挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第五部 女神の化身

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

470/677

奉納舞(三年)

 ……のおぉぉ、ハンネローレ様にドン引きされた。

 大事な本好きのお友達に引かれたショックで肩を落としながら、わたしはのそのそとレッサーバスで寮の階段を下りていた。昼食の準備ができるまで多目的ホールで待っていてほしいと言われたのだ。多目的ホールではヴィルフリートとシャルロッテがすでに本を読みながら待っていた。

「お姉様、午後からは奉納舞のお稽古ですから、ご一緒できますね」

 わたしに気付いたシャルロッテが顔を上げてそう言った。わたしは笑顔で頷いた後、とんでもないことに気付いて一瞬で血の気が引いていくのを感じていた。魔力制御が利かない今の状態で奉納舞のお稽古をすれば祝福が止まらなくなるのは目に見えている。午前中の講義で引かれたのに、午後にもやらかしたら確実にハンネローレに距離を置かれてしまうかもしれない。

 ……それは嫌あぁ! 神頼みだけじゃなくて、何とかしなきゃ!

「ヴィルフリート兄様、シャルロッテ。わたくし、魔力の制御ができなくて、お稽古で祝福が止まらなくなりそうなのですけれど、何とか止められる良い方法はないでしょうか?」

 わたしの言葉にヴィルフリートとシャルロッテはもちろん、多目的ホールにいた皆が真剣に悩み始めた。それというのも、わたしが音楽の講義でぶっ放してしまった祝福が届いた子供達は周りから奇異の目で見られて大変だったらしい。もはや、エーレンフェスト寮の学生にとっては他人事ではないのだ。

「……ヒルシュール先生は魔力を使えば良いと言っていなかったか?」

 ヴィルフリートの提案にわたしは首を横に振った。わたしだって全く対策を練らなかったわけではないのだ。

「昨日の土の日に採集場所で魔力を使って来たのですけれど、あまり意味がありませんでした」
「なるほど。突然の祝福に驚いたが、あれは魔力を減らすためだったのか」

 ヴィルフリートが軽く溜息を吐くと、シャルロッテが藍色の瞳を瞬かせてわたしを見る。

「お姉様はあれだけの祝福を行っても意味がなかったのですか!?」
「うむ。午前の講義ではローゼマイン一人だけほぼ最後に近いところまで課程を進めていたくらいに意味がなかった。ついでに、隣の席だったハンネローレ様に驚かれて傷ついたらしい。同じようにご加護を得ているのに苦労しないのはずるい、と私は八つ当たりされたのだ」

 ヴィルフリートの言葉にシャルロッテが「もっと魔力を使わなくてはならないのですよね?」と呟く。

「午後の講義までに空の魔石や魔術具に余分な魔力を込めたいのです、と今からエーレンフェストに手紙を送れば、食後には空の魔石が届くのではないでしょうか?……冬の主の討伐が近いので、騎士団の者達は助かると思いますよ」

 ほんの一瞬、視線だけが旧ヴェローニカ派の子供達に向いた。粛清もしたので魔力不足では? という言葉をシャルロッテは呑み込んだのがわかった。

「冬の主の討伐に協力するならば、ローゼマインの魔力で育てた採集場所の薬草は品質が上がっているのであろう? 回復薬の作成に備えて薬草を摘み取ってエーレンフェストに送り、また採集場所を回復させておくのはどうだ?」
「さすがにお昼休みの間にできることではありませんから、今日は無理でしょうけれど、良い案だと思います。エーレンフェストも助かりますし、わたくしも助かりますもの」

 わたしはその場でフィリーネに指示を出して、エーレンフェストに向かって緊急の手紙を書いた。「加護が多すぎて魔力制御ができず、午後の奉納舞のお稽古で大量の祝福が飛び出しそうです。奉納式用、冬の主の討伐用、何でも受け付けます。空の魔石や魔術具を至急送ってください」と。

