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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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嫁取りディッター 後編

 何やらシュツェーリアの盾を攻略する秘策があるらしいダンケルフェルガーを近付けまいと、エーレンフェストの騎士見習い達はそれぞれの手に魔術具を持ちながら盾を飛び出していく。

 盾の中に残っているのは、わたしとユーディットとイージドールとブリュンヒルデの四人だけだ。ヴィルフリートも「こういう時は領主候補生が真っ先に動くものだろう?」と言いながら魔術具を手に出て行った。そうやって、皆の先頭に立とうとするところは養父様譲りだと思う。

「必ずお守りします」

 そう言ってシュツェーリアの盾から出て行く皆の背中を頼もしく見送りながら、わたしは腰に下げている薬入れの一つ、激マズ回復薬が入った筒に手を触れた。

 ……どうしよう?

 できることならば、魔力は回復させた方が良い。魔力があればできることが増えるので、少なくとも安心できる。ただ、わたしはすでに優しさ入り回復薬を飲んでいる。まだ効力さえ切れていない状態だ。この上に激マズ回復薬を飲むのは危険だ。過剰摂取になる。リヒャルダやハルトムートが飲む量を厳しく管理していることもからもわかるように、魔力が必要だからとぐびぐび飲むわけにもいかない。

 ……勝手に用量を超えたら、絶対にフェルディナンド様に怒られるし。

 騎獣と盾の維持に常時魔力を使っている状況から考えると、今の回復スピードではダンケルフェルガーの攻撃を全て受けきれるかわからない。魔力の残量や回復速度を考えると激マズ回復薬が欲しいけれど、下手すると魔力が増えすぎて奉納式のように困る可能性もある。

 ……最後の手段にしよう。

 本当に盾を破る秘策に効果があるのかどうかもわからない。ダンケルフェルガーの出方を見てからにしよう。わたしは筒からそっと指を離し、盾の向こうへ視線を向けた。そこでは激しい戦いが始まろうとしていた。

「行けええぇぇ! 蹴散らせ!」
「絶対に近付けるなっ!」

 エーレンフェストとダンケルフェルガー、それぞれの陣から飛び出して行った騎獣が中央に近い場所を目がけて駆けていく。大きな一つの塊となって駆けてくる青いマントと、それを包み込めるように広がった明るい黄土色のマントが対照的だ。

「ローゼマイン様、わたくしも皆の援護をしますね」

 ユーディットはブリュンヒルデから受け取った魔術具を手に、盾を少し出たところからダンケルフェルガーの一群に向かって魔術具を投げ飛ばす。エーレンフェストに被害がないように、まだ離れているダンケルフェルガーに向かって投げたのは高レベルの魔術具だ。

「避けろ!」

 一丸となってこちらに向かって地を、空を駆けていた青いマントが飛来する魔術具に気付いたようで、一斉に上下左右に散る。地面に落ちて炸裂した魔術具に被害を受けた者はほとんどいないようで、ダンケルフェルガーの騎士達はすぐにまた集まって一塊になった。

「一斉攻撃!」

 ヴィルフリートの声に合わせて、大きく広がって騎獣で駆けていたエーレンフェストの騎士見習い達があちらこちらから魔術具を投げ付ける。

 競技場内のそこかしこから爆発音が起こり、土埃が立つ。ダンケルフェルガーの騎士見習いが一人、また一人と騎獣から転落したり、衝撃に跳ね飛ばされたりしているけれど、それでも駆け寄って来るダンケルフェルガーの勢いは止まらない。ラールタルクを中心に、魔術具を避けながら蛇行したり、散っては集まったりを繰り返しながらエーレンフェストの陣地に向かって突き進んでくる。

「ラールタルク!」

 レスティラウトの声が響いた。同時に、指名されたラールタルクの剣が虹色のような複雑な色合いに光り始める。フェルディナンドが強大な魔獣を倒す時によく使っている、大量の魔力を放つ大技だ。周囲に巻き起こる衝撃だけでも十分な攻撃力になるような技である。
 それが自分に向けられている。わたしは血の気が一瞬で引いた。

「正気か!?」

 ヴィルフリートの叫ぶ声が聞こえたが、全力で同意したい。わたしは回復しつつある体内の魔力を必死で掻き集めるようにして急いでシュツェーリアの盾を強化し始めた。さすがにあんな攻撃を自分で受けたことがない。

 ……死ぬから! あんなのを真正面から受けたら絶対に死ぬ!

