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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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アーレンスバッハのお魚料理

 春を寿ぐ宴が終わると、冬の社交界は終わりだ。貴族達はそれぞれの土地へ帰っていき、貴族街に住んでいる者は通常の仕事が始まる。そして、わたしは神殿に戻り、下町の冬の成人式と春の洗礼式を行うのである。

「例年の予定によると、ローゼマインは近いうちに神殿に戻るのだな?」

 メルヒオールも一緒に食事を摂るようになり、少しばかりにぎやかになった夕食の席で今後の予定について話をしていた養父様を、わたしは軽く睨んだ。例年通りならば養父様の言葉は間違っていない。でも、今年はそう簡単に神殿に帰るわけにはいかないのだ。わたしは最も重要な約束を果たしてもらっていない。

「まだ戻れません」
「どうした、ローゼマイン? 何かあったか?」

 何かあったか、ではない。とても重要なことが忘れられている。わたしはむぅっと唇を尖らせた。

「養父様はいつになったらわたくしの料理人に魚料理の調理方法を教えてくださるのですか? 貴族院から戻ってからというもの、わたくし、ずっと待っているのですけれど」

 貴族院から戻ったら、という話だったのに、もうわたしが神殿に戻る日が近付いている。由々しき事態だ。わたしが不服を申し立てると、養父様はやっと気が付いたというように手を打った。

「あぁ、そうだったな。では、フェルディナンドに連絡して食材を持ち込むように言っておけ。料理人には食材が届き次第、アーレンスバッハの伝統料理を作るように、とこちらから通達しておく」
「恐れ入ります」

 わたしはニコリと貴族らしい笑みを浮かべて返事をしながら、テーブルの下でグッと拳を握る。

 ……来たよ! 来た、来た! ひゃっほぅ! お魚だ! とうとう食べれる!

 エーレンフェストの汚れた川の泥臭い魚ではなく、アーレンスバッハの海の魚が食べられるのである。何年ぶりの魚料理だろうか。テンションを上げずにいられない。
 アーレンスバッハから持ち込んでくれたアウレーリアに感謝しなければ、と思ったところでハッとした。アウレーリアに魚料理を味わってもらうにはどうすればよいだろうか。

「養父様、フェルディナンド様が管理してくださっている食材は、アウレーリアがお嫁入りの時に故郷の味をしのぶために持ち込んだものです。わたくし、彼女にもアーレンスバッハの料理を食べさせてあげたいと思っています。故郷の味を懐かしがっているとランプレヒトから聞いたのです。魚料理が並ぶ日の食事の席にお招きしても良いですか?」

 わたしの質問に養父様が少し考え込みながら、背後に立つお父様へ視線を向けた。

「……ふむ。アウレーリアが来るのであれば、護衛の数を増やしたり、ランプレヒトと一緒にカルステッド一家を招くかどうか決めたりしなければならないが、招待自体は構わない」

 許可を得て、やった、と喜ぶわたしを見て、養母様が「ローゼマイン」と優しい声でわたしを呼んだ。

「アウレーリアが故郷の味を懐かしがっていても、こちらに来られる体調かどうかはわかりませんよ。招待状を出す前にランプレヒトやエルヴィーラによく確認してくださいね」

 養母様が「妊娠」という言葉を伏せつつ、心配そうにそう言った。
 確かに、アウレーリアが身重で悪阻に苦しんでいる状態ならば、いくら食べたくても城に来るのは大変だろう。体調が悪い中、周囲に気を使いながらではせっかくの料理もおいしく感じられないかもしれない。ただでさえ、アウレーリアは人が集う場所に出たがらないのだ。それなのに、わたしが正式な招待状を出してしまえば半強制的に出席させることになってしまう。

 ……何とかしてアウレーリアにもアーレンスバッハの伝統料理を食べてほしいんだけど。



「ヴィルフリート兄様、少しランプレヒトをお借りしてもよろしいでしょうか? アウレーリアのことについてお話がしたいのです」
「あぁ、構わぬ」

 夕食を終えて部屋に戻る途中、わたしがヴィルフリートの許可を得てランプレヒト兄様と話をする時間をもらった。北の離れに最も近い本館の個室で、わたしはランプレヒト兄様と家族として向き合う。わたしの護衛として付いていたコルネリウス兄様も少し表情を和らげた。

