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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第一部 兵士の娘

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オットー相談室

 外に出るとあまりにも積もっている雪に唖然とする。冬の間は基本的に引きこもりなので、わたしが外に出ることはほとんどない。自分の身長より高く積もっている雪を見ると、どうしてもポカーンとしてしまう。
 大通りに出る細い路地までは雪かきされていて、人がどうにか通れる程度の道ができているが、横に積もっている雪が倒れてきそうで怖い。

「マイン、ほら」

 父が屈んで両手を広げてくれたので、わたしはおとなしく抱き上げられて、父の首にしがみついた。この雪の中をわたしが歩いていたら、父は交代の時間までに門に着けないだろう。
 父に抱き上げられると、雪より上に顔が出た。冷たい風が吹くと、一面に広がっている白のきらめきが海のように波立ったのが見えた。

「父さんは大通りの雪かきもするんだっけ?」
「お貴族様の馬車が通れるようにな」
「……こんな雪の中を移動しなくても良いのにね」

 これだけ雪が積もっているのだから、大通りを行き交う人は少ないとわたしは思っていたが、足早に行く人々が予想以上に多かった。

「こんなに雪が積もっているのに、外へ出てる人が多いんだね」
「たまの吹雪が止んだ時間帯だからだろう? 吹雪いている時はさすがに少ないぞ」

 そんな会話をしているうちにチラチラと雪が降り始めたので、父はやや急ぎ足になった。

「降り始めた。急ぐぞ、マイン。しっかりつかまれ!」
「ふきゃあ! 落ちるぅ!」

 わぁわぁ騒いでいるうちに門に着いた。パタパタと雪を払いあった後、早速宿直室に向かう。
 軽くノックしてドアを開けると、暖炉の前には机があり、大量の資料を積み上げながら計算をするオットーの姿があった。

「オットー、待望の助手を連れてきたぞ。暖炉の前を空けろ」
「班長、ありがとうございます! 待っていたよ、マインちゃん」

 ざざっと机の上の資料を片付けながら、オットーはわたしが仕事をする分のスペースを空けてくれる。ものすごい笑顔で歓迎されたことから考えても、かなり仕事が積み上がっているに違いない。
 トートバッグから石板と石筆を取り出して、わたしは少し高い椅子によいしょっと座った。

「じゃあ、マインちゃん。この部署の計算が合っているかどうか、確認を頼むよ」
「はい」

 まず、この山を片付けないと相談どころではないようだ。ドンと積まれた資料を見て、わたしは石筆を構えた。

 しばらく、黙々と計算を続ける。オットーが計算機を弾く音とわたしが石筆を動かす音だけが響いていた。
 コンコンとノックの音が響いた後、若い兵士が入ってきた。

「失礼します。オットーさんに質問がありまして……」
「マインちゃん、質問だって」

 計算機と資料から目を離さず、オットーがわたしを指名した。

「え? わたしですか? ちょっと待ってください。この計算だけ……」

 わたしは筆算を終えると、答えの確認をした印を付けて、顔を上げた。
 若い兵士は鬼気迫る迫力で計算機を動かしているオットーとわたしを見比べた後、軽く溜息を吐いて羊皮紙を取り出した。

「これ、お願いします」
「何ですか?……あぁ、貴族の紹介状ですね。今って士長はいますか?」
「いえ、今日は夜番だったと……」
「じゃあ、部長の印章をもらって、早目に城壁へ向かえるように手配してください。この雪の中の長旅だったら、普段は温厚なお貴族様でも気が立っている可能性があるので、処理は迅速に」
「はっ!」
「もし、待たせるようであれば、すぐに火に当たれる待合室に入ってもらって、温かいお茶でも出してあげた方が良いかもしれません」
「わかりました」

