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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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ハルデンツェル 後編

「フェシュピールを取ってまいりますね、お兄様」

 お母様はそう言って、ギーベ・ハルデンツェルにニコリと笑う。それに対してギーベ・ハルデンツェルが苦笑しながら、「其方の部屋は最も遠いので、急ぐと良い」とお母様を送り出した。

 ……あれ? 側仕えがいるのに、なんでお母様がわざわざ取りに行くんだろう?

 頭の中に疑問符を浮かべながら、剣舞の奉納を見ていると、給仕するために背後に控えていたリーゼレータが、甘いお茶のお替りを淹れてくれるついでにこっそりと教えてくれた。お母様は「練習してくるので、時間をください」と言って、ギーベ・ハルデンツェルは「祈念式の最後に行うので、早く行け」と答えたらしい。

 ……わかんないよ、そんなの!

 わたしが心の中で絶叫している間にも、剣舞が進んでいく。剣舞を見ていると、養父様が身分を隠して青色神官として祈念式に同行していた時に見せてもらったお父様の剣舞を思い出した。養父様とお父様の剣舞はとても綺麗でカッコよかった。
 ついでに、アンゲリカの剣舞も見たいな、と思った。もちろん、口には出さない。ちょっとした思いつきでハルデンツェルの祈念式を混乱させるわけにはいかない。

「お待たせいたしました」

 お母様がフェシュピールを側仕えに持たせて戻ってきたのは、剣舞が終わり、奉納舞が終盤に差し掛かった頃だった。席に着いて一息吐くと、奉納舞は終わる。
 例年ならば、これで終わるはずの祈念式だが、今年は終わらない。ギーベ・ハルデンツェルが立ち上がり、「代々の神殿長に伝わる古い聖典の通りに、女性ばかりで歌を捧げてみようと思う」と言い、「フェシュピールの演奏は、我が妹エルヴィーラだ」とお母様を紹介した。

 お母様は準備されたフェシュピールを手に、台へと上がっていく。わたしのフォローをしたことで突然役割を振られても、狼狽えることなく台に上がれるお母様がカッコいい。

 ハルデンツェルの貴族女性は台に上がるように、と言われても、例年の祭りでは出番がない女性達はお互いの様子を窺いながら、一番に立ち上がる者を待っている。台に上がりたくても、上の者が動かなければ動けないような雰囲気だ。
 そんな空気を読んだらしいギーベ・ハルデンツェル夫人が立ち上がり、周囲のテーブルに座っている女性達に向かって、台に上がるように呼びかけた。

「エルヴィーラ様もフェシュピールを奉納してくださいます。皆で共に歌い、祈りましょう」

 ハルデンツェルのトップにいる女性が動いたことで、貴族女性が誘い合うようにして台へと向かって進んでいく。歌が得意ではないので、楽器で参加する女性もいるようで、楽器の準備をさせている様子が見えた。

「ローゼマイン様も参りましょう」

 ギーベ・ハルデンツェル夫人が穏やかに微笑みながら、わたしに向かって手を差し伸べてきた。お母様が代わりにフェシュピールを弾くことで免除されたはずでは? と驚きながら、何とか断り文句を探す。

「わたくしはハルデンツェルの貴族ではございませんから……」
「まぁ、ローゼマイン様はエルヴィーラ様の娘ですもの。わたくし達の身内ですわ。それに、神殿長であるローゼマイン様が共に春を祝ってくれるとなれば、民は勇気づけられ、勇ましく狩りに出発できます」

 さすがに「妙な祝福が飛び出しそうなので」と断るわけにはいかない。「ぜひハルデンツェルに祝福を与えてくださいませ」と返されそうだ。
 何と言って断れば諦めてくれるのだろうか。社交レベルが低いわたしにはわからなくて、お父様に助けを求めて視線を向けると、お父様は仕方がなさそうに軽く肩を竦めた。

「このような式典や宴における連帯感や共感というのは大事なものだ。ローゼマインは歌うべき曲を知らぬから、参加はできないと思うが、神殿長として壇上に立つくらいならばできるのではないか?」

 ギーベ・ハルデンツェルの顔を立てて壇上に上がるのは良いが、何もせずに突っ立っていろ、とお父様が言う。ここでギーベ・ハルデンツェルの顔を潰す必要もない。
 わたしは宴の盛り上がりに背を押されるようにして、ギーベ・ハルデンツェル夫人と護衛騎士のアンゲリカと共に壇上へと向かう。

