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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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カルステッド宅でのお話 前編

 一通りの意見を聞き終えたので、ひとまず側近達は解散という形を取り、日常の業務に戻ってもらう。

「コルネリウス兄様、お父様を通じてでも、養父様に直接お目通りを願い出るのでも構いません。お母様に王の養女になることをお話ししても良いか、尋ねてくださいませんか?」

 下手に文書にすると、他の文官が目を通す可能性もある。事情を知っていて、養父様だけではなく、お父様から伝えてもらうこともできるコルネリウス兄様にお願いするのが一番だろう。

「養父様から了解が得られたら、お父様やお母様と話をするための場を設けてくださいませ。アンゲリカの中央移転についての話し合いをしたい、とお願いしてください」
「わかった。こちらのことは任せておいて、ローゼマインはもう休んだ方が良い」
「え?」

 そんなことを言われると思わなくて目を瞬くと、コルネリウス兄様はダームエルを指差しながら言う。

「ずいぶんと疲れる話し合いだったのではないか? 顔色が良くない、とダームエルが先程心配していた」
「ダームエルが?」

 領主会議から戻ってきて間もないのだから体を休めるように、と言い残してコルネリウス兄様は部屋を出ていく。側仕え達が何も言わないので、別に体調が悪いということはないと思う。何となく不思議な気分になったわたしは、部屋の扉の前に立っているダームエルに近付いた。

「ダームエル、わたくし、顔色が悪いのですか?」
「……顔色というよりは、姿勢というか、動きというか……えーと、その……」

 ものすごく言いにくそうに言葉を濁した後、ダームエルは体を屈めて小声で囁いた。

「神殿でフェルディナンド様の後ろをついて歩いていた時のような不安定さが見えたような気がしたのです。余計なお世話であれば、申し訳ございません」
「……ダームエルに気付かれるとは思いませんでした」

 アウブ一家の家族らしいやり取りを見て、すごく誰かに甘えたい気分だったのだ。そのせいで、きっと神殿で初めての冬籠りをした時のような気分になったのかもしれない。

「隠し部屋でフェルディナンド様にお手紙を書いてきます」
「それは明日になさってお休みくださいませ。お顔の色が良くありません。フェルディナンド様に叱られますよ」

 リーゼレータがお小言シュミルを定位置の暖炉の上から持ってきて作動させる。「側仕えの言うことをよく聞きなさい」という声に何だか体の力が抜けた。他のお小言も聞こうとしたら、リーゼレータにシュミルを取り上げられた。

「お休みの準備をしましょう、ローゼマイン様。お小言時間は後です」

 あれよあれよという間に就寝の準備をさせられ、わたしはリーゼレータによってお小言シュミルと一緒に寝台に放り込まれた。リーゼレータはシュミルのぬいぐるみの扱いによほど思い入れがあるのか、「こうして眠ると良いですよ」とわたしの腕に抱えさせて、角度やら位置やらを微調整すると、やりきった満足顔で何度か頷いた後、天幕を引いて去っていく。

 その夜はリーゼレータに言われた通り、お小言シュミルを抱えて眠った。寝るまでずっとお小言だったので、無性に図書館の隠し部屋で「大変結構」を聞きたくなってしまった。



 次の日はリーゼレータがお休みだ。中央へついて行く側仕えがグレーティア一人なので、オティーリエによる引継ぎと教育が始まっているのを横目で見ながら、わたしは隠し部屋に入ろうとした。

「おはようございます、ローゼマイン様。私の名を受けてください」
「本当に一晩で準備したのですか……」

 ハルトムートが「爽やか」と「気持ちが悪い」のちょうど境目くらいの笑顔で名捧げの石を差し出す。見届け役を務めるオティーリエがそっと視線を外したのがわかった。

 ……見届け役が目を逸らさないで! わたしなんて正面から見てるのに!

 皆が苦痛の表情を浮かべる名捧げで、わたしの魔力に縛られながら「これがローゼマイン様の魔力ですか」と恍惚の表情を浮かべるハルトムートがあまりにも怖くて、わたしは涙目になりながら一気に魔力を叩きつけて、できるだけ早く名捧げを終わらせた。