「ローデリヒ、これを大至急と伝えて、エーレンフェストに送ってくださいませ」
「かしこまりました」

 ローデリヒが速足で退室して行く背中を見ていると、ユーディットが小さな声で問いかけて来た。

「あの、ローゼマイン様。それほど魔力が上がっているのでしたら、わたくしの魔石にも魔力をいただいて良いですか?」
「いいですよ、ユーディット。……ユーディットだけではなく、魔力が必要な者は申し出てくださいませ! 奉納舞に向かうまでならば、わたくしの魔力は無償で提供します。切実なのです!」

 多目的ホールがざわりとした。けれど、領主候補生から魔力をいただくなんて畏れ多い、という雰囲気が漂っている。そんな中、レオノーレが腰に下げている革袋からジャラリと魔石や魔術具を取り出した。

「では、こちらによろしくお願いします。訓練で使ってしまったので、魔力を込めなければならないと思っていたのです」
「わかりました」

 わたしが魔力を込め始めると、ヴィルフリートの護衛騎士であるアレクシスがおずおずとした様子で「私の魔石でも良いのですか?」と質問してくる。

「もちろんです。アレクシスでもナターリエでもマティアスでもラウレンツでも構いません」

 わたしが多目的ホールの中を見回しながら頷くと、最低限の護衛を残して、騎士見習い達が一斉に魔石や魔術具を取りに自室へ駆け出した。一歩遅れて文官見習いと側仕え見習い達が続く。

「姫様、ご自分の魔力を無償で提供するのはあまり感心できることではございませんよ」
「知っています。けれど、わたくしは切実なのです」

 わたしは自分の護衛騎士の魔石に魔力を満たしながら唇を尖らせる。好きで魔力を垂れ流しているわけではない。いつどこで発生するかわからない祝福テロを抑えるためなのだ。

「どうぞよろしくお願いいたします!」

 ずらりと並べられた魔石にはやや大きい物もあれば、小さい物もある。わたしは並んだ魔石のいくつかを指差した。

「このように小さい魔石は金粉化する恐れがあるので、気を付けてくださいませ」

 わたしの言葉に魔石として使いたい者は慌てて魔石を引っ込めた。けれど、金粉という言葉に目を輝かせて小さめの魔石を出してくる文官見習いもいる。わたしの前のテーブルにはたくさんの魔石が並んでいる。それに手を伸ばして、次々と魔力を流していく。

「ありがとう存じます、ローゼマイン様」
「助かります」

 皆がほくほくの笑顔で自分の魔石を眺めたり、金粉を片付けたりしていると、食事の準備が整ったようで鈴の音が響いて来た。

「残っている魔石は食後に込めますね」



 食事を終えたわたしはどんどんと魔石に魔力を注いでいく。たくさんの加護がついたせいで体感する消費魔力が本当に少ない。

「どの程度まで使えば祝福を抑えられるでしょうね?」
「他の者にはわかりませんよ」

 エーレンフェストからも空の魔石第一弾が届いた。夜には第二弾が届くらしい。わたしは早速魔力で満たして送り返してもらう。養父様が届けてくれた魔石は大きい物が多く、結構魔力を吸ってくれた。

「……これで大丈夫かしら?」
「これでもダメで祝福が止まらなそうだと思えば、合格を得た時点でいつも通りに倒れてうやむやにすればどうだ?」

 ヴィルフリートの提案にシャルロッテが頷く。

「お姉様は倒れるほど魔力を使ってでも皆に祝福をしたかったようです、と言えば、少しは魔力が有り余っていて困っているという印象を拭えるのではないでしょうか?」
「シャルロッテ様、倒れるまで祝福を行ったと言えば、魔力の量は誤魔化せるかもしれませんが、ローゼマイン様の聖女伝説が加速いたします」

 聖女伝説の加速というブリュンヒルデの言葉にわたしが「それは困ります」と言うと、シャルロッテは頬に手を当てて首を傾げた。

「でも、もうお姉様の聖女伝説は否定できませんよね? 正確な数が言えないほどのご加護を神々から賜り、魔力が多すぎて何かの拍子に祝福が溢れて困っているのですから」
「うぅ……」
「どの程度まで誤魔化して、聖女として周囲に対してどのような印象を与えるかという点が重要で、魔力量が多くてお祈りと祝福をよく行う聖女であることはすでに知れ渡っていますし、否定の材料がありません」

