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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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グーテンベルクの弟子達

 わたしはメルヒオールを父さん達が座るテーブルへ連れていき、領主の息子で次代の神殿長であること、自分の後継者として兵士達との意見のやり取りをすることを述べた。

「ローゼマイン様が成人した後はメルヒオール様が引き継いでくださるのですか。それは心強いです。我々はここでこうしてローゼマイン様と話をすることで、領主様や騎士団の方々と連携が取りやすくなりました。この冬もそうでしたし、先日、西門に他領の貴族がやって来た時にも助けられています」

 そう言った後、父さんはわたしからわたしの背後に立つダームエルに視線を移した。

「直接お礼を申し上げられる機会が少ないので、この場でダームエル様にお礼を申し上げてもよいでしょうか?」
「もちろん構いませんけれど……」

 わたしが振り返ってダームエルを見上げると、ダームエルは少し困った顔になっただけで、それ以上の言葉はない。ダームエルを見ているのは父さんだけではなく、他の兵士達の中にもいる。兵士達が一度立ち上がり、わたしとダームエルの前に跪いた。

「ローゼマイン様のご命令だとおっしゃいましたが、下町の兵士達は皆、ダームエル様に感謝しています。お礼申し上げます」

 ……一体何があったんだろう?

 よくわからないお礼に困惑しながら、わたしはダームエルとアンゲリカを見比べる。アンゲリカに期待しても無駄だ。にっこりと微笑んでいるこの顔には「よくわかりません」と書いてある。

「ギュンター、ダームエルが何をしたのですか?」
「私は私の仕事をしただけです、ローゼマイン様」
「でも、下町の兵士達を助けたのでしょう?」

 ダームエルが活躍した話があるならば知りたいと思うのは主として当然ではないだろうか。わたしは父さんに視線を向けた。父さんは黙っていてほしそうなダームエルの様子を気にしながら話し始める。

「冬に北門で貴族の逃亡を防ぐように、と命令がありました。騎士団からは兵士でも使える魔術具をいくつか与えてくれましたし、救援を呼ぶための魔術具は全員に配られるほどでした。しかし、門を封鎖したところで貴族は騎獣を使いますし、魔術具の救援信号を送っても貴族街の端にある北門まではすぐに救援が来ないのです」

 粛清で騎士団の大半が動いている状態なのだ。北門には常に二人の騎士がいるけれど、二人だけで逃亡しようとする貴族を何人も止めるのは難しい。そんな状況の中、ダームエルがいの一番に駆けつけてくれたらしい。

「奉納式の準備のために神殿にいたので北門まで近かっただけです」

 ダームエルは謙遜するようにそう言ったけれど、二人の騎士と平民の兵士達が北門を必死で守っている時に、逃亡しようとする貴族達の背後から襲いかかったダームエルはとても心強い存在だったようだ。

「おかげで北門の兵士達は数人が軽傷を負っただけで済みました。それに、西門の時も事態の収拾のために一番に駆けつけてくださったのはダームエル様です。兵士達は感謝しているのです」

 ダームエルがそこまで下町の兵士達から感謝と信頼を得ているとは思わなかった。わたしは感心しながら、兵士達に席に座り直すように言った。
 そして、最近の下町の話を聞き、こちらもグレッシェルの改革が行われることと、それに伴って職人達に大きな仕事が舞い込むことを伝えていく。メルヒオールは興味深そうに聞いていた。

 兵士達から話を聞いているうちにかなり時間が過ぎていたようだ。側近に耳打ちされたメルヒオールが「夕食に遅れると父上との約束を破ることになります」と立ち上がる。

「ローゼマイン姉上、今日はとても勉強になりました」
「メルヒオールが色々なことを吸収しようとする姿勢が見えました。わたくしも嬉しいです。頑張るメルヒオールにこちらを。お守りの魔術具です」

 ヴィルフリートとシャルロッテのお守りは祈念式に出発する前に渡してもらえるようにフィリーネに預けてきた。

「ありがたくいただきます。それと、私からも父上に兵士達のお話をしてみますね。では、失礼します」

 きちんと報告を上げることができているか確認してほしい、と言い残し、メルヒオールは忙しなく自分の側近の騎獣に同乗して帰っていく。

 ……ちょっと、メルヒオールってしっかりしすぎじゃない? わたし、ちゃんと尊敬されそうなお姉様っぽいこと、できてた?

