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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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エグランティーヌとの話し合い

「突然お呼び立てしてごめんなさいね」

 挨拶を終えると、わたしは長椅子に座るように勧められる。すぐにオスヴィンが範囲指定の盗聴防止の魔術具を準備し始めたため、護衛騎士のお父様が心配そうにわたしを見ながらリヒャルダと一緒に距離を取った。
 エグランティーヌは側近達を排した状態で、わたしの正面にある長椅子に座り、真っ直ぐにわたしを見つめる。今はアナスタージウスも卒業式に出席していて、話をする相手はエグランティーヌ一人だそうだ。

「ローゼマイン様、時間がございません。率直に伺いしてもよろしいでしょうか?」

 回りくどく妙な隠語を使われて曲解したり、すれ違ったりする方が困るので、率直に言ってくれるのは実に助かる。わたしは「もちろんです」と頷いた。

 昼食の折に、中央神殿の神殿長と神官長があの魔法陣はツェントを選出するためのものだと言い出したことで、その場は騒然となったらしい。これまでずっと苦労してきたトラオクヴァール王がグルトリスハイトを得るべきだという古参の側近達や、今日のあの状態を見てディートリンデがツェントになることに不安を抱く者が出たそうだ。それに加えて、全てはフェルディナンドの陰謀で、エーレンフェストのローゼマインを操ることができなくなれば、次はディートリンデを操ろうとしている、と主張する者もいたらしい。

「たくさんの意見が出たのですけれど、トラオクヴァール様はユルゲンシュミットを治めるにはグルトリスハイトが必須であること、本当にディートリンデ様がグルトリスハイトを得た場合は取り上げるつもりなどなく、玉座を明け渡すつもりであることを述べたのです」
「何故ディートリンデ様には玉座を明け渡し、疑いがもたれたフェルディナンド様はアーレンスバッハへ向かわされることになったのでしょう?」

 グルトリスハイトを持つ者に玉座を譲るつもりならば、妙な疑いをフェルディナンドにかけられた理由がわからない。

「それは領地の違いとしか説明できませんね。エーレンフェストは貢献を認められ、次の領主会議で以後は政変に与した領地と同等に扱われることになりますが、当時は中立の中領地でした。政変に与していた大領地アーレンスバッハの領主候補生がグルトリスハイトを得た場合とは対応が変わります」

 フェルディナンドがグルトリスハイトを得てツェントとなったところで、味方をする領地がどれほどあるのかわからない。そして、ツェントを支えるという意味でエーレンフェストは順位、中央にいる貴族の数、領地の対応や態度を考えると不適格だったらしい。また、フェルディナンドが得たグルトリスハイトを奪おうとする者が現れる可能性は高く、ユルゲンシュミットはまたもや乱れるだろう、とエグランティーヌが言った。

「政変も元はと言えば、第二王子がグルトリスハイトを受け継いだことに不満を持っていらした第一王子がグルトリスハイトを奪おうと襲い掛かったところから始まったそうですから」

 けれど、第二王子を殺害したところで第一王子の手にグルトリスハイトは手に入らず、同母の兄弟である第三王子が得たのではないか、と疑って争いを仕掛けてきたのだそうだ。

「グルトリスハイトを巡った争いで家族や親しい方々をたくさん失いました。だからこそ、王族はなるべく争いを回避したいのです。ディートリンデ様がグルトリスハイトを手に入れたとしても、その、不安要素は多いのですけれど、様々な知識をお持ちのフェルディナンド様が夫として支えれば、ツェントとしての執務ができるのではないか、とトラオクヴァール様はお考えのようです」

 ……それは止めてあげて。フェルディナンド様の目が虚ろなままで戻らなくなっちゃう。

「ただ、中央神殿の言い分が本当かどうかもわかりません。あの魔法陣に関する情報を早急に集める必要があるのです。……ローゼマイン様、中央神殿の言い分は正しいのでしょうか?」

 エグランティーヌの橙色の瞳がわたしをじっと見つめる。嘘や誤魔化しを見抜こうとする目を見つめながら、わたしは貴族らしい作り笑いで少し微笑んだ。

「申し訳ございません、エグランティーヌ様。成人式における奉納舞は貴族院だけで行われる神事で、エーレンフェストでは行われないのです」

 わたしの答えにエグランティーヌは「ローゼマイン様もご存知ないのですか」と残念そうに息を吐く。
 隠し事をしていることに少しだけ胸は痛むけれど、嘘は吐いていない。エーレンフェストの成人式で奉納舞は行われないのだ。「王となるを望む者」という聖典の文言から考えればそういう関係の魔法陣だろうとは思うけれど、正確なことは知らない。調べてもいないので適当なことは言えない。

