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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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青色見習いの受け入れと孤児院の子供達

 ギーベの館に戻り、わたしはさっそく文献を出してもらった。古い木札ばかりだ。それに軽く目を通し、ローデリヒとハルトムートにも手伝ってもらいながら、せっせと書き写していく。

 キルンベルガに滞在するのは、ベンノと文官との話し合いや取り決めが終わり、グーテンベルク達が仕事の環境を整えるまでの短い期間である。印刷業を担う文官達も仕事に慣れて、ギーベのところに滞在する期間はどんどん短くなっているので、大急ぎで写さなければならない。

 残っている文献はお話が記載されている物ではなく、年表のようにいつ何が起こったのかが簡潔に書かれた物や、ボースガイツからやって来て取り残された者達や元アイゼンライヒの貴族達がどのような生活を送ったのかなどがまとめられている物だった。どうやらツェントへ送る報告書の写しらしい。

 ……やっぱり言葉で伝わるのと書き残されている資料では違った感じになるね。

 感情が一切入っていない事実の羅列は言葉で語られるよりも、ずいぶんとあっさりとした事件に見える。けれど、わたしが教えられた歴史でも、ギーベが語った歴史でもほとんど出てこなかったボースガイツの者達の動きがよくわかった。

 アウブ・アイゼンライヒが反逆を起こす寸前の数年間は商人達の出入りが頻繁になり、同じ商人が春から秋の間に何度も出入りしたり、食料関係の取引がぐっと増えたりしている。

 そして、取り残されたボースガイツの商人達はよほどのお金持ちでなければ市民権を得ることができなかったため、生きる糧を得るために旅商人となって各地へ散った者がほとんどのようだった。

 ……市民権がないと、家も店も借りられないし、就職も結婚もできないもんね。

 もう何年前になるのだろうか。オットーから聞いた旅商人の生活についての話が蘇る。もしかしたら、オットーはボースガイツの子孫なのだろうか。そんなことを考えながら、わたしは文献を書き写していていった。



 滞在期間中に文献を無事に写し終わり、わたしは例年通りにベンノを連れてエーレンフェストの神殿に戻る。キルンベルガの周辺でなければ採れない素材のお土産をインク工房に届けてもらえるようにお願いをして、グレッシェルからやって来た人達の研修についての話もして、ベンノを見送る。
 これでわたしの祈念式は終わりだ。

「青色見習い達を受け入れるのですから、祈念式が終わってからの方が忙しいかもしれませんよ、ローゼマイン様」
「あら、ザームやフリッツが中心になって、新しく側仕えになる灰色神官達に指示を出してくれていたのですもの。受け入れ準備はできているでしょう?」

 わたしの言葉にザームが苦笑交じりに頷いた。フリーダを通じて派遣されてきた料理人や料理の助手をする灰色巫女の研修はすでに始まっていて、孤児院の食事は増えているらしい。食料の仕入れは青色見習い達の実家が贔屓にしている店と契約という形を取っているので、神殿に新しい業者が出入りするようになっているようだ。

「もちろん家具や勉強道具も揃っています。神殿に慣れるまでは皆でなるべく行動できるように一日の予定も組んでいます。貴族の子としての教育にどのようなことが必要なのか、フィリーネ様にも意見をいただきました」

 ザームによると、わたしが祈念式で留守にしている間、フィリーネは神殿の側仕え達に色々と教えてくれていたらしい。

「準備が整っているなら、子供達を移動させてもらいましょう。明日からは神殿が賑やかになるでしょうね」

 自分の目が届く時に青色見習い達を迎え入れたかったので、祈念式が終わるまで子供部屋で待機してもらっていたのである。城にオルドナンツを送って、馬車で子供達を移動してもらえるように頼んだ。

 ……子供達はこれでよし。あとは……。

「さて、コルネリウス兄様。ヴィルフリート兄様はどうされているのでしょう?」

 どこで誰が聞いているのかわからないギーベの館では質問できなかったヴィルフリートのことを尋ねると、その場にいた側近達にほんの一瞬ピリッとした感じの緊張が走った。表情を変えなくても空気が変わった感じに、わたしの方が身構えてしまう。

「もしかして、ギーベ・キルンベルガがおっしゃったようにライゼガングに惑わされているのですか?」

 コルネリウス兄様はわたしの不安を消すように少し笑って首を横に振ると、軽い口調で答えをくれた。

「ライゼガングに惑わされているというよりは、自尊心と義務の板挟みに悩んでいるようだよ」

 ……自尊心と義務の板挟みって何? つまり、どういう状態?

