挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

360/677

見習い達と神殿

 わたしは部屋に戻って、ハンネローレからもらった手紙を読み始めた。手紙にはエーレンフェストの本は薄くて持ちやすくて、最近の言葉で書かれているため、非常に読みやすかったと書かれていた。他にも何かあれば、貸してくださいませ、と結ばれている。

 ……任せて! お母様に頼んで、ハンネローレ様のために恋愛小説を増やしてもらうから!

 わたしの恋愛小説は神官長によって却下されてしまったので、恋愛小説に関しては、お母様と同派閥の執筆好きな貴婦人方に頑張ってもらいたい。

 ……次は貴族院の恋物語を貸してあげようっと。うふふん。

 わたしはハンネローレが貸してくれた本を見る。分厚くて装飾がごてごてしていて大きいので、最初の表紙を捲るのが、わたし一人では困難な重さがある。神殿の図書室にある天板が斜めになった閲覧机が真剣に欲しい。

 その中身はダンケルフェルガーに伝わる古いお話で、言葉も難解で古い言葉で書かれていた。まるで聖典や古典を読んでいる気分だ。わたしは楽しいので良いけれど。
 いくつもの騎士物語が入っていたけれど、やはり武を尊ぶ気質の土地柄のようで、どんなに負けても、戦って、戦って、戦って……勝利するまで戦い続けるような話が多かった。
 最初の方は聖典に通じるような話もあり、物語風に書かれているけれど、歴史書の一面も持っているようだ。

 ……これが本当に歴史書の一部だとしたら、ダンケルフェルガーはほとんど建国の頃から存在することになるんだけど。都合良く書き足されたかどうかもわからないから、色々な領地の本を読んでみたいな。

 やはり、他領の本は面白い。知らないことが盛りだくさんだ。わたしは自分がこれまで知らなかったお話を写本しておいた方が良いだろう。

「神殿と城の移動で忙しくなるのですけれど、フィリーネやハルトムートも手伝ってくださいませ」
「かしこまりました」

 養父様と話をした結果、神殿までは貴族街と同等という扱いで、見習い達も出入りできるようになった。ただ、出入りできるようになったことと、側近達が出入りしたいと思うかどうかは別だ。

「ご家族が反対したり、神殿に入るのが不快だと感じたりするのならば、今まで通り神殿には同行しなくてもよいですからね」
「いいえ、わたくし、アンゲリカが言っていた神殿のご飯を食べてみたいです」

 ユーディットがご飯を目当てに神殿に出入りするのを楽しみにしているのが、ちょっと面白い。フィリーネは弟のコンラートに会うことができるか聞いてきた。前もってヴィルマに連絡しておいた方が良いけれど、特に問題はないと思う。
 レオノーレは悩んでいる様子だったが、コルネリウス兄様の「一度行って、自分の目でどのようなところか見てから、どうするか決めれば良いのでは?」という助言に従うことにしたらしい。

「神殿で貴族の側近が使える部屋は護衛騎士の二人分しかないので、成人した護衛騎士以外は通いでお願いしますね」
「かしこまりました」

 護衛騎士達は全員一度神殿に足を運ぶことになった。わたしは側仕え達へと視線を向ける。

「側仕えの皆はどうしますか?」
「わたくし、今は刺繍をしたいと思っています。衣装作りが終わったら、一度ローゼマイン様がお育ちになった環境を拝見したいとは思っておりますけれど……」
「大丈夫です、リーゼレータ。神殿はなくなりませんから、今はシュバルツ達の衣装を最優先にしてくださいませ」

 わたしが刺繍を勧めると、リーゼレータはクスクスと笑いながら、裁縫箱へと手を伸ばした。神官長が衣装の出来に拘るようなので、手先が器用なお嬢さん方には、わたしの分もぜひ頑張ってほしい。

「では、わたくしも城でリーゼレータと共に刺繍をしておりますね。神殿には神殿の側仕えがいるのですから、わたくしが行っても特にお仕事はないでしょう?」

 何か仕事をしようとすると、神殿の側仕えの仕事を取り上げることになる、とブリュンヒルデが言った。そんなことまで考えなかったが、確かにその通りだ。

「わたくしは城でのお仕事に専念いたしますけれど、染め物に関する打ち合わせなどには呼んでくださいませ。……それから、先日、父から連絡がございました。グレッシェルで印刷業の準備が整ったそうです。エルヴィーラ様に連絡を入れると申しておりました」
「ずいぶんと早かったですね」

