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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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加護の儀式の準備

 孤児院を出た後は、それぞれの部屋を決定し、家具の入れ替えをどうするのか話し合い、神殿での受け入れ準備はそれぞれが召し上げた側仕えに任せることになった。
 城に戻って夕食の席で養父様に見学会の流れを報告し、家具の搬入や予算について養父様と相談する。基本的には許可が出て、特に問題なく終わった。

「メルヒオールと子供達の受け入れは終わりましたが、まだまだ他の問題が山積みなのです」
「問題?」
「祈念式に向かえる人材が不足しているのです。フェルディナンド様がいなくなって、メルヒオールが祈念式に向かえないのが大きいですね」

 フェルディナンドがいなくなり、穴を埋められる人材がいないまま、粛清で青色神官が減っているため、一人一人の負担が大きい。祈念式の割り振りをどうするのか、早急に考えなければならない。

「メルヒオールは魔力を注ぐ練習が足りないので仕方がないのですけれど……」

 本来ならば去年の領主会議から一年かけて練習をして、今年は参加できるようにするはずだったのだが、領主会議でフェルディナンドの婿入りが決まってしまった。その後は神殿での引継ぎやわたしの教育を最優先にして神殿に籠りきりで、あまり礎の魔術に供給をしなかったのだ。

 そうなると、礎の魔術に注がれる魔力がかなり少なくなって、わたしとフェルディナンド以外の領主一族が必死に供給しなければならず、養母様やおじい様にメルヒオールの補佐をする余裕はなくなった。おまけに、冬は粛清が前倒しになって皆が忙しく、養母様が懐妊してメルヒオールは安全のために北の離れに籠らされた。

「季節一つ分、みっちりと練習していたシャルロッテも負担がずいぶんとあったのでしょう? ほとんど練習できていないメルヒオールは危険ですもの」
「来年こそは私も参加したいです」

 悔しそうにメルヒオールがそう言ったけれど、今年こそ忙しくてメルヒオールの練習に付き合う余裕のない養父様と養母様は困ったように顔を見合わせた。

「城で礎の魔術に供給の練習をするのは難しいかもしれませんけれど、神殿で奉納しながら練習できます。真面目に練習すれば、来年には参加できるでしょうね」

 来年は何とかなるかもしれないけれど、今年はどうしようもない。

「祈念式はわたくしの側近達をバラバラに向かわせられれば、人数の問題は解決するのですけれど、街の外に出られる成人済みの側近のほとんどが護衛騎士ですから……」
「さすがに護衛騎士を減らすような危険なことはさせられぬ」

 養父様の言葉にわたしは「わかっているから、困っているのです」と頷いた。側近達に相談した時にコルネリウス兄様から同じ言葉で却下されている。

「馬車、食料、料理人、側仕え、儀式用の衣装などはお金で何とか解決できるけれど、人材はどうにもならないのです」

 しばらく黙って聞いていたヴィルフリートが顔を上げた。

「私とシャルロッテと残っている青色神官で遠方になるギーベのところを回るので、其方とハルトムートが直轄地を回るというのはどうだ?」
「え? でも……ヴィルフリート兄様もシャルロッテも忙しいでしょう? 負担を増やすのはあまり良くないと思うのですけれど」

 神殿のことはわたしに任されたのに忙しい皆に手伝ってもらうのは大丈夫なのか、と考えていると、ヴィルフリートが肩を竦めた。

「ライゼガングの支持を取り付けるためにも、彼等と一度でも顔を合わせる機会を増やし、ローゼマインだけが神事に関わっているのではないことを貴族達に見える形にした方が良いのだ」

 これまでは移動の負担を少なくするために、そして、ギーベとの収穫の差を埋めるために魔力の豊富な領主候補生が直轄地を回っていた。けれど、そのせいでグーテンベルク達を移動させたついでに神事を行うわたしの姿しか貴族達は見ていないことになるそうだ。

「ローゼマインだけが神事をやらされているとライゼガングが感じる一端は、グーテンベルク達を連れたローゼマインの話やハルデンツェルの奇跡の話が貴族の間で上がっても、他の領主候補生が神事をしている姿を見た貴族がいないせいもあるらしい。ライゼガング系の情報を集めたランプレヒトがそう言ってた」

