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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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クラリッサの取り扱い

 オルドナンツも飛ばしたし、ダームエルとアンゲリカを西門に向かわせた。これで兵士や平民を相手にクラリッサが無茶なことを言ったり、大暴れしたりすることはないと思う。緊急事態に陥っている門への対応が終わったら、次は貴族側だ。養父様へ連絡しなければならないだろう。

「ハルトムートはアウブ・エーレンフェストに連絡をお願いします」
「かしこまりました」

 ハルトムートが軽く頷いて退室して行く。ハルトムートはクラリッサの婚約者だし、ここ最近は養父様に情報を流しに行っていたため、目通りもしやすい。オルドナンツでどうにもならなければ、城へ向かうだろう。

 やることを終えたら気を取り直して、商人達との話し合いの続きだ。こちらの予定を終わらせなければならない。わたしが姿勢を正すと、周囲の文官達の様子を窺いながら言葉を探して困った顔になっているギルド長と目が合った。

「ローゼマイン様、緊急事態のようですから、我々はお暇いたしましょうか?」

 その問いかけに頷きかけた文官もいるけれど、わたしはきっぱりと首を横に振った。

「いいえ。今日、話し合う予定だったことは全て終わらせましょう。夏にやって来る商人への対応、それから、来年にはグレッシェルに二号店を出すことを考えると、忙しいでしょう?」
「お心遣いはありがたいのですが……。しかし……」

 ダンケルフェルガーの貴族と聞こえましたが、という遠慮がちな声が聞こえる。文官の一人がギルド長の呟きに同意した。

「グスタフの言う通りではありませんか、ローゼマイン様。ダンケルフェルガーの貴族が来ているならば、商人よりもそちらが優先でしょう。商人はまた集めれば良いのです」
「いいえ。グレッシェルの改革には準備期間が足りていません。成功させたければ、実際に準備をしなければならない者の貴重な時間を奪うわけにはいかないのです。グレッシェルの改革が失敗して困るのは下町に店を構えている商人達ではなく、アウブやギーベ・グレッシェルですよ」

 ブリュンヒルデがハッとしたように顔を上げた。それでも納得できない顔をしている文官は何人もいる。平民よりも貴族を優先するべきだと強硬に思い込んでいるからだろう。わたしは一つ溜息を吐いて、ブリュンヒルデへ視線を向ける。ブリュンヒルデはコクリと頷いて口を開いた。

「ローゼマイン様は商人達に融通を利かせているのではございません。グレッシェルの改革はアウブが主導する事業で、話し合いにはわたくしやローゼマイン様の同席が必要です。今のエーレンフェストの現状ではわたくし達が予定を合わせられない、とおっしゃっているのです」

 ブリュンヒルデはグレッシェルの改革でギーベとアウブの仲立ちをする形で立ち回り、養母様の執務をシャルロッテと共に手伝いながら、第二夫人として立つ準備や根回しもしなければならない。

「わたくしが知る限りでもローゼマイン様には神事が立て続けにございますし、領主会議でも王命で星結びの儀式を行うことになっています。それを終える頃には他領の商人達がやって来る時期になります。事前連絡もなくやって来る他領の上級貴族のために止められる話し合いではありません」

 優先すべきは他領の貴族ではなく領主一族でしょう、とブリュンヒルデが主張したことで、文官達が納得の表情を見せた。貴族を納得させる言い回しをわたしも勉強しなければならないけれど、商人達が動いてくれなければ、失敗するのはアウブやギーベ・グレッシェルだと理解してほしいものである。

「ダンケルフェルガーの貴族の相手にはわたくしの側近を向かわせたので大丈夫でしょう。それに、アウブ・エーレンフェストに連絡も入れています。何らかの指示があると思われます」

 クラリッサの対応をさせられる門の兵士達は可哀想だけれど、横柄な態度にならずに平民とやり取りできる二人を門に向かわせたので、到着すれば対応は楽になるだろう。

「ローゼマイン様のおっしゃる通りです。予定外の行動をしたのはあちらですから、待たせれば良いのです。領主候補生であるローゼマイン様が他領の上級貴族のために予定を変更する必要などございません。違いますか?」

