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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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周囲の変化と春を寿ぐ宴

「ブリュンヒルデ、衣装や魔石の準備は大丈夫なのですか? 時間はほとんどないでしょう? 今からでも間に合いますか?」

 養父様達の出て行った扉を見つめながらわたしは尋ねた。貴族院から戻って来る学生達の中でも最初に戻って来たから、例年より春を寿ぐ宴まで日数があるけれど、それほどの猶予はないはずだ。

「急なお申し出に新しく衣装を誂えることは難しいですし、いつから準備していたのか、と邪推されることにもなりますから、衣装は今持っている物を華やかになるように少しお直しする程度が良いと思っています。魔石はローゼマイン様のおかげで良質の素材が手に入っているので何とかなるでしょう」

 本当はすぐにでも魔石を作り始めた方が良いけれど、養父様はギーベ・グレッシェルに話を持ち掛ける、と言った。ブリュンヒルデから申し出たのではなく、養父様が自主的に動いたように見せるため、ギーベ・グレッシェルに話を持ち掛けるまで、わたし達は知らない振りだ。実家から呼ばれて、突然の話に驚きながらブリュンヒルデは準備をすることになる。

「お父様から呼び出されたら、実家に戻ることになると思います」
「わかりました。北の離れから出られない上に、顧客がかなり処罰されているような殺伐とした城にプランタン商会を呼ぶことができるはずもないので、春を寿ぐ宴まではのんびりと過ごすことになっています。ブリュンヒルデは安心して準備をしてください」

 わたしの言葉に頷きながらオティーリエとリーゼレータがブリュンヒルデを安心させるように微笑んで、グレーティアが「わたくしも頑張ります」と決意表明したところで、リヒャルダが少し思いつめたような硬い表情で一歩前に出た。

「姫様、大変心苦しいのですが、折り入ってお願いがございます」
「リヒャルダ?」
「できることでしたら、ジルヴェスター様の下へ戻りたいと思うのです」

 リヒャルダは領主の養女になったわたしのサポートをするために養父様が付けてくれた筆頭側仕えである。貴族としての生活に不慣れなわたしを支えて、当初は少なかった側近達の教育もしてくれていた。

「今の姫様の側近はライゼガング系の側近が充実し、名捧げをしている旧ヴェローニカ派の側近も多く、人数は十分でございます。皆がよく仕え、とてもよくまとまっていると思います。ですから、御夫婦で側近を共有しなければならないほど困っているジルヴェスター様の下に戻りたいと思うのです」
「リヒャルダが養父様達を心配する気持ちはよくわかります。信用できる側近がいないのは、本当に困りますから」

 生活も執務も護衛も、全部側近に任せなければならないのが領主一族の生活である。自分でやりたいように生活をしたらダメなのは、勝手に動くわたしが側近達を困らせ、怒られていることでよくわかるだろう。つまり、信用できる側近がいなければ生活が立ち行かない。わたしも側近の半分以上がいなくなると、非常に困ると思う。

「それに、ブリュンヒルデが第二夫人となるのでしたら、フロレンツィア様との間に立てる者がいる方が良いと思われます。ブリュンヒルデも気心の知れている者がアウブ夫妻の側にいる方が安心できるでしょう」
「リヒャルダの心遣いはありがたいですし、わたくしは助かりますけれど、一度に二人も側仕えが抜けてしまうと、ローゼマイン様がお困りになりませんか?」

 ブリュンヒルデがわたしとリヒャルダを見比べながらそう言った。わたしは側仕え達を見回しながら、少しばかり考える。

「姫様はこれから神殿にお籠りなので、城の側仕えはオティーリエとリーゼレータで十分です。グレーティアはまだ城での教育が十分ではありませんが、優秀ですからすぐに覚えるでしょう。貴族院ではブリュンヒルデが側に付いてくれますし、ベルティルデも側近入りする予定ですから、アウブ夫妻ほど困ることがないと思われます」
「リヒャルダの言う通り、わたくしの側近はライゼガング系の貴族が多いですし、名捧げをしてくれた旧ヴェローニカ派の子供達もいるので困ることはなさそうですね」