 敬礼をして、若い兵士が部屋を飛び出していった。わたしも敬礼を返すと、計算の続きに取り掛かる。

「ホント手慣れてきたねぇ」

 計算する手を休めずにオットーが言った。わたしも石筆を動かしながら答える。

「対処の仕方は同じですからね」

 門の仕事はお役所仕事だ。基本的な対処方法は同じだ。一度マニュアルを覚えれば、よほどの例外でない限りは対応できる。

 しばらく計算していると少し疲れてきた。計算確認の出来た分をまとめて、ん~っと大きく背中を伸ばしていると、オットーもきりが付いたようで資料をまとめ始めた。

「さすがに疲れたな。一度休憩しようか?」
「はい」

 オットーが食堂から熱いお茶をもらってきてくれた。それを少しずつ飲みながら、わたしはオットーに相談し始めた。

「……と、そういう話をしている時に母が言ったんです。マインの面倒を見ながら、仕事ができるほど見習いという立場は甘くない。マインの面倒を見ることに気を取られて仕事が中途半端になるわよって」

 母の言葉にオットーは当たり前だと言う顔で頷いた。

「その通りだろう? 半人前以下の見習いが他人の面倒を見ながら……なんて、中途半端になるだけだ。ルッツが本気で商人を目指すなら、マインちゃんの面倒なんて見ていられないはずだ」
「……やっぱりそうですよね」

 今は見習いではないから、店でやる仕事はなく、商品を持ちこんでいるだけだ。だから、ルッツはわたしの体調を見ながら一緒に行動できる。
 見習いになって、仕事をするようになれば、とてもわたしの体調を気遣うなんてできるはずもないし、そんな重荷を背負わせるわけにはいかない。

 どうしようかな、と考えていると、オットーが静かな目でわたしをじっと見ながら聞いてきた。

「なぁ、マインちゃん。君は本気で商人になるつもりなのか?」
「今のところ、その予定です。商品になりそうな物がいくつか思い浮かんでいるので……」

 商業ギルドに属していないと売買ができないので、わたしが商売に係わっていくことだけは決定事項だ。

「商品の売買はともかく、ベンノの店に入るのは止めておいた方が良いよ」

 一応わたしの見習いはベンノが決定したことだ。今、わたしは仕事をすることに関して不安を感じているけれど、オットーがベンノの店は止めろと言う理由が知りたい。

「どうしてですか?」
「あの店は急成長している店だ。誰も彼も躍起になって仕事をしている。激務すぎて、マインちゃんの体力でできると思えない」

 軽く肩を竦めて述べられた理由は、わたしが不安に思っていることで、先日、ベンノからも指摘されたことだった。

「……実はベンノさんにも言われました。本当に仕事ができるのかって」
「計算ばかりしたり、書類の確認ばかりしたりする仕事もあるけれど、商人の仕事は納期もあるからいつ体調を崩すかわからない子には任せにくい」
「確かにそうですね」

 ベンノはわたしが持っている情報をいかに商品化するか、利益を得るかということを考えて、わたしを他の店にやりたくないと思っていることはわかる。けれど、実際に店で働く事を考えると、わたしの体力、腕力の無さは致命的だ。
 毎日仕事に来られるかどうかがわからないくらい健康状態に不安がある社員なんて、日本でも雇ってもらえないと思う。わたしが経営者でも、そんな社員はいらない。

「本来なら子供に言うようなことじゃない厳しい意見になると思うけど、聞きたいかい?」

 オットーが少しばかり首を傾げてわたしの反応をじっと窺う。オットーに相談したのはわたしに過保護に接する人からは出てこない客観的な意見が欲しかったからだ。
 何を言われても良いように机の下でグッと両手を握りしめて、わたしはゆっくりと頷いた。

「お願いします」
「マインちゃんが店に入らない方が良いと思う一番の理由はね、人間関係だ。店の中の人間関係がめちゃくちゃになる。入って来たばかりの見習いが体調を崩して休んでばかり、体力的に楽な仕事ばかりでは、どう考えても他の人の不満が溜まるだろう?」
「……はい」

 体力的に問題があるとは言っても、そんな贔屓を目の当たりにするのは面白くないし、すぐには表に出なくても間違いなく問題になる。
 ルッツの就職を決めるために必死になっていたので、自分が見習いになった後のことをよく考えていなかった。

「それに……給料面でも問題が出てくると思うよ?」
「へ? 給料ですか?」

 給料に関する問題については、今まで全く考えたことがなかったので、妙な声が出てしまった。
 首を傾げるわたしに、オットーが軽く溜息を吐いた。

「店に莫大な利益をもたらすと分かりきっているマインちゃんと、ただの見習いを同額で雇えるわけがないだろう?」
「給料自体は同じで、商品の利益を別枠で頂くことになると思いますけど」