 ……そんなの、全然気付かなかったよ。

「わたくし達がギーベのところを回るのは良い案かもしれません。オルドナンツと騎獣を使って移動すれば、遠方でもそれほど負担にはなりませんもの」

 シャルロッテは乗り込み型の騎獣が使えるので、小聖杯を載せて移動することができる。ギーベには小聖杯を配るだけで農村のような祈念式をしないので、補佐をする灰色神官がいなくても問題ない。旅程はずいぶんと軽減されるだろう。シャルロッテの言葉にヴィルフリートが頷いた。

「それならば、青色神官を直轄地に回した方がよいかもしれぬ。できるだけ多くのギーベと面会する機会がほしいのだ」
「新しく仮のギーベに任命された者にもご挨拶が必要でしょうから、お兄様は南の方を重点的に回られた方が良いかもしれませんね」

 シャルロッテの言葉にヴィルフリートは少し考え込んで「確かに新しく赴任する者が多い南の方とグレッシェルは回っておきたいと思う」と頷いた。どうやらライゼガング系の貴族と積極的に関係を持とうとしているようだ。

「では、わたくしはグーテンベルク達をキルンベルガに連れて行く予定があるので、キルンベルガと直轄地を担当します」
「農村を回って直接魔力を注ぐ祈念式は大変だろうが、収穫に直結する神事だ。フレーベルタークとの共同研究もある。頼んだぞ、ローゼマイン」

 養父様からも頼まれて、わたしは頷いた。頭を悩ませていた問題が解決してホッとしていると、ヴィルフリートがちらりとわたしを見た。

「ローゼマイン、これから其方は神殿に籠ると言っていたであろう? なるべく早く御加護の再取得を試してみてくれぬか? 神事に参加することで成人でも御加護を得られることが実証できれば、同行する私の側近も説得しやすくなる」

 危険なのであまり出歩かないでほしい、と思っているヴィルフリートの側近達は祈念式に参加することさえ難色を示しているそうだ。領主候補生の務めと言っているが、外に出れば危険は増す。初めての祈念式で襲撃されたわたしとしては、護衛騎士達の心配がよくわかった。

「ヴィルフリート兄様の身が危険なのでしたら、お守りでも作りましょうか。せっかくですから、シャルロッテの分も」

 物理攻撃に対応できる物と魔力攻撃に対応できる物の二種類を作って渡しておけば少しは安心だろう。不意打ちにお守りが対応できれば、後は護衛騎士が対応できると思う。わたしは自分が身につけているたくさんのお守りの中で、どのタイプを作れば良いのか考えていると、シャルロッテが小さく笑った。

「祈念式に向かうのはわたくし達だけですけれど、一人だけお守りがなければメルヒオールが拗ねますよ、お姉様」

 シャルロッテの言葉にメルヒオールへ視線を向けると、メルヒオールが少し膨れっ面になって「拗ねていません」と言った。
 お留守番のメルヒオールにもお守りを作ることに決めたところで、養父様が軽く手を叩く。

「ローゼマイン、今日の午後アーレンスバッハのフェルディナンドから書簡が届いた。結婚祝いの品物と一緒に送ってほしい私的な荷物もあるようだ。館の鍵を握っている其方に書簡を届けてほしい、と書いてあった。館に残っている側仕え達に書簡を見せれば準備してくれるそうだ。後で文官を寄越してくれ」
「かしこまりました。フェルディナンド様はお元気そうですか?」

 領地対抗戦や卒業式の時に会ったばかりなので特に変化はないだろう、と思いながら尋ねた言葉に養父様は少し難しい顔になった。

「……元気は元気だろうが、何やら大変面倒なことになっているようだ。アーレンスバッハで祈念式を行うことになったらしい」
「はい?」

 どうして婚約者で、まだ正式にはエーレンフェストの者であるフェルディナンドがアーレンスバッハで祈念式をするのか、頭が理解できない。

「魔力不足のアーレンスバッハだが、まだフェルディナンドには礎の魔力供給をさせられぬそうだ。これは私の予想だが、アウブ・アーレンスバッハが亡くなって、次期アウブが礎の魔術を染め直し始めたのではないかと思う」