 ヴィルフリートは初期の側仕えを完全に入れ替えたわけではないので、旧ヴェローニカ派が残っていたはずだけれど、彼等がどうなったのか、わたしは詳しく知らない。メルヒオールは本当ならばこの冬の子供部屋で一緒に貴族院で過ごす側近を選ぶはずだったが、隔離されていた。親が選んだ成人済みの側近と貴族院に入った時に高学年として指導できる年頃の側近が三人いるだけだ。

 そう考えると、領主一族の中で一番安定した側近達を抱えているのがわたしとシャルロッテではないだろうか。城で過ごすことが多くて養母様の補佐をすることが決まっているシャルロッテの側近を異動させるよりは、リヒャルダを返す方がどの方向にも負担が少ないと思う。

「では、エルヴィーラ様ともよくお話をして、冬までにベルティルデを教育しなければなりませんね」

 ブリュンヒルデは納得の顔で頷きながら、これから先の予定を立てるように考え込み始めた。わたしはブリュンヒルデからリヒャルダに視線を移す。

「城でも貴族院でもずっと付いていてくれたから、リヒャルダがいなくなるのはとても寂しいですけれど、今は養父様の方が大変ですもの。力になってあげてくださいませ」
「恐れ入ります、姫様」

 わたしは筆頭側仕えをオティーリエに変更することを告げると、養父様に「リヒャルダを返すので側近として使ってあげてください」とオルドナンツを飛ばした。「これ以上、其方の側近を奪うようなことができるか!」と返事が来たけれど、リヒャルダの背中を押して、送り出す。

「リヒャルダの主として、最後の命令です。養父様のお尻を叩いて、全力で執務をするようにリヒャルダが見張ってくださいませ。それから、ブリュンヒルデが第二夫人となることで妊娠中の養母様が不安定にならないように、そして、ブリュンヒルデが快く受け入れてもらえるように、本館の調整をお願いします」
「確かに承りました、姫様。……皆、姫様を任せます」
「お任せくださいませ」

 無理にでも送り出せば、養父様は受け入れてくれるだろう。信用できる側近は喉から手が出るほどに必要としているはずだ。リヒャルダが出て行ってから少したつと、リヒャルダに丸め込まれたらしい養父様から礼を述べるオルドナンツが届いた。



 リヒャルダに発破を掛けられたのか、おじい様がゲルラッハに向かって出発したことで監視がいなくなってやりやすくなったのか、リヒャルダが移動したことでライゼガングとの話がしやすくなったのかわからないけれど、養父様はすぐにギーベ・グレッシェルやライゼガング系の貴族に働きかけ始めたようだ。
 次の日の夕方にはブリュンヒルデが実家から呼び出しを受けたり、コルネリウス兄様やランプレヒト兄様が事情聴取のためにお母様に呼び出されたり、わたしの周囲はにわかに慌ただしくなった。

 周囲が慌ただしくても、北の離れから出られないわたしには少し時間に余裕ができたくらいだ。そこで、ダンケルフェルガーのハンネローレから借りた本を読み始めた。聖典には載っていない神話の零れ話が詰まった本で、かなり楽しい。聖典に載っているのは神々が活躍した部分のお話がほとんどだけれど、この本に載っているのは人間関係ならぬ、神様関係に関する話が多い。

 水の女神 フリュートレーネが命の神 エーヴィリーベを打ち倒すために水浴をして、眷属達に力を分け与える話はグリム計画の中で集まった話の中にあったので、かなり興味深かった。その癒しの力はライデンシャフトやシュツェーリアにも与えられるそうだ。

 フリュートレーネの水浴びを覗いたライデンシャフトの眷属がいたことから、殿方には絶対に入れない結界が張られるようになったとか、女神の水浴場にあるズィーロレという魔木がフリュートレーネの水浴びによって枝を伸ばし、白い花の花びらが緑の滴となって落ちるという話だった。その滴は強い癒しの力があるそうで、フリュートレーネの夜に採集したライレーネの蜜を思い出した。

 ……そういえば、フェルディナンド様達は入れなかったって言ってたっけ? 泉の様子は見えたみたいだから、結界はいまいち効果ないんじゃない?