 ニコリとブリュンヒルデが微笑みながら文官達の同意を勝ち取る。見事だ。わたしでは貴族の納得を勝ち取ることが難しい。

「予定を変更するつもりはありませんけれど、早めに終えたいとは思っているのですよ。グスタフ、秋に挙げられていた反省点に対する具体的な改善案を教えてくださいませ」

 秋には反省点が、春には商人達が考えた改善点が挙げられる。毎年、確実に改善されているのがわかるのが良い。そして、商人側の望みや去年の売り上げと今年の目標なども尋ねた。フリーダは毎年目標を達成しているのが嬉しいようで、夏にかける意気込みは微笑ましいものがある。

「あぁ。それから、プランタン商会へ連絡があります」
「何でしょう?」

 ベンノが「今度は何だ?」というように少し身構えた。ちょっとした連絡事項なので別にそんなに警戒しなくても良いと思う。

「先日、エーレンフェストの貴族の総意として、アウブよりお言葉をいただきました。それを受け、これまではエーレンフェスト内に限定していた子供向けの聖典絵本、カルタ、トランプなどの知育玩具を他領の商人に向けて発売することを許可します」

 これ以上順位を上げたくない。そんな大人の総意と学生達のやる気を両立させるために、わたしは考えた。成績や順位的に他領に埋もれたいなら他領を引き上げれば良いじゃない、と。他の平均点が70点のところで95~100点を連発すれば目立つけど、皆が95~100点をとれば目立たなくなる。そうすれば、エーレンフェストの子供達の努力は無駄にならない。

 ……こっちを下げるんじゃなくて、他を上げればいいんだよ。うふふん。

「売り方によっては莫大な利益が見込めるはずです」
「それはローゼマイン様から権利を買い取った時より存じております」

 稼いで、稼いで、稼ぎまくるぞ、という利益を見据えた肉食獣のような笑みを浮かべるベンノと一緒にわたしもニヤリと笑う。

 様々な取り決めをして商人達との話し合いを終えると、ブリュンヒルデ達は城へ戻り、わたしは神殿長室に戻った。

「ローゼマイン様、神官長より伝言がございます」

 部屋で留守番をしていたモニカによると、ハルトムートは城に向かったらしい。アウブに報告も必要だし、花嫁が境界門で待たずにやって来た理由も知りたいし、両親ともクラリッサの扱いについて話し合わなければならないし、アウブの許可証を得なければ門へ行ってもクラリッサを入れることはできないのだ。

「では、ハルトムートが戻って来るのを待ちましょうか。クラリッサを引き取るための許可証を持っていないわたくしが門へ向かったところで、兵士達を混乱させるだけですから」

 わたしはオルドナンツでハルトムートに話し合いが終わったことを告げ、門へクラリッサを迎えに行く前に神殿へ寄ってほしいと伝える。すぐにオルドナンツが戻って来た。

「これから両親と共に向かいます」



「ご迷惑をおかけいたします、ローゼマイン様」

 ハルトムートの婚約者としてやって来るクラリッサの所業をハルトムートの両親が謝った。むしろ、わたしの側近を目指してやって来るのだから、わたしの方が巻き込んでいるのだと思う。

「ハルトムート、養父様は何とおっしゃって?」
「私がオルドナンツを飛ばした時、アウブはまだクラリッサの到着をご存じありませんでした。西門の兵士から魔術具のロートを受けた騎士団が様子を見に行って、報告に戻って来たのが、それからすぐのようで、立て続けにオルドナンツが飛んできました」

 クラリッサが境界門を通り抜けたことに関しては許可を出した文官を探すところから始まり、ダンケルフェルガーやフレーベルタークへの問い合わせで大変だったようだ。

「フレーベルタークの騎士によると、クラリッサは護衛騎士とたった二人でフレーベルタークと旧ベルケシュトックの境界門に現れたそうです」

 アウブ・ダンケルフェルガーが発行した嫁入りの許可証を持っているけれど、嫁入りする上級貴族が護衛騎士と二人だけで境界門に現れることはあり得ない。普通は花嫁側が大量の嫁入り道具を持って、両親と馬車でやって来るのだ。

