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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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テオドールの扱いとプランタン商会とのお話合い

 わたしが貴族院だけの側近としてユーディットの弟のテオドールに声をかけたことに関して、部屋に戻った途端、リヒャルダから怒られた。まず、ユーディットが「姫様に親族を紹介する前には十分に話し合い、根回しをしておかなければなりません! 双方にとって迷惑になります」と。

 側近候補として紹介する前に、仕える気があるのか、これまでの仕事ぶりはどうか、仕事を任せられる相手か、未成年の場合は親の意向はどうか、など根回ししておかなければならないことがたくさんあるらしい。

 ブリュンヒルデは一年かけて主としてのわたしを見て、お母様の下で練習に励むベルティルデの様子を見て、グレッシェルで印刷業を広げる様子も確認した上で、わたしにベルティルデを紹介した。
 けれど、ユーディットはブリュンヒルデが紹介するのを認められたのを知って、自分も同じように、と考えて尻馬に乗った。けれど、それは根回し不足で周囲に迷惑をかけるだけの行為なのだ。

「姫様はテオドールの望みを尊重したいと明言していましたから、無理に側近に召し上げられることはないでしょうけれど、側近になるように、と命じる方ならば、テオドールは自分の望みが叶わなくなるところだったのですよ」

 今は特に領主候補生の年が近すぎて、貴族院で側近ができる年齢の子供は限られている。身分が下であるテオドールの意見が無視されるのは珍しいことではない。

「申し訳ございませんでした」

 ユーディットが肩を落として謝ると、「次からは十分に気を付けるようになさい」とリヒャルダは厳しい表情を少し緩めてユーディットに微笑む。
 ユーディットへのお説教を終えたリヒャルダはくるりとわたしの方を向いた。その時はもう怖い顔になっている。

「姫様には思い付きでお話しするのはいけません、と何度もお話ししたでしょう! テオドールを貴族院で側近として扱うと他の子供達の前で明言してしまった以上、これからの対応を決めなければなりません。ジルヴェスター様やフェルディナンド坊ちゃまとよくよく話し合っていらっしゃい!」

 リヒャルダから保護者達に報告がされ、わたしは養父様の執務室に呼び出された。一番に口を開いたのは、一番剣呑な顔をしている神官長だ。

「さて、リヒャルダから報告を受けたが、貴族院だけの側近だと? 君は一体何を考えている?」
「何と言われましても……一応フェルディナンド様を参考にしたのですけれど」
「私の真似とは?」

 わけがわからないというように神官長が眉をひそめる。

「フェルディナンド様は神殿まで連れていく腹心の側近がエックハルトとユストクスの二人だけで、城では養父様の文官や、特に側近ではない文官を必要な時だけ使っているではありませんか。領地対抗戦でも、体面を保つために騎士団から数人を連れて行っていましたけれど、彼らはフェルディナンド様の側近ではありませんよね?」

 領地対抗戦で座ってお茶をしている時には数人の騎士がわたし達の後ろに控えていたけれど、わたしは顔を見たことがある程度の人で、神官長が常に引き連れている人ではなかった。実際、表彰式でターニスベファレンの討伐が始まってからは、騎士達は領主夫妻の守りを優先し、神官長が連れていた護衛騎士はエックハルト兄様だけになっていたはずだ。

「フェルディナンド様も領主候補生ですから、貴族院時代の側近はたくさんいたのでしょう? 彼等は今どうしているのですか? 必要な時だけいれば良いのならば、わたくしも貴族院だけの側近を連れれば良いではありませんか」

 メルヒオールと側近を共有できないと言われたので保護者の真似をしてみた、と言ったところ、神官長は溜息を吐いて首を振った。

「……私と君は違う」
「どこが違うのでしょう? 正直なところ、わたくしも貴族院で体裁だけを取り繕えたらそれで良いのです。腹心の文官はあと数人くらい育てる予定ですけれど、他は足りていますから」

 神官長がひどく嫌な顔をする横で、お父様が「其方は保護者の悪いところばかりを真似ていないか」と項垂れ、リヒャルダが額を押さえ、養父様がわたしと神官長を見比べて笑い出す。

