりません。フェアベルッケンに目隠しをされたアウブを救い出すのは第一夫人にしかできぬこと。……まさかフロレンツィア様まで我が子可愛さ故にフェアベルッケンに捕らわれている、ということはありますまい」

 我が子可愛さに目が曇っている、と古老達は言い合い、「アウブはそんなところまでヴェローニカ様によく似ていらっしゃる」と溜息を吐く。身内贔屓が過ぎるアウブの態度を正さなければ領地の将来を見誤るという古老達の主張は、結局のところ、中央神殿の神殿長にされないようにわたしを次期アウブにしろ、というものだった。
 養母様が「わたくしの周囲にフェアベルッケンはいらっしゃらないようです」と微笑むと、古老達は笑顔で頷いた。

「ならば、ローゼマイン様をエーレンフェストから出すわけにはいかないということをフロレンツィア様にはご理解いただけるでしょう。王命により中央神殿に神事ができる領主候補生が必要ならば……エーレンフェストには神殿に入るのにちょうど良い領主候補生が他にいるではございませんか。交渉次第で何とかなるでしょう」

 古老達はヴィルフリートをちらりと見ながらそう言って笑い合う。犯罪者であるヴェローニカに育てられ、本人も罪を犯したヴィルフリートの方が神殿に入るには適している。祈念式に青色神官の衣装を着てライゼガングへ来られるのだから、中央神殿にも行けるはずだ、と貴族らしい遠回しな言葉で言われたヴィルフリートが悔しそうに唇を引き結んだ。

 ……ライゼガングに行った時にもこういう嫌味を言われていたんだろうな。

 こういうのを見ると、本当に幼い時の過ちがいつまでも後を引く世界なのだと思い知らされて憂鬱になるし、高齢の人達の神殿に対する印象を突きつけられれば溜息を隠せない。

「養母様、お部屋を出てくださいませ。このような言葉を耳に入れて、心を痛めるのはお腹の赤ちゃんによくありません」
「お母様、いきましょう」

 シャルロッテが養母様の手を取ろうとしたけれど、養母様は穏やかな笑顔のまま、ハッキリと拒否した。

「いいえ。その心だけいただきます、ローゼマイン、シャルロッテ。子供達をこの場に残してわたくしが去るわけにはまいりません」

 微笑む養母様を守るように、わたしはヴィルフリートと一緒に養母様の前に立ち、ライゼガングの古老達に向き直る。

「わたくし、皆様が何をおっしゃっているのか困惑しています。中央神殿へ行くような予定はございません。一体どなたがそのようなことをおっしゃるのでしょう?」
「領主会議に出席していた者は皆、そのように言っています。我々にも独自の情報網があるのです、ローゼマイン様」

 領主会議に出席する貴族は限られている。王の養女になることが漏れていない以上、更に人数は絞られる。けれど、中央神殿に入ることがまるで決定事項のように語られていることが気になった。

「いくらツェントの命令とはいえ、エーレンフェストにとって何が重要なのかわからぬアウブと、口先の約束だけで実行はできぬヴィルフリート様がエーレンフェストを率いていくなど我々は不安でなりません。ローゼマイン様にこそエーレンフェストを率いてほしいのです」

 中央神殿に行く必要などない、必要ならばヴィルフリートに行かせろ、と口々に言う古老達を見つめていると、おじい様が飛び込んできた。

「ローゼマイン、無事か!?」
「おぉ、ボニファティウス様! ちょうどよいところに……」

 ライゼガングの古老達はおじい様を見つけて顔を輝かせた。わたしをエーレンフェストに引き留められるようにしてほしい、と願い出る彼等をおじい様はとても困った顔で見下ろす。気持ちとしては一緒に引き留めたいが、王の養女になることを知っているおじい様にはできないからだろう。

 ……彼等を焚き付けたのはおじい様でもないみたいだね。

 ヴィルフリートよりわたしの方が次期アウブに相応しいのだから、中央神殿に行かせるべきではない、と口々に言っている古老達におじい様は不思議そうに首を傾げる。

「ローゼマインが中央神殿へ行くというのは聞いたことがないが、一体誰がそんなことを言い出したのだ?」
「領主会議に行った貴族達は皆そのように申しています。ご存じありませんか?」
「知らぬ」