「ランプレヒト兄様、アウレーリアの調子はいかがでしょう? アーレンスバッハの伝統料理のために城へお招きできそうですか?」

 わたしの質問にランプレヒト兄様が腕を組んで「うーん」と唸った。

「アウレーリアが城に来るのは難しいと思う。今は食事も食べられないことが多いと聞いている。領主の養女であるローゼマインからの招待となれば、こちらでは断れない招待になるので、出さずにいてくれると助かるよ」

 ランプレヒト兄様から少し聞いただけでもアウレーリアの妊娠生活は大変そうだ。気持ちが悪くて、あまり動けず、吐くか、寝るかの生活らしい。カミル妊娠中の母さんは動けないわけではないか、よく体調を崩していたし、ずっと気持ちが悪そうだった。

「それに、城で食事をするならば、ヴェールを脱ぎたがらないと思う」

 ……あぁ、それは大変だね。

 いつもヴェールを付けているアウレーリアの姿を思い出し、わたしはちらりとランプレヒト兄様を見た。

「わたくしは一度も見たことがありませんけれど、ランプレヒト兄様はヴェールを外したアウレーリアを見ているのですよね?」

 わたしの質問にランプレヒト兄様は一度目を見張った後、小さく笑い始める。

「当り前だろう。自室で付けていることはほとんどない。エーレンフェストでこれ以上アーレンスバッハとの関係を険悪するような誤解を招きたくないというのが理由だからね。貴族院の頃はヴェールなんてしていなかったし」

 アウレーリアは騎士見習いだったのだから、ヴェールを付けたままでは講義に困ると言われ、わたしは納得する。ヴェールを付けたアウレーリアと一体どのようにしてランプレヒト兄様が仲良くなったのか、不思議だったが、貴族院では付けていなかったようだ。

「アウレーリアがヴェールを付けるのは、多分アーレンスバッハとの関係が良くなるまで続くと思うよ。基本的に臆病なのだ」
「社交界でもお母様の後ろを付いている姿を見て、何となくそんな感じがしました」

 アウレーリアのことを色々と考えた結果、時を止める魔術具を使って、熱々のお料理を運んでもらうことにした。元々、アウレーリアは自分が食べたいと思った時に食べられるように魔術具を使って料理を持ってくるはずだったのだ。本来の使い方をすれば良い。

「そういうわけで、アーレンスバッハの伝統料理を食べる日にはランプレヒト兄様にはアウレーリアのために時を止める魔術具を持って来てほしいのです」
「アウレーリアのために色々と考えてくれてありがとう、ローゼマイン。アウレーリアもきっと喜ぶ」

 わたしが提案すると、ランプレヒト兄様が嬉しそうに笑いながら、頭を撫でてくれた。

「そうなると、招待はなしか……」

 アウレーリアに料理を運ぶことになれば、食事会にカルステッド一家を招待する必要もなくなる。アーレンスバッハの料理を期待していたらしいコルネリウス兄様はちょっと不満そうな顔をしながら無言でわたしの頬を突いた。



 ランプレヒト兄様との話を終えて部屋に戻り、わたしは早速神官長へオルドナンツを送って連絡した。「アーレンスバッハの伝統料理を教えてもらうので、魚を持って来てください」と。神官長から「わかった」と返事が来たので、安心して寝たのだが、起きた時にはもう魚が城に持ち込まれていた。

 朝食の時にリヒャルダから聞いて、わたしはオルドナンツでお礼を述べた後「予想以上に神官長の行動が早くて驚きました。フェルディナンド様もお魚が楽しみなのですね」と送った。
 神官長からは「別に楽しみだったわけではない。魔力が多く必要なので、一日も早く使った方が良いということと、君をなるべく早く神殿に帰すためだ」という返事が返ってきた。
 でも、今日は一日城に滞在して仕事をすると言うのだから、魚料理を楽しみにしているのは間違いないようだ。