 二年前のダンケルフェルガーとのディッターで魔獣を仕留めるためにコルネリウス兄様が見せた光よりも数段小さい光だった。ラールタルクの戦いぶりから考えるともっと大きな光が出せるはずなので、おそらく多少手加減はされているのだろう。そうは言っても、全く安心できるような物ではない。

「死にたくなければ退けええぇぇ!」

 ラールタルクが大きく振りかぶった剣を振り下ろす。ドッと光が放たれた。複雑な色合いの光の奔流がエーレンフェストの陣地を目がけて飛びかかって来る。
 ゲッティルトでそれぞれが防御しているようだが、エーレンフェストの騎士見習い達が攻撃の衝撃に巻き込まれ、耐え切れず吹き飛ばされていく様子が見えた。

 皆を蹴散らしながらこちらに真っ直ぐ向かって来る光の奔流に、このような戦いの場に出たことがない側仕えのブリュンヒルデが「ひっ!」と気を失ってその場に崩れ落ち、イージドールが腰を抜かして座り込んで自分を守るように頭を抱える。

 一人だけわたしの護衛として盾の内部に残っているユーディットは、光に背を向けるようにしてわたしの騎獣の前で大きくマントを広げ、自分の背中でわたしを光から守るように立った。

「わたくしにはこのくらいしかできませんけれど」

 ユーディットの声を掻き消すようにバリバリバリとシュツェーリアの盾が鳴動する。盾を打ち破ろうとぶつかって来た巨大な光に、ユーディットのマントに守られていても視界は真っ白になった。耳がキンと痛くなるような轟音と共に、盾を維持するために必要な魔力が一気に引き出されていく。

 わたしは、ただひたすら盾に魔力を込めることだけに集中していた。意識を失って倒れているブリュンヒルデ、うずくまるように頭を抱えているイージドール、マントを広げて立っているユーディット。三人を守れる物はシュツェーリアの盾しかないのだ。

 その光に耐えているうちにどれだけの時間がたったのかわからない。ほんの数秒のことだったのか、ものすごく長い時間だったのか。

 光が消えて、真っ白だった視界に色や形が戻って来た。耳はまだ膜がかかったようにぼんやりとした音しか拾っていないけれど、遠くの方で戦っている音が聞こえている。

 我に返ったわたしの前にはまだユーディットがマントを広げて立っていた。ユーディットは同じ姿勢だけれど、見上げている角度が違った。

「……あ」

 盾の維持に集中しすぎたせいか、それとも、盾の維持に全ての魔力を注ぎ込もうとしたせいだろうか。乗り込んでいたはずの騎獣が消え、わたしは地べたに座り込んでいた。コロリと転がってきた騎獣用の魔石が指先に当たる。

「……終わったのでしょうか?」

 マントを広げた体勢のまま、呆然とした様子のユーディットが問いかける。わたしは立ち上がって上を見上げ、シュツェーリアの盾がまだそこにあることを確認して頷いた。

「まだ盾はあります。終わったのでしょう」

 ホッとユーディットと二人で息を吐いて笑い合った瞬間、二人の間に暗い影が落ちる。

「……え?」

 上に何かがやって来たことに驚いて、もう一度上を仰ぎ見た。かなり近い位置で騎獣が大きく羽を広げていたかと思うと、フッと騎獣が姿を消した。代わりに、黒い大きな盾を左腕に付けたレスティラウトがシュツェーリアの盾に向かって飛び降りて来る。

「きゃっ!?」

 弾かれる、はずだった。ディッター勝負中の敵が入って来られるわけがない。それなのに、レスティラウトは黒い盾に自分の体を押し付けるようにして、シュツェーリアの盾を越えてきた。

「ど、どうして!?」

 レスティラウトとシュツェーリアの盾を見比べる。まだシュツェーリアの盾はある。破壊されたわけではない。少し魔力を吸われただけで、盾自体には何の変化もない。

 上から飛び込んで来たレスティラウトは軽く受け身を取って立ち上がる。ガシャガシャと鎧が立てる音にユーディットが即座にわたしを庇って前に立った。

「ローゼマイン様、わたくしの後ろへ」

 すぐさまユーディットはシュタープを変形させてレスティラウトに斬りかかる。けれど、ユーディットの剣がレスティラウトに届くよりも先に、ユーディットが盾の外に弾き出された。

「あっ!?」
「この盾の中にいる者に害意や敵意を持つ者は入れない。害意なく中に入ったとしても、中で攻撃に転じれば弾き出される……だったな?」

 レスティラウトがクッと笑いながら振り返り、シュツェーリアの盾に再び入れずにいるユーディットを見た。今、シュツェーリアの盾の中にいるのは、わたし、レスティラウト、ブリュンヒルデ、イージドールだ。レスティラウトに敵意を持つユーディットは入って来られない。