 お姉様らしい威厳は出せただろうか。ちょっと不安になりながらわたしはメルヒオールを見送った。

 そして、次の朝にはいつも通りに自分の側仕えや料理人達を乗せた馬車を送り出し、エーレンフェストへ戻る灰色神官達が乗った馬車を見送る。

「護衛をしてくれる兵士の皆には感謝しています。こちらは感謝の気持ちです」

 わたしはそんな言葉をかけながら父さんにお金とお守りが二つ入った小さな袋を手に握らせた。父さんは銀貨以外の感触に気付いたようで、「恐れ入ります」と礼を言いながらスッと懐に隠す。すでに母さんとトゥーリが同じお守りを持っているのだ。二人に尋ねれば使い方もわかるだろうし、もう一つのお守りが誰の分なのかもわかるはずだ。

 わたしは父さんの動きを視界の端に留めながら、兵士達にはいつも通りの出張手当を渡していく。父さんは「こら、気を抜くな! まだ仕事は終わっていないぞ」と出張手当に頬を緩める兵士達を叱咤しながら馬車の護衛に就いた。

「必ず神殿へ送り届けます」
「よろしくお願いします、ギュンター」

 短いやり取りでも、こうして向かい合って話ができるのが嬉しい。わたしは父さんが馬車の護衛をしながら戻っていくのを見送り、次の冬の館へ向かった。



 自分の受け持った担当分の祈念式を終えて神殿へ戻ると、すぐにプランタン商会に連絡を入れる。少し熱を出していたので体力回復のための休養日を三日間予定していたけれど、二日休めばほとんど回復した。わたしはとても丈夫になったと思う。移動だけでへろへろになっていたわたしとはもう違うのだ。

 ……祈念式の道中で寝込んだのはたった三回だったもん。うふふん。

「ローゼマイン様、グーテンベルク達が到着しました。工房からの荷物の運び出しもほとんど終わっています。ご準備ください」

 ギルから報告を受けて、わたしは会議室から正面玄関へ向かう。会議室にはキルンベルガへ同行するわたしの側近と印刷関係の文官が集まっていた。側仕えはリーゼレータとグレーティア、文官はハルトムートとローデリヒ、護衛騎士はコルネリウスとレオノーレとユーディットである。ユーディットはキルンベルガの出身なので、里帰り扱いで同行することになっている。

 ダームエルとアンゲリカは祈念式で直轄地を回ったので今回はお休みで、オティーリエとフィリーネはクラリッサを抑える係になっている。正直な気持ちを言えば、ハルトムートには神殿にいてほしかったのだが、気が付いたら丸め込まれていたのだ。

 ……上級文官もいた方が良いのはハルトムートの言う通りなんだけど、何だか釈然としないな。

 そして、すでに顔馴染みとなってきた印刷関係の下級文官ヘンリック達と一緒にミュリエラもお母様の文官として同行することになっている。貴族院で勉強した印刷関係の知識が役に立っているようで、何よりである。

「ローゼマイン様、わたくし、今回は頑張ったのですよ」

 オレンジのポニーテールを揺らしながら、ユーディットがわたしに声をかけてくる。

「キルンベルガへグーテンベルクが移動することが決まってから、ずっとブリュンヒルデやレオノーレ達から情報を集めて、テオドールを通してギーベ・キルンベルガに環境を整えるようにお願いしていたのです」

 ユーディットがそう言って得意そうに笑った。ライゼガングやグレッシェルで大変だったことや足りなかった準備に関する情報をキルンベルガに送っていたそうだ。

「平民の職人達の彼等が上手く働ける環境がなければ、失敗はギーベの責任になるのですよ、とブリュンヒルデに言われたことを伝えると、ギーベ・キルンベルガも協力してくれたようです」

 すでにイルクナーやハルデンツェルで成功している以上、グーテンベルクの教え方や持ち込む道具が悪いわけではない。受け入れる側がどの程度の準備ができているかが大事になる、とブリュンヒルデに言われたらしい。グレッシェルに印刷業を持ち込もうとして苦労した経験がブリュンヒルデにずいぶんと大きな影響を与えたようだ。