 職の安定のために紙の利益はもらわない契約にしてあるが、その後に出す商品についてはきっちり利益を取るつもりだ。無料で全ての情報を渡すつもりなんてない。

「別枠で利益を渡すにしても、入ったばかりの見習いが勤続十数年のベテランより下手したら給料が高くなるんだ。正直面倒なことになると思う」
「ぅああぁぁ」

 お金が係わると確かに人間関係はこじれやすい。オットーの指摘はもっともだ。そして、人間関係が崩れると、店自体が立ち行かなくなる可能性も高くなる。店を作るのは結局人だ。

「確かに、どういう方向から考えても、わたし、店にいない方が良いですね」

 オットーの意見はいちいちもっともで、反論の余地がない。わたしが見習いとしてベンノの店に入ることはもめごとの種にしかならない気がしてきた。

「あとさ、俺にはもう一つ懸念があるんだけど」
「何でしょう?」

 ここまで色々な事柄を並べられたら、後はもう何でもこい、という気分で、わたしは先を促した。
 少しばかり顔を寄せて、声をひそめて、オットーが口を開く。

「結局、マインちゃんの病気は身食いだったんだろう?」
「オットーさん、知っていたんですか?」

 わたしがぎょっと目を見開くと、オットーは軽く頭を振って否定する。

「いや、俺は知らなかったけど、もしかしたらって話はベンノから聞いてた。はっきりわかったのはコリンナが、身食いって病気知ってる? って聞いてきたから」
「コリンナさんが?」
「この間、珍しく取り乱したベンノがそんなことを言っていたらしい。身食いの症状が出て、店で倒れて死にかけたんだって? あの数日間は班長の取り乱しようもひどかったんだ。コリンナの話と班長の態度で、身食いで倒れたのが君だと判断した」
「……その節はご心配とご迷惑をおかけしました」

 予想以上に広範囲に話が広がっているようだ。ベンノの店で倒れてギルド長の家に運ばれたのだから、かなり目立ったことに違いはないだろう。

「班長は治ったと思っているみたいだけど、ベンノの話では身食いって治らないらしいね?」
「……はい」

 魔術具で身食いの熱を減らしてくれたけれど、これはまた増えていくものだ。フリーダからもまた溢れそうになるまでに一年ほどだと言われている。

「治らないってこと、班長に話した?」
「いいえ、まだです。治ったと喜んでいる家族には言いにくくて……」

 魔術具の値段や命の期限など言いにくいことが満載で、身食いについてはそれとなく話題を逸らし続けているのが現状だ。わたしも身体の中の変な熱が勝手に増えて、溢れると死ぬくらいしかわかっていないので、詳しい話がしにくいというのもある。

 オットーは厳しい顔でゆっくりと首を振った。

「ちゃんと報告した方が良い。班長は治ったと思っているから、仕事に就いても大丈夫だと考えていると思う。現状認識をきちんとした上で、仕事についても相談した方が良い。適当に行動すると、色々なところに迷惑をかける結果になる」
「わかりました」

 今まで思いついたまま、行当りばったりで行動して周囲に迷惑をかけてきたわたしとしては、オットーの言葉を粛々と受けるしかない。

「それからさ、生きるために魔術具が必要で、貴族に渡りを付けたいなら、マインちゃんはギルド長の店に行った方が良い。ベンノの店は大きいけど、まだ新興だ。ベンノがいくら頑張っても、歴史と伝統っていうのは重いし、そう簡単にひっくり返るようなものじゃない」
「それはそうですけど……」

 わたしが言葉を濁すと、オットーは軽く眉を上げた。

「ベンノの店じゃなければ困るようなことがある?」
「ベンノさんのお店じゃないと困ることはないんですけど、わたしが苦手なんです。ギルド長の押しの強さや商人としてのやり方が」

 強引なのは商人として必要な素質なのかもしれないが、命がかかっている魔術具の値段を安く言って、騙そうとするような行動がどうしても好きになれない。感謝はしているが、お近付きにはなりたくないのだ。

