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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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得られた条件

 ジギスヴァルト王子との個人面談を終えた後、わたしは王族側の常識について養父様達に説明し、王族は全面降伏状態でこちらの意見を聞いているつもりであるということを伝えた。すれ違いは多々あるけれど、こちらに負担だけを押し付けたいわけではなさそうなので、何とか交渉はできるだろう、と。

 そして、魔力不足を解消し、他領の文句を封じるために王族主催で最終日に奉納式をすることになったことと、王の養女になるための条件としてエーレンフェストとわたしの個人的な要望を述べたことを伝えた。
 去年の二の舞にならないように、「決定権はアウブにあるので、わたくしは意見を述べるだけですよ」と王子にきっちりと主張したことは、もちろん強調しておいた。養父様は自分達の話し合いが上手くいかなかった直後に、地下書庫でわたしから承諾を得ようと動いていた王族に腹を立て、決定権がないと主張したわたしを褒めてくれた。

 その後、王族から再び呼び出しがあり、二日後に話し合いの場が持たれたわけだが、その結果、何故かとても怒った顔で戻ってきた。寮の会議室で側近を排して、今度は養父様と個人面談状態である。目の据わった養父様にうりうりと頬を突かれながら、凄まれた。

「さて、ローゼマイン。其方は王族にどんな交渉をしたのか、もう一度説明をしてもらおうか」
「……ぷひ?」
「違う! 今回は王族もすれ違いが起こらぬように側近を排して話し合いを行ったのだが、其方は地下書庫で信じられないほどの不敬をジギスヴァルト王子にやらかしたそうだな?」

 養父様の言葉にわたしはコテリと首を傾げる。

「ジギスヴァルト王子が率直にお話をしたいとおっしゃって、処罰等はなしと事前に許可をいただいたから、率直にお話をしたのです。今になって養父様にぐちぐちと文句を言ったのですか? 男らしくないですね」
「あのような交渉は他で絶対にしないように。それから、余所でも同じことをしそうなので重々注意するように、と言われただけだ。胃が引き絞られるような思いがした」

 ……やっぱり男らしくないじゃん。

 貴族らしくするように、と言われていたら、いくらわたしだってあんなことは言わない。率直に言えと言われて、その通りにしたら文句を言うなんてどうかと思う。

「あのような交渉とおっしゃいますけれど、王族が主催するように仕向けた奉納式はまだしも、わたくしに決定権がないのですから、養女の条件に関しては交渉らしい交渉なんてしていませんよ。条件を述べる時に、確実にフェルディナンド様を救ってもらえるように、ちょっと脅したくらいです」
「ちょっと待てっ! 私はつい先程王族に向かって、脅されたなど気のせいでしょう。言葉のすれ違いでそのように感じられただけで、ローゼマインにそのようなつもりはありません、と弁明したのだぞ! 本当に脅していたのか!?」

 養父様が泡を食ってそう言った。必死に弁明してくれたらしい養父様には悪いけれど、王族の言葉は間違っていない。わたしは自覚を持って脅した。

「わたくしが心配しても、他領に行ったら他領の者だから、と誰も親身になってくれませんし、アナスタージウス王子が自力で何とかしろとおっしゃったのですもの。普通にお願いしてもダメだったので、あの場でなければ使えない手段は使っただけです。他の機会では不敬で処分されるでしょう?」

 何を言っても処分されない絶好の機会に、自分の思いを王族に伝えただけだ。伝わってなかったら、また他の手段を考えるつもりである。

「王族が青くなるほど伝わっているから、もう考えなくても良い」
「……つまり、フェルディナンド様の連座回避と待遇改善を王族が受け入れてくださったのですか?」

 わたしが期待に胸を膨らませて養父様を見上げると、養父様は「あぁ」と頷いた。

「フェルディナンドに隠し部屋を与えるよう、アーレンスバッハに命じてくださるそうだ」
「やったぁ! 他の条件はどうなったのですか?」
「ほとんどの条件を受け入れていただけた。……ある意味では、其方のおかげだな」