「ローゼマイン様……」

 ギーベ・ハルデンツェル夫人と台に上がれば、お母様は軽く目を見張った。それはそうだろう。せっかくのフォローが台無しである。だが、文句はお父様に言ってほしい。

「神殿長として、共に祈りを捧げるだけです。ハルデンツェルの皆様との連帯感は大事にしたいと思いますけれど、わたくし、歌は歌えませんもの」

 お母様は仕方がないというように軽く溜息を吐いた。
 ギーベ・ハルデンツェル夫人が男達の歌を参考に、女性達にどこに立つのか指示を出していけば、それぞれが台の上に散っていき、その場にそっと跪いていく。

「ローゼマイン様はこちらにお願いいたします」

 わたしが指示された場所は小聖杯のすぐ手前である。周囲に歌う女性がいるので、口パクでも全く問題がない、とりあえず神殿長を飾っておくのにちょうど良い位置だ。大人の女性に囲まれれば、わたしの姿など見えなくなるので、領主の養女であるわたしが神殿長として一緒に参加することに意味があるのだと思う。
 わたしは周囲の皆と同じように、その場にそっと跪いて、床にぴたりと手を付けた。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」

 ゆっくりと顔を上げ、最初に立ち上がるのは、楽器を手にした人達だ。お母様を真ん中に、台を縁どるように楽器を構えた女性が並んでいる。
 ピィンと一音、お母様のフェシュピールから高い音が出て、演奏が始まった。フェシュピールの音が増え、笛の音が重なり、前奏が流れていく。前奏に合わせて、歌う人達がゆっくりと立ち上がって顔を上げる。こちらはギーベ・ハルデンツェル夫人が中心だ。

「深い、深い白の世界に終焉を。全てを排する硬い氷を打ち砕き、我らの土の女神を救い出さん……」

 ……しまった! 歌が始まっちゃったよ。

 ハルデンツェルの皆はこの歌のことをよく知っているので打ち合わせも必要なかったようだが、この歌についての知識がないわたしは、完全に立ち上がるタイミングを逃してしまった。
 わたしは跪いたまま、いつ立ち上がるのが良いのか、必死に考える。今立ち上がったら多分、悪目立ちする。何もしないわたしは、一体どのタイミングで立ち上がればいいのかわからない。いっそお祈りをしているように見えるので、このまま跪いたままじっとしていた方がいいかもしれない。
 立ち上がるタイミングを逸し、跪いた態勢のまま、わたしはお母様のフェシュピールと皆の歌を聴いていた。

「皆の祈りを届けましょう」

 歌い終わると、ギーベ・ハルデンツェル夫人がそう言った。これは神に祈りを捧げる前振りである。

 ……ここだ!

 わたしはやっと立ち上がるタイミングを見出して、急いで立ち上がる。皆が両手を上げて祈りを捧げる動作に、わたしも遅れずについていくことができた。

「神に祈りを!」

 その途端、すっと魔力が引き出されていくのがわかった。足元の台の上に元々描かれていたのだろうか、大きな魔法陣が緑色に光って浮かび上がる。

「これは……?」

 皆が驚きに目を見張り、口を軽く開けたまま、光る魔法陣を見ているうちに、魔法陣はゆっくりと大人の身長を越えた2メートルくらいの高さまで上がっていった。
 見上げていると、ピタリと動きが止まる。ん? と思ったその直後、魔法陣はしゅんと小聖杯に吸い込まれていき、小聖杯から真っ直ぐ上に向かって、緑の光の柱が屹立した。

 次の瞬間、周囲でわたしと同じように呆然と魔法陣を見上げていた女の子達が数人、突然バタバタと倒れ始めた。何の前触れもなく、何人もが倒れていく姿に、わたしはひぃっ! を息を呑む。

「きゃあっ!」
「何ですの!?」

 そんな驚きの声が上がる中、お母様やギーベ・ハルデンツェル夫人は倒れることはなく、周囲を見回している。倒れる女性だけではなく、気持ちの悪そうな顔をして座り込む女性も続出し、祈念式は突如として悲鳴に包まれた。

「ローゼマイン様、お体に異常はございませんか!?」

 アンゲリカがシュティンルークに手をかけ、周囲を警戒しながら、わたしに問いかける。「わたくしは何ともありません。大丈夫です」と答えながら、わたしもアンゲリカと同じように周囲を見回した。

 騎士達が血相を変えて駆け寄ってくるのが見える。一番近いところにいたお父様が一番速い。階段まで回る手間を惜しんだように、壇上に飛び上がると、真っ直ぐにわたしのところへと駆けてきた。