 そんな感想はともかく、ダンケルフェルガーにも女神の水浴場があるのだろう。
 わたしがこれまでに集めた各地に伝わっているお話の中に類似点を見つけながら本を読んでいる中に、マティアス達から「ボニファティウス様の冴えわたる勘で調査が進んでいます。ご安心ください」というオルドナンツが飛んできた。「おじい様はすごいのですね。早く終わるように、皆も協力をお願いします」と軽い気持ちで返事を送った。

 そうしたら、何故かおじい様の活躍についての報告オルドナンツが度々飛んでくるようになってしまった。「ボニファティウス様に褒め言葉を送ってほしい」という空気がひしひしと伝わって来る感じのオルドナンツだ。マティアス達の仕事がオルドナンツの報告ならば、主として協力しなければならないと思って、頑張って返事をした。

 ……でも、一日に何度も飛んで来たら読書の邪魔だよ、おじい様。

 そんなおじい様の活躍情報はハルトムートを通じてアウブにも伝えている。似たような情報が騎士団から直接飛んでいるはずだけれど、細かいところが違うこともある……という建て前でライゼガングの情報や北の離れの現状を報告してもらっているのだ。

 そういう様々な情報を流すことを条件に、記憶を覗いて問題のなかった青色神官は神殿に返してもらえるようにお願いしておいた。特にかなり神殿の仕事に精通し始めたフリタークは返してほしいと切実に思っている。

 ブリュンヒルデが実家に戻って二日後、「重要な知らせがあるので、本日の夕食は本館で摂るように」という連絡が入った。間違いなくブリュンヒルデとの婚約についてだろう。わたしは支度を整えると、食堂へ向かう。
 リヒャルダが養父様の後ろに控えた状態で、忙しなく働き、給仕をしているのが何となく不思議な感じだ。

「ギーベ・グレッシェルの娘、ブリュンヒルデを第二夫人に迎えることにした。すでにギーベからは色よい返事を得たし、ライゼガング系の貴族にも賛同を得つつある」

 夕食を終えると、養父様がライゼガングから第二夫人を迎える決意をしたことを述べ、春を寿ぐ宴で公表すると宣言した。これはアウブとしての判断であること、養父様からライゼガングやグレッシェルに向けて働きかけることの重要性を述べ、ライゼガングに歩み寄っていくことを主張する。

「ブリュンヒルデというと、ローゼマインの側仕え見習いではなかったか?」

 ヴィルフリートが眉根を寄せてわたしを見る。わたしはコクリと頷いて肯定した。

「至急戻るように、とお父様であるギーベからお言葉があったようで、急いで帰ったのですけれど、そのようなお話があったのですね。先にご相談くださったら、口添えできたのですけれど……」

 わたしは何もしていませんよ、という主張をしながら、養父様へ視線を向ける。養父様は仕方がなさそうに肩を竦めた。

「其方の助力を得れば簡単であったかもしれぬが、ライゼガングにこちらから歩み寄る姿勢を見せることが大事だったのだ。年回りの良いライゼガング系の娘の数が少なく、ローゼマインの側仕えを取り上げる形になったことはすまなく思っている」

 すでに成人している娘では養母様の妊娠に差し支えるという理由もあるが、レオノーレのように婚約済みがほとんどだ。アウブの第二夫人にするために婚約解消をさせるわけにもいかない。色々な意味でブリュンヒルデは最適なのである。

「ブリュンヒルデがこちらの申し出を受け入れてくれて嬉しく思っています。粛清の後で荒れている今、影響力の強い他領の方を入れるのも難しいですもの。それに、わたくしが出産するまでの間、ローゼマインに代わってエーレンフェストの女性貴族との社交を手伝ってくださるそうです。シャルロッテとは貴族院で協力し合っていたので、同じように協力し合いたいと言ってくれましたよ」

 養母様の反応が一番気になっていたけれど、にこやかにブリュンヒルデを歓迎してくれたことに安堵する。養母様の穏やかな表情に胸を撫で下ろしていると、シャルロッテも安心したように微笑んだ。

「ブリュンヒルデならば未成年ですから、実際の星結びは少し先ですものね。ギーベ・グレッシェルの娘ですから、アウブ・エーレンフェストにとってはとても良いお相手だと存じます。おめでとうございます、お父様」

