挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

537/677

メルヒオールと祈念式

 クラリッサとフィリーネが城でお仕事をするようになった。マティアスとラウレンツは騎士団の調査に再び協力するように要請があったし、ブリュンヒルデはベルティルデを連れてグレッシェルと貴族街を行ったり来たりしているらしい。側近達は忙しそうだ。

 もちろん、わたしも忙しい。今まで神殿長の事務の半分くらいはフェルディナンドがしてくれていた。それをそのままハルトムートに押し付けるわけにはいかないので、本来の神殿長の執務は自分でするようにしているのだが、かなり時間がかかる。

 お母様と印刷関係の話をしたり、キルンベルガへ向かうための準備をしたりする中で、貴族側の調整という部分でフェルディナンドにどれだけ庇われていたのか、嫌になるほど実感する毎日を送っているのだ。

 ……無理なのはわかってるけど、フェルディナンド様、カムバック!

 そして、春の洗礼式を終えた次の日にはギルベルタ商会がやって来ることになった。衣装や髪飾りの注文をするのだが、そこに母さんを同席させたいという要望が届いた。成長に合わせて布を染める色や柄にも少し変化を付けた方が良いかもしれないというのがその理由だ。

 貴族の前に出る教育を受けていない職人を城に連れて行くことはできないけれど、神殿ならば平民が出入りできる部分もあるので受け入れてほしい、というお願いにわたしは一も二もなく頷いた。

「平民の職人が入りやすいように孤児院長室を使う方が良いのではありませんか? 城への出入りを許されない平民に貴族区域は出入りしにくいでしょう」

 ハルトムートの提案でギルベルタ商会への注文は孤児院長室で行われることになった。細かいことに気付くハルトムートの姿が頼もしく、わたしはフランやザームには「洗礼前の子供を神殿に入れるのは禁止されています」と却下されたカミルの見学許可を出せないか、お願いしてみる。

「プランタン商会からの要望を受け入れたいと思っているのですけれど……」

 わたしの言葉にハルトムートは少し目を伏せて考え込む。その後、言いにくそうな顔で「受け入れは難しいですね」と言った。フランとザームがホッとしたような顔になる。

「神殿には洗礼前の子供を入れることはできないからですか?」

 わたしが食い下がると、ハルトムートは「いいえ。それはどうでも良いことです」と首を振った。

「これから青色神官見習い達が増え、メルヒオール様とその側近が出入りするようになります。プランタン商会が大事ならば、妙な危険を招きそうなことは避けた方がよろしいでしょう。見学に来た者が理不尽な目に遭った時、ローゼマイン様はやみくもに平民を庇うのではなく、領主一族として、貴族としての立場を忘れない行動が取れますか?」

 ……それは無理!

 カミルが理不尽な目に遭えば、取り乱さない自信がない。洗礼前の子供は数に数えられないとか、平民は全面的に従えとか、そんな貴族の論理が振りかざされている中で、カミルを庇い過ぎずに貴族として調整するなんて絶対に無理だ。

「よくわかりました。わたくしの力不足をプランタン商会に詫びておきましょう」

 ……ううぅ、カミル、きっとガッカリするだろうな。わたしだってしょんぼりへにょんだよ。

 項垂れながら執務の続きに取り掛かると、やや遠慮がちに「ローゼマイン様」とハルトムートがわたしを呼ぶ声が聞こえた。

「貴族が増える祈念式まで……ならば、まだ比較的安全と言えるかもしれません」
「神官長!」

 フランやザームが目を剥いたけれど、ハルトムートはゆっくりと首を振った後、妙な爽やかな笑顔を浮かべた。

「仕方がありません。ローゼマイン様のお望みを叶えるのが私の役目ですから」

 ……ハルトムートがカッコいい!?……けど、何だろう。ちょっとだけ気持ち悪い。

 ハルトムートの一言でフランとザームが渋々認めてくれて、カミルの見学許可は得られた。それは嬉しいのだけれど、今までならばフェルディナンドが窘めて禁止されたラインの上で、背中をグッと後押しされている感じがして少し怖い。自力で踏み止まらなければならないような感覚に首筋がぞくりとした。

「……や、やっぱり止めておきます。プランタン商会への危険はない方が良いですから」
「それは残念ですね」
「何故ハルトムートが残念がるのですか?」

 実の弟であるカミルに会えないわたしは残念だが、ハルトムートが残念がるわけがわからない。わたしが首を傾げると、橙色の瞳が輝く非常に胡散臭い笑顔になった。

「特に深い意味はございません」

 ……ハルトムートの目が何か怖い! 深い意味がありそう! カミル、逃げて!

