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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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ライゼガングの総意

 自室に戻ると、わたしは領主一族の会議には出席せずに部屋で待機してくれていたライゼガング系の側近達も呼んで、話を聞く体勢になる。そして、リヒャルダ、オティーリエ、アンゲリカ、ハルトムート、コルネリウス兄様、レオノーレ、ブリュンヒルデをゆっくりと見回した。留守番をしてくれていた側近達にも、領主一族の会議の内容を告げて尋ねる。

「アウブのお言葉はライゼガングの総意で間違いないのですか?」

 会議の内容に顔色を変えたのは貴族院に行っていて、社交には関わっていないレオノーレとブリュンヒルデだった。

「わたくしはそのような意思の確認をされたことがございませんから、ライゼガングの総意とは口にしないでいただきたいと存じます」

 レオノーレは不快感を表し、はっきりとした口調でそう言ったけれど、ブリュンヒルデは顔色を曇らせて困ったように言葉を探す。

「レオノーレの言う通り、わたくしも同意していませんから、総意とは言えないと思います。けれど、大人達が順位の上昇に付いて来られず、世代間での考え方や意識の違いが大きくなっているという声を聴いたことはございます。順位が上昇し始めるより前の世代の総意と言われれば、全てが嘘であるとも言えないのではないでしょうか」

 そして、ヴィルフリートよりもわたしの方が次期アウブに相応しいという声はライゼガング系の貴族の中ではずっと消えずに残っているそうだ。虚弱な体や神殿に出入りしている部分が不安視されていたけれど、少しずつ丈夫になってきていることや貴族院の共同研究で神殿や神事の重要性が認識され始めたことで、その声が大きくなっているのは間違いないという。

「そうですか。リヒャルダは前もって知っていたのかしら?」

 会議に同行していたリヒャルダを見上げれば、リヒャルダはうっすらとした笑顔のままで震える拳をグッと握りしめた。

「わたくしが前もって存じていれば、あの場でジルヴェスター様を叱り飛ばしたい衝動に駆られることはなかったでしょう。ライゼガングの総意だから何だと言うのです? アウブ・エーレンフェストがギーベのオルドナンツのような真似をなさるなんて、何とも情けない気持ちになりましたよ」

 決してでしゃばらないように、理性を総動員していたらしいリヒャルダのお仕事意識には感心するけれど、握りしめられたままの震える拳が怖い。

 ……でも、やっぱり貴族院に行っていた面々は知らなかったんだ。

 わたしはゆっくりと視線を移していく。視線が合った途端に頬に手を当てて微笑んだアンゲリカがいつも通りにアンゲリカすぎるのでスルーして、コルネリウス兄様に視線を止めた。

「コルネリウス兄様はご存じでした?」
「詳しくは知りませんが、ランプレヒト兄上から少しだけ流れてきた情報はございます。主要なヴェローニカ派を排除した今、ヴェローニカ様に育てられたヴィルフリート様とその側近に最もヴェローニカ派が残っています。そのため、次期アウブとして推してほしいならば……と、ライゼガング系の貴族から何やら課題のような物を出されたそうです」

 わたしを始めとした他者に内容を漏らさず、頼らず、次期アウブとして見事にやり遂げろ、と言われたヴィルフリートは秘密の指令に張り切っているらしい。

「決してライゼガングに知られぬように、それとなく手助けしてほしい、というようなことを兄上に言われています。会議の様子を見た結果、ライゼガングから次期アウブとして認められたいと望むヴィルフリート様がどのように対処するのか、私も現在は成り行きを見守りたいと思いました。何をどうしてほしいのか、全く情報を出さない相手にできる有益な援助などありませんし、ローゼマイン様が祈念式の舞台の情報を流したことで十分な援護になったはずですから」

 コルネリウス兄様はニコリと笑ってそう言ったけれど、目が笑っていない。これ以上の援助など全く必要がない、と思っているようだ。

「ずっと城にいたオティーリエは何か聞いていることはありませんか?」
「わたくしは、むしろ、ライゼガング系の貴族から様々な質問をされました。ローゼマイン様のお好みになるもの、どういった時に感情を乱されるのか、何を大事にしているのか、何を守り、何を切り捨ててきたのかなど、本当に細々としたことです。身近な者との繋がりを大事にする一方で、能力主義なところがある方だと申し上げました」

 それなのに、どうしてライゼガングの総意として順位を下げることを述べたり、アウブやヴィルフリート様との間に亀裂の入るようなことを吹き込んだりしているのかわからない、と言いながらオティーリエは首を傾げる。