 礎に魔力供給ができないのだから神事を行え、と言われたそうだ。すでに書簡を読んだらしい養母様も頬に手を当てて、困った溜息を吐く。

「そして、祈念式にはレティーツィア様を同行することになったようなのです。なんでも、エーレンフェストでは洗礼式を終えた領主候補生が魔力供給をしているという話を聞いたディートリンデ様がレティーツィア様に練習ではなく、最初から魔力供給をさせようとしたようで……」
「……何だかエーレンフェストでの神事が変な感じに捩じれて伝わっているように思えますね」

 シャルロッテも心配そうな顔になった。皆が忙しくてメルヒオールが練習できなかったように、魔力の扱いに慣れていない子供が魔力を扱うのは難しく、大人の補佐が必須だ。貴族院で魔力の扱いを習ってからならばまだしも、限度がわからなかったり、大人に釣られて魔力が大量に引き出されたりする。

 エーレンフェストではそれを防ぐために魔石の魔力を流すところから練習する。それならば、魔石に込められた魔力の量を調節することで魔力が引き出されすぎて昏倒するような事態は防げる。魔力を扱うこと自体が慣れなければ大変な作業であるのは、今更言うようなことではない。

 ……何の練習もなく魔力供給をさせたら大変なことになるよ。

 フェルディナンドが不在になると、ディートリンデに何を強要されるかわからないためレティーツィアを同行させることにしたらしい。祈念式でフェルディナンドが魔力の扱いを教えるそうだ。

「……これはもしかして……フェルディナンド様の優しさ入りの回復薬がヴィルフリート兄様やシャルロッテには嫌がらせだと思われていたことを教えてあげた方がいいかもしれませんね」
「ローゼマイン、心配すべきところはそこではない! エーレンフェストの神事が他領にどのように伝わっているのかを心配しろ」

 親切のつもりでレティーツィアに嫌われたら可哀想だ、と思ったのだけれど、ヴィルフリートから鋭いツッコミを受けた。

 ……それはそうだけれど、普通は魔力供給がどれだけ負担なのか、自分の身を以て知ってるから、貴族院入学前の子供にそんな無茶をさせないと思うんだよね。

「勘違いしているディートリンデ様はともかく、ゲオルギーネ様が止めようとしなかったのでしたら、そちらの方が心配ですね。養父様、粛清の結果についてフェルディナンド様にお手紙を送ったのですか?」

 領地内の情報は養父様が許可した物しか他領に流してはならないと言われている。ギーベ・ゲルラッハに生存の可能性があることは伝えたのだろうか。マティアスからの情報では魔術具を管理している隠し部屋の一つがひどく荒れていたそうだ。魔術具は使いやすいようにきっちりと管理することを徹底していたギーベ・ゲルラッハにはあり得ない状態だったらしく、館に捜査の手が伸びる前に必要な魔術具を慌てて持ち出したのではないか、と言っていた。

 ……まぁ、自分の工房は足の踏み場もないらしいラウレンツにとっては、その程度の荒れ具合は生存の証拠と言えるほどのものじゃなかったみたいだけど。

 ギーベ・ゲルラッハしか入れない個人の隠し部屋にはマティアスも入れなかったようで、そちらは中を見ることができていないそうだ。ただ、おじい様が扉に挟まっている妙な布きれを見つけたらしい。力任せに引きちぎられた布きれは銀色の光沢を持っていて、何が妙なのか説明できないけれど、妙なのだそうだ。

「いくつかの情報は送った。姉上のところに身を寄せていないか、調べてみると書簡にあった」
「そうですか。それは良かったです。でも、よく検閲を乗り越えましたね」
「秘密の情報をやり取りするための方法はいくつかあるのだ。其方が書簡を見てもわかるまい」

