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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第一部 兵士の娘

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マイン、倒れる

 ルッツの兄達に簪部分を作ってもらう約束をしてから三日がたった。今日は引き取りに行く日だ。

 この三日間、わたしは家から出ずに、ちまちまと小花を作って過ごした。身食いの熱の動きが活発になっていて、身体の中でぐるぐるしていて、気持ち悪いから、あまり外に出たくないのだ。
 夜中に突然熱に襲われて、朝方にはぐったりしていることもあって、身体がだるい。正直、どこで身食いの熱に襲われて、いつ倒れるかわからない不安がある。

 そんな中、引きこもっていたわたしが作った飾りは2個。前に作った分を含めても20個の飾りのうち3個しか作れていない。それ以外は母とトゥーリが作った。スピードの違いにがっかりだ。
 母とトゥーリは相変わらず先を争うようにして、小花を作っている。トゥーリの速さが上がっていて、三日で二人合わせて12個の飾りができた。今は最後の飾りを二人で手分けして編んでいる。

「わたし、ルッツのところに行ってくるね。簪部分をもらってきて、お金払って来なきゃいけないから」
「いってらっしゃい」

 一心不乱にせっせと小花を作っている二人はほとんど顔を上げることなく、声を揃えてそう言った。

 中銅貨15枚を巾着袋のお財布に入れて、わたしは家を出る。
 階段を下りて、建物を出て、井戸のある広場を突っ切って、ほぼ正面にある建物の階段を上がっていった。

 ルッツの家は6階だが、二つ分借りて広げてある。階段が多くて、上下の行き来は大変だが、中は広い。男の子が4人いても、それほど狭くはない。職人ばかりの家系で仕事道具が多いことと、作業部屋を取るために広げたので、実際の生活スペースはそれほど広くはないとルッツが言っていたけれど。

 トントンとノックをして名乗ると、ドアがギギッと音を立てて開き、カルラおばさんが顔を出してきた。

「こんにちは、カルラおばさん。お願いしてた手仕事の引き取りに来たんだけど、おにいちゃん達いる?」
「あぁ、朝からそわそわして待ってたよ」

 笑顔でそう言った後、おばさんは少し顔を曇らせて、辺りに視線をさまよわせて声をひそめた。

「……ちょっと、マイン。ルッツは本気で商人になるつもりなのかねぇ? あんまり意地を張るから、家の中の雰囲気もずいぶん悪くてね。それなのに、あの子ったら全然折れようとしないんだ。商人なんて家族と仲違してまでやることじゃないよ。そう思わないかい?」

 家族との関係がうまくいっていない、とルッツから聞いてはいたが、予想以上に深刻な状況らしい。
 ルッツが心配になるけれど、ルッツから折れることはないだろう。住み込み見習いになったとしても商人になると決意してしまっているのだから。

「わたしに聞かれても困るよ、カルラおばさん。何になりたいか決めるのはルッツだよ?」

 親子の問題に第三者であるわたしが口を挟むと混乱の元になるので、首を傾げて話題を流すが、おばさんは賛同されなかったのが不満なようで口元をへの字に曲げる。

「まぁ、そうだけどさ。女の子なら、親の言うとおりにするのに、男は全く聞かないんだ。嫌になるよ」

 わたしだって、親の言うままに生きていくつもりなんてないけどね、という心の声は隠しておく。
 カルラおばさんが愚痴を終わらせてくれないと、おばさんの愚痴の面倒さを日常的に体験している息子達は巻き込まれるのを嫌がって出てきてくれないし、中に入れてもらえない。
 適当に肯定して、さっさと流すに限る。雪が積もった井戸端で長話ができるおばさんと違って、寒い玄関口で立ち話をする趣味はわたしにはないのだ。

「男の子が4人だもん。カルラおばさん、大変だよね?」
「その苦労を息子達はちっともわかってくれないからねぇ。この間だって……」

 あぁ、ヤバい。すごく長くなりそうな予感。

 一旦出直した方がいいかもしれないと思った時、奥からルッツの声が響いた。

「なぁ、母さん。マインは手仕事の引き取りに来たんだろ? 雪が降るまでに持っていかなきゃいけないから、結構急ぎなんだ。それに、マインは体調を崩しやすいんだから、中へ入れてやってくれよ」
「あぁ、そうだった。中へお入り」
「お邪魔します」