 メルヒオールはシャルロッテにつられたようで、よくわかっていなさそうな顔のまま「おめでとうございます」と述べる。ヴィルフリートだけは複雑そうな顔で皆を見ていたけれど、特に発言をせずに夕食は終わった。



 そして、春を寿ぐ宴は始まる。養父様から「なるべくギリギリに会場入りするように」と言われていたわたし達は大広間に最も近い部屋でしばらく待機だ。

「五日ほどのことなのに、ずいぶんと久し振りに会った気がしますね。おかえりなさい、マティアス、ラウレンツ、ミュリエラ。大変だったでしょう? 明日はお休みにするので、今日の宴は頑張ってくださいね」
「恐れ入ります」

 この宴は基本的に全ての貴族が揃う場になるため、調査に向かっていた騎士団が戻って来るのを待って行われた。
 ゲオルギーネに名捧げをしていたギーベ達の館を短期間で調査したのだから、大変だったと思う。わたしにはおじい様の活躍以外、あまり詳しい報告はなかったけれど、収穫はあったようだ。

 七の鐘が鳴った後に騎獣の強行軍で戻ってきて、ほとんど休息できないままに春を寿ぐ宴に出席しなければならなかったミュリエラは疲れの隠しきれていない顔をしていたけれど、マティアスとラウレンツは元気そうだった。ただ、マティアスの表情は厳しいものだったけれど。

「アウブに詳しい話が伝わっているならば、わたくしへの報告は後日でも良いですから、少し肩の力を抜きなさい、マティアス。怖い顔になっていますよ」

 マティアスの表情からギーベ・ゲルラッハが生きているのは確実なようだ。それだけがわかっていれば、後の報告はゆっくりでも良い。少なくとも、こんな宴の直前に聴かなければならないことではない。

 様子を見ていたオティーリエの先導で、大広間へ移動した。旧ヴェローニカ派の粛清を終え、ブリュンヒルデが第二夫人になる情報が出回っているのだろうライゼガング達は非常に嬉しそうなにこやかな顔をしているのがわかる。

 その中心にいるのは、紅の髪をよく引き立てる春の衣装をまとったブリュンヒルデだ。背筋を伸ばし、凛とした表情でおじいさん世代の貴族達とにこやかに話をしている。隣にはブリュンヒルデの補佐をするようにお母様の姿とベルティルデが真剣にブリュンヒルデの様子を見つめている姿があった。

 ……ライゼガング系の貴族はブリュンヒルデに任せておいて大丈夫そう。でも、あの辺りを引き上げなくちゃダメなんだよね。

 喜色に溢れているライゼガングとは反対に、沈痛な表情をした者やあまり話には加わりたくないというように端の方へ寄ってしまっている貴族達も多い。彼等はおそらく軽処分を受けた者なのだろう。

「粛清で処刑された人数が少ないせいでしょうか、それとも、罰を終えて復帰している貴族が多いせいでしょうか。わたくしが想像していたよりは貴族の数が減っていないような印象ですけれど」
「其方は自分の周囲にそれほど変化がないからそう思うのだ。連座の処刑を免れても、完全に処分を受けなかったわけではない。私の側近も連座で数人が遠ざけられている。本人には罪がないにもかかわらず、ずっと共に歩んできた者が遠ざけられるのは堪えるぞ」

 そう言いながらヴィルフリートが少し視線を動かした先には、ヴィルフリートの筆頭側仕えのオズヴァルトの姿が見えた。貴族院から戻って二日後には「ライゼガング系の貴族に付け入る隙を作り、ヴィルフリート様にご迷惑をかけるわけにはまいりません」と自ら辞任したそうだ。

 ……養父様だけじゃなくて、ヴィルフリート兄様の側近も欠けたんだ。

「ライゼガング系の貴族と足並みを揃えつつ、旧ヴェローニカ派の優秀な者を取り立てていくことで、なるべく早く彼等を側近に戻せれば良いですね」

 城の中でどのような人事を行うのか、どのような方向に貴族達を向かわせるのか、考えて実行するのは養父様とヴィルフリートだ。自分の側近を取り戻すためにも頑張ってほしいものである。

「……まるで他人事のような言い方だな」
「次期アウブではないのだからあまり表に出ずにヴィルフリート兄様に任せた方が良い、と言われましたし、女性の社交はシャルロッテとブリュンヒルデに任せましたから、わたくしは関与しないつもりなのです」