 そうして、養父様は会合の様子を教えてくれた。前回は範囲指定の盗聴防止の魔術具を使って行われたけれど、今回は側近も護衛騎士も排した上で、盗聴防止の魔術具を用いて行われたらしい。
 その厳重な警戒の中で、疲れ切った様子の王族とアウブ夫妻の話し合いの中心になったのが、わたしが出した条件に間違いがないか、このような受け入れ方で大丈夫か、という確認と、王族の認識とエーレンフェストの認識のすり合わせだったそうだ。

「話を聴いたところ、王族の中でローゼマインの扱いについてはずいぶんと意見が分かれていた」

 グルトリスハイトを手に入れる者が次期ツェントなのだから、ツェントの言葉には全面的に従うべきだ。離宮の準備などもってのほか。ツェントは王宮の本館で迎えるもので、自分が離宮に移るべきだ、と主張するのがトラオクヴァール王。

「だからこそ、自分が信頼のおけるエーレンフェストの貴族で周囲を固めるのが一番で、自分の派閥は自分で作るべきという意見をお持ちのようだ。結果として、できるだけ多くの貴族を中央へ、ということになったが、エーレンフェストに却下されて驚愕されたそうだ」

 ついでに、わたしの結婚に関しては、自分の派閥を作るために婚姻という手段を使うのは当然なので、こちらが口を出すことではない。グルトリスハイトを手に入れるために養子縁組が必要なので、それはするけれど、後のことには口も手も出さない。ツェントの望むようにユルゲンシュミットを率いていけばよいというものらしい。

「耳当たりは良いですけれど、後のことは勝手にしろって放り出されるのと同じですよね?」
「ジギスヴァルト王子は同じように感じたそうだ」

 トラオクヴァールにジギスヴァルトは「グルトリスハイトを手に入れただけではユルゲンシュミットは治められない」と言ったらしい。エーレンフェスト出身で権力もなければ、大領地の伝手もない。口も手も出さないということは後ろ盾にもならないということで、グルトリスハイトだけを持った未成年に望むままに政治を行えと言っても何ができると言うのか。放り出すなんてあり得ないというものだったそうだ。

 王族の養女になってグルトリスハイトを手に入れるのだから、自分の妻として遇し、今の政治基盤をそのまま使う形で、王族が後ろ盾となって支えていくのが一番混乱はないと主張したらしい。トラオクヴァール王は「一理あるが、受け入れるかどうかを決めるのはツェント」という主張を曲げなかったそうだ。

「そんな二人の意見に首を振ったのがアナスタージウス王子だったらしい。グルトリスハイトを手に入れてツェントの力を手に入れたところで、ローゼマインに政治ができるはずがない、無理だと言ったそうだ。そこまでならば、ジギスヴァルト王子と同じ意見だったのだが、その後がな……」

 養父様が言葉を濁し、わたしをちらりと見た。

「何ですか? アナスタージウス王子が何をおっしゃったのですか?」
「神殿育ちで貴族の常識から外れている本狂いのローゼマインにユルゲンシュミットは任せられぬ。これまでの常識が通じなくなって大混乱に陥るぞ。できるだけ早くグルトリスハイトを取り上げるべき、とおっしゃってトラオクヴァール王にものすごい勢いで怒られたそうだ」
「……アナスタージウス王子の言い方は失礼ですけれど、間違ってはいませんね」

 そのうえ、グルトリスハイトを取り上げることが可能ならば、成人まで中央神殿で神殿長をさせて、エーレンフェストに対する周囲の不満を逸らし、成人後にはエーレンフェストに降嫁させる。グルトリスハイトを譲れないならば、ツェントになった者がわたしであることを隠してジギスヴァルトの第三夫人にし、必要な時以外は図書館に閉じ込めておくのがユルゲンシュミットのためには一番平和だと主張したらしい。

 アナスタージウスの意見は「グルトリスハイトを手にする次期ツェントに不敬が過ぎる」とトラオクヴァールに叱られて、地下書庫でわたしと接触するのを禁止されたそうだ。

「そんな感じなので、エーレンフェストの望む通りにできるだけ便宜を図るつもりだ、とおっしゃってくださった。だが、次期ツェントになる以上は、中央の予算や国庫状態にも気を遣ってもらえるとありがたい、とひどく申し訳なさそうにトラオクヴァール王から切り出された」
「中央の予算や国庫状態にエーレンフェストが気を遣うのですか?」

