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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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ヒルシュール先生の研究室

 お昼までの時間に図書館でいくつかの資料を見た結果、ヒルシュールに話を聞きに行った方が良いという結論に達した。難しくて、今のわたしには理解できないものがたくさんあるのだ。

「リーゼレータ、ヒルシュール先生の研究室にお邪魔しても良い時間を知っているかしら?」
「ヒルシュール先生の研究室ですか? ローゼマイン様が足を運ばれるのはあまりお勧めできませんけれど、一体どのようなご用件でしょう?」

 シュバルツ達の着替えのためにヒルシュールの予定を把握していたリーゼレータならばわかるかもしれないと思いながら尋ねると、リーゼレータは困ったような顔で少しばかり難色を示した。

「今、考えている魔術具についてお話をしたいと思うのです」
「そうですか。魔術具に関するお話でしたら、研究室に向かった方が良いかもしれませんね」

 少し俯き気味に考え込んでいたリーゼレータが顔を上げた。

「……ヒルシュール先生とのお話はシュバルツ達の着替えより前に済ませた方が良いと思います。頭の中が研究一色になると、ヒルシュール先生はこちらのお話に付き合ってくださらないでしょうから」

 ヒルシュールが研究に没頭する時の姿を知っているわたしは、リーゼレータの言葉に深く頷きながら、「なるべく早くに面会できるように予約をお願いします」と頼んだ。

 その日の午後も図書館で過ごし、魔術具関連の本や資料に目を通していった。魔術具の改良や魔法陣が間違えていないか、質問したい。ついでに、図書館運営に便利な魔術具がないか尋ねてみたい。



「ローゼマイン、其方、今年も王族と接触したのか!? 何をしたのだ!?」
「え? 王族の魔術具?……シュバルツ達の話ですか?」

 夕食の席でヴィルフリートに突然そう言われ、魔術具のことで頭がいっぱいだったわたしはすぐに反応ができなくて首を傾げる。

「ローゼマイン様、ヴィルフリート様はヒルデブラント王子のことをおっしゃっています。朝、図書館でお会いしたでしょう?」

 ……そういえば、挨拶はしたかも。

 フィリーネの言葉にポンと手を打つと、ものすごく不安そうな顔でコルネリウス兄様がわたしの顔を覗き込んだ。

「ローゼマイン様、まさか忘れていらっしゃるのでは……?」
「まぁ、王族のことですよ。忘れるわけがないでしょう。少し思い出しにくい隅の方に記憶が転げ落ちていただけです」

 それを忘れていると言うのでは? とコルネリウス兄様から小さな声でツッコミが入ったけれど無視だ。忘れていたわけではない。関心がなかったので、ちょっと印象が薄かっただけだ。

「わたくしは挨拶以外特に何もしていません。お忍びらしい王子の邪魔にならないようにすぐさま姿を隠しましたもの。ヒルデブラント王子は学生がいない時間を狙って移動していたようですし、わたくしは図書館に日参すると宣言しているので、もう会わないと思いますよ」

 わたしが図書館に日参すると言ったのに、姿を隠しておきたい王子がのこのこと図書館に来るはずがない。偶然の不可抗力です、とわたしが主張すると、ヴィルフリートが眉間に皺を刻んで難しい顔になった。

「其方は去年も不可抗力で王族との交流を増やしていた気がするのだが……」
「ヴィルフリート兄様、フリュートレーネとルングシュメールの癒しは違うのですよ」

 去年は去年、今年は今年。アナスタージウスとヒルデブラントは違う、と言い切ったわたしにヴィルフリートが溜息を吐いた。

「基本的に部屋から出ないと言っていた王族と顔を合わしたのだぞ。これから先も何かあるかもしれぬ」
「何かあるかもしれませんけれど、ないかもしれません。考えたところで、どうなるかは王族次第ですよ」

 難しい顔をするヴィルフリートにわたしは肩を竦めて見せる。面倒事というのは避けているつもりでも勝手に寄ってくるものなのだ。起こってもないことを考えたところで無駄だ。

「そんなことより、これから先の予定の話をしましょう。シュバルツ達の着替えをさせる日が三日後の午後に決まりました。今回は図書館内で一室を貸してくださるそうです。刺繍のお手伝いをしてくれた女の子達を優先して、お手伝いをしていただきますね」

