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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

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本好きのお茶会

「わたくし、王族に謝罪するために早く寮を出たので、まさかすでにローゼマイン様がいらっしゃるとは思いませんでした」

 ハンネローレにそう言われ、わたしは引きつった笑みを浮かべる。別に早く来るつもりなど全くなくて、指定された時間に来たら王族からの呼び出しだっただけなのです、とは言えない。

「わたくしも王族にお話があったのです」
「あの、もしかしてわたくし、お邪魔をしてしまったのでは……」

 またもや失点を重ねたのかもしれない、とハンネローレがおろおろし始めたので、わたしは安心させるためにニコリと笑いながら首を振った。

「アナスタージウス王子からエグランティーヌ先生に贈るための髪飾りをお納めしようと思っただけなのです」
「えぇ。せっかくですから、ハンネローレ様にも見ていただきたいわ」

 わたしの言い訳にエグランティーヌが微笑みながら頷いてくれる。わたしはすぐにブリュンヒルデに目配せした。ブリュンヒルデがすぐに髪飾りの入った箱をアナスタージウスの側仕えに手渡す。側仕え同士で行われる箱や中身の確認など面倒な工程を経た後、アナスタージウスは満足そうに笑って「私の最愛の妻にこれを贈ろう」とエグランティーヌの前に箱を置いた。
 髪飾りのやり取りが仲睦まじく行われる様子を見て、ハンネローレはやっと安心したように微笑んだ。

「アナスタージウス王子も新しい髪飾りを注文されたのですね? わたくしのお兄様も注文していて、届くのをとても楽しみにしているのです」
「フェルディナンド様から贈るという形を取ることで、アーレンスバッハのディートリンデ様からも注文を受けたのです。花自体はアドルフィーネ様と同じで、小ぶりで色が違うものを五つ準備しました」

 予想通り、「まぁ、五つも?」とエグランティーヌが驚いたので、わたしはここぞとばかりにディートリンデの髪飾りについて説明をする。せめて、王族にはフェルディナンドのセンスでないことや飾り方によってはどうにでもなることを知っていてもらわなくてはならない。

「時や場所、衣装に合わせて組み合わせも自由にできるようになっています。ディートリンデ様の考えられたデザインなのです。その、エーレンフェストのセンスは信用ならない、とおっしゃられてしまって……」
「まぁ、わたくしはエーレンフェストのデザインに満足していますし、本日の髪飾りもとても素敵だと思いますよ」
「恐れ入ります。ご満足いただけた、とわたくしの専属に伝えますね」

 髪飾りの披露をしているうちに他の者もやって来た。図書館からはソランジュとオルタンシアがやってきた。挨拶を交わす。

 ……この人が中央の騎士団長の第一夫人なんだ。

「エーレンフェストはわたくし達に思うところもあるでしょうけれど、我慢してくださいませね」
「オルタンシア先生?」

 突然の言葉にわたしが目を瞬くと、オルタンシアは悲し気な笑みを浮かべた。

「王族の現状が大変な時にヒルデブラント王子がエーレンフェストの領主候補生から聞いたという隠し書庫に関するお話を持ち帰り、騎士団長が確認に赴けばエーレンフェストの領主候補生が昔の司書の日誌を持っていたのです。その日誌には卒業後も図書館を訪れる王族の記述があったでしょう? わたくしの夫である騎士団長は貴族院にある王族の物をエーレンフェストが狙っていると考えたのです」

 ……そして、その騎士団長はフェルディナンド様がアダルジーザの実で、王族の血を引いていることを知ってたってこと? それは疑われるよね。

 あまりにも間が悪かったと思う。図書館で鉢合わせさえしなければ、変な疑いをかけられることもなく、フェルディナンドがアーレンスバッハへ向かうこともなかったのかもしれない。

「職業上、夫は何でも疑ってかかるのですけれど、何の警戒もしなければ騎士団長としては失格です。夫が恨みを買うことが多い職に就いていることは存じていますが、なるべく穏便に事を済ませ、お互いに利があるように調整しているのです。どうぞご理解くださいませ」

