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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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側近達の選択

 何か色々と理不尽なことも、反論したいことも言われたけれど、ひとまずヴィルフリートが一旦爆発して、一年間の現状維持を呑み込んでくれたことにホッとした。この後はヴィルフリートがどのような道を選ぶにせよ、養父様と養母様が見守ってくれるだろう。

「では、わたくしもお部屋に戻りますね。側近達に身の振り方を考えてもらわなければなりませんから」
「あぁ、そうだな。名捧げ以外の未成年は親の許可がいる。一年間は現状維持であること、情報漏洩の観点から、基本的には置いていく方向で考えた方が良かろう。どうしても其方に仕えたいというならば、成人してから中央へ入ってもらえば良い」

 養父様の言葉に頷き、扉に向かおうと一歩踏み出したところで尋ねておかなければならないことを思い出した。

「……あの、養父様」
「何だ?」
「わたくし、フェルディナンド様にお手紙を書きたいのですけれど、よろしいですか? まだ我慢しなければなりませんか?」

 現状維持でもヴィルフリートとの婚約者として振る舞う必要がないならば、お手紙くらいは許してほしいと思う。養父様は「ここまで周囲に言われてもまだフェルディナンドか」と呆れたような顔になったけれど、アーレンスバッハへ出す前に内容を確認することを条件に許可してくれた。

「……其方は本当に叔父上が好きだな」

 わたしと一緒に扉へ向かうヴィルフリートが溜息混じりにそう言った。

「好きは好きですけれど、ヴィルフリート兄様がヴェローニカ様を大事に思って心配するようなものだと思いますよ。洗礼式以前の幼い頃から面倒を見てくださった家族同然の師が、そう簡単には会えないところへ王命で向かうことになり、近くに寄れば回復薬の匂いがする程に薬を常用しながら執務をする環境に行ったのですもの。心配にもなります」

 領地対抗戦の時にお茶会室で泊まった時も回復薬の匂いがしたでしょう? とわたしが言うと、ヴィルフリートは少し困った顔になった。

「叔父上はいつも薬の匂いがしているが、調合した匂いなのか、常用している匂いなのか、判別などできぬではないか」
「え? 判別できないのですか? ヴィルフリート兄様はご自分で調合する機会が少なすぎるのではありませんか? 調合時と常用している薬の匂いくらいは判別できるように練習しておかなければ、必要な時に必要な物を調合することができませんよ」

 回復薬もお守りも作れなければ困るだろう、とわたしが言うと、ヴィルフリートはものすごく嫌そうな顔になった。

「ローゼマイン、これは兄としての忠告だが、其方は常識がおかしい。普通の領主一族は自分で調合などあまりせぬ」
「え? フェルディナンド様はいつも自分でお薬やお守りを作ってくれましたけれど……」
「叔父上は趣味が研究や調合であろう? 領主一族の常識ではない」

 あまりにも当たり前の顔で言われて、わたしは自分の常識が崩れていくのを感じながら、確認を取る。

「そんな……。では、一応側近にも教えておくが、自分の薬くらいは自分で作れるようになっておかなければならぬ、と言われたのは常識の範囲に入りますか?」
「作れるに越したことはないし、覚えておくべきだとは思うが、日常的に作るのは文官の役目であろう?」

 神殿の工房にフェルディナンドが一人で籠ることはあっても、ユストクスを入れることはなかったし、ユストクスが日常的に薬を運んでくるようなこともなかった。日常的に自分が使う薬を自分で作るのは当然だと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 ……やっぱりフェルディナンド様の基準はおかしかったんだ!

 異世界の常識に平民時代の常識が加わって、ただでさえわたしの常識はずれていておかしいのに、貴族の基準にしていたフェルディナンドの基準が一般的なものからずれていたとは。

 ……いや、前々からちょっと怪しいとは思ってたんだよ。でも、こうハッキリと言われるとね。

「だいたい何のために側近の文官がいるのだ?」
「わたくしの文官の主な仕事は、神殿の執務と写本と貴族院で物語を集めるのと新作を書くことですね。お薬やお守り作りは難しいですし、フェルディナンド様のレシピを簡単に外には漏らせませんし、結構魔力が必要ですから」