「ただ、エルヴィーラ様も周囲から色々と言われて、ずいぶんとお困りになり、対応に苦慮していらっしゃいました」

 お母様と仲の良いオティーリエは、フロレンツィア派でもある。そのお茶会で言われていることがあるらしい。

「フロレンツィア様のご懐妊はまだほとんどの貴族に知られていません。だからこそ、領地内が荒れている今、フロレンツィア様とローゼマイン様のお二人で社交をしてほしいという声が女性の間ではとても大きいのでございます。エーレンフェストの第一夫人を目指すならば、女性の社交をもっと重視してほしいそうです」
「それは……」

 さすがに時間がない、とわたしが言うより先に、オティーリエが「わたくしやエルヴィーラ様は承知しています」と頷いた。

「フェルディナンド様がいらっしゃらないことで忙しく、神殿業務や印刷業に関わるお仕事があるローゼマイン様に社交の余裕はない、とエルヴィーラ様はおっしゃいましたけれど、殿方のお仕事を取るのではなく、女性のお仕事に力を注いだ方が良いという意見はとても根強いようです」

 女性の社交を放り出して、印刷業や神殿業務に注力し、貴族院や神殿で功績を建てまくって、ヴィルフリートよりもよほど目立っているわたしは次期アウブを目指しているように見えるらしい。少なくとも第一夫人としてヴィルフリートを立てていこうという心は全く見当たらないそうだ。


 ……うーん、反論の余地がないね。

 印刷業や他領の商人との取引について考えたり、グーテンベルク達を移動させたり、貴族院で成績向上委員会として頑張ろうと奮起したりしている時に、ヴィルフリートを立てようとか、第一夫人としてはこれ以上でしゃばらないようにしようなんて考えたことがない。利益や効率しか頭になかった気がする。

 ルッツもベンノもフェルディナンドも養父様も、「この功績をヴィルフリートに譲れ」とか「今は男を立てる時だ。すぐに婚約者を呼んで来い」なんて話し合いの途中で教えてくれなかった。今更「第一夫人になるなら、でしゃばるな」とか「荒れた領地を立て直すのは男に任せて、神殿や下町より社交するのが第一夫人の務め」なんて言われても、手を引くタイミングがわからない。

 ……つまり、わたしがヴィルフリート兄様の第一夫人には向かないってことじゃない? いや、元々恋愛とか結婚の適性は低かったから、ヴィルフリート兄様だけじゃなくて、誰の第一夫人にも向かないってことかもしれないけど。

「フェルディナンド様がいらっしゃらなければエーレンフェストは立ち行かない、とエルヴィーラ様はよくおっしゃっていました。それが現実になったのだと思います。今はアウブの意思決定に明確な根拠や理由を与えたり、ローゼマイン様の環境を整えて社交に力を入れられる状況を作ったり、それぞれの意思を確認して動きやすいように場を整えてくれたりしていた方がいないのです」

 それぞれがバラバラに動いていても調整してくれていたフェルディナンドがいなくなったことで、噛み合わなくなっているようにオティーリエには見えるそうだ。

「これまでならば、アウブとローゼマイン様が意思を確認し合う場が設けられたでしょう? それがなかったのは……」
「残念ながら、母上。その点についてフェルディナンド様は関係ありません。今回はライゼガングの意向が理由なのです」

 途中から口を出してきたハルトムートの方を向いた。目が合うと橙の瞳がニコリと笑う。胡散臭いほどの爽やか笑顔を見ながら、わたしは少し目を細めた。

「ハルトムートは今回の会議でアウブが何を言うのか知っていたのでしょう? もしくは、言わされていることを知っていたというのが正しいかしら?」
「何故そのように思われますか?」

 嬉しそうな目が「正解」と言っているのに等しい輝きを見せている。

「目が違いますもの。……ハルトムートは相手が王族であろうとも、上位領地であろうとも、青色神官であろうとも、わたくしを軽んじた発言をした時はとても怖い目をしているのです」

 表情だけは一見爽やかに見える笑顔なので、尚更怖いのだ。でも、会議室から出てきた時も、今も、リヒャルダが震える拳を握っている時に普通の顔だった。そんなわたしの指摘にハルトムートは一度相好を崩した後、すっと真面目な顔になって、わたしの前に跪く。