 正直なところ、平民とのやり取りが必須になるので、印刷業を始めるための準備はもっと時間がかかると思っていた。
 ブリュンヒルデは小さく笑う。

「エルヴィーラ様と親戚ですし、ギーベ・ハルデンツェルからも色々と助言をいただいたようです」
「では、ヴィルフリート兄様の最終確認が終わったら、グーテンベルクと共にグレッシェルに向かうことになるのですね」
「その時はわたくしも同行させてくださいませ」

 ブリュンヒルデの言葉に、わたしは「えぇ、案内をお願いしますね」と答えた。



 報告会があった二日後、城での采配を終えた神官長から「明日の朝食後には神殿へと戻る」と連絡が来た。わたしは側近達をぞろぞろと連れて神殿へと戻ることになる。

「ずいぶんと護衛騎士が多いな」
「今日は見習い達の神殿見学会だと思ってくださいませ。会合などの予定がない時は、文官は交代でも良いですし、護衛騎士も普段は二人いれば十分ですから、今日は仕事内容の説明と神殿内を案内するだけです。お手伝いが増えるのですから、フェルディナンド様も嬉しいでしょう?」

 3の鐘が鳴った後のお手伝いには、当然、全員を連れて行くつもりである。神官長は「ふむ」と頷いて、遠足気分の護衛騎士見習い達を見下ろし、楽しげに唇の端を上げた。
 わたしは自分の騎獣にフーゴとロジーナを乗せて、神殿へと戻る。周囲に側近達の騎獣がたくさんいるのが不思議な気分だ。

 大人数で神殿に着くと、フランとモニカが驚いたように目を見張っていた。同時に、灰色神官と灰色巫女の側仕えが並んで出迎える様子に、側近の内の何人かが顔を強張らせる。

「フラン、モニカ、これから神殿に出入りすることになるわたくしの側近です。皆、こちらはフラン。神殿におけるわたくしの筆頭側仕えです。こちらがモニカです。場所は違えど、わたくしに仕えてくれている者という意味では同じです」
「フランのおかげで、わたくしは護衛任務に専念できるのです。フェルディナンド様に鍛えられた灰色神官は優秀ですよ」

 フランの采配で小難しい場所から逃れているアンゲリカが得意そうに胸を張って、フランを褒める。クス、と小さな笑いが漏れ、その場の緊張感が緩んでいった。

「では、わたくしは自室で着替えますので、その間にダームエルとアンゲリカは護衛騎士が使用している部屋を案内してあげてくださいませ」
「はっ!」

 わたしはモニカと一緒に自室に入り、部屋で待ってくれていたザームにも事情を説明し、「これからは度々貴族が出入りして、緊張の日々が続くでしょうけれど、頑張ってくださいね」と声をかける。

「ローゼマイン様が領主の養女である以上、覚悟はしておりました。大丈夫です」
「この後、一度休息をしたら、神官長のお手伝いに参ります。もちろん、側近達にも神殿での生活を経験してもらう予定です。ダームエルやエックハルト兄様にもできるのですから、皆にもできますよね?」

 フフッと笑ってわたしがそう言うと、神殿に着いた早々働かされる側近達を思って、フランが苦笑した。

「アンゲリカ様は、いつも通り、扉の警備でよろしいですか?」
「いつも通りの神殿の様子を見せるのが大事ですもの」

 ザームとフランがお茶の準備のために厨房へと向かい、わたしはモニカに着替えをさせてもらう。

「モニカ、神殿に出入りする貴族に何か嫌なことを言われたり、何となく危険を感じたりした場合は、ほんの些細なことでも、気のせいでも良いので、教えてくださいね。わたくしの知らない場所で、神殿の皆が傷つくのは嫌なのです」
「かしこまりました。どんな些細なことでも報告いたします」

 わたしの言葉に、モニカが少し安心したように笑った。
 神殿長の服に着替え、わたしは皆を呼んでもらい、ニコラのお菓子とフランのお茶を勧める。

「神殿のお菓子は久し振りです。これは我が家でも食べた事がありません」

 コルネリウス兄様が嬉しそうに手を伸ばして、食べていく。側近の中で一番位が高いコルネリウス兄様が手に取ったことで、他の皆が手を伸ばし始めた。

「とてもおいしいです。アンゲリカとダームエルは今までこのようにおいしいものを食べていたのですね? ローゼマイン様、わたくしもできるかぎり神殿で護衛いたします」
「騎士見習いの特訓がない日ならば、ユーディットも神殿で護衛をしてもよろしくてよ」