 フィリーネやローデリヒにわたしの回復薬を作らせるのは技術的にも魔力的にも難しいし、ハルトムートには神殿業務を優先してもらいたい。

「文官に調合の機会も与えた方が良いぞ。領主一族の側近なのに、実技の点数が低すぎるという結果にならぬか?」
「……下級貴族と中級貴族ですから、そういうものだと思っていましたけれど、少し見直した方が良いかもしれませんね」

 書類仕事は文句なく優秀だが、調合や魔力を使うという点でフィリーネとローデリヒに頼ろうと思ったことはない。わたし自身が文官でもあるので、調合は基本的に自分でしてきたけれど、ちょっと認識を変えなければならないかもしれない。



「ローゼマイン様」

 シャルロッテ達が出てきたのに、なかなかわたしが出てこないので心配していたらしいコルネリウス兄様が駆け寄ってきた。一緒にいるヴィルフリートに少しばかり警戒の目を向けつつ、わたしの様子を確認しているのがわかって、少しばかりくすぐったい気持ちになる。

「お部屋に戻ります。大事な話があるので、側近を全員集めてくれますか?……オティーリエ、ブリュンヒルデにも声をかけてくださいませ」
「かしこまりました」

 部屋に戻ったわたしは集まった側近達に向き合った。

「貴方達には身の振り方を考えてもらわなければならないので教えますが、極秘事項です。決して他に漏らさないようにしてください」
「はい」

 皆が返事をするのを見た後、わたしは口を開く。ちょうど一年後、来年の領主会議の頃に領主との養子縁組を解消し、王と養子縁組をして中央へ向かうことになることを告げた。

「王族の都合でご破算になる可能性もあるのですけれど、中央へ移動する可能性が高いと認識してほしいと思っています」

 突然のことに皆が軽く目を見張った。ハルトムートだけはまるで予想していたような顔で「ヴィルフリート様はどうなるのですか?」と尋ねる。

「アウブとの養子縁組を解消した時点で、婚約解消になります。この一年間は現状維持です」
「それを受け入れてくださったのですか……」

 ハルトムートは少し意外そうな顔になったので、ヴィルフリートが受け入れるとは思わなかったのだろう。何やら考え込んでいるハルトムートからブリュンヒルデに視線を向ける。アウブの第二夫人という選択をしたブリュンヒルデはどう考えても中央へ来られない。

「わたくしを支えるためにも、と言って、養父様の第二夫人になる決意をしてくれたブリュンヒルデには申し訳ないのですが、髪飾りや食事などの流行を下町の職人ごと守って、更に貴女の考えた新しい流行も加えて発展させていってほしいと思っています」

 全て平民に押し付ければ良いと言っていたブリュンヒルデは、命じれば何でもできるものではないことを知った。平民の商人達との会合に出て、お互いの都合を合わせることができるようになっている。

「わたくしは自分で決意したことですから構いません。エーレンフェストのために全力を尽くすだけです。けれど、ベルティルデはどうしましょう?」
「この冬に一度わたくしが正式な側仕え見習いとして扱い、エーレンフェストに残す側近達と同じように扱うこともできますし、春からブリュンヒルデに仕えるために冬はわたくしとブリュンヒルデの下で経験を積むという形にもできます。ベルティルデの経歴等を考えて、姉である貴女が導いてあげてください。……側近でない場合は情報を流すことができないので、難しいとは思いますけれど」
「かしこまりました」

 教育のために出入りしていたけれど、まだ正式に側近となっていないベルティルデの姿はここにないし、情報も流せない。ブリュンヒルデに対応してもらうしかないだろう。
 絶対に残るのがわかっているブリュンヒルデとの話を終えると、わたしは不安そうな側近達を見回した。

「名捧げをしている未成年についてはこのような時世ですからエーレンフェストに置いておくことはできませんし、受け入れを王族に許可してもらっています。それ以外の未成年については何に関しても親の許可が必要になるため、エーレンフェストに残り、希望者は成人後に仕えてもらうことになります」

 そう言いながら、名捧げ組を一人ずつ見つめる。

「つまり、ローデリヒ、マティアス、ラウレンツ、グレーティアの四人、名を受けた者は一緒に中央へ来てもらいます。最初からエルヴィーラに名を捧げたいと言っていたミュリエラ以外は全員、一生面倒を見る覚悟を持って名を受けました。貴方達の命を預かった以上、放り出す気はありません」