 不審に思ったフレーベルタークの騎士はダンケルフェルガーに問い合わせたらしい。クラリッサと名乗る上級貴族は本当にダンケルフェルガーに存在するのか、そして、エーレンフェストの貴族と結婚の許可が出ているのか、と。

 偽者に違いないと思っていたフレーベルタークの騎士達の問い合わせ方が悪かったのかもしれないし、クラリッサが出奔したことを知らされていなかったダンケルフェルガーの文官が悪かったのかもしれない。返答は「確かにクラリッサは存在していて、エーレンフェストの上級貴族ハルトムートとの結婚許可が出ている」というものだった。

 ダンケルフェルガーに確認ができて、嫁入りの時に持参するメダルで本人確認もできた以上、他領に嫁ぐために通り抜けるだけの花嫁を足止めしておく理由はない。フレーベルタークは境界門を通る許可を出したそうだ。

 ただ、あまりにも不審なのでフレーベルタークは護衛という名目の監視を付けたらしい。けれど、クラリッサとその護衛騎士は騎獣でフレーベルタークとエーレンフェストの境界門へ余所見もせずにすっ飛んでいく。振り切られるのを避けようと全力でついて行った騎士は境界門でダンケルフェルガーの確認が取れていることを伝えて崩れ落ちたそうだ。

 確認が取れていると言われても不審であることに変わりはない。本来ならば境界門の向こうで待っているはずの花婿御一行がいないのだから。フレーベルタークだけでなく、エーレンフェストの騎士達にも魔力回復薬を飲んでいるクラリッサと護衛騎士の二人は不審人物にしか見えなかったようだ。

「エーレンフェストの城にも問い合わせがあったのです。ダンケルフェルガーのクラリッサは本当にエーレンフェストに嫁入りする許可が出ているのか、迎えが来ていないが間違いないのか、と」

 その質問を受けた文官はアウブ同士の緊急連絡に付き合わされ、何度も対応に追われた名前だったので、すぐに返事をした。アウブ・ダンケルフェルガーから出発したという連絡は受けている、と。

 よほど緊急でもない限り、連絡事項はまとめて報告される。ダンケルフェルガーのクラリッサが結婚許可を得ているかどうか、迎えが来ていないが、という問い合わせは、その文官にとって緊急ではなかった。前日の夜にハルトムートやその両親にクラリッサの出発が伝えられたことを知っている文官にとっては、迎えが到着していなくて当然だったからだ。

「アウブ同士での連絡ができているならば、と境界門の騎士達はクラリッサが通ることを許可したそうです。けれど、花婿側がアウブからの許可証を持って迎えに行かなければ、他領の貴族は街には入れません。そのため西門で止められたのです」

 ……皆が不審だと思っているのに、クラリッサは通過してきたんだ。ある意味すごいね。

 変なところに感心していると、ハルトムートの父であるレーベレヒトが困った顔で息を吐いた。

「双方のアウブの許可を得て、来てしまったものはどうしようもありません。追い返すのは婚約解消に等しいですし、誰にとっても不名誉なことになるでしょう。ローゼマイン様とハルトムートを心配し、慕うあまり駆け付け、エーレンフェストは受け入れたという形に収めるのが無難です」

 結婚の許可を出した両方のアウブも、不審に思いつつ通してしまった境界門の騎士達も、問い合わせを受けた文官達も、娘の出奔を許してしまったクラリッサの両親も、迎えを出すことができなかったハルトムートの両親も不名誉なことになるらしい。

「もちろん、クラリッサの行動は思い切り叱りますし、ダンケルフェルガーにも苦情の一つくらいは言わせていただきます。けれど、追い返してフレーベルタークでクラリッサの奇行と婚約解消を面白おかしく噂されたり、少しでも婚約者の力になりたいとアウブの許可を得て脇目も振らずに飛び込んだのに拒否されたと言われたりするよりは、美談にしておいた方が後々のために良いと思われます」