「ローゼマイン、無事か!?」
「大丈夫です。何もありません」
「あの魔法陣が原因ではないかと思うのだが、何があったのか、わかるか?」

 わたしも周囲の女性が倒れた原因はあの魔法陣だと思うけれど、どうして倒れたのかはよくわからなくて首を横に振った。
 お父様はわたしに本当に異常がないのか、上から下まで見た後、こちらへ向かってくるお母様へと視線を向ける。

「エルヴィーラ、其方は何ともないのか?」
「わたくしは何ともございませんけれど、下級貴族には負担が大きすぎたのでしょう。先程の魔法陣に魔力を奪われて、魔力がなくなっているようです。すぐに回復薬を与えてくださいませ」

 お母様の声に、常に回復薬を常備している騎士団が慌てて腰に下げている回復薬を出して、意識を失っている女性達に飲ませ始めた。意識があり、自分で回復薬を持っている者はすぐに飲み始める。お母様によると、倒れたのが下級貴族で、気持ち悪くなっているのが中級貴族の女性らしい。

「ローゼマイン様、こちらはハルデンツェルの者に任せて、すぐにお部屋へ戻りましょう」

 ギーベ・ハルデンツェルの妹であるお母様はこの場の対処をギーベ夫妻に任せ、領主の子三人を部屋に戻らせる役目を買ってでた。護衛にお父様と二人の騎士を呼んで、与えられている客室へと向かう。

「ローゼマイン、其方は何ともないのか?」
「お姉様、大丈夫ですの?」
「大丈夫です。魔力の減少が理由のようですから」

 ヴィルフリートとシャルロッテに心配されながら、部屋へと戻る。リーゼレータが部屋の扉を開けてくれるのを待ちながら、わたしはお母様を見上げた。

「わたくしはこれからお部屋で休みますけれど、お母様はギーベ・ハルデンツェルのお手伝いするのでしょう?」
「えぇ。このような事態は初めてですからね。できるかぎりお兄様に協力するつもりです」
「お母様、ギーベ・ハルデンツェルのお手伝いをするならば、お薬を飲んでくださいね。お母様も魔法陣に魔力を奪われたことに変わりはありませんから」

 わたくしはお部屋にフェルディナンド様のお薬がございます、と言うと、お母様は「お心遣いありがとう存じます。ゆっくりとお休みなさいませ」と笑って、シャルロッテの部屋へと向かい始めた。
 その背中が「問題ない」と言って無理を重ねる神官長の姿とかぶって見えて、わたしはハシッとお父様のマントをつかむ。

「お父様、お母様にも必ず回復薬を飲ませてくださいませ」
「わかっている。エルヴィーラが自分のことを後回しにする癖は昔からだ。案ずるな」

 お父様がわたしの頭を軽く叩きながら、請け負ってくれたので、わたしは後のことを任せることにした。

 部屋に戻って、お風呂に入って、就寝準備を整えて、寝台に上がる。寝る態勢が整ったわたしを見た後、リーゼレータがテーブルに出されたままになっている神官長の優しさへと目を向けた。

「……ローゼマイン様はお薬を飲まないのですか?」
「この程度の魔力の減り具合でフェルディナンド様のお薬は必要ありません。体力は全くありませんけれど、わたくし、魔力はあるのです」



 布団の中でうとうとし始めた頃、外ではゴロゴロと不穏な音が聞こえ始めた。わたしは意識の遠くの方で雷が鳴り響くのを聞いていた。

 ……あぁ、雷だ。

 夢現でそう思っていられたのは、ほんの少しの間だった。すぐに雷は激しさを増し、板戸を割るような物凄い音が響き始める。板戸の隙間から稲光が光るのが見え、天幕に不気味な光が映るようになると、とても寝ていられる状態ではなくなった。

「ひぅっ!」

 ……ちょ、怖い! マジ怖い! すごい光って、すごい音がしてるよ!

