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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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染色コンペの後と収穫祭

 染色コンペの次の日は、採寸と衣装の発注である。今日はオットーではなく、コリンナが針子達を連れて、城へとやってきた。染色コンペで選んだ布で冬の衣装を作るためである。

 わたしが挙げた三つの候補の中から、最終的にブリュンヒルデが冬の衣装の生地として選んだのは、深い赤から温かみのある朱色のような赤に少しずつ色が変わっていくグラデーションに、何度も何度も手間をかけて染めたのだろう、少しずつ濃さの違う花が散らされた布だった。

 ……トゥーリのデザインが活かせるって、ブリュンヒルデが言ってたし。

 母さんを専属にできなかったのは仕方がないけれど、せめて、衣装はトゥーリのデザインで作りたい。

「ローゼマイン様には心からお礼を申し上げます」

 コリンナによると、昨日の染色コンペは大成功だったらしい。
 貴婦人達が自分の専属の商会を通して、工房と職人に注文を出すことにしたことで、ギルベルタ商会の独占を危惧していたらしいそれぞれの大店を始め、染織協会、染色工房、職人から、高い評価を得ることができたそうだ。

 職人達が必死になって染めた布は、上級貴族に受け入れられ、新しい染色をエーレンフェストに根付かせた。養母様とシャルロッテからそれぞれルネッサンスの称号を得た職人は、羨望の眼差しで見られ、次こそは、と野望を燃やす職人も多いらしい。

「ローゼマイン様がルネッサンスを決めなかったことで、職人達が次の季節に向けて目の色を変えているようです。今回、ローゼマイン様が選ばれた布を参考に、絵の勉強を始めた若い職人もいると聞いています」

 これまで染色の職人にはむらなく、美しく単色に染める技術が必要だった。けれど、蝋結染めで何らかの模様を描こうと思えば、絵心も必要になってくる。

「今回の染めで、自分で絵を描いた職人もいますが、美術系の工房で花の絵を描いてもらって染めた職人もいますし、刺繍等で下絵を描く針子に花や木の実の絵を描いてもらった職人もいます。大きく染め物が変わろうとしています」

 職人がこぞって新しい染め物に挑戦しているらしい。それは嬉しいし、良いことだが、と思いながら、わたしは口を開いた。

「服を作る上では、単色の布も必要ですから、単色の布がエーレンフェストからなくなることがないように、染織協会に注意してくださいませ」

 流行を追いかけて、大事な技術が失われるのは困る。アーレンスバッハの姫が単色染めを流行らせて、エーレンフェストの染めがなくなってしまったように、単色に染める技術がなくなっては意味がない。

「染織協会にはそのように伝えます」

 わたしの言葉に頷きながらも、コリンナの手は忙しそうに動き、どんどんと採寸をしていく。よくよく聞いていると、ちょっとだけ数値が変わっている。なんと、わたし、ちょっと成長しているらしい。

 ……やった! 一年でちょっと大きくなってる!

 あまり表には出さないように、こっそりと感動に打ち震えていると、今度はブリュンヒルデが選んだ布をわたしに当てながら、コリンナが意味ありげに微笑んだ。

「ローゼマイン様のお目は本当に確かでいらっしゃいますね」
「え?」
「こちらの布はエーファが染めた布なのです。名を伏せて、番号だけになっても、探り当てることが可能ですのね。オットーも驚いていました」

 ……違う。わたしじゃない。わたしじゃないんだよ。

 候補を絞ったのはわたしだが、最終的に選んだのはブリュンヒルデだ。

 ……ああぁぁぁ! わたしの家族愛、ブリュンヒルデに完全敗北!