 わたしは別に聖女ではないが、言動に関しては本当に否定できない。

「ローゼマインの印象操作に関しては後で話し合うことにして、午後のお稽古について考えた方が良かろう。もう時間がない。ギリギリまで祝福を抑えられるように叔父上にもらっているお守りを全て身につけて、少しでも魔力が零れないように対策を講じた方が良いのではないか?」
「そうします」

 わたしは一度自室に戻り、フェルディナンドにもらったお守りをとりあえず全部つけて、魔石の連なったネックレスもつけた。表に見えているお守りの数は多くないが袖の中や服の下は魔石でいっぱいである。

「これくらいすれば、大丈夫でしょう。ヴィルフリート兄様、シャルロッテ。いざとなったら、わたくしを小広間から連れ出してくださいませ」

 奉納舞は領主候補生だけだ。今回頼れるのはヴィルフリートとシャルロッテの二人だけである。二人が大きく頷くと、「わたくしも本日は扉の外で待機しておきましょう」リヒャルダも請け負ってくれた。



 そして、気合を入れて三人で小広間に入った。奉納舞のお稽古にこれだけ緊張するのは初めてだ。ヴィルフリートはさっさとオルトヴィーンのところへ向かい、シャルロッテは自分の友人であるルーツィンデに挨拶している。
 わたしはルーツィンデに挨拶をした後、ぐるりと小広間の中を見回した。

 ……あ、いた。ハンネローレ様。

 ついさっき引かれたばかりである。挨拶しても大丈夫かどうか非常に悩むところだ。ここで避けられたら、しばらく隠し部屋に籠りたくなるくらいに落ち込むと思う。考え込んでいると、目が合ったハンネローレがニコリと笑って軽く手を振ってくれた。

 ……避けられてない! 良かった! 神様、ありがとう!

 せっかくなのでハンネローレのところへ挨拶に行こうとしたら、シャルロッテに腕を引かれて止められた。

「お姉様、少し気分が昂ぶっているように見えますけれど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」

 ……そっか。興奮してもダメだ。抑えて、抑えて。

 わたしが胸元を押さえて深呼吸していると、心配そうにルーツィンデがわたしを見下ろしてくる。

「今日のローゼマイン様はお体の具合があまりよろしくないのですか?」
「悪いわけではないのですけれど、奉納舞はお姉様に少し負担が大きいのです。運動量もそうなのですけれど、神様に捧げる舞ですから神殿長のお姉様はどうしても力を込めてしまうのですって」

 シャルロッテは心配そうにそう言って、そっと溜息を吐いた。これで祝福が飛び出しても少しは言い訳になるし、倒れた振りをしても問題ないだろう。素晴らしい下準備である。

 ……さすがシャルロッテ! わたくしの妹!

 心の中でわたしがシャルロッテを絶賛していると、ハンネローレ様の方からこちらへ近付いて来てくれた。ハンネローレがちらちらと様子を窺っているのは一緒にこちらに向かって来るレスティラウトだ。

「ごきげんよう、ローゼマイン様」

 わたしに話があるとハンネローレの挨拶で気付いたシャルロッテとルーツィンデがすっと場所を移動し始める。わたしはハンネローレとレスティラウトを見つめてニコリと微笑んだ。

「ごきげんよう、ハンネローレ様、レスティラウト様。何か御用でしょうか?」
「あぁ。エーレンフェストとダンケルフェルガーのお茶会はいつ頃に行うつもりだ? エーレンフェストに頼んだ髪飾りの出来栄えによっては、別の物が必要かもしれぬ。なるべく早く行ってほしいものだ」