 わたしの言葉にマティアスが少し表情を緩めた。

「恐れ入ります。私も一生ついて行くつもりで名を捧げていますから、返すと安易に言われずによかったと思います」
「両親の手が伸びることがないというだけでも、中央行きはありがたいです」

 ローデリヒもグレーティアもホッとした顔になった。ラウレンツだけは安堵という顔ではなかった。

「孤児院にいる弟が心配ではありますが、名を捧げた以上、主の言葉には従います」
「……さすがにベルトラムを連れていくのは無理でしょうね。洗礼式の前に連れ出してしまうと貴族になれませんし、洗礼式を終えたところで貴族院に入って正式に見習いになれる年でもない幼い子供をわたくしの側近にはできませんから」

 色々な意味でエーレンフェストより危険度が増す中央なのに、保護者のいない洗礼式直後の子供を連れていくことに対する責任を負えない。

「わたくしの後任としてメルヒオールが神殿長になることが決まっています。わたくしの神殿の側仕えもメルヒオールのところに置いていくので、孤児院の扱いがいきなり悪くなることはないでしょう」
「ご配慮、ありがたく存じます」

 ラウレンツが両腕を交差させて跪く。話に区切りがついたことを感じたらしいローデリヒが軽く挙手をして「中央へ移動した場合、貴族院ではどのような扱いになりますか?」と質問した。それは未成年の側近達にとって気になることかもしれない。フィリーネが少し身を乗り出した。

「中央の貴族の子供達は親元の領地から貴族院へ行くことは知っていますね? ですから、わたくしの側近として中央へ行った未成年は、貴族院へ行く期間はエーレンフェストの寮で過ごすことになります。情報交換という面でも活躍してくれることを願っています」
「わかりました」

 ローデリヒとグレーティアがホッとしたように頷き、フィリーネが考え込むように頬に手を当てる。そこにずいっとハルトムートが一歩前に出てきた。

「ローゼマイン様、どうか私の名も受けてください」
「ハルトムート、わたくしが望まないならば捧げないと以前に言いませんでしたか?」
「気が変わりました」
「……え?」

「ローゼマイン様が中央に移動するという重要な局面で、連れていく人員として最初に名を挙げられるのが名捧げをした者なので、私もそこに入りたいと切実に思いました」

 最初に挙げられた中に自分の名が入っていなかったことが不満なので名捧げをするなんて言い出すとは思わなかった。予想外のことにわたしは慌てて名捧げを思い止まらせようと口を開く。

「あの、あのね、ハルトムート。名を捧げた彼等には選択肢がなくて、ハルトムートには選択肢があるというだけのことで、優先度とかは特に考えていなかったのですよ。……えーと、ハルトムートには無条件の信頼というか、確信があるというか……その……」

 ハルトムートがついて来ないという考えが思い浮かばなかった、とは本人に言えず、ちょっと言葉を濁す。ハルトムートは爽やかな笑みを浮かべながら「その無条件の信頼が曲者です」と言う。

「アウブ・エーレンフェストも他の貴族達も困ることが目に見えている以上、今のエーレンフェストからあまり多くの人員を連れていくことをローゼマイン様は良しとしないでしょう? そして、私は無条件の信頼を盾に、ローゼマイン様が大事にしている神殿、図書館、商人達を守るため、という名目でエーレンフェストに残される可能性が高いのです」
「確かに残ってくれたら心強いとは思いますよ。でも……」

 ハルトムートが残るとは思えない、というより先に、ハルトムートがわたしの前に跪いて、わたしの手を取った。

「いついかなる時も、誰に憚ることもなくローゼマイン様にお供したいので、私の名を受けてください。必ず貴女の助けになると誓います」
「そういうことはクラリッサに言ってくださいませ! 婚約者の前で言うことではないでしょう」

 わたしが手を引いてクラリッサを指差すと、クラリッサはさっとハルトムートの隣に跪いて、キラキラとした青い瞳でわたしを見上げた。

「わたくしも! ハルトムートの名を受けるならば、わたくしの名も受けてくださいませ、ローゼマイン様!」

 ……え? なんでそんな反応!?