 この布が母さんの物だとわかっていたならば、ルネッサンスの称号も与えたのだけれど、自分で「今回は該当者なし」と決めてしまったので、今更覆すこともできない。

 自分の目で選べなかったことにガッカリしたけれど、母さんが染めた布で冬の衣装を作れるのは素直に嬉しい。

「夏の衣装を気に入っているので、冬も同じような雰囲気の衣装を作ってくださる?」
「かしこまりました」

 わかっています、と言いたげな微笑みでコリンナが引き受けてくれる。お母様や養母様に向けては、「バルーン状のスカートを流行として定着させたい」と言ってある。リーゼレータも可愛くて真似したいと言っていたので、しばらくはバルーン状のスカートだ。

「あぁ、それから、この衣装に合わせた髪飾りを作るように、トゥーリに頼んでくださいませ」
「かしこまりました」



 採寸を終え、衣装や髪飾りの注文を終えると、神殿に戻らなければならない。収穫祭が近いのだ。
 神殿に戻って、神官長に染色コンペであったことを報告する。アウレーリアと話をしたことも告げて、アーレンスバッハの食材で新しい料理を作りたい、と言うと、首を横に振って「駄目だ」と言われた。

「作りたいと君が口で言うのは簡単だが、扱ったことがない食材を扱うのは、料理人が大変だぞ」

 神官長につらつらと説明されたことをまとめると、わたしの専属料理人では、アーレンスバッハの不思議食材の扱い方がわからないだろう、ということだった。
 処理の仕方を知らなければ、料理人が危険な目に遭うらしい。ここでの新食材は、完全に危険物の扱いである。

 ……そういえば、特殊な処理が必要な食材が結構あったよね。

 先に潰しておかなければならないニンニクもどきや、踊るから焼いておかなければならない茸など、知らなければ大変なことになる食材は意外と多い。

「以前は、時折、南の方の貴族達からアーレンスバッハの食材がヴェローニカに向けて献上されていたので、旧ヴェローニカ派の貴族達のお抱え料理人や城の宮廷料理人の数人は、調理方法も知っているかもしれない。だが、今はまだ持ち込んだ食材をすんなりと使えるほど、アウレーリアを信用することはできない」

 神官長がアウレーリアを信用できないせいで、このままでは魚がお預けになってしまう。わたしは慌てて神官長に説明した。

「アウレーリア様は悪い方ではないですよ。ヴェールを手放すのも怖いくらい、怯えていて……」
「馬鹿者。だから、視野が狭いと言われるのだ。アウレーリア本人だけではなく、その周囲を含めて考えなさい」

 神官長の完全なるお預け宣言にわたしは泣きたくなった。

 ……目と鼻の先まで魚が来ているのに、ここでお預けなんてひどすぎる!

「神官長。アウレーリアがエーレンフェストに馴染めるようにするためにも、新しい流行を準備するためにもアーレンスバッハの食材の研究が必要なのです。それは、もう、切実に……わたくし、お魚が……お魚が食べたいのです。塩焼きで良いのです。複雑な味付けはゆっくり研究しても構いません。とりあえず、塩焼きが食べたいです」

 塩焼きの上から、季節的にそろそろ終わりになる柑橘系のツィトリンをギュッと絞るだけで良いから、魚が食べたい。
 わたしの必死の訴えに神官長がこめかみを押さえた。

「アウレーリアがエーレンフェストに馴染めるように、新しい流行を準備するため、と最初だけは言葉を飾ってはいるものの、結局、自分の食欲を満たすためではないか。……ハァ。君は本当に変わらぬな。私の教育は全く意味がないように思えるのだが」
「神官長の教育のおかげで変わっていますよ。変わっていなかったら、その日のうちにアウレーリアの家にフーゴやエラと一緒にお邪魔して、とっくに魚を食べているはずですから」

 きちんとお伺いを立てているのだ。周囲の人達の評価は低いようだが、かなり成長したと思う。
 わたしが自分の中の成長した点を伝えて胸を張ると、「私が求める成長はその程度ではない」と叱られた。

 ……まぁ、そうですよね。

「とりあえず、ジルヴェスターを通して、城の料理人に特殊な調理方法があるかどうか尋ねておくので、君はしばらく神殿にいなさい。監視下に置いておかねば、勝手にふらふらと外出しそうだ。例えば神殿と城との往復の途中で寄り道をしたり、食欲旺盛な者を唆して抜け出したり……」

 神官長がわたしのやりそうな行動を指折り数え始めた。

 ……まずい。筒抜けだ。

 最近は側近達が同行するので、神殿と城の往復は神官長がいなくても許可が出るようになってきた。その途中で、こっそりとお魚を食べに行けないか考えていたけれど、バレていたようだ。

 ……神官長は読心術の心得があるかも?