 養父様は意味ありげにわたしを見ながらそう言った。どうやらフェルディナンドはわたしだけでなく、養父様とも秘密のやり取りができる手段を持っているらしい。



 夕食後、ハルトムートに書簡を取りに行ってもらっている間にわたしはフェルディナンドから以前に貰った手紙を持って隠し部屋に入った。フェルディナンドが神殿で検証した加護の儀式については光るインクで書かれているので、他の皆にも読めるように必要な部分を書き写さなければならない。
 手紙には神殿で検証していたので、神殿の工房から館に運び込まれた魔術具の中に自作の魔法陣があるようで、詳しい検証結果を送るならば使っても良いと書かれている。

「むーん、どうせ荷物も送らなくちゃいけないから、検証結果を手紙に書いて一緒に送ってあげるのは別にいいんだよ。でもね、館にある物は全部譲るって言ってたのに、条件付き許可って、ちょっとひどくない?」

 本当は譲る気なんて全くなさそうな文面が、ものすごくフェルディナンドらしくて思わず笑ってしまう。

「それにしても、あんなに大きい物を自作したなんて、神殿に入ってすぐの頃はよっぽど暇だったんだね」

 貴族院で使っていた魔法陣の大きさを考えると、研究用に作るには大きすぎると思う。マッドサイエンティストは苦にならなかったのだろうか。そんなことを考えながら隠し部屋を出ると、ハルトムートが書簡の写しを持って戻っていた。

「ありがとう、ハルトムート。明日は図書館へ行って探し物です。加護の儀式をするにはこれが必要だそうです。フェルディナンド様は試したことがあるそうよ」
「さすがフェルディナンド様ですね」

 ハルトムートから書簡の写しをもらい、代わりに書き写した手紙をハルトムートに渡す。

「フィリーネ、悪いけれどブリュンヒルデにオルドナンツを送ってちょうだい。商人達との会合の日時を伝えて同席するように言ってほしいの。グレッシェルに関する話をするから、いてもらった方が良いでしょう? 何人か文官を同行するように伝えてね」
「かしこまりました」
「オティーリエ、リーゼレータ、グレーティア。わたくしは明日図書館へ行った後から神殿に戻ります。しばらく神殿に籠ることになるので、準備をお願いします」

 こう言っておけば、衣装や小物の準備はもちろん、料理人達やロジーナに連絡をして、彼等が移動するための馬車の手配までしてくれる。

「それから、神殿長の儀式用の衣装をお直しに出すためにギルベルタ商会を神殿に呼ぶことになっています。夏の衣装を注文するために、その日は神殿に来てください」
「かしこまりました」

 側近達にいくつかの指示を出しながら、わたしは養父様の文官によって書き写されている書簡に目を通す。アーレンスバッハへ送ってほしい品物のリストがほとんどで、少しだけ近況が書かれている。それも養父様から聞いたことばかりだ。文官によって書き写された物なので、筆跡が懐かしいということもなく読み終わった。貴族らしい言葉で遠回しに書かれているが、ディートリンデが戻ってからとても大変であることはよくわかった。レティーツィアの教育も滞りがちになっているようだ。

 ……フェルディナンド様の厳しさに心が折れかけてたからレティーツィア様はホッとしてるかもしれないけど。……あ、でも、祈念式でずっと一緒だ。

 お菓子の追加も必要だろうけれど、優しさ入りの回復薬が子供には嫌がられることだけは絶対に教えておかなければとても可哀想なことになりそうだと思った。



 次の日、わたしは加護の儀式の準備のために側近達とわたしの図書館へ向かった。

 ……わたしの図書館。なんて良い響き。

 うきうきしながら騎獣で乗りつけたマイ図書館を見上げて、うふふん、と笑う。褒め言葉が入っているはずの魔術具が入った革袋も忘れずに持って来ている。今日こそお褒めの言葉を聞くのだ。

 わたしは玄関扉の前に立ち、鎖に通して胸元に下げてある館の鍵を取り出した。カチリと鍵穴に差し込むと、赤い魔力の線が扉を走っていく。そして、ギギッと音を立てながら自動で開いて行った。