「クラリッサ、名を捧げるというのはそんなに簡単に決めることではありません。二人は夫婦になるのですから、わたくしではなく、お互いに名を捧げて愛を誓いあえばよいではありませんか」

 婚約者の前で、他の人に名を捧げるなんてどう考えてもおかしいだろう。わたしが指摘すると、二人は跪いたまま顔を見合わせて首を傾げた。

「え? ハルトムートに名を捧げるのですか?……そんなこと、とても考えられません」
「クラリッサに心から同意します。クラリッサに名を捧げる意味がありません。むしろ、二人でローゼマイン様に名を捧げる方が繋がり合っている気分になれるのでは?」
「まぁ、それは素敵ですね!」

 ……どこが!? ねぇ、どこが素敵!? 前から思ってたけどおかしいよ、二人とも。

 もしかしたら、ヴィルフリートに指摘されたようにわたしの常識が間違っているのだろうか。あまりにも二人の意見が揃っているので、ちょっと自信がなくなってきた。

「オティーリエ、あの、この二人の反応は貴族の常識の範囲に入りますか? 婚約者の前で他の者に名を捧げると言ったり、二人で同じ主に名を捧げれば繋がり合っている気分になったりするものなのでしょうか?」

 息子とその婚約者を止めてほしい、とわたしはオティーリエに助けを求めて視線を向けた。二人を見ていたオティーリエは三秒ほど無言で微笑んだ後、ゆっくりと首を横に振る。

「貴族の常識ではありません。ローゼマイン様が間違っているわけではございませんから、ご安心くださいませ。ただ……領主会議の間、ローゼマイン様のお傍に仕えている時間が短かった上に、置いて行かれる可能性がわずかでもあるということで感情が高ぶっているようです。大変恐れ入りますが、ローゼマイン様。名を受ける、受けないにかかわらず、その二人はローゼマイン様がお連れくださいませ」

 オティーリエはまるで他人事のような顔で、わたしの前に跪いている二人を見下ろした。連れていかなくても、ついてくる気がする。多分、気のせいでも何でもないだろう。

「わたくしは夫もいますから中央へお供はできませんけれど、その二人はどこまでもついて行くでしょう。あまりにも暴走した時のために名を受けておくのも一つの手段かもしれませんね」

 この二人を一度に抑えるのは骨が折れますから、と微笑むオティーリエを貴族の基準に考えても良いのだろうか。自分の周囲に常識人がいるのかどうか、とても不安になってきた。

「オティーリエ、母親がそのようなことを言っても良いのですか? 名を捧げるのは命を捧げるのも同義なのですよ?」
「……名を捧げても捧げていなくても二人の言動に変わりはない、と確信を持って言えますから、ローゼマイン様が扱いやすいようになさるのが一番ではないでしょうか? 二人とも成人ですし、自分の発言の責任は自分で取れる年でしょう。見届け役が必要でしたらお声をかけてくださいませ」
「え?」

 ……投げた! オティーリエがもう考えたくないモードになってる!?

 この二人の手綱を握れそうなオティーリエが諦観してしまったのは大きな誤算だ。わたしが恐る恐る下に視線を向けると、ハルトムートがとても嬉しそうに橙の目を輝かせていた。

 ……い、いらないって言いたいのに、そんな目で見られたらすごく言いにくい。

「母上からの許可も出たので、ぜひ名を受けてください。すでに素材は集まっているので、明日にでも作ってお持ちします」

 ……ああぁぁぁ! なんか名捧げがゴリ押しされてる! わたし、何だか拒否権がないっぽいよ!?

 わたしは周囲を見回して、側近達の誰かが止めてくれないものか、救いの手を探してみる。誰も助けようとしてくれない。

「コルネリウス、ダームエル」
「ローゼマイン様の身に危険が迫っているわけでもない状態で、名捧げのような個人的なことに口出しはできません。受けられないならば、バッサリと切り捨てれば良いだけです。悩むならば、受ければ良いと思いますよ。周囲への被害が減りますから」

 肩を竦めたコルネリウス兄様の隣でダームエルもわたしを助けてくれるわけではなく、ハルトムートの名捧げを推奨する。

「コルネリウスの言う通り、できれば、ハルトムートの名を受けていただけると、側近一同、非常に助かります」
「周囲への被害が何かあったのですか?」
「名を受けてもらえた側近にハルトムートがちょっと嫉妬することがあるだけです。大したことではありません」

 ……ハルトムート、そんなことをしてたの!?