「ただ、貴族院の地下書庫には様々な儀式の資料がございました。それを読んだフェルディナンド様ならば、何かご存知かもしれません」

 そう言ったところで、「アーレンスバッハよりフェルディナンド様がお着きです」とオスヴィンの声がした。話を一旦止めて、盗聴防止の魔術具の範囲から出たエグランティーヌがフェルディナンドと挨拶を交わす。

 そして、同じように側近を排し、フェルディナンドだけが魔術具の範囲の中に入って来た。フェルディナンドに同行していたユストクスとエックハルト兄様がわたしの護衛をしてくれているお父様の側に立つ。お父様とエックハルト兄様、リヒャルダとユストクスで親子が二組だ。

 ……きっとこっそり情報交換するんだろうな。養父様がお父様に小さく折りたたんだ紙を持たせていたし、リヒャルダも何か準備していたからね。

 そんなことを思いながら周囲の動きを見ていると、フェルディナンドは「何故君がここにいる?」と言いたそうな顔でわたしを見下ろした。エグランティーヌにわたしの隣に座るように言われて、「失礼いたします」と言いながら座る。

「フェルディナンド様、ディートリンデ様のお加減はいかがですか?」
「魔力の枯渇によって意識を失ったようです。回復薬を飲ませたので、次第に回復するでしょう。成人の儀式における奉納舞という大事な場をアーレンスバッハの領主候補生が乱したこと、心よりお詫び申し上げます」

 奇抜な髪型、ピカピカの奉納舞、転倒して意識不明、見知らぬ魔法陣の起動……。周囲を唖然とさせる事態があまりにも多く起こったことをフェルディナンドが詫びる。

「できる限り止めようと試みたのですが、聞き入れられませんでした。私の力不足でございます」

 フェルディナンドはそう言いながら、今日の朝に持って行ったばかりの録音の魔術具を取り出して、再生し始めた。髪飾りを五つ飾ってあることを指摘して、王族を立てるように諭すフェルディナンドの声に「髪飾りを減らせばよろしいのでしょう」と不機嫌そうに返すディートリンデの声がある。

「髪飾りを減らして、他の飾りを追加するとは思いませんでした」
「フェルディナンド様は朝から大変でしたね」

 わたしが思わずそう言うと、エグランティーヌも苦笑した。

「ディートリンデ様の様々な行いよりも大変なことが起こってしまったので、そちらに関して咎めはそれほどないと思われます。ご安心なさって」

 その言葉にフェルディナンドは少しだけ肩の力を抜き、代わりに眉間に力を入れた。

「あのような失態を見せたディートリンデ様に王族から急ぎの使者が来るなど、大変な咎めがあると思っていたのですが……容態を問うのは口実でローゼマインに関する用件ですか?」
「ディートリンデ様に関する用件で間違いはないのですよ。昼食時の中央神殿の言い分から混乱状態になっていて、少しでも情報が必要になったのです。ローゼマイン様から後見人であるフェルディナンド様の方が神殿の神事に精通されていらっしゃるとお伺いしたものですから」

 エグランティーヌが申し訳なさそうに微笑むと、何故かわたしがフェルディナンドから睨まれた。余計なことを言って巻き込んだな、と顔に書いてある。

「わたくしはフェルディナンド様の方がよくご存知ですよ、と言っただけです。本当のことではありませんか」
「……一体何があったのか、お伺いしましょう」

 フェルディナンドの諦めの溜息に、わたしとエグランティーヌは中央神殿の発言を含んだこれまでの話を伝えた。



「フェルディナンド様は奉納舞の舞台に浮かび上がった魔法陣をご存知ですか?」

 エグランティーヌの質問にフェルディナンドはゆっくりと頷き、「……知っています」と一言だけ答えると口を閉ざす。それ以上は何も言おうとしない様子にエグランティーヌが更に重ねて尋ねた。

「中央神殿はあの魔法陣はツェントを選出するためのものだと言っているのですけれど……」
「聖典さえ満足に読めていなかったにもかかわらず、中央神殿の者にそのような知識があったことに正直なところ驚きを隠せません」

 神殿長の聖典を半分も読めていなかった中央神殿の人達に聖典の最初に浮かび上がる魔法陣が見えているはずがない。それでも、たった数秒浮かんだだけの魔法陣がどのような用途で使われる物か判別できたのだ。意外とよく知っていると思う。

