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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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閑話 新しい子供達

「ヴィルマ、ハルトムート様がお呼びです」
「わざわざありがとう、モニカ。すぐ行きます」

 神殿では神官長の交代が行われ、ローゼマイン様は城へ向かわれました。それから冬の社交界が始まるまでの間、貴族関係者の立ち入りを監視するためにローゼマイン様の護衛騎士であるアンゲリカ様とダームエル様が神殿長室を守るため、交代で詰めていらっしゃいました。冬の社交界が始まると貴族は全員が城に集まり、社交に忙しくなるため護衛騎士の方々も城へ向かうのです。

 ただ、新しく神官長に就任されたハルトムート様は冬の社交界が始まってからも時折神殿に足を運び、青色神官達に指示を出したり、ローゼマイン様の側仕えを呼んで報告をさせたりするそうです。ハルトムート様にとっては初めての奉納式ですし、今年は奉納式にもローゼマイン様がお戻りにならないので、神殿情報を少しでもお手紙にしてローゼマイン様に届けたいとおっしゃいました。ハルトムート様のお心遣いはとてもありがたいものなのです。

「ハルトムート様、ヴィルマです」
「急なことですが、近いうちに新しい子供達が連れて来られます。孤児院の受け入れ準備はどのような状況でしょう?」
「お部屋の準備自体は整っています。ですが、ローゼマイン様にもご報告していたように食料、薪、布団などは足りていません。何がどの程度足りないかはフランかザームがまとめてくれていると思います」

 ローゼマイン様は部屋だけを準備すれば、後は運んでくるとおっしゃいました。わたくしの報告をハルトムート様が手元の木札に書き留めていきます。

「わかりました。……突然家族を失って不安定になっている子供達ばかりです。世話をするのも大変でしょうが、よろしくお願いします」

 ハルトムート様はニコリと笑ってそうおっしゃいました。ローゼマイン様の側近で、上級貴族ですが傲慢なところはなく、孤児院の皆にとても親切です。

 ハルトムート様は最初の頃、ユストクス様と一緒に孤児院へ足を運んでいらっしゃいました。ユストクス様はローゼマイン様が長い眠りにつかれていた時に工房や孤児院の管理を神官長の代理で行う貴族で、非常に話しやすく、貴族特有の傲慢さが少ない方で、孤児院でも工房でも慕われていました。

 けれど、おそらくハルトムート様の方が子供達には好かれていると思います。ハルトムート様は子供達にいつも領主の城や貴族院にいらっしゃる時のローゼマイン様についてお話をしてくださいます。子供達は気に入ったお話は何度も何度も繰り返してせがむのです。ハルトムート様が気分を害していないか、わたくしの方が心配になるほどですが、嫌な顔一つせずに笑顔で何度も同じお話をしてくださるのです。

 神官長が交代するに当たって、ハルトムート様が新しい神官長に着任されると伺った時には孤児院の皆で喜び合いました。普通は青色神官の中から選ぶのですから、灰色神官や巫女にひどい扱いをする神官長が着任する可能性もあったのです。
 ご自分の側近を登用してくださったローゼマイン様にも、青色神官でなくても神官長に着任するのを許してくださった領主様や神官長にも感謝しているのです。

「それから、ヴィルマ。例の物はできましたか?」
「完成間近です。たくさんの子供達を受け入れるのでしたら、その前に終わらせた方が良いと思っていたのですが、この時期はどうしても忙しかったもので、これから冬の手仕事代わりに完成させようと思っていたのです」

 わたくしはハルトムート様からローゼマイン様の姿絵の注文を受けています。青色巫女時代のものと今の神殿長になられてからの両方の姿絵です。青色巫女のローゼマイン様はフェシュピールを奏でる時の姿で、神殿長のローゼマイン様は水の女神 フリュートレーネの杖を構えた姿です。ハルトムート様はそのお姿にずいぶんと思い入れがあるようで細かい指示を受けましたが、自分なりに満足の行く絵に仕上がりつつあります。

「……確かに子供達が増えると更に忙しくなるでしょう。こちらもしばらくは忙しいので、少し落ち着くだろう奉納式の時に引き取ります。報酬は新しい絵の具でよろしいですか?」
「恐れ入ります」

 金銭をいただいても孤児院の中では使えないので、わたくしは絵の報酬に自分の欲しい物をお願いしています。ハルトムート様からローゼマイン様の姿絵を二つ、エルヴィーラ様から前神官長フェルディナンド様のフェシュピールを奏でる姿絵を一つ、注文を受けました。この春から秋にかけては楽しいけれど本当に大変な日々だったのです。