 女の子達が華やいだ声を上げ、城で一緒に刺繍をしていたシャルロッテが藍色の目を輝かせた。

「お姉様、わたくしもご一緒してよろしいのですか? 座学は全て終えましたから、午後ならば時間がございます」
「もちろんです、シャルロッテ」

 あまり人数が多くなっても困るので、わたしとシャルロッテの側近を中心に時間の空いている女の子達で調整し合いながらメンバーを決めることになった。

「シャルロッテ様、わたくしも刺繍をいたしましたよ」
「ねぇ、ブリュンヒルデ。わたくしもご一緒したいのですけれど」

 楽しそうな雰囲気で誰が同伴するのか話し合っているのを見ていると、リーゼレータが静かに近付いて来て、ヒルシュールの面会予約を取ったことを報告してくれた。

「ローゼマイン様、ヒルシュール先生に予定を伺ったところ、明日の午前中ならばお時間をいただけるそうです。その時に紹介したい学生もいると伺っています。ヒルシュール先生の弟子だそうですよ」
「わかりました。明日の午前中にヒルシュール先生の研究室に参りましょう」
「ローゼマイン様のお話が終わってから、ヒルシュール先生にはシュバルツ達の着替えの日程をお話してくださいませ」

 肝心の話ができなくなったら困るから、というリーゼレータの心配りにわたしは大きく頷いた。



 そして、次の日。わたしは文官の専門棟にあるヒルシュールの研究室へと向かった。神官長に借りた本と自分で作成した魔法陣を持参し、改良の仕方を尋ねるためである。
 資料を抱えたハルトムートとフィリーネ、何故か掃除のための魔術具を抱えたリーゼレータと簡易お茶セットを抱えたブリュンヒルデ、護衛のためのコルネリウス兄様とレオノーレを連れてヒルシュールの研究室を訪れる。扉の前に立つと、側仕え見習いであるリーゼレータが中へ声をかけた。

「ヒルシュール先生、エーレンフェストのローゼマイン様が到着いたしました」
「先生、呼ばれていますよ」
「貴方が近いでしょう。扉を開けてちょうだい」

 中から男の子とヒルシュールの声が聞こえた。何を言い争っているのかと思った途端、大きく扉が開き、一人の男の子が顔を出した。あまり手入れされていない黒髪で、調合服は埃っぽい。眠そうで疲れているような顔をしていて、全体的に薄汚れていた。その姿を見て、わたしは思わず眉をひそめてしまったけれど、ヒルシュール先生の研究室を見れば、すぐに納得できた。

 壁に沿って大きめのテーブルが並び、その上には器具が所狭しと林立し、資料が積まれている。床の上は恐らく積み上げていた資料が雪崩を起こしたのだろうと推測できる紙や食べかすが散乱していた。部屋の真ん中にあるテーブルだけが綺麗なのは、そこが調合をするための場所だからだろう。余計な物が混ざらないようにきっちりと整えられている。

「どうぞお入りくださいませ」

 奥から響いたヒルシュールの声にわたしが一歩踏み出そうとしたら、リーゼレータが止めた。

「ヒルシュール先生、これは人を招く部屋ではありません。昨日ローゼマイン様をお招きできるように整えてくださるとおっしゃったではありませんか」
「ここは人を招く部屋ではなく研究室ですからね」

 全く悪びれずにそう言ったヒルシュールを見たリーゼレータが「これですからローゼマイン様をお連れしたくなかったのです」と軽く溜息を吐いた。

「ヒルシュール先生、必要な資料はテーブルの上にお願いいたします。わたくし、ローゼマイン様の側仕えとして、このようなところに主を入れるわけには参りません」

 リーゼレータが卵型の魔術具を取り出してニッコリと笑うと、ヒルシュールと助手が顔色を変えて、床の上に散乱している資料を掻き集め始めた。

「リーゼレータ、その魔術具は何ですか?」

 わたしが質問すると、リーゼレータがニコリと笑って教えてくれた。範囲を指定したところにある物を全て呑み込み、その部分を綺麗にするための魔術具らしい。本来は上の方の埃などを全て床に落とし、そのゴミを一気に片付けるそうだ。床にある物は全てゴミだと見なされるという。

「長期間締め切っていたお部屋を整える時、最初に使う魔術具です」

 リーゼレータのおかげで、床が綺麗な部屋になった。テーブルの上は大変な状態になっているけれど、そこを片付けるのはリーゼレータの仕事ではない上に、骨が折れるので放置するそうだ。