「グーテンベルクがお仕事をするための環境は整えています」
「素晴らしいです、ユーディット。それはとても心強いですね」

 胸を張るユーディットをわたしは手放しで褒めた。こうして平民と貴族の橋渡しをしてくれる者が増えれば、エーレンフェストはずっと良くなるだろう。



 正面玄関へ出れば、たくさんの荷物が置かれていて、ベンノを先頭にグーテンベルク達がずらりと並んで跪いているのが見えた。ベンノが代表して挨拶をした後、ちらりと後ろへ視線を向ける。

「ローゼマイン様、今回初めて同行するグーテンベルクの弟子達を紹介させてください。そして、どうか水の女神 フリュートレーネの清らかな流れのお導きによる出会いに、祝福を賜らんことを」

 わたしは跪いている皆を見回す。グーテンベルク達の後ろに控えているのが弟子達だろう。成人前後の年頃の少年達で、ヨハンやザックと出会った頃を彷彿とさせる感じだ。

「インゴ」

 ベンノの呼びかけに木工職人のインゴとその弟子が立ち上がった。

「ローゼマイン様、弟子のディモです。印刷機の作成には最初から関わっていたので、よくわかっています」

 よくよくディモの顔を見てみると、面影があったのですぐにわかった。ローゼマイン工房やハッセの小神殿に印刷機を導入する時にインゴと一緒にいた工房の人達の一人だ。

「ディモというのですね。神殿の工房で初めての印刷機を作る時に、わたくしが触っても手や指に傷がつかないように、ととても丁寧に板を磨いていた姿を覚えています。インゴが目をかけていたのは知っていたけれど、出張を任せられるようになっていたのですね」

 わたしが顔を覚えているとは思わなかったようで、インゴもディモも驚いた顔になる。そこまで驚くことではないだろう。わたしの印刷機を初めて作ってくれた顔ぶれくらいは、感動と一緒に覚えているものだ。

「ディモに印刷機の設計図を渡しました。手順や新しい土地の工房との付き合い方も教えたので大丈夫だと思います。ローゼマイン様のご要望通り、俺はこっちでの仕事に注力します」
「えぇ。インゴに任せるのは各地の木工工房の職人達が全力で取り掛かる仕事になるでしょう。わたくしの専属ですもの。インゴには期待しています」

 図書館の本棚も作ってもらわなければならないけれど、いくつもの工房が参加するグレッシェルの高級宿泊所の内装競争にも参加してもらわなければならないのだ。今年は秋に行われるグレッシェルのエントヴィッケルンのために、木工工房が大忙しなのだ。

「ディモ、よろしくお願いします」
「俺もグーテンベルクと認められるように頑張ります」

 やる気に満ちているようで何よりである。わたしが軽く頷くと、ベンノが「ヨゼフ」と声をかけた。インゴとディモが跪き、ヨゼフとその弟子が立ち上がる。

「ローゼマイン様、ホレスです。ハイディと俺の代わりに行ってもらいます」

 ホレスは完全に初対面だ。ハイディのインク工房に行った時にも見たことがない顔である。ハイディと一緒に盛り上がって研究していた職人とは別人だ。

「キルンベルガで研究に没頭するあまり勝手な行動をしない者、というところに重きを置いてホレスを選びました。インクの作り方を教える分には全く問題ありませんが、ハイディのように根を詰めて、新しいインクの開発をする者ではありません。キルンベルガの素材をいただければ、エーレンフェストで研究をします」

 ハイディのような研究者を一人で送るのは危険なので、今回はヨゼフがいなくても他のグーテンベルク達と足並みを合わせられる者を選んだらしい。相変わらず心労が絶えないようだ。

「ヨゼフ、ハイディのご懐妊おめでとう。ハイディも少しはおとなしくしているかしら?」
「ありがとうございます」

 子供ができたくらいでハイディがおとなしくしてくれる女だったら自分がキルンベルガへ行っています、と言うヨゼフがかなり疲れた顔になっている。妊娠中でもハイディは絶好調のようだ。今日も挨拶に来たがったらしいけれど、「神殿に妊婦は嫌がられる」とヨゼフとルッツが必死に止めたらしい。

「ホレス、ヨゼフのためにも寝食を忘れてインクの研究に没頭したり、ハイディのように暴走したりすることなく、キルンベルガの勤めを終えてくださいね」

 わたしが小さく笑うと、ホレスは緊張に強張った顔を少しだけ緩めて「わかりました」と頷いた。新しいインク開発で成果を上げているわけではない自分がグーテンベルクの同行者として認められることはない、とホレスが身構えていたことをヨゼフが教えてくれた。