 そんなやり取りの結果、カミルの工房見学は洗礼式が終わって、プランタン商会が見習いとして連れてきた時で良いという結果になった。カミルに会えることを期待していたので、ちょっと落ち込んだけれど、ハルトムートを始めとした貴族からカミルを守ったのだと思えば、少しだけ安心できた。



「雪解けに祝福を。春の女神が大いなる恵みをもたらしますように」

 ギルベルタ商会に衣装の注文をする日、護衛騎士も側仕えも全て女性だけが孤児院長室に移動した。入って来て一番に商人の挨拶をしたのはコリンナで、後ろには何人かの針子とトゥーリと母さんの姿がある。母さんを間近で見るのは久し振りだ。

 ……おーい、母さん。久し振り。こっち見て。あ、目が合った。

 ちょっと微笑みを見せただけで母さんは皆から少し下がってしまったけれど、久し振りに顔を見られただけで胸の奥が熱くなる。わたしは針子さん達にあちらこちらを採寸されながら母さんを見ていた。その間、ギルベルタ商会とのやり取りに慣れているリーゼレータがコリンナと必要な衣装についての話を始め、グレーティアはその仕事ぶりをじっと観察している。

「春の衣装も少しお直しが必要なのではございませんか? スカートの裾にレースを付けるか、この後ろの部分を付け替えなければ、丈が少し足りないように思います」
「そうなのです。それから、こちらの背中の部分はボタンではなく、紐で調節できるように直せませんか?」

 採寸が終わると、わたしはトゥーリと髪飾りの話を始める。背後に立っているレオノーレとユーディットも興味があるようで、こちらの会話に注目しているのが背中に当たる視線でわかった。アンゲリカはいつも通り玄関扉の前で待機しているので、二階にはいない。

「ローゼマイン様は少し顔立ちも変わったような気がいたします。夏の飾りはどのような形がよろしいですか? どのような花を使いましょう?」
「好みは特に変わっていないので、今のわたくしに合う花を選んでくださいませ。できれば、布の染めと合わせてほしいと思っています」

 夏の布はこれから染めるので、少し離れた場所に控えていた母さんにも会話に交ざってほしくて言葉を向けた。けれど、トゥーリを介して言葉を伝えられただけで、母さんはこちらに近付いて来ない。

 貴族と接するための言葉遣いや態度に関する教育を受けていない母さんとわたしが、貴族の側近達の前で直接話をすることはできないようだ。母さんが無礼とか失礼という理由で遠ざけられるのを避けるためには仕方がないけれど、トゥーリを介して話をするのはもどかしい。

 ……カミルと違って姿を見られただけでもマシだけど。

 髪飾りと夏の衣装の打ち合わせが終わると、モニカが進み出て、神殿長の服のお直しをコリンナに頼んだ。

「儀式用の衣装は祈念式までにお願いします。普段使いの衣装は祈念式の間に直していただきたいと思っています」
「確かに承りました」

 コリンナが書字板に予定を書きこんでいく。春の終わりには夏の衣装ができていなければならないのだから、結構忙しそうだ。

 ……儀式用の衣装は丈のお直しだけで仕立て直しじゃないから、それほど大変ではないと思うんだけどね。

「これはわたくしの専属に渡しているお守りです。わたくしの専属針子であるコリンナとルネッサンスに差し上げます。できるだけ身につけておいてくださいね」
「恐れ入ります」

 母さんとコリンナにお守りを渡し、衣装の注文を終えた。



 祈念式が近付くと、神殿に家具をたくさん積んだ荷馬車の出入りが増え始めた。祈念式の後に神殿で住むことになる青色神官見習いや青色巫女見習い達の家具だ。もちろん、メルヒオールの家具も運び込まれ、側仕え達が慌ただしく部屋を整えている姿が見られるようになった。

「ローゼマイン姉上」
「いらっしゃい、メルヒオール」

 一度部屋に不備がないか確認をするので神殿に行きます、と連絡があったのは二日前のことだ。貴族側の側仕えと神殿側の側仕えが部屋について話し合っている間に、わたしはメルヒオールに小魔石二つ分の魔力を神具に奉納させた。最初は体に負担のない範囲からだ。