 オルタンシアにそう言われ、わたしは何とか微笑んだ。
 言われた通り、フェルディナンドが王族の血を引いていて疑わしい行動をしているからと問答無用で捕らえられたわけではない。命じられたことは、周囲に蔑まれている神殿を出て大領地への婿入りで、周囲には羨ましがられるような栄転である。

 ……アーレンスバッハじゃなかったらよかったんだけどね。

 喜んでいるように見せておけ、と言われているので、「こちらに利なんてありませんけれど」とは言えない。わたしはニコリと笑って見せる。

「お互い色々な事情がありますし、わたくし達が個人的に持つ感想と周囲の意見は同じでないことも多々あるものです」

 こうして、オルタンシアとの会話を終えると、すぐにヒルデブラントがやって来た。筆頭側仕えのアルトゥールにそっと押し出されたヒルデブラントと挨拶をする。去年よりも挨拶に慣れてきたようで、「成長したなぁ」と微笑ましく思ってしまう。

「三年生からはローゼマインでもすぐには講義を終えることができないので、会う機会はぐっと減ると言われていたのですが、こうしてお会いできて嬉しいです」
「わたくしもお会いできて嬉しいです。ヒルデブラント王子がどのような本をお勧めしてくださるのか、楽しみでなりませんでしたから」

 わたしとヒルデブラントが挨拶と軽い会話をしている隣ではハンネローレが司書の二人から謝罪を受けていた。

「連絡が行き届いていなかったようで申し訳ございません。まさか管理者が代わるほど頻繁にハンネローレ様が図書館にいらっしゃっていたなんて思いもよらず……」
「もう管理者はオルタンシア先生に代わっていますから、ご安心くださいませ、ハンネローレ様」

 管理者が代わっているというソランジュの言葉にハンネローレが心底安堵したような笑顔を見せた。よほど気に病んでいたようだ。
 ハンネローレが安心したことにわたしもホッと息を吐きながら、オルタンシアに自分の疑問を向けた。

「上級司書が毎日シュバルツ達に魔力供給をしていれば管理者がハンネローレ様に代わるということはないと思っていたのですけれど、何故ハンネローレ様に代わってしまったのですか?」
「他のことに魔力が必要だったので、まだ魔力に余裕のあるシュバルツ達を後回しにしていたのです」

 オルタンシアの言葉にわたしは「図書館にシュバルツ達よりも大事な魔術具があったのですか?」と首を傾げた。貸し出し作業や無断持ち出しの登録など、日常業務においてシュバルツ達よりも必要な魔術具があるとは思えない。
 わたしの疑問にオルタンシアは困ったような、助けを求めるような視線をアナスタージウスとエグランティーヌに向けた。

「日常業務として考えるならば、シュバルツ達は大事であろう。だが、王族からの命を受けているオルタンシアには他にもしなければならないことがあったのだ」
「ソランジュ先生からお借りした本にも記述がございましたから、ローゼマイン様もご存知でしょう? 上級司書の鍵がなければ開かない書庫があることを」

 開かずの書庫を開けてグルトリスハイトやそれに繋がる手掛かりがないかどうかを調べるのがオルタンシアの仕事の一つだったらしい。

「上級司書の部屋の登録をし直すのにも、鍵の管理者となるにも魔力が必要で、シュバルツ達に魔力供給をする余裕がなかったのです」

 鍵を手に入れたら魔力供給をする予定だったらしい。

「日誌やソランジュの話によると、鍵は三本あって、全てがなければ書庫を開けることはできません。ですから、三本の鍵を手に入れようとしたのですけれど、一人では一本しか持てない結果に終わったのです」

 魔力を注ぎ込めば鍵を得られると思っていたが、鍵が三本あれば良いのではなく、鍵を持てる者が三人必要だったそうだ。二本目の鍵の管理者として登録されると、一本目の管理者資格を失ったらしい。

「そこで、図書委員には鍵の管理者になっていただきたいのです」
「中央から司書を呼ぶのではないのですか?」
「そうしたいのは山々なのですけれど、本当に重要な物があるのかどうかわからない書庫を開けるためだけに三人の上級文官を貴族院に集めることは難しいのです」