 ……うぅ、苦しいはずなのに上機嫌でうっとりしてるハルトムートが怖い。

「クラリッサは素材が集められていないので、まだ先になりそうです。とても悔しがっていました」
「そうですか……」

 こんな疲れる思いを一日二回もしたら寝込んでしまいそうだ。クラリッサの素材が集まっていなくて幸いだった。

「わたくし、隠し部屋でお手紙を書いてきますね」
「かしこまりました。私は少し情報を得るために出ますが、よろしいですか?」
「お願いします」

 上機嫌のハルトムートから距離を取って隠し部屋に入ると、消えるインクを使ってフェルディナンドに手紙を書いた。

 領主会議の間、地下書庫で現代語訳を頑張ったご褒美として、連座回避と隠し部屋の獲得に成功し、夏の葬儀の時に養父様と王族に確認してもらうようになったこと。前ギーベ・ゲルラッハが持っていたらしい銀の布とエーレンフェストの騎士がシュタープ以外の武器を常備することになったこと。オルタンシア先生がディートリンデ様に言っていた意味のわからない言葉も書いてみた。

 ……王の養女になることも、次期ツェント候補ってことも書かずに必要な情報だけ上手く書けたんじゃない?

 他領には情報を漏らすな、という言いつけを守れていることを何度か確認して、一度頷く。これならば問題はないだろう。
 表にはアウブ・アーレンスバッハが亡くなったことに対する弔辞といつも通りの体調を心配する文面、夏の葬儀の時に養父様に荷物を届けてもらうこと、レティーツィアへのお菓子も一緒に入れておくことなど、誰に読まれてもそれほど奇異には思われない内容を書いた。

 インクを乾かすために手紙を置いたまま隠し部屋を出るとコルネリウス兄様がいて、わたしが隠し部屋から出てくるのを待っていた。

「ローゼマイン様、母上より伝言です。引継ぎ等を考えると、なるべく早くお話をした方が良いのですね。明日の夕食にお招きしたいのですけれど、御都合はいかが? 夜は泊まっていきなさい、だそうです」

 わたしはオティーリエに夕食とお泊りの予定で手配を頼み、明日は久し振りに実家へ戻ることになった。

 実家に帰るまでの間に、わたしはあちらこちらへ向けて手紙を書いた。
 イルクナーのブリギッテに向けてはできるだけ多くの魔紙の準備を、できるだけ早く城へ持ってきてほしいと頼んだ。
 図書館のラザファムへは領主会議中にフェルディナンドから手紙が来たことと、フェルディナンドの荷物の管理が養父様に移ったので、夏の葬儀の時に持っていく荷物について養父様と話をしなければならないこと、連座回避と待遇改善の要求が通ったことを書く。

 神殿に向けては春の成人式までに戻ることを伝え、そして、忙しい商人達へは今年の領主会議の報告を手紙ですませることにした。去年と違って取引枠が増えたわけでもないので、話し合わなければならないことはほとんどない。むしろ、グレッシェルの改革に向けての準備を頑張ってもらわなければならない。

 ……ただ、中央へ向かうこと、ベンノさんだけには伝えたいんだよね。ルッツは今、キルンベルガだし。

 極秘事項になるので、こっそりと呼び出して孤児院長室の隠し部屋で行うことにする。名捧げの側近達が増えたので、口外を禁じて同席させることは可能だろう。



「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」

 コルネリウス兄様、レオノーレ、アンゲリカ、リーゼレータと一緒に実家へ帰れば、実家の側仕え達が出迎えてくれた。
 今日、リーゼレータが一緒にいるのは、お母様から招待されたせいだ。詳細な事情を口外できない以上、アンゲリカの両親に意見を求めることはできない。そして、アンゲリカに尋ねても無駄なことをお母様は嫌という程知っている。そのため、わたしの側仕えで事情を知っていて、アンゲリカの家の跡取りでもあるため一族としての意見を言えるだろうと判断されたリーゼレータが招待されたのだ。

 ……アンゲリカも一応招待されてるけど、お母様、きっとリーゼレータがいればアンゲリカは必要ないって思ってるよ。

 夕食会の場にはおじい様もいた。給仕の側仕えが行き交う食事の場では当たり障りのないことが話され、領主会議で話されていた印刷関係の報告やこれから先の印刷業務についての話が中心になっていた。

 食後は別室に移動して、側仕え達はお茶やお酒の準備をすると退室していく。それを確認した後、範囲指定の盗聴防止の魔術具を作動させ、本題が始まった。

「ジルヴェスターの許可が出た時点で、エルヴィーラには全て話してある。改めての説明は不要だ。……アンゲリカをどうするかという話だったな」
「そうです。アンゲリカはエックハルト兄様との婚約と婚約解消があり、アンゲリカの評価に傷をつけるわけにはいかないので埋め合わせのためにトラウゴットかおじい様に嫁ぐことになっていたのですよね?」

 わたしの言葉におじい様は「アンゲリカを娶れるようにトラウゴットには早く成長してほしいものだ」と呟いた。さすがに孫世代、かつ、孫娘の側近を自分の嫁にするのは気が進まないらしい。

 ……おじい様、トラウゴットに自分を超えてほしいと思うんだったら、加護の再取得をしない方がよかったんじゃない?