「ハハハ、体裁だけ取り繕えば良いとは、フェルディナンドが言ったのとまるきり同じではないか。其方こそローゼマインの手本となるように側近を育てねばならぬぞ」
「私の貴族院時代の側近は大半が旧ヴェローニカ派で、警戒対象だ。自由に選べる君と同じに考えるな。それから、神殿へ入っていた私に側近として付きたがる酔狂な者はいない」

 これから先、領主夫人となることが約束されていて、将来の心配がないわたしと神官長では立場が違うと言われたけれど、側近の対象になる人物が少ないという点ではあまり変わらないと思う。

「フェルディナンド様は自由に選べるとおっしゃいますけれど、ヴィルフリート兄様とシャルロッテとメルヒオールと重ならず、旧ヴェローニカ派でもなく、貴族院に在学する上級貴族や中級貴族はほとんどいません。誰を育てれば良いですか? 候補がいるならば挙げてくださいませ」

 今の子供部屋は、わたしがユレーヴェで眠っている間、ヴィルフリートとシャルロッテが統率していたため、主要な上級貴族の子は性別によってどちらかに振り分けられている。それ以外は、養母様が見定めてメルヒオールの側近として声をかけた者と旧ヴェローニカ派でリヒャルダによって最初から対象外とされている者、下級貴族で最初から領主一族の側近候補の対象に含まれない者、個々の事情により打診時点で辞退した者くらいだ。

 いつ目覚めるのかわからないわたしの側近になりたがる奇特な子供が少なかったと聞いている。ハルトムートやブリュンヒルデが残っていたのは、わたしのお披露目や子供部屋での活動を自分の目で見て、知っていたからだそうだ。
 わたしと接していない下級生は打診段階でお断りされていたようで、上級生だけ候補を準備しておけば、実際に必要となってからわたしが自分で選ぶだろう、と言われていたらしい。でも、本音を言ってしまえるならば、上級生だけではなく、下級生もわたしの側近候補として少しは残しておいてほしかった。

「君の側近に入れられる時点で、旧ヴェローニカ派ではないのだから、テオドールを貴族院だけではなく、ずっと使えば良かろう。貴族院だけ、などと言い出すから面倒なことになるのだ」
「テオドールは、将来自分のお父様と同じようにギーベ・キルンベルガに使える騎士になってギーベ・キルンベルガの役に立ちたいと言っていました。わたくしはその夢を応援したいので、ずっと使わなければならないのでしたら、テオドールを側近にはしません」

 確かに、わたしは面倒なことを言い出したのかもしれないが、テオドールの将来の夢を大事にしてあげたい。少なくとも、わたしが潰すようなことはしたくないのだ。

「個人的な目的や動機はともかく、わたくしに仕える心構えがあって、きっちりとお仕事をするならばそれで良いとリヒャルダもトラウゴットの時に言っていました。テオドールが貴族院でわたしを主として立ててくれるならば、それで問題ないと思います。先に貴族院だけだと取り決めを交わしておけば、側近に取り立ててみたら合わなくて、後々解任するよりは問題も少ないと思います」

 血筋だけで選んでトラウゴットと同じような展開になるのも困るのだ。せめて、貴族院の期間中だけでもきちんと仕えてくれる子が良い。わたしがそう主張しながら神官長と睨み合っていると、養父様がゆっくりと顎を撫でて息を吐いた。

「そう睨み合うな、二人とも。どちらの言い分も一理あるのだ。フェルディナンドが危惧するように、将来のためにローゼマインは自分の側近を育てねばならぬ。だが、ローゼマインの言う通り、今は領主一族の側近にできる子供が少ない。二年間寝ていたローゼマインの業績を大人や大きい子供達は肌で感じて理解しているが、小さい子供には見えていない」

 そう言いながら、貴族院だけか、と養父様が腕を組んで真面目な顔で考え込む。神官長がものすごく嫌な顔になった。

「アウブ・エーレンフェスト。まさか許可を出すつもりでは?」
「以前ローゼマインが提案してきた、メルヒオールと側近を共有することに比べれば、今回の提案はまだ許容できる。違うか?」

 二人に同時に仕えれば、主をどうしても見比べることになるため、側近を共有するのは、メルヒオールにとって危険すぎるらしい。

「だが、領主候補生とギーベは違う。比較対象にはなりにくいし、貴族院でローゼマインに鍛えられるのはギーベ・キルンベルガにとっては悪い話ではなかろう。グレッシェルやハルデンツェルと比べて、ローゼマインとの繫がりが薄いことを気にしていたようだからな」