 神殿の護衛は今まで通りダームエルとアンゲリカで事足りるので、見習い達はおじい様の特訓が優先だ。
 お茶の後は、神殿での護衛任務について、神官長のお手伝いまで含めてダームエルが説明する。その間、モニカに頼んで文官見習いの二人には、執務机周辺の文房具の配置などを教えてもらう。

 わたしはフランと一緒に、不在の間に溜まっていた手紙や木札に目を通し、処理をしていく。ギルベルタ商会やプランタン商会、ギルド長からの手紙があった。
 ギルベルタ商会からは注文していた夏用の髪飾りとエラのための髪飾りができていることが書かれている。ギルド長からはヴァッシェンと染色コンペに関する質問が来ていた。プランタン商会からはヨハンに注文していた安全ピンができたこと、グーテンベルクが次に向かう場所が決まったら早目に教えてほしいことが書かれている。

「フラン、三日後にギルド長とプランタン商会とギルベルタ商会の代表者と会うことにします。招待状を出しておいてちょうだい」
「かしこまりました」

 そして、3の鐘が鳴った。わたしはフランとザームと共に、側近達を連れて、神官長の部屋へと向かい、いつも通りのお手伝いをしなければならない。
 神官長の部屋に入った途端、アンゲリカは「誰にも渡さない」というような素早い動きで扉の前を陣取った。護衛騎士見習い達が驚いたように目を見開き、事務仕事をしているエックハルト兄様と慣れた様子で仕事を始めるダームエルをポカンとした表情で見る。

「神殿では毎日こうしてお手伝いをするので、皆もよろしくお願いしますね」
「……ローゼマイン様はいつもこのような生活をしているのですか?」
「そうですよ。ユーディット、手が止まっています」
「これだけ雑用係が増えるのならば、ローゼマインには新しい仕事を教えた方が良さそうだな」

 神官長がそう言って、新しい仕事を教えてくれる。言われるままに計算だけをする係りから、神殿の予算を預かる係りに変身だ。大きな前進である。

 4の鐘が鳴り、神官長のお手伝いを終えると、昼食だ。護衛騎士達は交代で食事をしたのだが、神殿のご飯のおいしさにフィリーネとユーディットが感動していた。コルネリウス兄様は家でもおいしいご飯を食べているので、少しは慣れたようだ。ただ、食べたことがないメニューに喜んでいる。
 そんな中、レオノーレだけは浮かない顔をしているのが目に付いた。

「レオノーレはずいぶんと難しい顔をしていますけれど、お口に合いませんでした?」
「いいえ、とてもおいしかったです。……このような料理を日常で食べているローゼマイン様やエルヴィーラ様を歓待するのは難しいのではないかと考えてしまっただけですわ」

 昼食を終えると、神殿長室に残るザームに仕事を残し、わたしは側近達を連れて孤児院へと向かうことにした。フィリーネがひどく緊張した顔をしている。

「コンラートは元気だ。心配ない」

 常にわたしに付いて孤児院へも向かうダームエルの言葉に、フィリーネが少しだけ笑顔を見せる。フランとモニカが大きく開いた扉の向こうには、灰色巫女と洗礼前の子供達が跪いて待っていた。

「皆、自分の仕事に戻っていただいてもよろしくてよ。コンラートはこちらにいらして」

 挨拶を終え、わたしが声をかけると、灰色巫女達はハルトムート達を気にしながら立ち上がり、動き始める。
 ディルクに背中を押されたコンラートがフィリーネに向かって一度駆け出し、周囲の視線に気付いて、慌てて歩きながらこちらにやってきた。

「姉上」
「コンラート、元気そうで安心しました。神殿の生活はどうですか?」

 フィリーネが嬉しそうに笑いながら、灰色の服を着たコンラートを抱きしめる。コンラートもホッとしたような笑みを見せて、フィリーネに孤児院での生活を語り始めた。

「皆、優しいですし、ご飯もおいしいし、ディルクもいるので、私は大丈夫です。姉上はお城で暮らしているとローゼマイン様から伺いました。寂しくないですか?」
「わたくしも一緒に働く仲間がいるので、大丈夫です。コンラートに会えないのが、寂しく感じますけれど」

 フィリーネとコンラートが仲良く話をしていることに少し安堵の息を吐き、二人だけで話せるように、わたしは他の皆に食堂と片隅にある遊び用のコーナーを見せることにした。
 これまでプランタン商会が作った本が数冊ずつ並び、カルタやトランプはもちろん、乳児用のおもちゃがいくつかあるのを見て、コルネリウス兄様が目を見張る。