 わたしは騎士の訓練場で軽い運動している時に、同じように訓練に来た神官長に魚を見せてくれるようにねだる。

「どのようなお魚でしょう? 見せてくださいませ、フェルディナンド様」
「ノルベルトが指示を出して、とっくに厨房に運び込まれている。今夜の夕食に出てくるので諦めなさい」

 高貴なお嬢様が厨房への立ち入ることなどできるはずがない。わたしは魚の実物を見ることもできず、自室で夕食を待つだけになった。正直なところ、つまらないが、今日はフーゴとエラが宮廷料理人から食材の下処理の仕方を教えてもらう日だ。付け加えるならば、アウレーリアのためにアーレンスバッハの伝統的な料理を作ることになっている。

 ……わたしの好みで色々と作ってもらえるわけじゃないし、今日のところは我慢、我慢。

「それにしても、フェルディナンド様が養父様のお仕事のお手伝いではなく、騎士の訓練に交じるのは珍しいですね」
「……ただの気分転換だ」

 ただの気分転換の割には、かなり本気モードの訓練に見える。おじい様やエックハルト兄様が嬉々として相手をしているし、アンゲリカがものすごく交じりたそうな顔をしている。

「わたくしはダームエルとここでいつも通りの体操をするので、アンゲリカはあちらに交ざっても良いですよ。滅多にない良い機会でしょうから」
「ローゼマイン様、ありがとう存じますっ!」

 アンゲリカはとても良い笑顔でそう言い残して、風のような速さで去っていく。わたしはラジオ体操をして、休憩。軽い運動をして休憩、といつも通り過ごした。

 訓練から戻った後は、神殿に持って帰れるように食材を少し残しておいてほしい、と厨房に連絡を入れてもらい、わたしは自分が覚えているレシピを書き出してみる。ここで作れるのは洋風の料理だと考えた方が良いだろう。

 魚のマリネ、カルパッチョ、オイル漬け、香草焼き、ムニエル、アクアパッツアやブイヤベースなどのスープ、フリッター、白身魚のフライ、グラタンに入れるのも好きだ。生で食べられる物なのかどうかわからないので、思い浮かべたうちのどれが使えるのかわからないけれど、魚料理について考えるだけで心が躍る。

 ……でも、わたしが一番食べたいのはシンプルな塩焼きなんだよね。表面に十字の切れ込みを入れて、塩を振って、焼いたやつ。

 魚を焼けば、皮には塩が白く浮かび上がり、焦げ目もついて、カリカリになる。お箸でその皮をそっと退ければ、ふわっと湯気が上がってくる。一緒に立ち上ってくる魚の匂いを堪能しながら、酸っぱい柑橘系の果汁をギュッと搾って、口に運ぶ。炊き立ての白いご飯か、辛口の日本酒があれば完璧だ。

 ……今はお酒が飲める年じゃないけど。

 魚料理について考えて、麗乃時代に食べていた料理の数々を思い出しているだけでお腹が空いてきた。

 醤油があれば魚の煮物も考えたけれど、さすがに自分が満足できる醤油なんてないだろう。もしかしたら、アーレンスバッハには魚醤のような物があるかもしれないけれど、わたしはあれを醤油とは認めない。



 そして、わたしが楽しみにしていた夕食の時間がやってきた。うきうきで部屋を出て、兄妹揃って食堂へ向かう。

「今日の夕食はアウレーリアがエーレンフェストに持ち込んだ食材で作るアーレンスバッハの伝統料理なのです。わたくし、初めて食べるので楽しみで仕方がありません」
「アーレンスバッハの料理か。私は時々食べていたぞ。おばあ様がお好きだったのだ」

 ヴィルフリートが懐かしそうな表情でそう言った。ヴェローニカに育てられていたヴィルフリートは幼い頃によくアーレンスバッハの伝統料理を食べていたらしい。「どのようなお料理ですか?」とわたしがレッサーバスから身を乗り出すようにして尋ねると、隣を歩いていたメルヒオールが目を丸くする。

「ローゼマイン姉上は新しいお料理やお菓子が大好きなのですか?」

 メルヒオールの言葉にシャルロッテがクスクスと笑う。

「メルヒオール、お姉様はご自分がおいしいお料理やお菓子を食べたいと思って、あれだけの流行を作り出したのですよ。今日のアーレンスバッハの伝統料理を食べれば、また新しい流行が生まれるかもしれません」
「私も食べたことがないので楽しみです」