 わけがわからない、とわたしが首を傾げていると、養父様は苛立ったようにわたしを睨んだ。

「其方が個人的な図書室だか、図書館だかを条件に出したのであろう?」

 なんとわたしの図書室はお金がかかりすぎるので、王族をめちゃくちゃ困らせることになっていたらしい。求婚条件として要求した図書室に比べたら、他の要求は全て丸呑みできるレベルだそうだ。

「今回の話し合いの結果、他は全部呑むので図書室設置を諦めさせてほしい、ということで両者は合意した」
「のおおぉぉぉ! ひどいです! 絶対に譲れない一番大事な条件が潰されているじゃないですか! わたくしの図書室!」

 思わず全力で叫んで酸欠でくらくらとしてしまった頭を抱え、わたしは涙目で養父様を睨む。あんなに頑張ってジギスヴァルトとお話をしたのに、肝心なところが全く伝わっていない。

 ……ジギスヴァルト王子のバカバカ!

「うるさいぞ、ローゼマイン。ツェントとアウブの決定だ。従え。其方、養父である私の決定には従うと言ったではないか」
「ああぁぁ! 確かに言いました!」

 ……あの時のわたしのバカバカ!

「王宮図書館やその他の資料室などへの立ち入りは自由なのだから、本が読めないわけではないし、其方の図書室よりも他の条件を全て呑んでもらえる方がよほど大事だったのだ。諦めろ。其方がとんでもない物をふっかけたおかげで要求は全部通ったが、王族は抜け殻のようになっていたぞ」

 地下書庫で貴族との会談に臨むつもりだったジギスヴァルトは、商人モードのわたしと向き合うことになり、常識の食い違いと話の噛み合わなさ、他から見た王族の姿に色々な自信を失ったそうだ。そして、ジギスヴァルトからの報告を受けた王族もどう対処したものか、と頭を抱えることになったらしい。

 領主会議最終日の奉納式は建前や理由がはっきりとしていて、準備の手順や当日の段取りについてメモ書きがあったのでスケジュールが大変にはなるけれど対処できる。利益も大きいので、少々の無理をする価値がある。エーレンフェストの現状と要求、フェルディナンドの待遇改善も呑めなくはない。ただ、図書室だけは、図書室だけはどうしようもない、ということになったらしい。

「だいたい、何を考えて個人的な図書室など要求したのだ?」
「え? 自分が住む建物の中に図書室を設置するのは当然ではありませんか?」

 エーレンフェストの神殿には神殿図書室があり、城には図書室があり、貴族院の寮には図書コーナーがある。それに加えてフェルディナンドから相続したマイ図書館があるのだ。王族の養女として住むことになる離宮ならば、図書室くらいあって当然ではないか。

「エーレンフェストから離れるということは、フェルディナンド様にもらったマイ図書館から出なければならないということなのですよ? わたくしがエーレンフェストでこれまで持っていた物を手放す代わりに、新しい図書館を所望するのはそれほどおかしいことですか? 領主の養女から王の養女になるのに、生活水準を下げなければならないなんて、普通は考えないと思うのですけれど……」

 わたしの主張に養父様が「あ~」と何とも言えない声を出した。

「生活水準の基準が図書室というところに頭痛がするが、王族に部屋だけは準備していただくことにしたので、中身は全てフェルディナンドの図書館から持っていけ」
「ちょっと待ってください。フェルディナンド様の図書館ではなく、わたくしの図書館ですよ! もういただいたのですから」

 そこは間違えないでください、と養父様に言うと、至極面倒くさそうに手を振られた。

「そんなことはどうでもいい。どうでもいいから、国の予算を食い潰すような量の本を要求するな」
「……別にそんな物を要求したつもりはありません。フェルディナンド様にいただいたように、新しい本ではなく、王子が個人所有している本でよかったのです。読んだ事のない本を少しでもいただければ良かったというか、夫婦になるなら王子が持っている本は共有財産にしましょうくらいの扱いで十分だったのです。足りない分は王宮図書館の本を写本すれば、本棚は埋まりますし……」

