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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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領主会議の星結び 前編

「フラン、モニカ、ザーム。領主会議の間は留守を任せますね」

 わたしは神殿の側仕え達にそう言って、その後、同じ言葉をフィリーネとローデリヒにもかけた。未成年で領主会議に行けない二人はフラン達と一緒に青色神官達の面倒を見たり、孤児院の様子を見たりしてくれることになっている。
 ローデリヒはメルヒオールの側近達とまとめてハルトムートにしごかれていたので、ハルトムートが出かける期間は少し息が抜けると考えているらしい。けれど、ハルトムートがそんなに優しいわけがないとわたしは思っている。

「マティアス、ラウレンツはできれば神殿へ来て、ローデリヒとフィリーネのお手伝いをしたり、ニコラウス達の鍛錬を見てあげたりしてくださいね」
「はっ!」

 未成年の騎士達には神殿へ顔を出してくれるようにお願いしておく。ここ最近は御加護をたくさん得たおじい様が更なるパワーアップをして、訓練に熱が入っているらしい。
 魔力を受け付けない銀の布に対応する訓練もさせられているようで、騎士達は全員銀の布を切り裂くことができるシュタープ以外の普通の武器を携帯するように命じられたそうだ。常にほとんど重さを感じない魔石でできた鎧やシュタープ製の武器を使っている騎士にとっては、これがなかなか厄介な代物らしい。いざという時にはないと困るけれど、普段は重くて邪魔で仕方がないそうだ。

「ユーディットは基本的にお城を活動場所にしますね。ブリュンヒルデがベルティルデを伴って教育のために出入りすると連絡がありましたけれど、さすがに、グレーティア一人に留守を任せるのは心配ですもの」
「わかりました」

 ユーディットが明るい笑顔で引き受けてくれる。旧ヴェローニカ派の名捧げをして延命した人達が他の貴族から色々と言われることもあるらしい。オティーリエもリーゼレータも領主会議に連れていくので、グレーティア一人を城に残すのは心配なのだ。

「では、城へ向かいましょう。荷物の積み忘れはないかしら?」
「神殿長の衣装、青色の衣装、小物、聖典など、星結びの儀式に必要な物は全て積みこみました」

 神官長として同行するハルトムートが自信たっぷりにそう言ってくれたので、わたしは久し振りの城へ戻った。



「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「ただいま戻りました」

 城で務めてくれている側仕え達と顔を合わせると、すぐに領主会議に持っていく衣装や小物の確認を始める。図書館の地下で翻訳作業をすることになっているので、植物紙とインクは多めに準備が必要だ。

「ハルトムートは星結びの儀式が終わったら、文官として交渉に参加するのでしょう? そちらの準備はできているのですか?」
「私は頭数合わせというか、情報を得るのが目的ですが、ローゼマイン様の側近として恥ずかしくない程度には準備をしています」

 旧ヴェローニカ派の文官が何人もアウブ夫妻の側近から外されているため、新たに入れて教育はしているものの、八位の領地としてはもう少し頭数が必要な状態らしい。ハルトムートは神官長の役目を終えると、文官として領主会議に参加することになっている。

「それにしても、神官長の職務をこなしながら、よく領主会議の準備まで手が回りますね。ハルトムートの優秀さにはいつも驚かされます」
「恐れ入ります。……私だけの努力ではなく、クラリッサや父上の協力があってこそですが」

 ちらりと隣にハルトムートが視線を動かした。ハルトムートの隣ではクラリッサが「わたくし、頑張りました」という顔をして立っている。わたしは二人まとめて褒めておく。後でクラリッサの手綱を握っていたハルトムートの両親を労う必要もありそうだ。

 今回の領主会議に同行するのは、側仕えとしてオティーリエとリーゼレータ、文官としてハルトムートとクラリッサ、護衛騎士はコルネリウス、レオノーレ、アンゲリカ、ダームエルの四人である。

「グレーティアはここに一人で残ることになりますけれど、大丈夫ですか? 旧ヴェローニカ派の名捧げ組に辛く当たる貴族がいると聞いているのですけれど……」

 わたしがこの部屋に一人で残ることになるグレーティアに視線を向けると、グレーティアは少し俯きがちに視線を逸らせる。

「北の離れにいる分には問題ありません」
「……ユーディットには城を活動場所にするように言っています。辛くなったらユーディットと共に神殿へ行っても良いですからね」
「お心遣い、ありがとう存じます」