「エーレンフェストの神殿にも灰色神官達が儀式の準備をするための手順書のような木札の資料や昔の聖典の写しなどがあるのですもの。中央神殿にも神殿図書室があって儀式に関する資料があるのかもしれませんね」
「君の言う通り、恐らく魔力がなくても読める資料があるのであろう。それについて異論はないが、黙りなさい」

 わたしが入ったことがない中央神殿の図書室に思いを馳せていると、フェルディナンドに黙っていろと言われてしまった。
 わたしが口を閉ざすと、エグランティーヌは少し微笑んだ後、少し眉を震わせた。

「では、中央神殿の者の言葉は正しく、あの魔法陣は次期ツェントを選出するための物で間違いないのですね?」
「完全に間違いとは言えません。ですが、何故このようなことを我々に問うのでしょう?」

 フェルディナンドの言葉に、エグランティーヌは「お恥ずかしいことに、王族には神事について詳しい者がいないのです」と片手を頬に当てながらそう言った。中央神殿と距離がある状態で、中央神殿が言い出したことを否定するだけの材料が王族にないのだ。

「ローゼマイン様は貴族院で奉納式を行ったことで、本物の神事を行う神殿長として王族より信頼を得ていますから」
「そうではなく、私はローゼマインを通して伝えたはずです。貴族院の図書館の地下の書庫に王族や領主候補生が知っておくべき資料がある、と。何故その情報がありながら、王族は知識を得ていないのでしょう?」

 まさか君が伝えていないのか、と睨まれて、わたしはぶるぶると首を振った。

「きちんと伝えましたよ。王子三人と一緒に地下の書庫に行きましたし、現代訳のお手伝いもしました」
「……私は君には決して書庫に入らないように伝えたはずだが?」

 身の潔白を主張するはずが、自ら叱られ案件を暴露してしまった。わたしは慌てて「お、王族命令でしたからっ! 断れませんでしたから!」と言葉を重ねる。あれは不可抗力だったはずだ。

「古い言葉に堪能なローゼマイン様にお手伝いいただいたのです。叱らないであげてくださいませ」
「ローゼマインは本以外に目に入りません。あの書庫に入れるのは王族と一部の領主候補生のみ。中に入ってしまえば、どなたに不敬を働くのか予測できません。入らないのが一番良いのです」

 ジギスヴァルトに生返事をして、アナスタージウスに摘まみ出されたわたしは、フェルディナンドの言葉に反論できずに押し黙った。

「でも、ジギスヴァルト王子もアナスタージウス王子も古い言葉がほとんど読めないのですよ。仕方がないでしょう? わたくしとハンネローレ様は春の領主会議の期間にも資料を読むためのお手伝いをすることになっているのですよ」

 王子達が古い言葉をほとんど読めないことを説明すると、フェルディナンドは顔をしかめた。

「君が読んでいくのか……。ならば、先は長そうだな」
「長そう、というのはどういうことでしょう?」
「君はいつも本棚の左上から順番に読んでいくであろう? 神殿図書室、カルステッドの家の図書室、城の図書室、私の本棚、全てそうだった。あの魔法陣に関する資料は確か下の方にあったと思うので、君が行き着くにはかなりの時間がかかりそうだと言っている」

 ……確かに全部の資料に目を通すために端から読んでいくけど、そんな癖まで把握されていたなんて!

「とりあえず、あの書庫の中には次期ツェントにとって必要な知識が詰まっています。神殿から儀式の知識を得ることができないのであれば、書庫の資料を読むところから始めると良いですよ。本当に必要だと思えば、古い言葉を覚えるくらいはできるでしょう」
「王族にそのような時間はございません……」

 魔力の供給に追われて、フェルディナンドと同じような顔色をしていた王の姿を思い出す。確かに勉強の時間を取るのは大変だろう。

「ローゼマインは孤児院の子供達を生かすために奔走する傍らで、神殿で木札に書かれた儀式に必要な祈り言葉を覚え、毎日のように聖典を読み耽ることで古い言葉を季節一つか二つ分で覚えました。王族が忙しいとはいえ、寝込んだ時には寝台へ本を持ち込むローゼマインのように古い言葉に接すれば覚えられるでしょう」