 レーベレヒトの意見は養父様や養母様も含めて色々と考えた結果らしいので、わたしはコクリと頷くだけにしておいた。クラリッサを受け入れるかどうかを決めるのは一家の主であるレーベレヒトだ。

「受け入れると決めた以上は腹をくくるしかありません。これから先のクラリッサの扱いをどうするのかが重要です。城で先程話し合った結果、クラリッサは婚約者として扱い、住む場所は我が家で、オティーリエが毎日責任を持って連れ帰るということになりました」

 婚約者であるハルトムートは神殿へ向かう方が多いので、確実に城へ行くオティーリエが同行することになったらしい。

「他領からいらっしゃったお嬢様を神殿に向かわせることはできません。それはローゼマイン様もご承知ください」
「わかっています。わたくしもクラリッサを神殿に入れるつもりはありませんし、城で文官として働かせるつもりです。アウブ夫妻には手が足りないのでしょう? レーベレヒト、フィリーネとクラリッサの教育をお願いしても良いかしら?」

 レーベレヒトは養母様の文官なので、二人の教育を頼んだ。わたしの文官が全員神殿にいたら、絶対に神殿へ行く、とクラリッサが強硬に言い張るだろう。

「貴族院の共同研究でフィリーネとクラリッサは仲良くしていました。クラリッサも一人くらいは顔見知りがいた方が気楽でしょう。それに、フィリーネはフェルディナンド様から教育を受けているので、下級貴族で魔力はまだ低めですけれど事務仕事は有能なのです」

 フィリーネは基本的に神殿業務ばかりをしているので、少しは城の業務に携わるのも悪い経験ではないはずだ。城で色々な仕事をするついでに、やる気のありそうな若手の発掘をしてほしい。

「神殿にいらっしゃるローゼマイン様に会えないとクラリッサが暴れそうですが……」

 ハルトムートの言葉にわたしは少し考える。クラリッサの様子を見るためにちょくちょく城に足を運んでは、神殿に引き籠って次期アウブを目指す気はないということをアピールできなくなる。

「では、三日に一度くらいわたくしの図書館で報告を聴く日を作りましょう」

 ……わたしの読書時間も確保できるからね。



 これから先のことについて擦り合わせを終えると、オルドナンツで先触れを出してから騎獣で西門へ向かった。西門の上の見張り台というか、屋上というか、広くなっているところにはアンゲリカ、ダームエル、クラリッサとその護衛を始め、兵士達が何人も待っているのが見える。

 ……父さん!?

 その中に父さんの姿を見つけ、わたしは嬉しくなって緩み始める顔を引き締めながら騎獣を下ろした。片手を上げて駆け寄ろうとするクラリッサを押し止めると、胸を二回叩き、敬礼をして並ぶ兵士達を順番に見る。

「許可証を持たない他領の貴族をよく止めてくれました。素晴らしい職業意識です。領主一族としてわたくしはとても誇らしく思います」
「この春の異動について中央で士長会議があったところに緊急の連絡が入ったため、全ての門の士長が集まる結果になっただけです。彼女の到着があと少し遅かったら、私の責任問題でした」

 父さんがそう言いながら、他の門の士長に視線を向けた。貴族からの罰や不満がないことを示してやってほしい、ということに違いない。一見敬礼をしているように見えるけれど、胸ではなく胃の辺りを押さえているのが今の西門の士長だろう。
 わたしはハルトムートからクラリッサの許可証を受け取ると、西門の士長に差し出した。

「こちらがアウブの許可証です」
「間違いございません。クラリッサ様の許可証です」

 クラリッサが街に入ることを認められた。わたしは自分の革袋から大銀貨を二枚取り出し、西門の士長の手に握らせる。

「街を守るために頑張ってくれた兵士達の責任を問うことなどありません。むしろ、褒美が必要でしょう。多くはございませんけれど、これで頑張ってくれた兵士達を労ってくださいませ。皆の頑張りはアウブにも伝わっています」