「私の敬愛するローゼマイン様。あのように酷いことをおっしゃるアウブとそれに追随するヴィルフリート様に軽んじられたままでいらっしゃる必要はございません。貴族院をまとめ上げたように、この揺れるエーレンフェストをまとめ上げることを望み、ライゼガングに命じてください。これまで大事に守ってきた学生達も、ローゼマイン様が立ち上がるのを待っているでしょう」

 口調が淡々としている上に、妙に芝居がかった仕草だ。本気で思っているわけではないことがわかる。

「……会議が終わったら、そのようにわたくしを煽れ、とライゼガングに言われたのですか?」
「その通りです。ライゼガング系貴族の望みはヴェローニカ様の影響を消し去り、ヴェローニカ様の血を引かないローゼマイン様を次期アウブにすることなのです。アウブが自分の支持母体を切り捨てた今が絶好の機会だと考えられています」

 貴族院からの情報を元に、アウブは粛清を前倒しで強行した。アウブを支持していた者の半分以上が旧ヴェローニカ派だ。側近でありながら、処罰された者が何人もいる。自分の足元を切り崩す勢いで膿を全て出そうとしたのだ、とハルトムートは語る。

 ゲオルギーネに名捧げをしていた者は処刑され、ヴェローニカに名捧げしていた者や便宜を図るための罪を犯していた者は次々と罰が与えられる。旧ヴェローニカ派が一掃された。
 残っているヴェローニカに連なるのは、アウブとその子供達だ。これまで虐げられてきたライゼガング系貴族が彼等を支持するのか、とライゼガング系の貴族の中でも過激な者達が声を上げたそうだ。

「領主候補生全員がヴェローニカ様の血を引いていれば、ライゼガングも諦めたでしょう。けれど、次期アウブとなれる領主候補生の中にはローゼマイン様がいらっしゃいます」

 ボニファティウスから領主の血を引いた、カルステッドとエルヴィーラの娘で、三年連続の最優秀を取り、上位領地との繫がりが多く、王族との交流もある。エーレンフェストに新事業をもたらし、新たな流行を生み出す聖女と名高いローゼマインこそアウブに相応しい。

 わたしにはアウブとなる意思がないことをライゼガング系の上層部は把握していたが、曾祖父様の遺言に加えて、今回はおじい様の後押しがあったそうだ。

「領主候補生の中で一番優秀なのはローゼマインではないか。それなのに、何故ローゼマインが神殿に押し込められるのか。もちろん、神殿業務は誰かがやらねばならない仕事ではあろう。だが、領主候補生の仕事だというならば、ローゼマインに比べて汚点の残るヴィルフリートでも、シャルロッテでも良いはずだ」

 そう言って、おじい様はわたしを神殿から救い出そうとしているらしい。領主候補生に相応しい仕事は他にある。貴族院や中央で悪し様に言われるような仕事をする必要はないだろう。次期アウブだからヴィルフリートを神殿長の職に就けないのならば、わたしを次期アウブに据えれば良い。最も支持派閥が大きく、能力もあるのだから、と。

「そういうわけで、ローゼマイン様を神殿から救い出すために次期アウブにしたいボニファティウス派。完全にヴェローニカ様の血を排除したい過激派。できることならばライゼガングからアウブを出したいライゼガングの主流派。本人がアウブを望むならば協力はする消極的賛成派。最も魔力の強い者がアウブになるはずなので正統な選択をせよ、という競争要求派。このようにライゼガングの貴族は一枚岩ではございませんが、総意とするならば、ローゼマイン様を次期アウブに、ということになります」

 自分達の血筋から出たアウブのためならば順位を上げる努力もするが、ヴェローニカの血筋のために努力するのは嫌だという貴族もいるらしい。

「何ともバラバラな総意ですね。少し突けば霧散しそうではありませんか」
「それほど結束が弱く見えても、外からではわかりません。そして、粛清で自分の支持派閥を切った今、アウブ・エーレンフェストとヴィルフリート様には自分を支えてくれる貴族がほとんどいないのです。ライゼガングの総意と言われれば、必要以上に大きな意見に見えていると思われます」

 今の養父様やヴィルフリートを推す者は本当に少なく、自分の側近に加えて、わたしがアウブになってこのままの勢いが続くのは勘弁してほしい者、これまで通りのエーレンフェストで何の問題もないので変化を嫌う者、そして、下からの突き上げがひどくて参っている者、旧ヴェローニカ派で連座を免れた者が消去法で、次期アウブにヴィルフリートを推している状態なのだそうだ。