「この冬に入る子供達はコンラートと同じように元々貴族の子供です。ローゼマイン様は教育を施し、優秀な者は貴族社会に戻したいとお考えのようですが、孤児院での教育に問題はありませんか?」
「読み書き、計算、立ち居振る舞いに関しては特に問題ないとローゼマイン様はおっしゃいました。ただ、音楽の教養を身につけることが少し難しいです。孤児院には肝心の楽器がございませんから」

 孤児院の子供達に教えるロジーナの手伝いをしていましたし、多少の心得はあるので洗礼前の子供に教えるくらいはわたくしでもできるのですけれど、肝心の楽器がなければどうしようもありません。

「心配には及びません。楽器も教育に必要な物です。彼等の家にある分をこちらに持ち込みましょう」

 ハルトムート様はニコリと笑ってそう言うと、退室を促しました。わたくしは神官長室の側仕えロータルと共に孤児院へ戻ります。青色神官達が近付かないように、とハルトムート様が命じてくださったのです。

「ヴィルマはハルトムート様を信頼しているのですね」
「えぇ。ローゼマイン様の側近ですし、とてもお優しいですから。孤児院の皆も信頼しています。良い方が新しい神官長となってくださって嬉しいです」

 門番をしていた灰色神官が四人も連れ去られた衝撃は孤児院の中でも大きく、ローゼマイン様の奮闘で救い出されましたが、本来ならば放っておかれてもおかしくはないのです。そう考えると、孤児院を守ろうと考えてくださるローゼマイン様の意を汲んで、警戒してくださるハルトムート様の行動がどれほど素晴らしいかわかるでしょう。

「ロータルはハルトムート様をどのように思っていらっしゃるのですか?」
「何に関してもローゼマイン様が最優先で、神殿のためではなく、ローゼマイン様のために働く方ですね。ローゼマイン様が神殿のために動かれる方なので、今は特に問題ありませんが、前神官長のフェルディナンド様とは考え方も行動もずいぶん違います」

 ロータルは新しい主の考え方を理解し、最適の行動が取れるように動くのに少し苦労しているようです。主が変わるとそれまでのやり方が大きく変わるのは常なので、神官長室の側仕え達は今とても大変でしょう。

「……これまではフェルディナンド様が従来通りのやり方とローゼマイン様の新しいやり方が上手く噛み合うように調整していました。けれど、ハルトムート様はローゼマイン様の考えたやり方をそのまま押し通しますから、今まで以上に神殿が大きく変化すると思っています」

 ローゼマイン様が孤児院長となり、神殿長となった数年間で神殿の在り方は大きく変わりました。これまで以上に大きな変化というのがどのようなものなのか、わたくしには想像がつきません。

「どのように変化させたとしても、ローゼマイン様が神殿や孤児院を悪く変化させることはございません。それだけは信じられます」
「……ヴィルマもローゼマイン様を信じていらっしゃるのですね」
「えぇ。ローゼマイン様はエーレンフェストの聖女ですから」

 わたくしの言葉にロータルはクスリと笑いました。ハルトムート様が同じことを言ったそうです。



「デリア、リリー。近いうちに新しい子供達がやってくるそうです。元々は貴族の子だそうです」

 専ら小さい子供達の面倒を見ているのはデリアとリリーです。デリアは乳飲み子の頃からディルクの面倒を見ていたし、リリーは孤児院で出産した唯一の灰色巫女なので、幼い子供達はこの二人と接する時間がどうしても長くなります。

「たくさんの貴族の子供達が一度に孤児院へやってくるなんて、一体何が起こったのかしら?」
「わたくし達が知らない方が良いことなのでしょう」

 エグモント様が貴族女性を神殿に引き入れ、ローゼマイン様が狙われた時から警戒が厳しくなっているそうです。ハルトムート様は子供達の受け入れの話をしたり、冬の予定について話したりする時は青色神官達の動向にとても気を配っているようだとフランからちらりと聞いたことがありますし、青色神官達の側仕えを孤児院に近付けないようにしているそうです。

「灰色神官や巫女は青色神官達に命じられれば断れません。ならば、最初から知らない方が良いことも多いのだと思います。何が起こって連れて来られる子供達なのか知らない方が何の偏見もなくお世話できますから」

 貴族の子供はコンラートを受け入れたことがあります。あの子はひどい扱いを受けていた子供だったのですんなりと孤児院に馴染みましたが、唐突に家族を失った子供達は孤児院に上手く馴染んでくれるでしょうか。少し心配です。