「でも、今回の件でアンゲリカ本人は中央への移動を希望しているのです。貴族の関係上、輿入れのお約束がどのような扱いになるのか、アンゲリカを護衛騎士としてわたくしが勝手に連れていって良いのかどうか、お父様やお母様に確認しなければならないと思ったのです」

 わたしが勝手に判断しなかったことをお母様は褒めてくれて、リーゼレータに視線を向けた。

「貴女の一族はどのような見解になると思いますか?」
「エックハルト様との婚約も、解消による穴埋めも、あまりにも恐れ多いと感じていました。ですから、これから一族の引き立て等で穴埋めをしてくださるのであれば、お姉様の婚姻については特に望むことはございません。……お姉様は中央騎士団との訓練をすでに楽しみにしているようなので」

 リーゼレータはそう言いながら、アンゲリカを見た。アンゲリカはニコリと微笑んで頷いている。アンゲリカに普通の貴族の令嬢としての反応を求める無意味さを知っているお母様は、あっさりと中央へ向かう許可を出してくれた。

「アンゲリカが中央行きを望むのであれば、それで良いでしょう。その後の補填については一年後に貴女の両親も含めて考えましょう。アンゲリカはローゼマインの護衛騎士として中央へ向かってもらいます。……コルネリウスとレオノーレはどうするつもりですか?」

 お母様がコルネリウス兄様とレオノーレに尋ねると、おじい様がお酒の入った杯をテーブルにダンと置いた。

「中央へ行け! そして、ローゼマインを守るのだ!」
「あの、おじい様。お母様は二人の希望を尋ねているのですけれど……」

 わたしがすでに酔っているような大声を出しているおじい様に声をかけると、おじい様はくわっと目を見開いた。

「本当は私が行きたいのだぞ、ローゼマイン! だが、領主候補生は護衛騎士にもなれぬし、中央へ行けぬ。誰が決めた!?」
「結婚以外で中央へ移動できないことを決めたのは昔のツェント、ゲゼッツケッテですよ、おじい様。法律の座学で試験に出ました」
「ゲゼッツケッテ王め、余計なことを!」

 おじい様の怒りがはるか昔のツェントに向かうのを見ていたお父様は、困った顔で溜息を吐いた。

「コルネリウスが中央へ行ってくれればローゼマインの周囲は安心だが、騎士団の穴を考えると、少々頭が痛いな」

 フェルディナンド、エックハルト兄様の二人が欠けた冬の主の討伐で、コルネリウス兄様がかなり活躍したらしい。コルネリウス兄様が欠けると、かなり大変なことになるそうだ。

「あの、じゃあ、コルネリウス兄様とレオノーレはエーレンフェストに残った方が……」
「いや、ローゼマイン。そのような気遣いは無用だ」

 わたしが引いたところで、おじい様が首を振った。

「其方がダンケルフェルガーの古い儀式を蘇らせたことで、複数の神々から御加護を得て戦いに挑めるようになった。其方の考案した魔力圧縮で騎士達の魔力も少しずつ増えている。貴族院で祈りの有用性が示され、領主会議で加護を再取得できるようになった。本人の努力によって、個人個人が強くなれるし、これから成人する騎士達は質が向上するであろう。それに、今回の領主会議の期間に採集地で得られた素材があれば、回復薬や魔術具を作ることも容易ではないか。エーレンフェストの戦力不足はローゼマインの護衛を減らす理由にならぬ」

 強くなろうと思えばなれるのだから、エーレンフェストの騎士が一層の努力を重ねれば良い、とおじい様は言った。

「そうですよ、カルステッド様。ボニファティウス様のおっしゃる通りです。それに、王の養女として中央へ向かう娘の護衛騎士に全く上級騎士がいないというのも情けない話ではありませんか。それまで実の兄が護衛騎士の任に就いていたのは、貴族院でも知られていることですから、わたくしはコルネリウスに中央へ向かってほしいと思っています」
「エルヴィーラ、しかし……」