「ライゼガングの貴族達は悩んでいましたよ。アウブになる気はない、と言っているローゼマイン様をアウブに担ぎ上げるにはどうすれば良いのか。最終的にできあがったのは、アウブとローゼマイン様の間に亀裂を入れて対立させ、孤立させる。アウブに対して失望させて、自分の派閥を守るためにローゼマイン様が立ち上がるという筋書きで、それぞれに根回しをしていました」

 おじい様には神殿に押し込められているわたしを救うのに協力してほしい、と申し出たらしい。神殿から出せれば、それで良い。わたしの方がアウブに相応しいと思うが、第一夫人でも問題はない。ただし、それに相応しい教育を施し、執務をさせるべきだ。フロレンツィア様が第一夫人としての執務を教えていくのが適当で、神殿に置くのは許さない、と。

「噂通りにローゼマイン様は自分の意思を述べられない状況に追いやられているのではないか。アウブが秘密裏に強要しないように監視してほしい、とお願いされたボニファティウス様は監視とローゼマイン様の意思を確認することを了承しました」

 おじい様が目を光らせているため、今回は秘密裏の打ち合わせができなかったそうだ。

「もちろん、アウブにも色々と根回しをしていたようです。ローゼマイン様の側近である私は詳しく教えられませんでしたが、ライゼガングの支持を餌に、アウブとローゼマイン様の間に亀裂を入れるための工作をしているのはわかりました。粛清で支持基盤がなくなった上に、フロレンツィア様の懐妊という弱みが重なれば、ライゼガングの申し出を拒否できないことは容易に想像がつきます」

 ハルトムートもおじい様と同じように監視役なのだそうだ。アウブ夫妻やヴィルフリートが本当にライゼガングの要求を呑むつもりがあるのか、わたしを事前に呼び出して打ち合わせをしたり、無茶な強要をしたりしないのかを見張っているように、と言われていたそうだ。

「その上で、側近としてローゼマイン様の意思を確認するように、と言われていたのです。もちろんローゼマイン様がアウブをお望みであれば、ライゼガングの手など借りずとも私が万難を排し、アウブに押し上げますが、お望みではないでしょう?」
「そうですけれど、どうしてハルトムートはわたくしに黙っていたのですか?」

 わたしがハルトムートを軽く睨むと、ハルトムートはおどけたように眉を上げた。

「ヴェローニカ派を追いやったライゼガングが一体どのような根回しをして、どのように立ち回るのか、ライゼガングを相手にアウブ夫妻やヴィルフリート様がどのように動くのか、ローゼマイン様にとって領主一族のそれぞれがどのような立ち位置にあるのか、など確認したいことがたくさんあったからです」

 わたしの文官として、わたしの背後で静かに会議を観察していたハルトムートがどのように判断して、何を考えたのだろうか。そう思っていると、ブリュンヒルデがものすごく嫌そうに顔をしかめて、口を開いた。

「エーレンフェストが一丸となって他領に立ち向かっていかなければならない時に、ヴェローニカ派を排除してくださったアウブに無理を押し付けたり、ローゼマイン様を自分達の都合でアウブにするために根回しをしたり、あまつさえ、まとまっていた領主一族に亀裂を入れたり……。何という情けないことをしているのでしょう。このような状況でアウブにエントヴィッケルンをお願いするのですか?」

 ライゼガング系の貴族だと言われることが恥ずかしくなることがあるとは思いませんでした、とブリュンヒルデが頭を振る。そんなブリュンヒルデにハルトムートは「ブリュンヒルデは潔癖ですね」と小さく笑った。

「権力の取り合いをしていただけで、ヴェローニカ派もライゼガング派も根は同じエーレンフェスト貴族です。同じようなことをしていても何の不思議もありません。彼等にとって大事なのは自分の地位と生活が守られることで、領主一族が望んでいるエーレンフェストの順位の上昇とそれに伴う努力は望んでいないのです」

 わたしと同じように上を見過ぎてブリュンヒルデには周囲が見えていない、とハルトムートが言った。それはつまり、わたしも周囲が見えていないということではないだろうか。

「ハルトムートには一体何が見えていて、何を考えているのですか?」
「私は常にローゼマイン様のお望みを叶えることしか考えていません。私的な望みを口にすることが許されるならば……」

 そこでハルトムートは一度言葉を切る。そして、色々と計画しているフェルディナンドのような悪い笑みを浮かべた。

「聖女というより、もはや、女神と呼ぶべきローゼマイン様がアウブになりたがるなどと俗なことしか考えられない年寄りの戯言を粉微塵に叩き潰したいと考えています」
「はい!?」

 ……なんか過激なことを言い出したよ!?