 アーレンスバッハの貴族との交流を制限するようになって、当然のことながら食材もやって来なくなってきた。ヴェローニカが捕えられ、アーレンスバッハの伝統料理を注文する者がいなくなったせいもあるだろう。
 メルヒオールはアーレンスバッハの伝統料理を食べた記憶がないようで、シャルロッテも何となくうっすら覚えている程度しか食べていないようだ。

「こちらがツァンベルズッペでございます。アーレンスバッハの魚をポメと薬草で煮込んだスープです」

 食べ慣れた前菜の後に出てきたのは、魚介類はなく、魚しか入っていないブイヤベースっぽいスープだった。ブイヤベースは見た目が赤いが、黄色いポメで煮込まれているので、見た目はかなり違う。けれど、魚のポメスープだと思えば、味は多分ブイヤベースに似たような感じになると思う。
 わたしはわくわくしながらスプーンを入れて、スープを口に運んだ。そして、一口食べて、スプーンを置く。ガクッと体中の力が抜けた。

 ……久し振りに食べたよ。ユルゲンシュミットの伝統的なスープ。ガッカリだ!

 食材をくたくたになるまで煮込んで、うまみの詰まった煮汁を一度全部捨てるというユルゲンシュミットの伝統的な調理方法で作られているので、魚のうまみが全くない。魚のうまみもポメの味も全くしない、煮崩れた魚の切り身が浮かぶスープ。それがツァンベルズッペだった。期待値が高かった分、非常に辛い。

 ……貴重なお魚の、大事なうまみが流されちゃった。うまみ、カムバック!

 アウレーリアが持ち込んだ分しか魚はないので非常に貴重なのに、それがこのような調理のされ方をするのでは、わたしが「もったいない」と言いながら化けて出てくるお化けになれそうだ。

「うーん、このような味だったか?」
「普段のスープの方がおいしいな」

 一緒に食べている皆も微妙な顔をしている。うまみをギュギュッと閉じ込めた普段のスープに慣れてしまった皆の舌に、うまみを逃がしたツァンベルズッペはいまいち合わなかったようだ。

「こちらはフィッケンです」

 見た感じは、バターの匂いが食欲をそそる白身魚のムニエルだ。もしかしたら、これも下茹でがされていて、うまみが全くない料理になっているのだろうか。わたしはドキドキしながら、フィッケンにナイフを入れて、口に運んだ。

「……魚の味が、します」

 カリカリに焼かれた魚の表面にはバターがしっかりと絡んでいる。口の中に広がるバターの味にはにんにくっぽいリーガも入っているのがわかった。魚は火を通しすぎてはいないようで、口の中でホロホロと崩れていく。噛めば、濃厚なバターの中に確かに魚の味がして、懐かしすぎる海の魚の味に泣きたくなるくらい嬉しくなってきた。

 ……本当に魚だ。変な食材でも、泥臭い味でもなく、わたしが食べたかった魚だ。

 一口ずつゆっくりと味わって、貴重な魚の味を堪能する。食べているのは、白身魚の切り身に下味をつけて、小麦粉をまぶして、バターでこんがりと焼き上げるという極々普通のムニエルだ。リーガが風味づけに入っているけれど、わたしが知っているムニエルから大きく外れてはいない、麗乃時代にはありふれていたムニエルだ。あの頃ならば、「まずくもないし、これと言っておいしくもない普通の味」という感想だっただろう。

 だが、今は「普通である」ということが何よりも大事なのだ。煮込んでうまみをポイするスープと違っておいしい。ちゃんと魚の味がする。

 ……お魚! 久し振りすぎるお魚!

 泥臭くもなく、食べ方に困るのでもなく、普通においしく食べられる海魚。感涙である。

 ……アウレーリア、ありがとう! 貴女はわたしの海の女神 フェアフューレメーアだよ!