 トゥーリの作った髪飾りに満足できなければ別の物を準備するというレスティラウトにちょっとカチンと来ていると、ハンネローレが頬に手を当てて首を振った。

「お兄様、エーレンフェストの髪飾りがどのような出来か、楽しみで仕方がないと正直におっしゃってはいかがです?」
「エーレンフェストのような田舎者にどの程度のことができるのか興味があるだけで、別に楽しみというわけではない」
「ローゼマイン様は全ての講義で初日に合格してしまうので、こうしてお顔を合わせる機会にお約束をしたいと考えて、わたくしに一緒に来るようにおっしゃったではありませんか」

 フンと鼻を鳴らしながらそっぽ向くレスティラウトの言葉とフォローに回っているハンネローレのどちらを信用するかなんて簡単だ。わたしはハンネローレのお友達である。

「レスティラウト様、楽しみにしてくださって嬉しいです。ただ、わたくし、今年は文官見習いのコースも取る予定なので、もうしばらく社交には時間が必要です。……そうですね、十日後に一度お互いの予定を確認いたしませんか? その頃には少し予定が立つと思います」
「と、十日後か。良いだろう」

 レスティラウトが頷くと、ハンネローレも話がまとまったことに胸を撫で下ろしたようだ。ふんわりとした笑みを浮かべた。
 そこに一つの声が間を割って滑り込んできた。

「あら、レスティラウト様もエーレンフェストに髪飾りを注文されましたの? 婚約者がエーレンフェストの者ですから、わたくしも注文したのですよ」

 ホホホと笑いながら入って来たディートリンデにレスティラウトがムッとしたように口元を歪めた。

「エーレンフェストのような田舎者にどの程度の物ができるのか、確認したかっただけだ」
「あら、それでもレスティラウト様もエスコート相手に贈るのでしょう? わたくしが贈られるのと同じように」

 ……あ、そうだ。ここでディートリンデ様の髪飾りのデザインにはフェルディナンド様が関わってないことを強調しておかなきゃ!

 自分の使命を思い出して、わたしは笑顔を作る。

「ディートリンデ様は交流を持つためにわざわざエーレンフェストに足を運んでくださったのです。気に入った飾りが良いということで、その時にご自身で選ばれました」
「……婚約者に見立ててもらった物ではないのか?」

 レスティラウトの言葉にディートリンデが笑みを深くする。

「もちろん婚約者がわたくしのために贈ってくださるのですよ」
「ふーん……。其方の婚約者のセンスはそれほど悪くないと思うが……」

 レスティラウトがそう言いながら、わたしの髪飾りとディートリンデに視線を向ける。

「其方の婚約者は一体どのような物を注文したのだ?」
「わたくし、まだ受け取っていませんから、実物がどのような出来か存じませんの」

 あくまで自分が注文したのではなく、婚約者に贈られる物だと言い張るディートリンデがわたしをちらりと見た。説明しろという視線を受けて、わたしはレスティラウトにディートリンデの髪飾りの説明を始めた。

「シェンティスの花の髪飾りを五つです。大きさは少し小ぶりですけれど、アドルフィーネ様の髪飾りを想像していただけるとわかりやすいのではないでしょうか。五つの花は赤から白へ少しずつ色の違うのが一番の特徴です」

 わたしの説明にハンネローレが驚いたように目を瞬き、レスティラウトが呆れたような顔になった。

「……其方は卒業式のために五つも注文したのか?」
「わたくしの婚約者はわたくしのために最も素晴らしい髪飾りを贈ってくださるようですね。どのような髪飾りなのか、今から楽しみでなりません」

 ディートリンデが赤い唇を釣り上げて微笑む。困ったことにディートリンデから自分のデザインだという言質が取れない。仕方がないので、わたしはちょっと方向転換することにした。花のデザイン自体はアドルフィーネに贈った物に似ているのだから悪くない。要はディートリンデの飾り方が悪かった時に「向こうのセンスが悪い」と言えれば良いのだ。

「五つの花に驚いていらっしゃるようですけれど、決して無駄にはなりません。花は全て色違いですから、組み合わせによって清楚にも豪華にも仕上がりますし、数を調節することで普段使いから華やかな場所でもご使用いただけるのです」
「なるほど」