 次の日はもう出発の日だ。まずは下働きや料理人達が移動する。フーゴとロジーナも転移した。エラは懐妊して、お休み期間に入っているので神殿にもいない。それから、荷物が次々と送られていき、文官や側近達が転移していく。わたしは領主一族なので、アウブ夫妻の前にコルネリウス兄様とレオノーレを護衛騎士として転移することになっている。

「お姉様、お気をつけて」
「ローゼマイン姉上の神事は私も見たかったです」

 シャルロッテとメルヒオールの見送りを受け、わたしは同じように見送りに来ているヴィルフリートに視線を向ける。養父様に指摘されたように、まだお互いがそれぞれ呑み込みたくない現実を呑み込みきれていないようで、昨日の夕食の席では作り笑いの挨拶以外に会話を交わさずに終わった。

 ……さすがにここで何の会話もなしってわけにはいかないと思うんだよね。

「しばらくはヴィルフリート兄様を心配することができないのが残念ですね。貴族院はオルドナンツが届かないのですもの。木札の交換でもいたしましょうか?」

 ひとまず笑顔でわたしが話しかけると、ヴィルフリートがげんなりとした顔でわたしを見た。

「私は其方が領主会議に行ってくれてホッとする。少なくともこの期間はオルドナンツから解放されるのだからな」
「あら、わたくしの心配のオルドナンツをそのようにおっしゃるのですか?」
「毎日毎日食事と仕事の内容を確認するオルドナンツだぞ。仕事に向かって追い立てられている気分にしかならぬではないか!」

 ヴィルフリートを心配している振りをしろと言われたので、わたしは毎日生活態度を心配するオルドナンツを送ってみたのだが、少々不評のようだ。養父様に言われた通りにフェルディナンドと同等の心配をしたのに不満そうだな、と首を傾げていると、ヴィルフリートが側近に軽く突かれているのが見えた。不満顔を作り笑顔に変えて、ヴィルフリートが口を開く。

「其方が王族の手伝いで地下書庫に行くというのは不安でしかないが、しっかり頑張ってくると良いぞ。くれぐれも王族とエーレンフェストに迷惑をかけぬようにな」
「ヴィルフリート兄様も礎の魔術にしっかりと魔力供給をすると良いですよ。養父様もおじい様も御加護の再取得でたくさんの神々から御加護を賜りましたから。油断していると、シャルロッテやメルヒオールに追い抜かれますよ」

 ヴィルフリートはシャルロッテとメルヒオールを見て、何を言うでもなく皮肉な形にフッと笑みを深めた。「弟妹には負けぬ」とか「私が負けるわけがなかろう」というような言葉が出るかと思っていたのに、予想外の反応だ。わたしは何となくその笑顔に引っかかるものを感じながら転移陣に乗った。



「ローゼマイン様、お部屋の準備が整うまでこちらでお寛ぎください」

 転移の間の様子は学生達がいる時と変わらない。側仕え達が部屋を整えるまで多目的ホールで待機するのも同じだ。けれど、多目的ホールにいるのが大人ばかりで、貴族全員が集まる宴でしか顔を見たことがない文官や側仕えも多いな、という印象である。トロンベ退治や冬の主を倒す時の祝福などで騎士団はまだ比較的顔がわかるけれど、文官は半分以上わからない。当たり前だけれど、本当に大人ばかりだ。

 ……一人だけスコンと背が低い自分がものすごく場違いなところにいる気がするよ。場違いで間違いないんだけど。

「ローゼマイン様、ごきげんよう」

 文官のお仕着せに身を包んだお母様がやってきた。ノルベルトが淹れてくれたお茶を飲みながら、他領と取引する印刷関係の話をする。周囲には印刷関係の文官達が集まり、質疑応答が始まった。

「それから、アウブから許可があったのはこちらの品々です。ミュリエラを通じて報告があったと思うのですけれど、下町にも連絡は届いていますか?」
「えぇ、プランタン商会からの報告は来ています。それに商業ギルドからはグレッシェルからやって来た人達の教育をしている最中で、商品に関しては準備万端だと報告がありましたから」