 士長を安心させて兵士達を労うと、存在するだけで緊張させる貴族の長居は不要だ。わたしは厳しく表情を引き締めてクラリッサを見た。背中で元気に跳ねていた三つ編みはなくなり、三つ編みがくるりと後頭部でまとめられている。成人の姿になっているけれど、その行動は成人のものではない。

「行きますよ、クラリッサ。これからのことについて話し合いが必要です」



 わたしはクラリッサを神殿に入れるつもりがないので、図書館へ向かった。ラザファムが出迎えてくれ、お茶を淹れてくれる。ここはフェルディナンドの館だったので、わたしがフェルディナンドのようにクラリッサを叱るにはちょうど良いと思ったのだ。

「では、申し開きを聴きましょう。何故来たのですか?」
「わたくしがローゼマイン様のお役に立てると思ったからです」

 明らかに歓迎されていない雰囲気にクラリッサの表情が硬くなる。クラリッサの後ろに控える護衛騎士は「だから言ったでしょう」という顔をしているので、何度止めてもクラリッサが止まらず、護衛としては付いて来ざるを得なかったのだろう。

「予定では領主会議の時に移動するのではありませんでしたか?」
「そんなに待てませんでした。それに、アウブ・ダンケルフェルガーも早く向かった方がお役に立てると……」
「それで、こちらへの連絡もなく、馬車も側仕えも置き去りにし、ご両親と合流することもなく、最低限の荷物だけを抱えて騎獣で飛んで来たのですか?」

 並べてみると、ひどい有様である。勢いだけで暴走したクラリッサも自分のしたことを並べられると、そのひどさがわかったのか肩を落として項垂れた。

「申し訳ございませんでした。思い込むと周りが見えなくなると、いつも皆に言われていたのですが、今回も本当に見えていませんでした」

 ……うぐっ。思い当たることがありすぎる。

 似たようなことを周囲から言われているわたしはクラリッサを叱りにくくなって、口籠る。それを察したらしいオティーリエが口を開いた。

「クラリッサ、勝手な予定変更は困ります。連絡は必ずしてください。」

 クラリッサがダンケルフェルガーを飛び出したことで、花婿側は境界門へ迎えに行かなければならなくなったこと。馬車が到着するならば、ちょうどその頃が祈念式で直轄地を回らなければならない時期だったこと。

「どのように調整しようか、とハルトムートは頭を悩ませていました。祈念式に神官長であるハルトムートが行けなければ、ローゼマイン様にご負担がかかったのです。お助けするのではなく、お邪魔をするところだったのですよ」

 オティーリエの言葉にクラリッサが顔色を変えた。普通の貴族にとっては冬の社交が終わると大きな行事は星結びまでないけれど、神殿では神事が立て込むことには考えが向かわなかったのだろう。

「今日、西門に着いたという連絡をもらった時は領主一族が商人達を集めて話し合いをしている最中でした。クラリッサを門に待たせることで話し合いは続けられたけれど、私はアウブへの問い合わせや状況確認のために途中で席を立つことになりました。ローゼマイン様の文官としての仕事ができなかったのです。その辛さがわかりませんか?」

 ハルトムートにそう言われ、クラリッサは血の気の引いた顔で「身に染みてわかります」と何度も頷く。レーベレヒトが「二人が何をわかり合っているのか、理解できないけれど」と前置きをした上で、クラリッサに向き合う。

「クラリッサがたくさんの方に迷惑をかけたのは事実ですが、それは自覚していますか? 道中のフレーベルタークの境界門で騎士達を驚かせ、何度も連絡を取り合って真偽を問わなければならない花嫁など普通はいません。騎士達の連絡に加えて、アウブの手まで煩わせたのです」
「アウブに……?」
「クラリッサがダンケルフェルガーを出発したことはアウブ・ダンケルフェルガーによってアウブ間の緊急連絡を使って我々に知らされました。しばらくは方々へ謝罪が必要です」
「申し訳ございませんでした」

