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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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領主会議の星結び 後編

 わたしの主張にイマヌエルは神殿長の待機場所へわたし達を案内し、胸を張って古い文献を差し出した。白い石板に刻まれたその文献は図書館の地下書庫にある物と酷似している。

「こちらがその文献です。ローゼマイン様に読むことができるかどうか……」
「問題ありません」

 わたしは白い石板を受け取ると、まとっていた神具を消した。文献さえ手に入れば、神具は必要ない。

「神具が消えた!?」
「必要もないのに神具を出したまま維持するのは魔力の無駄遣いですから。こちらを確認した後、本当に必要であれば、必要な時にまといます」

 驚きの声を出したイマヌエルに対して、わたしは白い石板から目を離さずに答えながら刻まれた文字を追っていく。周囲で儀式の準備が進んでいる中、わたし一人が読書をすることになるけれど、神殿長として儀式を行うわたしが古い儀式のやり方を理解していなければ儀式を始めることができない。

 ……ここでわたしが読書に没頭するのは神殿長としての義務だよ。義務。

「うふふん、ふふん……」

 古い文字も時代によっていくつかに分類される。この石板に刻まれている文字は地下書庫にあった物と同じなので、これは多分地下書庫にある文献の写しではないかと思う。別の儀式について書かれた石板と同じような書き方だからだ。

 ……それにしても、この文字を読める人が中央神殿にはいるんだ。

 王族が古い言葉を読めないと言っていたけれど、中央神殿には古い言葉が読める者もいるらしい。偽物ツェントに教えることなどないと中央神殿が突っぱねたのか、神殿なんかに古い文字を読める者などいるはずがないと王族が軽んじたのか、最初から尋ねてもいないのか知らないけれど、中央神殿と協力できていれば王族はもっと助かったかもしれない。

 ……命を削って国を支えているのに、「グルトリスハイトを持たぬ偽りの王」とか「協力などできるか」とか言われたら歩み寄る気にもなれないだろうけどね。

 王族と神殿の関係はともかく、イマヌエルが主張していた通り、星結びの儀式について書かれた物で間違いない。光の冠と闇のマントをまとうだけで、簡潔に書かれた神事の流れは自分が知っているものと基本的には同じだ。祝詞も変わらない。石板に書かれている分しか文量がないので、目を通すのにもそれほど時間はかからなかった。

 ……でも、変だな。エーレンフェストでは星結びの儀式って夜の儀式なんだよね。

 最高神である闇の神が、命の神と土の女神の婚姻を祝福した神話に因んだもので、闇の神の加護を得られやすい夜に行われる儀式だとわたしは習ったし、今でもエーレンフェストでは夜に行われている。

 けれど、朝食後すぐにわたしが講堂へ向かったことからもわかるように、領主会議で行われる星結びの儀式は三の鐘に始まるのだ。王族の儀式なのに夜でなくてもよいのだろうか。そんな疑問が頭に浮かんだけれど、白い石板には時間に関して何も書かれていない。

「どうかされましたか、ローゼマイン様?」

 レオノーレが覗き込んでくる。わたしは首を振り、「神殿長が神具をまとうだけで、儀式の順番や祝詞には特に変わりはないようです」と答えて、イマヌエルに石板を返した。

 ……ま、いっか。ここに書かれている通りにすれば中央神殿は満足するし、わたしがジギスヴァルト王子に祝福を与えたら王族からの依頼は達成なんだから。

 すでに全領地のアウブ達が儀式にやって来る準備をしているのだ。どう考えても今から儀式の時間を変えるなどできるわけがない。口にするだけ無駄である。

「とりあえず、現状を王族にお知らせしておきましょう」

 文献を一通り読んで満足したわたしはオルドナンツを出した。そして、中央神殿が闇のマントと光の冠を使った古い儀式を復活させようとしていることと、それに協力要請されていることをアナスタージウスに伝える。

「文献自体は本物のようです。古い儀式を復活させますか? いつも通りの儀式を中央神殿長にしてもらいますか?」

 いつも通りの儀式をするならばわたしは必要ない、と言われたことも伝える。儀式で祝福してほしいと頼んできたのは王族だから、どのような儀式をするのか、誰が神殿長を務めるのかは王族と中央神殿が話し合って決めてほしい。文献を読み終わったので、もうここに心残りはないのだ。