 硬い表情のヴィルフリートにエスコートされて最前列へ移動していると、すぐ後ろから領主夫妻も入ってきたようだ。貴族達から挨拶を受けることなく、春の宴は始まる。

「水の女神 フリュートレーネの清らかなる流れに、命の神 エーヴィリーベは押し流され、土の女神 ゲドゥルリーヒは救い出された。雪解けに祝福を!」

 養父様の宣言と共に宴は始まり、例年通りに貴族院の成績発表が行われる。最優秀はわたしだけだったけれど、優秀者はたくさんいた。領主候補生が全員前に出て、それぞれの側近達が何人も壇上に上がる。そして、例年通りにお褒めの言葉と記念品を受け取った。

「これからのエーレンフェストを担う者に優秀な者が多いのは、実に喜ばしいことである。皆が切磋琢磨して、この成績を維持するように」

 養父様は大広間に集まる貴族達に向かって、わたし達三年生が驚くほどの神々から御加護を得たこと、そこから始まったダンケルフェルガーとの共同研究の内容、貴族院で行われた奉納式に王族が参加したこと、加護の儀式を再び行った卒業生の何人かが新しく加護を得ることに成功したことなどを述べていく。これらは領地対抗戦にやって来た父兄は知っていても、それ以外の貴族はあまり知らない内容だ。

「そういうことで、少しでも多くの神々から御加護を得るため、神事が見直される流れが中央から始まりつつあること。領主候補生が神事に参加しているエーレンフェストがその最先端にいるのだ。故に、成人と同時に神殿長の職を退くことになるローゼマインの後任として、メルヒオールを次期神殿長としての青色神官見習いに任じ、三年の引継ぎ期間を設ける」

 神事に王族が参加したことと神事が見直されようとしているというところでは驚きの声が上がったけれど、わたしだけではなく、他の領主候補生も神官見習いとして神殿に入れるというアウブの判断はライゼガングにすんなりと受け入れられた。

「ローゼマイン姉上、いつ神殿に向かうのですか?」
「子供部屋の子供達に話をしてから、一緒に向かうつもりです。一度神殿の部屋を見て、広さや必要な物を確認したり、神殿で仕えてくれる側仕えを選んだりしなければなりませんから」

 それからは人事の話になった。粛清によって空位となったギーベのところには、ライゼガング系の貴族を仮のギーベとして派遣すること。三年間の働きを見た上で、正式にギーベとして任命することを宣言した。これらも喜びの声と共に受け入れられる。

「また、旧ヴェローニカ体制で罪を犯した者の摘発も一気に行われたわけであるが、無実だが慣例に従って自ら辞任したような者や軽微な罪ですでに罰を終えている者はその能力によってなるべく取り立てていく予定だ。処分を受けたということに腐らず、努力してほしい」

 少しだけホッとしたような雰囲気が大広間に広がったのがわかる。その空気を引き締めるように、粛清の話になった。他領の第一夫人に名捧げをしている危険な貴族を排除したけれど、他領に逃れた者もいるようで、まだ完全には脅威が去っていないことが述べられる。

「脅威に対抗するためにライゼガング系の貴族を空位となったギーベに就けるのだ。不審なことや異変に気付いた場合はすぐに騎士団に連絡してほしい」

 責任問題になるぞ、と遠回しに言うことで、ライゼガング系貴族の表情も引き締まった。旧ヴェローニカ派を退けたことで浮かれている場合ではない、と少しは伝わったようだ。
 養父様はグレッシェルのエントヴィッケルンをアウブ主導で秋に行う発表をし、周囲のギーベに協力を頼んだ。

「具体的な話はグレッシェル周辺のギーベを集めて行う。他領の商人達に侮られぬようにしたいと思っているので、協力を頼む」

 ここで「上位領地の貴族に侮られぬように」と言えば、大人達は低位領地の心情のままに「侮られても当然」となるが、「他領の平民」と言われれば「平民に侮られるわけにはいかない」と奮起するらしい。少しの言い回しで全く違うのですよ、とブリュンヒルデが言っていた。