「その答えでは抽象的すぎると思うのですけれど、わたくしにできることはあるのですか? ランプレヒト兄様は手助けが欲しいとおっしゃったのでしょう?」

 神殿業務に差し支えないレベルで手助けをするのは構わないのだが、この答えでは何をすればヴィルフリートが助かるのか全くわからない。わたしの言葉にコルネリウス兄様は軽く肩を竦めた。

「簡潔に言うならば、ヴィルフリート様が自分で折り合いをつけるしかないのでローゼマインは放っておくのが一番だと思う」
「放っておく? それで本当に良いのですか?……ランプレヒト兄様が言ったのですか?」

 何かを隠されているような気がして、わたしはちょっと疑いの目でコルネリウス兄様を見た後、一緒に行ったはずのレオノーレに視線を向ける。レオノーレはニコリと微笑んだ。

「ライゼガングの課題についてアウブから意見があったようですし、アウブが第二夫人を娶ることについても様々な不満があったそうです」

 養父様には直接言っていないが、側近達にはポロポロと漏らしている不満があるそうだ。

「そのうえで最初から予想されていた通り、ヴィルフリート様が祈念式でライゼガング系のギーベのところへ向かった時に色々と言われたようです。ローゼマイン様を次期アウブにすることについて……」

 貴族言葉で遠回しに嫌味ばかり言われたことは容易に想像ができる。旧ヴェローニカ派の主要な貴族達が罰されたり、遠ざけられたりしているのだ。領主候補生の中で唯一ヴェローニカに育てられたヴィルフリートは何かと当たりがきつかっただろうと思う。

「日程的には難しかったけれど、ギーベに挨拶をする時にわたくしも同行すればよかったかもしれませんね。少しは庇うこともできたのではないかしら?」

 回復薬や休憩場所を工夫すれば何とかできたかもしれない。わたしがそう言うと、コルネリウス兄様は嫌そうに顔をしかめて首を横に振った。

「ヴィルフリート様が次期アウブになろうと思えば、ライゼガングを従えなければならないのだから、ローゼマインが出張ってヴィルフリート様を庇っても意味がない。それでヴィルフリート様の評価が上がることはないと思わないかい?」
「それはそうでしょうけれど、一緒にいるだけであからさまな嫌味は減ると思うのです」

 信頼を勝ち取るのはヴィルフリートの役目でも、同行することで悪意を減らすことができるかもしれない。わたしの言葉にコルネリウス兄様は少し眉を上げた。

「青色神官達が減って人手不足だったし、体力的にも日程的にもギリギリまで動いていたローゼマインが思い悩むことではないよ。祈念式では領主候補生が直轄地を回って、後から挨拶に回るということもできたけれど、ギーベと顔を合わせる回数を増やすためにギーベ領を回ると言い出したのはヴィルフリート様だからね」

 わたしが気に病むことではない、と慰めてくれているし、言っていることは正論だけれど、コルネリウス兄様はどうもヴィルフリートに厳しい気がする。

「では、ライゼガングからの評価を今すぐに上げる必要はないと助言してあげた方が良いかしら? 粛清でガタガタになっている領内を急いでまとめなければならない養父様と違って、ヴィルフリート兄様はアウブになる時までに支持を得ていればそれで良いと思うのですけれど……」

 焦る必要はない、と言葉をかけてあげれば少しは気楽になるだろうか。わたしがそう言うと、レオノーレが困った顔になった。

「わたくしも今すぐに支持を得る必要はないと思います。けれど、ローゼマイン様がヴィルフリート様に不用意に接触されるのは控えた方がよろしいのではないでしょうか。リヒャルダによると難しい年頃のようですから、どちらも傷つく結果になるのではないか、わたくしは心配です」

 レオノーレの心配がよく理解できなくて首を傾げていると、補足するようにハルトムートが口を開いた。

「ライゼガングから次期アウブを望まれていらっしゃるローゼマイン様が、ライゼガングの支持を得たいと行動して上手くいかずに傷ついているヴィルフリート様に、焦る必要はないと助言しても、それを助言として受け入れてくださるかどうかわからないとレオノーレは心配しているのですよ」

 ……あぁ、必要な助言でもわたしが言っちゃうと、神経に触る一言になるってことか。

 側近達が口を揃えて心配するのだ。きっとヴィルフリートは今ライゼガングの支持が得られずに投げやりな気分になっているのだろう。わたしはそう考えて納得した。



 次の日には城から馬車が到着した。見学の時と違って緊張した様子も見せずに子供達が正面玄関の階段を上がってくる。その後すぐにメルヒオールも側近の騎獣に同乗して神殿に到着した。