 わたしの言葉に養父様は「うーん……。この常識なしはフェルディナンドのせいか」と呟きながら呆れた顔で首を横に振った。

「ローゼマイン、一つ言っておくが、フェルディナンドのような量の本を先祖伝来ではなく、一代で個人所有している金持ちの物好きなど滅多におらぬ。ジギスヴァルト王子が読む本は全て王宮図書館に収められていて、ジギスヴァルト王子個人が購入して所有している本はないそうだ。つまり、新しく図書室を作ろうと思えば、本は一から全て購入しなければならず、フェルディナンドと同等の量を準備しようとすれば、ユルゲンシュミットが金銭的に破綻する」

 養父様の言葉に、わたしはショックで全身から力が抜けていくのを感じた。つまり、わたしが中央に行って得られる自分の本は一冊もないということになる。

「最悪ですね。本の一冊も持たずに王子様を名乗るなんて! 乙女の夢、ぶち壊しですよ! すでに二人の妻を持っているのに、本の一冊も持っていなくて、図書室を作って求婚もできない王子の一体どこにわたくしはときめけば良いのですか!?」
「何を言っているのだ、其方は?」

 養父様が理解不能という顔をしているけれど、ジギスヴァルトと婚約するのであれば、大事なことではないか。

「ヴィルフリート兄様でさえ、寮の本棚はわたくしの好きにしてよい、と言ってくださったのですよ!? まさか本物の王子様が本を持っていないなんて……。王宮図書館を離宮にしても良いとお願いしたのに、結論は図書室を諦めろだなんて……」

 生活水準だけではなく、婚約者の質まで下がってしまった。何ということだ。王の養女になるために失うものが、ここまで大きいとは思わなかった。

「ガッカリです。しょんぼりへにょんです。ジギスヴァルト王子には失望しました」

 ちょっと前向きに中央へ行こうと思っていた気分が一気に沈んだ。一年間引継ぎを頑張れば、新しい図書室が待っていると思って頑張るつもりだったのに、やる気がふしゅるるる~と抜けていくのがわかる。

「フェルディナンド様の待遇改善と連座回避を約束してくれたので行きますけど……中央なんて行きたくないです。ハァ、わたくしの図書館から離れるなんて……」
「しつこい。部屋だけは準備してもらえることになったし、其方には納本制度があるではないか。エーレンフェストでできた本は送るし、そのうち増えるのだから、待てばよかろう」

 養父様は「エーレンフェストにいるのと変わらぬ」と言うけれど、新品が届くまでにタイムラグができるのだ。生活水準が落ちることに変わりはない。どうしてそんな簡単なことをわかってもらえないのか。

「とりあえず、図書室の話はもうよい。終わったことだ。それ以外に決定したことを伝える。其方の身の振り方になるのだから、しっかりと聞くように」

 勝手に終わらせないで、と思ったけれど、これ以上食い下がったところで王とアウブの間で決まったことが覆せるわけがないのだ。しょんぼりと肩を落としながら、わたしは養父様の言葉を聞く。

「其方の提案通りに奉納式を行い、魔力を得られたら、一年かけてトラオクヴァール王とジギスヴァルト王子がグルトリスハイトを手に入れることができないかどうか挑戦するそうだ。できなければ、其方を予定通りに養女にする」

 養父様の言葉にわたしは思わず笑顔を消した。どちらかがグルトリスハイトを自力で手に入れた場合、これまで出した条件はどうなるのか。

「わたくしが養女にならなければ、条件はどうなるのですか?」
「フェルディナンドの連座回避と隠し部屋だけは、今回の地下書庫の翻訳料として得られることになったが、それ以外はご破算になる。……ただ、挑戦はしてみるが、難しいだろうというのが大方の予想だそうだ。其方に全て任せて何の努力もしないわけにはいかない、とトラオクヴァール王はおっしゃった」