「そんなのベンノだって同じだろ?」
「うーん、ベンノさんも強引なところはあるし、お金にがめついし、すぐに人のことを試そうとするんですけど、わたしの悪いところに気付かせて、成長させようとしてくれているのがわかるんですよ」
「へぇ」

 ニヤニヤと嫌な感じの笑みを浮かべるオットーにわたしはうっと小さく息を呑んだ。この会話はベンノに筒抜けになると思って間違いないだろう。

「それに、わたし、貴族に飼い殺しにされながら生きたいかどうか、まだ決心できていないんです」

 やっと家族と一緒に生活していたいって思い始めたところで、どういう扱いされるかわからない貴族に飼い殺されても生きたいとは考えられないのだ。
 フリーダが言っていたように、家族と生きて朽ちるか、貴族に飼い殺されても生きるかを選ぶなら、今の時点では家族を選びたいと思っている自分がいる。

「まずは、マインちゃんが自分の生き方を決めなきゃ話にならないな。貴族との繋がりを求めて店に入るんじゃないんだったら、尚更、店に入る以外の選択肢を考えた方が良い。俺は正直なところ、マインちゃんが考えて、ルッツが作るなら、権利や利益の取り決めだけをきっちりすれば、マインちゃんが店に入る必要はないと思っている」

 オットーの言葉にわたしは大きく頷いた。確かに、一緒に行動して働くことしか考えていなかったが、わたしにできることが考えることだけなら、店に入る必要はないかもしれない。
 なるほど、と小さく頷くわたしに、オットーは爽やかすぎて逆に胡散臭そうな笑みを浮かべた。

「そうだなぁ。家の中で自分の体調に合わせてできる手紙や書類の代筆みたいな仕事をしながら、商品の開発だけするのはどうだい? 商品はベンノに売りつけて、体調が良い時にここの仕事を手伝うような、今までの生活と変わらない仕事形態にした方が、身体のためには良いと思うよ」
「……考えてみます」

 わたしの身体のためには現状維持が一番でしょうけど、その胡散臭い笑顔の意味が非常に気になります。

「まぁ、ご家族とよく話し合うことだね」
「そうします」
「じゃあ、休憩はおしまい。続きやろうか」

 オットーによってコップを片付けられたわたしは、石板を取り出してカツカツと筆算で計算間違いがないか確認していく。

 家族と話……かぁ。寿命があと一年だなんて知ったら、父さんが発狂しそうで怖いんだよね。


「マイン、帰るぞ」

 交代を終えた父が宿直室に迎えに来てくれた時には計算のしすぎで、頭がくらくらしていた。目を閉じていても数字が頭に次々浮かんでくる。

「助かったよ、マインちゃん」

 ずっと計算機を使っていたオットーは実に元気で、計算だけをする事務仕事でもわたしには無理かもしれないと思わざるを得ない。

「父さん、寒くない?」

 少し吹雪いている帰り道、父はわたしを抱き上げたうえでコートを着ているので、わたしは温かいが、父はすごく寒いのではないかと思う。
 しかし、父は笑顔で首を振るだけだ。

「マインがいるから、寒くない。むしろ、あったかいぞ」
「そう」

 家族大好きで、娘馬鹿な父に、身食いの話をしたらどんな反応をするだろうか。この笑顔が凍りつくような気がする。
 怖いが、これ以上避けて通れない話題だ。

「どうした、マイン? 何か暗いぞ?」
「……父さん、話があるの。わたしの病気のことで」

 その言葉だけで、父の笑顔も足取りも凍りついた。口元を引き締めて、普段見たことがない真面目な顔でわたしをじっと覗きこむ。
 軽く一度目を伏せた後、父は何かから逃げるように足早に歩き出した。

「家に帰ってから聞こう。母さんも交えてな」
「ん」

 何を予感したのか、わたしを逃がすまいとするように、ぎゅっとわたしを抱き上げている父の腕に力がこもった。

 実際マインにお仕事は無理だと思うのですよ。
 オットーさんは胡散臭い笑顔で現状維持を押してきました。

 次回は家族と身食いの話です。
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