 奉納を終えると「お腹が空いていると、倒れる可能性もありますからね」と理由を付けて一緒にお茶を飲む。何事も油断大敵なのである。

「オトマール商会から料理人が派遣されて来ました。今はわたくしの厨房で研修中ですが、基本を覚えたらメルヒオールの厨房で食事を作らせますね」
「はい。それから、ローゼマイン姉上の祈念式に同行しても良いのか、父上に尋ねたのですけれど、泊まるのはダメだと言われました」

 神殿の側仕えを移動させるために馬車を準備し、食料や料理人なども運ばなければならない。神殿の部屋を整えるのにお金も時間もかかっているのに、祈念式の準備が必要になると側仕えの負担が大きすぎるらしい。

 ……未成年の側近がほとんどいないからね。

 上に三人もいれば、メルヒオールに当たる学生の側近は少ない。わたしよりも下の学年に二人いるだけだ。

「日帰りにすること、側近達の騎獣に同乗することでお許しが出るかと思ったのですが、儀式用の衣装もないのにどうするつもりだ、とも言われました。ヴィルフリート兄様はローゼマイン姉上が青の儀式服を持っているので借りれば良いとおっしゃったのですけれど……」

 貸してくださいませんか? とメルヒオールが尋ねてきた。

「貸すのは構いませんけれど、あの衣装はお花の柄が付いているのです。それが嫌でヴィルフリート兄様は御自分の衣装を仕立てられたそうですよ」
「お花……ですか」

 メルヒオールが微妙な顔になった後、決意したように顔を上げた。

「貸してください。私が儀式に参加するようになると、皆で手分けして回るので、どのような儀式をしているのかを見る機会がない、と姉上に言われたのです。ローゼマイン姉上の儀式はとても勉強になるので、よく見ておきなさい、と」

 ……え? わたし、シャルロッテに褒められてる!? メルヒオールのお手本!?

 これはちょっと張り切らなくてはならないのではないだろうか。わたしはモニカに頼んで丁寧に保管してくれていた青色の儀式用の衣装を出してもらい、メルヒオールに貸し出した。

「これで神事の見学ができますね」
「えぇ。次の神殿長としてよく見ていてくださいませ」

 メルヒオールの訪れがあった数日後、フリタークを返してくれることが決まった。わたしが騎士団のところへ引き取りに行き、騎獣で神殿へ連れ帰った。処罰を免れたフリタークよりも、フリタークがいなくなった穴を埋めて仕事を抱えることになっていたカンフェルが帰還を喜んでいたと思う。

 フリタークは実家からの援助はなく、自力で稼がなくてはならない青色神官一号となった。でも、アウブに与えられる補助金、収穫祭の収入、執務の手伝い、わたしが貴族院で借りてきた本の写本などをすることで、あまり贅沢をしなければ生活の目途が立ちそうだということがわかり、お仕事に励む決意を固めてくれたのである。

 祈念式に関するあらゆる準備が足りないため、フリタークは今回の祈念式には参加せず、神殿で留守番し、執務を行うことになった。

「わたくしが出発した後で、ヴィルフリート兄様とシャルロッテが小聖杯を引き取りに来ると思うので、手渡しをお願いしますね」

 グーテンベルク達を連れて訪れるキルンベルガを除いて、ギーベはヴィルフリートとシャルロッテの二人が回ってくれる。それぞれに小聖杯を託す役もフリタークである。伯爵には三つ、子爵には二つ、男爵には一つで計算して渡すので難しくはないのだが、領主一族と接することに非常に緊張するらしい。

 ハルトムートがいれば話は早かったのだが、ハルトムートはちょうどその頃に不在となる。境界門へクラリッサや家族と一緒に向かっていて、荷物の受け渡しとフレーベルタークへお詫びをしなければならないのだ。

 クラリッサもレーベレヒトもいなくなるので、「祈念式の間は神殿の業務が大変だから」と理由を付けてフィリーネは神殿勤務に戻してもらえるように養母様に連絡してある。フィリーネは「久し振りの写本ですね」と喜んでいるらしい。

 ……わかるわ。普通のお仕事より、写本の方がよっぽど楽しいよね?