 学生相手の日常の業務ならば、シュバルツ達とソランジュで回していける。そこに三人の上級文官を派遣し、何もありませんでしたという結果に終わった時に納得できるような人材的余裕はないらしい。王族からも「よほどの発見がない限りはオルタンシアのみ」と言われているそうだ。

「普段は開けていなくても全く問題のない書庫です。シュバルツ達に魔力供給をするよりは領主候補生達への負担も少ないと思うのですけれど、いかがでしょう?」

 ソランジュがわたしとハンネローレを見ながらそう言うと、アナスタージウスが頷く。

「シュバルツ達の魔力供給は中央で管理するため、オルタンシアとヒルデブラントで行う予定だ。在学中、ハンネローレとローゼマインはオルタンシア同様に鍵の管理者となり、書庫を開ける手伝いをしてほしい」

 鍵は図書館に保管しておくので、書庫を開けたい時に呼ばれるだけになるらしい。

「学年が上がって講義が忙しくなっても、鍵を開けるだけならばそれほどは負担になるまい。シュバルツ達のために大量の魔力を供給してもらうのは講義内容によっては大変になるからな」

 こちらの負担が減るように配慮されているらしい。アナスタージウスの言葉にわたしとハンネローレは顔を見合わせた後、コクリと頷く。

「わかりました。お引き受けいたします」

 わたし達が承諾したことに司書二人とアナスタージウスが頷いていると、ヒルデブラントがおずおずとした様子で口を開いた。

「あの、ローゼマインとハンネローレだけですか? 図書委員なのに私も鍵の管理者になるのではないのですか?」
「シュバルツ達に魔力供給をしたいと言ったのは其方ではないか」

 アナスタージウスの言葉にヒルデブラントは悲しそうに「それはそうですが……」と言って目を伏せた。

「……仲間外れになると思っていませんでした」
「貴族院に入学していない其方では書庫に入ったところで何の本があるのか判断することさえできまい」

 ヒルデブラントがしゅんと項垂れた。

「アナスタージウス王子、わたくしは書庫の本を読んでも良いのですか?」
「図書委員は鍵を開けるだけで、中を改めるのは司書の仕事だ。何があるのかわからないところへ立ち入られるのは困る」

 ……せっかくの新しい書庫なのに、ちぇ。

 自分が鍵を開けるうちの一人で、そこに読んだことがない本があるのに読めないとは拷問に等しい仕打ちではなかろうか。だが、グルトリスハイトがあった場合、色々と疑われているエーレンフェストのわたしがひょいひょいと近付かない方が良いことはわかる。

「す、すぐに入るのはできるだけ我慢いたしますから、わたくしが読んでも問題のない本や資料があれば読ませてくださいませ」
「確認した上ならばよかろう」

 真面目な話はそれで終わり、和やかな雰囲気でお茶会は始まった。それぞれが持ち寄ったお菓子が並べられ、それぞれが毒見を兼ねて一口ずつ食べて見せて、紹介する。

「こちらはエーレンフェストから買い取ったカトルカールのレシピにダンケルフェルガー特産のロウレを加えたものです。去年の領地対抗戦でローゼマイン様にいただいて、とてもおいしかったので、ダンケルフェルガーでも料理人に研究させたのです」

 ロウレを漬け込んでいるお酒もダンケルフェルガーの物のようで、風味が全く違う。

「お酒が違うのかしら? エーレンフェストで作るロウレのカトルカールとは違った味わいでおいしいですね。こうして、それぞれの土地に合わせた味が楽しめるのは素敵だと思います」
「わたくしはローゼマイン様が持って来てくださる新しいお菓子も毎年の楽しみですよ」

 ソランジュがクスクスと笑いながら、わたしが持参したヨーグルトムースのタルトに手を付けた。白いヨーグルトムースの上にルトレーベのジャムを模様のようにあしらっているので、見た目が豪華で冬らしいお菓子になっている。

「この白い部分の基本の味はヨーグルトですから、お好みで甘味を足してくださいませ」

 中央から持って来られたお菓子は見た目が可愛らしいけれど、やはり甘すぎる。わたしは頑張って食べたけれど、どれもこれも三口でリタイアした。
 お茶とお菓子を一通り楽しんだ後は本の感想を言い合うのだ。

 ……これぞ本好きのお茶会! 楽しすぎるよ!