 エグランティーヌに不思議な物を見る目で見られた。青色巫女見習いとして祈りの言葉を覚えなければならなかった時は毎日木札とにらめっこをしていたような気がする。神様の名前が長い、と文句を言っていたのははるか昔のことのようだ。

「今回は本当に時間も情報もないようなので教えますが、自分に必要な資料を自分で読めなければ、どのように情報が曲げられているのかも理解できません。古い言葉を読めるようになるのはツェントに必須の技能だと思われます。メスティオノーラから授かったと言われるグルトリスハイトは、おそらく聖典よりも古いですよ」

 フェルディナンドの指摘にエグランティーヌがハッとしたように顔を上げた。言われてみればその通りだ。王になるための方法が書かれた聖典よりも、グルトリスハイトの方が古いに決まっている。

「あの魔法陣はツェント候補を選出する物です。ですが、奉納舞で魔法陣を浮かび上がらせることができたディートリンデ様が一番次期ツェントに近い、と中央神殿の者が言ったことに関しては間違っています」

 フェルディナンドが魔法陣について話し始めた。わたしもあの魔法陣は聖典に浮かび上がる物としか知らないので、説明に耳を傾ける。

「貴族院で学んだ優秀な王族及び領主候補生が成人の時に、ツェントとなるに足るだけの魔力があるか否かを問うのが、あの奉納舞の神事なのです」

 神々に祈りを捧げ、奉納舞を舞いながら魔力を奉納することで魔法陣が浮かび上がるらしい。そして、全属性を持ち、魔法陣を作動させるに相応しい魔力量がある者は光の柱を立てることができるそうだ。

「光の柱を立てることができた者が次の段階に進むことができるのです。作動させることさえできなかった彼女に候補の資格はございません」
「わたくしも、アナスタージウス様も、魔法陣を作動させることはできませんでしたが……」

 エグランティーヌはそう言いながら不安そうにフェルディナンドを見た。王族の誰にもできなかったことをディートリンデがしたのならば、「今の王族よりもディートリンデ様の方が次期ツェントに近い」という中央神殿の言い分は正しいことになる。

「奉納舞で神に祈りを捧げ、魔力を奉納することが何よりも重要なのでしょう。ディートリンデ様は魔石を光らせるために魔力を放出しようと舞っていました。そのようなことをする者がいなかったので、魔法陣が浮かび上がらなかっただけです」

 ディートリンデが魔法陣を光らせることができたのはたまたまだ、とフェルディナンドは言った。

「王族で検証してみればよいでしょう。幸いにもエーレンフェストとダンケルフェルガーの共同研究により、属性を増やす方法も発表されたのです。神事や奉納を行い、加護を得る儀式のやり直しをしながら、自分達で魔法陣を作動させてみてはいかがですか?」

 フェルディナンドの言葉にエグランティーヌは「舞いながら魔力を奉納するのですか」と呟きながらわたしを見つめる。

「儀式についてよくご存じのフェルディナンド様やローゼマイン様にご協力いただくことは可能でしょうか? ローゼマイン様は貴族院のお稽古でも祝福を行おうとしていらっしゃいましたよね?」

 エグランティーヌの言葉にフェルディナンドは「これ以上、疑いの目は必要ございません」と断った。

「祈ることに慣れていて、魔力が豊富なローゼマインならば、ディートリンデ様より簡単に魔法陣を浮かび上がらせることができるでしょう。けれど、それだけで次期ツェントが決まるわけではございません。ただのツェント候補でしかないのです。大事なのはそれから先……」

 フェルディナンドの言葉にエグランティーヌは「それから先?」と小さく呟く。けれど、その言葉には答えず、フェルディナンドはわたしが魔法陣を光らせた場合について話を続ける。

「ローゼマインが次期ツェントとして担ぎ上げられたとしても、ツェントを支えるという意味でエーレンフェストが不適格なのはご存知でしょう。また、奉納舞の検証を大々的に行ってツェント候補が各地の領主候補生から次々と出れば、騒乱の種にしかなりません。奉納舞に関する検証は王族で行ってください」

 きっぱりと断ったフェルディナンドを見つめて、エグランティーヌが言葉を探すように視線を少し巡らせる。そして、少し躊躇うように口を開いた。

「フェルディナンド様はローゼマイン様やディートリンデ様を通じてグルトリスハイトを探していて、ツェントの座を狙っていると主張する者がいることをどのようにお考えですか?」
「怪しいから、とアーレンスバッハへ移動させればディートリンデ様が見知らぬ魔法陣を浮かび上がらせたのです。騎士団長からはそういう声も出るでしょう」