 わたしがちろりと神官長を見上げると、神官長が嫌そうに顔をしかめた。

「脱走癖のある困った上司がこれまでにやってきたことを述べただけだが、君にも思い当るところがあるようだな」

 ……養父様めっ!

「それだけではなく、君の考えていることは、顔に出ている。神殿にいるからと、油断しすぎではないか?」
「うぐぅ」

 城にいる時と違って、神殿では肩の力が抜けるというか、気が緩んでしまうのは事実である。わたしが頬を押さえて、貴族らしい表情を作ろうとしていると、神官長が呆れたように息を吐いた。

「君は自分に都合が良いように忘れているようだが、アウレーリアとは接触禁止だ。エルヴィーラが監視につくことで、染色コンペでは接触を持ったが、あれは例外だとわかっているだろう?」

 そういえばそうだった。お茶会で結構仲良く話をしたので、すっかり忘れていたが、わたしは接触するな、と言われていた。でも、アウレーリアはそれほど危険な人物ではなさそうだし、わたしはどうしても魚が食べたい。

 ……監視がいなければ、接触できない。だったら、どうする? 監視する保護者がいればいいんでしょ?

 わたしは軽く自分の頬を叩いて、背筋を伸ばし、貴族らしい微笑を浮かべた。

「この地に生きる生命が命の神 エーヴィリーベの激しい感情に覆い隠されてしまう厳しい冬の訪れを前に、料理の神 クウェカルーラへの捧げ物を準備したく存じます。アーレンスバッハとエーレンフェストの交わりで、クウェカルーラにご満足いただける供物を準備いたしましょう」

 神官長もご一緒いたしませんか? と貴族らしくお誘いしてみたけれど、じろりと睨まれた挙句、あっさりと却下されてしまった。

「アウレーリアがアーレンスバッハの料理をエーレンフェストで広げようとしている、などと噂が立てば、旧ヴェローニカ派が勢いよくアウレーリアに飛びついてくる。これ以上、エルヴィーラに余計な手間をかけさせないように」

 そう言われ、周囲の動きを探り終わるまで、お魚はお預けにされた。

 ……わたしのお魚が遠のいていく。お魚が、ああぁぁぁ。



 そして、何とか神官長を説得できないか、挑戦しては敗北して数日がたった。お母様から製紙工房ができたという連絡が入った。ヴィルフリートの最終確認が済んでいるそうだ。
 製紙工房は一番基本となる紙の作り方を教えるだけなので、一月ひとつきもあれば十分である。収穫祭までに戻って来られる。
 わたしはレッサーバスにローゼマイン工房の灰色神官を4人と、植物紙協会を作らなければならないプランタン商会からの人員を現地に連れて行った。

 製紙工房へ派遣される教師役は、イルクナーでの滞在経験がある灰色神官と、ハッセの町で他の平民達と交流経験のある灰色神官で構成されている。プランタン商会のダプラもいるので、それほど心配ないだろう。とりあえず、灰色神官達を粗雑に扱わないように、わたしの私物と思って扱うように、と何度も念を押してきた。

 製紙工房への派遣以外にも、この冬にハッセと入れ替える神官を選出したり、孤児院の冬支度の手配をしたり、印刷の状態を見たり、忙しくしているうちに、収穫祭の季節がやってくる。

 収穫祭もヴィルフリートやシャルロッテが手伝ってくれるので、わたしが回る範囲はかなり狭い。神官長が春の祈念式で回ったところにそのまま向かえば良い、と言ったことで、収穫祭で回る範囲は決定した。

 わたしは直轄地の決められた範囲に加えて、グーテンベルクを迎えに行くために、グレッシェルへ向かうことになる。
 今回の徴税のための文官は、ユストクスではない上級貴族だ。わたしの側近になるまで、ハルトムートの上司だった人で、関係としては叔父だそうだ。

「ローゼマイン様は騎獣で回られるのですか?」

 青色神官と共に移動する時は馬車だと決まっている。長期間の移動になるので、自分の荷物も必要なため、貴族にとっても馬車は必須だ。まさか神殿の神事で騎獣を使うと思っていなかったらしい文官に、これまでの自分の収穫祭のやり方を説明した。

 荷物と側仕え達は馬車で移動させるが、自分達は騎獣で移動する、と。わたしの体調を考えた上での移動方法なので、文官は馬車で移動しても良い、と伝えたのだけれど、どうやら騎獣で移動したいそうだ。