「どうしてレスティラウト様が入って来られたのですか?」

 じりっと一歩下がりながらわたしが問うと、レスティラウトは片方の眉を上げた。

「私は其方に害意などないからな」

 嘘だ。ディッターで敵対しているのだ。害意がなくても、わたしが敵だと認識し、敵対している者が入れるはずがない。つるりと光る黒い大きな盾。あれが盾の魔力を吸い取ってその部分だけ穴を開けたに違いない。

「……その黒い盾のせいですよね?」

 わたしの言葉に「正解だ」と言いながら、レスティラウトは黒い盾をゆっくりと撫でる。

「最高品質の闇の魔石で作られた盾で、魔力の攻撃を防ぐにはこれ以上の盾はない。こうして魔力で作られた壁を抜けることもできる。今回のディッターで其方の盾を越えるために、アウブが送ってきたダンケルフェルガーの秘宝だ」

 レスティラウトが得意そうに笑って「そう簡単にハンネローレをエーレンフェストに渡すわけにはいかぬからな」と言った。わたし達がアウブから神具を借り出したように、ダンケルフェルガーもアウブからこの黒い盾を借りたようだ。

「きゃあっ!」

 ユーディットの悲鳴が響いた。ダンケルフェルガー騎士見習い達に囲まれて、シュタープの光る帯で縛り上げられている。

「ユーディット!」
「盾を消せばどうだ? そうすれば、味方が弾かれることもなく、入って来られるぞ」

 レスティラウトの言葉にわたしは唇を噛んだ。見回せばすぐにわかる。助けに来られる味方など近くにはいない。シュツェーリアの盾の近くにいるのは、青いマントばかりだ。それぞれがシュタープを構えていることから考えても、盾を消し去った時点で光の帯で引っ張り出されるだろう。盾を張っていれば、少なくともわたしが攻撃を受けることはない。

 ……でも。

 こうして盾の中にいる以上、外からの応援は期待できない。レスティラウトを追い出すなり、倒すなりするのは自力でしなければならない。

 ……ヤバい。魔力がない。

 魔力なしの自分がどれだけ非力なのか、わたしはよく知っている。戦う技術などないし、多少健康になっているとはいえ、下手に動き回ったらその場で倒れる可能性もあるのだ。

 じりっともう一歩わたしは下がった。
 下がりながら魔術具の詰まっている箱との距離を測る。向き合うわたしとレスティラウトと箱はほぼ二等辺三角形を描いているが、距離がほぼ同じならば、わたしが取りに行くよりもレスティラウトの方が速いと思う。破壊されたり、盾から押し出されたり、余計なことをされることを考えると、箱の中の魔術具は狙わない方が無難だろう。

 わたしが必死に勝ち目と攻撃手段を探していると、レスティラウトが一歩、また一歩、距離を詰めてきた。

「ラールタルクに半分以上の騎士が吹き飛ばされ、残った騎士もダンケルフェルガー相手に苦戦している。其方の盾ももはや機能していない今、勝敗は決した」

 ほとんど成人しているレスティラウトの大きな手がわたしに向かって伸びてきた。自分の目の前に手のひらが広げられる。

「私の手を取れ、ローゼマイン」

 シュツェーリアの盾の中ではレスティラウトからわたしに攻撃はできない。無理やり引きずり出すこともできない。わたしから手を取って陣を出るまで勝敗は決まらない。
 広げられた手と勝利を確信しているレスティラウトの表情を見比べ、わたしはキッと睨み上げる。

「嫌です」

 自分から投降などしない。それではまるでわたしがダンケルフェルガーを選んだようではないか。勝手な勝負を仕掛けてきたダンケルフェルガーに怒りは感じていても、わたしからダンケルフェルガーを選ぶつもりはない。
 わたしが出した答えに、レスティラウトはほんの少し驚いたように目を瞬いた後、身体の位置を少し変え、バサリとマントを翻した。

「強がるのも悪くはないが、其方が意地を張れば張る程、エーレンフェストの騎士見習いの怪我が増えるぞ」

 マントが翻ったことでシュツェーリアの盾の外で戦う騎士見習い達がよく見えた。盾の向こうでエーレンフェストの騎士見習い達は必死に抗っている。わたしを守ろうと、負けまいと戦っているのがわかる。

「ローゼマイン!」

 ヴィルフリートが剣を繰り出し、ダンケルフェルガーの騎士見習いと切り結びながら叫ぶ声が聞こえる。まだ誰も諦めていない。わたしは更に投降する気が失せた。負けたくないという気持ちだけが募ってくる。