 布団に頭から潜り込んでいても、音が聞こえてくる。バサリと天幕が開けられた音がして、わたしは思わず「雷におへそを取られる!」と叫んで、おへそを両手で隠した。

「あの、大丈夫ですか、ローゼマイン様?」
「ひゃっ!? リーゼレータ? だ、だだだ、大丈夫ですよ」

 天幕を開けて入ってきたのは、雷様ではなく、リーゼレータとアンゲリカだったようだ。安堵の息を吐く半面、布団から顔を出したせいで雷の音と光がひどくなり、泣きたくなった。

「……ローゼマイン様、わたくし、雷が苦手ですので、少しご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです! リーゼレータはここで一緒に寝ると良いですよ! 一緒にいると怖くないですからね」

 さぁ、来い。カモン! と布団を開けたが、リーゼレータもアンゲリカもさすがに一緒には寝てくれない。ただ、リーゼレータは枕元に腰を下ろして、手を繋いでくれた。

「わたくしが幼い頃はお母様がよくこうしてくださったのです」
「……リーゼレータ、わたくしはお母様にそのようなことをしてもらった記憶がないのですが……」

 わたしと手を繋ぐリーゼレータをアンゲリカは複雑な顔で見下ろしながら「自分はされていない」と呟いた。そんなアンゲリカをリーゼレータは小さく笑いながら振り返る。

「お姉様は雷が鳴っても、全く動じずに寝ていたではありませんか。お姉様が寝た後の話ですわよ」
「気付きませんでした」

 二人を付き合わせ、やっと雷が遠ざかり、眠れるようになった頃にはかなり遅い時間になっていた。そのせいで、朝はなかなか起きられず、わたしは朝食ギリギリの時間まで寝たいと言いながら布団に包まっていた。

「ローゼマイン様、大変です。すぐに着替えてくださいませ。ギーベ・ハルデンツェルが、緊急にお話をしたいそうです」

 誰か、使いの者がやってきたらしい、扉が開く音がして少したつと、リーゼレータが天幕を撥ね退ける勢いでやってきた。

「何があったのですか?」
「ハルデンツェルに春が来たようです」
「……祈念式を終えましたからね」

 エーレンフェストの貴族街では春を寿ぐ宴の後が春とされているが、下町では冬の成人式から後が春とされ、直轄地の農村やハルデンツェルでは祈念式から後が春とされる。
 祈念式を終えたハルデンツェルはたとえ雪が残っていても春なのだ。それに何の不思議もない。
 わたしがのっそりと起き上がりながらそう言うと、リーゼレータがフルフルと首を振った。

「そういう意味ではございません。一晩で完全に雪が解けているそうです」
「え!?」

 着替えて、わたしは言われた場所へと向かう。ハルデンツェルの城で最も高い、周囲を見回す塔がある場所だ。そこにはギーベ・ハルデンツェル夫妻を始め、ハルデンツェルの重鎮、お父様とお母様や騎士団の面々がいて、呆然とした顔で周囲を見回していた。

「うわぁ、春らしくていい景色ですね。春の女神達がずいぶんと頑張ってくださったようですね」

 昨日、ハルデンツェルへと来た時にはまだ雪がかなり残っていた。雲がまだ厚くかかっていて陽射しが弱く、北の方はまだ白く見えたほどだ。その雪が完全になくなっている。
 城の周囲が少し色の浅い、若葉の緑と色とりどりの花に包まれていた。黄色や白の花が咲いているのが見えていて、雪が残って白かった北の方は赤い岩肌の中に低木や背の低い緑があるのがわかる。頬を撫でる風はまだ少し冷たいけれど、雪が残っていた昨日の風とは比べ物にならない。
 陽射しも柔らかくて穏やかで心地よい。

「春ではなく、ハルデンツェルでは初夏の光景なのです、ローゼマイン様」

 ギーベ・ハルデンツェルがそう言って、軽く頭を振った。

「昨夜の雷は、春の訪れを告げる雷の女神 フェアドレンナの雷でしょう。ハルデンツェルでは完全に雪が解ける頃に鳴り響くのです」

 雪がいつまでも残るハルデンツェルにとっては、春の女神と言われていても、春の終わり、短い夏の訪れを示す雷になっているらしい。

「昨夜はずいぶんと季節外れの雷だと思っていたのですが、まさかこのような状態になっているとは……」

 理解できないというように目を細めているギーベ・ハルデンツェルの隣で、わたしは周囲を見回す。城から続々と人々が出てきて、若葉でいっぱいの草原をあちらこちらへと散っていくのが見えた。

「ずいぶんと多くの者達が慌てた様子で城を出て行きますけれど、よろしいのですか?」
「本当に大慌てなのですよ。このような事態は初めてなので」

 少しでも収穫量を増やすために、南の住民は急いで農村へ向かい、畑を作らなければならず、北の住民はこの気候に魔獣がいつ、どのくらい出てくるのか予想がつかないため、すぐに狩場へと向かわなければならないらしい。
 突然の季節の変化に、今、ハルデンツェルは大混乱に陥っているそうだ。