「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」

 扉の向こうには荷物の運び込みやディートリンデの来訪の時に何度も顔を合わせたことがある館の側仕えが待っていてくれた。

「久し振りですね、ラザファム。オルドナンツで知らせた通り、フェルディナンド様の荷物の準備をお願いしても良いかしら? 城に送れば、結婚のお祝いの品々と一緒に送ってくれるそうです。わたくしは側近達と一緒に工房で探し物をしたり、隠し部屋を使ったり、図書室で読書をしたり、読書をしたり、読書をしたりしますから」

 フェルディナンドと同年代の下級貴族であるラザファムにはすでに図書室で本に張り付いて離れないわたしをフェルディナンドが摘まみ出す姿を見られている。今更取り繕う必要などない。

 ……というか、今、取り繕ったところでどうせすぐにボロが出るもん。

 ラザファムはわたしが渡した書簡の写しにさっと目を通し、「ローゼマイン様、図書室へ入る前に扉を開けてくださいませ」と言った。館の主であるわたしでなければ開けることができない扉がいくつかあり、そこにフェルディナンドの荷物が片付けられているらしい。

 わたしはラザファムに言われた扉を開けた後、ハルトムート達と一緒に工房へ向かった。工房の扉も開け閉めはわたしがしなければならないのだ。「図書室にいるから勝手に探して」というわけにはいかないのだ。セキュリティはすごいけれど、ちょっと不便である。

「この辺りの神殿から運び込まれた魔術具の中に、加護の儀式で使う魔法陣があるようです。詳細を書いた紙はハルトムートに渡しているので、皆で探してくださいね。わたくしは隠し部屋を作った後、図書室へ行きますから」
「ローゼマイン様、館の中ですが、一応護衛をお連れください。わたくし、ここではあまり役に立ちませんし」

 アンゲリカがそう言って護衛に立候補する。皆は大量にある魔術具に興味があるようなので、わたしはアンゲリカだけを連れて階段を上がって部屋に向かった。

「それにしても、どうして女性の部屋はいつも上の階にあるのでしょうね?」
「どこも同じようにしておかなければ間違うからではないでしょうか?」

 ……そういう意味じゃないんだけど、まぁ、いいか。

 アンゲリカといまいち噛み合わない会話をしながら、わたしはこの館の自室に入る。そして、物は良いけれど少し古びた家具が置かれたままの部屋を見回した。
 ここはフェルディナンドが洗礼前に連れて来られた時に一緒にエーレンフェストへやって来た女性が使っていた部屋だそうだ。フェルディナンドは彼女を母親のように慕っていたけれど、洗礼式の準備のために城へ連れて行かれた後、戻って来たら姿がなかったらしい。ヴェローニカに排除されたのではないか、と言っていた。

 わたしは家具に特に思い入れがないので、フェルディナンドにとって大事な家具を退けてまで買い替える予定はなく、このまま使わせてもらうことになっている。

 ……フェルディナンド様が母親のように慕っていた人ってどんな人だろうね?

「アンゲリカ、そこの椅子を取ってください」

 わたしは寝台の奥にある隠し部屋の扉の前に立ち、魔力登録をすると扉を開けた。まだ何も入っていない部屋に椅子を入れてもらう。アンゲリカを部屋に残して、隠し部屋の扉を閉めた。

 そして、椅子に座るとわたしは腰に下げていた革袋を取って、中から録音の魔術具を取り出す。魔力を流せばフェルディナンドの声が流れてきた。

「君に与えた図書館の隠し部屋で聴いているか?」
「もちろんですよ」

 わたしは魔術具に向かって胸を張って返事をする。少しの間があった後、フェルディナンドは懸念事項を喋り始めた。
 ゲオルギーネが離宮に移ったこと、冬になってすぐの時期にしばらく姿が見えなかったこと、側近が増えたという噂があること、ユストクスでも忍び込めないほどに下働きの動きにまで警戒がされていること。

「冬の間に何かあったことは間違いない。もしかしたら、粛清の残党がゲオルギーネのところへやって来たという可能性もある。ジルヴェスターに警戒を怠るな、と伝えてほしい。それから、ライゼガングを抑えるのに必要そうな情報が私の荷物を置いている部屋の書類入れの木箱にいくつか入っている。これから先は手助けできないから自力で抑えるのが重要だが、無理そうだと判断したら情報を流してやってほしい」

 ……養父様への注意事項ばっかりなんだけど、いつになったら褒め言葉が来るの?