「お二人とも、見苦しくない程度に見た目を整えてくださいませ」

 リーゼレータがそう言いながら真ん中の綺麗なテーブルを片付けると、ブリュンヒルデが簡易お茶セットでお菓子やお茶の準備を整えていく。
 研究ばかりで碌に食事を摂っていなかったのではないだろうか。茶菓子と一緒に準備されていく軽食を見た二人のお腹が鳴った。それを誤魔化すようにヒルシュールがヴァッシェンを使う。

 数秒間で小ざっぱりとした見た目になったヒルシュールが席を勧めてくれた。わたしは席に着くと、テーブルの上の食べ物に目が釘付けになっている少年へと視線を向ける。

「ヒルシュール先生、できればご紹介いただけるとありがたいのですけれど」
「あら、失礼いたしました」

 ヒルシュールがフッと笑みを浮かべて紹介してくれたのは、神官長に続く優秀な弟子、ライムントだった。二年生の調合の実技で、少しでも魔力を使わずに調合ができないか、と奮闘しているところにヒルシュールが目を付けたらしい。

「発想という点でフェルディナンド様は天才的でした。ライムントは改良という点で天才的な才能を持っています。ローゼマイン様が魔術具の改良をしたいと考えられるならば、良き相談相手になると思いますよ」
「命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」

 ライムントがわたしの前に跪き、初対面の挨拶を述べる。わたしが「許します」と言うと、祝福の光が飛んできた。

「アーレンスバッハの中級文官見習いライムントと申します。以後、お見知りおきを」

 ライムントの自己紹介に側近達が表情を変え、警戒の態勢となった。コルネリウス兄様がわたしを守るようにヒルシュールとわたしの間に入ってくる。

「……アーレンスバッハ? ヒルシュール先生はアーレンスバッハの学生を愛弟子として教育していらっしゃるのですか?」
「えぇ。そうです。何か問題でも?」
「ここ数年のアーレンスバッハとエーレンフェストの情勢をご存知ないのですか?」
「存じていますよ。それが何か?」

 コルネリウス兄様の言葉にヒルシュールが表情を引き締めながら、ゆっくりと首を傾げた。グッとコルネリウス兄様が拳を握り、ヒルシュールを睨む。

「ヒルシュール先生、貴女はそれでもエーレンフェストの寮監ですか?」
「わたくしはエーレンフェスト出身ですから、エーレンフェストの寮監を任されていますけれど、中央に籍を移した貴族院の教師です。領地に関係なく、優秀な生徒をユルゲンシュミットのために育てるため、教師は全員中央に籍を移しているのです。わたくしの愛弟子がどこの領地の者でも貴方には全く関係のない話ですよ、コルネリウス」

 ヒルシュールはキラリと紫の目を光らせると、厳しい表情でそう言った。

「だが、ローゼマイン様はアーレンスバッハに……」
「まったく……。若いのに頭が固いのか、幼いから長い目で見られないのか、どちらでしょうね。稀有な才能を伸ばすことが教師であるわたくしの務めです。伸ばせる時間は人の一生の中で本当に短い期間で、時世を考慮して、機会を損失するのは才能を潰すに等しいことです」

 ヒルシュールは警戒心も露わなわたしの側近達を見回し、わざとらしく溜息を吐いた。

「声高に情勢が、と言いますけれど、情勢などほんの数年でくるくると変わるものです。そのような不確かなものより、個人の持つ才能の方がよほど貴重で大事ではありませんか」

 そして、テーブルの上で指を組んで、側近達を見回し、その後でじっとわたしを見つめた。

「最もわかりやすい例を挙げるならば、フェルディナンド様です。わたくしの愛弟子として遇することになった時、同じように、情勢が、とエーレンフェストの主流な者からは注意がありましたし、毎週のように報告書に対する返事としてヴェローニカ様からは嫌味混じりの手紙が届いていました。あれから十年ほどですけれど、エーレンフェストはどのように変わっていますか?」

 神官長をヴェローニカの嫌味から守りつつ、ヒルシュールは愛弟子として育てた。稀有な才能を持つ研究者になれるはずだった弟子は貴族院を卒業し、父親の死と前後して神殿に入った。ヴェローニカに疎まれ、そのまま神殿で才能を腐らせていくのかと思えば、還俗し、更に弟子の教育をしている。

「情勢も人生もどのように変わるのか誰にもわかりません。あの時、わたくしがフェルディナンド様を弟子として教育していなければ、今のローゼマイン様も存在しなかったかもしれないのですよ」