「では、わたくしは子供達が増えて忙しくなる前にハルトムート様からお願いされているローゼマイン様の絵を仕上げてきますね。子供達が入って来ないように見ていてくださいませ」
「わかりました。それにしても、ハルトムート様は本当にローゼマイン様が大好きですよね?」

 呆れたようにデリアがそう言いました。ハルトムート様は孤児院で誰と話をしてもローゼマイン様のことしか口にされないので、そう思われるのも当然です。

 ……でも、デリアもローゼマイン様が大好きなのですけれどね。

 ディルクの魔力が溜まりすぎていないか、気にかけてくれるローゼマイン様の言葉を後で反芻するようにして嬉しそうに笑っているのを知っています。指摘するとツンツンしたことを言うので、わたくしは微笑ましく思っているだけですけれど、リリーはそうではありません。クスクスと口元を手で覆って笑いながら悪戯っぽくデリアを見つめます。

「あら、そんなことを言っても、ハルトムート様にローゼマイン様が風の盾を使ってディルクを救ってくれた時のことを何度もお話していたのはデリアではありませんか」
「あ、あれは、その……。もー! 良いではありませんか! ハルトムート様にローゼマイン様が最も神々しく美しいと思った時のことが聞きたい、と言われれば灰色巫女見習いに断れるわけがないでしょう! あたしは孤児院にいるように言われているから最近のローゼマイン様のことを知らないし、あたしが知っている中で一番ローゼマイン様が美しかったのはあの時なんですもの!」

 デリアが顔を真っ赤にしてリリーに文句を言い始めました。

「ふふっ……。デリアは図星を刺されすぎて混乱状態になると言葉遣いが乱れるのです。ね、ヴィルマ?」
「乱れてませんっ!」

 涙目になってしまったデリアを見て、軽く息を吐くと「ほどほどにね」とリリーを少したしなめて自室に向かいました。

 わたくしはローゼマイン様の側仕えなので一人部屋が与えられています。自室はローゼマイン様の絵が二つと絵画の道具でいっぱいです。汚れても良い服に着替え、エプロンを身に着けると、筆を執りました。
 一度ゆっくりと深呼吸し、静かに絵と向き合います。この時間がわたくしにとっては絵を描くうえで何よりも大事な時間なのです。
 どのように色を足していくのか自問し、少しでもローゼマイン様の美しさが伝わるように丁寧に色を重ねていきます。ローゼマイン様の夜色の髪をどのように艶やかに見せるのか、金の瞳をどのように色づけるのか考えるのはとても楽しい反面、最も気が抜けないところでもあるのです。特に瞳はよく感情を映していた青色巫女見習いの頃と、感情を抑えることに長けて来た今ではずいぶんと違って見えますから、表現できているかどうかは大事なところだと思っています。

 ……きちんと描き分けられているかしら?

 コトリと筆を置き、二つの絵を並べ、少し離れたところから見てみました。青色巫女見習いだったころの無邪気さは鳴りを潜め、今はずいぶんと貴族の淑女らしい表情や振る舞いになっているのがわかります。ご自分の家族を守るため、孤児達を守るため、今はエーレンフェストを守るため、ローゼマイン様はずいぶんと成長されたものです。

 ローゼマイン様のお体の方は長い眠りについていたこともあり、それほど変わっていないように見えますが、側近くに仕えているモニカによると夏の終わりから少し成長が見られるそうです。秋の成人式で着付けた時に儀式用の衣装が少し短くなっているように感じられたと言っていました。子供が大きく成長するのはやはり成長を司るライデンシャフトの威光輝く夏ですから、次の春には採寸をして儀式用の衣装をお直しに出そうと考えているそうです。

 ……これから成長されるのでしょうけれど、どれほど美しく成長されるか楽しみですね。

 おそらくハルトムート様はまた姿絵を注文されるでしょうから、わたくしもよくローゼマイン様の変化を見ておかなければなりません。



 それから数日後、冬の社交界が始まって十日とたたず、ハルトムート様の側仕えが子供を連れて孤児院へやって来るようになりました。騎士達が連れて来た子をハルトムート様が登録しているそうです。
 連れて来られるのはよちよち歩きくらいの幼い子供からディルクやコンラートと同じくらいの子供まで様々です。どの子も仕立ての良い服を着ていますが、怯えた顔をしていて、中には泣いている子も、警戒心も露わにこちらを睨みつけている子もいました。八割くらいの子が美しい魔術具をギュッと抱えています。