 アウブの護衛騎士としてエーレンフェストの騎士の事情に恐らく一番詳しいお父様の言葉をお母様は一蹴した。

「ローゼマインに最も護衛が必要な時について行けなくて何が護衛騎士ですか。コルネリウスが自分で選んだ主です。騎士が主を守れなくてどうします? 兄なのにローゼマインを動かすことができないとか、ライゼガングを抑えられないのかとヴィルフリート様から八つ当たりを受けているランプレヒトも護衛騎士として主を守っているのです。岐路に立った時に主を見捨てるような中途半端な騎士を育てた覚えはありません」

 騎士の家系で息子を育ててきたお母様らしい言葉に、コルネリウス兄様は表情を引き締めて頷いた。

「私も基本的には中央へ向かいたいと思っています。領主会議の時の王族や中央騎士団の様子を見て、何の守りもない状態でローゼマインを向かわせられるところではないと思ったので」
「えぇ。トルークの使用者は罰せられたようですけれど、所持者は見つかっていないようなので、警戒は必要だと思います。トルークの匂いに敏感なマティアスが同行するのは心強いですね」

 コルネリウス兄様とレオノーレの意見は同行に向いているらしい。ただ、結婚のタイミングをどうするのかが問題だそうだ。コルネリウス兄様にはエックハルト兄様から預かった館もある。

「結婚するとレオノーレは仕事を止めることになりますから、当初の予定通り、二年の準備期間を設ければ良いでしょう。中央へ行って一年以内にローゼマインの周囲に置けそうな女性騎士を探すようになさい。エックハルトの館はわたくしが管理します。貴方やエックハルトが戻って来た時にいつでも使えるように……」

 お母様の言葉にコルネリウス兄様が小さく笑って、「ジークレヒトが成人してから与えるのでも良いかもしれませんね」と、ランプレヒト兄様とアウレーリアの子供に譲ることも提案する。

「気の遠い話ですこと。ジークレヒトはまだようやく這い始めたくらいですよ」
「お母様。わたくし、ジークレヒトにはまだ会ったことがないのですけれど……」

 本当は今日ちょっとでも会えるかな、と期待していたが、夕食会にはランプレヒト兄様とアウレーリアの姿がなく、赤ちゃんを見ることもできなかった。

「粛清でアーレンスバッハから同時に来たベティーナが捕らえられ、周囲の緊張感が高まりましたからね。我が子を守るためにアウレーリアも少し神経質になっているのです。彼女にとって見知らぬ側近をたくさん引き連れた貴女は少し会いにくいでしょうね。でも、貴女の贈り物は喜ばれていますよ。後で、その話もしましょう。今は貴女が中央へ向かう準備を優先しなければ、ね」

 お母様はそう言って、わたしに連れていく側近が誰なのかを質問してくる。わたしはすでに確定している者、保留中の者、残留が決定している者にわけて答えた。頷きながら聞いていたお母様は、深い息を吐きながらリーゼレータを見た。

「いくら何でも側近に入ったばかりのグレーティア一人では側仕えが少なすぎます。側仕えは最も身近で生活を支える側近ですから、よく慣れた者がいなければ、ローゼマインは自室においても全く気が休まらないではありませんか。リーゼレータは向かえないのですか?」
「お母様、リーゼレータは跡取り娘で、ヴィルフリート兄様の文官のトルステンとすでに婚約もしているのです。エーレンフェストからは出られなくて……」

 リーゼレータが責められないようにわたしが先に説明をすると、お母様は呆れた顔になって首を横に振った。

「情報を伏せることを強いられ、親にも婚約者にも相談できない状態ではリーゼレータもそう答えるしかないでしょう。それに、貴女のことですから、皆の希望を尋ねただけで、自分の希望は述べてもいないのでしょう?」
「それは、そうですけれど……。だって、わたくしが希望を述べてしまったら命令になるではありませんか」

 身分の上の者が望めば、下の者は逆らうことができない。だから、わたしは皆の希望を聞くだけで、自分の希望は口にしていない。

「相手を尊重するのも大事ですけれど、貴女が自分の希望を伝えることも大事なことですよ。主から望まれているという確信が持てないのに、中央へ移動するのは下の者にとって大変なことです。貴女がリーゼレータを必要としていて、尚且つ、リーゼレータに応じる気があるならば、わたくしが根回しいたします」

 お母様の言葉にわたしはリーゼレータを見た。本当は一緒に来てほしい。わたしが貴族院に入学した時からずっと付いていてくれた側仕えで、普段の仕事は地味だけれど痒い所に手が届くようなすごい仕事ぶりをしてくれている。一緒にいてくれたら、すごく安心すると思う。