 わたしが下町の状況を伝えると、お母様は笑顔で頷きながらキラリと漆黒の目を光らせた。

「フェルネスティーネ物語の三巻はどうなっていますか?」
「依頼があった通り、ローゼマイン工房とグレッシェルの工房で夏に間に合うように印刷中です。グレッシェルの進度は存じませんけれど、ローゼマイン工房では少量、完成しました。今回の領主会議で見本にできるように持参しましたから、後でお部屋に届けさせますね」
「まぁ! ありがとう存じます」

 お母様がホクホクの笑顔になった時に、アウブ夫妻が多目的ホールへ入室してきた。養父様はいつも通りだ。養母様は悪阻も収まってきているようで、領地対抗戦で見た頃よりはずいぶんと顔色も良くなっている。少しお腹のラインがふっくらとした感じになってきたけれど、まだ一目でわかるという感じでもない。
 同行している中に護衛騎士のお父様の姿と側仕えのリヒャルダの姿が見えた。昨夜の夕食でも見かけたけれど、元気なようで何よりである。

「ローゼマイン、其方等は初日に星結びの儀式があるので、準備を怠らぬように。明日は朝食と準備を終えたら、儀式を行う講堂で中央神殿の者と打ち合わせを行うそうだ。王族からの依頼で大変だと思うがしっかりしてほしい」
「はい」

 領主会議に向けて各自準備をするように、と言葉をかけると、アウブ夫妻はそれぞれの部屋へ入っていった。アウブ夫妻がいると、準備に奔走するわけにはいかないのだろう。アウブ夫妻の姿が見えなくなった途端、文官達は慌ただしく準備を始めた。けれど、騎士は何だか暇そうに見える。わたしの護衛騎士達も多目的ホールで立っているだけなので暇そうだ。

「騎士は今日のお仕事はないのですか?」
「事前に打ち合わせが終わっているでしょうし、これから先は会食やお茶会の予定が決まらなければ動きようがありませんからね」

 コルネリウス兄様が多目的ホールで手持無沙汰にしている騎士達を見回す。アウブ夫妻の護衛にしても部屋にいる分にはそれほどの人数が必要ない。

「貴族院の採集地は大人が使用してはならないという規則がないのであれば、養父様の許可を得て手の空いている騎士達と行ってきてはどうかしら?」
「狩りですね? ローゼマイン様が祝福を行った採集地は魔獣が強くなっていると聞いています。とても行きたいです」

 貴族院へ移動したらまず採集という予定が染みついているわたしの言葉にアンゲリカが顔を輝かせた。実際に暇な騎士の方が多いのだろう。こちらに注目している騎士がいることに気付いた。

「わたくしは星結びの儀式があるので同行しませんけれど、領主会議の最終日までには祝福で回復させられるでしょうから、気にせずに好きなだけ採集してきてください。皆のお守りを作るために使った素材を補充したいので、素材をたくさん集めてきてくれると嬉しいです」

 買い取りますよ、と声をかけるとアンゲリカだけではなく、ダームエルも少しそわそわし始めた。コルネリウス兄様もじっとしているよりは体を動かしたいのだろう。体がうずうずしているように見える。他の護衛騎士達の様子を見ていたレオノーレがクスリと笑った。

「わたくしがお部屋の護衛に付くので、アンゲリカ達は行ってきてもよろしいですよ」
「その、一人で付いていることになるが、レオノーレはそれで良いのか?」
「えぇ。コルネリウスが素敵な魔石をお土産に持って帰ってきてくださることを期待していますから」

 レオノーレがこれまでと違ってナチュラルにラブラブな雰囲気を出して微笑んだ時に、リーゼレータが自室の準備が整ったと知らせるために多目的ホールへ入ってきた。レオノーレと一緒にわたしは自室へ下がる。お母様が目を輝かせて何か書き始めたのが視界の端に映った。

 ……お母様、領主会議の準備優先でお願いします!