「原因はやはりあの魔法陣でしょうか?」
「それ以外に例年と違うことがございませんので、間違いないと存じます」
「では、祈念式は元々こうして、魔力を捧げ、神に祈り、本当に春を呼び込むための儀式だったのかもしれませんね」

 ここの神様の力ってすごいね、と思いながらそう言うと、ギーベ・ハルデンツェルは大きく目を見開いて、わたしを見た。

「ローゼマイン様……」
「来年からも同じように儀式を行えば、春の訪れをこうして早めることができるのではございませんか?」

 あの魔法陣は元々台の上にあった物だ。あれを利用すれば、大量の魔力が必要になるけれど、毎年同じ効果が得られるかもしれない。

「この雪解けはありがたいことかもしれませんが、昨夜の儀式を見たところ、女性の負担が大きくなりすぎます。全く役に立たぬ我が身が腹立たしく感じます」
「神殿ではわたくしの魔力を込めた魔石を魔力の少ない青色神官が扱って奉納の儀式を行っています。殿方が全く協力できないということはないと思いますけれど……」

 魔石に魔力を込めて、下級貴族の女性に渡せばいいのでは? と提案すると、そのように魔力を他人に譲渡することは全く考えていなかったようだ。周囲の皆が驚いたようにわたしを見た。

「まさか神殿ではそのような方法が取られていたとは……こちらでも色々と考えてみます」

 ギーベ・ハルデンツェルがそう言った時、周囲を見回していたお父様がぐっと目を凝らし、遠くを指差した。

「ギーベ・ハルデンツェル、あれは何だ?」

 わたしは身体強化を強くして、視力を上げ、お父様が指差す方を見つめた。遠くに、金色に輝く木が見える。

「不思議な色合いの木ですね。魔木でしょうか?」
「そうです。ブレンリュースという魔木で、ハルデンツェルの貴重な甘味です。本来ならば、ハルデンツェルの者以外に与えるのは禁じられているのですが、ハルデンツェルに本当の春をもたらしてくださったローゼマイン様に捧げるならば、住民も否やとは申しますまい。もしよろしければ、少し持ち帰られますか? ブレンリュースの実は、回復薬を作る上で素材として使うこともできます。非常に品質が高いものです」

 ブレンリュースの葉を使って、淹れられているお茶がハルデンツェル特有の甘いお茶らしい。わたしは嬉しくなって、大きく頷いた。

「ありがとう存じます、ギーベ・ハルデンツェル」
「護衛には騎士団がいるので、危険もなく採集できるでしょう」



 ハルデンツェルは慌ただしく動き始めたけれど、プランタン商会の仕事が終わるまでは帰れない。まだ数日間は必要だ。
 その間、ギーベ・ハルデンツェルはわたしに捧げるブレンリュースの実を採集するという名目で騎士団を連れてハルデンツェルを駆け回り、魔獣を狩りまくったようだ。
 ギーベ・ハルデンツェルに上手く使われた、と帰り際にお父様がぼやいていた。お母様とよく似たやり方で人を使うようで、気が付いたら使われているらしい。さすがお母様のお兄様である。

「こちらがブレンリュースの実でございます」

 ヴィルフリートとシャルロッテとわたしの三人が不思議に光る金色の実を二つずつお土産にもらって、ハルデンツェルを後にする。
 ヨハンとザックも職人との真剣なやり取りで得た物が多くあったようで、最終的には晴れがましい笑顔と握手で別れを惜しんでいた。プランタン商会も予定より早く手続きを終えることができて、ホッと安堵したようだ。

 レッサーバスでエーレンフェストへと戻る道中、わたしは小聖杯が与えた祝福の範囲がハルデンツェルだけであることを見つけて、驚きに目を見張った。
 上空から見れば、くっきりと境界線が見てとれたのだ。春の光景になったハルデンツェルの南にはまだ雪がところどころに残っている森がある。

「……とても不思議な光景ですね」
「この状態を引き起こしたローゼマイン様以上の不思議はないと思います」

 助手席のアンゲリカがそう言って、後部座席のグーテンベルクが一斉に同意した。
今度こそ後編です。
古式ゆかしい祈念式では、きっちりと春が来ました。
ハルデンツェルの皆様は喜んでばかりもいられません。異常気象に振り回される一年です。

次は、領主会議のお留守番です。
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