「……この手段だけは取りたくありませんでした」

 わたしは自分の腰に手をやって薬の入った筒を取り、上部の魔石を押して蓋を開ける。何とも言えない強烈な臭いがしてきて、思わず「うっ」と息を呑んだ。久し振りすぎて飲むのを思わず躊躇ってしまう。

「な、何を飲む気だ?」

 余裕たっぷりだったレスティラウトの目に動揺が生まれるのを見た後、わたしは激マズ薬を一気飲みした。

「んぐうぅぅっ!」

 舌の痺れるような強烈な苦みと喉の奥から込み上げてくる凄絶な臭いに耐え切れず、わたしは口元を押さえたまま、その場に崩れ落ち、涙を零して身体を捩りながら苦悶する。

 ……勝つ前に死ぬかも!

「ローゼマイン、其方……」

 顔色を変えたレスティラウトが駆け寄って来て、わたしの前に膝をついた。

「服毒だと!?」

 ……違う! 毒じゃないよ。薬だよ!……一応。

 反論したいが、とてもできる状態ではない。わたしは涙目で口元を押さえたまま、ひどい味にしばらく耐える。魔力が回復してくるのがわかって体の力を抜いた。苦悶していたせいで、体力がかなり減った気はするけれど、その体力も回復してくる。

 ぐってりと倒れたまま回復を待っていると、レスティラウトが動転したように軽くわたしの頬に触れた。バチッと小さな音がして、レスティラウトの手が弾かれる。黒い盾を持っているレスティラウトがシュツェーリアの盾に弾かれることはなかったけれど、フェルディナンドが持たせてくれていたお守りは反応したようだ。

「……それほど嫌か、ローゼマイン」

 レスティラウトの力が抜けたような呟きにわたしは「当り前ではありませんか」と言いながら、ゆっくりと目を開ける。

「ねぇ、レスティラウト様。わたくし、まだ、負けていませんよ」

 大きく目を見張ったレスティラウトの前で立ち上がり、わたしは髪や服に付いた草や土を払った。魔力は回復している。

「ヴィルフリート兄様、レスティラウト様はわたくしが相手をします。ハンネローレ様を奪ってください!」

 盾が消えた瞬間にわたしを捕らえようと、余裕のあるダンケルフェルガーの騎士見習いはシュツェーリアの盾の間近にいる。ハンネローレに一番近いのは、ダンケルフェルガーの騎士見習いを一人倒したばかりのヴィルフリートだ。

「エーレンフェストの勝利をヴィルフリート兄様に託します。……ランツェ!」

 青い稲光をまとうライデンシャフトの槍を手にして、わたしはレスティラウトに向き直った。ハンネローレ相手には使う気など全くないけれど、レスティラウトならば遠慮はいらないだろう。

 レスティラウトがライデンシャフトの槍を警戒しながら黒い盾をかざす。ダンケルフェルガーの騎士見習い達はハンネローレを守るために騎獣に乗って駆け出した者もいれば、ライデンシャフトの槍に見入っている者もいる。

 自分のシュタープで作っているため、重みを感じないライデンシャフトの槍をわたしは両手で持った。狙いはレスティラウトの黒い盾だ。あれさえなければ、レスティラウトを盾の外へ追い出せる。
 武術には全く通じていないわたしにできるのは槍を振り回すだけだ。

「たぁっ!」

 わたしが突き出した槍を、レスティラウトが軽く避けた。避けられてしまったので、わたしはそのまま槍を横に回す。めちゃくちゃでも良い。とりあえず当てれば、何らかの攻撃になるはずだ。

「ていっ! ていっ!」
「この上なく下手くそだが、その槍は危ないな」

 わたしの技量はともかく、槍は間違いなく危険物だ。レスティラウトも触れるわけにはいかないだろう。何度目かの攻防の後、わたしが適当に振り回すライデンシャフトの槍をレスティラウトは黒い盾で受けた。
 ガチン! と硬質の音がして、槍と盾がぶつかった。次の瞬間、魔力と魔力が反発しあうような激しい音がして、黒い盾の表面で光が弾ける。

 予想外のことにレスティラウトが盾を振って、わたしの槍を弾く。わたしの手にあるのは、青の光を失った槍だった。

「何!?」

 レスティラウトが信じられない物を見たような目で、光を失った槍を見つめる。わたしは逆に、レスティラウトの盾を呆然と見ていた。

 ……盾が真ん中から金粉化してる。

 ライデンシャフトの槍の魔力を全て吸い込んだのか、黒の盾は今や黒ではなく、薄い黄色に染まり、槍が当たっていた真ん中辺りから金粉となって散り始めていた。
 わたしの視線の先に気付いたらしいレスティラウトが「うわっ!?」と声を上げて、盾を見下ろす。