 おじい様がハッキリと言い切ると、古老達は少し動揺したように顔を見合わせ始める。わたしの隣に立っていたヴィルフリートが少し呆れたような顔で古老達を見回した。

「ローゼマインは中央神殿になど行く予定はない。其方等、誰かに騙されているのではないか?」

 彼等にとっては最も指摘されたくはない相手に指摘されたことにカチンときたのか、顔が少し険しくなる。そして、貴族らしい言い回しでヴィルフリートに嫌味を言い始めた。

 ……あぁ、こんな感じで祈念式の時もヴィルフリート兄様は無駄に相手を刺激して怒らせたり、興奮させたりしてたんだ。

 別にヴィルフリートに悪気はないけれど、全く空気を読んでいない。指摘するのがおじい様やわたしだったら、ここまでライゼガングの古老達も興奮しなかったはずだ。過去にヴェローニカが行った悪事まで並べたてながらヴィルフリートを責める古老達と、嫌味に耐えている様子のヴィルフリートを見て、溜息が出そうになった。

 ……ヴィルフリート兄様、わたしより社交に向いてない気がするよ。

「皆様の言い分はよくわかります。ライゼガングは長いこと辛酸をなめてきましたし、ヴィルフリート兄様が迂闊なことをしてしまったことも事実です」

 古老達が「わかってくださいますか、ローゼマイン様」と顔を輝かせ、ヴィルフリートは傷ついた顔でわたしを見る。

「……でも、エーレンフェストで、そして、ライゼガングで豊穣が約束されるように、と祈念式でライゼガングを訪れたヴィルフリート兄様にもそのようなことをおっしゃったのですよね?」
「ローゼマイン様……?」
「先程ヴィルフリート兄様に、先の見通しができていないとおっしゃいましたけれど、皆様も先の見通しが甘いと思いますよ」

 わたしがニコリと微笑みながらそう言うと、古老達とヴィルフリートが揃って驚いたように目を瞬いた。

「皆様の中でわたくしは中央神殿へ行くことになっているのですよね? ならば、わたくしが行ってしまった後、エーレンフェストの神事を行うのが誰になるのか、全く想像もできないということはございませんよね?」

 わたしがちらりとヴィルフリートを見ながらそう言うと、ヴィルフリートがニヤリと笑って古老達を見回した。

「今はローゼマインの成人後、メルヒオールに神殿長を引き継ぐという形を取っているが、其方等の言う通りにローゼマインが中央へ行くことになれば、私は婚約解消で後ろ盾をなくし、次期アウブから最も遠い領主候補生になるのだ。領主候補生の中で神殿に入るのが最も似合う、と其方等が言ったのは誰であったか……」
「えぇ。祈念式のために訪れているのに悪し様におっしゃるということは、これから先の神事はライゼガングに必要ないということでしょうか? ライゼガングが食糧庫としての役目を果たすには、祈念式が何よりも重要な神事なのですけれど……」

 今後ライゼガングで神事が行われなくなるかもしれませんね、とわたしは笑顔で脅しをかける。

「ですが、ライゼガングの収穫がなければエーレンフェストは立ち行きません。ライゼガングの収穫量が下がると困るのはエーレンフェストでございます」

 ライゼガングがふんぞり返っていられるのはライゼガングが食糧庫としてエーレンフェストの中で揺るぎない地位を占めているからだ。神事が行われなければ、その地位は一気に落ちる。わたしはニコリと微笑んだ。

「確かにこれまではライゼガングの収穫がなければエーレンフェストは立ち行きませんでした。でもね、皆様。エーレンフェストは他領との交易が盛んになってきましたもの。以前と違って食料を他領から入れることも難しくはなくなっているのですよ」

 今まではエーレンフェストが他領とあまり交流をしていなかったけれど、これからは紙や髪飾りの代わりに食料の輸入をすることもできるのだ。食料を他領から取り入れることで相対的にライゼガングの影響力を削ることなど簡単だよ、ということを丁寧に教えてあげる。それはアウブの一声で決まることである。エーレンフェストが片田舎でどこの領地からも見向きもされない時代しか知らない古老達は一瞬で青ざめた。