「孤児院にこれだけの本と玩具があるのですか!?」
「そうです。アウブ・エーレンフェストも視察された時に驚いていらっしゃいました。このように孤児院で使って、子供達が喜んだ物を商品として城で売っているのです」

 あの時は青色神官に扮していたが、養父様が視察したという事実に変わりはない。

「ここの孤児院では乳児以外は全員字が読めて、計算ができるのが、わたくしの自慢です。今は10歳までに側仕えとしての基本的な仕事を身につけさせています」
「話には聞いていましたが、こうして実際に見ると驚きますね」

 ハルトムートが唸るようにしてそう言うと、レオノーレも孤児院の食堂を見回して頷いた。

「それに、噂に聞いて想像していたよりもずいぶんと綺麗な場所ですわ」
「皆が清めていますから、神殿内はどこも綺麗ですよ。教育が行きわたっているので、子供達はお行儀も良いのです」

 わたしがうふふん、と笑いながら孤児達を自慢していると、ヴィルマが聖女の微笑でニコリと笑った。

「ローゼマイン様がわたくし達に今の生活を与えてくださいました。わたくし達は皆、ローゼマイン様にとても感謝しているのです」

 ヴィルマがそう言った途端、ハルトムートが少し身を乗り出した。

「其方、神殿でローゼマイン様が行ったことについて詳しく聞きたいのだが……」

 ハルトムートの勢いに驚いたようで、ヴィルマが一歩退いた。それを見て、わたしはすかさず男性が苦手なヴィルマを庇って、ハルトムートに対峙する。

「ハルトムート、わたくしの孤児院でヴィルマに無体な真似は許しませんよ」

 両手を広げてわたしがヴィルマを背に庇うと、「無体とは何ですか……」とハルトムートが気を削がれたような顔をした。そんなわたし達のやりとりを見ていたヴィルマはクスクスと笑う。

「ハルトムート様、ローゼマイン様の素晴らしさについてお話すると、とても長くなるのです。今日はお時間がないようですから、今度まとめておきますね」
「ヴィルマ!?」
「あぁ、神殿と孤児に対する聖女伝説を楽しみにしている」

 ハルトムートが橙の目を輝かせて生き生きとし始めた。

 ……わたし、ヴィルマを庇ったはずなのに。

 何故ハルトムートとヴィルマが意気投合したように、聖女伝説の話を始めるのだろうか。解せぬ。



 文官見習いや護衛騎士見習いが神殿に出入りするようになって三日後の午後は、ギルベルタ商会とプランタン商会とギルド長との約束がある。下町との話し合いに同席を許されたハルトムートは、孤児院長室へと向かう間も楽しそうに見えた。

「ローゼマイン様、下町の商人とはどのようなお話をするのですか?」
「エントヴィッケルンの行われた後の下町の様子を聞くのが一番の目的です。それ以外に、ギルベルタ商会から注文しておいた品物の受け取りをして、プランタン商会とは次にグーテンベルクが向かう場所に関する話をします。そして、ギルド長とは他領の商人の受け入れについての話です」

 ハルトムートがメモをし、その動作をフィリーネが真似ているのを見ながら、わたしは孤児院長室へと入る。扉口にアンゲリカが立ち、中の護衛はダームエルとコルネリウス兄様だ。レオノーレとユーディットは特訓日のため、不在である。

 先にモニカとニコラが整えてくれていた孤児院長室へ入ると、興味深そうにフィリーネとコルネリウス兄様とハルトムートが中を見回した。
 うーん、と目を細めて周囲を見回していたハルトムートがこちらへ向く。

「家具の格がローゼマイン様に合っていないと思うのですが……」

 それはそうだろう。前孤児院長は中級貴族相当だったと聞いている。つまり、ここの家具は中級貴族の格にあった物だ。平民時代のわたしには格が高すぎて、今の領主の養女という立場から考えると低すぎる。

「わたくしがお父様の地位を知らない頃に使っていたお部屋と家具ですから、領主の養女に相応しい家具ではありません。けれど、今は下町の者達と話をするためにしか使っていないので、わざわざ入れ替える必要もないでしょう?」
「下町の者達にローゼマイン様の格を見せるためには、家具を入れ替えるのも有効だと思います」

 領主の養女として相応しい物を、とハルトムートは言うけれど、そのお金は一体どこから出るのか。毎日使う物でもないのに、もったいなくて、わたしは買い替えなんてする気にはなれない。

