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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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盗られた聖典

 楽しい食事を終え、わたし達は神殿に戻る。

「神官長、冬の終わりにアーレンスバッハへ向かうのは雪が深すぎて大変でしょう? 馬車で荷物が運べないと思うのですけれど、どのように移動するのですか?」

 神官長達だけならば、騎獣で空を一直線に駆けて行ける。けれど、たくさんの荷物はどうしようもない。

「ある程度は向こうが整えているはずだ。アウレーリアの時もランプレヒトやエルヴィーラが整えていたであろう? 今回、婚約期間も碌に置かずに婚姻となったのはアーレンスバッハの都合だ。春から夏にかけての衣装の類や文具類など、特に貴重ではない物に関してはアウブに頼んで雪が降る前に届くように送ってある。私は卒業式の後で身軽に向かい、雪が解けてから追加分の荷物を送ってもらうのだ」

 二回目に送る荷物は貴重品の類が多く、本来ならば自分で管理しながら向かう。けれど、雪が解けるのを待って、それからアーレンスバッハに向かって移動するのでは次の領主会議までに婚姻の準備が全く間に合わないのだ。

「……わたくしがレッサーバスで境界門まで運びましょうか?」
「時と場合によっては頼むことになるかもしれぬ。君が運べば、少なくとも貴重品や食料関係に妙な物が混入される危険性は減るからな」

 神官長がアーレンスバッハのある方向を睨むようにしてそう呟いた。



「神殿長、神官長」
「お戻りをお待ちしていました」

 馬車が通るための門を開けてくれた神殿の門番が少し安堵したような声でそう言うのが馬車の中にも聞こえた。妙な胸騒ぎがしてわたしは馬車の扉を見つめる。

「神殿で何かあったのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「普段はこのような声をかけられることがないのです。わたくし達がいなければ報告できないことが起こったのではないか、と」

 ふむ、と神官長がこめかみを軽く叩く。

「門番である灰色神官達が知っていることならば、孤児院を任せている側仕えからすぐに報告があるであろう。このまま部屋に戻って待ちなさい。間違っても馬車の扉を開けて、直接灰色神官達に問いかけるようなことはしないように」
「はい」

 やろうかな、と思っていたが、先に釘を刺されてしまった。身を乗り出しかけていたわたしは背筋を正して座り直す。
 門を通り抜けて正面玄関に馬車が止まると、神官長の側仕えと一緒に居残りをしていたニコラが待ってくれているのが見えた。

「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」

 食器やロジーナの楽器などの荷物を馬車から降ろすのに忙しそうなフラン達を横目に、わたしは馬車から降りてニコラと一緒に自室へ向かって歩き始める。部屋に到着する頃には荷物を降ろしたフラン達が追い付いてくるだろう。

「ニコラ一人で出迎えの準備は大変だったでしょう?」
「いいえ、そうでもありません。エラが昨日のうちにお菓子を準備してくれていますから、お出迎えはお湯を沸かして、お茶の準備をするくらいですもの。孤児院に神の恵みを運ぶ方が大変でした」

 部屋に戻りながら、自分が不在の間のニコラの様子を聞いた。今日はイタリアンレストランでわたし達がたらふく食べて来るのがわかっているので、フーゴとエラはお休みだ。昨日のうちに作り置きしてもらうことになっていた。

「モニカ達が不在ですから、昼食はギルとフリッツにも手伝ってもらって早くに孤児院に届けたのです。そして、孤児院で成人達と一緒に食べてきました」

 厳しい冬を前に数人の子供が孤児院に増えた。ニコラはその様子をヴィルマやデリアから聞いたり、孤児院の夕食作りの下準備を手伝ったりして、孤児院での時間を過ごしてきたらしい。

「孤児院や灰色神官達の間で何か変わったことはありませんでしたか?」
「そういえば、今日は珍しくエグモント様の側仕えが孤児院へ来ていました。新しい側仕えを入れるので、まず、ヴィルマにその相談をしたいということでした」

 エグモントと新しい側仕えという言葉に、わたしの頭はすぐさま一つの結論を導き出した。

「……まさかまた側仕えを妊娠させたのですか?」

 神殿図書室を荒らしたり、ユレーヴェで眠っている間にリリーを妊娠させて孤児院に放り出したりする青色神官エグモントには良い印象が全くない。わたしの声が尖ったのがわかったのだろう。ニコラが慌てて付け加える。

「そのようなことではございません。ハルトムート様が新しい神官長になられることで執務量が以前に比べて倍以上に増えたため、書類仕事ができる神官を一人入れたいと希望されているということでした」
「そうですか」