 情勢に関係なく、自分の勘を信じて、弟子の才能を信じて教育する。そう言い切り、実際に実行してきたヒルシュールには確固とした信念があった。

「ヴェローニカ様に贈った言葉をここでもう一度エーレンフェストに贈りましょう。わたくしは中央の貴族で、貴族院の教師です。わたくしが誰を弟子にするのか、どのように教育するのか、口出しする権利はエーレンフェストにありません」

 こうして神官長を守ってきたのか、と感慨深い思いに浸りながら、わたしは軽くコルネリウス兄様の袖を引いた。

「ヒルシュール先生のおっしゃる通りです、コルネリウス。先生がどこの者を弟子にしようとも自由です。……ただ、わたくし達がアーレンスバッハを警戒するのも自由です。こちらにもそれだけの理由があるのですから」

 コルネリウス兄様が警戒の表情を崩さないまま、小さく頷いて一歩下がった。

「……少し冷めてしまったかもしれませんね」

 ぴりぴりとした空気を変えようと、わたしは持ち込んだお茶やお菓子を一口ずつ食べて、ヒルシュールに勧める。
 ヒルシュールはパパッとクッキーを口に入れると、すぐに助手にクッキーを下げ渡した。そして、自分は数個のクレープが載っているお皿を手に取る。助手はクッキーを食べて、青い目を輝かせると次々に口へ入れ始めた。貴族なので、動きだけは優雅だが、食べっぷりは欠食児童のようだ。

「それにしても、ローゼマイン様がわたくしにお話があるのは珍しいですね」

 ヒルシュールは野菜炒めとハムを包んだクレープを食べながら、話を聞く態勢になった。二人の食べっぷりを見ながら、わたしはちょっとだけお茶を飲む。この研究室は本当に健康に良くない研究室だ。神官長の成長過程が目に見える。

「魔術具について色々と教えてほしいのです。わたくし、図書館に利用できる魔術具を作りたいと考えています」
「……図書館というと、声を入れる魔術具ですか?」
「え?」
「先日、ソランジュから問い合わせがありました」

 ソランジュも自分が欲しい魔術具を手に入れるために、オルドナンツを飛ばして色々な研究者に質問していたらしい。

「録音の魔術具だけではなく、もっと多くの魔術具が欲しいのです。使い勝手が良いように改良もしたいですし。それから、わたくし、フェルディナンド様の本を読んで魔法陣を作成したのですけれど、これで間違いがないか見ていただけませんか?」

 わたしがハルトムートに視線を向けるのと、クレープを下げ渡された助手が目を見開いて顔を上げるのはほぼ同時だった。

「フェルディナンド様の本ですか!?」

 思わず声に出してしまったようで、助手は慌てて口元を押さえた。これだけ警戒されている中で発言してしまったのだ。注目を集めるのは当たり前である。ヒルシュールは苦笑交じりの顔で、ライムントを庇うように口を開いた。

「ライムントはフェルディナンド様が作成して放置している魔術具や魔法陣を改良することに熱意を燃やしています。ソランジュが欲しがっていた録音の魔術具を何度か使えるように改良したのはライムントなのです」

 警戒されているのがわかっているので、口には出していないけれど、ライムントの目はハルトムートが抱えている本だけに向いていて、読みたい、読みたい、読みたい、と叫ぶほどに訴えているのがわかる。本を読みたいと熱望する人を撥ね退けるなんて、わたしにはできない。

「ハルトムート……」
「ダメです。これはフェルディナンド様の研究成果ですから、フェルディナンド様にお伺いも立てずにお貸しすることはできません」

 声をかけた瞬間、笑顔で拒否され、わたしは自分がお断りされた気分で肩を落としながら、ヒルシュールに魔法陣を描いた紙を差し出した。
 ヒルシュールは流れるような動きで食べていた手を止めると、わたしの描いた魔法陣を広げて視線を走らせる。しばらくじっと見ていたヒルシュールが指先でこめかみを押さえた。

「……ローゼマイン様。何ですか、これは?」
「図書館で貸し出した本が期限内に戻って来ない時に強制的に図書館に戻すための魔法陣です。使えますか?」
「使えませんよ、こんな魔法陣」

 ヒルシュールが呆れた顔でそう言った。理論上は間違えていないと思っていたけれど、呆れられるような魔法陣だったらしい。

「どこが間違っているのですか!?」
「間違っているのではなく、使えないのです。本当にローゼマイン様はフェルディナンド様の弟子ですね。自分の魔力を基準にして魔法陣を作ったところで動かせる者がいるはずないでしょう。全く実用的ではありません」