「そのまま待機していろ。すぐに行く」

 残念なことに、アナスタージウスは「帰っても良い」とは言ってくれなかったので、わたしはぼんやりと儀式の動きを打ち合わせているイマヌエルとハルトムートを見ていた。儀式の流れの確認に加えて、ハルトムートはどこで私の補佐がいるのか真剣に考えている。

「ローゼマインはここか?」
「お久し振りです、アナスタージウス王子」

 挨拶を交わし、わたしはイマヌエルとアナスタージウスの二人でどのように儀式を行うのか決めてもらう。

 ……不敬だって怒られるから口に出してわざわざ言わないけど、余所を巻き込んで神殿長をさせるのに中央神殿への命じ方が杜撰だと思うんだよねぇ。

 ずっと神事をしてきた中央神殿の神殿長が、余所の神殿長に役目を取られて面白いはずがない。何も打ち合わせもなく、事前に知らせもしなかったくせに、わたしが神具をまとっていないなんていちゃもんを付けてくるのだ。わたしに祝福をしてほしいと言い出したアナスタージウスがこの場で目を光らせるなり、采配を振るうなりしてほしかったところである。

 ……それだけ王族の言葉が神殿には軽んじられてるってことなんだろうけど。

「では、古い儀式で良いのですか?」
「……あぁ。ディートリンデの時のようなことが不意に起こるよりは心の準備ができる。其方が関係して何も起こらないはずがないからな」

 失礼極まりない言い方である。何も起こしてほしくないならば、自分の言動を振り返ってほしいものだ。わたしを神殿長として呼んだのが自分だとアナスタージウスはわかっているのだろうか。

「それで、ローゼマイン。神具をまとって儀式を行うと一体何が起こるのだ?」
「存じません」
「文献を読んだと言ったではないか」

 アナスタージウスが目を剥いたけれど、文献には簡潔に儀式の行い方が書かれているだけだった。儀式の結果、何が起こるのかは書かれていない。わたしが知っているわけがない。

「……でも、星結びの儀式の文献であることは間違いないので、結婚ができないということはありません」

 わたしの説明にアナスタージウスはしばらく唸っていたが、諦めたような顔でわたしを見た。

「星結びの儀式ができるならば、それで良い。そろそろアウブ達がやって来る時刻だな。……王族の入場は後だ。私は一度戻るが、其方はここで待機だ。不用意に動き回らぬように気を付けろ」
「はい」

 身を翻して去っていくアナスタージウスを見送り、わたしは少しずつ増えてくる各地のアウブ達を見ていた。マントの色でどこの領地が入場してきているのかがわかる。学生と大人で違いはあるものの、卒業式の光景とよく似ていた。

 カラーン、カラーン……と三の鐘が鳴り響いた。けれど、まだ完全には入場が終わっていないようだ。鐘が鳴る前よりはやや人の動きが速くなった。講堂内に全ての領地の色が揃うのを確認して、神官長であるイマヌエルが祭壇の前に立ち、たくさんの鈴が付いた魔術具を振った。

 その音に合わせて扉が開けられ、王族が入場してくる。トラオクヴァールと第一夫人、アナスタージウスとエグランティーヌが入ってきて席に着く。第二夫人や第三夫人の姿が見えないことを不思議に思った直後、そういえば領主会議はアウブと第一夫人が出席する会議だったことを思い出した。

 二度目の鈴はわたしの出番を示す音だ。わたしは立ち上がると、祭壇前に向かって歩き始めた。わたしが神殿長をすることは全領地に知らされていなかったのだろうか。講堂内に驚きと戸惑いのざわめきが広がっていくのがわかる。場内の声は無視して転ばないように慎重に、けれど、できるだけ速足で歩いた。わたしの隣には聖典を持ったハルトムート、後ろには青色の儀式服をまとった護衛騎士達がいる。

 エーレンフェストの神事でもわかるように、本来ならば一人で入場するはずの神殿長が青色神官達に完全に周りを囲まれた形になっているのはハルトムートが「そうする」と言ったせいである。

 ハルトムートはものすごく中央神殿を警戒していて、神殿長は一人で入場するものだと主張する中央神殿に「中央神殿の望む通りに古い儀式を行いたいならば、黙ってこちらの言う通りにしてください」と笑顔でごり押ししたし、護衛騎士達には「彼等をローゼマイン様に近付けないことが最も重要な任務だと思ってください。許可なくローゼマイン様に触れた場合は腕を切り落としても構いません」と真顔で言っていた。