 どうやら側仕えを妊娠させたわけではないようだ。何より、振り分けられる仕事を真面目にするつもりになっているらしい。ちょっとエグモントの評価を上向きに修正しておいた方が良いかもしれない。

「新しい側仕えを入れる相談を今の神官長と新しい神官長のどちらにするのか考えているようです」

 確かに今は引継ぎ期間でどちらも神官長の仕事をしているので紛らわしく思えるかもしれない。けれど、言いかえればどちらに仕事を頼んでも良いのだ。

「わたくしが好印象を持っていない青色神官としてエグモントはハルトムートからすでに目を付けられているので、今のうちに神官長へ申請した方が希望は通りやすいと思いますよ」
「わかりました。エグモント様の側仕えに伝えておきます」

 ハルトムートの聖女賛美は留まるところを知らない。「ハルトムート様は少し大袈裟ですけれど、間違っているわけではないので訂正しにくいですよね」と、ニコラはクスクスと笑う。

「ギルやフリッツはどのように過ごしていましたか?」
「二人も孤児院で灰色神官達と一緒に急いで食事を終えていました。冬の社交界までに終えなければ、と今の工房はとても忙しいようです」

 貴族院でいくつかの本を見せられるようにラストスパートをかける時期である。工房で働く二人は神殿長室に戻ってお昼を食べるよりも、孤児院で手早く昼食を終わらせることを選んだらしい。

「孤児院まで昼食を運ぶついでに食べたことはフランに知られると注意されるので内緒にしてくださいませ」

 きちんと主の部屋があるのだから、そこで食べるのが側仕えとして当然のことで、時間短縮より側仕えとしての振る舞いの方が大事だ、とフランに叱られるらしい。こっそりとニコラがそう言った時にひやりとした空気が漂ってきた。

「聞こえています、ニコラ」
「きゃっ!」

 ニコラと二人して飛び上がって振り返ると、木箱を抱えたフランが冷やかに、ダームエルが口元を押さえて小さく笑っていた。

「まったく、少し目を離すとすぐに生活を乱すのですから。ローゼマイン様も気を付けてくださいませ。良くない主の振る舞いは下の者に強く影響するのです」

 側仕え達が効率を優先して生活を疎かにするのは、効率的に読書を始めるために生活を乱そうとするわたしのせいらしい。それは知らなかった。
 バツが悪いので肩を竦めつつ、わたしはニコラが開けてくれた自室へ入る。入った瞬間、ふわりと甘い香りがしたように感じた。

「ん?」

 思わず足を止めて部屋を見回す。けれど、特に何も変わったことはない。もう甘い香りも感じない。

「ローゼマイン様、どうかされましたか?」
「……いいえ、気のせいでしょう、きっと」

 首を振ると、わたしはモニカとニコラに着替えさせてもらった。そして、外出していた側仕え達が外出着から神官服に着替えるために自室へ下がる許可を出す。
 皆が着替えている間、わたしはニコラに入れてもらったお茶を飲みながら、自室をゆっくりと見回した。微妙に違和感がある。何が違うとは明確に言えないのだけれど、何か気になる感じがするのだ。

 例えるならば、麗乃時代の書庫に母親が入って、無造作に積み上げられた本の山から二冊目をスッと引き抜いて持って行ったような感じだ。大掛かりに掃除をされたならば、入ったんだな、と一目でわかる。けれど、誰かが入ったような痕跡は見当たらず、情景にはほとんど差がないのだ。どこが違うのかわからないけれど、自分が最後に使った時とほんの少しだけ違うのがわかるという微妙な不気味さが気持ち悪い。

 ……何が違うんだろう?

「ニコラ、少しよろしいですか?」
「はい」
「留守中に私の部屋に入りませんでしたか?」

 外出用の服から灰色神官の服に着替えたフランが戻ってくるなり、ニコラを呼んで尋ねた。全く覚えがないようにニコラはきょとんとして首を傾げる。

「いいえ。フランの部屋に入るような用事もありませんし、殿方の部屋に入るならば、ギルかフリッツにお願いします」
「そう、ですよね。わかりました」

 腑に落ちないという顔をしているフランが自分の今の心境とよく似たものを感じているように思えて、わたしは思わず声をかけた。

「フラン、何かあったのですか?」
「自室に女性の使う香料の香りがほんのりと漂っていたような気がしたのです」

 それは部屋に入った瞬間にわたしが感じた甘い香りと同じだろうか。

「わたくしも自室に入った瞬間にほんのりと甘い香りを感じたのです。留守中に誰かが入った可能性があります。荷物を片付け、盗られたようなものがないかどうかを確認してから神官長に相談しましょう」
「かしこまりました」