「ハルトムート、ここで会う下町の者はわたくしの地位を知っています。それに、平民にとっては貴族というだけでひとまとめになるものなのです。家具を変えたところで特に変わりません。あまり使わない家具を買い替えるお金があるならば、わたくしはもっと大事な、別のことに使います」
「もっと大事な……別のこと、ですか?」

 格の見合った部屋を作ることにハルトムートは執着しているようで、「別のこと」が思い浮かばないらしい。

「本を買うとか、印刷機を増やすとか、図書館を作るための費用にするとか、新しい本棚の開発費にするとか……有効なお金の使い道はたくさんあるでしょう? 新しい流行を作ろうと思えば、研究費にも人材を育てるにもお金がかかるのです。家具より大事ではないですか」
「ローゼマイン様、貴族にとって自分に相応しい環境を整えるということは、とても大事なことなのです」

 コルネリウス兄様が苦笑しながら、ハルトムートの援護をする。自分に相応しい環境を作れ、と言われて、わたしは頷いた。

「わかりました。わたくし、領主の養女に相応しい図書館を作れるように、精一杯節約をして、次々と本を購入できるように努力いたします」
「違います。図書館の話はしていません」

 コルネリウス兄様とそんな話をしていると、フランがお茶の支度を整えて、二階へと上がってきた。

「ローゼマイン様、そろそろ皆様がお着きになります」

 フランの言葉に答えるようにアンゲリカから到着の声がかかり、扉が開けられる。ギルが皆を連れて上へと上がってきた。ギルド長とフリーダとその側仕え、ベンノとマルクとルッツ、オットーとトゥーリとテオが見える。

 ハルトムートやフィリーネ、そして、護衛騎士の数が増えているのを見て、ギルド長は殊更丁寧に挨拶をした。わたしはそれに答えた後、席を勧める。座るのはそれぞれの代表であるギルド長とベンノとオットーの三人だけだ。

「領主会議が終わり、予定通りに中央とクラッセンブルクと取引が始まることになりました。商人を見分けるための勘合紙をお渡ししておきますね。ハルトムート」

 わたしはハルトムートに声をかけて、中央とクラッセンブルクに与えた勘合紙の半分を出してもらう。中央は黒、クラッセンブルクは赤で、どちらもそれぞれの領地の色になっている。色インクを作ってくれたハイディのおかげで、とても見分けやすくできた。
 わたしは勘合紙の端を小さく切り、使い方を教える。

「このように勘合紙には小さい紙片が大きい紙片に集まる性質があります。商人が持ち込んだ紙片が本当に近付くか、調べてください。商人に与える紙の大きさをこの板より大きくするように、と指定しているので、8以上には分けられません。自ずと商人の数も制限されているはずです。小さすぎる紙片だった場合は違反なので、取引しなくても問題ありません。何かあれば、こちらで対処いたします」
「平民にも使える魔術具ですか。これは助かります」

 ギルド長が丁寧に勘合紙を手に取って、側仕えに渡す。それを丁重に片付けるのを視界の端に映しながら、わたしは下町の様子を聞いた。

「下町の様子はいかがでしょう? 他領の商人が立ち入っても恥ずかしくない見栄えを維持できていますか?」

 エントヴィッケルンとヴァッシェンで街の美化はできたはずだけれど、普段生活する平民達が気を付けて使わなければ、あっという間に元の木阿弥だ。
 わたしの質問にギルド長がゆっくりと頷いた。

「通達のあった日は何が起こるのか、と私は商業ギルドに籠って、窓から中央公園を見下ろしていたのですが、本当に驚きました。突然空に妙な光が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間には窓や扉がミシミシと言うほどの水が降ってきたのですから。窓や扉の隙間から水が入ってきて、窓から離れなければ、と動きだせた時にはもう水は跡形もなく、下町の道や建物の下の方が貴族街のような白一色になっていました。いやはや、我々は事前に聞かされてはおりましたが、本当に領主様のお力というのはすごい物です」

 ……それ、養父様が頑張ったエントヴィッケルンじゃなくて、神官長がやったヴァッシェンだよね?