「では、神殿長室で誓いの儀式を行いましょう」

 わたしも行った青色見習いとして神に仕えることを誓う儀式だ。少し緊張しながら儀式を行い、青の衣を渡した。そして、神殿における生活のスケジュールを発表する。

 二の鐘で朝食を摂る。朝食を終えたら側仕えと一緒に神官長室へ行って、神殿の業務や課題をハルトムートかその側仕えから受け取る。その時に前日の様子や課題の進度などの報告を聞くことになっている。それから三の鐘までは自室で側仕えと共に神殿業務や神事の勉強をする。

 三の鐘が鳴ったら孤児院へ向かって、ヴィルマとロジーナを教師にして皆でフェシュピールの練習や座学の勉強をする。

 四の鐘で昼食。午後からは鍛錬や工房の手伝い、写本などを行い、騎士や文官になるために必要な貴族のための勉強をする。工房で商人の話を聞いたり、製糸業や印刷業の勉強をしたりするのも大事な勉強になるし、必要ならば事前に申請を出して城へ行っても構わない。基本的に自由時間である。

「六の鐘が鳴ったら夕食です。おそらく今までより早い時間でしょう。けれど、神殿ではそうしなければ、孤児院までなかなか食事が回らないのです。食事の時間は決まっていますが、就寝時間は各自に任せます。何か質問はありますか?」

 わたしの質問に男の子が手を上げる。

「孤児院にいる子供達も同じように生活しているのですか?」
「全く同じ扱いにはなりません。孤児院の子供達は神殿を清めたり、晴れたら森や工房で行う作業があったりします。けれど、作業を終えた夕方や雨の日は一緒にフェシュピールの練習をしたり、勉強をしたりすることができますよ」

 春になって外に出ることが増えると、孤児院の子供達が勉強できる時間は少なくなる。早めに作業を切り上げて、夕方に勉強の時間を取るつもりではいるけれど、孤児院は全員平等だ。犯罪者の子供だろうが、貴族の子供だろうが、捨てられていた子供だろうが、食事の量や仕事の量に差はつけない。

「私達も森へ行けるのですか?」
「残念ですけれど、青色見習い達は森へ行けません」

 ニコラウスが期待の眼差しで質問したけれど、却下した。貴族の子供に何かあった時は周囲の平民が何かしら迷惑を被ることになる。その周囲の平民が引率する孤児院の年長者か、ギルか、ルッツだと考えれば、青色見習いを外に出さないのが一番だという結果になったのである。

「では、それぞれの側仕えと共に自室で着替えてください。今日は孤児院で子供達が待っているので、遊びに行ってあげてくださいませ」

 神殿で少しでも楽しく過ごせるように初日は特に課題を設定していない。強いてあげるならば、昼食後、孤児院の昼食が終わるまでの間に神殿の施設を見学するくらいだろうか。神殿図書室にも工房で印刷した本を置いたので、じっくりと紹介したいと思っていたけれど、周囲に却下された。

 ……わたしが熱意をもって勧めると逆に引くって感じのことを言われたんだけど、ちょっとひどくない?

「ローゼマイン姉上も孤児院へ向かうのですか?」

 青の衣を手にしたメルヒオールが首を傾げる。わたしは頷いた。孤児院から出ることが多くなった春の生活を孤児院の子供達がどのように感じているのか、話を聞こうと思っていたのだ。

「では、一緒に行きませんか? 姉上に報告したいこともあるのです」

 わたしはメルヒオールが迎えに来るまで神官長室でハルトムートと神殿業務の進み具合を確認した。祈念式の間、フリタークが頑張ってくれていたようだけれど、かなり色々と溜まっている。

「青色神官の人数が減った影響が想像以上に大きいですね」
「フェルディナンド様がいらっしゃらない影響が大きいのですよ、ローゼマイン様。青色見習いが増えたので、その側仕え達にどんどん仕事を割り振っていくしかありません」

 人手が増えたので少しは楽になるだろう、とハルトムートがイイ笑顔でそう言った。

「そういえば、領主会議の星結びの儀式について詳細は決まっているのですか?」
「神具や供物などは中央神殿で準備されるようです。わたくしは儀式用の衣装をまとって、自分の聖典を持っていけばよいだけのようです」