 ポカーンとしてしまったわたし達を前に、ハルトムートは滔々と語り始めた。

「ローゼマイン様が欲しているのは本であり、製紙業と印刷業です。これは目下ライゼガング系のギーベの土地で広がっていますが、親族なので優先した結果にすぎません。現に、最初に工房を作ったのはイルクナーでした」

 たしかにライゼガング系の貴族でなければ印刷業ができないわけではない。自分を支持してくれている派閥に餌を与えるのは大事だと周囲が言ったから、優先的にグーテンベルクを運んだだけだ。

「粛清で再び自分の支持基盤を切り取ったアウブ・エーレンフェストはエーレンフェストを一つにまとめるため、最大派閥であるライゼガングの支持と協力を必要としています。けれど、ローゼマイン様にはライゼガングの支持など必要ないのです」
「さすがに、必要ないということはないと思います。……ですよね?」

 ハルトムートがあまりにもハッキリと言い切るので、どうにも自信が持てなくて最後は疑問形になって、皆に同意を求めてしまう。しかし、ライゼガング系の貴族であるはずの側近達が揃って、考え込むような顔をしている。多分何も考えていないアンゲリカも同じような表情だ。

「今やライゼガングがいなくても、印刷業に手を出したがる貴族は他領にいくらでもいます。できる限り印刷業を広げて一冊でも本が増えることをお望みのローゼマイン様には、エーレンフェストでライゼガングの茶番に付き合うより他領への影響力を高める方がよほど重要なのです」
「確かにハルトムートの言う通りですね。ローゼマイン様お一人に限れば、ライゼガングの支持など全く必要ございません」

 レオノーレが感心したようにハルトムートを見る。そこは感心しないでほしいけれど、わたしも感心したのでレオノーレには何も言えない。ハルトムートには怖いくらいによく把握されている。その通りだ。わたしは印刷業を広げて、一冊でも多くの本を読んで暮らしたいだけだ。

「ライゼガングは愚かにも、血族であり、最大の支持者である自分達ならば思い通りにローゼマイン様を動かせると考えているのでしょうが、ローゼマイン様を思い通りに動かせるわけがありません。その程度のことがあの年寄り達にはわからないのです」
「ローゼマイン様を思い通りに動かすのはフェルディナンド様にも至難の業と言われていましたものね」

 反論したかったけれど、「お茶会でも苦労しています」とブリュンヒルデに言われてしまっては、何も言えない。わたしは唇を尖らせてそっぽ向いた。

 ……そんなことないよ。フェルディナンド様には簡単に操られてたもん。

「ライゼガングからヴェローニカ様に権力が移ったところで馴れ合いという本質は全く変わらず、ヴェローニカ様からライゼガングに権力が戻ったところで同じでした。そんなエーレンフェストの貴族社会で育ったアウブやヴィルフリート様ならば、貴族社会のやり方で動かせるでしょう」

 ライゼガングの策略にもはまるだろうし、思うように動かしたり、動かされたりすることにも疑問を抱かない。

「けれど、そんな貴族達にはローゼマイン様が好き好んで神殿にいらっしゃることも、図書館に一生引き籠っていられたら幸せ、という考え方も理解できないのです」

 ……だったら、どうして同じ貴族社会で育ったハルトムートには、わたしの望みが理解できるんだろうね? そっちの方が何か怖いんだけど。

「私は領主一族が他に例を見ないほどに仲睦まじく和気藹々としていることを好ましく思っていました。ローゼマイン様が笑って過ごせる雰囲気を大事にしたいと思っています。間違っても亀裂を入れて、孤立させたり、対立させたりすることは望んでいないのです」
「現実にはそうなってしまいましたけれど……」

 会議の様子やシャルロッテとヴィルフリートのやり取りを見れば、以前のようなまとまりがなくなってしまったことはわかる。

「ならば、もう一度まとまればよいのです。身の内に敵がいたとしても、外に敵を設定すれば再びまとまることができます。貴族院でローゼマイン様が行ったことではありませんか」

 旧ヴェローニカ派の子供達を含めて寮内をまとめるために、エーレンフェスト内の派閥争いではなく、他領に勝つことを目標に上げた。同じように、領主一族をまとめていけば良い、とハルトムートは言う。