 ……馬車より速くて、楽だもんね。

 細々とした打ち合わせをし、収穫祭に出発である。収穫祭は神事で、街の外へと出るので、見習いは城で留守番だ。アンゲリカとダームエルだけが護衛騎士としてついて来る。ユーディットが恨めしそうにダームエルを見ていた。

「こればかりは私の責任ではないぞ、ユーディット」

 困ったようにそう言ったダームエルにアンゲリカも同意する。

「そうです。ダームエルを羨ましそうに見るよりも、護衛として行動する時のために、強くなる努力をした方が良いと思います。お師匠様に特訓していただけるように、お願いしましょうか?」
「命中精度を上げるように言われているので、その練習をします」

 ユーディットが納得すると、後は不在の間にやるべきことを割り振っていくだけだ。
 騎士見習いは基本的に特訓の毎日になる。それは、周囲の連携を強めることを目的としている。同時に、狩猟大会のための訓練でもある。収穫祭の期間には、城の冬支度のための狩猟大会が行われるのだ。

「たくさん狩ってくださいませ」
「はい」
「文官見習いの二人にはダンケルフェルガーの写本をお願いしますね」
「かしこまりました」
「側仕え達は刺繍の仕上げをお願いします。収穫祭が終わったら、フェルディナンド様に見せる予定になっていますから」
「かしこまりました」

 収穫祭で不在の間にすることを指示していたわたしは、ブリュンヒルデに視線を止めた。

「ブリュンヒルデ、貴族院の進級式や親睦会で、女の子は全員髪飾りを付けるという案を出していたでしょう? 今年の女子生徒のために髪飾りを見繕ってくださいませ」

 小銀貨一枚くらいの価格で全員分、とわたしは指示を出した。

「それは下級貴族か、中級貴族の髪飾りです。ローゼマイン様には相応しくございません」
「わたくしはいつも使っている髪飾りと二つ挿します。購入に苦慮する下級貴族が出ないようにしたいだけです。そして、皆が公平であるように、上級貴族にも配る予定ですけれど、自分の髪飾りを持っている方は二つ挿しても良いですし、自分の物だけでも構いません」

 わたしがそう言うと、ブリュンヒルデは皆の髪の色に合う髪飾りを選んでみせると張り切り始めた。これで、収穫祭に向かっている間、城の側近達が暇を持て余すことはないだろう。



 収穫祭の間、レッサーバスで移動するのはフランだけで、モニカ、フーゴ、エラ、ロジーナは馬車での移動だ。ハッセの小神殿へと向かう彼等や灰色神官達を乗せた馬車の護衛は、いつも通り兵士達で、先頭には父さんがいる。

 馬車を送り出し、居残るザームやニコラに指示を出しながら、徴税官の到着を待つ。ハッセへの出発は午後からだ。

 ハッセに到着すると、すぐに収穫祭である。今年も豊作だったようで、農村の皆が大喜びで、歓迎してくれた。わたしが洗礼式、成人式、星結びの儀式をこなしている間に、徴税官はリヒトと税のことや死亡者に関する処理について話し合っていた。

 儀式が終われば、ボルフェ大会だ。今年も熱い。ガンガンと蹴られるボルフェは可哀想だけれど、わたし以外の誰も、それを気にしている様子はない。
 そんなハッセでの収穫祭も、子供のわたしは途中退場だ。徴税官をハッセの冬の館に置いたまま、わたしは小神殿へ移動した。

「ローゼマイン様!」

 お酒は飲めないものの、すでに宴会となっている小神殿では、灰色神官達からはもちろん、兵士達からも熱烈な歓迎を受けた。わたしは儀式服から着替えて、宴会場となっている食堂へ向かう。

「小神殿の畑も豊作でした。やはりローゼマイン様の魔力が満ちているからでしょうか」

 トールが嬉しそうにそう言いながら、野菜を見せてくれた。わたしが平民時代に見ていた野菜よりも立派でおいしそうだ。リックもトールと一緒に笑いながら、食堂の一角に置かれた木箱を指差した。