 聖典は持ち主の魔力登録が必要なので、他人の聖典を借りることはできない。あまり見えない中央神殿長の聖典を借りても意味がないとも言える。

「ローゼマイン様、大事な補佐をお忘れです。私はローゼマイン様を補佐するために神官長として参加します」

 別に忘れていたわけではない。ハルトムートは間違いなくそう言うと思っていた。むしろ、留守番をするハルトムートの姿が思い浮かばない。「お願いします」と一言で流し、わたしは護衛騎士達を見回す。

「あとは、そうですね。護衛騎士を付けたいと王族に申し出たところ、青色神官や青色巫女ならば付けても良いというお言葉をいただきました。成人している護衛騎士達に青色の服を着て護衛をしていただきたいと考えているのですけれど、よろしいですか?」
「もちろんです。わたくしは護衛騎士ですから」

 アンゲリカは護衛任務のために青色巫女の服を着ることに全く躊躇いのない返事をした。コルネリウス兄様とダームエルも「奉納式で着たのだ。今更だ」と答えてくれる。レオノーレもコクリと頷いた。

「それに、領主会議の間は王族からの要請で図書館の地下書庫に籠る予定になっています。そちらにも護衛と側仕えが必要なのですけれど、地下には上級貴族でなければ入れません。護衛はコルネリウスとレオノーレにお願いするのですけれど、側仕えがオティーリエしかいないのです。任せても大丈夫かしら? 特にクラリッサが心配なのですけれど……」

 クラリッサもダンケルフェルガーとの交渉担当として領主会議に向かうことが決まっている。オティーリエをわたしが取ってしまって大丈夫だろうか。

「母上はローゼマイン様の側近です。余計な心配はいりません。父上がいますから、クラリッサもローゼマイン様のご迷惑になるようなことはしないでしょう。……多分」

 ……最後が不安だよ、ハルトムート!

「上でお茶の準備をしたり、寮のお部屋を整えたり、オティーリエの補佐はリーゼレータができるでしょう? ハァ、ダームエルが入れたら古い言葉を読むお手伝いをしてもらえるのに残念ですね」
「私としては王族と領主一族しか入れないような書庫に入る資格がなくてよかった、と心の底から思っています」

 緊張で死んでしまう、とダームエルが震え上がっているけれど、ユルゲンシュミット中のアウブ夫妻が集まる王族の星結びで護衛騎士として壇上に上がるのは平気なのだろうか。護衛騎士が減ったら困るので口には出さず、心の中で問いかける。

 ……まぁ、何とかなるよね? 頑張れ、ダームエル。

「領主会議も祈念式も成人でなければご一緒できませんから、わたくしは全くお役に立てませんね」

 がっくりと落ち込んだようなフィリーネの残念がる声を聞いたダームエルが「そんなことはない」と慰める。

「祈念式の時のようにローゼマイン様とハルトムートがいなくなる神殿を見ていてくれる者も必要だ。フィリーネは十分役に立っているよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」

 フィリーネがダームエルを見上げて、照れたように頬を染めて笑う。その表情が妙に華やかで輝いているように見えた。

 ……あ、あれ? フィリーネの視線がダームエルに向いてない? フィリーネってローデリヒが好きなんじゃなかったっけ?

 うーん、と首を傾げていると、着替えを終えたメルヒオールが入ってきた。ハルトムートには執務をしていてほしかったのだが、ハルトムートは一緒に孤児院へ行くらしい。孤児院で魔石を割って丸めて直した事例をあげて「ローゼマイン様はいつ不思議なことを行うのかわかりませんから」というのが彼の主張だ。何もしないと言っても信じてもらえないのは何故だろうか。

 わたしはメルヒオールと一緒にのんびりと歩きながら孤児院へ向かう。その間、メルヒオールは祈念式の様子を養父様に報告して色々と驚かれたことや兵士達の言葉を伝えて褒められたことなどを教えてくれた。

「今は収穫祭へ行くために、姉上に教えてもらったお祈りの言葉を覚えているところなのです」

 城では皆が忙しそうにバタバタとしているのに、手伝えることがほとんどなくて肩身の狭い思いをしていたらしく、早く神殿に来たかったそうだ。

「そういえば、姉上は報告を受けましたか?」
「何の報告かしら?」
「前ギーベ・ゲルラッハの館で見つかった銀の布についての報告です」

 マティアスとラウレンツが騎士団の調査に協力していたけれど、まだ報告は受けていない。彼等の護衛当番が明日なので、報告は明日受けるつもりだった。

「ボニファティウス様がしきりに変な布で絶対におかしい、と言うので文官達が調べたところ、やっぱり変な布だったようです。……ちょっと難しくてそれ以上はわからなかったのですけれど、姉上ならばもっとわかりやすく教えてくれるのではないかと思ったのです」