 他のギーベが領主一族との間に繋がりを持つために子供を期間限定の側近として差し出したがっても、それを受けるかどうか決めるのは領主一族なので、特に問題にはならないだろう、と養父様が言った。

「魔力圧縮に関しても、領主一族の側近候補に挙げられる者ならば、どうせ対象に入るはずだ。目くじらを立てるようなものではない。ただし、期間限定の側近と通常の側近で扱いを全く同じにすれば、どこかで不満が出てくる可能性はある。ローゼマインがうまく側近を扱えるのでなければ、後々大変なことになるぞ」

 養父様の言葉にわたしはコクリと頷いた。

「それから、もう一つ懸念はある。女性の側近は結婚して辞職する。それを念頭に置いて、側近を選ぶようにしなければ困るぞ。其方は領主夫人としてここに残るのだからな」

 通常、女性の領主候補生は他領の領主候補生や同じ領地の上級貴族に嫁ぐ。他領に嫁ぐ場合は同行するために少数の側近が付けられるが、上級貴族に嫁ぐ場合は領主一族ではなくなるので、側近は解任される。

 けれど、わたしは養女で、領主夫人となるので、側近を解任することがない。お母様やオティーリエのように子供が貴族院に入るくらいの年になり、仕事に復帰する年頃の女性も視野に入れて側近を決めるように、と言われた。

 ……それはわかるんだけどね、仕事に復帰する年頃の女性は貴族院での側近にはなれないし、わたしが知っているその年頃の女性って、お母様が率いる「恋物語を作り隊」のメンバーがほとんどなんだよね。新しい本を作成するためには崩せないんだけれど、どうしようかな?

 養父様とギーベ・キルンベルガの話し合いの結果、テオドールを貴族院時代だけ側近にすることに関しては、来年グーテンベルクをキルンベルガへ派遣することを条件に了承を得られた。



 プランタン商会の本を城で販売する日は、養父様の文官から手紙の鳥で連絡されたので、わたしは子供部屋で宣伝に努めていた。ローゼマイン工房で印刷された本の今年の目玉商品は、アウレーリアから聞いた話をまとめたアーレンスバッハの騎士物語である。来年は他領のお話がグッと増えるはずなので、非常に楽しみだ。

「他領の物語ですか? それはとても楽しみです」
「わたくし、貴族院のお話を読んで、早く貴族院に行きたくなりました」

 小さい子達、とは言っても、身長は下手したら抜かされているのだが、きゃらきゃらと楽しそうに笑っている姿は可愛い。

「貴族院でもエーレンフェストの本を読むのが流行の兆しを見せています。入学前によく読んでおくと良いですよ。それに、お友達との貸し借りができるようになれば、たくさんの本を読めるようになりますよ」

 本はさすがに高いので、いくつも買える家は少ない。バラバラの種類を買って交換して読み合うことができれば、プランタン商会の売り上げは落ちるかもしれないが、一人一人の読める本が増える。
 正直なところ、これ以上本を増やしても、エーレンフェストでは全てを買えるだけのお金がある貴族は少ないのだ。プランタン商会が本の売り上げを上げようと思うならば、他領に売り出していかなければならない。

 ……ベンノさんに領主会議でダンケルフェルガーと印刷物に関する打ち合わせがあることを報告しなきゃ。

 発売当日の午前中はプランタン商会との打ち合わせが入っている。毎年恒例のことになっているので、城で販売することに関しては大した打ち合わせは必要ない。けれど、今回はハルデンツェルやグレッシェルで印刷された本を委託販売する上での打ち合わせがあるので、それに同席して、プランタン商会が不利になりすぎないように、ギーベからベンノがぼったくりすぎないように見張っていなければならないのだ。

「姫様、プランタン商会とのお約束の時間ですよ」

 リヒャルダにそう言われ、わたしは文官達を連れて自室を出た。そこにはシャルロッテがいて、階段下にはヴィルフリートが待ち構えているのが見える。

「本の販売のためにプランタン商会との打ち合わせも行うのですね。お姉様の騎士に連絡を取るようにお願いしたことはございますけれど、その後はお姉様の護衛騎士と子供部屋を担当している側仕えで終えてしまったので、わたくし、打ち合わせに参加するのは初めてです」