「すごかったです、ローゼマイン様! 強い魔獣がたくさんいました。魔石がいっぱいです」
「あれほどよく茂っている採集地を初めて見ました。良い素材が多くて、今の学生が羨ましいですね」

 夕食の場ではわたしが祝福を与えた採集地を知らないアンゲリカとダームエルが興奮気味にどのような状態だったか教えてくれる。コルネリウス兄様も自分が知っている頃より更に豊かになっていると言っていた。

 ……そういえば、魔力が溢れて大変で採集地に撒き散らしていた時は、コルネリウス兄様が卒業した後だったからね。

「わたくし、領主会議の間、毎日狩りをしたいくらいです」
「アンゲリカが領主会議の間、毎日行うのはローゼマイン様の護衛です。わたくしが地下書庫にご一緒するので、お部屋の護衛はアンゲリカに任せることになりますから」
「それはわかっています、レオノーレ」

 冷静なレオノーレの言葉にちょっとだけガッカリしながらアンゲリカが答える。部屋の中の護衛は女性騎士にしか任せられないので、地下書庫にも行けるレオノーレには負担が大きい。

「レオノーレ、ごめんなさいね」
「訓練が続くことに比べれば、地下書庫の護衛はそれほど大変な仕事ではありません。お気になさらず」

 ニコリと笑うレオノーレの隣には領主会議で最も忙しい文官のクラリッサとハルトムートが疲れた顔で夕食を摂っている。

「ローゼマイン様が祝福した採集地だなんて、わたくしも採集にご一緒したかったです」
「クラリッサが行けるのは、星結びの儀式を終えてからですね。ダンケルフェルガーとのやり取りはクラリッサに期待していますから頑張ってください」
「お任せください」

 クラリッサとハルトムートを始め、側近達はとてもよく頑張ってくれているので、ご褒美の一つくらいは準備しようと思っているけれど、何が良いだろうか。

 ……イタリアンレストランはこれから忙しくなるし、人数が増えてるから全員を連れていくとなると大変だし、何か形に残る物がいいかな?

 学生ばかりの貴族院の食事と違って、夕食にお酒が当たり前のように出てくるのが不思議な感じだったし、アウブ夫妻が同席するので話題は比較的真面目な話が多かった。文官や側仕えからすでに会食やお茶会の予約が入り、どの領地とどのような日程で行うのか、料理やお菓子の準備に関しての話が飛び交っている。

 慣れているせいでスムーズに話が流れているけれど、内容は貴族院で行われるお茶会や領地対抗戦の打ち合わせと同じような感じだ。こうして大人のやり取りを見ていると、本当に領地対抗戦は領主会議の前哨戦だとわかる。
 わたしが一年生の時に最終学年だった人達が一生懸命に意見を出して提案している姿を見ながら、わたしは夕食を終えた。

 部屋で湯浴みをオティーリエに手伝ってもらいながら、フェルネスティーネ物語の三巻をお母様に届けてもらった報告をしてもらう。大変な喜びようであったらしい。

「ダンケルフェルガーのハンネローレ様もとても心待ちにしていると思うのです。途中で終わっているのはひどいです、とおっしゃっていましたから」

 今はフェルネスティーネ物語の二巻を読み終えて、「まだ続きがあったなんて」と打ち震えていると思う。

「地下書庫でお貸しできると良いのですけれど……」
「王族からのご命令で、地下書庫に向かうということですけれど、ローゼマイン様にお楽しみがあるようで何よりです」

 星結びの儀式も地下書庫での作業も命令である。本来ならば、未成年であるわたしはここにいるべきではないのだ。オティーリエは緊張のあまり倒れないか、とても心配してくれていたらしい。

「それにしても、貴族院にリヒャルダではなくてオティーリエがいるのは何だか不思議な気分ですね」
「えぇ。でも、冬はどうしましょう? わたくしは家のことがあるので、付き添いはリーゼレータに任せますか?」

 オティーリエには夫も息子もいるし、今はクラリッサを城まで同行するという大事な役目も負っている。今回の領主会議は家族全員が参加しているので、家を空けても問題ないけれど、今の状態では長期の出張は難しいだろう。