 クラリッサとフィリーネからは図書館で報告を受けているけれど、二人共頑張ってお仕事をしているようだ。クラリッサは成人しているので、領主会議にも同行するらしく、ダンケルフェルガーとの交渉ができるように資料を頭に叩き込んでいるらしい。「ローゼマイン様のためにも有利な展開ができるように精一杯努めます」と言っていた。

 そんな鬼気迫る勢いで資料を漁り、ここはどうなっているのか、と質問をするクラリッサにつられて、周囲も領主会議に向けての準備を必死に行っているらしい。「クラリッサは細かいところまでよく調べて準備する癖がついているようで、若手の文官達がかなり影響を受けているようです」とフィリーネが教えてくれた。

 領主会議に同行できないフィリーネは日常業務のお手伝いがメインのようだ。神殿で行っていたような事務仕事なので、大して苦ではないらしい。リヒャルダと話をする機会も多いようで、先日は養父様とヴィルフリートがかなり激しい言い合いをしていた、と教えてくれた。リヒャルダは「あれくらいの年頃にはよくあることだけれど」と言いつつ、とても心配しているらしい。

 ……ヴィルフリート兄様も反抗期ってことかな?

 あの年頃の男の子が面倒な感じになるのは麗乃時代のしゅーちゃんを見てきたので何となくわかる。個人差があるのだろうけれど、急に尖ったナイフみたいになることがあるので、あまり近付きたくない気分だ。



 祈念式の朝はいつも通りにわたしの側仕え、灰色神官達、料理人達、食料や衣装などの荷物を乗せた馬車と、護衛してくれる父さんを始めとした護衛の兵士達の見送りから始まる。プランタン商会を通して小神殿にはメルヒオールの来訪を伝えているので、色々と準備してくれているはずだ。

 そして、わたしの魔力が籠った魔石と聖杯を抱えたカンフェルを見送ると、午後にはメルヒオールと側近達がやって来るので、ハッセに向かって出発である。わたしはメルヒオールとその護衛騎士を一人、それから、薬箱を抱えたフランと護衛騎士のアンゲリカを乗せてハッセに向かった。

 祈念式の護衛騎士はいつも通りダームエルとアンゲリカだ。同行したがったコルネリウス兄様にレオノーレと新居の準備をするように命じたら「そんなことをしている状況ではないだろう」とものすごく嫌な顔をされた。仕方がないので、アウレーリアと赤ちゃんの様子を見に行って、ついでにランプレヒト兄様を通してヴィルフリートの状況を探るようにお願いしておいた。

「意外と近いですね」

 ハッセの町が見えてくると、メルヒオールがそう言った。騎獣で行くとかなり近く感じるが、これが馬車だったらそれほど近くは感じないと思う。

 天気が良かったので、皆が集まっている広場の方へ直接騎獣を下ろす。人の多さに目を瞬いているメルヒオールを促して騎獣を降りると、舞台へ上がった。

「ローゼマイン様、お待ちしておりました」
「リヒト、今日は見学だけですけれど、これから先の神事に参加することになるわたくしの弟、メルヒオールです」

 ハッセの町長であるリヒトと挨拶を交わし、メルヒオールの紹介をした。そして、メルヒオールに立ち位置を教えると、フランに視線を向けて一つ頷く。

「これより祈念式を始めます。各村長は舞台の上にお願いします」

 フランの呼びかけと共に、蓋のついた10リットルバケツくらいの大きさの桶を持った5人が舞台に上がってきた。今までならば、神具である大きな金色の聖杯が置かれているはずの大きな台の上には何もない。

 わたしは台の上に立ち、シュタープを出すと「エールデグラール」と唱えて、聖杯を出した。何もない空間から突然聖杯が出てきたことに驚きの声が上がる。それはハッセの民だけではなく、貴族院での奉納式に参加していない貴族の側近達も同じである。驚愕の声が上がる中、わたしは水の女神 フリュートレーネに祈りを捧げる。

「癒しと変化をもたらす水の女神 フリュートレーネよ 側に仕える眷属たる十二の女神よ 命の神 エーヴィリーベより解放されし 御身が妹 土の女神 ゲドゥルリーヒに 新たな命を育む力を 与え給え」

 聖杯にわたしの魔力が流れ込んでいき、カッと金色の光を放つ。それを見つめながら、わたしはどんどんと魔力を注いでいった。

「御身に捧ぐは命喜ぶ歓喜の歌 祈りと感謝を捧げて 清らかなる御加護を賜わらん 広く浩浩たる大地に在る万物を 御身が貴色で満たし給え」

 フランがそっと聖杯を傾けると、例年通りに緑に光る液体が流れ出し、順番に並んでいる村長の桶へと注がれていった。

  「土の女神 ゲドゥルリーヒと水の女神 フリュートレーネに祈りと感謝を!」

 ……うん。自前の聖杯でも全く問題ないね。

 よしよし、と儀式の出来に満足していると、メルヒオールの不安そうな目がわたしを見ていた。

「ローゼマイン姉上。私は来年までに聖杯を作れるようになるでしょうか?」
「それは無理でしょう。貴族院へ行って、シュタープを得なければなりませんから。ヴィルフリート兄様もシャルロッテも神殿にある神具を使っています。自分で作る必要はないのです」