 ルッツ、マジで助かりました。ありがとう。
 ウチの母さん、話長いから、悪いな。

 そんな会話を目で交わして、わたしはやっとルッツの家に入ることができた。やはり家の中は外に比べると温かい。

「ルッツ、おにいちゃん達のお仕事、終わってる? 計算の練習はちゃんとできた?」
「あぁ」
「……もしかして、マインがルッツに計算を教えているのかい?」

 わたし達の会話を耳に止めたらしいおばさんが背後から少し尖った声で問いかけてきた。余計な事をしてくれるな、という響きが含まれているのを丸ごと無視して、ニッコリと笑う。

「うん。わたし、門で計算のお手伝いもしてるから」
「あぁ、マインは父さんのお手伝いか。えらいねぇ。ルッツも見習って、父さんの手伝いをすればいいのに」

 ここの女の子はだいたいが親の仕事を手伝いながら、親の紹介する男と結婚して、男の仕事を手伝うことになる。田舎の農村ならば、農作業を手伝って、そのまま農民と結婚して農民。
 つまり、兵士の娘であるわたしは、適当な仕事に就きながら、兵士を支える妻の役割を期待されているのだ。仕事の時間が不規則な兵士の妻はなかなか大変らしく、身内に兵士がいて仕事内容をわかっているか、いないかで、適応率が違うらしい。

 カルラおばさんには、父がわたしに門での仕事を手伝わせ、将来に向けて色々準備しているように聞こえたのだろう。残念ながら、商人見習いを目指して爆走中のわたしは、兵士の妻になるつもりなんてこれっぽっちもない。

 中に入ると、ルッツの兄達がそれぞれ手に簪部分を握って待ち構えていた。わたしが近付いていくと、三人が一斉に簪部分を突きだしてくる。

「ほら、マイン。見てみろよ」
「これくらいすぐに終わったぞ」
「完璧だと思うぜ」
「わわっ! 並んで! 年の順!」

 目の前に尖った簪部分を突きだされるのは結構怖い。わたしは自分の目の前で手をバタバタ振って回避する。
 わたしの言葉通り、年の順にザッと音がたつほど素早く並んだ三人の簪部分を、わたしは一つ一つチェックして、報酬を渡していった。
 手抜きなんて誰もしていない。滑らかで良い出来に自然と笑みが浮かぶ。

「全員、ルッツよりも出来が良かったみたい。さすが本職だね。ウチもわたしが作るよりトゥーリや母さんの方が上手だもん。ねぇ、おにいちゃん達。冬の手仕事でも同じ物、お願いしていい? 冬の手仕事はお金を払うのが春になっちゃうけど、同じ値段だから」
「おぅ、任せとけ」

 兄達は笑顔で請け負ってくれた。
 冬の手仕事を手伝ってもらえるように約束したので、ルッツは勉強に専念できるだろう。

「ルッツは計算できた? どうなった?」
「6000リオンで、大銅貨6枚だ。……合ってるか?」

 今回、ルッツの兄達に作ってもらった簪部分は15個。一つにつき中銅貨4枚の手数料なので、大銅貨6枚。手数料だけで大儲けだ。

「うん、大正解! その調子で計算の練習もしていこうね。わたし、これを持って帰って、今日中に仕上げちゃうから、明日はベンノさんのお店に行っていい?」
「わかった」

 わたしが簪部分を持って、家に帰った時には、最後の飾りができていた。母とトゥーリと一緒に、簪部分に飾りを縫い付けて完成させていく。

「明日はこれをお店に持って行って、残りの分のお金をもらってくるからね。二人とも速すぎて、もらったお金じゃ追いつかなかったんだもん」

 ベンノから依頼された当初は10個仕上がればいい方かな、と思っていたが、まさか20個もできるなんて、ビックリだ。現金を前にした母の本気と、トゥーリのスピードアップがわたしの予想以上だった。