「上の息子たちと同じように、ハルトムートとクラリッサが結婚して新居で暮らし始めれば、少しは手が空くのですけれど……」
「今年はまだブリュンヒルデが最終学年にいるので、成人の側仕えがリーゼレータでも大丈夫だと思います。問題はその次ですね。上級貴族がベルティルデだけになってしまうと、リーゼレータでは心許ないでしょう」

 低学年のベルティルデに王族や上位領地とのやり取りを任せるのは可哀想だし、中級貴族のリーゼレータでは代われない部分もある。

「成人している上級の側仕えをもう一人くらいは入れることを考えなければなりませんね。……とても難しいですけれど」

 粛清によってただでさえ人数が減っているし、アウブの第二夫人となるブリュンヒルデの側近としてライゼガング系の貴族が集められている。成人している上級側仕えを探すのは大変だ。

 ……今度、養母様やお母様に相談してみようかな。



 そして、次の日。朝食を終えてから、一度湯浴みをして神殿長の衣装に着替える。オティーリエとリーゼレータが小物を飾り付けている時に青色巫女の儀式用の衣装をまとったレオノーレとアンゲリカが入ってきた。二人とも美人すぎる。わたしの身を守るより、自分の身を守ることを考えた方が良いのでは? と思うくらいだ。

「ハァ、やっぱりうっとりしてしまいますね。壇上にご一緒できないのは残念ですけれど、会場でローゼマイン様の神事はこの目に焼き付けますから!」

 クラリッサの熱い応援を受けながら準備を終え、階段を下りていく。踊り場には青色神官の儀式服を着たハルトムート、コルネリウス兄様、ダームエルの三人が待ってくれていた。全員、革の腰帯に回復薬や魔石が下げられていて、アンゲリカはシュティンルークも下げている。ハルトムートが抱えているのは聖典だ。

「では、先に参ります」
「うむ。くれぐれも王族に失礼のないように」

 養父様の言葉に頷き、わたし達は講堂へ向かう。寮の扉を出て、貴族院の中央棟の廊下を歩く。窓から見える景色が雪景色ではないのが不思議な感じだ。わたしが知っている貴族院は、建物が白くて、更に外は雪が積もっているのが基本なので、白いという印象しかない。けれど、今は暖かそうに日差しが降り注ぎ、緑が輝いて見える。花があちらこちらで彩を添えて、柔らかな風に揺れていた。

「春の貴族院はこれほど色鮮やかなのですね。いつも見る景色は基本的に白ですから、驚きました」
「わたくしも初めて見ましたが、美しいですね」

 レオノーレとそう言いながら進む。講堂は星結びの儀式を行うために、卒業式と同じような形に変形していた。一番奥の方にある祭壇では中央神殿からやって来ている神官達が儀式の準備をしているのが見える。

「ローゼマイン様」

 わたし達に気付いてこちらに寄ってきた顔には見覚えがあった。貴族院の二年生で聖典を持って来いと呼び出しを受けた時に同席していた中央神殿の神官長だ。フリュートレーネの杖を作った時の目が怖かった記憶はあるけれど、名前が思い出せない。

 ……名前、何だっけ?

「本日は私、イマヌエルが神官長を務めさせていただきます。エーレンフェストの聖女の神事をこの目で見られるとは……」

 ……あぁ、そうそう。そんな名前だったね。

 でも、相変わらず灰色の目は妙な光を宿している。焦点が合っているのかいないのかわからないような熱っぽい目は怖い。思わず一歩退いて、そこにあった袖を握った。

「ローゼマイン様?」
「……間違えました」

 そこに立っているのはハルトムートで、フェルディナンドではない。わたしはハルトムートの袖から手を離して、イマヌエルと向き合う。

「祭壇の準備はできているようですね」
「……こちらの準備はそろそろ終わりますが、ローゼマイン様のお支度は整っていないように見受けられます。闇のマントと光の冠がございませんね」

 祭壇には闇の神と光の女神の像が並び、そこに闇のマントと光の冠はある。イマヌエルが何を言っているのかよくわからない。わたしは首を傾げた。

「祭壇には準備できているようですけれど?」
「いえ、祭壇ではなく、神殿長がまとう分です」
「エーレンフェストの星結びの儀式で神具を神殿長がまとうことはありませんけれど?」