 わたしが寝ている間はダームエルがかなり頑張ってくれていたらしい、と神官長からも聞いていた。けれど、実際に子供部屋の運営を頑張ったシャルロッテによると、わたしの護衛騎士はさっと分業して仕事をしてくれたそうだ。
 ダームエルを振り返って「あの時は助かりました」とシャルロッテが笑う。恐縮するダームエルをレッサーバスから見上げて、わたしは胸を張った。

「ダームエルは文官仕事も得意な護衛騎士で、神殿でもよく手伝ってくれて助かっています。フェルディナンド様がよく仕事を割り振るのもダームエルなのですよ」
「そうでしょうね。仕事の割り振りや指示の出し方も的確で感心いたしました」

 何をどのようにすれば良いのか、全くわからなかったシャルロッテは自分の側近に指示を出すこともできなかった。そこをわたしの護衛騎士達が助けてくれた、と語る。

「お姉様の護衛騎士は全員が文官仕事も的確にこなすことにとても驚いたのですよ」

 尊敬の目でわたしを見てくるシャルロッテに何と返事をしたものか、わたしはアンゲリカに視線を向けた後、そっと溜息を吐いた。

 わたし達が部屋に着くと、すでにギーベ達とプランタン商会が話し合いをしていた。プランタン商会からはベンノとマルクとダミアンが来ている。
 貴族らしい長い挨拶を交わし、去年と同じで特に問題がないことを確認すると、ダミアンは準備のために子供部屋の側仕え達と一緒に退室していった。

「ローゼマイン工房以外で作られた本を売ることに関してですが……」

 ベンノは初めて同席するヴィルフリートやシャルロッテの文官にもわかるように説明を始める。今回はギーベ・ハルデンツェルとギーベ・グレッシェルがそれぞれの領地で作った本を売る際の委託料に関する話し合いである。

 今まではほとんどがローゼマイン工房で作られた物だったので、特に必要なかった。けれど、これから先は各地に印刷工房が増えていくので、きちんと決めておかなければならない。いずれは本を売る店も増えていくけれど、今はプランタン商会が全てを担っていて、これから先他領に売り出す際の窓口になるのだ。
 商品である本を持ち込んでくれた場合、プランタン商会が取りに行く場合、城で売る場合、店で商品を保管する場合などいくつもの状態を想定して、細かく決めていく。

「こちらから持ち込むだけでずいぶんと料金が変わるのだな?」
「輸送費が大きいのです。輸送費を商品に加算しなければ、利益は得られません」

 ギーベ・グレッシェルが疑うような視線でベンノを探るように見る。わたしはギーベ達に向き合って、ニコリと笑いながら口を開いた。

「ギーベは転移陣を使って城に本を運ぶことができますけれど、主な輸送手段が船か馬車になる平民にとっては輸送費が一番大きくなります。距離はもちろん、エーレンフェストまでの道がどれほど整備されているのかによっても進む速さが変わってきます。それによっても当然金額は変わります。グレッシェルよりハルデンツェルが高くなるのはそのためです」

 徴税の時に使う転移陣で本を一緒に城へ運んでしまえば魔力が必要になるけれど、お金はかからない。平民を使って馬車でゴトゴト運ぶと、損傷の可能性もあるし、輸送費分の料金を上乗せしなければ利益が見込めなくなる。わたしの説明にギーベ達は納得したように頷いた。

「徴税のついでに送れる程度の量しかない今は良いですが、これから先、本が増え始めると輸送に関する問題が出てくるでしょう」

 お母様達「恋物語を作り隊」が作る本を印刷し、それが快調に売れているギーベ・ハルデンツェルは顔をしかめて輸送の問題に着目した。

「今、少しでも少ない魔力で輸送するために、転移陣の改良を研究させています。印刷工房が増え、各地に印刷協会ができる頃にはそれほど魔力を使わずに輸送できるようになるはずです」
「ずいぶんと先の見通しがあるのですね」
「いつの間にそのような研究をさせていたのだ?」

 驚いたように目を見張るギーベやヴィルフリート達は、神官長と違って研究目的がわたしへの納本用だとは気付いていないようだ。余計なことは言わず、わたしは笑みを深める。

「研究してくれているのは、フェルディナンド様が認める弟子ですから、お任せしても大丈夫だと思います」

 輸送費に関して納得してもらえたことで、委託料の契約は無事に終わった。ホッと緊張感が緩んだ部屋を見回しながら、わたしはギーベ達とヴィルフリートとシャルロッテへ視線を向ける。