「ローゼマインが貸してくれた騎士物語は貴族院入学前の私にも読みやすい本で、とても楽しく読めました」

 ヒルデブラントにとって騎士物語は勉強の進度としてもちょうど良い読み物だったらしい。ちょっと難しいけれどドキドキハラハラして続きが気になり、夢中で読んだそうだ。

「私もあの物語のように想いを寄せる姫のために美しい魔石を捧げられるように全力を尽くしたいと思います」

 やや興奮した面持ちでどの騎士のお話がよかったのかを語るヒルデブラントの紫の瞳はキラキラに輝いていて、強い魔獣を倒せるように強くなりたいと言う姿には、男の子だなぁ、という感想が湧いてきた。皆も微笑ましく見ているのがわかる。

「レティーツィア様はとても可愛らしい方ですから、ヒルデブラント王子のように素敵な方から魔石を贈られればお喜びになるでしょうね」
「……レティーツィア、様ですか?」

 何を言われたのかわからないというようにヒルデブラントがきょとんとした顔で目を瞬いた。領主会議で発表されたはずだが、と思いながらわたしは首を傾げた。

「ヒルデブラント王子の婚約者はアーレンスバッハのレティーツィア様ですよね? フェルディナンド様がアーレンスバッハへ向かう際、境界門までお迎えに来てくださったのです。少しお話をさせていただきましたけれど、とても可愛らしい方でしたよ」
「そう、ですか。ですが、私は……」

 ヒルデブラントの少しトーンが落ちた様子に、もしかしたら、領主会議で発表されただけで当人達はまだ顔を合わせていなくて実感がないのかもしれない、と思い至る。その直後、思い出した。

 ……ヒルデブラント王子はシャルロッテが気に入っていたんだった!

 親に決められた顔も知らない婚約者の話題を出して、ほのかな初恋をぐりぐりと踏みにじってしまったのかもしれない。わたしは内心動揺する。

 ……でも、ここでいきなりシャルロッテの話題を出すのも変だし、周囲に初恋を知られたらヒルデブラント王子が困るよね? あああぁぁ、どうしよう!? ごめんね、ごめんね。初恋を踏みにじるつもりなんてなかったの! お母様が知ったら喜ぶかもなんて、考えてないからね!

「あの、ローゼマイン。私は……」
「ヒルデブラント王子もご婚約が決まったのですよね? おめでとうございます。」

 ヒルデブラントの呼びかけとハンネローレの言葉が被った。ハンネローレの言葉に皆がお祝いの言葉を述べ始め、ヒルデブラントは「恐れ入ります」と小さく笑った。婚約に自覚がないだけで、嫌なわけではないらしい。
 そう思っていると、ハンネローレがその場にいる皆を見回して、おどけるように微笑んだ。

「皆様には素敵なお相手がいらっしゃるのですもの。何だかわたくしだけ仲間外れのようですね」

 確かにハンネローレ以外は既婚者と婚約者持ちばかりだ。オルタンシアがクスクスと笑う。

「あら、ハンネローレ様は三年生ですもの。これからが一番楽しい年頃でしょう? どなたか意中のお相手がいらっしゃらないのですか?」
「いいえ。でも、そうですね。……ローゼマイン様が付けていらっしゃるような素敵なお守りを贈ってくださる殿方に求愛されてみたいです。エーレンフェストの恋物語のように」

 恥ずかしそうに笑いながらハンネローレが首を振ってそう言うと、わたしの虹色魔石の簪に視線が集まった。わたしは少し頭を揺らして、虹色魔石に触れる。

「これはわたくしの保護者が心配をして魔石を準備し、フェルディナンド様がデザインしてくださって、ヴィルフリート兄様から贈られたお守りなのです」

 ここでもフェルディナンドのセンスが悪くないことを訴え、ヴィルフリートから贈られたことを強調しておく。

「……それほどの魔石を準備してくださるなんて、ローゼマイン様はエーレンフェストで大事にされていらっしゃるのですね」

 目を瞬きながら虹色魔石の簪を見ているエグランティーヌの言葉にわたしは笑顔で頷いた。

「とても大事にされていると思います。わたくしの我儘を聴いてくださって、このように領地内でわたくしが好きな本を作ることを許してくださいましたし、図書館もいただきましたから」