 皆に叱られて小さくなったクラリッサに、レーベレヒトがダンケルフェルガーに追い返すことはせずにエーレンフェストで受け入れることを告げた。そして、事前に話し合っていた通り、ハルトムートの実家に婚約者として住み、オティーリエと一緒に城へ往復し、レーベレヒトの下でフィリーネと一緒に文官として仕事をすることが述べられる。

「わたくしは神殿入りを希望します。ローゼマイン様のお役に立ちたいのです」
「却下します。わたくしが必要としているのは、エーレンフェストの文官達の仕事を引き上げることができる上位領地の優秀な文官で、青色巫女ではありません」

 わたしが即座に却下したことにクラリッサが驚愕の目で「神殿には手が足りないと伺っていました」とハルトムートを見つめる。

「どれだけ手が足りなくても、他領の神殿観を考えても、クラリッサを青色巫女にする気はありません」

 婚約者として出したはずの娘が結婚を許されない青色巫女になるなんてクラリッサの両親の心情を思えばできない。それに、他領から婚約者としてやって来た年頃の娘を神殿に入れるなんてアウブ・エーレンフェストにまた悪い噂が立つだろう。

「ハルトムートのご両親は世間から何と言われるでしょう? クラリッサの神殿入りはクラリッサ以外の全員にとって良い面がないのです。それに……」

 わたしはそこで言葉を一度切った。そして、クラリッサと護衛騎士の両方を交互に見る。

「婚約者としてアーレンスバッハに滞在しているフェルディナンド様はディートリンデ様のご命令でアーレンスバッハの祈念式を行うことになりました。婚約者として滞在している他領の者にさせることではないでしょう?」

 わたしの言葉に顔色を変えたのは護衛騎士だ。アーレンスバッハでフェルディナンドが婚約者らしい扱いをされていないことを知って、「まさか」と驚きの顔になっている。

「フェルディナンド様が神事に駆り出されることに憤り、アウブ・エーレンフェストは領主会議で抗議する準備を整えています。そんな時に、クラリッサを神殿に入れるようなことはできません」
「わたくしはご命令ではなく、自分から志願するのですが……」

 クラリッサはまだ諦めきれないように青い瞳でわたしを見つめるけれど、すげなく却下する。

「他領の方に細かい事情など通じません。命令も志願でも神殿に出入りすることに変わりはないのです。クラリッサがエーレンフェストからそのように言わされているだけだと思われれば、いくら否定したところで無駄ですよ。わたくし、貴族院のお茶会で経験いたしましたから」

 養父様の悪い噂を否定しても徒労に終わった記憶は新しい。クラリッサも貴族のお茶会やそこで流れる噂についてはよく知っている。唇を噛むようにして俯いた。

「わたくし、ローゼマイン様のお役に立ちたかったのです」
「その気持ちは本当に嬉しいです。クラリッサの研究内容はフェルディナンド様も認めていらっしゃいました。優秀な文官であることは間違いないと思っています。城でわたくしの文官としてフィリーネと共に働いてくださいませ」

 クラリッサは少しの間わたしをじっと見つめ、立ち上がって移動すると、わたしの前に跪いた。

「仰せの通りにいたします。わたくしはローゼマイン様のお役に立ちたくてエーレンフェストへ参ったのですから」
「ありがとう。神殿への立ち入りは禁止しますが、クラリッサと会う機会は作ります。神事などで長期の不在でない限りは、三日に一度、ここで報告を聴きましょう。おいしいお菓子も準備しますね」
「はい!」

 こうしてエーレンフェストに飛び込んで来たクラリッサはひとまずハルトムートとその一家が面倒を見ることになった。

「……ところで、クラリッサの荷物はいつ届くのでしょう?」

 オティーリエの呟きに誰も答えは返せなかった。
暴走クラリッサがエーレンフェスト入りです。
でも、クラリッサは神殿に立ち入り禁止です。
アーレンスバッハのフェルディナンドの扱いに文句が言えなくなりますから。
領主会議に向けて、養父様と養母様はクラリッサとフィリーネという優秀な文官をGETです。

次は、祈念式です。
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