 ヒルシュールの指摘によると、わたしが考えた魔法陣は無駄が多すぎるらしい。ついでに、工程が多すぎるらしい。

「どうして全てを一つの魔法陣に入れようとするのですか? 命の属性が入ると、必ず土が必要になる分、どうしても無駄が多くなります」
「一つの魔法陣に収めるのがフェルディナンド様の課題だったのです」
「理論を学ぶためにはその課題も有効でしょうけれど……」

 ヒルシュールはそう言って溜息を吐いた。そして、ライムントに魔法陣の紙を渡す。

「ライムント、ローゼマイン様の魔法陣を貴方が使えるように直しなさい。……ローゼマイン様、魔法陣の改良のお手本を見せてもらうと良いですよ」

 ヒルシュールにそう言われ、わたしはライムントの手元をじっと見つめた。魔法陣を睨んでいたライムントが「よくこれだけ詰め込みましたね」と呟きながら、ペンを取り出して、修正案を書きだしていく。

「改良の基本ですが、なるべく単純にします。例えば、この魔法陣の場合、期日が過ぎたを本を図書館に戻すのと、図書館で本を移動させるのは別の魔法陣にした方が良いです」
「どうしてですか?」
「魔力の無駄遣いだからです。図書館にさえ戻っていれば、ソランジュ先生だけでも片付けられますし、魔力に余裕があれば、もう一つの魔法陣を作動させて本棚に魔力で戻すこともできます」

 絶対に必要な機能とどちらでも良い機能は分けて考えるように、と注意された。

「領主候補生の中でも最優秀がとれるローゼマイン様の魔力を基準に考えると、図書館に持ち込んだところでソランジュ先生には使うことができない無駄な魔術具になりますよ」
「確かにそうですね」
「政変で動かなくなった魔術具が多くなってしまったのも、王族や上級貴族にしか動かせないくらい魔力が必要な魔術具が多かったからです。なるべく機能を分けて、必要な時には中級貴族や下級貴族でも動かせるようにしておいた方が良いと思います」

 そう言いながら、ライムントはわたしの魔法陣から盗難防止の魔法陣も独立させた。

「これを独立させて別の魔法陣にすると、こちらの土と風が必要なくなります」

 どんどんと魔法陣がシンプルになっていく。わたしのような初心者が作るならば、間違いを減らすためにも魔法陣はなるべくシンプルにした方が良いらしい。

「こうして、魔法陣をできるだけ簡素にすることで大幅な魔力の節約になります。それから、調合する時に使う素材をよく吟味することで、魔力の節約ができます。例えば、この図書館に本を戻すための魔法陣を描く紙に、エーレンフェストで発明された動く紙を使うとかなりの魔力節約ができます」
「……どうしてライムントが動く紙のことを知っているのですか? 勘合紙は領主会議で中央とクラッセンブルクにしか配っていないはずなのですけれど」

 わたしが目を瞬くと、ライムントがきょとんとした顔で首を傾げた。

「講義の時にグンドルフ先生が興奮して喋っていました。ぜひとも研究したい、と」
「グンドルフ先生とは?」

 どこからどんなふうに情報が回っているのかわからない。わたしが警戒しながら問いかけると、ヒルシュールが答えをくれた。

「ドレヴァンヒェルの寮監ですよ。わたくしの研究仲間であり、好敵手でもあります。……グンドルフが興味を示しているのでしたら、エーレンフェスト紙や勘合紙も調合の素材として使うと、面白い結果になるかもしれませんね」

 ヒルシュールがマッドサイエンティストらしい笑みを浮かべながらわたしへと視線を移す。

「ローゼマイン様、わたくしにエーレンフェスト紙と勘合紙を売ってくださいませ」
「ヒルシュール先生は中央の貴族ですから、勘合紙は売れません」

 わたしがそう言うとヒルシュールはショックを受けたような顔で固まった。けれど、すぐに気を取り直して、「ローゼマイン様、同郷の誼でお願いいたします」と何度もおねだりし始める。
 とても長引きそうな気配を察して、わたしは軽く溜息を吐いた。

「……あまりしつこいとシュバルツ達の着替えにお招きしませんよ」

 ヒルシュールがピタリと口を閉ざした。
ヒルシュール先生の研究室にお邪魔しました。
先生の弟子はアーレンスバッハの中級文官です。

次は、ヒルシュール先生の弟子です。
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