 わたしはそう言いながら、レッサーバスを出して乗り込む。メルヒオールも自分の護衛騎士と一緒に乗り込んだ。祈念式の会場から小神殿まではすぐだ。

「先日、一緒に神具に奉納をしたでしょう? 何度も何度も魔力を奉納して、神々にお祈りを捧げていると、ある日、神具を使おうと思った時に魔法陣がスッと頭に浮かぶようになるのです。わたくしの側近には神具を作れるようになった者もいます」

 わたしの言葉にアンゲリカが少しばかり得意そうに「ライデンシャフトの槍を作れるようになりました」と言った。まだそれほど長持ちしないけれど、そのうち、祝福を得る儀式をライデンシャフトの槍で行いたいと思っているらしい。そして、おじい様に勝つのだそうだ。高い目標があるようで、何よりである。

「魔力圧縮も頑張らなければ、神事で扱えるほどにはなりません。けれど、まずは奉納とお祈りですよ」
「頑張ります!」

 メルヒオールが張り切った顔でそう言った。素直で良い返事だ。



 小神殿に到着すると、皆が出迎えてくれた。その場でメルヒオールを紹介し、中に入る。部屋を整えるのは側仕え達がしてくれているので、わたしはメルヒオールに小神殿の中を案内した。

「ここは子供がいないのですか?」
「一番年が下の者でも成人に近い見習いですからね」

 エーレンフェストとハッセの異動は成人が多いし、元々ハッセの孤児だったマルテもほとんど成人近くなっている。見てすぐにわかる子供はほとんどいない。

「わたくし達、領主候補生が直轄地を回るようになってから収穫量が増えて、子供を放り出さなければならない人達がいなくなったのでしょう。エーレンフェストの孤児院も、この冬の粛清がなければ、それほど子供の数は多くないのですよ」
「そうなのですか……」

 兵士達が寝泊まりの準備をしている男子棟を見て、工房の様子を見学し、おいしい野菜ができる自慢の畑を見て回る。

「畑を見るのも初めてでしょう? ここでメルヒオールが食べている野菜が作られるのですよ。ハッセの畑で作られた野菜はとてもおいしいのです。それから、あの向こうの森で色々と採集をします。メルヒオールも貴族の森で採集をしてみると良い経験になります」

 ぐるりと一通り見学した後は、中でお茶を飲む。貴族席と兵士達の席は分かれているけれど、同じ食堂を使うというのがメルヒオールの側近達には驚きだったようだ。父さん達が座っているテーブルとわたし達のテーブルを見比べる。

「農村が集まる冬の館やギーベの夏の館では神官の居場所が分かれているのですけれど、ハッセはこうして同じ場所で食べることになっています」
「せめて、時間を分けるということは……」

 メルヒオールの護衛騎士を見上げて、わたしはニコリと笑う。

「ここで下町の声を聴くのも大事なのですよ。下町のエントヴィッケルンが成功するように協力のお願いをしたのは、ここでした」

 わたしはメルヒオールに視線を移した。全てを聴いて、自分の糧にしようとする貪欲な光が藍色の目に輝いている。

「この小神殿を作ったのは養父様です。そして、養父様にはここでわたくしが聞いた皆の意見を、たかが平民の意見、と切り捨てずに自分の治世に活かせないか、と考える懐の広い美点がございます。メルヒオールには養父様の良いところを見習って、わたくしが神殿長を退いた後も平民達の意見を汲み取ることができる神殿長を目指してほしい、と思います」

 わたしの言葉にメルヒオールは神妙な顔で頷いた。
ぐわっと周辺の変化を詰め込んで、メルヒオールが見学するハッセの祈念式を終えました。
自分で聖杯を出して祈念式ができるようになりたいという目標を抱いたメルヒオール。
自作のライデンシャフトの槍で儀式ができるようになるアンゲリカとどちらが早いでしょう?

次は、キルンベルガへ出発です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