 ……さすがに腕を切り落とすというのはやりすぎだと思うけど、イマヌエルの目が怖いから警戒して側にいてくれるのはありがたいんだよね。

 祭壇前に立つと、ハルトムートが聖典をわたしに渡してくれる。そして、レオノーレが衣装の裾を直してくれた。わたしの準備が整ったことをイマヌエルが確認する。一瞬目を細めて少し手を動かしたのは、「神具をまとえ」という合図に違いない。
 けれど、神具を維持するのに魔力をどのくらい消費するのか知っているハルトムートはイマヌエルの合図を無視して「さっさと始めろ」という合図を送る。「神具をまとえ」「始めろ」の応酬が数回続き、講堂の貴族達から「まだか?」と声が上がり始めたところでイマヌエルが折れた。

「これより星結びの儀式を始める。新郎新婦はこれへ!」

 王族であるジギスヴァルトとアドルフィーネを先頭に、他の領地の新郎新婦が五組入場してくる。講堂内には貴族達からの拍手と歓声が飛び、お祝いの声がかけられていて、喜びに満ちていた。本当ならば、ここにフェルディナンドとディートリンデがいて、わたしはフェルディナンドに祝福を贈れるはずだった。

 ジギスヴァルトに祝福を与えてほしいから王族はわたしに神殿長を依頼したのである。この先にこの場で神殿長として神事を行うことはないだろう。フェルディナンドに祝福を与えたくても、与えられなくなってしまった。絶好の機会を逃した形になり、わたしはその不満を心の中で零す。

 ……アウブ・アーレンスバッハがせめて今日まで生きていてくれたらよかったのに。

 そうしたら、フェルディナンドは隠し部屋も与えられただろうし、できるだけの祝福を贈ることもできた。少しは心配が減ったはずだ。

 ……間が悪いよ。

 溜息を吐きかけたところで、結婚式という晴れの場に相応しくない顔をしている自分に気付いて、わたしは笑顔を浮かべる。舞台に上がってきたジギスヴァルトやアドルフィーネと目が合って、わたしはお祝いの気持ちを込めてニコリと微笑んだ。

 わたしは聖典を書見台に置いて、鍵を開けると、ページを捲る。「んまぁ!」とどこかでフラウレルムの声が響いた気がしたけれど、それから先は何も聞こえなかったので儀式を始めることにする。
 そうしたら、イマヌエルが目を三角にして「神具をまとえ」と合図をしているのが目に入った。けれど、神話を語る間は拡声の魔術具も使うのだ。神具をまとうのはまだ先である。

 ……必要な時にまとうって言ったのに、せっかちさんだな。

 イマヌエルの合図を無視して、わたしは拡声の魔術具を使って神話について語り始める。聖典に載っている闇の神と光の女神の神話だ。命の神が求婚にやってきて、土の女神との結婚を認めるお話である。
 わたしが語っている間にハルトムートとコルネリウス兄様が星結びの儀式で使う契約書や自分の魔力で描くための魔術具のペンを準備していた。

「では、これから神話のように新しい夫婦の誕生と祝福を行いましょう」

 わたしは一度下がって自分の護衛騎士達が大きく広げた袖に隠れるようにして、闇のマントと光の冠をまとう。こういう時に小さいと完全に隠れるのでやりやすくて良い。

 当然のことながら、闇のマントと光の冠をまとって再登場したわたしに全ての注目が集まった。このまま普通の儀式が行われるのではないか、と気が気ではなかったらしいイマヌエルだけは満足そうな笑みを見せて口を開く。

「トラオクヴァール王第一王子ジギスヴァルト、並びに、ドレヴァンヒェル領主候補生アドルフィーネ」

 名を呼ばれた二人がハッとしたように祭壇前に進んでくる。

「アナスタージウスから話は聞いていましたが、実際に神具をまとっている姿を見ると驚きます」
「この神具はエーレンフェストの物なのですか?」

 ……自分のシュタープ製です。

 そんな答えを口にできるはずもなく、ニコリと微笑むだけで返答を避けて、わたしは二人に婚姻の意志を確かめて契約書を差し出した。二人が名前を書き終わると金の炎で燃えていく。他の者達にも書いてもらい、契約書は燃えた。

「新たなる夫婦の誕生に神殿長からの祝福を」

 イマヌエルの言葉にわたしは手を挙げて神に祈り始めた。

  「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神よ」

 祈り始めた途端にマントの留め金が勝手に外れた。するりと音もなくマントが外れて、ふわりと天井へ向かって飛んでいく。手を挙げてやや上を向きながら祈りを捧げていたわたしの目には、闇のマントが大きく広がり、夜空になっていく様子がよく見えた。