「うふふ~、速くなったでしょ?」
「トゥーリはすごいね。冬の手仕事もいっぱいできそう」
「うん、頑張っていっぱい作るよ」

 着実に裁縫美人への道を歩んでいるトゥーリに脱帽だ。わたしには無理。


 次の日、わたしはルッツと一緒に仕上がった髪飾りを持って、ベンノの店に向かっていた。石畳を歩きながら、ルッツが問いかけてくる。

「なぁ、マイン。他に売れそうな物って何かできないか?」
「ルッツ?」
「身食い、何とかするにはお金がいるって、ベンノの旦那に言われてさ。春になったら紙を売れば、結構いい値段になるだろうけど、他にも何かないかなって……。マインが何か考えてくれたら、オレが絶対に作ってやるから」

 真面目に心配してくれているのがわかるので、わたしも身食いを何とかするための新商品について考えてみることにする。

「うーん、そうだね。これまでに売った物から考えても、利益が大きいのは富豪向けなんだよね」

 日常品に金をかけられる層なんて決まっている。
 髪飾りも糸の値段を上げて、デザインに凝ったら、全く値段が違ったし、紙だって、希少価値のあるトロンベの方が高い。
 だったら、たくさん稼ぐためには、富豪層が欲しがりそうな物が必要だ。

「でも、ここのお金持ちが欲しい物って見当つかないんだよね。リンシャンにしても、髪飾りにしても、紙にしても、わたしの周りにはありふれた物だったし」
「お前の世界ってすごいところだったんだな」

 わたしがマインとは別の記憶を持っていることを知っているルッツは、気味悪がるのではなく、興味を示してくれるので、二人だけで話をしている時には日本での思い出をわざわざ隠しはしない。

 今となっては懐かしさも加わって、ものすごく良いところだったようにしか言葉にできないので、ルッツの中では理想郷のようになっていると思う。
 ここに比べれば本屋と図書館がありふれていたというだけで、わたしにとっても理想郷だった。できることなら帰りたいと未だに思う。

「いっそ『100均』や『アイデア商品』あたりをヒントに、生活必需品の改良を考えてみる? 石鹸を改良してみるとか、ろうそくをオシャレにしてみるとか? 去年のハーブろうそくは物によるけど、いい感じだったんだよね」
「ハーブろうそく?」

 ルッツが眉をひそめて首を傾げた。

「去年の冬支度の時ね、ろうそくがものすごく臭かったから、匂い消しにハーブをくっつけたろうそくを作ったの。いい感じになったハーブもあれば、相乗効果でひどい匂いになったろうそくもあってね。余計な事しないでって、今年は母さんに禁止されたの」

 ベッドの中からハーブろうそくを作りたいと言ったら、即座に却下されて、ベッドから出るなと厳命されてしまった。あれは絶対にわたしの体調より、ろうそくの心配をしていたと思う。

「お前、色々やらかしてたんだな」
「うっ……。何事にも試行錯誤は付き物なんだよ。他には、籠やレース編みが受けたんだから、『おかんアート』から何か使えそうな物がないか……いや、本来は使えないのが『おかんアート』なんだけどね」

 自分でツッコミを入れながら、麗乃時代に体験したおかんアートに思いをはせる。

「うーん、『ビーズアクセサリー』も『ビーズ』がないとどうしようもないし、押し花で絵を作ったことはあるけど、売れるようなものじゃないし、『トールペイント』も絵具がないとできないし、どうしようか」
「何言ってるか全然わからねぇよ。結局、何だったらできるんだ?」

 何を作るにしても、紙作りと一緒で道具作りから始めなければならない。そう考えた瞬間に一気にやる気が失せた。
 わたしにとっての生活必需品に直結しない物には、全くやる気が出ない。

「えーと、新商品を考えるにあたって、自分の生活に必要ない物のために道具作りから情熱を燃やせる気がしないことが一番の問題点だとわかった」
「燃やせよ! お前、死にたいのか!?」

 がーっ! とルッツが吠えた。

「心配しなくても、わたしの必需品なら情熱もわいてくるから、次は本とか……」
「ちょっと待て! わたし以外に必要とする人がいないから売れないって言ったのはお前だろ! 売れるものを考えろよ!」