 フェルディナンドの連座回避と環境改善が確約されているならばそれで良い。中央にはいきたくないので、二人にはぜひとも頑張ってほしいものだ。

 ……毒殺を疑われたら困るからしないけど、激マズ回復薬を差し入れにして応援したいくらいだよ。

「様々な根回しもあるので、およそ一年を準備期間とし、来年の領主会議の頃にエーレンフェストの養子縁組の解消と王との養子縁組を行う。それまでの間、表向きは現状維持とし、内々には王の養女となるという予定でエーレンフェストと王族は動くことになる。良いか?」

 養父様の言葉にわたしは頷いた。王の養女になるというのが大っぴらにできない予定であることはよくわかる。なるべく情報を出さないように秘密裏に動くのは、情報網が断絶しているエーレンフェストにとっては得意とするものだ。何とかなるだろう。

「エーレンフェストに戻ってから行う領主一族の会議は、ひとまず側近を排して行うつもりだ。そのうえで、どこまで話を広げるべきか考える」
「でも、わたくしとメルヒオールの側近や神殿の者には伝えますよ。引継ぎや身の振り方を考える必要がありますから。グーテンベルク達にはいつ伝えましょう? 中央に技術を伝えるのはどうしましょうか? 今と同じように出張で技術を伝えるのか、移住するのか、わたくしは印刷工房なしに生きていけませんけれど、受け入れ態勢が整っていなければ彼等に負担がかかるだけなのですよね」

 わたしは思いつくままに引継ぎの事項を思い浮かべていく。神殿とグーテンベルクと専属達とのやりとりが一年間の中心になりそうだ。

「負担がかかると予想できているならば、王の養女となって、其方が自分の職人を受け入れる態勢を整えてからで良いのではないか? 下町の仕事は急かすな、と私は其方に散々言われたぞ」
「そうですね。ベンノさんと相談して決めましょう。中央の文官とも話をして、早急に資料を送ってもらわなければなりませんね。養父様、以前却下されたメルヒオールとの側近の共有をお許しいただけませんか? わたくしには貴族院の上級護衛騎士が不足しているのです」

 講義と寮を行き来するだけならば、今のままでも大丈夫だけれど、地下書庫に向かうならば上級騎士が必要になるし、メルヒオールの側近への教育期間は少しでも長く欲しい。

「メルヒオールの返答にもよるが、まぁ、よかろう。……ところで、其方、一年間は表面上現状維持とはいえ、婚約解消せねばならぬヴィルフリートのことはどう考えている?」

 養父様に言われて、なるべく考えないようにしていたヴィルフリートのことが浮かび上がってくる。

「……正直なところ、婚約解消自体には特に何も感じていません。兄妹ではあっても婚約者という距離感ではありませんでしたし、最近は接することも少なかったですし、オルドナンツを飛ばしたら嫌がられましたし……。何より、婚約に必要な儀式を何もしていませんからね」

 魔石の交換も、もう少しわたしが成長したら行う予定だった色合わせとやらもしていない。わたしとヴィルフリートの婚約は、王に承認されただけの口約束でしかないのだ。わたしにとってはこの後ヴィルフリートからジギスヴァルトに相手が変わるだけ、という気分である。別に浮きも沈みもしない。

「でも、ヴィルフリート兄様の将来や置かれる立場については何と言えば良いのかわかりません。ヴェローニカ様に育てられ、白の塔に入ったヴィルフリート兄様が次期アウブと目されていたのは、婚約によるものでしたから……。今になって突然次期アウブになるのが非常に難しくなったことは可哀想だと思います。王命という自力ではどうしようもないことで、つかみかけていた将来が覆されるわけですから」

 養父様が「そうだな」と呟いた。ここにいないヴィルフリートの将来を心配している父親の顔だ。その目に自分が映っていないことを感じながら、わたしはゆっくりと息を吐く。

「王命で予定をひっくり返されたのは、ヴィルフリート兄様だけではありません。フェルディナンド様もわたくしも一緒です。エーレンフェストを離れる予定などなかったのに離れることになり、手にしていた大事なものを手放したり、大事な人と別れたりしなければなりません。ヴィルフリート兄様はエーレンフェストにいられるのですから、養父様が見守ってあげればそれで良いのではありませんか?」
「……そうだな」