「ローゼマイン様、ライゼガングの血を引く姫である貴女が何ということをおっしゃるのですか!? 後ろ盾であるライゼガングを裏切るおつもりですか!?」
「あら、裏切るも何も……わたくし、エーレンフェストの神殿長であり、領主の養女なのですよ? 神事を貶め、わたくしの兄弟を蔑ろにし、アウブに敬意を持たないライゼガングの貴族に後ろ盾とおっしゃられても困ります」

 アウブ・エーレンフェストになるつもりはない、と何度も訴えているのに困ったこと、と頬に手を当ててこれ見よがしに溜息を吐く。「後ろ盾として不満」という意味は通じたようだ。信じられないという顔で古老達がわたしを見つめる。

 ライゼガングの古老達とわたしを見比べながら、おじい様が「ローゼマイン、それは少し言い過ぎでは……」と取りなすように言う。

「でも、おじい様。ライゼガングの総意として、もっと順位を下げるように、と養父様に要望したのでしょう? わたくし、貴族院で皆とエーレンフェストの順位を上げるために頑張っていたのですけれど、それを否定されてとても悲しく思ったのですよ」

 わたしがアンゲリカの憂い顔で「自分の後ろ盾に裏切られた思いでした」と嘆くと、あの会議の時にライゼガングの総意よりだったおじい様は「うっ」と言葉に詰まった。

「だからといって、ライゼガングで神事を行わないというのは……」
「心配ありません、ボニファティウス様」

 ヴィルフリートが空気をぶった切って笑顔で口を開いた。そして、ライゼガングの古老達を見回す。

「其方等も神殿に入れば良いだけだ。自分達で神事を行えば今まで通りの収穫を得ることができよう。エーレンフェストのためにライゼガングの大事な姫が行っていることだ。其方等もローゼマインを助ければ良いのだ」

 実務を引退していても魔力はあるので問題なかろう、とヴィルフリートが笑顔で言い切る。

 ……相変わらず空気は読めてないけど、間違ってはいないんだよね。

「ヴィルフリート兄様やシャルロッテはわたくしが不在の時に穴を埋めるために神事を始めて、今でもお手伝いをしてくれているのです。わたくしの後ろ盾でしたら、神事の穴埋めをお願いしても良いかもしれませんね」

 奉納式のために一人だけ戻らなければならないのは可哀想だと思うならば、引退して社交を控えめにする古老達が手伝ってくれればよい。わたしの言葉に、神殿や神事に忌避感のある古老達は顔を引きつらせたが、「そうなれば、私が貴族院へ入ってからも安心ですね」とメルヒオールは喜びの声を上げた。



「噂を鵜呑みにしたライゼガングの者が大変ご迷惑をおかけいたしました」

 ギーベ・ライゼガングは到着すると同時にそう言って謝罪する。わたしがいかに次期アウブになる気がないか、そして、ライゼガングから嫌な思いをさせられたか説明した結果、ギーベ・ライゼガングが到着した時にはライゼガングの古老達は肩を落としてすっかりおとなしくなっていた。

「大変不躾な真似をしてしまいましたが、彼等の言葉は全てローゼマイン様を案じる心から出たことでございます。どうか寛大なお心でお許しください」

 ギーベ・ライゼガングは淡々とこれまでのヴェローニカの仕打ちとわたしが養女になってからのライゼガング系貴族の立場の向上について語る。収穫量の向上、春を呼ぶ儀式の再現、製紙工房に印刷工房、魔力圧縮方法に加護の増加、わたしがいまいち認識していないことも、わたしが行ったこととして語られた。

「ライゼガングにこれだけの利益をもたらしてくれた一族の姫が、養女というだけで次期アウブにはなれず、邪魔者のように中央神殿へ押し込められることになると聞けば、苦渋の人生を送ってきた老人達にはとても耐えられないのです」