「ローゼマイン様のために、よくできた野菜は神殿へと送る荷物に準備します。神殿の孤児院にも分けてあげてください」

 葉物は傷みやすいので、オイル漬けや塩で揉まれて漬物として壺に入っているが、根菜類は明日の朝早くに収穫して、すぐに荷物として準備してくれるらしい。
 農作業を始めたせいか、エーレンフェストの孤児院から到着したばかりの灰色神官達よりも、ハッセの小神殿の灰色神官達の方が日焼けして健康的に見えた。

「元々ハッセで育ったトール達と違って、農作業などしたこがなかったハッセの灰色神官達は、慣れない作業にとても大変だったでしょう?」
「はい。ですが、おいしい野菜ができました。毎日の食事に自分で作った野菜が並ぶ様子を見ると、ただ与えられるのを待って、ひもじい思いをしていた頃より、ずっと幸せを感じます」

 エーレンフェストの孤児院は青色神官が減って、神の恵みが減った。皆が常にお腹を空かせている状態だった。
 自分達で食べる物を作ればよい、そんな簡単なこともあの頃はできなかった、と灰色神官が小さく笑う。できることが増えたことを喜ぶ姿に、わたしまで嬉しくなった。

 灰色神官達を労うと、わたしは兵士達のところへと移動する。せっかく下町の人達と話ができる貴重な機会だ。わたしは変わった下町について話を聞くことにする。

「エントヴィッケルンの後の下町の様子はいかがでしょう? 商業ギルドのギルド長やプランタン商会から話は聞いていますが、違う視点のお話も伺いたいのです」

 商人視点では他領からの商人が増え、てんてこ舞いだったが、利益はグンと上がったそうだ。もちろん、改善点は山ほどあるけれど、綺麗になった下町やイタリアンレストランへの招待で、良い手ごたえを感じたと聞いている。

「治安が悪化したり、商人以外が不利益を被ったりするようなことはありませんでしたか?」

 わたしが兵士達に話を振ると、我先に、と兵士達が感じたことを教えてくれた。

「人が増えて、大量の物が売れるので、物価が上がりました。その分、仕事も増えて、給料も少し上がりましたが、給料が上がるまではちょっときつかったです」
「夏だったので、森へ行って採集すれば、飢えることはありませんでしたが、これから毎年となると、大変かもしれません」
「飲み屋や食事処がいつもいっぱいという印象でした。あんなに多くの人間が街の中にいるのを見たのは初めてで驚きました」

 次々と兵士達の口から言葉が出てくる。フランが書字板に必死で書き留めているのが目に入った。わたしも自分の書字板を取り出して、いくつかの意見を書き込んでいく。

 商人だけではなく、その従者も含めると、かなりの人数が街に入ってきていたらしい。南の方は職人通りなので、どのように商品を作っているのか、探ろうとしてきた商人もいたようだが、見慣れない商人は警戒されて、ほとんど工房に入れてもらえなかったそうだ。

「職人達は胡散臭い、と言っていました。それに、次々と仕事が入ってきて、誰も彼も忙しいという状態だったので、とても邪魔だったようです」
「街にはこれまでにない活気がありました。その分、小さな諍いも多くて、東門の兵士は大変でした」

 旅人が多く通る、東門から西門の大通り周辺は常に混雑して、食事処や飲み屋でも兵士が呼ばれる小さな事件が多かったらしい。
 けれど、概ね順調だったようだ。
 商人達の報告と大きく違うことがなくて、わたしは胸を撫で下ろした。

「兵士の皆様が巡回して、指導してくださったおかげで下町が清潔に美しく保たれ、皆が新しい生活習慣に馴染むことができたのだ、と商人達からは聞いています。ありがとう存じます。そして、これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ローゼマイン様の助言がなければ、ここまで徹底して見回りや周知活動を行わなかったでしょう。結果的に下町が潰されていた可能性は高かったのです。これからも、何かございましたら、すぐに連絡ください」

 左胸を二回叩く父さんにわたしも同じ動作を返す。

 ……よかった。わたし、ちゃんと下町の皆を守れたみたい。

グレッシェルへ行きつけませんでした。
ついでに、魚にも行きつけませんでした。
神官長を口説き落として、魚を食べられる日は来るのでしょうか。

次は、グレッシェルへグーテンベルクを迎えに行きます。
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