 それから、エーレンフェストの寮にも王族から招待状が届き、領主会議の最終日に王族主催で奉納式が行われることが養父様の口から告げられた。これで他領からの突き上げに困らなくなるという養父様の説明に貴族達は喜んでいたけれど、神事に参加したことがない貴族の方が多いので、神事に参加して加護の再取得を目指すように、と養父様に参加を命じられると驚きの声を上げていた。

「ローゼマインの側近達は、もう一度青色神官や青色巫女の衣装を着て、補佐や護衛をするように」
「かしこまりました」

 当日に儀式を行うだけなので、準備はほとんど必要なく、わたしは領主会議の最終日まで地下書庫に通い続けた。

「王族の主催で奉納式が行われるのですね。神事について知りたいと望む他領の声に応えるため、エーレンフェストの協力で実現したと伺っています。エーレンフェストも大変ですね」

 昼食の時にハンネローレが、奉納式にダンケルフェルガーが参加する気であることを教えてくれる。

「ディッター前後の儀式で御加護を得られるという研究成果が出ていたので、ダンケルフェルガーは参加しないのかと思っていました」
「ディッター以外の神事にも興味があるようです。……あの神事だけでは他の神々の御加護を得られないでしょう?」

 失礼かもしれないが、ダンケルフェルガーがディッター以外に興味を示すと思っていなかったので、ちょっと驚いた。

 ……いや、ほら。誰も彼もディッターって感じじゃない。だからね。

 ハンネローレによると、文官や側仕えはもう少し違う神々の加護もほしいようだ。

「それに、大人がもう一度御加護を得られる機会があるというのは大きいですよね。……普段は領主会議に連れて来ない中級貴族や下級貴族の再取得をどうするのか、お父様とお母様は頭を悩ませていました」

 一緒に話を聴いていたマグダレーナが「その辺りの調整は必要ですね」と頷き、ヒルデブラントは神事に参加できないことを嘆いている。未成年であるハンネローレも参加できないのだから同じだ。

「貴族院で講義に取り入れるという案も上がっていますし、クラッセンブルクとエーレンフェストの共同研究として恒例化するという意見もあります。貴族院へ行くまでは待ちなさい」

 母親になだめられたヒルデブラントは「……それでは遅いのです」と小さく不満を零しながら唇を尖らせる。

「やはり、ほとんどの領地が参加するのですか?」

 ハンネローレの問いかけにマグダレーナが「えぇ」と頷いた。

「アーレンスバッハだけはフェルディナンド様が神事について教えてくださるので、参加の必要はないというお断りをいただきましたけれど、それ以外の領地からは参加表明をいただいていますよ」

 どうやらアーレンスバッハは不参加らしい。貴族達を連れて祈念式をして回った、とフェルディナンドの手紙にあったことを思い出す。神事の経験はあるだろうけれど、加護を増やそうと思えば、再度の儀式が必要だ。領主会議の神事に参加する領地の狙いは加護の再取得だと思うのに、不参加で良いのだろうか。

「加護の再取得もフェルディナンド様任せにするつもりなのでしょうか? 儀式は最奥の間でなければできませんよね? ご存じないのでしょうか?」

 わたしが首を傾げて疑問を口にすると、マグダレーナは何とも言えない感情を抑え込んだような冷たい笑みを浮かべた。

「ディートリンデ様は次期ツェントになるそうです。そうなれば儀式など何度でもできるとのことですよ」
「……本気でそのようなことをおっしゃったのですか!?」
「えぇ。オルドナンツで届きました。周囲の側近が必死に止めている声も入っていましたけれど、王族の皆で聞きましたから間違いありません」

 ……ひいいぃぃぃっ! フェルディナンド様の連座回避、王族を脅迫してでも確約が取れてよかった!
なんと唯一得られなかったのが最も大事な図書室。
フェルディナンドが基準なのに、多くは望んでいないつもりのローゼマイン。
そして、残念なことに奉納式まで行きつけませんでした。

次は、領主会議の奉納式です。
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