 平然とした顔でフェルディナンドがそう答えた。その取り繕った横顔にイラッとする。色々なことを我慢してアーレンスバッハへ向かったのに、今また忠誠を疑われて腹が立たないはずがない。

「わたくしはツェントの周囲にはずいぶんと馬鹿馬鹿しいことをおっしゃる方がいらっしゃるものだと思いました。アウブ・アーレンスバッハの申し出を一度はお断りしたにもかかわらず、フェルディナンド様がアーレンスバッハへ向かったのは王命だからではございませんか」

 わたしが率直な感想を述べると、さすがに率直すぎたのか、エグランティーヌが目を丸くした。「ずいぶんと都合よく忘れているのですね」という一言を我慢して良かったと思う。

「ローゼマイン、君には黙っているように言ったはずだ」

 フェルディナンドが目を険しくして、じろりとわたしを睨んだ。けれど、わたしは黙っているつもりはない。

「黙っていては王族にこちらの事情や思いは通じません。涼しい顔で我慢しながら勝手に恨みや憎しみを溜めるよりは、全部お話しした方が良いです。話し合いをする上で全てを詳らかにせよ、とわたくしに教えたのはフェルディナンド様ではございませんか!」

 わたしがキッと睨み返すと、フェルディナンドが「それはそうだが、王族相手に不敬だ」とまだ止めようとする。

「父親との最後の約束を破ることになるかもしれないと思いながら、フェルディナンド様が王命を受け入れたのはこのような疑いを晴らすためでしょう? それにもかかわらず、王族やその周囲に忠誠を疑われるのでしたら、フェルディナンド様は一体何のために王命を受け入れたのですか?」

 答えに詰まったようにフェルディナンドが一度口を閉ざし、「ローゼマイン、止めなさい。私のことは良いから……」とわたしを止めようとする。

「良くないから、言っているのです。こちらの事情も伝えずに考慮してくれるわけがございません。人を介さずにお互いに望むことを伝え合うのは大事なのです。ねぇ、エグランティーヌ様?」

 わたしの言葉にエグランティーヌはコクリと頷いて「えぇ、とても大事です」と微笑む。

「フェルディナンド様の事情があるのでしたら教えてくださいませ。微力ながら助力できるかもしれません」
「王族や騎士団長が何を証拠としてどのようにお疑いなのか存じませんけれど、フェルディナンド様が興味をお持ちなのは研究で、欲しいと望んでいるのは研究時間と自分の工房です。疑うだけ無駄なのです。できれば自分の工房に籠って研究三昧の生活を送りたいとおっしゃっていたくらいですから」

 神殿の工房に籠っている時が一番幸せな人ですよ、とわたしが主張すると、エグランティーヌはクスクスと笑った。

「フェルディナンド様、ローゼマイン様のおっしゃることは本当ですか?」

 エグランティーヌにじっと見つめられ、フェルディナンドは「余計なことを言い過ぎだ」とわたしの頬をぐにっと摘まんだ後、諦めの溜息を吐いた。

「信じる、信じないは王族の自由ですが、私はツェントを目指すつもりなど全くございません」

 エグランティーヌが信用してくれても、他の皆が信用してくれるかどうかはわからない。けれど、ほんの少しでもわかってくれる人が王族にいるかどうかで、大きく変わるはずだ。

「様々な儀式に詳しいフェルディナンド様はグルトリスハイトを手に入れることに挑戦しようと思わなかったのですか?」

 真剣な眼差しのエグランティーヌの質問に、フェルディナンドはひどく苦い笑みを浮かべた。

「私は決してグルトリスハイトを手にするつもりはありません。ユルゲンシュミットのために全てを費やすようなツェントとして生きるつもりがないのです」
「わかります。わかります。ツェントになんてなったら執務が忙しすぎて研究時間が減りますものね?」

 わたしにとっては読書時間が減るようなものだ。フェルディナンドの意見に全面的に賛成すると、「君と一緒にはしないでくれ」と何故かものすごく嫌な顔をされた。

「え? 研究時間が減る以外に、他の理由があるのですか?」
「あるが、どうでもよくなった」

 ……どうでもよくなったってことは、つまり、大した理由じゃないってことだよね?

卒業式の間にエグランティーヌと話し合いです。
ローゼマインの暴露に頭を抱えるフェルディナンド。
でも、エグランティーヌには通じたようです。

次は、ハンネローレと本の貸し借りをしてエーレンフェストに帰還します。
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