 フランが鍵を取りに行き、ザームが神官長に連絡するために部屋を出て行った。すぐさまダームエルが城に戻った護衛騎士達にオルドナンツで招集をかける。一気に神殿長室は騒がしくなった。


「誰かに侵入されたかもしれぬ、だと?」
「これがなくなっているとか、この位置が違うとか、明確には言えないのです。でも、何かが違うのです」

 帰って来てからの違和感と、ざっと確認した範囲では特になくなっている物がないことも付け加える。神官長が難しい顔で考え込む頃にはオルドナンツで呼ばれた護衛騎士と文官も騎獣でやって来ていた。

「ローゼマイン様」

 神官長に説明している最中に、モニカが近付いてきて控えめに声をかけてくる。

「ヴィルマが至急面会を求めています」
「君が不審に思っていた門番のことではないか? いいだろう、話を聞きたい。入れなさい」

 神官長の言葉に頷き、わたしは入室の許可を出す。ヴィルマは入ってきた瞬間、あまりにも多くの人数がいることに目を見張り、男性の数が多いことに一瞬体を強張らせた。最近は普通に神殿長室に来られるようになっているので大丈夫かと思っていたけれど、距離感や人数によっては怖いようだ。

「ヴィルマ、こちらへ。夜の報告の時間まで待てないということは重大なことが起こったのでしょう?」

 なるべく女の子が多いところへ誘導し、わたしは話を促した。ヴィルマがわたしの座っている椅子の隣に跪き、青ざめた顔でわたしの正面に座っている神官長とわたしを見比べ、報告を始める。

「お昼の門番をしていた灰色神官達が全員姿を消したそうです」

 交代の時間に次の者が門へ行くと、誰もいなかったらしい。門番は平民達がやってくるところに四人いるのが基本だ。そして、馬車が入る時には御者が門番に話をし、二人が馬車用の門を開けに行く。そして、一人が来客を告げるために貴族区域へ向かい、もう一人は平民用の門を守ることになっている。誰かが必ず門にいるようになっているのだ。

「門番をしている灰色神官達が突然姿を消すということはこれまでにございませんでした。それから、交代した門番によると馬車が通るための門がきちんと閉まっていなかったようです」

 わたし達の帰りを知って馬車用の門を開けに行ったところ、門が閉められていなかったらしい。正確にはいつもと違う閉め方で閉められていたそうだ。

「つまり、留守中に馬車を使うお客様がいらっしゃったということですよね?」
「それも秘密裏に、な」
「灰色神官達を四人も隠しておいて、秘密裏も何もないでしょう?」

 わたしが呆れたように溜息を吐くと、神官長は軽く頭を振った。

「いや、君が孤児院長になるまでは孤児院にいる灰色神官の言葉が青色神官に届くことはまずなかった。以前ならば、門番さえいなくなれば秘密は守られたであろう」

 不審に思っていても質問されるまでは意見を上げることができない灰色神官達。部屋が不在になる機会を見逃さず、迅速に目的を遂げる手腕。微妙な違和感があっても、なくなっている物がわからない巧妙なやり方。
 以前の神殿ならば露見することはなかった、と神官長が言った。

「君も微妙な違和感があると言ったが、ヴィルマからの報告がなく、数日間何もなければ些細な違和感など日常に紛れて忘れてしまっていたはずだ」

 それはそうかもしれない。気のせいと思うような違和感なのだ。寝て起きたらきっと忘れていただろう。
 神官長がトントンと軽くこめかみを叩きながら難しい顔になっていく。

「おそらく灰色神官が何人消えたところで誰も気に留めないと思い込んでいて、跡形もなく消し去れるだけの力を持っている貴族の仕業であろう」

 わたしは神官長が前神殿長の側仕え達に対して証拠隠滅をしたあの時の光景を思い出し、背筋に冷たい汗が伝う。四人の門番はあんな風に跡形もなく消えてしまったのだろうか。

 ……犯人がここにいたら、わたし、感情が怒りに振り切れたかも。

「青色神官と通じているが、孤児院の責任者が毎日君に報告をしていることを知らない者に違いない。青色神官の誰に来客があったのか、神殿に入って来る馬車を見た者がいないか、すぐに調べた方が良さそうだな。犯人はおそらく完璧に隠蔽をして時間を稼いだと思っているはずだ」