「ヴィルマ、全員で十七名です」

 最後に登録を終えた子供を連れて、ハルトムート様がやってきました。ロータル、ギル、フリッツ、モニカが一緒です。ハルトムート様の姿を見て、固まって立っていた子供達がビクリと怯えたように震えたのがわかりました。そんな彼等を見回し、ハルトムート様はいつも通りのにこやかな笑顔を浮かべます。

「今日からここが皆の家になります。孤児院に来た以上、もう貴族ではありません。これまでの生活とは全く違う生活になるでしょう。ローゼマイン様が皆を救いたいと願った慈悲の心に感謝して過ごしてください」

 孤児院の世話をするわたくし達の紹介をし、ディルクとコンラートを呼びました。そして、二人と視線を合わせるように少し身を屈めます。こうして孤児と視線を合わせようとしてくれるところもハルトムート様の良いところです。

「ここにいる子供達は皆、家族を失ったのです。ディルクとコンラートは皆に孤児院での生活の仕方を教えてあげてください。ローゼマイン様はこの子達を救うと決められましたから、できるだけの協力をお願いします」

 その言葉にディルクとコンラートが大きく頷きました。

「私達もローゼマイン様に救われましたから、彼等も救われてほしいです」
「二人とも良い子ですね」

 ハルトムート様が二人の頭を撫でて優しく微笑みます。

「今は不安だろうから、ローゼマイン様がいかに慈悲深くお優しいか、自分達がどのように救われたのか、よく教えてあげてください」
「はい!」
「皆、コンラートは元々貴族でした。そういう意味で貴方達と同じです。貴族街での生活とここでの生活の違いを一番よく知っているでしょう。わからないことがあれば尋ねると良いですよ。奉納式の頃には私も様子を見に来ますから」

 その後は孤児院の灰色神官に荷物運びを手伝うように指示が出されました。子供達の生活物資が騎士達によって運ばれて来るそうです。工房で力仕事に慣れている灰色神官達を連れてギルとフリッツが出て行きました。

「ローゼマイン様の騎獣があれば一度に終わることでも馬車を何台も使わなければならず大変なのです。本当にあの方は素晴らしい物を次々と考案されます」

 ハルトムート様はローゼマイン様の騎獣の素晴らしさを一通り述べた後、ロータルと共に孤児院を出て行きました。
 すぐにギル達によって荷物が運び込まれてきます。それを灰色巫女と子供達で手分けして開けながら、部屋を整えていかなければなりません。わたくしとリリーは家族を求めて泣きじゃくる小さい子供達を抱き締めて慰め始めました。

「ほら、これから自分達が寝るところを整えますよ。泣いている暇はありません。自分で整えましょう」

 デリアは泣いている子供達に次々と仕事を振っていき、ディルクがお手本を見せるように率先して動きます。

「布団を運びます。誰か、こっちを持ってください」
「大事な魔術具はここに並べて置いておくと良いですよ。抱えていると食事もできませんから」

 貴族としての生活を知っているコンラートは子供達が抱えている魔術具を一カ所に並べるように言います。けれど、不安そうに自分の魔術具を抱え込むだけで誰も動こうとはしません。コンラートが困った顔になった後、ゆっくりと息を吐きました。

「ハルトムート様が言っていたように、私達はもう貴族ではないのです。ここで生活するのですから、ここのやり方に従ってください」

 貴族ではなくなったコンラートの言葉に大きく目を見開きます。悔しそうな顔でコンラートを睨んだ一人の女の子に気付き、わたくしは立ち上がるとコンラートを背に庇うようにしながら膝をつき、子供達と視線を合わせました。

「貴族に神殿がよく思われていないことは知っていますし、ここで暮らすことに不安を感じるのは当然でしょう。けれど、孤児院で生活するならばここでのやり方に馴染んでもらうしかありません。わたくし達にはお手伝いしかできないのです」

 幼いながらも貴族としての矜持を感じさせる女の子が睨むようにわたくしを見ます。怒りの矛先を見つけたように表情を歪め、口を開きました。

「お手伝いですって? わたくしが貴族社会に戻れるようにしてくれるとでも言うのですか!? できないことを……」
「えぇ、もちろんです。それがわたくしの仕事ですから」
「……え?」

 虚を突かれたように女の子が目を丸くしました。

「あら、聞いていないのですか? 読み書き、計算、立ち居振る舞い、フェシュピール……中級貴族程度の教養を身につけられるようにローゼマイン様はお考えです。そして、優秀で貴族に相応しいと認められた者はアウブが後見人となって貴族としての洗礼式を受けることができる、とわたくしは伺っています」