「他領とのやり取りやユルゲンシュミットにおける順位など、食糧庫であるライゼガングには関係がないから、簡単に順位を下げろと言えるのです。順位が上昇したことで、立場や他領からの扱いが変わり、将来にどのような影響が出るのか、実感したことがない年寄りだから、若者が順位を上げようと努力する気持ちがわからないのでしょう」

 友人関係、婚姻が結べる領地、周囲からの対応、情報の集めやすさなど、順位が変わったことで若い者は努力に相応しい変化を手に入れている。数年間で起こった変化を並べながら、「年寄りの都合でそれを手放し、もう一度底辺に戻るなど、私は真っ平です」とハルトムートは言った。

「年寄りに囲まれたエーレンフェスト内では大っぴらに言えなくても、ライゼガングの総意など蹴り飛ばしたい若者はいくらでもいます。彼等を取り込んで、エーレンフェストを変えたいと考えるアウブの軸を作っていけば良いと思いませんか?」

 敵に想定するのは派閥ではない。エーレンフェストの変化を望まない年寄りだ、とハルトムートは力強く言い切る。

 わたしはその場にいる皆を見回す。ここにいるのはライゼガング系の貴族だけれど、わたしの側近として順位を上げることに腐心してきたせいか、ライゼガングの総意を蹴り飛ばしたい者ばかりのようだ。

「ローゼマイン様が貴族院で接してきた旧ヴェローニカ派はもちろん、メルヒオール様の側近を見ても、御加護の再取得のように自分の能力を高めることに関心を持っている者は多いのです。若い世代を集めることはそれほど難しいとは思えませんし、一つの派閥になるくらいの数を集めることは可能でしょう」

 レオノーレが真面目な顔で、ローゼマイン式魔力圧縮の恩恵を受けた者の数や関心を持っているけれど、参加できていない下級貴族達の数を計算していく。

 親世代を駆逐することに何の躊躇いも持っていないようなレオノーレの言葉に、思わずわたしはコルネリウス兄様を見た。目が合うと、コルネリウス兄様がクッと笑った。そして、面白がるような漆黒の目でわたしを唆す。

「ねぇ、ローゼマイン。これは兄として助言だけれど、こう考えてはどうだろう? ライゼガングがエーレンフェストの食糧庫としての在り方を誇るならば、食糧庫に徹すれば良い。今まで通りの伝統的なやり方で食糧生産する者も必要だから、最大限の敬意を持って、食糧庫として遇するんだ。きっと満足してくれるさ」

 自分の支持派閥でもあるのだから追い落とすのではなく、ライゼガングを重要な食糧庫と持ち上げながら、停滞や逆戻りを望む年寄りを田舎に排除しようという誘いである。コルネリウス兄様もハルトムートに賛成らしい。

「ローゼマイン様、次期アウブになるおつもりがないのでしたら、提案だけなさって後はヴィルフリート様にお任せすれば良いのですよ。神殿業務がお忙しいのに、このような殿方のお仕事に手を出す必要はございません」

 次期アウブになりたくないならば、若手を集めて派閥を形成するのはアウブとヴィルフリートに任せれば良い、とオティーリエが言う。ヴィルフリートを立てろ、という女性貴族の声を無視しない方が良いという助言だろう。

「母上の言う通りです、ローゼマイン様。派閥をまとめるなど、派閥の必要ないローゼマイン様の仕事ではございません」
「ハルトムート?」
「提案だけして、ヴィルフリート様に投げておけば良いのです。次期アウブだから、と張り切ってやってくれるでしょう」

 これだけお膳立てされてできなければ本物の能無しだ、と呟いたのは無視しておいた方が良いだろう。

「こんな面倒は早く終わらせて、一刻も早く神殿に戻りましょう。御加護の再取得が楽しみでならないのです。聖女たるローゼマイン様には神々に関連する功績の方が何倍も大事ではありませんか」

 ……最後の最後でとんでもない本音が来た!

 ハルトムートの本音に全身の力が抜けていく。難しく考えても仕方がなさそうだ。ひびが入っているような領主一族をまとめるため、自分の派閥を切り捨ててでも粛清を強行した養父様達の足元固めに協力するためにも提案することにしよう。

「向上心とやる気のある若手を集め、エーレンフェストの世代交代を全力で進めましょう」

ライゼガングの総意に関する話し合いです。
ハルトムートの独壇場でした。
ライゼガングの総意は蹴散らすためにある。そんな感じ。

次は、アウブへの提案です。
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