 神官長の言葉にわたしはガタリと立ち上がり、ダームエルを振り返った。絶対に逃がしてなるものか。

「ダームエル、アンゲリカ。二人で手分けして下町の門を守る兵士達に連絡を。わたくしの部屋を荒らした犯人を捜索中。下町で馬車の目撃証言の聞き込みをして、今日街に出入りした馬車に関する情報を持ってくるように、と伝えてくださいませ。今は北門にいるギュンターに話を通せば手早く動いてくれるはずです。時間との勝負になります。急いでください」
「はっ!」

 ダームエルとアンゲリカの二人がすぐさま部屋を飛び出していく。わたしは跪いたままのヴィルマへ視線を向けた。

「知らせてくれて助かりました、ヴィルマ。ギルに侵入者があったことを報告して、商業ギルド、オトマール商会、ギルベルタ商会、プランタン商会に連絡をしてもらってください。貴族の馬車の目撃情報がないか質問してほしいのです」

 特にオトマール商会は神殿が間近にある。何か見ているかもしれない。わたしの言葉にヴィルマが何度も頷いて立ち上がる。

「それから、孤児院の皆にも質問してちょうだい。清めの最中や水汲みをしている時に入って来る馬車を見た者がいないか、貴族区域に来客の連絡に向かう灰色神官を見かけた者がいないか、何か会話をしたものがいないか。それによっては時間を絞り込むことができます。今は少しでも情報が欲しいのです」
「ローゼマイン様、わたくしも孤児院へ向かいます。ヴィルマ一人で皆の話を聞くのは大変でしょうし、このような事情を聞き出すのは文官の仕事ですから」

 フィリーネが自分の文具を抱えて前に出る。やるべきことを見据えた若葉の瞳には心配の色も見える。

「貴女に任せます、フィリーネ。ディルクやコンラートが怖がっていないか、必ず確認してきてちょうだい」
「かしこまりました」

 時と場合によってはコンラートが消されている可能性もあったのだ。フィリーネにとっては他人事ではないだろう。少しだけ強張った笑みを見せたフィリーネがヴィルマと一緒に部屋を出て行く。その姿を見て焦ったようにローデリヒが自分の文具をつかんだ。

「ローゼマイン様、私も……」
「ローデリヒはダメです。今まで孤児院に顔を出していないので、皆を緊張させるだけになるでしょう。ここは孤児院に慣れているフィリーネに任せるのが一番なのです」

 圧倒的強者になる貴族に対して、灰色神官達は余計なことを話さない。どの程度まで話をしても許されるのか、自分の話を聞いてくれる相手なのか、良く見極めた相手でなければ基本的に口を閉ざす。ローデリヒが行っても意味がないのだ。

「あ……」

 小さくそう言って青ざめたローデリヒを見ながら、ハルトムートが自分の文具を手に取る。

「だから、言ったではありませんか。孤児院も、工房も、下町の商人も、全てがローゼマイン様の手足なので、神殿のあらゆるところに精通しなければお役に立つことはできない、と」
「ハルトムートは何をするのですか?」

 ローデリヒの質問にハルトムートがフッと得意そうに笑った。

「孤児院での聞き込みも可能ですが、私には私にしかできない仕事をしましょう。青色神官を呼び出して話を聞くためには神官長という肩書が必要ですから」

 青色神官を呼び出せるのは、ハルトムートの言う通り、神官長か神殿長だ。呼んでも来るまでに時間がかかるし、のらりくらりと話をかわそうとする。貴族でも優秀な文官であるハルトムートは青色神官から話を聞き出すのにうってつけだ。

「頼りにしています、ハルトムート」
「お任せくださいませ。フェルディナンド様、ローゼマイン様をよろしくお願いします。私ではまだ下町のどこ辺りまでローゼマイン様の影響が及ぶのかわかりませんから」

 ハルトムートの言葉に神官長が嫌そうに顔をしかめた。

「一番面倒な仕事を押し付けられた気がするが、わかった。部屋と側仕えは自由に使いなさい」
「恐れ入ります。行くぞ、ロータル」

 神官長が連れて来ていた側仕えの一人に声をかけ、ハルトムートが部屋を出て行く。わたしはフランに視線を向けた。

「フラン、この部屋のどこが変わったのか徹底的に調べましょう。相手は灰色神官達を消してでも遂げたい目的があったのです。フランの部屋にも侵入された気配があったのでしょう? 何かがなくなっていたり配置が変わっていたりする物はあって?」
「私の部屋にある物で貴族の方が必要とするような物は……」