 興奮しすぎたのか、ルッツがちょっと涙目になっている。わたしはルッツの肩をポンポンと叩いた。

「ルッツ、ちょっと落ち着きなよ」
「オレを興奮させてるのはマインだ!」
「うん、そうだね。ごめん、ごめん」

 ルッツをなだめていると、後ろからいきなりガシッと頭を掴まれた。

「ぅひゃあっ!?」
「お前ら、往来で一体何の話をしているんだ? 笑われてるが、笑いを取るつもりの会話か?」

 聞き慣れたベンノの声にハッとして周りを見回してみると、確かにクスクスと小さい笑い声が聞こえてくる。
 恥ずかしさに赤面しつつ、わたしは八つ当たり気味にベンノを睨んだ。

「ベンノさん、なんでここに居るんですか?」
「工房の見回りに行った帰りだ。お前らはどうした?」
「髪飾りができたので、持っていくところです」
「そうか。だったら、行くぞ」

 わたしをひょいっと担ぎあげて、せっかちなベンノはスタスタと歩きだす。ルッツが小走りでついて来ているのが、ベンノの肩越しに見えた。

 店に入っても、わたしは下ろされることなく、そのまま奥まで連れていかれて、いつものテーブルのところで下ろされた。
 わたしは椅子に座ると、トートバッグの中から髪飾りを取り出して、テーブルに次々と並べていく。

「前に納品した物と合わせて20個です。確認してください」
「……よし、これで髪飾りも売れる。次の土の日が洗礼式だから、大急ぎだな」

 家族の中に今回の洗礼式に関係する人がいないので、大して興味もなかったわたしは、へぇ、と聞き流そうとして、知らない言葉に気が付いた。

「……ねぇ、ルッツ。土の日って何? わたし、初めて聞いたんだけど」
「はぁ!? 何って言われても……土の日は土の日だよ。なぁ?」

 ルッツも説明はできないのか、話をベンノに振った。
 ベンノは溜息混じりに教えてくれる。

「水の日、芽の日、火の日、葉の日、風の日、実の日、土の日がぐるぐる繰り返しているだろう?」

 え? だろう? って、言われても知らないよ。初耳ですけど。
 曜日の名前だと思えばいいですか?

「春は雪解けの水の季節で芽が息吹く。夏は太陽が一番近い火の季節で葉が茂る。秋はひやりとしてくる風の季節で実が実る。冬は命が眠る土の季節だ。だから、土の日は安息日と決められていて、店も閉まっている」

 土の日が日曜日なのは、わかった。
 今までも定期的に母が休む日があるので、曜日が存在するのはわかっていた。ただ、家の中にカレンダーもないし、父の仕事は不規則だし、だれも曜日の名前なんて出さなかったから、知らなかっただけだ。
 一応曜日にも名前があったのか。すっきり。

「ふぅん、そんな意味があったんだ。名前は知ってたけど、知らなかったぜ」
「洗礼式でそういう話が出るはずだ。洗礼式は季節の初めの季節の日にあるから、冬の洗礼式は次の土の日になる」
「なるほど」

 ここではゴミの日もカレンダーもないので、生活する上で仕事をしている人が安息日だけわかっていれば問題ない。わざわざ話題にするようなことではないので、知らなくても生活はできてしまう。

 約束するにも何日後という言い方しかしなかったし、その方がお互いわかりやすいので、曜日は普段の生活で使わないのだろう。ベンノの言い方では宗教に関係があるようだし、嫌でも洗礼式で教えられるなら、今は放置で問題なさそうだ。

「日の名前はもういいです。それより、精算を終わらせましょう」
「まぁ、普段はそれほど使わないからな」

 髪飾りの精算をしてもらって、トゥーリと母への未払い分である中銅貨は持って帰れるように、お財布に入れてトートバッグの中へ入れた。それ以外のお金はベンノとカードを合わせて貯金に回す。

「今日もお世話になりました」

 用件が終わったので、仕事の邪魔をしないようにさっさと帰ろうとしたら、ベンノにがっしりと腕を掴まれた。

「何か商品アイデアが出てきたのか? 道でそんな話をしていただろう?」

 どこからわたし達の会話を聞いていたのか知らないけれど、期待に満ちた目と言葉からベンノがルッツを焚きつけて新商品を作らせようとしていることがわかった。

 ……まぁ、お金が必要なのは間違いないんだけどさ。

 ここ数日のうちにも身食いの熱の活発さがどんどん増していて、押さえるのに時間と体力をかなり消耗するようになってきた。正直、お金が貯まるまで自分の身体が持つと思えない。
 そんな悲観的な事を馬鹿正直に言う必要はないので、わたしは軽く肩を竦めてベンノの話に乗ってみることにした。