 どの神事でも神殿長が神具をまとうことなどない。祈念式で聖杯を持っていくくらいだ。わたしの言葉にイマヌエルは「嘆かわしい」と深い息を吐いて、ゆっくりと首を振った。

「古い神事が残っている土地だとエグランティーヌ様がおっしゃいましたが、その程度の準備もできていらっしゃらなかったとは……。ローゼマイン様の聖典には神事の様子が載っていらっしゃらないのですか?」
「少なくとも神殿長が神具をまとうという記述はありませんね。養父様から貴族院の星結びの儀式についても伺いましたけれど、中央神殿の神殿長が神具を身にまとっていたというお話はなかったと思いますよ」

 アナスタージウス王子とエグランティーヌの儀式で神殿長がそんな特殊な恰好をしていたのならば、養父様が出発前に何か言ったはずだ。

「夏に古い文献が見つかり、そこに古い神事の様子が載っていたのです。我々と違い、神殿長の聖典をたくさん読めるローゼマイン様ならばご存知かと思っていました。ローゼマイン様の読めない部分に載っているのかもしれません」

 ……あぁ、一部分は読めないことにしてあったね。

「去年の神殿長が使っていなかったのですから、特に必要ないではありませんか」

 ハルトムートの声にイマヌエルが「おや」と眉を上げた。

「貴族院の成人式でディートリンデ様が魔法陣を起動させたことをご存知でしょう? 次期ツェントを選出するための魔法陣が文献にあったと我々がいくら主張しても受け入れられませんでした。けれど、魔法陣は存在しました。中央神殿にある古い文献は正しいのです」

 イマヌエルの灰色の瞳がゆらりと熱っぽく揺れ、中央神殿が儀式にかける情熱を語り始めた。

「古い儀式を蘇らせ、正しく儀式を行うことで正当なるツェントをお迎えするために我々は研究を重ねています。だからこそ、今回の儀式でトラオクヴァール様のお言葉を受け入れました。正しく儀式を行う力のあるエーレンフェストの聖女が神殿長をすることを認めたのです。古い儀式を行うことができないのであれば、話が違うではありませんか」

 ……うーん、王族と中央神殿の間にも色々あったみたいだね。

 ジギスヴァルト王子を次期王として認めさせるためにわたしに祝福を行ってほしい王族。正当なツェントを得るために古い儀式を蘇らせたいけれど、そのための魔力が足りない中央神殿。両方の思惑はわたしが神殿長として神事を行うということで上手く噛み合ったようだ。

「まず、その文献を見せてください」
「それはできません。神具もお持ちでないローゼマイン様にはお見せしたところで実行できませんから。いつも通りの神事を行うならば、中央神殿の神殿長で十分なのです」

 肝心の文献を見せようともせず、「自分達が望む神事を行うことができないなら帰れ」という意味合いのイマヌエルの言葉にハルトムートが一瞬ピクリと動いた。

「イマヌエルの神事にかける情熱はよくわかりました」

 わたしは一歩前に進み出てそう言いながら、片手を少し挙げる。ハルトムートを制しながら、イマヌエルに向かってニコリと微笑んだ。

「中央神殿の神事に闇のマントと光の冠が必要だとおっしゃるのでしたら、準備しましょう」
「おや、今からエーレンフェストの神殿へ取りに戻って間に合うのですか?」

 嘲るようなイマヌエルの言葉にわたしは首を横に振って、右手にシュタープを出す。

「別に取りに戻らなくても、自分で作れば良いのです。……フィンスウンハン」

 わたしが自分で作った闇のマントをバサリと翻して肩にかけ、留め金で留めると、大きかったマントはわたしがまとうのにちょうどよい大きさに調節される。
 驚愕に目を見張るイマヌエルの目の前でもう一つシュタープを出して、「ベロイヒクローネ」と唱え、光の冠を被った。

「これで神事ができるでしょう? さぁ、その文献を読ませてください。古い神事を行うためには必要ですものね」
領主会議に出発です。
貴族院と違って、未成年組がお留守番ですね。
まずはジギスヴァルト王子とアドルフィーネの星結びの儀式です。
ディートリンデが魔法陣を浮かび上がらせたことで中央神殿が張り切っています。

次は、後編です。
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