「コルネリウス、余計なことをローゼマイン様のお耳に入れる必要などないと思いませんか?」
「事実ではありませんか。それに、私はローゼマイン様が名を受けてくれるように後押しをしているつもりです」

 ハルトムートがニコリと笑うと、コルネリウス兄様もニコリと笑う。黒い笑みを浮かべている二人は何だかとても仲が良いように見える。他の誰からも否定の言葉が出ない以上、コルネリウス兄様が言ったことは本当なのだろう。

「わかりました。受けます。受ければ良いのでしょう」
「いつお持ちしましょう? やはり早いうちが良いですね」
「ローゼマイン様、わたくしの名もお願いいたしますね!」
「良かったです、本当に……」
「これで少しは落ち着いてくれるのではないか?」

 わたしが了承すると、ハルトムート本人だけではなく、周囲の皆が喜んだ。

 ……名捧げって、こんなノリですることだったっけ? 違うよね? わたし、間違ってないよね?

 もう自分が信じられない、と思っているところに、フィリーネが「ローゼマイン様、わたくしの名も受けてくださいませ」と進み出てくる。

「わたくしはローゼマイン様に物語を捧げることを誓いました。そして、メスティオノーラの御加護を賜りました。わたくし、自分の仕える主をあの時に決めていたのです。それに、エーレンフェストに残されれば実家に戻ることになります。名を捧げなければついて行けないのであれば、捧げます。ですから、わたくしも中央へ連れていってくださいませ!」

 若葉色の瞳を真っ直ぐわたしに向けて、フィリーネはそう言った。フィリーネが覚悟を決めた顔は今まで何度か見たことがある。自分で自分の道を必死に切り開いているフィリーネの決意が固いことはわかるけれど、すぐに受け入れることはできない。

「フィリーネ、コンラートのことはどうするのですか? 名を捧げているラウレンツと違って、貴女には選択肢があるのですよ?」

 フィリーネは表情を固くして、一度唇を引き結ぶ。そして、わたしを見つめた。

「コンラートを買い取るつもりです。洗礼前の今ならば、お母様の形見を売れば買い取ることができるでしょう」
「フィリーネのやる気と置いて行きたくないという気持ちはわかりますけれど、中央にコンラートを連れて行ってどうするつもりですか?」

 コンラートは男だ。側近付きの側仕え見習いとしてフィリーネの部屋に置いておくこともできない。幼すぎて中央で下働きとして働かせることもできない。コンラートが孤児院にいる今でも、衣装は周囲からお下がりをもらっていて、貴族院で必要になる学用品や魔石などを揃えるのに苦労しているフィリーネにはコンラートの衣食住を賄う余裕もないはずだ。

「それは……」

 フィリーネが助けを求めるようにわたしを見た。けれど、わたしはすでに深入りしすぎだとフェルディナンドから叱られたことがある。これ以上、フィリーネを贔屓して、コンラートの面倒を見てあげることはできない。孤児の平民となっているコンラートを中央へ連れていくことが幸せに繋がるとも思えない。

「結論を急ぐことはありません。もう少し時間をかけ、コンラートの望みも聞いてあげて、それから、結論を出すのでも遅くはないでしょう。一年、悩んでみてはどうかしら?」
「……はい」

 フィリーネが肩を落として引き下がる。

「ローゼマイン様、私も考える時間をください。ついて行くにしても、結婚前について行くのか、結婚後について行くのかで扱いが変わりますし、それによって夏に結婚してしまった方が良いのかどうかなど考えなければならないことはたくさんあります」

 エックハルト兄様から館を譲られていて、結婚準備を始めているコルネリウス兄様がそう言った。レオノーレは「わたくしはコルネリウスに従いますよ」と微笑んでいる。お熱いことで何よりだ。

 ……あぁ、でも、お父様やお母様にも報告しなきゃね。

 わたしが最初に「次期ツェント候補です」と宣言した時にお父様はいたし、エーレンフェストの養子縁組を解消するためには絶対にお父様の同意が必要なので、事情は知らされている。けれど、お母様まで話が通っているのかどうか、通しても良いのかどうかがわからない。