「我の祈りを聞き届け 新しき夫婦の誕生に 御身が祝福を与え給え」

 わたしの頭にあったはずの光の冠が勝手に浮かび上がり、光を放つ。夜空に浮かぶ太陽のようだ。講堂内を包み込むように広がる闇の神とそこを照らす光の女神が見える気がする。

 ……あぁ、最高神だ。

 何の疑問も抱かずにそう思った。だから、わたしはそのまま最高神に祈る。

「御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」

 夜空が一点に集中し始めた。光の輪がくるくると回り始める。直後、闇の柱と光の柱が立ち、一部がどこかへ飛んでいった。貴族院の神事では見慣れた光景なので、特に何という感慨もない。残った大半の光は捻じれあい、重なり合い、弾ける。そして、小さな光の粒となって、飛び散って、祝福として新郎新婦に降り注いでいく。これはエーレンフェストで行う神事と同じだ。
 けれど、この光景を見て、貴族院では神具をまとって神事を行えば夜空が現れるから、わざわざ夜に儀式を行わなくてもいいのだと腑に落ちた。

 ……終わった。

 自分の中にシュタープが戻ってきた感覚に神事が終わったことを悟って、わたしは王族に頼まれていたお役目を無事に終えたことに安堵の息を吐く。

「相変わらず貴族院で儀式を行うとエーレンフェストの何倍も派手ですね」

 わたしの呟きを拾ったのは隣に立っていたハルトムートだけだろう。ハルトムートは「何倍も神々しいです」と小さく笑い、聖典を抱えると手を差し出した。

「皆が呆気にとられているうちに退場しましょう」

 ……異議なし!



 ハルトムートの誘導に従って、わたしは神殿長の控室に一度入る。ハルトムートが聖典をレオノーレに手渡し、ダームエルにわたしを抱き上げて、できるだけ早く寮へ戻るように命じた。

「こちらの片付けや問い合わせに対応するためにコルネリウスをお貸しください、ローゼマイン様」
「それは構いませんけれど……」
「対応に困る者が現れる前に戻った方が良いでしょう。少し大回りになりますが、こちらからお戻りください」

 ハルトムートはそう言って、わたし達を部屋から押し出した。すでに打ち合わせがされていたのだろうか。アンゲリカはいつでも抜けるようにシュティンルークの柄を握り、先頭に立って歩き始めた。急展開について行けないわたしを戸惑いなく抱えてダームエルは速足で続き、レオノーレが「念のためですよ」とわたしを安心させるように微笑んで最後尾を歩く。

「ハルトムートが中央神殿のイマヌエルをとても警戒しているだけなのです。危険すぎる狂信者と言っていました」

 神具をまとって儀式ができること、王族が理解できなかった文献を即座に読めたこと、イマヌエルは時間と共にどんどんと目が熱っぽくなっていて、危険度が上がっているように見えるらしい。

 ……ハルトムートに狂信者って言われちゃうんだ。……いや、まぁ、目が違うし、怖さの種類が全く違うのはわかるんだけどね。

「どうやら何としてもローゼマイン様を中央神殿に取り込みたいと考えているようです。彼等は文献などから知識を得ることはできても、儀式を行う魔力が足りないようですね。ローゼマイン様の魔力を使って真のツェントを得たいそうです」

 ユルゲンシュミットが真のツェントを得ることは何よりも大事なことなので、古い儀式を研究している中央神殿にエーレンフェストの神殿も協力しろ。アウブ・エーレンフェストにわたしを中央神殿へ向かわせるように頼め。全ては真のツェントを得るため、そして、ユルゲンシュミットのためだ、というようなことをハルトムートに言ったらしい。
 ハルトムートは「私はローゼマイン様のためにしか動きませんし、ローゼマイン様はエーレンフェストにいることをお望みです」と笑顔で却下したそうだ。

「中央神殿の言葉など無視してもよいのではありませんか?」
「えぇ、神殿だけならば無視するのは簡単です。けれど、王族もグルトリスハイトを、そして、真のツェントを欲しています。王族と中央神殿の利害が一致した時にどのような命令が下されるかわかりません。ハルトムートはそれを一番心配していました」