 ……さすがに変な布では何とも言えないなぁ。

 わたしはマティアス達から報告を受けたら話をする約束をして孤児院へ入る。青の衣をまとった子供達と孤児院の子供達が一緒にカルタをしているのが見えた。

「メルヒオールも一緒に遊んでいらっしゃい。わたくしはヴィルマから話を聞きますから」
「はい」

 メルヒオールが子供達に交ざる様子を見た後、わたしはヴィルマに最近の孤児院の様子を尋ねる。ヴィルマは心配そうな顔で階段の方を見遣った後、口を開いた。

「孤児院を出た子供達が出たことで、やる気のなくなった子がいるのです」

 魔術具がないままに成長している子供達は実家にある魔術具を動かすことに魔力を使っていたらしい。跡取りだけが魔術具を持って、貴族として扱われるものだと思っていた。けれど、孤児院に集められたことで、兄弟の分まで魔術具が与えられる家もあるという現実を突きつけられたそうだ。

「それでも、まだ家族から必要とされていると思うことで耐えていたようなのですけれど、引き取りに来てくれなかったことで頑張る気力を失ったようです」

 引き取られた下級貴族の子供よりも自分の方が位も上で魔力も多いのに魔術具がない。そして、親から必要とされていない。家に戻っても家の魔術具を動かすための下働きになるだけだし、孤児院で頑張っても魔術具がない自分が貴族になれることはない。何も頑張る気になれない、とぼんやりしている時間が増えたそうだ。

「ハルトムート、魔術具だけがあっても今からでは間に合わないのですよね?」

 コンラートも魔術具を奪われて貴族への道を断たれたはずだ。今から魔術具だけあっても貴族にはなれない。そう思ってハルトムートに尋ねたら、ハルトムートは「できないことはない」と言った。

「本人の魔力量と、その者のために回復薬をどのくらい準備できるかによります。不可能ではありませんが、本来は溢れる魔力を流し込むところを薬で魔力を回復させて魔術具に流し込むのですから体の負担は大きいですし、魔術具と回復薬の両方が必要なので金銭的な負担も大きいです」

 政変の粛清によって貴族社会へ戻り、特例で貴族院へ向かった青色見習い達は家族の指導と負担の下、そういう手段を使ったのだと教えてくれる。全く間に合わないならば諦めもつくけれど、不可能ではないならば何とかしてあげたくなるではないか。

「ただ、私としては孤児院の子供ために魔術具と回復薬の全てをローゼマイン様個人が負担するのはあまり賛成できません。ローゼマイン様が神殿長でいらっしゃるのが後三年ほど。捨て子が増えてもその後が続きませんし、孤児院の平等に反します」

 ハルトムートは静かにわたしを見ながら、不用意に手を出さないように言葉を重ねていく。

「それに、旧ヴェローニカ派の子供を救うためにローゼマイン様がそこまでするのはどうでしょう? 旧ヴェローニカ派の子供を救うくらいならば、こちらの子供に魔術具を与えてほしいと言い出す貴族は孤児院にいる子供よりたくさんいると思いますよ」

 優先順位をつけるならば、孤児院の子供は後回しだとハルトムートに言われて、わたしはポンと手を叩いた。

「わたくしは旧ヴェローニカ派の子供を救うのではありません。自分の管轄である孤児院の子供を救うのです。孤児院に入った子供であれば、派閥どころか貴族の子供でも平民の身食いでも一定以上の成績と魔力があれば救うことにすれば、平等になると思いませんか?」
「ローゼマイン様……」

 わたしの言葉にハルトムートが目を丸くした後、仕方がなさそうな顔になった。

「……ローゼマイン様の思い付きをどうするかはアウブと要相談ですね。こちらが勝手に決められることではありません。加護の再取得のためにお招きしてみればいかがですか?」
祈念式が終了しました。青色見習い達も増えた神殿生活の始まりです。
仕事を割り振れる側仕えが増えて、ハルトムートが喜んでいます。
そして、魔術具がない子供達を救えないか考えるローゼマイン。

次は、養父様とおじい様の再取得です。
春休みのため、次の更新は4/11になる予定です。
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