「これでギーベとプランタン商会のお話し合いは終わりですから、ギーベもヴィルフリート兄様とシャルロッテも退室してもよろしいですよ」
「ローゼマインはどうするのだ?」

 ヴィルフリートがわたしとプランタン商会を見比べながら、緑の瞳を光らせる。

「わたくしはまだプランタン商会とのお話があります。これから先の予定について連絡しておかなければなりませんし、他にも個人的な質問がございますから」

 クラッセンブルクの商人の娘をダルアとして入れたことについても聞かなければならないし、時間が許せばグーテンベルクの状況についても聞いておきたい。

「これから先の予定は私に聞かれて困るような話か?」
「いいえ。興味がおありで、時間が許すのでしたら、ご一緒にどうぞ」
「印刷に関係する話ならば、私も聞かせていただきたいと存じます」

 ヴィルフリートとギーベ・ハルデンツェルがそう言った。あまり突っ込んだ個人的な話はできなそうだが、断る理由もない。わたしは皆の同席を了承し、ベンノに向き直る。

「貴族院で貸し借りをして写本したり、他領のお話を文官見習い達が集めたりしてくれているため、それらを印刷した本を来年から貴族院で広げることになりそうです」
「来年の貴族院からですね?」

 ベンノの頭の中で色々な計算が一気にされているのがわかる。わたしは一つ頷いた。

「実際に売り出すのは次の夏になるでしょう。聖典絵本は貴族院での成績に直結するので、まだ広げる予定はありません。騎士物語や恋物語を中心に準備をしてください。今年の貴族院での反応を見る限りでは良い手応えを感じました」

 ベンノの赤褐色の目が獲物を捉えた肉食獣のような光を帯びる。ピリッと空気が引き締まり、商人としての利益を見据えるやり取りに思わずわたしの唇の端も上がった。

「本の売買に関する取り決めは領主会議でアウブがダンケルフェルガーとお話をする予定になっていて、そこで決定した取り決めを元に、他の領地とも契約していく形になります。どのような取り決めにするのが良いのか、領主会議までに一度話し合いましょう」

 印刷のことに関しては疎い養父様の文官にお任せすることはできない。ダンケルフェルガーに出す条件や取り決めについては予め決めて、叩き台を作っておかなければならないのだ。

「ローゼマイン様は他領から集めたお話を本にするのですか?」

 ギーベ・ハルデンツェルの問いかけにわたしは大きく頷いた。

「えぇ。エーレンフェストの騎士物語もほとんどはわたくしが子供部屋で子供達から集めたお話を元にしています。そして、自分のお話が載った本を子供達は殊の外喜んでくれました。他領に向けて売り出すならば、その領地に関係のあるお話もある方がより興味を引けると思うのです」
「なるほど」

 では、他領の恋物語も必要か、とギーベ・ハルデンツェルが呟いた。厳めしい顔と恋物語という単語が合っていないが、彼は恋物語を完全に利益を得るための商品として考えているようだ。
 平民達とも意思疎通ができているらしいギーベ・ハルデンツェルは即座に自分達の印刷について考えを巡らせているけれど、ギーベ・グレッシェルはまだよくわかっていないようだ。難しい顔で座っているだけである。

「ハルデンツェルではエルヴィーラ達が書いた本を印刷しているので、印刷する原稿はたくさんあると思います。グレッシェルにはまだめぼしい作品を書く者がいないと思いますから、よろしければ、こちらで集めた物語を印刷しませんか?」

 他領から集めたユルゲンシュミットの騎士物語集も作りたいけれど、ローデリヒのディッター物語も印刷したい。今はお話の方が多くて、印刷工房が少ないくらいなのだ。グレッシェルがいくつか引き取ってくれると、とても助かる。わたしがそう言うと、ギーベ・グレッシェルがハッとしたように顔を上げ、「ぜひ印刷させてください」と食いついた。

「それから、ローゼマイン様。グーテンベルクより報告です。ヨハンによると、グレッシェルの鍛冶職人が良い感じに育っているようです。春には返すと聞きました。それから、ザックによると、ローゼマイン様が注文された物が完成したそうです。神殿のお部屋に入れるのか、城のお部屋に入れるのかと尋ねられました」