 おそらく洗礼式間近なのでしょう。年長の子供達は野望を抱いたようにギラリと目を光らせました。泣いてくよくよするよりは目標があった方が良いでしょう。それが孤児院を離れたいというものでも。わたくしはニコリと笑いました。

「努力するのは貴方達ですよ。もちろん、ここでの生活態度についてもローゼマイン様やハルトムート様にご報告いたします」

 目を見開いている彼女の背後にいた子供達の一人が覚悟を決めたようにグッと顔を上げて、コンラートに言われた場所へ魔術具をそっと置きました。

「……私はここでできるだけの教養を身につけて貴族社会に戻る」

 そして、ディルクの抱えている布団を手伝うように持ちました。一人が動き出すと、つられたように他の子供達も動き始めます。どのように動けば良いのかわからずにおろおろとしているのは本当に幼い子供達だけです。

「布団の準備が整ったら一緒に遊びましょう。ここにはカルタもトランプも絵本もたくさんあります」

 一緒に布団を運んでくれる男の子に向かってディルクが明るく声をかけましたが、警戒心に満ちた目でディルクを見たその子はギュッと唇を引き結んだだけでした。そんな頑なな態度にも負けず、ディルクはフッと笑います。

「私はまだコンラートにも負けていないのです。私に勝てないようでは貴族に戻るなんて無理ですよ」
「……私は兄上と練習していたのだ。其方になど負けぬ」
「では、勝負です。私はディルク。貴方は?」
「ベルトラムだ。誰よりも優秀だと認められ、すぐに貴族社会に戻る」

 貴族社会に戻るために良い子で過ごす、と決めた年長の子供達はディルクとコンラートを真似ながら孤児院での生活を始めました。おっかなびっくりでも初めてのお手伝いに挑戦し、拙いやり方で手作業を手伝い、真面目にお勉強をしています。フェシュピールも交代にはなりますが、皆が練習しています。洗礼式に出られると仮定してお披露目で弾けるように練習しているので、どの子も必死です。

 目標を見据えた子供達の様子にディルクとコンラートも良い影響を受けているようです。これまであまり興味を持たなかった音楽の練習を始めましたし、カルタやトランプも一緒にやれる仲間ができて、勝ったり負けたりを繰り返しています。特にディルクに負けっぱなしだったコンラートは誰かに勝てるという経験ができてとてもやる気を出しているのがよくわかりました。

 年長の子供達をまとめて面倒見ているデリアによると、夜中に時々声を押し殺して泣いている子もいるようですが、デリアが動くと寝たふりをするようなので声をかけず次の日の行動を注意深く見守るだけに止めています。

 目標を見据えてやる気になっている洗礼式が近い年頃の子供達は良いのですが、幼い子供達は毎晩家族を求めて泣いています。リリーと一緒に抱き締めてあやし、慰めて回るのですが、なかなか手が足りていません。少し寝不足です。

 そう思っていたら、ハルトムート様が六名の灰色巫女と五名の灰色神官を連れて孤児院へやってきました。彼等の主である青色神官達の実家の貴族達が犯罪で捕らえられたそうです。

「青色神官達は実際の犯罪に関わっていませんが、実家の援助がなければ青色神官としては生活していけません。ひとまず事情聴取のために連れて行かなければなりません。もちろん、主と共に捕らえられたいと希望する者は城へ同行させるつもりでしたが、希望者がいなかったので、孤児院へ返すことにしました。彼等の冬支度に関しては青色神官達の部屋から持ち出せるように後日手配します」

 ハルトムート様がそう言いながら、わたくしとリリーを見て苦笑しました。

「これだけ子供が増えたのです。今は少しでも手伝える者が必要でしょう?」

 ……その通りです。

 ハルトムート様の優しさが身に沁みます。わたくしは感謝の言葉を述べた後、自室へローゼマイン様の姿絵を取りに行きました。

「ハルトムート様、こちらがご注文のあった姿絵です。いかがでしょう?」

 わたくしが二枚の絵を食堂のテーブルに広げると、ハルトムート様は橙の瞳を輝かせてじっくりと覗き込み、「ほぅ」と息を吐かれました。どうやらご満足いただけたようです。一番厳しい目で審査するであろうハルトムート様のお眼鏡にかない、わたくしは胸を撫で下ろしました。