 アウレーリアに感謝しながら、わたしはフィッケンを食べ終えた。ムニエルはムニエルでおいしかったけれど、わたしはできれば塩焼きが食べたい。

「小さめの切り身で良いのです。このお魚を塩焼きにして、柑橘系の果汁と共に出していただけませんか?」
「かしこまりました」

 うきうきしながら待っていたわたしの前に出てきたのは、何故かレモン風味のムニエルだった。注文通りに塩が効いていて、柑橘系の果汁でバターの濃厚さが消され、スッキリとした爽やかさが出て、さっきのムニエルよりもおいしさはアップしている。
 けれど、わたしが食べたかったのはこれではない。シンプルな、本当に塩で焼いただけの塩焼きが食べたかったのだ。

 でも、この場で宮廷料理人に文句を言うわけにはいかない。下手したら料理人がくびになる。わたしの指示が悪かったのだろう。何人もの人を介して料理人に指示が伝えられるのだから、もっと細かく、間違えようがないように説明しなければいけなかったのだ。

 ……はぁ、塩焼きが食べたかったな。

 それでも久し振りに魚料理が食べられて満足だ。笑顔になるわたしと違って、食材を運んできた神官長はとても綺麗な作り笑いになっている。あれはとても不満だったり、不愉快だったりする時の顔だ。労力や時を止める魔術具に必要だった魔力と味が釣り合っていないと思っているのだろう。

「食材は残してくれているのでしょう? 残った食材はもう一度時を止める魔術具に入れてください、とわたくしの料理人にお願いしてちょうだい」
「ローゼマイン、食材を魔術具に入れてどうするつもりだ?」

 わたしがリーゼレータに料理人達への伝言を頼もうとすると、魔力担当の神官長が作り笑いの笑みを更に深めた。笑顔の裏で、余計な労力を使わせるな、と怒っているのがわかる。
 神官長の笑顔が少し凄みを帯びていることに気付いたらしいヴィルフリートやシャルロッテがハラハラしたように、わたしと神官長を見比べる。

「わたくし、神殿でもう少し魚料理の研究をしてみたいのです」

 城よりは神殿の方がまだ自由だ。それに、料理人に指示も出しやすい。新しい味を開発するのに城は向いていない。それでも、神官長の不満顔に変化はなかった。

「わたくしが伝えたスープは豚や鳥のガラで出汁を取るように、魚もきちんと出汁を取ればおいしいスープが飲めるのですよ。わたくし、ツァンベルズッペをもっとおいしく食べたいと心から思います」

 スープ・ド・ポワソンが飲みたいだなんて贅沢は言わない。アクアパッツアでもブイヤベースでも良い。おいしく食べられるはずの物を、普通においしく食べたいだけだ。

「君は本といい、料理やお菓子といい、自分が欲しい物のためには驚くほどに貪欲だな」

 神官長が呆れたような顔でそう言った。美しいコンソメや魔術具研究にはビックリするほど貪欲な神官長に言われたくないものである。でも、作り笑いが消えているので、少しは料理研究に興味を持ってくれたようだ。

 神殿に持ち帰るな、とは言われなかったので、わたしはリーゼレータに下処理を終えた魚の切り身と一緒に持って帰ってほしい物を伝える。

「魚の『アラ』を一緒に入れるのを忘れないように、と必ず伝えてくださいね」
「ローゼマイン様、アラでお間違えございませんか? それは何でしょう?」

 料理人への指示を静かに聞いていたリーゼレータが不思議そうに首を傾げる。わたしは一度作り笑いの神官長に視線を向けた後、ニコリと笑った。

「鳥のガラに当たる部分で、魚で出汁を取るのに必要なのです。そのように言えば、わたくしの料理人にはどの部分が必要なのか伝わるでしょう」
「かしこまりました」

 リーゼレータが足音をさせずに静かに厨房へ向かう。その背中を見ながら、わたしはおいしい魚料理を食べる決意を深めた。



 ちなみに、わたし達には物足りなかったツァンベルズッペだが、故郷の味に飢えていたアウレーリアにはとても喜んでもらえたらしい。バターたっぷりのフィッケンはどんなにおいしくても食べられなかったそうなので、完全にうまみの逃げた味気ないのがよかったのかもしれない。

アーレンスバッハのお魚を食べることができました。
色々と残念ですが。(笑)

次は、神殿に戻ります。グーテンベルクとのお話し合いです。
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