 わたしはそう言いながら、皆に貸せるように持って来た本を示した。

「今年も新しい本があるのですか? エーレンフェストの恋物語はわたくしも拝読いたしましたけれど、時折知っているお話があって楽しゅうございましたよ。このお話はあの方かしら? と考えていると、自分の貴族院時代の思い出が蘇って非常に懐かしい心地になりました」
「ソランジュ先生に喜んでいただけて嬉しいです。今年の貴族院の恋物語は他領の文官見習い達が集めてくださったお話で構成されているので、これまでの物語とは違ってどなたの物語なのか特定がずっと難しくなっているのですよ」

 エーレンフェストのお茶会で集めた話はお母様やそのお友達が知っている世代のお話が中心だったのでエーレンフェストに比重が偏り、そうでない場合は貴族院で語り継がれているような有名な話が多くて特定が比較的容易だった。
 しかし、礼金目当てに文官見習い達が集めて来たお話は、少しでも高い値を付けてもらえるように他の人とかぶらないようにするため、マイナーなお話も多く、領地も様々で特定が難しくなっているのだ。

「恋物語だけでもなく、殿方のための本も準備しています。宝盗りディッターを通して友情を育む物語です。アナスタージウス王子も興味がおありでしたら、お貸しいたしますよ」
「興味はあるが、ヒルデブラントを待たせるのは可哀想ではないか?」

 アナスタージウスがくいっと指をヒルデブラントに向けた。お預けを食らった犬のようにヒルデブラントが萎れている感じになっている。普通は本が一冊しかないので、身分的にアナスタージウスに貸せば、ヒルデブラントは回って来るのを待たなければならないからだ。

 ……でも、心配ご無用!

「お二人に同時にお貸しできますから大丈夫です。ブリュンヒルデ、リヒャルダ、貴族院の恋物語とディッター物語をお配りしてくださいませ」
「かしこまりました」

 ブリュンヒルデがローデリヒのディッター物語を、リヒャルダが新作の貴族院の恋物語を配っていく。ディッター物語はダンケルフェルガーとのお茶会で最初に披露する予定だったが、アナスタージウスとヒルデブラントが楽しめそうな男の子向けの新作がこれしかないので、王族にお披露目となった。

 ……いきなり王族に読まれるなんてすごいね、ローデリヒ!

 そっと視線を向けると、ローデリヒはものすごくいたたまれない顔で部屋の隅に立っている。反応が知りたいけれど、知りたくないみたいな顔だ。

 配られた本を手に取ったエグランティーヌが橙の瞳を瞬いた。

「……ローゼマイン様、これらは全く同じ本なのですか?」
「えぇ。同じ本を作る技術を印刷と言って、これからエーレンフェストの新しい基幹産業にする予定なのです。ダンケルフェルガーの歴史本もこうして売りに出すことが決まっています。内容の確認をしてもらってからになるので、すぐに出せるわけではないのですけれど」

 わたしが印刷の説明をすると、ソランジュとオルタンシアが自分の持っている本を見比べて「本当に、絵まで一緒ですね」と驚きの声を上げた。

「字が美しく揃った中身はともかく、表紙は何とかならぬのか?」

 パラパラと本を捲ったアナスタージウスが顔をしかめた。やはり装飾過多な表紙になれている貴族には評判が良くないようだ。

「この花を閉じ込めた紙が一応表紙なのですよ。そして、エーレンフェストの本がこのように紙の表紙を付けているのは、ご自分でお好きな革の表紙を付けるためなのです。アナスタージウス王子とハンネローレ様では好む表紙も違うでしょう? けれど、こちらは糸で綴じてあるだけなので、容易に解くことができ、工房に持ち込んで表紙を作る際も手間がかかりません」
「ふぅむ……」

 アナスタージウスはまだ不満そうに本を見ている。表紙が付いていない状態の本を見たことがないのかもしれない。

「エーレンフェストの本は中身だけの販売だと考えてくださいませ。表紙の加工をしないため、安く仕上げることができるのです。下級貴族や中級貴族にも買っていただきやすいように工夫しているのです」