 かなり重要な情報なのはわかるけれど、期待していた分ガッカリだ。少し肩を落としながら、わたしは続きを聴く。

「それから、君に対する注意だが……」

 ……注意だけじゃなくて、褒め言葉、プリーズ!

「今年は交易枠を広げられない、とジルヴェスターから聞いている。それを不満に思う領地が暴挙に出る可能性もあるし、エーレンフェストがどのようなところなのか知らなくて様子を探っていた商人達が慣れから妙な動きをし始める頃でもある」

 クラッセンブルクからカーリンが嫁入りしようとしてトラブルを起こした事例を述べ、同じようなことがこれからも起こる可能性が高いと言った。

「婚姻はまだ双方が納得すれば、それほど大きな問題にはならないだろうが、手荒な行動に出ないとも限らない。印刷業も髪飾りも、君が育てた数人の職人達が利益の大半を生んでいるのが現状だ。目を付けられる可能性は高い」

 グーテンベルクはキルンベルガへ移動しているけれど、髪飾り職人として一番の腕を持っているトゥーリは下町にいるし、ベンノやマルクも同じだ。

 ……手荒って、どうしたら……

 どのように皆を守れば良いのかわからない。始終付きまとっているわけにはいかないし、わたしがたくさん持っているようなお守りは魔力がたくさん必要になるので、下町の皆には持たせられないのだ。
 危険があることを知らせるくらいしかできないけれど、取引上でどのような危険があるのかは多分ベンノ達の方がよく知っているだろう。

「そのため、魔力のない平民にも持たせられるお守りの作り方を教えるので、君が守りたい者には持たせておきなさい」

 そう言ってフェルディナンドの声はお守りの作り方を述べ始めた。わたしは慌てて書字板を取り出すとメモを取っていく。自分の魔力で補充できる貴族向けとは少し違う作り方や素材が必要になるらしい。

「素材は図書館の工房にあるはずだ。……お守りの使い方を教えるため、魔力を補充するため、と理由を付ければ、彼等を神殿に招きやすくなるのではないか? それから、私が君に送った髪飾りのようにすれば、祝い事の贈り物にもしやすいと思う」

 トゥーリの成人は夏の終わりだ。もしかしたら、わたしから大っぴらに成人の贈り物をできるように、こんなに回りくどいことを言っているのだろうか。

「……わかりにくいですよ、相変わらず」

 沈黙してしまった魔術具に小さく文句を言って、わたしはむぅっと唇を尖らせた。

「これで褒め言葉が入っていたら完璧だったんですけどね」

 フェルディナンド様に褒め言葉を期待したわたしがバカだったようだ。魔術具を握って溜息を吐く。

「……君はよく頑張っていると思う」
「え!?」

 長い、長い沈黙の後で、また声がした。聞き間違いではないか、とわたしは魔術具を耳元に寄せる。

「大変結構」

 短い一言なのに、それだけで全部報われる気がした。
 嬉しくて、誇らしい気持ちになった。
 そう簡単に聞けない褒め言葉だからこそ、こんなに嬉しいのかもしれない。

 自然と緩む頬を押さえながら椅子から降りると、録音の魔術具を革袋に入れて、椅子に置いた。また褒め言葉が欲しくなったら聴きにくれば良い。

 ……褒め言葉を入れるってお願いをきいてくれたんだから、わたしも頑張らなきゃ。

 また褒め言葉を聞きに来られるように、褒め言葉に相応しいだけの努力はしなければならない。

「よーし! 元気出た。皆のお守り、作りまくるよ!」

 元気になったわたしは隠し扉を大きく開けて、笑顔で工房へ向かった。
祈念式や加護の再取得など儀式に関する話し合いをしました。
そして、念願の図書館へ。
念願の褒め言葉です。

次は、加護を得る儀式です。
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