 王命で中央神殿へ向かわされるのは、古老達にとってライゼガングの姫がまたひどい待遇を受けるのと同じことらしい。

「ローゼマイン様は神事を行ってひどい言葉をぶつけられたヴィルフリート様にお心を寄せることができるのですから、ヴェローニカ様に虐げられてきて、同じことがローゼマイン様の身に繰り返されるのではないか、と心配するライゼガングの気持ちにも少し寄り添っていただけると嬉しく存じます」

 やり方は過激だし、迷惑をかけられた気分でしかないけれど、ライゼガングの古老達がわたしを心配していたのは本当なのだろう。丁寧にそれを説明するギーベ・ライゼガングにわたしは「そうですね」と頷いた。

「ローゼマインは優しい子ですから、お約束もなく、アウブの不在時に突然いらっしゃるのでなければ、もっとライゼガングの気持ちに寄り添うことができたと思いますよ。わたくしを心配してやってきただけで、本来はお茶会をしていたのですから」

 養母様はそう言ってわたしを庇いながらギーベ・ライゼガングにニコリと笑う。

「ローゼマインも本気でライゼガングだけ神事を行わないと考えてはいません。ねぇ、ローゼマイン?」
「はい」

 ライゼガングの総意として順位を下げるように言われたり、旧ヴェローニカ派の粛清の後に養父様を蔑ろにされたりしたことで心証が悪くなっているのだ。

「自分の派閥を切り捨ててもエーレンフェストの膿を出そうとした養父様に寄り添ってくださったのであれば、ライゼガングに対する心証は違ったと思います」

 とりあえずギーベ・ライゼガングとの話し合いで、これまで通り神事を行うことを約束し、代わりに、ライゼガングは養父様にもっと協力するようにお願いしておく。

「ローゼマインのお願いを聞き入れて、ギーベ・ライゼガングがジルヴェスター様に寄り添ってくださるのでしたら、今回の件は不問にしましょう。幸いなことにジルヴェスター様はいらっしゃいませんから、お約束がなかったことを知っているのは、ここにいる者だけですものね」
「恐れ入ります、フロレンツィア様」

 養母様が突然の来訪を不問にしたことで、古老達のことは上手くまとまったようだ。わたしとしても自分の心配をしてくれたことを延々と聞かされた後だったので、古老達にひどい罰がなくてホッとした。話は終わったかな? と思ったところでギーベ・ライゼガングはヴィルフリートをじっと見つめた。

「ヴィルフリート様、ヴェローニカ様が彼等に何をしてきたのか、どうして貴方も含めてライゼガングからこれほど恨まれているのか、お考えになったことはございますか?」

 正面から嫌味を言われるのではなく、静かに問われたヴィルフリートは少し目を細めてギーベ・ライゼガングを見つめる。

「アウブや側近達から話を聞いて知っていてもご理解できていないように見受けられます。貴方は誰よりもヴェローニカ様の作りあげた派閥の恩恵を受けて育ちました。ヴェローニカ様の行ったことを見つめ直し、貴方に対する第三者の目をよくお考えください」

 不用意にライゼガングを刺激するのはヴィルフリートに理解が足りないからだ、と指摘し、ギーベ・ライゼガングは古老達を連れて戻っていく。ヴィルフリートは何かを考えるように自分の足元をじっと見つめていた。



 そして、数日がたって、わたしは神殿に戻った。ハルトムートから内密で話をしたいと言われ、わたしは盗聴防止の魔術具を使って話をすることにする。

「ライゼガングの古老達を煽った者がわかりました。どうやら複数いたようで、突き止めるのに苦労しました」

 ハルトムートは少し疲れた顔をしている。

「まず、ヴィルフリート様に名捧げをしたバルトルトです」
「え?」
「ヴィルフリート様に名を捧げ、命令に反することができないことを利用して、甘言を吹き込んだり、ヴィルフリート様の側近にそれとなく仲間割れを仕掛けたり、ライゼガングの課題として無理難題を押し付けたり、領主候補生の間の情報交換をさせないように手を出したりしていたようです」