 ザックが作ってくれたのはマットレスだろう。寝心地の良いベッドの完成にわたしは小さく笑う。

「神殿に入れてほしいです。詳しくは会計報告の時にしましょう」
「かしこまりました。最後に、こちらで一年預かることになっているクラッセンブルクの商人のことですが……」

 わたしが尋ねるより先にベンノの方からカーリンについての話を切り出した。

「ダルアとしての働きは素晴らしいです。さすが大領地の商人だと感心する点がいくつもあり、当店でも取り入れることを検討しています。そして、クラッセンブルクからエーレンフェストへ来る道中の話から、他領の情報も手に入りました。ローゼマイン様のお役に立てると幸いです」

 マルクがすっと紙束を差し出す。それをハルトムートが受け取った。ハルトムートから受け取った資料をパラリと流し読みしただけだが、プランタン商会だけではなく、ギルド長や大店の店主達から得た情報も整理されて載っているのがわかる。

「助かります、ベンノ。アウブ・エーレンフェストもお喜びになるでしょう」

 これだけの人目がある中で、これ以上突っ込んだ個人的な話ができるわけがない。わたしはカーリンとの仲については言及せず、資料だけを受け取ることにする。

「ローゼマイン様は平民からも情報を得ているのですか?」

 わたしとベンノのやり取りを見ていたギーベ・グレッシェルが何度か目を瞬いた。グレッシェルは貴族街と下町でくっきりと分かれている。きっと平民から情報を得ることはこれまで考えていなかったのだろう。

「商人は色々なところと繋がりがありますから、有益な情報もあるのですよ。貴族街では手に入らない情報を得ることも多々あります。ヴィルフリート兄様やシャルロッテも祈念式や収穫祭で新しいことを知るでしょう?」

 貴族街から外に出る機会が多い二人に話題を振ると、二人は揃って頷いた。

「えぇ、実際に目にしてみなければわからないことはたくさんあると思いました」
「魔力を注いで民に感謝されると、もっと頑張らねばならぬと思えるし、良き領主にならねばならぬと気が引き締まる思いがするのだ」

 ヴィルフリートの言葉にギーベ・ハルデンツェルが一度軽く目を見張った後、柔らかく表情を緩めた。

「我々の魔力がなければ平民は生きていけません。ですが、平民がいなければ、我々貴族もまた困ることになる。それをわかった上で努力を重ねられれば、ヴィルフリート様は良き領主になるでしょう」

 汚点のある領主候補生だとか、次期領主候補とされているのはわたしと婚約したからで実力ではないとか、エーレンフェストの貴族たちから陰口を叩かれているヴィルフリートは、ギーベ・ハルデンツェルに「良き領主となれる」と認められたことが嬉しくてならなかったのだろう。誇らしそうに笑って頷いた。

「うむ。精一杯の努力をする」



 午後に行われた本の販売では、お母様達の恋物語が圧倒的人気を誇り、ぶっちぎりの売り上げだった。次点で売れたのはローゼマイン工房で印刷されたアーレンスバッハの騎士物語だ。旧ヴェローニカ派がいそいそと買っていた。
 わたしも一冊購入した。これは自分の分ではない。

「ランプレヒト」

 ヴィルフリートの護衛騎士として付き従っているランプレヒト兄様に声をかけ、わたしは購入したばかりの本を差し出す。

「何でしょう、ローゼマイン様」
「これをアウレーリアに贈ってくださいませ。お話してくださったお礼です」

 染物コンペの時にアウレーリアが話してくれたアーレンスバッハの騎士物語だ。せっかくなので、アウレーリアにも楽しんでほしい。ランプレヒト兄様は本を受け取って、嬉しそうに笑った。

「恐れ入ります。妻はローゼマイン様の本を好んで読んでいるので、とても喜ぶでしょう」

 視界の端でダームエルが視線を逸らしたのがわかった。
ローゼマインは着実に保護者の悪いところを真似るようになりました。
子供は育てたいようには育たないものなのです。
テオドールは期間限定の護衛騎士になりました。
そして、久しぶりのベンノさん。クラッセンブルクの情報、GETです。

次は、春を寿ぐ宴とメルヒオールの洗礼式です。
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