 でも、リーゼレータは希望を聞いた時に迷うことなく残留を決めた。今もいつも通りのニコリとした笑顔だけれど、アンゲリカと違って中央行きを望んでいるかどうかはわからない。わたしが希望を言ってしまったら、姉妹揃って婚約が壊れてしまう可能性だってある。

「ただでさえ人材不足のエーレンフェストからそんなに人材を連れ出すわけにもいかないでしょう? わたくしの側近は全員とっても優秀なのですよ。第二夫人になるブリュンヒルデを支えてもらって、エーレンフェストのために……」
「お黙りなさい。いくら優秀とはいえ、基本的に神殿に籠っているローゼマインの側近が抜けたところで、城の日常業務に大した支障はありません。中央で派閥を作るために大幅に引き抜きをかけて中央へ連れていくならばともかく、自分の側近を連れていくことに何の問題がありますか」

 側近を連れていくのは個人的には問題があっても、領地全体の問題ではないと言われ、更に、王の養女として中央へ向かうのに最低限の側近さえ揃えられないようでは、エーレンフェストはもちろんのこと、わたしも周囲から侮られることになると言われた。

「自分の身と心を守るために必要だと思う者は連れていきなさい。そのためには自分の希望を伝えて真摯に願いなさい。リーゼレータに来てほしいならば、自分で口説くのです。双方の望みが一致すれば、周囲に対する根回しはわたくしがいたしましょう。わたくしは貴女の母ですよ。娘の希望の一つくらい叶えます」

 さぁ、リーゼレータから中央に行っても良いという言葉を引き出しなさい、とわたしはお母様に背中を押されて、リーゼレータの前へ連れていかれる。
 おじい様とお父様が「頑張れ」と言わんばかりの顔でこちらを見ていて、コルネリウス兄様がニヤニヤと楽しそうな顔をしている。レオノーレもとても微笑ましいものを見る顔だ。リーゼレータはニコニコとしながら、わたしの言葉を待っていて、リーゼレータの隣に座っているアンゲリカはいつも通りの笑顔である。

 ……何、この公開告白!? わたし、この中でリーゼレータに中央へ来てほしいって言うの!?

 皆からの視線を浴びて、顔が熱くなってきた。もうすぐにでもダッシュで逃げ出したくて、勝手に目が潤んでくる。こんな状態でリーゼレータに「来てほしい」と言って「行きません」と答えられたら、絶対に立ち直れない。

「お母様ぁ……」
「相手の了解を得るのは貴女の仕事です。しっかりしなさい」

 明らかに面白がっているような顔でお母様はわたしから離れて自分が座っていた席に戻っていく。とりあえず何か言わなければ、わたしはこの場から動くこともできない。

「うぁ、あぅ……。あのっ! リーゼレータ!」
「はい、何でしょう?」

 何だかリーゼレータもすごく楽しそうだ。ニコニコと細められた緑の瞳がちょっといじめっ子のような表情になっている気がする。でも、リーゼレータがわたしの言葉を待っている表情にもちょっと照れが混じっていて、迷惑がられたり、困ったりしている顔ではない。お互いに照れているため、ものすごく恥ずかしいのだけれど、リーゼレータが受け入れてくれそうな雰囲気を察したことでちょっとだけ勇気が出る。
 一度息を吸うと、わたしは一気に言葉を吐き出した。

「わ、わたくし、リーゼレータが一緒に中央へ来てくれたら……すごく心強いのです。リーゼレータが嫌な思いをしたり、お仕事をしにくかったりすることがないようにできる限り守りますし、それに、それに、お給料も上げますし、お部屋でシュミルを飼ってもいいですし……。ですから、その、一緒に来てくださいませっ!」

 とりあえず思い浮かんだことは全部言った。何だか頭は真っ白だけれど、やりきった。
 ハァ、とわたしが息を吐くと、リーゼレータは嬉しそうに笑って、わたしの目尻の涙をそっと拭ってくれる。

「我が家の問題が片付くのでしたら喜んで」

 リーゼレータが受け入れてくれたのが嬉しくて笑っていたら、コルネリウス兄様が近付いてきて、わたしの手を取った。ニヤニヤと愉しそうに笑いながら、まだ熱さのひいていないわたしの顔を覗き込む。

「ローゼマイン、私にもリーゼレータと同じような言葉をかけてほしいな」
「もう無理ですっ!」
前編ですが、キリは良いので。
アンゲリカ、コルネリウス、レオノーレの同行はあっさり決まりました。
そして、お母様による公開告白。
いっぱいいっぱいですが、リーゼレータを頑張って口説きました。
リーゼレータが同行できるようにお母様が根回しをしてくれます。

次は、後編。母と子の話。
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