 その時に合わせて組み合わせを変えるのは面白い、と呟きながらレスティラウトが考え込む。その様子にディートリンデが胸を張って微笑んだ。

「そのように色々と使える髪飾りが良いと提案したのはわたくしなのですけれど」
「エーレンフェストはディートリンデ様のご要望にお応えできたと存じます。本当に素晴らしいデザインでしたもの」

 わたしが持ち上げると、ディートリンデは満足そうな笑顔で何度か頷く。

「そうでしょう? エーレンフェストの職人だけに任せるわけには参りませんもの。自分に似合う物を一番よく知っているのはわたくしですから」

 ……提案したの、ブリュンヒルデ達だけれど、まぁ、いいや。とりあえず「自分がデザインした」って言質は取れたみたいだし。

「其方が考案した髪飾りが一体どのような物なのか、卒業式が楽しみだな」
「えぇ、レスティラウト様もわたくしの髪飾りにはアッと驚くことになりましてよ。ホホホ……」



 そんな話をしているうちに先生方が入って来た。その集団の中にはエグランティーヌの姿もある。

「本日はエグランティーヌ様がお手本を見せてくださるそうです。最上級生はもちろん、下級生の皆様もよく見ておいてくださいませ」

 奉納舞の先生がそう言うと、エグランティーヌ様はニコリと微笑んで黒のマントを外して、連れて来ていた側仕えと思われる女性に手渡す。
 そして、すでに舞が始まっているのではないかと思うほどに優雅で流れるような動きで部屋の中央に移動すると、スッと跪いた。

 静かに俯いていた顔がクッと上げられ、ふわりと体が動き始める。高く亭々たる大空に向かってしなやかな両腕が伸ばされた。

 ……なんて綺麗!

 溜息しか出ない。わたしはうっとりしながらも、エグランティーヌの舞をほんの少しも見逃すまいと目を凝らして見つめる。指の動き、長い袖の翻り、視線の動き、全てが完璧だ。見ているだけで幸せになれそうだ。

 エグランティーヌの奉納舞にうっとりとしていると、いつの間に近くに来ていたのか、今年の光の女神役のディートリンデがわざとらしく息を吐いたのがわかった。

「エグランティーヌ様に悪意はないのでしょうけれど、ご自信はずいぶんとおありなのでしょうね。すでに卒業している方が舞うなんて、まるで冬の神の後押しをする混沌の女神のようだと思いませんこと?」

 ……エグランティーヌ様のお手本を余計なお世話とかでしゃばりって文句を言っている暇があるなら、よく見てお稽古に活かせば良いのに。レスティラウト様の闇の神に比べると、ディートリンデ様の光の女神は見劣りするんだよ。

 エグランティーヌの舞から目を離さずに心の中で反論していると、ディートリンデに話しかけられていたシャルロッテはおっとりとした声で言った。

「わたくしが入学した時にはエグランティーヌ先生はもう卒業されていらっしゃいましたから、このように素晴らしい舞を拝見できて嬉しく存じます」

 エグランティーヌのお手本を見た後は、自分達のお稽古の時間である。低学年は見学するけれど、それ以外は学年ごとに分かれて練習することになる。
 わたしが三年生の場所に向かっていると、エグランティーヌがニコッと笑った。

「素晴らしい舞を一年生で見せてくださったローゼマイン様が、今どのくらい上達したのか楽しみにしていますね」
「期待が重すぎます、エグランティーヌ先生」
「フフッ」

 楽しみにしているのは本当なのだろう。エグランティーヌは本当に舞が好きだから。しかし、少しでもわたしから情報を得ようとしているのも本当なのだろう。そうでなければ、稽古場に足を運ぶとは思えない。

 ……祝福は出さない。

 壁際で見ているシャルロッテと目が合った。シャルロッテも緊張しているようで指を組んでじっとわたしを見ている。

 ……緊張しちゃうね。

 祝福を溢れさせることなく、奉納舞を終わらせなければならないのだ。ゆっくりと息を吸って、わたしはその場に跪いた。

「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」

 最も順位の高い領地の領主候補生ということで、ハンネローレが最初の文言を口にした。それに唱和するのだが、祝福を出すわけにはいかないわたしは口を動かすだけで声を出さずに済ませる。