 中級貴族のソランジュは「とてもありがたい配慮ですね」と喜んでくれる。ハンネローレもエーレンフェストの本を手にニコリと笑った。

「エーレンフェストの本は軽くて持ち運びがしやすいですし、こうして捲りやすいのでわたくしは好きですよ。文官や側仕えに手伝ってもらわなければ読めない本よりもずっと親しみやすいです」

 分厚いダンケルフェルガーの本へ一度視線を向けたハンネローレの言葉にヒルデブラントも賛同した。

「わかります。書見台の前で立って読まなければならないくらいに大きくて分厚い本に比べると、扱いがとても楽ですよね?」

 ……立って読まなきゃいけないくらいに大きい本って、何それ、読みたい!

 身を乗り出しかけたところを背後に控えるブリュンヒルデにそっと押さえられた。わたしはネックレスの魔石に変化がないことを確認して座り直す。

「エーレンフェストはこのように薄い本しかないのか?」
「糸で綴じてあるだけですから、それほど分厚くはできないのですよ。ですから、数で勝負です」

 わたしはそう言ってブリュンヒルデを振り返った。コクリと頷いたブリュンヒルデがリヒャルダと一緒にもう一冊の本を配り始めた。
 お母様の最新作「フェルネスティーネ物語」である。フェルディナンドの結婚が決まった時に荒ぶった感情を叩きつけたお話で、さすがにそのままではまずいということで、主人公の性別を変更して書かれている。

 幼い頃に母親を亡くし、父親につけられた側仕えと共に細々と暮らしていたフェルネスティーネ。洗礼式を前に、父親に引き取られることになって連れて来られた先は領主の城。なんとフェルネスティーネは領主候補生だったのです。

 それから始まる義母の執拗な苛め。貴族院へ入ると、フェルネスティーネは美貌と優秀な成績で目立つようになった。他の領主候補生に妬まれて嫌がらせをされたこともあるけれど、義母にされたことに比べれば些細なことだ。
 義母のいない貴族院で初めての自由を経験し、そして、フェルネスティーネは王子と恋に落ちた。けれど、フェルネスティーネは母のない領主候補生。王子とは釣り合わない、と周囲に反対される。

 王子と引き離すために王命で大領地へ嫁ぐことが決まってしまったフェルネスティーネ。その大領地は義母の出身地で、結婚相手は義母によく似た面差しのいじめっ子であった。
 王命に背くことはできないと泣く泣く嫁ごうとするフェルネスティーネを王子は諦めなかった。あの手この手でフェルネスティーネを救おうとする。最初は迷惑になるから、と拒んでいたフェルネスティーネも、何度も王を説得し、結婚の許可を得てきた王子の手を取りハッピーエンドというお話である。

 ……どんなにご都合主義でもヒロインは救われなければダメらしい。

 これを読んだ養父様はフェルディナンドがモデルであることに気付いて、「エルヴィーラは怖いもの知らずだな」と大笑いしていたが、よほど親しい者でなければわからないようで、エーレンフェストでもフェルディナンドがモデルだと気付いた者は少ない。

 ちなみに、このフェルネスティーネ物語とローデリヒのディッター物語は長編で、これは今までの短編集と違って、続き物である。物理的に一冊に収まらなかったのと、印刷に時間がかかりすぎるため、できた分ずつ出していくことになっている。
 皆が楽しみに本を持っている様子を見て、わたしはニヤッと笑った。これは続きを求めて本を欲しがる人をユルゲンシュミット全体に広げる壮大な計画の第一歩なのだ。

 ……皆、わたしと同じように「続きが読みたくてたまらない病」にかかると良いよ! わたしの本好きウィルス、皆に広がれ!

 
シュバルツ達の管理者が変更した理由も話され、鍵の管理者となることが決まりました。
魔力いっぱい吸い取ってくれてもいいんだけど、と思っても口にはしません。
そして、お披露目される新作の本。
ローデリヒ先生のデビュー作をエーレンフェスト以外で初めて読むのは王族です。

次は、ダンケルフェルガーとのお茶会兼打ち合わせです。
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