「ベンノさんは何が高額で売れると思いますか? わたしはね、がっつり利益取ろうと思ったら、富豪層を相手に珍しい物か、高品質な消耗品だと思うんですよ」
「まぁ、そうだな」

 ベンノは軽く苦笑しながら頷いた。

「珍しい物はみんなが持ったら珍しくなくなるから意味なくなるけど、消耗品なら使ったらまた買ってもらえるから、ずっと稼ぎ続けられるんですよね。……そう考えたら、リンシャン、イイ稼ぎになりますよね?」
「まぁな」

 リンシャンの権利は全てベンノにあるので、余裕綽々の笑顔である。ついでに、高品質のリンシャンも仕上がって、これから売り始めるらしい。リンシャンのような商品なら、長く稼げると思う。

「わたしの感覚で思いつく分ならやっぱり美容関係かな? 美にかける女性の情熱ってすごいですもんね」

 化粧品は高い。高くても自分に合うものを求めて、少しでも綺麗になるためにお金を惜しまない女性は多い。特に貴族や富豪層なら、効果があれば喜んでお金を出してくれると思う。
 わたしと同じ考えを持っているのか、ベンノが目をきらめかせて、身を乗り出してきた。

「何があるんだ?」
「えーと……個人的に欲しいのは高品質で香り高い石鹸ですね。それから、冬の間ずっと使うんですから、ろうそくに色や香りを付けてオシャレにしてみるとか? 去年のハーブろうそくは物によってはいい感じだったんです。あとは、わたしにはまだ必要ないけど、化粧水なんかは売れ行き良さそう」

 思い当たる物を指折り数えていくと、いくつか新商品になりそうな物が出てきた。
 ルッツも目を輝かせて、わたしを見つめてくる。

「なぁ、マイン。全部作り方はわかっているのか?」
「うーん、大体の見当はついてるよ。紙を作った時と一緒で、材料と道具を揃えるのが大変だし、細かい割合の調整で試行錯誤は必要だろうけどね……」
「よし、やってみろ」

 ビシッと人差指でわたしを指して、ベンノがニヤリと笑った。脳内で利益を計算している商人の顔だ。
 とらぬ狸の皮算用、と心の中で呟きながら、わたしはこめかみを押さえた。

「ハァ、やってみろって簡単に言いますけど、ベンノさん。春にならなきゃ、わたしは外に出られませんか……ひあッ!?」

 正直、この身食いが春まで持つかな? 危ないんじゃないかな? なんて考えた瞬間、封じ込めてあった蓋が弾け飛んだように、どっと身食いの熱が噴き出してきた。
 身体の中で火柱が立ったように勢いが強すぎて、いつものように囲い込むことができず、あわあわと戸惑っているうちに熱が全身広がっていく。

「おい、マイン!」

 異変に気付いたルッツが顔色を変えて立ち上がった。
 わたしはうまく体に力を入れることができなくて、ぐらりと身体が揺れる。

 身体が熱くて、熱が抑えられなくて、椅子から転がり落ちるのがわかっているのに、自分で自分を止めることができない。

 椅子から自分が落ちるのを視界だけで認識していた。どさっと床に落ちても、身体中の熱さが勝って痛みは全く感じなかった。見開いたままの視界には厚みあるカーペットと駆け寄ってくる二人の足が映っている。

「マイン、大丈夫か!?」

 ルッツがわたしの身体を揺さぶり、熱に驚いたように一瞬手を離し、また揺さぶり始める。
 ベンノがドアの方を振り返り、ベルを鳴らしてマルクを呼ぶ手間も惜しんで大声を出している。

「まずい! マルク、すぐにじじいへ使いを出せ!」
「おい! 本を作るって言っただろ! まだ負けないんだろ!? マイン! しっかり……」
「マルク、……の準備……も、急げ……」

 二人の叫び声がだんだん遠くなっていく。
 何を言っているのかわからなくなり、そして、わたしの意識はプツリと途切れた。

 新商品を考え中にパタッといきました。
 ぶっ倒れたマインより、ルッツとベンノの方が大変です。

 次回は、フリーダとの交流です。
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