 そう言いかけたフランをザームが手を上げて止める。

「狙いは鍵の保管箱を開けるための鍵ではありませんか? 筆頭側仕えのフランが管理している重要な物ははそれくらいです。つまり、鍵をかけなければならない場所にある物が狙われた可能性が高いと存じます」
「ローゼマイン様、先程も確認しましたが、今度は鍵のかかるところを重点的にもう一度確認してみましょう」

 モニカがくいっと顔を上げてフランを見上げると、フランはすぐに自分の部屋へ鍵を取りに行き、鍵の保管箱を持って来た。
 絶対に見つけるんだ、という高揚感が胸に満ちる。わたしがもう一度書箱を確認しようと立ち上がると、神官長が「待ちなさい」と止めた。

「ローゼマイン、目に見える物の確認は側仕えに任せ、君は目で見てもわからないところを調べなさい」
「目で見てもわからないところとはどこでしょう?」

 意味がわからなくて、わたしが首を傾げると神官長がゆっくりと手を動かした。

「侵入者が貴族ならば何かを奪われたのではなく、危険な魔術具を仕掛けられた危険もあるということだ。調べてみなさい」

 侵入者=泥棒だと勝手に思い込んでいた。危険な魔術具を仕掛けられているという発想がわたしにはなかった。ざっと見たところ、この部屋の中には減った物も増えた物もなかったはずだ。

「あの、神官長。魔術具をどのようにして調べるのですか?」
「自分の魔力を薄く、薄く広げるのだ。自分以外の魔力に満たされた魔術具があれば異質な物として感知できるであろう?」

 素材の中にある別の者の魔力を感知するのと同じようなものらしい。それならば、やり方はわかる。

「一定の魔力を感知した時点で作動する魔術具もあるので本当にごくわずかの魔力を水で薄めるようにして薄く、薄く広げるように」

 コルネリウス兄様はもちろん、わたしの側近達が目を瞬きながら神官長の注意を聞いている。

「フェルディナンド様はよくそのような魔力の使い方をご存知ですね。日常生活で他人の魔術具か否かを慎重に調べる機会などありませんよ」

 側近達を冷やかに見下ろしながら、「日常的に必要だったのだ」と神官長は呟いた。常に他人の魔術具を警戒しなければならない生活環境が一体誰の手によって作られた物なのかすぐにわかって、わたしは溜息を隠せない。

「では、側近達は全員、そちらの壁際に立ってくださいませ」

 ここにいる皆の魔力も異質な物になるのだから、できるだけ固まって邪魔にならないようにしてほしい。
 側近達が壁際に立つと、わたしは一度深呼吸した後、できるだけ魔力を薄く広げていった。神官長に言われたように魔力を水で薄めるように濃度を低くして床一面を探っていく。

 壁際に固まって立っている側近達や神官長の後ろに立っているエックハルト兄様やユストクスからは自分の物ではない魔力を感じた。薄く広げていても微妙に反発する感じがするのだ。
 不思議なことに、向かいの椅子に座ったままの神官長の魔力にほとんど反発を感じない。もしかしたら、もらったばかりの簪はもちろん、身に着けている魔術具の数々のせいでわたしが神官長の魔力に慣れすぎているせいだろうか。

 床に薄く広げても特に反応はない。わたしは床に広げた魔力をゆっくりと上に持ち上げていく。壁際に固まった側近達、正面にいる神官長の側近達、それ以外の魔力の反発を感じて、わたしはその反発を感じたところをじっと見つめ、ゆっくりと近付いていく。

「ローゼマイン様?」

 わたしはフランが持っている鍵の保管箱を覗き込む。いくつもの鍵が並んでいる。その中に一つ、反発を感じる鍵があった。
 そして、反発を感じる場所はもう一つ。わたしは祭壇へ視線を向け、唇を引き結ぶ。

「……ありました、神官長」
「どれだ?」

 神官長が魔力を通さない革の手袋を取り出して、手にはめながら近付いて来る。

「聖典とその鍵がわたくしの物ではございません」

 何が変わったのかわからない。見た目は完全に同じだった。けれど、登録されている魔力が違うようで、棚の上に置かれたままの聖典も、保管箱に当たり前のように並べられている鍵もわたしの魔力と反発した。

「聖典と鍵だと? 一体何が目的だ?」
「犯人の目的は存じませんが、わたくしの目的はハッキリしました」

 ……犯人、許すまじ。
聖典が盗まれました。
下町も総動員して情報集めです。
灰色神官達を消され、自分の聖典を盗られたローゼマインはお怒りモードです。

次は、犯人探しです。
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