 ほとんど目に付かない地下を動かしたエントヴィッケルンより、街を一気に綺麗にしたヴァッシェンの方が、印象は強かったようだが、まぁ、いい。領主一族が頑張って下町を綺麗にしたことに変わりはないのだ。

「商業ギルドからの通達と兵士からの通達が同時に広がり、街の中には人がいない状態だったので、特に魔術によって何かあったという話は聞いておりません」

 ……よかった、よかった。ヴァッシェンで溺れたり、心臓が止まったりした人はいなかったようだ。

「下町でも南の方では、窓や扉を閉めても水が家の中に入り込んできて、部屋の中まで綺麗になったところもあったようです」

 ベンノがルッツへと視線を向けながらそう言った。わたしが「何があったの?」と興味津々でルッツを見つめると、ルッツが困ったように視線を逸らす。

「私の母は、大きく窓を開けておけば、家中が綺麗になったのに、と申しておりました」

 カルラおばさんが大きく窓を開けて、ヴァッシェンを待ち構えている図が頭に浮かんで、わたしは笑い出しそうになった。カルラおばさんくらいの安定感があったらヴァッシェンにも流されなさそうだ。

「あの魔術は大掛かりな物ですから、いつでもできるようなものではございません。綺麗な状態を維持できていますか?」

 わたしの言葉に、トゥーリが目を細めて微笑む。

「それは、もう……。わたくしの父を含んだ兵士達が、街中で細かく注意して回っておりますから、今のエーレンフェストでは北から南まで美しい街並みが見られます」

 どうやら、ハッセで父さんや兵士達とお話できたことは無駄ではなかったようだ。父さん達の頑張りにわたしはふふっと笑う。

「それは安心いたしました。あと、わたくしが不安に感じていることは、余所からエーレンフェストにやってくる商人が一度に増えることになりますけれど、宿や食事処は足りますか?」
「宿については、いきなり増やせるものではありません。特に格の高い宿がこれまでそれほど必要ではなかったため、エーレンフェストには足りていません。今年は大店で歓待するということで、大店の主達に商人を泊めるための準備はしておくように、とお触れを出しております」

 商人をある程度制限してくれているので、宿屋と商人達の協力で何とかなりそうです、とギルド長が言う。そして、他領からの商人を歓待する食事処として、イタリアンレストランを利用するそうだ。領主会議で他領にもエーレンフェストの新しい料理を広げたことだし、ちょうど良いかもしれない。

「ローゼマイン様、お時間が許せば、イタリアンレストランへ足をお運びくださいませ。他領の商人達を迎え入れて問題がないか、共同出資者であるローゼマイン様に一度ご確認いただけると、わたくし達も安心できます」

 イタリアンレストランの経営に携わっているフリーダがハキハキとした口調でそう言った。新しいメニューの確認と同時に、大店の主に一言あれば、ずいぶんと協力姿勢に違いが出るそうだ。

「他領の商人達を一度に引き受けるだけではなく、他領からの輿入れや染め物の催しなど、大店の主達に協力していただくことが多いですから、声をかけるくらいは構いません。夏の盛りを過ぎると忙しくなるので、早目に時間を見つけて、イタリアンレストランに伺いましょう」
「恐れ入ります。新しいメニューをぜひお楽しみくださいませ」

 フリーダが嬉しそうに笑った。

「詳しい日は神官長の許可を取ってからになります。フラン、余裕があるのはいつかわかるかしら?」
「これから春の成人式が行われるまでか、夏の洗礼式が終わってから星結びの儀式までのどちらかになると思われます。商人達が来る前に、と考えられるのならば、すぐにでも神官長に面会依頼を出しますが」
「では、それでお願いしますね」

 イタリアンレストランで大店の主達に協力を依頼すると同時に、下町の様子を視察するといえば、面白がって養父様が来るかもしれない。そう思ったところで、わたしはハッとした。

「フリーダ、大変だとは思うのですけれど、料理人の育成もお願いして良いかしら? 次の冬までに城の宮廷料理人を増やしたいとアウブ・エーレンフェストがお考えなのです。わたくしのレシピを作れる者でなければ、戦力にならないでしょう? 何人か引き抜かれる恐れがあるので、今のうちに後継や希望者を育ててくださいませ」

 領主会議で料理人が足りないと養父様は言っていた。わたしのレシピを作れる料理人の引き抜きとなれば、イタリアンレストランが一番に目を付けられる。

「わかりました。すぐに対処いたします」

 表情を引き締めたフリーダが、書字板を開いてすぐに予定を書き込んだ。
見習いも神殿に出入りできるようになりました。
フィリーネとコンラートが再会やハルトムートがはっちゃける様子を書いていたら、下町との話し合いが入りきりませんでした。
でも、久し振りのフリーダ登場でした。

 次はこの続きです。トゥーリやルッツにも出番を!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