「……このように、私はライゼガング系の貴族達と手を取り合い、協力し合いながらエーレンフェストを治めていきたいと思う。そして、他領とのやり取りに慣れた若手を積極的に城で登用していきたいと考えている。その証として、ローゼマインの側仕え見習いとして王族や上位領地とのやり取りに最も貢献してきたギーベ・グレッシェルの娘を第二夫人として迎え入れることを決めた」

 アウブの声にライゼガング系の貴族からは歓迎の声と拍手が上がる。驚きに目を見張っている貴族もいるけれど、第二夫人を娶るべきだという声は根強かったので、アウブの判断を非難する声はなかった。

「ブリュンヒルデ、壇上へ」

 養父様に促されたブリュンヒルデが一度わたしに視線を向けた後、自分の側仕えと共に壇上へ上がる。心持ち普段よりも顎を上げて毅然とした表情で階段を上がっていく。側仕えの女性が小さい箱を持っているので、魔石はきちんと準備できたようだ。

 ブリュンヒルデがその場にゆっくりと跪くと、側仕えも同じように跪いて首を垂れる。養父様の魔石を持って控えていたのはリヒャルダだった。ブリュンヒルデの準備が整ったことを確認したリヒャルダがそっと丁寧に箱を開けて養父様に差し出す。その小箱から魔石を取り出すと、養父様はブリュンヒルデに向かって差し出した。

「導きの神 エアヴァクレーレンによって選ばれたギーベ・グレッシェルの娘、ブリュンヒルデよ。この荒れたエーレンフェストを癒し、支える役目を担う水の女神 フリュートレーネとなってくれるだろうか?」

 養父様の口から出たのは、ブリュンヒルデに光の女神を支え、土の女神を癒す水の女神であってほしいという言葉だった。第一夫人と違って第二夫人が公の場で光の女神に例えられることはないらしい。オティーリエによると、もっとマイナーな眷属に例えられることが多いそうなので、フリュートレーネに例えられるということは、ずいぶんとブリュンヒルデを高く評価しているということになるらしい。

「謹んでお受けいたします」

 ブリュンヒルデは養父様の差し出した魔石を受け取り、代わりに自分の魔石を差し出した。

「導きの神 エアヴァクレーレンによって、わたくしはここにあります。水の女神 フリュートレーネであることを望まれるのであれば、わたくしはエーレンフェストにとって水の女神になりましょう。全てはエアヴァクレーレンのお導きです」

 ニコリと微笑むブリュンヒルデの魔石を受け取り、養父様は手を差し伸べる。ブリュンヒルデがその手を取って立ち上がった。

「ここに婚約は成立した」

 壇上に並ぶ二人に祝福の拍手が起こり、シュタープが光る。わたしも皆と同じようにシュタープを光らせる。

 ……どうかブリュンヒルデに幸せが訪れますように。

「あ!」

 ちょっと多めに祝福の光が飛んで行った。

「ローゼマイン」
「大丈夫です、ヴィルフリート兄様。それほど目立つ量ではございません」
「目立っていないわけがなかろう」

 急いでシュタープを片付けて素知らぬ顔をしてみたけれど、周囲の貴族達の視線がこちらを向いたことを考えると、ヴィルフリートの意見の方が正しかったようだ。
 シュタープの制御が難しくなっているせいだ、と心の中で言い訳していると、フィリーネがわたしを慰めるように「大丈夫ですよ」と言ってニコリと笑った。

「ブリュンヒルデの慶事ですからローゼマイン様が祝福を贈るのは予測できたことです。これくらいならば許容範囲内ですよ」
「そうです。貴族院と違って光の柱が立つわけでもございません。これくらいならばどうということもないですよ。皆、すぐに忘れます」

 ユーディットも一緒に慰めてくれたけれど、あまり慰めになっていない気がする。二人の許容範囲や常識の範囲がちょっとおかしい。

「せっかくですから、大広間全体を包むような祝福でも良かったと思います。私の星結びの時は盛大に祝福してくださると、クラリッサ共々喜びます」

 ……ハルトムートとクラリッサの星結びが怖いよ!
リヒャルダが養父様の元へ戻りました。これで少しは安心できます。
そして、春を寿ぐ宴は無事に終わり、ブリュンヒルデの婚約は正式に整いました。

次は、メルヒオールや子供達と神殿へ向かいます。
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