 ……ここからお祈りのポーズ。

 奉納舞は祝福の危険に満ちた舞である。わたしは指先まで神経を行き届かせ、魔力が一滴も漏れないように細心の注意を払いながら舞った。こんなに真剣に舞ったことないよ、と胸を張って言えるほど真剣である。

 動きがそれほど速くない部分ですでに体が熱くなってきて汗が浮かんできた。呼吸が少し苦しい。パーッと祝福してしまえば楽になれるのだが、これ以上貴族院で目立つわけにはいかない。手を伸ばしてくるりと舞えば、髪と一緒に長い袖が翻る。

 ……もうちょっと。

 動きが速くなるのに合わせて呼吸が荒くなってくる。なるべく息を乱さないように舞うことに集中し、熱い熱となって暴れようとする魔力を完全に自分の中に閉じ込めた。
 指先が空気を切り、回る頬に当たる空気が冷たく感じながら、最後にまた跪く。それで終わりだ。額から汗がぽたりと落ちたが、祝福は溢れなかった。

 ……やり切った! わたし、頑張った。誰か褒めて!

 ホッと息を吐いた瞬間、初めてわたしは気が付いた。

 ……何これ!? わたし、ピカピカに光ってる!

 身につけていた全ての魔石に魔力が満ちているようで、ネックレスやブレスレットのお守りを始め、全身につけている魔石のお守りが自己主張激しく光っていた。
 思わず体勢を崩して座り込み、魔術具を手で押さえる。それでも、光は消えない。

 ……これはセーフ? アウト?

 自分がどういう状態なのか、自分ですぐには判断できなくて、わたしはシャルロッテに視線を向けた。ハッとしたようにシャルロッテが顔色を変えてわたしに駆け寄って来る。

「お姉様、どれほど魔力を込めて祝福しようとなさったのですか!? このままではまた意識を失って倒れてしまいますよ」
「しゅ、祝福には至りませんでしたよね?」

 溢れてないよね? と確認すると、シャルロッテはコクリと頷いた。

「祝福には至りませんでしたが、それでも、お姉様が神に祈るお心だけは十分に伝わってまいりました。もう十分です。お兄様、早くお姉様を寮へ連れて戻ってくださいませ」
「ダメです、シャルロッテ。お稽古の合否がまだ……」

 これだけ頑張ったのに、合格を勝ち取らずに寮に戻ることはできない。わたしが先生を見上げると、先生もハッとしたように口を開いた。

「ローゼマイン様が全身全霊を込めた舞は拝見いたしました。もちろん合格ですから、早くお体を休め、くれぐれもご自愛くださいませ」
「恐れ入ります」

 頭を下げたわたしは周囲がポカンとした顔でわたしを見ていることに気付いた。これだけ光っていれば注目されても当然だ。

「皆様、この場をお騒がせして申し訳ございません」

 ……これだけ念入りに準備したのに、わたし、アウトだった!

 シャルロッテとヴィルフリートに支えられるようにして、泣きたい気持ちと熱っぽい体でフラフラとわたしは小広間を出た。

「姫様……。わたくしが姫様を連れて戻りますから、ヴィルフリート坊ちゃまとシャルロッテ姫様はお稽古を続けてくださいませ」

 魔石の状態で全てを悟ったようにリヒャルダがそう言って寮へ連れて帰ってくれる。
 寮には空の魔石や魔術具第二弾が届いていたので、どんどん魔力を注いで行けば熱が取れて少しスッキリした。

「……リヒャルダ、これは?」
「アウブ・エーレンフェストからのお手紙ですね」

 魔石と一緒に養父様からのお手紙が届いていた。
 ヒルシュールとの面会日時を指定した手紙だった。
色々と対策を練ってみましたが、焼け石に水状態でした。
レスティラウトはこっそりディートリンデの髪飾りに対抗心を燃やしています。
そして、ディートリンデ様は絶好調です。

次は、ヒルシュールとアウブの面会です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