「素晴らしいです。青色巫女見習いの頃に比べて神々しさが増している様子がよくわかります」
「ハルトムート様、見せてください。ローゼマイン様のお姿でしょう? ヴィルマはお部屋で絵を描くので、私は見ていないのです」

 コンラートがわくわくしたようにそうおねだりすると、ハルトムート様は少し考えた後、「決して手を触れずに少し離れたところから見るならば良いですよ」とおっしゃいました。姿絵を見たディルクとコンラートがしきりに褒めるので、他の子供達も興味を引かれたのでしょう。少し離れたところから絵を覗き込みます。

「新しく入った子供達はまだローゼマイン様にお目にかかったことがないでしょう。良い機会です。こちらが水の女神 フリュートレーネの清廉さを持ち、英知の女神 メスティオノーラの寵愛を受けるエーレンフェストの聖女ローゼマイン様です。まるでの闇の神の神具のように夜空の色の髪はきらめく星々が見えるほどに艶やかで、光の女神の女神が閉じ込められたように輝く金の瞳は……」

 唐突に始まったローゼマイン様の説明に、新しい子供達はポカーンとしています。だんだんと詩的な言葉が増えていくので、幼い子供達には少し難しいのかもしれません。

「ローゼマイン様の素晴らしさはお姿の美しさだけではありません。慈悲深いその心映えは何よりも尊く、得難い聖女の素質。ですが、先日、考えを改めなければならない事が起こったのです。ローゼマイン様を表すのに相応しい言葉は聖女ではなく、女神ではないか、と」

 ハルトムート様のお話に慣れているディルクとコンラートは「慈悲の女神ですか?」「灰色神官達を助けてくれるのですから、確かにそうですね」と相槌を打っていますが、他の子供達は完全に置き去りになっているようです。けれど、ハルトムート様は気分が乗って来たのか、周囲の様子は気にせずに話し続けます。

「あれはフェルディナンド様がアーレンスバッハへ旅立つ日のことでした。ローゼマイン様は旅立つ三人に虹色の祝福を送ったのです。わかりますか? 全ての神に祈りを捧げ、全ての祝福を得ることがどれだけ特別なことなのか」
「……よくわかりません」
「よろしい。では、説明しましょう」

 ハルトムート様は嬉々として魔術に関することを述べ始めました。長い説明だったのですが、簡単にまとめるとエーヴィリーベはゲドゥルリーヒ以外の神々と仲が良くないので、一緒に祝福をするのはとても難しいということでした。ローゼマイン様はそれを難なくやり遂げたそうです。

「ローゼマイン様の瞳が全ての神々を閉じ込めたような神秘的な虹色に輝いたかと思うと、ローゼマイン様はシュタープを手に、誰も見たことがない魔法陣を空に描き始めました。シュタープの動きと共に光が零れて魔法陣が完成すると、今度はその可憐な唇から祈りの言葉が紡がれます。神々の名を呼ぶ度にそれぞれの神々の貴色で魔法陣が輝く様は全ての神々がそこに集うように感じられる程に美しく畏れ多い光景でした。ゆらりゆらりと魔法陣の縁からは様々な色の光が溢れるように輝いたかと思うと、虹色の祝福が飛び出したのです。声もなく皆が驚きに目を見張っている中、ローゼマイン様は静かに微笑んでいらっしゃいました。何と控えめで謙虚。それでいて神々しい。あの時、私はローゼマイン様に祈りを捧げたくなりました」

 鐘一つ分、ローゼマイン様の素晴らしさについて話をしたハルトムート様は満足そうに息を吐き、孤児院の皆を見回しました。

「では、皆。高く亭亭たる大空を司る、最高神 広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神 水の女神 フリュートレーネ 火の神 ライデンシャフト 風の女神 シュツェーリア 土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベ、そして、エーレンフェストの聖女ローゼマイン様に祈りと感謝を捧げましょう」

 バッと両手と左足を上げて皆が一斉に祈りを捧げる中、新しく入った子供達はビクッと肩を震わせて周囲を見回します。そういえば、お勉強や手仕事を教えることに手一杯でお祈りの練習をしていませんでした。

 ……お勉強の前にお祈りについて教えなければなりませんね。

 新しく入った子供達が神殿の生活に馴染めるように、わたくしもできるだけ努力したいと思います。
ヴィルマ視点で送るハルトムートの楽しい神殿生活でした。
側近の皆が聞き飽きた話でも楽しく聞いてくれる子供達はハルトムートのお気に入りです。

次は、カミル視点の閑話です。
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