 王命を断る術はエーレンフェストにはない。それがわかっているはずなのに、王族はエーレンフェストに命じすぎている、とハルトムートは感じるらしい。

「ローゼマイン様が個人的に親交をお持ちだからですけれど、普通はこれほど色々なことを王族から頼まれることはないのです」

 今回の領主会議で地下書庫の文献を読むのも王族からの命令だ。本来ならば、未成年が入る時期ではないし、貴族院の学生に手伝わせるようなことでもない。けれど、慣例を破ってでも王族はわたしに命じた。

「書庫へ行くことをローゼマイン様が楽しみにしているので、何も口にはしないでしょうけれど、神殿業務や商人との交渉が忙しいローゼマイン様に星結びの儀式や地下書庫での現代語訳を命じる王族にハルトムートは不安を感じているようです」

 レオノーレが「ご命令ですから仕方がないのですけれど、王族のお手伝いよりエーレンフェストの穴埋めの方が大事ですからね」と困ったような笑みを見せた。

「……そうですね」

 王族の手伝いをするくらいならば城の業務を手伝った方がよほどエーレンフェストのためになる、と言われてわたしは地下書庫へ行くのを楽しみにしているのが少し後ろめたくなる。

「あの、えーと……」

 少し重くなってしまった雰囲気を払おうと思ったのか、ダームエルがあちらこちらに視線をさまよわせた後、「ローゼマイン様は重くなりましたね」と笑顔で言った。重い雰囲気を払うどころか、空気が凍りつく。
 一応「大きくなった」とか「成長した」という言葉と同じ意味で使っていることはわかるのだけれど、「重くなった」と面と向かって言われると何となく胸に刺さるものがある。

「お、降ろしてください」
「ダメです、ローゼマイン様。……ダームエルはそういうことを女性に言って嫌われているのではありませんか?」

 レオノーレの指摘にダームエルがオロオロとした様子でわたしとレオノーレを見比べる。

「え? 私はローゼマイン様が成長したことを喜ばしく思って……」
「言いたいことはわかりますし、雰囲気を和ませようと思ったこともわかりますけれど、女の子に対して、重くなったというのは言葉の選択がとても悪いですよ」
「……失礼いたしました」

 ちょっとへこんだダームエルのおかげで少し雰囲気は和らいだ。クスクスと笑いながら、角を曲がったところで、アンゲリカが突然足を止めた。イマヌエルと何人もの神官達が廊下を塞いでいる。ダームエルがわたしを抱き上げている腕に力を籠めたのがわかった。

「おや、ローゼマイン様。ずいぶんとお急ぎのようですね。まだ古い儀式を執り行ってくださったことにお礼を申し上げていないのですが……」
「えぇ。魔力を使いすぎて少し気分が悪くなったので、寮へ戻るところなのです。このような姿を見られて恥ずかしい限りです」

 自分で歩かず、ダームエルに運ばれている現状を説明しつつ、穏便に包囲網を突破できないか考える。

「ローゼマイン様、中央神殿には他にも古い文献がたくさんございます。一度ローゼマイン様には中央神殿にお越しいただいて、読んでいただきたいと思っているのです」

 ピクリと体を動くのをダームエルが力を込めて止めた。

「王族は中央神殿の文献を偽物と決めつけ、こちらの話を聴こうとはしてくださいません。ぜひローゼマイン様に読んでいただき、王族に中央神殿の言葉が正しいということを伝えてもらいたいと思います」
「ごめんなさい。今はとても気分が悪くてそのようなことを考えられないのです。アウブ・エーレンフェストを通してくださいませ」

 言うべきことは言ったので、わたしは進むように目でアンゲリカに合図する。アンゲリカはコクリと頷いて歩き出す。

「こちらで一度お休みになられてはいかがでしょう?」

 イマヌエルが手を伸ばした瞬間、アンゲリカがシュティンルークを抜いた。

「許可なくローゼマイン様に触れたら、即刻切り捨てます」

 ゴクリとイマヌエルが唾を呑む音がした。青色巫女の恰好をしているアンゲリカがわたしの護衛騎士で、武器を持っているとは思っていなかったのだろう。驚きに目を見張っているイマヌエルの横をレオノーレの誘導でダームエルがわたしを抱き上げたまま通り過ぎる。

 わたし達が十分に離れるまで、アンゲリカはシュティンルークを構えて牽制していた。
文献自体は本物でした。
ローゼマインが文献を読んでいる間、ハルトムートVSイマヌエルが起こっていました。
ちなみに、ローゼマイン視点では貴族院らしい神事だな、という感想ですが、他の人は言葉も出ない状態です。

次は、地下書庫へ行きます。
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