「ローゼマイン、其方……何ということを!?」

 金粉化していく盾に気付き、わたしを睨んで叫んだ直後、レスティラウトが弾かれて盾の外に追い出された。

「ローゼマイン、その盾はダンケルフェルガーの秘宝ぞ!」

 徐々に形を崩していく盾を見ながら、レスティラウトがシュツェーリアの盾の向こうで吠えているけれど、魔力飽和して金粉化を始めた物はもうどうしようもない。

「そのようなことをおっしゃられても、ゲドゥルリーヒを外に出せばフリュートレーネに奪われるのは当然ではございませんか。エーヴィリーベの油断が招いた事故ですよ」

 怒りに任せてシュツェーリアの盾を攻撃し、跳ね返されているレスティラウトを見て、わたしは胸を撫で下ろす。

「これでエーレンフェストの負けはなくなりましたね。後はヴィルフリート兄様がハンネローレ様を口説き落としてくれれば……」
「上空から何かが来ます! 気を付けてくださいませ!」

 競技場よりも高い位置にある観客席で審判をしているヒルシュールが突然大声を上げた。鋭い警告の声にバッと上を見上げると、競技場の上空にたくさんの影が現れ、鬨の声と共に突っ込んでくる。

「エーレンフェストの聖女は勝者のものだ! ダンケルフェルガーには渡さぬ!」

 競技場に飛び込んできたのは一つの領地ではなかった。色とりどりのマントの騎士見習い達が鎧に身を固め、武器を手にしている。

「邪魔立てするなああぁぁ!」
「中小領地が混合でも我らに全く勝てなかったことを忘れたか!?」

 ディッターを邪魔される形となったレスティラウトの怒声に応えるように、ダンケルフェルガーの騎士見習い達は騎獣を上に向けた。武器を構え、怒りを露わにしながら、上空に向かって駆け上がって行く。



 敵陣に残されたのは宝としてその場から動けないハンネローレ一人だった。

「ハンネローレ様!」

 上空から様々な領地からの魔力攻撃が降って来る中、ゲッティルトで盾を出して盾の陰に座り込んでいるハンネローレにヴィルフリートが呼びかけた。そのヴィルフリートも盾を出して、上からの攻撃に備えている。

「守りもいない今、ここは危険です。エーレンフェストへ来てください。少なくとも、ローゼマインの盾がある分、ここよりは安全だと思います」
「ですが、わたくしがここを離れるわけには……」

 首を振るハンネローレの前でヴィルフリートの盾に上空からの攻撃が当たった。「きゃっ!?」とハンネローレが小さな叫び声を上げ、ヴィルフリートの口からは「うっ」と小さな呻き声が漏れる。
 攻撃に耐えた後、ヴィルフリートはハンネローレに手を差し出した。

「ダンケルフェルガーとエーレンフェストだけの勝負ならばこのようなことは言いません。けれど、今は危険な乱入者がいます。このような乱入があってはディッターの継続は難しいでしょう。ハンネローレ様は御自分の身の安全を一番に考えてください」

 色とりどりのマントが下りてこようとしているのを押し止めようとしている青いマントを見れば、勝負の邪魔をされたことに怒っているのだから、まだ勝負が付いていないことはわかる。

 次々と降り注いでくる攻撃の魔術を見れば、相手が人数を揃えたディッターをしようとしているのではなく、エーレンフェストの聖女を得ようとしているダンケルフェルガーの邪魔を目的にしているのがわかる。

 そして、手を差し出しているヴィルフリートの深緑の目を見れば、勝負の行く先よりもハンネローレの身の安全を案じているのがわかる。

 ハンネローレは立ち上がった。
 自らの意思で盾を消して、陣を出ると、ヴィルフリートの手を取る。
 ハンネローレが動いてくれたことに安堵の表情を見せたヴィルフリートにハンネローレも笑った。

「エーレンフェストに参ります」

 様々な領地からの攻撃が降り注ぐ中でひっそりと、ディッター勝負の勝敗は決した。
嫁取りディッターは終了です。
後編の悪辣聖女はダンケルフェルガーの秘宝を金粉化しました。
そして、ディッター継続のために奮戦するダンケルフェルガーにはご愁傷様ですが、ハンネローレは自らの意思で陣を出ました。
アウブ・ダンケルフェルガーは泣いても良いと思います。

次は、乱入者です。
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