 ハルトムートの報告にわたしは顔を引きつらせた。名を捧げた者に裏切られることがあるということだろうか。

「命令に反することはできませんが、主のために行っていることが結果的に裏切りになることもあるでしょう。その辺りは難しいところですね」

 ハルトムートはそう言って肩を竦める。名を捧げた者をどのように扱うかは主次第だそうだ。

「バルトルトはヴェローニカ様に育てられていながら、派閥を裏切ったアウブやヴィルフリート様に強い反感を抱いていたようです」
「それで……?」
「ヴィルフリート様とその周辺の急な変化に気付き、バルトルトが不審な行動をしていることに気付いたのはフロレンツィア様でした。アウブが不在の機会にバルトルトへの牽制とライゼガングの勢力の削ぎ落としをまとめて行う予定だったそうです」
「養母様が!?」

 想定外の名前が出てきて、わたしは大きく目を見開いてしまった。

「バルトルトを唆し、中央神殿への打診があったことをほのめかし、いくつかのルートを使ってライゼガングの古老達を煽ったようですね。彼等をアウブ不在の城に向かわせ、古老達の暴言等によっては騎士団に捕らえさせて、今のうちにライゼガングの影響力を削いでおく計画だったようです」

 わたし達がお茶会をしていて北の離れから出ない日を狙って行ったらしい。ハルトムートが気付いたのが計算外だったようだ。

「私の父上が計画したようです。嫌な感じの手口に既視感があったのですが……」

 ハァ、とハルトムートが「親子で化かしあったようなものです」と疲れた声を出した。証拠や証言を集めてレーベレヒトを問い詰めて、真実を引き出すのにかなり苦労したらしい。

「本来はもっときつくライゼガングを封じ込める予定だったそうです。ローゼマイン様のおかげでずいぶんと穏便に収まったと父上が言っていました」
「……それはよかったですけれど、養母様もそのような計画を立てるのですね。そちらに驚きました」

 おっとりと微笑んでいる姿しか知らなかったので、あまりにも衝撃が大きすぎた。

「粛清後に最大派閥となった興奮で古老達を動かしやすく、ブリュンヒルデが第二夫人になる前にある程度ライゼガングの力を削いでおきたかったのでしょう。この件に関してはエルヴィーラ様のお力を借りることもできませんから」

 貴族のやり取りにわたしは思わず遠い目になってしまう。養父様が不在で大きなお腹を抱えて一人でライゼガングの古老達を迎える養母様を心配してお茶会を飛び出した自分が馬鹿みたいだ。

「……バルトルトはどうなったのですか?」

 名を捧げていながらヴィルフリートを陥れようとしていた彼の行く先が気になって問いかけると、ハルトムートは「ヴィルフリート様次第です」と言った。

「彼の名を受けたヴィルフリート様に判断させるおつもりです。フロレンツィア様はバルトルトを見張りつつ、ヴィルフリート様に自分で気付くように手がかりを少しずつ与えるおつもりのようですね」

 貴族としての教育の一環なので手を出すな、とハルトムートはレーベレヒトにきつく言われてきたらしい。

「そして、今回は私も、不用意に主を危険に突っ込ませるな、と父上からお叱りを受けました」

 妙な動きが見えた時は誰かが裏で糸を引いていることが多い。よくよく見定めなければ主を危険に晒すだけになる、と叱られたらしい。

「私もまだまだ勉強が足りないようです」

 ハルトムートは自分のオルドナンツでお茶会を中断させることになり、ライゼガングの古老達とわたしが向き合うことになり、しかも、それで利益を得たのはアウブ夫妻でこちらには何もないという結果に終わったことを気にしているようだ。「側近として不甲斐ない」と落ち込んでいるハルトムートをわたしはお茶に誘う。

「ハルトムートがいなければ、背後関係は全くわからないまま終わったのですもの。ハルトムートはよく頑張ってくれました。お茶でも飲んで、おいしいお菓子を食べましょう」
子供達が飛び込んできて、一番ビックリしたのは多分計画を立てたレーベレヒト。
ライゼガングの協力を上手く取り付け、不問にすることと引き換えに優位に立つフロレンツィア。
ローゼマインは首を突っ込んで引っ掻き回しただけに見えますが、これでもライゼガングをかなり救った結果になっています。
ギーベ・ライゼガングはこっそり感謝しています。

次は、アウブの帰還です。
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