「ローゼマイン様、セアドです。腕前はダニロから一段落ちますが、ヨハンとキルンベルガの職人の間を取り持てそうな性格のヤツを選びました」

 ヨゼフとホレスの挨拶が終わると、ザックとその弟子セアドが立ち上がる。人懐っこい雰囲気のセアドに課せられているのは、金属活字の作り方を教えるヨハンのサポートだ。頑固で無口な職人同士になると、衝突が多かったり、意見の違いでとんでもない亀裂ができたりする。半年ほどの短い期間で少しでも円滑に仕事をするためにはサポート役は必須なのだそうだ。

「正直なところ、オレはここにいた方がローゼマイン様のお役に立てると思います」

 発想や設計力が飛び抜けているザックはヨハンの人間関係のサポートよりも、新しい設計や発明に力を注ぎたいらしい。グーテンベルクだから貴族への顔繋ぎのためにザックにも同行してもらっていたけれど、適材適所を考えるならばザックにはエーレンフェストで設計に力を入れてもらう方が効率は良いだろう。

「……では、ザックには何か新しい物を頼んだ方がいいかしら? あぁ、ダメね。今年は結婚準備で忙しくて下町に残るのですもの。新しい発明は来年にしましょう。当日はたくさん祝福しますから、今年はしっかりと新生活の準備をしてくださいませ」

 初めてグーテンベルクから結婚する者が出るのだ。心を込めてお祝いしなければならない。わたしの言葉にザックは「ローゼマイン様からの祝福だと仲間に自慢します」と笑った。

「セアド、普段は別の工房で働く職人の技術を見る機会は少ないでしょう? とても良い機会になると思います。ここの下町では学べないことをたくさん吸収してくださいね」
「はい」

 最後に立ち上がったのは、ヨハンとダニロだ。ダニロは出張に同行するのは初めてだけれど、名前やその成長に関しては話題に出ていたので知っている。

「ローゼマイン様、ダニロです。引き継ぎのためにもオレの弟子として連れていくことになりました」
「ダニロも金属活字が全て作れるようになったのですね」

 なかなか合格が出せないと言っていたけれど、キルンベルガへ同行させるのであれば、金属活字作りに合格点が出たのだろう。わたしの言葉にヨハンが頷いた。

「今回はなるべくダニロにやらせて、オレは後ろでセアドの教育をしつつ、見守る形にしてみるつもりです」

 自分の技術を活かし、技術を高めることだけに注力していたヨハンも、弟子を育てるために色々と考えていることが分かる。周囲の成長を感じながら、わたしは頷いた。

「高い技術を持つ鍛冶職人は何人いてもよいもの。ダニロとセアドの教育、頑張ってください。鍛冶職人の中ではヨハンが最年長ですから」

 他との交渉をザックに任せきりだったヨハンは、うぐっと言葉に詰まった後でコクリと頷いた。わたしはダニロへ視線を向ける。

「ダニロの成長はヨハンやザックから聞いています。わたくしの専属として腕を磨いてくださいね」
「グレッシェルの職人が来た時から、自分も別の場所に行くことを希望していました。やっと成人して連れて行ってくれることになったので頑張ります!」

 ハキハキとした声でそう答えたダニロは、朴訥で言葉少ない職人だったヨハンとはずいぶんと雰囲気が違う。

 けれど、これで新しい顔ぶれの紹介は終わりだ。わたしはその場にいる下級文官を含めて、側近達やグーテンベルク達にお守りを配る。魔力のある貴族と平民向けのお守りは別物だ。

「頑張っている皆にお守りです。では、出発準備をしてくださいませ」

 大きくしたレッサーバスを出し、荷物の積み込みを始めてもらう。慣れているグーテンベルクの指示に従い、初めての弟子達がレッサーバスへ荷物を運びこんでいく。一瞬の躊躇いが見えるけれど、大して大騒ぎしないのはやはり色々な話を聞いているからだろう。

 荷物を運び込むのは大騒ぎにならなかったけれど、飛び出す時にはちょっと騒ぎになった。高いところが苦手だったことに初めて気付いたらしいダニロが声にならない悲鳴を上げて暴れたのだ。