 ……印刷業務の引継ぎもあるから、わたしが中央へ行くことは伝えておきたいんだけどな。

 養父様にまた尋ねてみなければならないだろう。そんなことを考えながら、コルネリウス兄様とレオノーレからいつの間にか距離を置いているダームエルに視線を向ける。

「ダームエルはどうしますか?」

 わたしとしては色々な事情を知っているダームエルに来てほしいけれど、エーレンフェストでも下級貴族ということで苦労しているのに強制はできない。下町の兵士達には顔が売れていて頼られているので、ここで下町を守ってもらうのも悪くないとも思う。

「……とてもすぐには決断できません。私も少し考えさせてください」
「わかりました。ユーディットは……?」

 わたしはユーディットに視線を向ける。ユーディットは少し悲しそうに微笑んだ。

「わたくしはエーレンフェストに残ることになると思います。キルンベルガへ帰った時に父から婚姻の話が持ち掛けられましたから。成人して中央へ出る許可を得られないでしょうし、名捧げをしてまでついていく勇気は持てません」

 未成年には何をするにも親の許可が必須だ。結婚も親が決める。そして、家庭に事情があったり、生き延びるためという理由があったりするわけでもないユーディットに他人に命を預けるような決意が簡単にできるわけがない。貴族院におけるユーディットとテオドールのやり取りを見れば、仲の良い家族であることがわかる。家を飛び出すようなことはできないだろう。

「ユーディットは何だか罪悪感のようなものを感じているようですけれど、未成年が残るのも、親の許可が得られないのも、名捧げができないのも普通です。ハルトムートとクラリッサがおかしいのです」

 わたしがそう言い切ると、ユーディットはハルトムートとクラリッサを見て、納得の顔になった。

「ブリュンヒルデもオティーリエも残るのです。残る選択が悪いわけではありません。ユーディットもエーレンフェストに残って、ブリュンヒルデの力になってあげてくださいませ」
「はい!」

 肩の力が抜けたユーディットの明るい笑顔に、わたしはホッと息を吐く。リーゼレータがポンとユーディットの肩を叩き、「一緒に頑張りましょう」と微笑んだ。

「わたくしは跡取り娘ですし、すでにヴィルフリート様の側近と婚約もしています。エーレンフェストからそう簡単には出られません。ローゼマイン様が中央へ行った後は、ブリュンヒルデの側仕えとして仕え、ローゼマイン様のためにエーレンフェストの本を送る役目をいたしましょう」

 リーゼレータがそう言ったことで、何も返事をしていない側近はアンゲリカだけになった。皆の視線が自然とアンゲリカに向かう。

「アンゲリカはどうしますか?」
「ローゼマイン様はどうすれば良いと思われますか?」

 アンゲリカは首を傾げてわたしに答えを求めた。

 ……いや、質問してるの、わたしだから。アンゲリカの人生の選択だよ!?

 相変わらず自分で考える気のないアンゲリカに頭を抱えたくなっていると、リーゼレータがクスクスと笑った。

「お姉様はローゼマイン様と中央へ行った方が良いと思いますよ」
「リーゼレータ」
「お姉様がボニファティウス様と本当に結婚することになるよりは両親も安心するでしょうし、中央の騎士団はエーレンフェストの騎士団よりよほど強いですから」
「行きます」

 リーゼレータの言葉にアンゲリカは即答した。でも、もうちょっと考えてほしい。アンゲリカの結婚相手を決めるためにお父様やお母様は一族会議を開いたこともあったはずだ。トラウゴットと結婚させるとか、おじい様と結婚するとか。あれは一体どうなってしまうのか。

「アンゲリカ、でも、結婚は……」
「できなくても特に問題ありませんし、ローゼマイン様以外の主に仕えられる気がしません」

 ……それはそうかもしれないけど、そんなにキリッとした顔で言うことじゃないよ!

「ローゼマイン様、養子縁組を解消する以上、一度我が家で話をすることになるでしょう? その時に両親とも話をした方が良いのではありませんか? アンゲリカの結婚が絡む以上、アンゲリカの独断で決められることではない気もします」

 コルネリウス兄様の助け舟に乗り、わたしはアンゲリカの同行に関してはお父様とお母様にも意見を聞くことにした。
無駄に長くなったのはハルトムートが悪いと思います。
実は虎視眈々と名捧げの機会をうかがっていたハルトムート。
オティーリエはもう諦めています。
そして、それぞれの選択。もちろん、簡単に選べる者ばかりではありません。

次は、お父様やお母様とお話しします。
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