 シートベルトをしているし、ヨハンに「だったら、外を見るな」と頭を押さえ込まれていたので、本当に大した騒ぎではなかったのだけれど。



「ユーディットです。そろそろ到着します」

 助手席のユーディットがキルンベルガにいる弟のテオドールに向かってオルドナンツを飛ばす。「準備はもうできています」とテオドールからの返事が到着する頃にはキルンベルガの夏の館が見えてきた。

「あそこです。神官の離れの方で待ってくれているようです」

 ギーベ・キルンベルガの夏の館に到着すると、ギーベ・キルンベルガと印刷担当の文官二人を先頭にたくさんの人達が待ち構えていた。ギーベ・キルンベルガは見るからに騎士という雰囲気の人だ。がっちりしていて大柄で、ちょっと厳めしい顔をしている。前ギーベ・キルンベルガはおじい様がアウブになるべきだ、と最後まで言っていた人らしく、父親の影響を受けて、おじい様を最も尊敬していると聞いたことがある。

 ……ってことは、脳筋?

 ギーベ・キルンベルガは挨拶を終えると、フラン、モニカ、そして、料理人達を神官用の離れに案内するように指示を出し、グーテンベルク達を下町に案内するように傍らの文官達に言う。

「荷物が多いと聞いているので、先にグーテンベルク達を下町に向かわせ、その後で小聖杯のやり取りや印刷協会についての話し合いを行いたいと考えています。いかがでしょう?」
「自分の目でグーテンベルク達が過ごす環境を見られるのは助かります。様々なご配慮ありがとう存じます」

 フラン達が離れに自分達の荷物を運び込むところを確認していると、リーゼレータがやって来る。リーゼレータとグレーティアはわたしの部屋を整えるために、夏の館に残ることを希望した。キルンベルガの下働き達に荷物を運んでもらい、リーゼレータとグレーティアは館の者に案内されていく。

「では、下町へまいりましょう」

 レッサーバスで移動している時にはキルンベルガの下町はとても大きく、人口が多いように見えた。けれど、実際に住んでいる者はかなり少ないらしい。空き家はたくさんあるので、別のところに住み替えたくなればいつでもできる、とギーベ・キルンベルガが笑った。

 もちろん準備されている家に文句はない。グーテンベルク達は自分の住居となる場所や仕事場になる工房へ荷物を降ろしていく。ギルを始めとした灰色神官達も荷運びをしていた。神官服を脱いでも、動作が丁寧で奇麗なので少し下町では浮いていた。

 ……迎えに来る頃には馴染んでいるんだけどね。

「こんなに大きな町なのに、住人が少ないとは思いませんでした。何か理由があるのですか?」

 わたしはグーテンベルク達が荷物を降ろしている間の時間潰しにギーベ・キルンベルガに尋ねた。ギーベ・キルンベルガは孫を見るような目でわたしを見下ろし、「国境門が閉められたからです、ローゼマイン様」と答えた。

「国境門が閉められるまで、ここはとても大きな町だったのです。交易が盛んで、人の行き来が多く、賑わっていたそうです。当時はエーレンフェストではなく、アイゼンライヒという名前の大領地だったと聞いています」
「……わたくし、エーレンフェストの歴史は教えられましたけれど、アイゼンライヒという名前はちらりと聞いただけで、大領地だったということは存じませんでした」

 領地の名前が違ったということは、キルンベルガの国境門が閉ざされたのは200年以上前のことになる。グルトリスハイトを失ったことで開けられなくなった他の国境門と違うのだ。ずっと昔のツェントによって封じられた国境門、という響きに壮大な物語を感じて、わたしは胸が弾むのを感じた。

 ……どうしよう。ちょっとわくわくしてきた。

「昔、どのようなことがあって国境門が閉ざされたのですか?」

 わたしがわくわくしながら見上げるのと、「荷物の運び込みが終わりました」とルッツが報告に来るのが同時だった。ギーベ・キルンベルガはフッと笑って首を振る。

「ローゼマイン様は国境門に興味をお持ちだとユーディットより聞きました。印刷関係の話が終われば、国境門へご案内しましょう。そこで話をした方が、より興味深いでしょう」

 ……メモ帳、準備しなきゃ!

 知らないお話が出てきそうな雰囲気に心を躍らせながら、わたしは笑顔で頷いた。

下町の兵士達に人気があるダームエル。
キルンベルガの準備のために頑張っていたユーディット&テオドール。
一気に出てきたグーテンベルクの弟子達。
そして、初めて聞いたキルンベルガの昔話。

次は、キルンベルガの国境門です。
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